157 / 199
元魔王城(142〜)
156
しおりを挟む
結局、それぞれ二度の睡眠をとった一行は、丁度リュークとフルルが目を覚ましたところで話し合いを行った。
ヴンダー曰く、次の部屋には〈ニジメ〉と〈ネペルン〉なる二体の階層主が居るという。
最悪じゃないか、と思ったのはレオハルトだけではない。特にネペルンは冒険者や兵士ならその名を知らぬ者はないほど有名な魔物で、雲を操って降らせる大雨は時に大規模な水害を引き起こすほどの脅威だ。
また、あまり知られていないニジメという魔物は、知識のない者にとってはネペルンより余程脅威となり得る魔法を使うという。その魔法というのが、闇魔法か時間魔法の一種であるとされる〈即死魔法〉である。これを聞いたとき、すかさず兵士の何名かは恐れ慄き慌てたが、ヴンダーは次のように言って宥めた。
「あ、心配いりませんよ。ニジメ対策は至って簡単ですから」
その対策とは、波長の異なる防御結界を二重に張るということであった。分かりやすく説明すると、ミハルとレオハルトの防御結界を重ねて張ることによって防御結界の目が埋まり、即死魔法を防ぎ切ることが出来るという訳である。ニジメ自体の防御力は皆無に等しいので、あとは適当に攻撃すれば倒せる。
問題はネペルンの方だった。これはネペルンの降らせる大雨が部屋を満たす前に短期決戦で倒す他ないらしかった。ただ、部屋はそれなりの広さがあるので慌てる必要はなく、しかもリンの攻撃力があれば討伐は難しくないだろうという見立てであった。
こうして話し合いも纏まろうかという頃、ふとミハルが閃いてリュークを見た。
「もしかして、あなたが言っていた『虹と雲の居たところ』って、この部屋のこと?」
「うん」と、リュークは迷いなく答えた。まるでお伽噺とは真逆のような魔物たちである。ミハルは「そうなのね」と引きっつた笑みを浮かべて会話を終わらせた。
さて、このように十分な話し合いの末、出来る限りの対策をしてボス部屋へ挑んだ一行。
彼らを出迎えたのはヴンダーのもたらした事前情報の通り、やや真っ直ぐな虹──或いは、奇妙な色味の縒れた手拭いと言った方が近い──にフサフサ睫毛を持った大きな目を一つ縫い付けたような不気味なニジメと、どう見ても小さな雷雲の魔物ネペルンに相違なかった。
対策の甲斐あり、ニジメの即死魔法はミハルとレオハルトの結界によって尽く弾かれ、無効化された。そしてニジメは呆気なく兵士に斬られ、濁った虹色の血を流しながら黒い床に落ちて絶命した。
ネペルンの方は、なんとリンが興味を示さず予想外に手こずる羽目になった。
部屋に雨水が溜まって踝まで浸かり始めた頃にはフルルが懸命に叫んで呼びかけたが、それでもリンは座ったまま、舐めても舐めても濡れ続ける自分の胸と前足の毛繕いに余念がなかった。
「ネペルンが嫌いなのか……?」
ナイフを手にしたフルルが愕然としながら呟くと、リュークがミハルのローブの袖を引いた。ミハルは戦闘の最中であっても半分癖のように身を屈めて「なあに?」と耳を傾けた。
「トレントはね──」
リュークに耳打ちされて、ミハルは顎が外れるかと思うほど驚き、握っていたトレントの杖とネペルンとを見比べた。
ネペルン目掛けてソロウが斬りかかり、ひらりと避けられ、ギムナックの放った矢は雲の体を貫通し、兵士らもあらゆる戦法で攻撃をしかけては雷で反撃されている。レオハルトも魔法で対抗するが、ネペルンは上手いこと防御結界を多重展開してなかなかダメージを与えられない。ネペルンの優れた結界技術これこそがニジメと同居できた理由だろう。
部屋の片隅からは、寝袋と一緒に縮こまるヴンダーのか細い声援が聞こえる。
やがて意を決したミハルは、トレントの杖を振り上げると一直線に駆けて集団の中へと突っ込み、猛烈な勢いでネペルンを殴打した。
「ゥあ゙あ゙あ゙ぁぁああああああ!!」
トレントの叫喚が部屋に響き渡った。
見ると、ネペルンが若干小さくなって水に浮いている。ミハルはトレントの杖に一度視線を落として悲しそうな老爺の顔を確認すると、再び気合を入れて杖を振り上げた。
こうしてみると、この杖は鈍器として何の不足もないように思えた。それどころか、不本意な事に極めてしっくりきた。当然である。何故ならば、これこそがトレントの杖の正しい用途であるからだ。
「ゥあ゙あ゙あ゙ぁぁああああああ!!」と、二度、三度──ミハルがネペルンを殴る度に悲鳴が上がる。それでも殴ることをやめないミハル。
確かついさっきまで魔法使いだったはずの女の狂気に圧された仲間達が後退りを始める中、ようやくネペルンが事切れると同時に部屋の扉を塞いでいた結界が消え、すると夢から覚めたようにミハルが正気に戻り、そのずっと後ろで観戦していたリュークが満足げに頷き、やっと束の間の平穏が戻って来たのだった。
