初恋の人が婚約破棄されました

冬月光輝

文字の大きさ
5 / 7

5.サプライズ

しおりを挟む
 タ、タタタタン、タン、タタタン。軽快なステップ音が若様の部屋から聞こえます。
 一体なにをしているのでしょうか。どうせろくなことではないんでしょうね。

「入りますよ、若様」
「おおっ! アネットか。いいところに来た。かなり上手くなったと思うんだが」

 シルクハットにタキシード、そしてステッキ姿のマルサス様が部屋の中でタップダンスを踊っていらっしゃる。
 
 ええ、ええ、ムカつくくらい見事でしたよ。昔から器用さと運動神経だけは抜群でしたので、特に驚きませんでしたが……。

「クルックー」

「鳩、ですか?」

 おまけに踊り終わったあとに帽子から白い鳩を出す始末。

 手品まで仕込んでいたとは、若様はどこに向かっておられるのか。

「なっ? どうだ? 見事だろ?」

「ええ、見事です」

「これでルティアは復縁を許してくれるだろうか?」

「はぁ? ごめんなさい、マルサス様。もう一度仰っていただけませんか?」

「これでルティアは復縁を許してくれるだろうか?」

「安心しました。腐っているのは私の耳ではなくて若様の頭だと判明しましたので」

 今回は本気で意味がわからないです。
 いいえ、今までも意味がわからない行動だらけだったんですが、これは本当に発想が異次元すぎて、もう人間の理解できる領域を飛び越えてしまっています。

「エリナのせいで、僕はルティアに酷いことをしてしまった」

「エリナ様は1ミリも悪くありません」

「やっぱりその、簡単には許してくれないだろ? 常識的に考えて」

「若様の辞書に常識という言葉が載っていたこと自体が驚きです」

「で、考えたんだが。どうも世の中の女はサプライズというものが好きらしい」

「サプライズ、ですか?」

 ここにきて、私はようやくマルサス様が何を考えているのか察することができました。

 つまり彼はルティア様にサプライズ的な何かを披露したいんだと、そう読めたのです。
 
 これだけのヒントでこの結論にたどり着くのはマルサス様に5年仕えて培った経験の賜物でしょう。本当に無駄な能力ですが……。

「フラッシュモブって知っているか?」

「えっ? あの一時期流行った、通行人や店員がいきなりダンスして意中の人を驚かせる、あれですよね?」

「そうそう。今度、僕はあれをやってルティアに正式にプロポーズしようと思ってな」

 マルサス様は大きな勘違いをされています。
 まず、女性はいうほどサプライズが好きではない。
 むしろお金をかけるなら一緒に考えたいと思っている人も割といるのです。

 というか、サプライズが好きでもフラッシュモブはさらし者になるから恥ずかしいと嫌っている人も多い。
 それでも成立するのは愛があるからです。好きだから我慢できるというのは大きいでしょう。

 つまり、愛がないどころか完全に異常者として嫌われているマルサス様がフラッシュモブをすれば単なる迷惑行為に他ならない。

 多分、ルティア様は耐え難い苦痛を受けてしまうでしょう。

「若様、悪いことは言いません。ルティア様のことは諦めましょう。フラッシュモブなど論外です」

「ああ、わかっているさ!」

「えっ?」

 わかっているなら、なぜこのようなことを。
 まさかエリナ様に振られたことがショックでそれを忘れるためにバカなことだと分かりながら身体を動かして――。

「普通のフラッシュモブじゃルティアの心は取り戻せない。だから僕は彼女に努力の成果を見せるんだ! 反省の証として!」

 今度は一輪車に乗りながらジャグリングをしつつ、そんなことを仰るマルサス様。

 完っ全に努力の方向性を間違えていますね。

 確かにこれを見たルティア様は「凄い」と思うはずです。
 でも怖さがマシマシになりますよ。元婚約者がこんなの見せてきたら。
 はっきり言ってドン引きされておしまいです。

「これ、食べてみろ」
「ラザニアですか? はむっ……。バカみたいに美味しいです」
「だろ? 僕が作った特製のラザニアだ。あの演目をみて、これだけ美味い料理も食べたら、僕のことを好きになるに決まっている」

 どうでしょうかね。そもそもルティア様はラザニア食べないのでは?
 不気味な演目を見せられて、異常な元婚約者の手料理など手を付けたくないでしょう。

「残念ながら、他のケータリングはレストランのシェフにやらせることにした。三ツ星だ、三ツ星」

「三ツ星のシェフのご馳走が無駄になるところを想像すると泣けますね」

「エキストラもオーディションして集めたし、その場で僕の再婚約を祝う宴を開くから、君も準備を手伝いたまえ」

「死ぬほど嫌ですけど。承知いたしました。もうそこまで話が進んでいるなら止める労力が無駄だと悟りましたから」

 全部間違っています。
 1から10まで全部、何もかも、倫理観もすべて間違っていました。

 ですがマルサス様の努力は本物です。ダンスも大道芸も手品も全部、何日も徹夜で練習して一流と言えるくらいに仕上げました。

 ええ、だから何って話です。マルサス様は100%振られる勝負にも関わらず、報われない努力をひたすらしていただけなのですから。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

カリスタは王命を受け入れる

真朱マロ
恋愛
第三王子の不始末で、馬に変えられた騎士との婚姻を命じられた公爵令嬢カリスタは、それを受け入れるのだった。 やがて真実の愛へと変わっていく二人の、はじまりの物語。 別サイトにも重複登校中

【完結】捨てた女が高嶺の花になっていた〜『ジュエリーな君と甘い恋』の真実〜

ジュレヌク
恋愛
スファレライトは、婚約者を捨てた。 自分と結婚させる為に産み落とされた彼女は、全てにおいて彼より優秀だったからだ。 しかし、その後、彼女が、隣国の王太子妃になったと聞き、正に『高嶺の花』となってしまったのだと知る。 しかし、この物語の真相は、もっと別のところにあった。 それを彼が知ることは、一生ないだろう。

自滅王子はやり直しでも自滅するようです(完)

みかん畑
恋愛
侯爵令嬢リリナ・カフテルには、道具のようにリリナを利用しながら身体ばかり求めてくる婚約者がいた。 貞操を守りつつ常々別れたいと思っていたリリナだが、両親の反対もあり、婚約破棄のチャンスもなく卒業記念パーティの日を迎える。 しかし、運命の日、パーティの場で突然リリナへの不満をぶちまけた婚約者の王子は、あろうことか一方的な婚約破棄を告げてきた。 王子の予想に反してあっさりと婚約破棄を了承したリリナは、自分を庇ってくれた辺境伯と共に、新天地で領地の運営に関わっていく。 そうして辺境の開発が進み、リリナの名声が高まって幸福な暮らしが続いていた矢先、今度は別れたはずの王子がリリナを求めて実力行使に訴えてきた。 けれど、それは彼にとって破滅の序曲に過ぎず―― ※8/11完結しました。 読んでくださった方に感謝。 ありがとうございます。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

婚約破棄を申し込まれたので快諾したら、信じられないとばかりに逆ギレされました。

香取鞠里
恋愛
婚約者のマークと結婚を前提に一緒に住み始めたクレアだが、マークにより嫌がらせのような扱いを受け、結婚前からうんざりしていた。 このまま結婚して、永遠にこの生活が続くようになるのかと悲観していたある日、マークから婚約破棄の書面を突きつけられる。 内心嬉々としてサインするクレアだが、そんなクレアにマークは逆ギレしてきて!? あなたが言ったから私はここにサインしたんですよ?

虚偽の罪で婚約破棄をされそうになったので、真正面から潰す

千葉シュウ
恋愛
王立学院の卒業式にて、突如第一王子ローラス・フェルグラントから婚約破棄を受けたティアラ・ローゼンブルグ。彼女は国家の存亡に関わるレベルの悪事を働いたとして、弾劾されそうになる。 しかし彼女はなぜだか妙に強気な態度で……? 貴族の令嬢にも関わらず次々と王子の私兵を薙ぎ倒していく彼女の正体とは一体。 ショートショートなのですぐ完結します。

婚約破棄寸前、私に何をお望みですか?

みこと。
恋愛
男爵令嬢マチルダが現れてから、王子ベイジルとセシリアの仲はこじれるばかり。 婚約破棄も時間の問題かと危ぶまれる中、ある日王宮から、公爵家のセシリアに呼び出しがかかる。 なんとベイジルが王家の禁術を用い、過去の自分と精神を入れ替えたという。 (つまり今目の前にいる十八歳の王子の中身は、八歳の、私と仲が良かった頃の殿下?) ベイジルの真意とは。そしてセシリアとの関係はどうなる? ※他サイトにも掲載しています。

口の悪い婚約者から心ないことを言われたうえ婚約破棄されました。~彼の最期は意外なものでした~

四季
恋愛
口の悪い婚約者から心ないことを言われたうえ婚約破棄されました。

処理中です...