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41 一度目の婚約破棄 その2
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投獄された私は壊れてしまうまで時間がかからなかった。
明らかにアーノルドはルナに好意を持っていた。
彼女のピアノに彼は心を奪われていたからだ。そのとき、私には得意なことは何もなかった。
だからかもしれない。必死になって心を掴んで離さないために私が色んなことにのめり込んで打ち込むようになったのは……。
牢獄の中の私に面会に来た人間は少なかった。
私の無罪を信じてくれていた人は二人しかいなかったからだ……。
「すまねぇな。クリスちゃん。君が無実の証拠を集めようとしてるのだが、嘘の証言が見抜けなくてな。俺に真実を見抜く力があれば……」
執事のマルスは悔しそうな顔をして、拳を握りしめていた。
彼は私が盗みなどするはずがないと怒り、無実の証拠を見つけると言ってくれた。
しかし彼はその後、一度も姿を見せなかった。
「クリスティーナ様……。ぐすん、申し訳ありませんわ……。わたくしはアーノルド様に何度もクリスティーナ様が犯人のはずがないと進言していますのに、まったく聞き入れてくれません。それどころか、わたくしに求婚してくるような始末です……。わたくしにもっと力があれば……」
ルナは涙を流しながら私に謝罪を述べました。
彼女は私が犯人でないと主張した上で、盗難被害に遭った自分は誰も訴えないから、私を解放するようにと、アーノルドに直談判したと報告した。
もっとも、邪魔者を消したい上に後に引けなくなったアーノルドがそんな訴えを聞くはずもなく、ルナに求婚して終わりだったらしい。
その後、ルナはアーノルドと婚約したという話を聞いた私はさらに絶望した。
そして、このとき、私はもう助からないと悟ったのである。
「ワシの顔に泥を塗りよって。屑が……」
最後の面会者は父であるレインヒル公爵だ。
彼はアーノルドの言ったことを鵜呑みにして実の娘の私の言葉には耳を傾けてくれなかった。
「ワシに少しでも誠意を見せたくば、これを飲め。それが、親の顔を潰した者の責任の取り方だ」
手渡されたのは小瓶。中身は毒である。
父は自害して責任を取るようにと言ったのだ。
壊れてしまった私は躊躇わずに毒を飲み干した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは? どういうことだ……」
牢獄には倒れている私がいた。
では、ここに立っている私は誰なんだ?
(それは今の君だ。思念体が宿主の肉体が亡くなったことによって自由を得た。幽霊になったとでも思えばいい)
ハデスの声が頭に響いた。やはり、こいつが原因か……。
「幽霊だと? 確かに、体が半透明なような気もするが……。――って、この体、鉄格子もすり抜けるぞ。大丈夫なのか?」
私は本当に幽霊のようになってしまった自分に驚いて、怖くなった。
(君は何度も死んで復活してる割には、その程度のことで動揺するのか?)
「関係ないだろ? 体が半透明になったら、誰だって驚く。早く私を元の場所に戻せっ!」
気分の悪い記憶を追体験させられ、私はこの自称神様に腹を立てていた。
しかし、まずはこの得体のしれない状況から逃れないとならない。
(いや、駄目だ。君は知らなくてはならない。君の安易な死が残された者にどう影響したのか……)
「残された者だって?」
私がそう聞き返した瞬間、目の前の景色が変化した。目の前には執事のマルスが居た。
「――クリスちゃんが、自殺? くそっ、アーノルドのヤツ……。覚えてろよ……、必ずクリスちゃんの無念を晴らしてやるぜ」
マルスは鬼のような形相で呟いた。
彼はずっと、私の無実の証拠を探していたのか、髭は無造作に伸び、服装はボロボロだった。
さらに場面は変化して、ルナとアーノルドの二人が目の前に現れる。
「どういうことですの? わたくしが婚約に同意すれば、クリスティーナ様は無罪放免で釈放されるとお約束されたではありませんか!」
「もちろん、約束は守るつもりだったさ。ただ、手続きに時間がかかってしまってね。クリスのことは残念だったよ」
「あっ貴方という人は……」
「どうした? 君だって、鬱陶しい先輩が居なくなって清々しているのではないのかな?」
「わっ、わたくしは、クリスティーナ様のことを……、お慕いしておりました……。でも、クリスティーナ様が貴方を大切な人だと仰っていたので、諦めてましたのに……。こんな、男と知っていれば……」
「何をブツブツ言っているんだ? さぁ、こっちに来なさい……」
どうやら、ルナがアーノルドと婚約したのは、私の為だったらしい。
――そんなことも知らずに私は……。
さらに場面は移り変わり、マルスとルナの二人が暗がりの中で話していた。
「ルナちゃん、すまねぇな。復讐に付き合わせてしまってよぉ」
「いいえ、マルスさん。わたくしは自分の力の無さを呪いました。クリスティーナ様がいない世界に未練はありませんの。でも、アーノルドに一矢報いなくては……、死に切れません……」
「そりゃあ、俺だって、同じだぜ。だから、この召喚魔法を探し出した。俺らの恨みの籠もった魂と引き換えに、ヤツの魂を喰ってもらおう」
マルスは六芒星のような模様の布を地面に広げると、ナイフで指を切り裂き、血を布に染み込ませた。
ルナもマルスと同じく指を切り裂き血を染み込ませる。
「これを月の光に当てると、準備完了だ……」
「ええ、覚悟は出来ておりますわ」
布に月明かりが当たった瞬間、二人は声を揃えた。
「「冥王召喚!!」」
声が発せられるのと同時に、布から白い輝きが放たれた。
この光には見覚えがある。私がハデスに当てられた光だ。
まさか、二人が呼び出したのは……。
「我に何を求める? 人間よ……」
白髪の少年がマルスとルナの前に現れた。
「冥府の神よ、俺たちの魂をくれてやる。だから――アーノルド=エルグランドの魂を喰らってくれ!」
マルスは何を言っているんだ? 私はとてつもなく嫌な予感がした。
「よかろう。うぬらの魂は美味そうだ……」
ハデスがそうつぶやくと、マルスとルナはばたりとその場で倒れてしまった。
言いしれない衝撃と虚無感に襲われて、私の意識は再び遠のいてしまっていた――。
明らかにアーノルドはルナに好意を持っていた。
彼女のピアノに彼は心を奪われていたからだ。そのとき、私には得意なことは何もなかった。
だからかもしれない。必死になって心を掴んで離さないために私が色んなことにのめり込んで打ち込むようになったのは……。
牢獄の中の私に面会に来た人間は少なかった。
私の無罪を信じてくれていた人は二人しかいなかったからだ……。
「すまねぇな。クリスちゃん。君が無実の証拠を集めようとしてるのだが、嘘の証言が見抜けなくてな。俺に真実を見抜く力があれば……」
執事のマルスは悔しそうな顔をして、拳を握りしめていた。
彼は私が盗みなどするはずがないと怒り、無実の証拠を見つけると言ってくれた。
しかし彼はその後、一度も姿を見せなかった。
「クリスティーナ様……。ぐすん、申し訳ありませんわ……。わたくしはアーノルド様に何度もクリスティーナ様が犯人のはずがないと進言していますのに、まったく聞き入れてくれません。それどころか、わたくしに求婚してくるような始末です……。わたくしにもっと力があれば……」
ルナは涙を流しながら私に謝罪を述べました。
彼女は私が犯人でないと主張した上で、盗難被害に遭った自分は誰も訴えないから、私を解放するようにと、アーノルドに直談判したと報告した。
もっとも、邪魔者を消したい上に後に引けなくなったアーノルドがそんな訴えを聞くはずもなく、ルナに求婚して終わりだったらしい。
その後、ルナはアーノルドと婚約したという話を聞いた私はさらに絶望した。
そして、このとき、私はもう助からないと悟ったのである。
「ワシの顔に泥を塗りよって。屑が……」
最後の面会者は父であるレインヒル公爵だ。
彼はアーノルドの言ったことを鵜呑みにして実の娘の私の言葉には耳を傾けてくれなかった。
「ワシに少しでも誠意を見せたくば、これを飲め。それが、親の顔を潰した者の責任の取り方だ」
手渡されたのは小瓶。中身は毒である。
父は自害して責任を取るようにと言ったのだ。
壊れてしまった私は躊躇わずに毒を飲み干した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは? どういうことだ……」
牢獄には倒れている私がいた。
では、ここに立っている私は誰なんだ?
