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40 一度目の婚約破棄 その1
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「紹介するよ、僕の許嫁のクリスティーナ=レインヒルだ。彼女と僕は幼馴染でね、昔からよく――」
意識が回復した私は何が起こったのか分からなかった。
ただ、隣にいる金髪の青年の顔は忘れていない。忘れられるはずがなかった。
彼は私の最初の婚約者だからだ。
彼の名はアーノルド=エルグランド。エルグランド皇国の第二皇子で私の幼馴染だった。
エルグランド皇王と私の父は無二の親友という間柄だったから、小さなときから、同い年の彼とはよく会っていて、気付けば彼の許嫁になっていたのだ。
そして、このときの私の名もまたクリスティーナであった。
「僕はだらしないところがあるからね。しっかり者のクリスが一緒にいてくれて助かっているよ」
社交会でも明るく惚気話をしてくれるアーノルドを私は無条件に信頼していた。彼は一生、私のことだけを見てくれると信じていたのだ。
だから、この日も私は何も気付かなかった……。
「すごいなぁ、こんな見事な演奏は初めてだよ。あの子って確か――」
「ええ、アーノルド様、貴方には紹介していませんでしたね。私と同じ学校の後輩のルナです。彼女のピアノ、素晴らしかったでしょう?」
私は自分を慕ってくれていた可愛い黒髪の後輩のルナをアーノルドに紹介した。
まさか、これが自分の人生を大きく変えることも知らずに……。
「そうか、ルナというのか。僕はアーノルド=エルグランドだ」
「ええ、もちろん存じていますわ。それに、クリスティーナ様の大事な方ということも……。ルナティア=カーティスと申します」
ルナはペコリと頭を下げた。
彼女の家は貴族の中ではかなり貧しいらしく、それが原因で同級生に虐められていたらしい。
偶然、現場に居合わせた私は彼女を助け、その縁もあって交流をしていた。
その後、ピアノの才能が認められてよく演奏を依頼されていた。
「いやぁ、ルナはすごいな。演奏に心を奪われるなんて初めてだよ。カーティス家なんて没落貴族だと思っていたが、あのような者も居たのだな」
ルナの演奏に聴き惚れたアーノルドはずっと彼女の話ばかりしていた。
没落貴族というような言葉には私も思うところがあったが、幼馴染とはいえ皇子を咎めるようなことは出来なかった。
「ルナと出会える未来を知っていたら――」
そう呟いた彼の視線はいつもの優しい感じではなく、肌がザラつくような感じだった。
他人の悪意というものを知らない私にはこれが何なのか分からなかった。
今なら分かる、婚約者としての私のことを既にアーノルドは疎ましく思っていたのだ――。
しかし、これは何なのだ? まるで過去に戻ったかのような感覚。
あの自称神様は本当の私を見せると言っていたが、意味がわからない。
最初の私という意味では『このクリスティーナ』がホンモノなのかもしれないが……。
それから、1ヶ月ほど時が流れた――。
「ルナが学校でイジメに遭っているという話を聞いたぞ。その上、大事な万年筆を盗まれたらしい」
アーノルドが険しい顔をして私に話しかけてきた。
「それは酷い話ですね。私から彼女の同級生にキツく叱ったのですが、それでもまだそのような下劣な行為を……」
このときの私は本心からルナを心配して言葉を声に出していた。
「万年筆はルナの母親の形見らしい。可哀想に、僕はその盗人を探そうとしているのだが、君は心当たりはないかい?」
いつもとは違うアーノルドの怒気に驚いたが、悪意には気が付かない私。
心当たりなどは知らないので首を横に振った。
「いいえ、私と彼女は学年が違いますので……、きゃっ、アーノルド様、何をするのですか?」
突如として彼は私を突き飛ばし、カバンを奪い取る。場所は人目のある公園でアーノルドの護衛の兵士たちも驚いた顔をしていた。
彼が暴力を振るうなど今までに無かったからだ。
「これは、なんだ? クリス、いや、クリスティーナ!」
初めて聞いた彼の怒鳴り声。そして、怒りに満ちた形相。
彼は、以前にルナに見せてもらった、形見の万年筆を握っていた。
この日、私は初めて絶望というものを体験することになる――。
「まさか、僕の許嫁が盗人なんてね。しかも、虐めの首謀者だったとは。ルナから聞いたよ、君は彼女を虐めから守ったらしいじゃないか。その裏でこんな卑劣なことをしていたというわけか」
衆人の前で私をさらし者のように責め立てる。
気の弱かった私は何も言えずに黙っていた。自分が犯人で無いことは間違いないし、誤解は解けると思っていたからだ。
しかし、それは甘かった……。
「おい、そこのお前ら。見てないで、クリスティーナを拘束しろ。犯罪者だぞ」
なんと、アーノルドは自分の護衛の兵士に私を捕まえるように指示したのだ。
「ですが、クリスティーナ様はレインヒル家の……」
「関係ない。僕は皇子だ……。しかも、見てただろ? 彼女のカバンから万年筆が出てきたのを……」
「それだけで、クリスティーナ様を犯人扱いするのはどうでしょうか?」
「はぁ? お前は誰の護衛だ? 犯人はクリスティーナに間違いない。犯罪者を僕から遠ざけるのはお前らの役目だろ」
アーノルドの威圧に屈したのか、兵士たちは黙って私を拘束した。
そして、私は牢獄へと入れられてしまったのだ。
最愛の人だと信じた彼に婚約破棄を伝えられ……。
なんだ、これは……。あのときの自分の感情が溢れてくる……。
苦しい、泣きたい、死んでしまいたい……。
