名探偵に憧れた私はついうっかり異世界に探偵事務所を構えてしまった

冬月光輝

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第1話 探偵とトレンチコートとあたし

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【立花探偵事務所】

 あたしは、そう書かれた看板の前に立っていた。

「やっと着いたー。遠すぎるよ、もう」
 ここに辿り着くまでにどれくらい歩いたのか、わからない。あたしは、勇気を振り絞ってドアをノックしてみた。

――コン、コン

 軽い音が響き渡る。
 ……変だな、20秒ほど待ってみても返事がない。

「あれ? 嫌な予感がする……」
 ため息をついて、もう一度ノックしようとした時、低い声が返ってきた。

「どーも、申し訳ない……、ははっ少し取り込んでてねぇ、鍵は開いているんで入ってきてもらえないかな」
 少し迷ったが言われるがままにドアを開けて中に入る。

「突き当りの部屋にソファがあるから、そこで待ってて。すぐに行くからさ」

――ゴソゴソ

 何かをしている音と共に声が聞こえる。

 部屋に入ると、西洋風なオシャレなソファとテーブル、奥にはデスクと椅子があった。
 妙に座り心地の良いソファに座って待つこと10分……。

「いやあ失敬失敬……」
 夏なのにトレンチコートに帽子を被った髭面の男が、入って来た。

「今日のコートに合う帽子が中々見つからなくてねぇ」
 聞いても無いのに言い訳が始まった。

「おっと、失礼」
 怪訝そうな顔がバレたのか、髭面の男は少し焦って懐からカードのようなものを差し出した

【探偵 立花 仁(タチバナ ジン)】

「私の名刺です。お嬢さん」
 ニコリと男は微笑んだ。

「自画自賛する訳じゃないのだが、この辺りじゃ名探偵として結構有名なんだよ。だからさ、そんな不安そうな顔しなさんな」
 自信たっぷりの男の声は相変わらず低かったが、優しかった。

「おっとうっかりしてた。すごーく大事なことを聞き忘れていたよ」
 髭を触りながら、男は尋ねる。

「コーヒーと紅茶どちらがお好みかな? お嬢さん」
 男の真剣な表情に、あたしは初めて口を開いた。

「ええと……、コーヒーです‥」
 男……いや、立花は満足そうに頷いた。

「おっ気が合うねぇ。気に入ったよ」
 立花は上機嫌で立ち上がった。

「砂糖とミルクは幾つ?」
 立花は、挽きたてのコーヒーをカップに注ぐ。

「じゃっじゃあ……1つずつで……」
 あたしは反射的に応えてしまった。

「いやあ、運が良いよ、こっちの世界じゃあ中々美味しい豆が手に入らなくてねぇ。ちょうど、先週に元依頼主の伯爵殿からお土産で貰ってさ。少し酸味があるんだけど、良い味なんだよ」
 香ばしい匂いと共に、カップが目の前に置かれた。
 
 「美味しい! あっ……」
 あたしは、ひと口飲んでみて感想を漏らした……。
 思ったよりも大きな声が出て自分で少し驚いてしまった。

「お気に召してくれましたかな? 美味いだろ」
 立花は満足そうな表情でニッコリ笑った。

「ごちそうさま」
 喉が渇いていたせいか、すぐに飲み終えてしまった。

「ふふっ、良い飲みっぷりだったね。とっておきを出した甲斐があったよ」
 立花はすっかり上機嫌になっていた。

「お代わり淹れようか?」
 つい頷きそうになったが、慌てて首を横に振る。

「あの……実は……」
 あたしは口ごもってしまった。
 何を話せば良いのだろう?色々ありすぎて混乱する……。

 そんな心のうちを見透かしたかのように立花は髭を触りながら語りかけた。

「混乱するのも無理もないことだよ、お嬢さん。ココは君の居た場所の常識の外だからねぇ。何を話せば良いのだろうか分からないのは、至極自然なことさ」
 ゆっくりとした口調で彼は続ける。

「君から最初に教えて貰いたいことは、決まっているんだ。誰を探してココまで来たのかということ。恐らくは恋人か‥それとも父親……」
 彼が言い終わらないうちに、あたしは『はっとした表情』をしてしまったらしい。

「どうかな、当たってるかい?」
 立花は相変わらず髭を触りながら、自信に満ち溢れた表情していた。

「父親です!」
 あたしははっきりと答えた。

「よろしい。じゃあ覚えてる範囲で良いから、お父さんが居なくなってからココに来るまでのことを話してごらん」
 立花にそう促されて、あたしは、ゆっくり記憶を辿ってみた。
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