ヴンダー曰く、次の部屋には〈ニジメ〉と〈ネペルン〉なる二体の階層主が居るという。
最悪じゃないか、と思ったのはレオハルトだけではない。特にネペルンは冒険者や兵士ならその名を知らぬ者はないほど有名な魔物で、雲を操って降らせる大雨は時に大規模な水害を引き起こすほどの脅威だ。
また、あまり知られていないニジメという魔物は、知識のない者にとってはネペルンより余程脅威となり得る魔法を使うという。その魔法というのが、闇魔法か時間魔法の一種であるとされる〈即死魔法〉である。これを聞いたとき、すかさず兵士の何名かは恐れ慄き慌てたが、ヴンダーは次のように言って宥めた。
「あ、心配いりませんよ。ニジメ対策は至って簡単ですから」
その対策とは、波長の異なる防御結界を二重に張るということであった。分かりやすく説明すると、ミハルとレオハルトの防御結界を重ねて張ることによって防御結界の目が埋まり、即死魔法を防ぎ切ることが出来るという訳である。ニジメ自体の防御力は皆無に等しいので、あとは適当に攻撃すれば倒せる。
問題はネペルンの方だった。これはネペルンの降らせる大雨が部屋を満たす前に短期決戦で倒す他ないらしかった。ただ、部屋はそれなりの広さがあるので慌てる必要はなく、しかもリンの攻撃力があれば討伐は難しくないだろうという見立てであった。
こうして話し合いも纏まろうかという頃、ふとミハルが閃いてリュークを見た。
「もしかして、あなたが言っていた『虹と雲の居たところ』って、この部屋のこと?」
「うん」と、リュークは迷いなく答えた。まるでお伽噺とは真逆のような魔物たちである。ミハルは「そうなのね」と引きっつた笑みを浮かべて会話を終わらせた。
さて、このように十分な話し合いの末、出来る限りの対策をしてボス部屋へ挑んだ一行。
彼らを出迎えたのはヴンダーのもたらした事前情報の通り、やや真っ直ぐな虹──或いは、奇妙な色味の縒れた手拭いと言った方が近い──にフサフサ睫毛を持った大きな目を一つ縫い付けたような不気味なニジメと、どう見ても小さな雷雲の魔物ネペルンに相違なかった。
対策の甲斐あり、ニジメの即死魔法はミハルとレオハルトの結界によって尽く弾かれ、無効化された。そしてニジメは呆気なく兵士に斬られ、濁った虹色の血を流しながら黒い床に落ちて絶命した。
ネペルンの方は、なんとリンが興味を示さず予想外に手こずる羽目になった。
部屋に雨水が溜まって踝まで浸かり始めた頃にはフルルが懸命に叫んで呼びかけたが、それでもリンは座ったまま、舐めても舐めても濡れ続ける自分の胸と前足の毛繕いに余念がなかった。
「ネペルンが嫌いなのか……?」
ナイフを手にしたフルルが愕然としながら呟くと、リュークがミハルのローブの袖を引いた。ミハルは戦闘の最中であっても半分癖のように身を屈めて「なあに?」と耳を傾けた。
「トレントはね──」
リュークに耳打ちされて、ミハルは顎が外れるかと思うほど驚き、握っていたトレントの杖とネペルンとを見比べた。
ネペルン目掛けてソロウが斬りかかり、ひらりと避けられ、ギムナックの放った矢は雲の体を貫通し、兵士らもあらゆる戦法で攻撃をしかけては雷で反撃されている。レオハルトも魔法で対抗するが、ネペルンは上手いこと防御結界を多重展開してなかなかダメージを与えられない。ネペルンの優れた結界技術これこそがニジメと同居できた理由だろう。
部屋の片隅からは、寝袋と一緒に縮こまるヴンダーのか細い声援が聞こえる。
やがて意を決したミハルは、トレントの杖を振り上げると一直線に駆けて集団の中へと突っ込み、猛烈な勢いでネペルンを殴打した。
「ゥあ゙あ゙あ゙ぁぁああああああ!!」
トレントの叫喚が部屋に響き渡った。
見ると、ネペルンが若干小さくなって水に浮いている。ミハルはトレントの杖に一度視線を落として悲しそうな老爺の顔を確認すると、再び気合を入れて杖を振り上げた。
こうしてみると、この杖は鈍器として何の不足もないように思えた。それどころか、不本意な事に極めてしっくりきた。当然である。何故ならば、これこそがトレントの杖の正しい用途であるからだ。
「ゥあ゙あ゙あ゙ぁぁああああああ!!」と、二度、三度──ミハルがネペルンを殴る度に悲鳴が上がる。それでも殴ることをやめないミハル。
確かついさっきまで魔法使いだったはずの女の狂気に圧された仲間達が後退りを始める中、ようやくネペルンが事切れると同時に部屋の扉を塞いでいた結界が消え、すると夢から覚めたようにミハルが正気に戻り、そのずっと後ろで観戦していたリュークが満足げに頷き、やっと束の間の平穏が戻って来たのだった。
0
あなたにおすすめの小説
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる