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人生何があるかわからないもんだなぁ…
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娘に妻との出会いを聞かれて、俺は、今話すことはお母さんには内緒な。と口に人差し指を当ててしーと言う。
娘は「うん!ないしょー。しぃー」と口に人差し指を当てて、俺のおでこに自分のおでこをこつんと当てて、ないしょーって笑顔で言ってくる。
そんな顔も彼女にそっくりだ。
内緒の話のとき、おでこをくっ付けてしーってやるのも彼女の癖だ。おまじないらしい。
じゃあ、約束したところで。話すからな。マジで内緒な。恥ずかしいから。
半分は彼女から聞いた話。それに俺の話しも織り交ぜて。
これは俺と妻が出会った時の話。
サプライズの準備中に、娘に「お母さんとどうやって出会ったのー?」と聞かれて、俺は、今話すことはお母さんには内緒な。と口に人差し指を当ててしーと言う。
娘は「うん!ないしょー。しぃー」と口に人差し指を当てて、俺のおでこに自分のおでこをこつんと当てて、ないしょーって笑顔で言ってくる。
そんな顔も彼女にそっくりだ。内緒の話のとき、おでこをくっ付けてしーってやるのも彼女の癖だ。おまじないらしい。
じゃあ、約束したところで。話すからな。マジで内緒な。恥ずかしいから。
半分は彼女から聞いた話。それに俺の話しも織り交ぜて。
これは俺と妻が出会った時の話。
「貴方、人を好きになった事あるの?」
仕事を手伝ってくれた女性の社員に突然言われた一言。
どうやら彼女の友達が俺に勝手に片想いして、数回(業務連絡のため)話をしただけなのに、俺と付き合ってるように錯覚したようで、俺が違う女性社員と(業務連絡のため)話をしていると、フラれたと思い、泣きながら訴えてきたという。ただの勘違いになんで俺が…。
「そりゃあ、あるよ」
あるけど…俺の好きはいつも短い。
好きと思うことはあるが、たった一度だけ嫌だなとか無理と思ったことがあれば、その好きが消えて、その人に興味すら失くす。
本当に短いと思う。
彼女が出来ても、一週間も持たないのだ。
すぐに別れてしまう。
だから、大好きって言葉も思ったこともまだないんじゃないかな。ずっと好き、がまだない。
とりあえず、彼女に手伝ってくれたお礼とその友達とは業務連絡くらいしか話したことがなく、全く知らないと伝えた。
「じゃあ、あの子の勘違いってこと?」
「そうだね」
「嘘言ってない?」
「嘘じゃないよ」
「はぁ…まったく。あの子も人騒がせね」
もはや友達というより母親のような口ぶりだ。
「知らなかったよ。そんなことになってたなんてさ」
「前もそういうことあって、揉めたことあるのよ」
「そうなんだ…」
「悪かったわね、あんなこと言って」
「いいよ。聞かなかったことにするから」
「そう。はぁ…あの子によく言っておくわ。じゃあね」
「じゃあ…」
手を振って何でもないかのように彼女を見送った。
本当はその言葉で少し傷付いたんだよ。なんて言えるはずもなかった。
多少の残業はつきもの。定時よりも3時間弱の遅れ。例の勘違い女性からの最後の嫌がらせを食らった。明日社長に報告するとして、今日は素知らぬ顔して嫌がらせを受けることにした。これで彼女の気が済むならいいけど…。
ビールを買いにコンビニに行くと、ビールコーナーでスーツ姿の女性が硝子の扉に顔をかなり近づけて商品を見つめていた。
「あの…そこ避けていただいても?」
「あ、ちょっと待ってください!今探しますから!」
「えっと…何をお探しですか?」
「酎ハイの贅沢絞りPREMIUM、ポンジュースみかんテイストって書いてあるやつなんですけど…見当たらなくて」
「他のじゃダメなんですか?」
「はい!それが今飲みたいものなんです!」
「そうなんだ…あの、ここには売ってないですよ」
「えぇ!?無いんですか?!」
「見た限り、置いてないですね」
「そんなぁ…30分くらい探してたのに、無かったなんてぇ」
この人、そんなにいたのか。
がっくりと肩を落とした女性は、「教えて頂き、ありがとうございました」と力無くした声で自動ドアの方にとぼとぼと向かっていく。
「いえ、どういたしまして……あの!」
なんとなく声をかけた。ちょっと可哀想に思えたからだ。
「近くのスーパーとか行ってみましたか?」
「あ……まだ、です」
落ちた肩が少し上がった。希望が見えたみたいな感じの顔をしている。口角も少し上がっている。
「これからスーパー見に行ってきます!ありがとうございます!」
何故か綺麗な敬礼をされて、駆け足でコンビニを出ていった。
「あ」
女性が向かっていった方向を目で追う。声をかける前に行ってしまった…スーパーの道は逆方向なのに。
次の日の夜。
コンビニに行くと、お菓子コーナーに昨日見た光景と同じ光景が見えるのは、気のせいじゃないな。
「声かけるべき…か?」
とりあえずスルーして持っていたカゴに買いたいものを入れる。
「ん゛ーー」
「…………」
向かいの棚から聞こえる唸り声。
今度は何に悩んでるんだ?
