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元魔王城(142〜)
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しおりを挟む勇者は、さあどうすると一行の反応を伺うように黙って腕を組んだ。この態度に強大な魔力も相まって実に高圧的である。かつて勇者は崇高な信念を持って人々を脅威から守る存在であったと伝わっているが、このろくでなしを前にしては過去の勇者も何もかもが疑わしく思えてきてならない。
レオハルトは習慣的に主人の横顔を見上げた。グランツは不思議なものを見る目で勇者のことを眺めている。ここで断れば、ろくでなしの勇者はいつでもすぐ後ろの扉を開けて出て行くだろう。一方で、有り金を渡して悪魔討伐の協力を得られるというのなら破格と言える。つまり断る理由はどこにも見当たらないのである。
「おい、早くしろよ。俺は忙しいんだ。なんたって勇者だからな」
「ああ、レオハルト、金を──」
レオハルトはグランツに言われた通り、金貨と銀貨の入った財布を持って先頭に立った。すると勇者はしたり顔になって腕組みを解いたが、しかし一行のもとへやって来る気配はない。
兵士たちは警戒してさりげなく防御陣形を敷いた。ソロウとミハルとギムナックもリュークとフルルを守るように囲んだ。ホラフキンスは一番後ろでさらに縮こまる
両者の間に新たな緊張が生まれている。
勇者が躊躇する理由は、他でもなく少年リュークの存在である。もっとも、勇者であってもリュークの魔力を正確に感知することはできない。ただ、他の面々の魔力は手に取るように分かる。なので、今この部屋に満ちている異様な空気のようなものの正体が、他と比べて明らかに異質な少年の影響によるものだと予想し、近付けずにいるのだった。
「心配せずとも、リンは利口だから噛み付いたりしないぞ」
グランツが見当違いなことを言い、リンは利口だと言われたことを喜んで、尻尾を振り回しながら勇者の方へ駆けて行った。
勇者はぎくりとして固まる。勇者にとって魔狼を殺すのは容易いことだが、これが万が一にも神獣とされる〈フェンリル〉だった場合には後々厄介なことになりかねない。何より、あの少年の飼い犬であるならば傷付けるべきではない。逃げるか、蹴り飛ばすか──悩んでいるうちに、気がつけば顔中を涎まみれにされていた。
勇者を咥えて戻ってきたリンは、お気に入りのおもちゃを投げ寄越すようにリュークの足もとへ勇者を転がした。
勇者は何が起こったのか分からず、横になったまま目を白黒させている。レオハルトはそんな彼の手にそっと財布を握らせた。
「では、宜しくお願いします」
プルェ・プティカのメンバーがけらけらと声を立てて笑った。ざまあ見ろと吐き捨てたくて堪らない口はその一言を我慢する代わりに、
「勇者ってのは聞いていた通りの善人だな」
「さすが人類の希望ですね」
「偉いぞリンちゃん」
「今代の勇者は犬には好かれるのか」
「あらぁ、よく見たら可愛い顔してるじゃな~い」
などと、言いたい放題で盛り上がる。
勇者は仏頂面で身を起こし、そのまま床に胡座をかくと、大きくて重たい財布をバッグに押し込んだ。バッグはマジックバッグではないらしく、中は薄い毛布一枚が殆どの容量を占めている。
ミハルは、勇者の荷物の少さにとても衝撃を受けた。この荷物と装備で、どうやって瘴気の中を行くというのか──。
(この勇者、一体いつから魔王討伐の旅をしてるのかしら? まさか、ずっとこんな状態で……?)
度々人里へ立ち寄るにしても軽装過ぎる。よく見れば、髪は自分で切ったのか不揃いだし、体は引き締まっているというよりは痩せているようだった。日光の届かない瘴気の中に長く居るせいで肌はリュークと同じくらい青白い。爪は伸ばしっぱなしでところどころ欠けている。みすぼらしく、とても今を輝く勇者とは思えない格好である。髪と目の色さえ特別でなければ、きっと誰も彼が勇者であるとは気付くまい。
ミハルは丁度同じことを考えていたソロウとギムナックと顔を見合わせたが、そうしたところで勇者の境遇について判明するわけでもなく、結局は他人事のまま気の毒に思う以外に何も生まれはしなかった。
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