西からきた少年について

ねころびた

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元魔王城(142〜)

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 リュークは、「二銀貨」で「リッチロード」なスライムを抱きしめたまま部屋を一周見回した。

 あちこちに鎧姿の兵士が倒れていて、向こうにソロウ、あっちにギムナックが倒れている。リュークの近くでは、レオハルトとミハルが倒れている。ミハルのそばに転がっているトレントの杖が心配そうな顔をしている。

 ソロウより向こうでは、すっぽりと体を覆い隠す漆黒のマントと同色の長髪を美しくなびかせながらリンの攻撃を回避する吸血鬼ヴァンパイアの姿がある。
 吸血鬼の顔色は、吸血鬼がいつも血色のない顔色であることを差し引いてなお蒼白である。また、汗などとは無縁の存在であるはずの吸血鬼が滝のように汗をかいている。

 確かに魔狼リンとの戦闘は激しさを増すばかりで、双方の実力は互角に見えていつ決着がつくとも知れない。だが、吸血鬼の刻一刻と死の淵に追い詰められているかのような絶望の表情は、明らかに楽しげなリンと真逆で到底不自然である。
 実は互角ではなく、吸血鬼の方がリンに圧されているのだろうか? ──否である。この時点で、吸血鬼にはリンを押し返せるだけの余力が十分にあるのだ。しかし吸血鬼はそれをしない。寧ろ、吸血鬼はこのまま一生リンと遊んでいたいと心底思っているくらいなのである。

 何故と言えば、リンを倒してしまうと次に吸血鬼が立ち向かわねばならぬ相手は残るただ一人、それが少年リュークであるからだ。

(最悪最悪最悪──最悪だ! せっかくやり過ごしたと思ったのに、何故また戻って来たのだ!)

 吸血鬼は焦りに焦っている。
 最初にリュークがこの部屋を通ったときは、リンとグランツを連れていた。そして、蝙蝠となって部屋の隅っこに隠れている吸血鬼のことは構わず先へ進んだ。
 次にこの部屋を通った時には、リンだけを連れていた。グランツは既に革袋の中だった。そして、魔王とその配下も一緒に居た。……と言えば語弊がある。リュークとリンは、かの魔王を追い回していたのだ。

 魔王とリュークとリンと魔王の配下らが疾風の如くにこの部屋を駆け抜けるのを、蝙蝠姿の吸血鬼はぼんやりと眺めただけだった。そこへ一足遅れて駆け込んできた牛だか羊だかの魔物が「みすみすを通すとは、なんたる役立たず! 役立たずには死あるのみ!」と羊の鼻息荒くその怠慢を咎めた為、吸血鬼は以降ぜったいに侵入者を見逃せなくなってしまった。

(進むも地獄退くも地獄! ならば、進むしかなかろうが……しかし……うぅん……)

 吸血鬼は、魔物にあるまじき涙を浮かべてリンと戦闘を続けている。リンは相手の異変を察していたが、その涙が戦闘の喜びによるものと判断して余計興奮しただけだった。


 さて、リュークはゆっくりとミハルのすぐ横へしゃがみ込んで、少し痩せたミハルの頬を突いた。

「リューク……」

 薄っすらと目を開けたミハルが掠れた声を発した。

「逃げて、リューク……ごめんなさい、私達じゃ勝てないみたい……」

「どうして?」

「ヴァンパイアの方が強いの。私達、血を取られ過ぎてしまったわ。もう魔力も残っていないの……」

「ミハルの方が強いよ」

「……えっ?」

 ミハルはもう少し目を見開いて息を呑んだ。リュークの手が近付いてくる。額に触れた小さな手の感触が余りに柔らかくて、彼女はすぐに意識を手放した。
 

 
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