回りこんで、お菓子コーナーに向かった。
「今度は何してるんですか?」
「ん!?今、お菓子を選んでいるのですが、悩んでいまして」
「何に?」
「たけのこの里かきのこの山かです!」
「…………………」
しょぉもなっ!そんなことであんな唸り声あげてたのか!?
「あの!お兄さんは、たけのこの里ときのこの山、どちらがお好きですか!?」
「…………どちらもチョコもビスケットも入っているでしょう」
「おおっ、なぞかけですか?」
「違います。どちら派とか関係なく、どちらも同じようなもの入っているって事ですよ」
「たしかに…。お兄さん天才ですね」
たけのこの里ときのこの山の箱を見比べて、納得したらしい。目を輝かせてこちらを向いた。ふと気付く。
あ、目の色が片方…。
「よし!どちらも買うことに…いや待てよ!今日は予算が少ないから、片方しか買えないんだった。うーん、やっぱ迷う…」
結局迷ってんのかよ!笑
「俺も食べたくなりましたから、どちらか買いましょうか?」
「え!?いいの!?ホントに!?後悔しても知らないですよ!?」
後悔してもとはどういう意味なのかわからないが、とりあえずこの不思議な彼女ともう少し居たいと思った。
「じゃあ、私はきのこの山を買います!」
「では、俺はたけのこの里を買いましょう」
「やった!」
「飲み物は?」
「へ?」
「飲み物は何にしますか?」
「飲み物まで…。貴方は優しい方ですね」
ふわりと笑った顔は、言動とはかなり違う優しい笑みだった。頭にその印象が残る。
「…………」
あの笑顔を見たせいか、はたまた言葉と笑顔のギャップのせいか、いや、どっちも…か?
心臓がトクトクと鼓動が少し早く感じる。
これが不意打ちというやつだろうか。
会ってまだ2日の女性に興味が湧いてしまったのだ。多分今だけなんだろうな。この気持ちも興味も…全部。
そう思いながら、飲み物を買い、レジに向かった。
店員が彼女に声をかけた。
「おっ、今回はちゃんと決まったんだね」
「そうなんだよ!いやー、悩んだ悩んだ笑」
親しげな彼女と店員は、どうやら顔見知りようで、俺が居ても普通に話をしている。
「はい、これ。全部で540円だよ」
「540円ね、…ちょっと待ってね」
財布からお金を取り出す際も財布と顔の位置がかなり近い。やはりあまり見えていないのだろう。
「あ、あった!これ、540円!」
「はい。10円多かったよ」
「ありゃー。すみませんでした」
「大丈夫だよ、ちょうどいただきますね。はい、レシート」
「ありがとうございます」
「次の方、どうぞ」
俺はカゴを台の上に乗せ、店員に話しかけた。
「彼女とは知り合いなんですか?」
「彼女?あぁ、結さんのこと?」
「そ、そうです」
「毎日ここのコンビニに来ていたので、まぁ自然と仲良くなりましたね。はっ!もしかして結さんの彼氏さんですか!?」
「え!?違いますよ!彼女とは昨日会ったばかりなんです」
「そうなんですか?結さんどうです?」
「どう、とは?」
「少し変わってるでしょ。不思議というかなんというか、可愛いですよね!」
「えぇ、まぁ…変わってますね」
「ただマイペースなだけですから、嫌がらず接していただけたら僕も嬉しいです」
「それは、多分大丈夫だと思いますけど…」
「結さんのこと、よろしくお願いしますね」
店員は静かににっこり笑った。
「はい、わかりました」
「あ。結さんに、お酒弱いんですから、ほどほどにって言っておいてください」
「わ、わかりました。言っておきます」
そういえばさっきあいつお酒買ってたな。
カゴにしっかり入っている。
「1,056円です」
「はい、これで」
「1,100円お預かりしましたので、44円お返ししますね」
「どうも」
「ありがとうございました」
終始にこにこ笑顔で見送られてレジを後にした。
外に出ると、空を眺める彼女の姿がすぐ横に見えた。
「あ、おかえりなさい!」
俺に気付いて笑顔で出迎えてくれた。
「あぁ、……ただい、ま(?)」
「公園で食べましょう!ほら!早く!」
待ちきれない!と言うように、彼女は俺の手を引いて駆け足で公園に向かった。
「おい、危ないって!手を離せ」
「だってお兄さん遅いんだもん。あぁ、たけのこの里が私に手招きしてる。おいでーおいでーって」
「んなわけな…」
「あ、ベンチ発見。あそこに座ろ」
「はは、本当に自由人…」
人の話を聞かない自由人だ。
それをマイペースで片付ける店員もなんとなく危ういのでは?と思ってしまう。
「ここ!どうぞ!」
ベンチにティッシュを敷き、そこに座ってと俺に言ってきた。
「は!?いやいやいやいや、そこは君が座ればいいんじゃないかな?」
女子じゃあるまいし、下に物を敷いて座るなんてそんな…。
「ん?嫌でしたか?私もきちんと敷いて座るので、大丈夫ですよ。遠慮なさらず、さあ!」
「………ありがとうございます。では、失礼して…」
??何、俺がおかしいのか??ん???
言われるがままにティッシュの上に座る。彼女もその隣に同じくティッシュの上に座った。
「食べましょう!♪ 食べましょう!♪」
ご機嫌良く歌まで歌って、袋から酎ハイを取り出しプルタブに指を置いた。
だけ。カシュカシュカリカリとプルタブの穴を探しているようにも見える。
「何をしてんの?」
「んー…照明が暗くて穴が見つからないのだよぉ」
まさかの鳥目。
「ほら、開けるから貸しなさい」
「すみません、ありがとうございます」
「どういたしまして。はい」
「やった!いただきます!ん~、美味しいーっ!」
酎ハイをくぴくぴと音を立てて飲み、きのこの山とたけのこの里を合わせて5、6個口に放り込んでボリボリと食べている。
おっさんかよ笑
「あ、店員さんから言伝てをもらいましたよ」
「ふにゃ?」
口許を手で押さえて、お菓子急いで食べている。お菓子を頬張る頬が動いている様子は、まるで頬袋に種を頬張っているハムスター見える。
「そう。結さんお酒弱いんだからほどほどにって言ってましたよ」
「ぐっ、ゴホゴホッ…!バレてるだと!?何故!?」
「そりゃあ、見てたからじゃないですか?」
「居なかったから、いつも隙を見て買ってたのに!」
「本当に、どこで見てるんだろうね…」
監視カメラとか駆使してそうだな…。
「はぁ…仕方ない。お兄さんに半分あげます。はい」
不服そうな顔して俺に酎ハイの缶を渡してきた。
「えー…いらないですよ。飲みかけじゃないですか」
「好き嫌いはよくありませんよ」
「そういう問題じゃないです」
「じゃあ、これは私が全部で飲んでいいということでいいですよね!一度あげると言いました。お兄さんが断ったということは私が責任を持って飲んでくれと、そういうことですよね!ふふふー」
「なんでそうなる。屁理屈ばっかり並べて、そんな解釈どこから生まれてくるんですか?」
「ここからー」
自分のおでこをぺちんと軽く叩いた。残りの酎ハイをくぴくぴとまた音を立てて飲んでいる。
「また屁理屈…」
「ふへへへへへへへー」
「笑いがおっさんて…笑」
ゆっくり体をゆらゆらと揺らしたかと思ったら、俺の肩に力強くぶつかりそのままもたれ掛かった。
「痛っ!何す……は?!」
寝てる?…寝てるなこれ!?
