西からきた少年について

ねころびた

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元魔王城(142〜)

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 さて、勢いよく扉を開け放ったグランツだったが、一歩踏み入った途端に威勢を失った。
 日差しなどあるはずのない黒い部屋の中で、まるで輝くような人の姿を見たからだった。

「あれが……勇者?」

 グランツの腕の下から顔を出したフルルが真っ赤な目を疑いながら呟いた。

 白いシャツに年季の入った土色のパンツ。パンツの裾は見るからに安物のブーツにしまってある。ただの布袋ともつかない薄汚れた白のバッグを肩に担いだ細身の青年。今の勇者であれば漸く二十歳を迎えた頃のはずだが、未だ少年の感が抜けきらず随分と若く見える。一際目を惹くのは、太陽と豊かな大地の恵みを一身に受けた、小麦畑を彷彿とさせる金色の瞳と髪。それは、あたかも神の祝福の証のような色をしている。


「うわぁ、綺麗だ」

 フルルの横から現れたリュークは好奇心を隠さない。フルルの後ろにつけたソロウは腕を伸ばし、いつ走り出すか分からない少年の外套のフードをそっと握った。
 微動だにしないグランツの後ろが渋滞している。痺れを切らしたリンが全員まとめて部屋の中へ押し込んだ。

 わあわあと騒ぎながら部屋の中へ倒れ込んできた十数名の団体客に、やや驚いた様子の勇者。僅かに見開かれた目は次第に怪訝そうに、或いは塵芥を見下すように不快気な色を滲ませて細まっていったが、しかしふとその金色の瞳がリュークをとらえたとき、再び大きく見開かれた。

「なんだ、お前」

「そりゃこっちの台詞だぜ、勇者様」

 無意識に溢れた勇者の呟きに、エモリーがリュークを庇うように前へ出た。

「ここは譲ってくれるって話じゃなかったのか? なんでまた戻って来たのさ?」

「は? ……ああ、お前あれか、この前会ったS級冒険者とか何とかいうやつ。攻略に失敗したって聞いたけど、今度は攻略できたのか?」

「今回は攻略目的じゃねえもん。なあ、俺らのことはいいんだよ。お前がなんで此処に居るのかって話」

「俺がどこに居ようがお前に関係ねえだろ」

「馬鹿言うな、人類にとって関係ありまくりだわ。早く魔王探しに行けよ」

 今や水を打ったように静まっている周りの傍観者達はソワソワしながら、強者エモリーの不敵な受け答えを驚いて聴いている。
 途中、リュークが囁き声で「あの人も冒険者?」とソロウに尋ねたとき、ソロウは「違う。あれは勇者だ」とうっかり答えてしまったので、それからエモリーの後ろではひたすら囁き声で勇者なるものについての質問攻めが続いている。

 やがてエモリーの強かさがロルトにも伝わった。ロルトはエモリーに並ぶと、「こっちに魔王は居ないぞ。それとも、別の用事があったのか?」と勇者へ問い質した。勇者は答えず、苛立ったように頭を搔き、背を向ける。「待て!」と引き止めるエモリーやロルトの声も無視して出口側の扉へ向かって歩いていく。そして、あと三歩で扉へ手が届くというところまで来た勇者だったが、突然に思いとどまって舌打ちした。

 勇者は振り向き、はっきりとリュークを指さして言う。

「そいつ、何なんだ? 何でお前らそいつと一緒に居るんだ? そいつは此処を通ったことないだろう? 城の奥に居たのか? この城、前に来たときと違う気配がするんだが、そいつが何かしたのか?」

「この奥は別のダンジョンとくっついてるんだよ。この子は……」

 エモリーはリュークを見下ろした。ロルトも同じくリュークを振り向く。リュークは相変わらずひそひそとソロウを質問責めにしている。ソロウはときどきミハルとギムナックを巻き込みながら懸命に答えてやっている。
 勇者への返答に窮するエモリーとロルト。すると、助け舟を出すのはやはりレオハルトである。

「失礼致します、勇者様。この者はリュークと申します。西のアルベルム辺境伯領より、我が主アルベルム辺境伯と共に王都へ向かう途中なのです」

「アルベルムぅ? そういや、そんな領地があったっけ。西の領地から王都に行くのにここを通るのか? アルベルムってのは、どんな辺鄙へんぴな場所にあるんだ?」

 レオハルトどころかグランツに対しても不遜な態度の勇者は、本当にアルベルムのことなど殆ど記憶していないらしく、暗い天井を見ながら唸っている。

「西端の領地ですので、あまり御存知ないでしょう。ともかくこの者も我々も怪しい者ではございません。ところで、勇者様へ折り入ってお願いがあるのですが」

 レオハルトが本題を持ち出したので、全員が口をつぐんだ。

「俺に『お願い』だぁ?」

 勇者は、一転して興味深げな表情になった。

「いいぜ。お前ら貴族の一行なら金はあるんだろ? 有り金全部出すなら引き受けてやるよ」

 これぞ真性のクズといわれる勇者らしい発言である。グランツ一行は、プルェ・プティカから聞いた通りの彼のさもしさにいっそ感動すら覚えたのだった。
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