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元魔王城(142〜)
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しおりを挟むトレントも吸血鬼も、自分を装備品に変身させた犯人である少年のことには触れようとしない。被害の度合いからすれば罵詈雑言のかぎりを尽くしても到底賄われない理不尽のはずだが、なんとも可笑しなことだ。また、杖とマントのこの態度こそ、周りがこの件において少年の関与を信じ切れない要因ともなっている。
「あなた、本当にさっきのヴァンパイアなのよね?」
ミハルはいよいよ倒れそうになりながらも、気を紛らわせるためにマントへ話しかけた。
「いかにも」と、吸血鬼はマントをぴんと張って言った。
「もとに戻して欲しいって言わないのは何故? ずっとマント姿のままで構わないの?」
「ははは! 言えるものか! これは因果応報、つまり私が不届きな行いをしたが故の相応しき処遇である。それに、私は好きでマントになった訳では無いが、こうしてマントとなったからには気品あるマントでいたいと考えているのだ。ことを犯しておいて文句を垂れるなど、みっともない真似はしたくないものだね」
「ああ……そう……」
ミハルは余計体調不良が悪化した気がして、ついにトレントの杖を絨毯について歩く。杖が絨毯を踏むたび、杖から老爺の嗄れた声が上がる。吸血鬼は因果応報だと言ったが、一方のトレントはただ持ち運べるようにというだけの度し難き発想で杖にされたのではなかったか。しかも、トレントは一行に言いたいことがあるといって、「水のやり過ぎがうんたら……」と、開口一番に目的を遂げた筈だが。トレントよ、良いのかそれで。ミハルはちらりと思ったが、口には出さずにおいた。
城の廊下はまだ続いている。遥か向こうに左へ折れる曲がり角があるが、そこまでもまだ遠い。両側には相変わらず度々扉があって、いくら体調が優れずとも興味を惹かれる。しかしヴンダーやギムナック曰く、部屋には罠がある可能性が高いので絶対に入るなと釘をさされている。特にヴンダーはこの迷宮の理不尽な呪いについて身を持って知っているので、しつこいくらい何度も注意を促した。
それでも、好奇心の化身のようなリュークとリンがよく我慢して開けずにいるものだとミハルは感心する。
──と、それもここまでのことだった。
「リューク!」
ギムナックの悲鳴が聞こえて、後方にいた者たちは一斉に構えた。
「どうした!?」
ソロウが大声で尋ねると、前方から回答ではなく「部屋へ入るぞ!」という指示が返ってきた。どうやら、リュークが左手にあった部屋の扉を開けて入って行ったらしい。
一行は、もはや躊躇うことなく部屋へ突入した。
勇敢な兵士たちは立ち止まることなく部屋の奥まで押し入ろうとしたが、暫く突進してからぱたりと足を止める。
「……広いな」
「広いですね……しかも、なんだか嫌な予感……」
「罠は無さそうだが、ここは……?」
中年の兵士と、ヴンダーと、ギムナックが言って部屋中を見渡した。
床には廊下と同じく黒ずんだ赤の絨毯が敷いてあって、古城らしく石壁のしっかりとした内装である。中央に白い天蓋付きのベッドがあるが、支柱が折れるほど朽ちていて、とても寝られそうにない。まるでアンデッドの住処となったかのような朽廃ぶりだ。
ベッドの近くには、ひっくり返った木製のテーブルと、破れたソファがいくつか乱雑に置かれている。窓はどこにもなく、奥の壁に煤だらけの暖炉が見える。暖炉の左右に大きな絵画がくすんだ金縁の額に入れて飾ってあるようだったが、汚れていて殆ど見えない。もしかしたら形だけで、額には絵画など入っていないともつかない。
リュークはリンと並んで暖炉の前に立っていて、全員が部屋へ入りきると振り向いて手招きした。
「ヴンダー、ヴンダー」
「え……っ! ぼ、僕!?」
ヴンダーは、少年からの思いがけない指名に飛び上がるほど驚いた。少年は手招きを続けている。ヴンダーは、フルルからの催促の視線に怖怖としながら、少し背中を丸めて暖炉へ向かった。
「ど、どうしたの……?」
震えながら聞くと、リュークは暖炉を指さして「入って」と淡白に言った。
「どこに……って、えっ、そこ!? そこ、暖炉ですけど!? しかも下手したら大陸で一番煤を溜め込んだ暖炉ですけど!? 一体何を長いこと燃やし尽くしたらそんなに煤が出るかっていうくらい煤しかないんですけど!?」
「ヴンダーの魔力」
「こんな量の煤、何かの工場でしか……ん? ……ふぁっ!? ぼ、ぼぼぼ、ぼくのまりょく……? 『僕の魔力』……?」
沈黙が降りた部屋に、上機嫌なリンの激しい息遣いだけが響いた。
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