「んー…すぅすぅすぅ…」
「嘘だろおい…、弱いにも程があるだろ」
どんなに揺すっても起きなかったので、仕方なく家に連れて帰るしかなかった。どんなに起こしても起きなかったからだ。
「着いたぞ」
彼女をおんぶして歩いているが、抱えたときから体重が軽すぎて逆に不安になってきている。生きてるよな??
車で移動して、30分。家に着いた。
階段を上がり、2階に着いてまっすぐ歩いて8番目のドアが俺の部屋だ。
鞄から鍵を取り出して鍵を開ける。
ガチャガチャ ガチャン ギィ…
「ただいまっと」
電気を付けて、布団の上に彼女を降ろした。
「まったく起きないとは…」
彼女に掛け布団を掛けて、俺は寝る支度を始めた。
「ん…んぅ……ん…、え…」
起きると、知らない部屋にいる。しかも布団の上にいた。
暖かくて抱きついてしまったが、よく見たら人間を抱き締めていた。私の知ってるタオルケットとかじゃない!!
「ん………ん、……んんっ」
わたわたと布団から抜け出そうとするが、この人私のこと抱き締めて寝てる!?背中に大きな腕が回されてて、びくともしないんだけど!
顔を上げると、夜にたけのこの里を買ってくれたお兄さんだった。
「もしかして、お酒飲んで寝ちゃったんだ…ああぁーどうしよぉぉー。はっ!まさか一線越えたのかな私…」
覚えてないよぉ…うわーん!(泣) 初めては絶対記憶に残したかったのに。……いや。待てよ。よく見たら服着てんじゃん!下は…はいてるな!?(感覚的に)じゃあ、何もなかったってことでいいんだ、よね?いい、んだよね!うん。よし!なら、ここから、出れば、いい、だけ、なん、だ、け、どぉ!何でびくともしないのよ!!もぉ!!!
一生懸命押しているのに、腕は取れないわホールドは解けないわ身動きもとれないわで、抵抗がまったく無駄に終わっている。
「起こさず抜け出すにはどうしたら…。ねぇ、お兄さん、もしかして起きてるでしょ」
「………………くっくっくっくっ…あっははははは」
「やっぱり!!おかしいと思った!寝てるのに、こんなに力強いなんてあり得ないもん!ホントにあり得ない!」
「すみ、ふふ、すみませんすみません笑」
「言葉と顔が一致してないよ。笑っちゃってるし!いつから起きてた?!」
「結さんがわたわたと布団から抜け出そうとしている時にです。驚きましたが、あまりに可愛くて、つい笑」
「ひでぇ…」
「すみません、起きますね。ご飯食べましょうか」
「!!私も手伝う!」
朝から彼とご飯を共にすることになった。
「仕事は間に合いますか?」
テレビを見ながらご飯を食べたあと、玄関を出る際、俺は彼女に聞いてみた。
「仕事はしてないです。クビになってしまって…」
「え。そうなんですか?えっと、すみません」
「あ、大丈夫。本当のことですし。急に片方の目が見えづらくなってしまって…、それで仕事がうまくいかなくなって、そのままクビになりました」
歩きながら、話を進める。
「そうなんですね。すみませんが、以前はなんのお仕事を?」
「事務員をしていました」
「事務員…ならパソコンをずっと見ますものね。眼科には行きましたか?」
「はい。前から緑内障の傾向があると言われてはいましたが、それが急に悪化したみたいで…。原因はストレスによる眼圧の上昇で進行したらしいです」
「ストレスですか」
「はい。なので、片目はほとんど見えていないんです。もう片方も症状が進行してるみたいで、目薬を渡されました。遅かれ早かれいずれは…って感じですね」
「目薬毎日してますか?」
「し…してます」
「…どこ見てんですか。こっち見てしゃべってください」
彼女は目を横に逸らして返事をした。
嘘下手か!
