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元魔王城(142〜)
189 異形の魔物
しおりを挟む渦の中心からメデューサの蛇の髪が出てきた。長い。エモリーたちが討伐したものより蛇が増えているし、蛇には自我があるように活発にうねっているし、とにかく長い。そして、さっきは蛇の次に腕が出てきたはずが、今度は何故か大きな死神の鎌が見え、それを持つ手が漸く出てきたと思うと、雰囲気のある登場の仕方すら間怠っこしいとでも言わんばかりに渦からぼとりとメデューサが降ってきた。
見るからに凶悪なメデューサである。大きさは死神リッチと同じくらいはあるだろうか、通常のメデューサよりも二周り以上大きい。無数に生えている長い蛇の髪と巨体だけでも十分に異様であるが、凶悪の容姿たるところの極めつけは灰色で塗りつぶしたような不気味な目が四つも付いていることだ。
「奴を見るな!」
ロルトが叫んだ。
刹那の間に異形のメデューサに釘付けとなっていた一行は、危うく石化スキルの餌食になるところだった。しかし間一髪のところでヴンダーが目眩ましの魔法を放っただけでなく、優秀な男レオハルトも結界を張っていたので、なんとか危機を免れたようである。
「ちょっとヤだぁ、これ亜種っていうか完全に上位種だし、こんなの見たことないんだけどぉ! ねえ、目とか蛇とかキモいんだけどぉ!? なんでリッチ気取りの鎌なんか持ってるのよぅ!」
ハンナが金切り声で騒いでいる。
かたや明らかに嬉しそうなエモリーは、剣の柄に手をやりながらグランツを仰ぎ見た。
「辺境伯閣下、倒して良いっすよね?」
「うむ。私も少し腕試しをしたい」
グランツは言い、兵士らを後ろへ控えさせて前へ出る。それから右袖のない真新しいシャツを豪快に引き千切って上半身裸になると、筋肉の具合を確かめた。
「悪くないな。レオハルト、後ろを頼んだぞ」
「お任せを。なお、ご存知ないようですが、お召し物の替えが少なくなっていますのでお気を付け頂けますと──」
「む……あ、ああ、申し訳ない」
お貴族、形無しである。
側近強し、と後ろから囁く声があった。赤面を堪えるグランツは、レオハルトの差し出した予備の剣を心做しかいつもより丁寧に受け取り、抜き放ち、鞘を幾らか慎重に床へ落とし滑らせた。レオハルトはその鞘を回収し、何事もなかったかのように自らも美しい姿勢で剣を抜く。
「リューク、ヴンダーに荷物を返してあげましょうか」
「うん」
リュークは革袋から次々とヴンダーの私物を取り出して渡していく。杖に、魔法書に、財布に、バッグに──。わわっ、と驚きつつそれらを両腕に抱えるヴンダー。持ち切れない分は、隣に居るホラフキンスが手伝って抱える。
「んん? あれ? このバッグ……」
ヴンダーはすぐに異変に気付いた。腕に抱えた中にあったバッグが、マジックバッグではなくなっている。
(〈異空間収納〉の魔法が解けてる……? そういえば、あのとき『大事なものをあげたら良い』って言われて、マジックバッグを選んだんだっけ。まさか、掛けてある魔法を取られるとは──えっ、もしかして……)
ヴンダーは焦って荷物を床に置き、杖の先を茶色の肩掛け鞄へ向けると、長い呪文の詠唱を始めた。
ホラフキンスは、はっとする。なんと滑舌の良い早口だろう。淀みない声、息継ぎの滑らかさ、魔法式を暗号化してなお属性の印象を損なわない言葉選びの秀逸なこと。どんな天才だって、努力無しでこうはなれまいと卑屈なホラフキンスですら認めざるを得ない。
ところで、当のヴンダーはそれどころではない。呪文の詠唱を終えても、〈異空間収納〉の魔法が発動しないのである。魔法式を変えてみても駄目。消費魔力を増やしてみても駄目。
時空魔法自体は使えるので、属性が失われた訳では無いようだった。こんなことがあるものか、と摩訶不思議な現象に寒気を感じるほどである。ともあれ、知らなかったとはいえ自分で選んだ結果なのだ。魔力を取り戻せたのだから、時空魔法の一つや二つ失うくらい何ら文句はない。
(そうか、そういうことだったか)
ヴンダーは、ほうと息を吐きつつ顔を上げた。
丁度、グランツの右腕がメデューサの蛇より長く伸びる瞬間が目に入った。
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