西からきた少年について

ねころびた

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元魔王城(142〜)

155 虹と雲

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 ようやく目を開くことができた一行は、祭壇の部屋が巨大な祭壇のせいで急に狭くなっていることに首を傾げながらも一旦洞窟に置いてきた荷物や辺境伯の入った寝袋を回収し、先へ進み、次の部屋の前で休憩を取った。そこは祭壇の部屋と同じく黒い床や壁の、いかにもボス部屋の前らしく何もない一室だった。

 リュークとリン以外は、神が現れる直前からの記憶を失っているという。

 確か祭壇から血の泉が湧いて、辺りが真っ黒な空間へ変わり、血の泉が謎の物体となって、不気味な繭となり、繭を割いてリッチロードが出てくるか来ないかの──というところから、皆揃ってぽっかりと記憶が抜け落ちたらしい。

 また、フルルはリュークが大事そうに掴んでいるスライムを見て喫驚した。

「『二銀貨』と……り、り、『リッチロード』!?」

 彼らはこぞってリュークとリンに顛末を尋ねたが、久し振りにびっくりするほど要領を得なかったので、いきなり事態が急変していたという事実への恐怖を拭えないまま、む無くこの件の聴取の続きは一時保留ということにしたのだった。

 そして、一行は何故かとても疲れていた。前に休憩をとってから然程さほど時間は経っていないと思われるのに、異様な疲労感があった。リュークとリンも珍しく眠気を催したようで、特にリュークは「二銀貨」で「リッチロード」なスライムを枕にすると、リンの尻尾を毛布代わりにして早々と寝入ってしまった。勿論、リンもすぐに寝た。

 ソロウたちやフルル、ヴンダーら冒険者は、先に見張りを申し出た。レオハルトと兵士らは、これから一時間の仮眠を取る。奇妙な疲労の程度が分からないので、一先ず一時間ずつで交代し、疲労度が深刻であれば二度目の睡眠を取る予定である。

 ここでなんとも奇っ怪だったのが、全員の身体や衣類や装備が全て綺麗になっていることだった。初めは兵士たちが気付いた。リッチロードが出現したあたりで盛大に吐き出した吐瀉物の痕跡が、全く鎧の中に見当たらなかったのである。それどころか、全身が風呂上がりのようにさっぱりとしている。髪のベタつきもない。匂いもない。鎧も入念に手入れしたかのように輝いているし、何やらはっとした兵士が寝ているリンの匂いを存分に吸い込んでみると、これまた沼臭さも獣臭さもない。

 まるで、全体が浄化されたかのようだ。

 その後兵士たち以外もこのことに気付き、摩訶不思議なことが起きたものだと驚嘆するも、暫く感激するうちに睡魔に負けた兵士から気絶するように眠りに落ちていったのだった。



 重くなる瞼を必死で堪えるソロウたちは立ち上がり、部屋の中をとにかく歩き回った。大股で歩きながらパンを食べ、水を飲み、たまに並んで競歩し、一時間を耐え抜いた。
 余計な話はしなかった。例えば、リッチロードだとか、リュークが枕にしている「二銀貨」で「リッチロード」なスライムだとか、祭壇云々について、一言も触れはしなかった。

 やがて目を覚まして見張りを交代したレオハルトや兵士らも全く同じだった。疲労は幾分和らいだが、まだ気怠さが残っていて、眠気を飛ばすために歩き回り、食事を済ませた。そして、余計な話は一切しなかった。


 次の部屋へ続く縦長の扉の前で足を止めたレオハルトは、この先で待ち構えているであろう強敵のことを思い浮かべたせいで背中を這った寒気に、不快な表情を誤魔化せなかった。

 ヴンダーの言うには、次の部屋が元魔王城迷宮の五つ目の部屋にあたる。ヴンダー・トイを擁していたS級冒険者パーティーは、六つ目の部屋を攻略したところで引き返したとのことだ。

(あと二部屋で最奥が見えれば良いが……)

 果たしてこの迷宮がどこまで続くのか、そして、階層主を倒したところで都合よく転移陣が現れてくれるものか──グランツはいつ目覚めるのか──。

 レオハルトは、部屋の中途半端なところへ放り出されて微動だにしない寝袋へ、縋るように剣呑な眼差しを向けずにはいられなかった。
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