「ダメじゃないですか、ちゃんとしないと。本当に全部見えなくなりますよ」
「だって怖いんですもん!」
一人で目薬できないタイプか。
「じゃあ、目薬のとき呼んでください。公園のベンチで目薬のお手伝いして上げますよ」
「うぇっいえ!布団にご飯まで頂いてしまったのに、目薬までしてもらうのは流石によくないですから!大丈夫ですよ!!」
今、うぇっ って言わなかったか。相当嫌なんだな。
「大丈夫ですよ。これも何かの縁ですし」
首を左右にブンブンと振って嫌々と言わんばかりに後ろに後ずさる彼女。 コントを見ているようだ笑
「目薬の縁はお断…遠慮致します。ほら!お仕事遅れてしまいますよ!早く行ってください!ほら!いってらっしゃい!」
背中をいきなりぐいっと押され、そのまま前に飛び出した。
「あ、こらっ!押すな!」
手を元気にブンブン振って笑顔で「いってらっしゃーい!」と見送られた。
「……いってきます」
久々だ。誰かにおかえりといってらっしゃいを言われたのは。そして、ただいまといってきますも。
仕事はいつも通りだったが、一つだけ違うことがあった。
事務員が一人、退職した。
みんなで花を一輪ずつ持って、一人ひとり事務員に手渡しで渡していき、やがて一つの大きくて立派な花束となった。最後の人は、みんなで書いた寄せ書きと一緒に赤いリボンと花を包むベールのようなシートを花束に巻いて結んで渡した。
「皆さん、ありがとうございました。お世話になりました」と深々と頭を下げて、終業した。その日はNOー残業の日のため、皆一斉に帰っていった。
花、余ったの一輪もらってしまった。部屋にでも飾るかな。
余った花を配っていたので、ついもらってしまった。
「今日は何食べようか」
うーんと悩みながらコンビニに入ると、またしてもビールコーナーにこびりつい…じゃなかった、張り付いている彼女が居た。
「……………………」またか。
「……………………」
「何をお探しですか?」
声をかけると彼女は、張り付いて探している目線は外さないまま俺に答える。
「贅沢しぼりPREMIUM グレープフルーツ味を探してます!少々お待ちください!」
「お酒はほどほどにって言われてませんでしたか?そもそもそれ売ってないですよ」
「ん!?あれ、お兄さんじゃないですか。こんなところで何しているんですか?」
お前が何してる…と言いたい。
「俺もお酒を買いにきたんですよ」
「え?飲まれるんですか?お酒」
「多少嗜む程度でしたら飲めますよ」
「ほー、美味しいですよね。私は果実100%酒が好きです」
果実酒が好きなのか。
「そうなんですね。果実酒美味しいですよね」
「今度漬けるので、公園で飲みましょう」
「え、あ、はい。ありがとうございます(?)」
俺も飲みに入ってるのか。もしかして、友達とか思われてる?
「売ってないなら、お菓子で我慢するか…」
とぼとぼと菓子コーナーに行き、しばらく悩んで、「これだぁ!」と叫んでレジで会計を済ませ、コンビニを出ていった。
一人でも賑やかだな。見てて飽きない。
俺も買い物を済ませてコンビニを出ると、ベンチに座っている(もう見慣れた)後ろ姿が見えた。
「あいつ、帰らないのか?」
腕時計を見ると、夜の23時を過ぎている。まだ外で過ごす気じゃないだろうな?
ベンチに座る彼女のところへ行った。
「はぁ……」
「帰らないのかい?」
「え!?あ!お兄さん!えっと…、おかえりなさい!」
「…ん。ただいま。で、帰らないのかい?」
俺の言葉に彼女の目が横に泳ぎだす。何か隠してるな?
「あー……えーっと…帰ります、はい」
「本当に?」
「う…はい。任せてください!ちゃんと帰ります!あの…まだしばらくここに居たいので、先にお帰りください」
「………わかりました」
手をブンブン振り、「お気をつけてー!」と笑顔で彼女に見送られて帰宅した。
ご飯を食べて、就寝の支度を始めた。
「……………」
時計を見ると、0時を回っている。
なんか気になる。あの泳いだ目。いやいやいや、あいつは赤の他人だ。そこまでしてやる義理もない。
……が、気になる。
「はぁ。見に行くか…」
俺は上着を羽織り、部屋を出た。
もう一枚上着と懐中電灯を持って、公園に向かった。
「居た」
コンビニの帰りに見た後ろ姿は、まだベンチに座っていた。
もう0時を過ぎてる。まだ帰らないのか…。
彼女の方に向かって静かに近寄ると、ぽそりと小さく漏らす声が聞こえた。
「はぁ…。あの部屋に帰りたくないなぁ…」
帰りたくない?やっぱり何かあったのか?
