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元魔王城(142〜)
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しおりを挟む「さて、またまた気を取り直して」と、ミハルの冷ややかな視線に縮こまりながら会議を再開しようとしたヴンダー・トイは、しかしどうしても気になる事を聞かずにいられなかった。
青年の目が少年を見下ろす。少年は、近くに伏せたリンの尻尾を掴んで床を掃いている。楽しいのか楽しくないのか、よく分からない表情である。
「君、この部屋も通ったのかい?」
すぐに自分への質問だと気付かなかったリュークは、少し間をおいてからヴンダーを見上げて、周りを見回して、周りからの注目に気付いて、漸く「通ったよ」と端的に答えた。
「ヴァンパイアは? まさか、それも閣下が倒したとか?」
「倒してないよ」
「あっ、ヴァンパイアのことは知ってるのか。物知りだねえ。ええと……それで、どうやって部屋を通ったのかな?」
「どうやって?」
「うん、あの、あの……」
言葉に詰まったヴンダーがゆっくりとソロウを見る。ソロウはギクリとしたが、ひとつ小さな咳払いをすると、リュークの肩をぽんと叩いて質問係を引き継いだ。
「ヴァンパイアが居なかったか?」
「いなかったよ」
正直な少年の台詞をそのまま受け取るべきではない。何故なら、実際には吸血鬼は居たのだ。居たのだが、自らの姿を蝙蝠に変えて隠れていたに過ぎないのだ。
リュークはそのことを知っていたが、しかし元よりきめ細やかな回答をしない性格である。よって、必要な説明も省く。という訳で、この正直者の台詞こそ何よりも疑ってかかるべきなのだ。
その点、「既に倒されていたのか?」「戦わずに済むに越したことはないが」「いや、だとしてもリッチと同じく既にリポップしているのでは」などと、あちこちで声を上げる愚直な兵士どもと違い、ソロウという男は過去の反省を活かして慎重そのものである。
ソロウは質問を続ける。
「何も居なかったのか?」
「コウモリがたくさん居たよ」
「コウモリ? 魔物じゃねえのか?」
「魔物……」
リュークはリンの尻尾を手放して考え込んだ。無表情で、どこまで思考が進んでいるかは傍目に見ていても分からない。が、ふとギムナックを見て「魔物なの?」と尋ねた。いつぞやのギムナックとの会話で、動物と魔物の違いを話したことを覚えていたのだ。ギムナックは驚きつつも「闇蝙蝠は魔物だが、普通の蝙蝠は動物だ」と答えた。するとリュークが俯いて再び考え始めたので、慌てて「魔力を持っているやつは魔物だ」と付け足した。
「じゃあ魔物だ」とリュークは結論を出した。リンの大きな尻尾が喜びを表現するように床を撫でた。
「ヴァンパイアは攻撃を避けたり逃げ出そうとするときに蝙蝠になるんで、多分それですね」
ヴンダーが疲れた様子で言い添えた。つまり、沼地の部屋の奥でとぐろを巻いて固まっていたイビルサーペントと同じく、ヴァンパイアも戦意を見せなかったということであろう。
アルベルム辺境伯グランツとリンがそれ程までに強いと見られたのか、それともこの少年に原因があるのか──。ヴンダーは正解に至る前に思考を止めた。
「行ってみましょう。勿論、万全の態勢で」
レオハルトが言って腰を上げる。「フルル、グランツ様を頼みます。それとリューク、ヴァンパイアは危険な魔物ですが、怖くありませんか?」
怖くないかと今頃になって訊くのも妙な話である。初めは危険から遠ざけようとしていた筈が、いつの間にか魔物から隠すのも忘れていた。これは大人の怠慢である。どれほど不思議満載であってもリュークはまだ子供なのだ。守られて然るべき尊い存在だ。
レオハルトの言葉を聞いて、大人たちはすっかり思い出したかのようにリュークの身を案じ始めた。
いよいよ奇妙だと、ヴンダーはその光景を見て思考を再開する。
明らかに異常な能力を持つ少年をここまで幼い子供扱いしたがる大人たちの態度は、ヴンダーから見て奇妙そのものだ。それでも、少年の何が異常かと問われれば答えられない。かろうじて明確に答えられる点は腰にぶら下げている革袋のことだけで、あとは謎の空間のことだとか、トレントの杖だとか、謎の案山子だとか、アイスドラゴンの件だとか、挙げればキリがなく、また少年のどのような力がどの程度関わっているのか想像もつかないので言葉にも出来ない。
(いつか僕の魔力が戻ったら何か分かるだろうか?)
これまでも度々考えては恐怖とも興味ともつかないものが喉を迫り上がってきて、また飲み込むのを繰り返している。考えるのをやめたいのに、やめられない、止まらない。或いは、気になったことはとことん知り尽くしたいという魔法使いの性が拍車をかけているのかも知れない。
青年は、未だ目の前で繰り広げられている奇妙な光景を眺めている。中心には、あれこれと滑稽なほど心配する大人たちに取り囲まれたリューク少年の姿がある。素直な少年は、大人たちの言うことにいちいち頷いたり聞き返したりしている。そんな彼であったが、やがて「僕も行くよ」と宣言するまでに大して時間はかからなかった。
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