西からきた少年について

ねころびた

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元魔王城(142〜)

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 リュークが振り上げたトレントの杖は、傍目には子供が遊びで木の棒を振るう程度の速さで振り下ろされたように見えたものだが、その一撃が驚くほどあっさりと吸血鬼の脳天に命中してしまった。
 吸血鬼は殆ど潰れながら床へ叩きつけられ、床の強度に跳ね返り、遥か上の天井へぶつかって、元の場所へ落ちてきた。どんな攻撃でもびくともしない筈の迷宮が揺れるほどの衝撃だった。

 ソロウたちは顎が外れるほどあんぐりと口を開けて固まっている。
 トレントの杖にも相当な衝撃があったらしく、老爺の顔は白目を剥いたまま涙を流している。

 リューク少年の、この攻撃の異常な威力の正体は魔法である。先に述べた通り、魔法式は存在しない。属性も無差別化されていてあまり関係がない。強いて言えば、今回の魔法で基礎となったのは〈時間魔法〉だった。が、どの属性でも同様の効果を発揮出来るので、やはり属性の違いによる差は無いと言える。
 リュークはあまり複雑な思考をしないので、この魔法に関しても単に強い威力を想像して実行したまでである。テルミリアの西で黒いドラゴンを空の彼方まで吹き飛ばした泥団子にも同じ魔法が使用されていた。また、たまに発揮する怪力も同様である。
 この魔法はリュークの中で割と単純明快で使い勝手が良いため、得意技の一つとして多用されるようだ。ただし、どの程度の威力で、どの程度の結果を得られるか──幼気いたいけな少年にとってそこまで想像するのは難しいので、必要以上に強くなりがちなのはご愛嬌である。

 吸血鬼ヴァンパイアは、テヌート伯爵領名物の〈ピッツ〉の生地のようにぺったんこになって床に落ちている。もちろん顔面は原型を留めていないし、おびただしい血液が延々と溢れ出している。体内の器官だって全て駄目になっているだろうに、それでも死んではいないのだから、上級の魔物とはなんとも見上げた生命力である。

「みんなに酷いことしたら駄目なんだ」

 リュークは吸血鬼の体に刷り込むように言って、革袋からお馴染みの案山子かかしを取り出し、まるで墓標の如くに吸血鬼の背へ突き立てた。

 すると、かつて大樹の魔物だったトレントが杖となる間際に同じくして、吸血鬼は血ごと輝く粉となり、霧散し、空中には白くて黒い不思議な亀裂が走った。
 少年の手が亀裂の中をまさぐり、何かを掴んで引っ張り出した。


 深紅の裏地の黒マントだった。


 明らかに吸血鬼のマントである。いつの間にか意識を取り戻したトレントの杖が、途轍とてつもなく嫌なものを見た、と言わんばかりに露骨に歪んだ表情をしている。

 リュークは一頻ひとしきりマントを点検したあと、満足気にマントと杖を抱えてミハルの元へ戻る。リンも嬉しそうに飛び跳ねて後を追う。

 どこか浮き浮きとした少年の足取りを目で追ったソロウたちは、まだ開いた口が塞がらない。


 ふと、リュークが足を止めた。
 魔法の神の声が聞こえる気がする。


 ──だから、それも有り得ねえのよ! それか、せめて祭壇を使ってくれ! 頼むから! つうか、早くオベンキョーしてくれ──!

「ははは」

 どこかで喚く神に対し、リュークは屈託なく笑い声を上げた。
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