「まだ、帰らないんですか?」
「え゛!?」
肩をビクッとさせて勢いよく立ち上がり、慌てて後ろを振り向いた彼女は、俺の姿を見て更に驚いていた。
「お兄さん!こんなところで何しているんですか?!」
「それはこっちの台詞ですよ。帰るって言ったじゃないですか。結さんこそこんなところで何していたんですか?」
俺の問いに彼女の目が横に泳ぐ。本当に嘘下手だなぁ…。
「あー…えっとですね。そう!これから帰ろうとしてたんですよ!はい!では!帰ります!おやすみなさい!」
ダッ!と走りだし、公園を出ていった。
「ったく、賑やかな人だな。ん?」
ベンチに置いていった彼女のコンビニの袋を見つけた。
「散らかして行くなよな…。……はぁ。嘘だろおい」
袋を持ち上げて見る何かチャリと金属の擦れる音が聞こえた。
………ごみじゃない?
中身を見ると鍵が入っていた。多分、家の鍵だろう。
チャリ…
鍵を袋から出して持ってみると、二枚タグが付いていた。
なになに、『この鍵を見つけたら、ここの住所に届けるか、この電話番号にご連絡をお願いします。』
一枚目のタグには、電話番号が。
二枚目のタグには、住所が書かれていた。
「マジか、個人情報丸出しじゃないか…」
っつか、今あいつ家に入れないよな。はぁ。届けてやるか。幸い、この付近みたいだしな。
俺は、住所の場所を携帯のナビで検索をかけ、彼女のいるマンションまでナビの通りに歩いて鍵を届けることにした。
「ない!ない!ないないないない!何処で落としちゃったんだろう…コンビニ?公園?ベンチ?あ、もしかしてここに来る途中で落としてきたのかも…どうしよう思い当たる節が山程ありすぎて、見当が…。鳥目だし暗くて見えないしさっきも電柱に三回くらいぶつかったからもう歩けないし…うぅ…ここで野宿」
「お忘れ物ですよ」
「お兄さん?!どうしてここがわか…はっ!もしかしてストーカーの方ですか?」
「違いますよ。これ、ベンチに忘れていきましたよ」
「あ!あった!良かったぁぁ。これで野宿は免れたぁ」
俺から鍵を受け取った彼女は、鍵を握ると安堵の声が漏れる。
野宿するつもりだったのか。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。では、俺はこれで」
片手を小さく挙げて、自分の部屋に帰ろうと後ろを向いた。
「あの!ま、待ってください!お茶、お茶をご馳走します」
「え」茶を?こんな時間に?
「あぁ、いや、その、なんと言いますか。えっとですね、……やっぱり、何でもないです。また日を改めてお礼をさせてください」
「お礼はいいですから、暖かくしてください。風邪引きますよ」
「はい!ありがとうございます。おやすみなさい、お兄さん」
「…おやすみなさい。ゆ、結さん」
彼女は手を振って、俺がいなくなるまで見送っていた。
キィ… パタン
「はぁ…」
まさか鍵を忘れるなんて…。野宿は免れたけど、届けに来たのはビックリしたな。
どんな対応が正解なのかわからなかったが、深夜に男性を部屋にあげなかったのは、多分きっと正解だったと思う。
あのお兄さんも、何で?って顔してたし。
「このタグのおかげ?」
チャリ と握っていた鍵を見る。電話番号と住所が書かれたタグを指でいじって遊ぶ。
「よく会うあのお兄さんは、世話焼き。私を好きじゃない。わかってるよ」
玄関にその場に座り込み、奥に続く淡い青色の明かりで照らされた部屋をチラリと見る。
しん…と静かな部屋は電気も付けていないのに、淡い青色の月明かりだけ部屋を照らし、不気味さをなお引き立てている。
「ここには帰りたくないなぁ…………、お兄さんのベッド、柔らかくてだっこされてる時、気持ちよくてすごく眠れたのに、ここは寂しくて暖かくない。公園に戻るわけにもいかないし、どうしたものか…」
はぁ…。とため息を付いて、膝に頬を乗せて小さくなってそのまま眠った。
部屋に行きたくなくて。
朝。
いつものように外で誰かが歩く音に目を覚ます。とても浅い眠り。
「もう、大丈夫。いたたたたた…」
腰を押さえて、太陽で明るくなった部屋に入る。
朝の支度をして、外に出た。
部屋に長く居たくなくて。
「今日も頑張るぞ!」
少ないお金と履歴書を持って、早めに予約をしていた面接会場に向かった。
今日こそは受かる気がする。
彼女のせいにはしたくないが、遅く寝たせいか、すこたま眠い。
今日は大事な会議がある。この眠気を何とかせねば…!