(それは今の君だ。思念体が宿主の肉体が亡くなったことによって自由を得た。幽霊になったとでも思えばいい)
ハデスの声が頭に響いた。やはり、こいつが原因か……。
「幽霊だと? 確かに、体が半透明なような気もするが……。――って、この体、鉄格子もすり抜けるぞ。大丈夫なのか?」
私は本当に幽霊のようになってしまった自分に驚いて、怖くなった。
(君は何度も死んで復活してる割には、その程度のことで動揺するのか?)
「関係ないだろ? 体が半透明になったら、誰だって驚く。早く私を元の場所に戻せっ!」
気分の悪い記憶を追体験させられ、私はこの自称神様に腹を立てていた。
しかし、まずはこの得体のしれない状況から逃れないとならない。
(いや、駄目だ。君は知らなくてはならない。君の安易な死が残された者にどう影響したのか……)
「残された者だって?」
私がそう聞き返した瞬間、目の前の景色が変化した。目の前には執事のマルスが居た。
「――クリスちゃんが、自殺? くそっ、アーノルドのヤツ……。覚えてろよ……、必ずクリスちゃんの無念を晴らしてやるぜ」
マルスは鬼のような形相で呟いた。
彼はずっと、私の無実の証拠を探していたのか、髭は無造作に伸び、服装はボロボロだった。
さらに場面は変化して、ルナとアーノルドの二人が目の前に現れる。
「どういうことですの? わたくしが婚約に同意すれば、クリスティーナ様は無罪放免で釈放されるとお約束されたではありませんか!」
「もちろん、約束は守るつもりだったさ。ただ、手続きに時間がかかってしまってね。クリスのことは残念だったよ」
「あっ貴方という人は……」
「どうした? 君だって、鬱陶しい先輩が居なくなって清々しているのではないのかな?」
「わっ、わたくしは、クリスティーナ様のことを……、お慕いしておりました……。でも、クリスティーナ様が貴方を大切な人だと仰っていたので、諦めてましたのに……。こんな、男と知っていれば……」
「何をブツブツ言っているんだ? さぁ、こっちに来なさい……」
どうやら、ルナがアーノルドと婚約したのは、私の為だったらしい。
――そんなことも知らずに私は……。
さらに場面は移り変わり、マルスとルナの二人が暗がりの中で話していた。
「ルナちゃん、すまねぇな。復讐に付き合わせてしまってよぉ」
「いいえ、マルスさん。わたくしは自分の力の無さを呪いました。クリスティーナ様がいない世界に未練はありませんの。でも、アーノルドに一矢報いなくては……、死に切れません……」
「そりゃあ、俺だって、同じだぜ。だから、この召喚魔法を探し出した。俺らの恨みの籠もった魂と引き換えに、ヤツの魂を喰ってもらおう」
マルスは六芒星のような模様の布を地面に広げると、ナイフで指を切り裂き、血を布に染み込ませた。
ルナもマルスと同じく指を切り裂き血を染み込ませる。
「これを月の光に当てると、準備完了だ……」
「ええ、覚悟は出来ておりますわ」
布に月明かりが当たった瞬間、二人は声を揃えた。
「「冥王召喚!!」」
声が発せられるのと同時に、布から白い輝きが放たれた。
この光には見覚えがある。私がハデスに当てられた光だ。
まさか、二人が呼び出したのは……。
「我に何を求める? 人間よ……」
白髪の少年がマルスとルナの前に現れた。
「冥府の神よ、俺たちの魂をくれてやる。だから――アーノルド=エルグランドの魂を喰らってくれ!」
マルスは何を言っているんだ? 私はとてつもなく嫌な予感がした。
「よかろう。うぬらの魂は美味そうだ……」
ハデスがそうつぶやくと、マルスとルナはばたりとその場で倒れてしまった。
言いしれない衝撃と虚無感に襲われて、私の意識は再び遠のいてしまっていた――。
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