こんな記憶を追体験させて、なんの意味があるんだ……。
そう思っても、私の意識はこの記憶から逃げられなかった……。
意識が回復した私は何が起こったのか分からなかった。
ただ、隣にいる金髪の青年の顔は忘れていない。忘れられるはずがなかった。
彼は私の最初の婚約者だからだ。
彼の名はアーノルド=エルグランド。エルグランド皇国の第二皇子で私の幼馴染だった。
エルグランド皇王と私の父は無二の親友という間柄だったから、小さなときから、同い年の彼とはよく会っていて、気付けば彼の許嫁になっていたのだ。
そして、このときの私の名もまたクリスティーナであった。
「僕はだらしないところがあるからね。しっかり者のクリスが一緒にいてくれて助かっているよ」
社交会でも明るく惚気話をしてくれるアーノルドを私は無条件に信頼していた。彼は一生、私のことだけを見てくれると信じていたのだ。
だから、この日も私は何も気付かなかった……。
「すごいなぁ、こんな見事な演奏は初めてだよ。あの子って確か――」
「ええ、アーノルド様、貴方には紹介していませんでしたね。私と同じ学校の後輩のルナです。彼女のピアノ、素晴らしかったでしょう?」
私は自分を慕ってくれていた可愛い黒髪の後輩のルナをアーノルドに紹介した。
まさか、これが自分の人生を大きく変えることも知らずに……。
「そうか、ルナというのか。僕はアーノルド=エルグランドだ」
「ええ、もちろん存じていますわ。それに、クリスティーナ様の大事な方ということも……。ルナティア=カーティスと申します」
ルナはペコリと頭を下げた。
彼女の家は貴族の中ではかなり貧しいらしく、それが原因で同級生に虐められていたらしい。
偶然、現場に居合わせた私は彼女を助け、その縁もあって交流をしていた。
その後、ピアノの才能が認められてよく演奏を依頼されていた。
「いやぁ、ルナはすごいな。演奏に心を奪われるなんて初めてだよ。カーティス家なんて没落貴族だと思っていたが、あのような者も居たのだな」
ルナの演奏に聴き惚れたアーノルドはずっと彼女の話ばかりしていた。
没落貴族というような言葉には私も思うところがあったが、幼馴染とはいえ皇子を咎めるようなことは出来なかった。
「ルナと出会える未来を知っていたら――」
そう呟いた彼の視線はいつもの優しい感じではなく、肌がザラつくような感じだった。
他人の悪意というものを知らない私にはこれが何なのか分からなかった。
今なら分かる、婚約者としての私のことを既にアーノルドは疎ましく思っていたのだ――。
しかし、これは何なのだ? まるで過去に戻ったかのような感覚。
あの自称神様は本当の私を見せると言っていたが、意味がわからない。
最初の私という意味では『このクリスティーナ』がホンモノなのかもしれないが……。
それから、1ヶ月ほど時が流れた――。
「ルナが学校でイジメに遭っているという話を聞いたぞ。その上、大事な万年筆を盗まれたらしい」
アーノルドが険しい顔をして私に話しかけてきた。
「それは酷い話ですね。私から彼女の同級生にキツく叱ったのですが、それでもまだそのような下劣な行為を……」
このときの私は本心からルナを心配して言葉を声に出していた。
「万年筆はルナの母親の形見らしい。可哀想に、僕はその盗人を探そうとしているのだが、君は心当たりはないかい?」
いつもとは違うアーノルドの怒気に驚いたが、悪意には気が付かない私。
心当たりなどは知らないので首を横に振った。
「いいえ、私と彼女は学年が違いますので……、きゃっ、アーノルド様、何をするのですか?」
突如として彼は私を突き飛ばし、カバンを奪い取る。場所は人目のある公園でアーノルドの護衛の兵士たちも驚いた顔をしていた。
彼が暴力を振るうなど今までに無かったからだ。
「これは、なんだ? クリス、いや、クリスティーナ!」
初めて聞いた彼の怒鳴り声。そして、怒りに満ちた形相。
彼は、以前にルナに見せてもらった、形見の万年筆を握っていた。
この日、私は初めて絶望というものを体験することになる――。
「まさか、僕の許嫁が盗人なんてね。しかも、虐めの首謀者だったとは。ルナから聞いたよ、君は彼女を虐めから守ったらしいじゃないか。その裏でこんな卑劣なことをしていたというわけか」
衆人の前で私をさらし者のように責め立てる。
気の弱かった私は何も言えずに黙っていた。自分が犯人で無いことは間違いないし、誤解は解けると思っていたからだ。
しかし、それは甘かった……。
「おい、そこのお前ら。見てないで、クリスティーナを拘束しろ。犯罪者だぞ」
なんと、アーノルドは自分の護衛の兵士に私を捕まえるように指示したのだ。
「ですが、クリスティーナ様はレインヒル家の……」
「関係ない。僕は皇子だ……。しかも、見てただろ? 彼女のカバンから万年筆が出てきたのを……」
「それだけで、クリスティーナ様を犯人扱いするのはどうでしょうか?」
「はぁ? お前は誰の護衛だ? 犯人はクリスティーナに間違いない。犯罪者を僕から遠ざけるのはお前らの役目だろ」
アーノルドの威圧に屈したのか、兵士たちは黙って私を拘束した。
そして、私は牢獄へと入れられてしまったのだ。
最愛の人だと信じた彼に婚約破棄を伝えられ……。
なんだ、これは……。あのときの自分の感情が溢れてくる……。
苦しい、泣きたい、死んでしまいたい……。
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そう思っても、私の意識はこの記憶から逃げられなかった……。
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