普段はあまり飲まないドリンクを買いにいつものコンビニに行く。
ドリンクをかごに入れて、商品を見て歩く。
「あ、これ」新商品出たんだ!やった!
俺が集めているアニメの兎のキャラクターがぬいぐるみとなって売られていた。いつもはフィギュアしかないのに、とうとうあのモフモフが触れるなんて、あぁ、念願叶ったり!
「今は…買わないでおこう。帰りに俺へのご褒美として買おうかな!」
よし!決めた!とその場所を覚えておいて、俺はレジに向かった。
ほくほくした気持ちで職場に付き、軽い足取りで会議の準備をした。会議は難航はしたものの、良い結果が期待できそうなそんな手応えがあった。気がする。
占いも二位だったし、まだまだ良い運は続いているはずだ。せめて夜までは続いていてほしいものだ。あの兎さんを手に入れるまでは。
自分の業務を終わらせて、うきうきした気持ちと軽い足取りで、コンビニに向かう。
「あった!良かったー」あって良かったラス1!
手にとって、かごに入れた。
「ん゛ん゛ー」
「……………」この唸り声は…。
雑誌コーナーから聞こえる聞き覚えのある唸り声に後ろを振り向いた。
棚を挟んで聞こえてくる。
雑誌コーナーに向かうため、回り込んで棚からチラリと見てみると、なにやら雑誌とにらめっこをしている。
あれは…求人誌か?仕事探しでも始めたのか。
近づいてみても気づかない。何を読んでいるのか後ろからひょこっと覗くと、やはり求人誌だった。ページには、事務系の仕事募集中の文字が。
「仕事探しているのか?」
「うわぁー!?何!?なっ…なんだ、お兄さんか!もぅ!驚かさないでくださいよ!」
はぁー。息をしながら手で胸を押さえる彼女は、どこか元気がないようにも見える。
「どうしました?」
「それはこっちの台詞ですよ。あ、おかえりなさいです」
「あ、あぁ、た、ただいま…」
このやりとりを自然にできるってなんかすごいなと感心をしてしまう。
「今日面接があったのですが、その場で断られてしまったんです」
「え。何故ですか?」
「片目の色違いますねーって話から始まって、緑内障なんですって話したら、最後らへんでやんわり断られてしまったんですよ。最初から断るなら、あの面接の時間がなんだか無意味に思えてきちゃいまして…あー!ダメだ!落ち込んでたら、運なんて貯まりませんし逃げていっちゃいますからね!次!次に切り替えようと思いまして、今求人誌を眺めてたところです!」
「そうなんだ…えっと、お疲れ様です」
今日面接だったのか。なんというか…、複雑な気持ちでここに立っていたなんて、微塵も感じさせない笑顔で俺と話をするし、普段と変わらない様子で接してくるから、一瞬だけ見せた曇った顔に気づかなければ、多分ずっと気づかなかったと思う。…………ん?普段?今、俺、普段の彼女って考えた?
