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第六話
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――ずっと違和感があったのです。
最初は別人が成り変わられたと思いました。
何もかも忘れてしまわれたロレンス殿下が別の人格になって手紙を書いているのだと。
それだけ彼からの手紙の内容は以前の彼からかけ離れていた。
まるで、全てをわざと外しているみたいに――。
もちろん、私の好みに全てを合わせるというような分かりやすいことはしていませんでしたが、好きな色、音楽、美術、動物……今日出された料理の好みを除いて全部――以前と変わってしまわれています。
これがずっと私には引っかかっていました。
「し、しかし、それだけで僕が記憶喪失を騙っているなど――」
「そうですね。私の考え過ぎだと思っていました。しかしながら殿下……、先程のご自分の言動を覚えておりますでしょうか?」
「僕の言動だって?」
殿下が以前とは余りにも別人になられたこと自体は考え過ぎで済むお話です。
私が彼が記憶喪失ではないと疑いを深めたのはロレンス殿下と約7ヶ月ぶりの再会をしたその瞬間でした。
「殿下は私を見るなり“本当に来た”と仰ったのですよ」
「それが何か? 君は僕のことを拒絶していた。だから目の前に現れたことに驚きを示した訳だが……」
そうですね。私が来たことに驚いたこと自体は不自然ではありません。
でも、思い出してみてください。殿下は記憶を失われて私のことを全て忘れていらっしゃるはずだということを。
私の容姿も何もかも覚えていないと手紙に書かれていたということを。
それならば、やはり変なのです。
ロレンス殿下の態度は私と再開してからずっと――。
「私の姿を覚えていらっしゃらないのでしたら、“リノアなのか?”と確認されませんか? もちろん、事前に私の特徴を聞いておられたのかもしれませんが、それでも容姿を何一つ覚えていない元婚約者が……ひと月ほど手紙のやり取りをした相手が……現れたにも関わらず、容姿について一言も触れられないのは違和感があります」
どのような見た目なのか、すべて忘れてしまったのであるなら普通は真っ先に容姿について反応するはずです。
手紙のやり取りである程度は性格を把握することは可能ですが、姿は想像できませんから。
それなのに、殿下は先程から今までの間に一度も私の容姿について語られていません。
この姿、この声を……ありのままに受け入れて自然に会話していたのです。
彼と話せば話すほど、私はそれが気になって仕方ありませんでした。
ですから、私は彼が記憶喪失ではないと言葉にしてしまったのです。
「君の優しさは、そうやって人をよく見ているからこそだったな。……手紙を書くとき、常に君の麗しい姿を想像していたから、それと寸分違わぬ君が目の前に現れて……リノアをリノアだと疑うことを忘れてしまっていたよ」
ロレンス殿下は自嘲しながら私を見据えて……自らが記憶を失っていたと嘘をついていたことを認めました。
彼が何故にそんなことをされたのか、私には理解が出来ません。
彼の嘘は私の心を再び抉りました。
結局、この方は私をどうしたかったのでしょう。
「全部リセットしたかったんだ。僕が君に対して行ったすべてを。嘘も全部ひっくるめて、無かったことにしたかった。思い出せば、出すだけで頭がおかしくなる。マトモじゃなかったんだよ。僕はずっと君のことだけを愛していたのに」
ロレンス殿下はすべてを無かったことにしたかったと告げます。
私を傷付けたことが、忘れてしまったことにすれば無くなると本気で思っていたのか分かりませんがそうみたいです。
それ以前に私のことをだけを愛していたなど、よく言えたものだと思ってしまいますが。
「殿下は私の他にも多くの女性と親しくされていたのでしょう? 私などに拘らなくても良いではありませんか」
そうです。殿下は婚約中に7人と関係を持ったと仰った。
私に執着しなくても別の方と幸せになればよろしいではありませんか。
「あ、あれは嘘だ……」
「――っ!? 嘘……ですか?」
「愛人など一人もおらん。り、隣国でそういった男が格好良いと聞いて……、つい格好をつけて、そのような嘘をついてしまった。噂を自分で撒いて君に気付かれるように仕向けて……」
――目眩がしました。
ロレンス殿下は私が思っていた以上に残念な方だったのかもしれません。
まさか、婚約破棄の原因がこの方のくだらない見栄だったとは――。
最初は別人が成り変わられたと思いました。
何もかも忘れてしまわれたロレンス殿下が別の人格になって手紙を書いているのだと。
それだけ彼からの手紙の内容は以前の彼からかけ離れていた。
まるで、全てをわざと外しているみたいに――。
もちろん、私の好みに全てを合わせるというような分かりやすいことはしていませんでしたが、好きな色、音楽、美術、動物……今日出された料理の好みを除いて全部――以前と変わってしまわれています。
これがずっと私には引っかかっていました。
「し、しかし、それだけで僕が記憶喪失を騙っているなど――」
「そうですね。私の考え過ぎだと思っていました。しかしながら殿下……、先程のご自分の言動を覚えておりますでしょうか?」
「僕の言動だって?」
殿下が以前とは余りにも別人になられたこと自体は考え過ぎで済むお話です。
私が彼が記憶喪失ではないと疑いを深めたのはロレンス殿下と約7ヶ月ぶりの再会をしたその瞬間でした。
「殿下は私を見るなり“本当に来た”と仰ったのですよ」
「それが何か? 君は僕のことを拒絶していた。だから目の前に現れたことに驚きを示した訳だが……」
そうですね。私が来たことに驚いたこと自体は不自然ではありません。
でも、思い出してみてください。殿下は記憶を失われて私のことを全て忘れていらっしゃるはずだということを。
私の容姿も何もかも覚えていないと手紙に書かれていたということを。
それならば、やはり変なのです。
ロレンス殿下の態度は私と再開してからずっと――。
「私の姿を覚えていらっしゃらないのでしたら、“リノアなのか?”と確認されませんか? もちろん、事前に私の特徴を聞いておられたのかもしれませんが、それでも容姿を何一つ覚えていない元婚約者が……ひと月ほど手紙のやり取りをした相手が……現れたにも関わらず、容姿について一言も触れられないのは違和感があります」
どのような見た目なのか、すべて忘れてしまったのであるなら普通は真っ先に容姿について反応するはずです。
手紙のやり取りである程度は性格を把握することは可能ですが、姿は想像できませんから。
それなのに、殿下は先程から今までの間に一度も私の容姿について語られていません。
この姿、この声を……ありのままに受け入れて自然に会話していたのです。
彼と話せば話すほど、私はそれが気になって仕方ありませんでした。
ですから、私は彼が記憶喪失ではないと言葉にしてしまったのです。
「君の優しさは、そうやって人をよく見ているからこそだったな。……手紙を書くとき、常に君の麗しい姿を想像していたから、それと寸分違わぬ君が目の前に現れて……リノアをリノアだと疑うことを忘れてしまっていたよ」
ロレンス殿下は自嘲しながら私を見据えて……自らが記憶を失っていたと嘘をついていたことを認めました。
彼が何故にそんなことをされたのか、私には理解が出来ません。
彼の嘘は私の心を再び抉りました。
結局、この方は私をどうしたかったのでしょう。
「全部リセットしたかったんだ。僕が君に対して行ったすべてを。嘘も全部ひっくるめて、無かったことにしたかった。思い出せば、出すだけで頭がおかしくなる。マトモじゃなかったんだよ。僕はずっと君のことだけを愛していたのに」
ロレンス殿下はすべてを無かったことにしたかったと告げます。
私を傷付けたことが、忘れてしまったことにすれば無くなると本気で思っていたのか分かりませんがそうみたいです。
それ以前に私のことをだけを愛していたなど、よく言えたものだと思ってしまいますが。
「殿下は私の他にも多くの女性と親しくされていたのでしょう? 私などに拘らなくても良いではありませんか」
そうです。殿下は婚約中に7人と関係を持ったと仰った。
私に執着しなくても別の方と幸せになればよろしいではありませんか。
「あ、あれは嘘だ……」
「――っ!? 嘘……ですか?」
「愛人など一人もおらん。り、隣国でそういった男が格好良いと聞いて……、つい格好をつけて、そのような嘘をついてしまった。噂を自分で撒いて君に気付かれるように仕向けて……」
――目眩がしました。
ロレンス殿下は私が思っていた以上に残念な方だったのかもしれません。
まさか、婚約破棄の原因がこの方のくだらない見栄だったとは――。
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