待て待て。会って4日しか経っていない彼女の普段を知ってたかのような考えだったが、…そういえば、俺は普段の彼女を知らない。夜でしか会ったことがないからだろうけど、普段は何をしているのだろう。
じっと彼女を見つめながら考えていると、不思議そうな顔をした彼女が俺から視線を外し、かごに視線を落とした。
「ありがとうございます。お兄さんは、買い物ですか?」
「……………」
「お兄さん?」
「…はっ!すまない、ちょっと考え事をしていた。はい、買い物ですね」
「兎さん、ですね」
「そう、兎さんです。アニメのキャラクターなんだが、知っていますか?」
「初めて見ます。これは何のアニメキャラクターなんですか?」
「これはですね、色んな種類の兎が住んでいる町に、一匹だけ形の変な兎がいるんだ。その子は町のみんなから呪われた子と言われ、いじめられていて、ひどい仕打ちを毎日受けていたんだけど、ある日その兎は町から追い出されてしまったんだ。醜いから目障りだと言ってね。何もしていないのに、追い出された兎は、外の国で色んな種族と出会って、成長していく話なんだけど、これが感動ものでさ。最初は酷いし目も当てられない所から始まるんだけど、その兎は芯が強くて、心の優しい子なんだ。たかがアニメと馬鹿にしてはいけない、考えさせられる話だと俺は思う!……あ」
話した後、我に返る。好きなものについて熱く語る悪い癖が出てしまった。
「へぇ」あ、これはわかってないな。
彼女の返事と表情を見た途端、彼女への興味を失くした俺は、適当に対応することにした。
「まぁ、面白いから興味あったら見てよ。じゃあ、俺はこれで」
サッとその場から居なくなった。
「あ!ねぇ、待っ」
彼女の声が聞こえた気がするが、それを無視してレジに向かい、商品を受け取った後、コンビニを出た。
次の日。
「この書類を頼む」
「わかりました」
いつものように仕事に取りかかる。昨日熱く語ったこともあり、久々にあのアニメが見たくなった。
今日の帰り、蔦屋で借りに行こ。
楽しみがあると仕事も捗る。仕事終わりのご褒美と思えばいい。
あれ以来、勘違いしてきた女性からの嫌がらせなども無くなったし(俺から上に話したってのもあるだろうけど)、また平穏に戻った気がして、少しは気持ちも楽になっていた。
定時で帰れる喜び。
久々に見る大好きなアニメ。
足が自然と軽くなる。車を停めて、蔦屋に入った。
階段で上に上がると、聞き覚えのある声がレジの方に聞こえてきた。
「こういう兎のアニメなんですが、ありますか?」
「どういうストーリーでしょうか」
「えっと…その兎さんは、最初はひどい扱いを受けて育つのですが、強い芯の持った子でして、誰にでも優しくてヒーローのような子なんですよ」
「そうですか…えっと、これですか?」
「違います!あ、絵を書いてきたんです!この子です!」
ガサゴソと鞄からメモ帳を取り出した。
「うーん…、なんと下手…じゃなくて個性的な絵ですね。すみません、これじゃあちょっと分かりにくいですね…。もう少し具体的な事柄をお願いしたいのですが」
「うぐっ…、手がかりですか…。えっと…お兄さんが言ってた事、他にはえっと……」
「何をしてるんですか?」
困り果てている店員があまりに可哀想になり、声をかけた。
「あ、お客様すみません、こういう兎のキャラクターのアニメをご存じですか?話を聞いて似たような話を幾つか持ってきたのですが、どれも違いまして…」
「これなら知っている。“full of kindness“外国のアニメなんだ。だから、コーナーが違う」
「ありがとうございます!すみません助かりました。こちらのお客様がとても必死に探されていたので、どうしてもお探ししたくて」
顔見知りの店員が彼女の方を見て、にこりと微笑んだ。
「ありがとうございます!助かりました!」
ペコリと店員に頭を下げて、喜ぶ彼女の顔を見て、不思議に思った。興味なかったんじゃないのか?と。
「ありがとうございました」
店員に見送られて、俺たちは外に出た。
俺はホラーと兎のアニメを借りた。
彼女はポケモンの映画を借りて、兎のアニメも借りた。
「いやぁ、見つかってよかったです。ありがとうございました」
「いや…まぁ、良かったですね」
「はぃ……あ!!どうしよう!!」
「!!」ビックリした!なんだ急に!!
「もう一度行ってきます!」
「今度はどうした?!」
「私の部屋にDVDプレイヤー無いんでした!借りに行ってきます!」
「は!?待て待て待て!ここでは貸し出しはしてない!」
走って店に入ろうとする彼女を必死に呼び止めた。
「え!貸し出ししてないんですか!?」
「当たり前だろ!」
「そんなぁ、私一生DVD見れないじゃないですかぁ」
「知るか!買えば良いだろ!」
「買えませんし、今しかないんですもぉん」
「じゃあ、何で借りた?」
「DVDプレイヤーも借りられるよって前の職場で聞いたことがあるんです。違うんですか?」
「あまり聞いたことがないが…」
「じゃあ、地域によって違うのかなぁ…。んー…」
眉間にシワを寄せて、顎に手を当てて考え込んでしまった。
「兎に角、借りられないので、買うか諦めるかしてください。では、私はこれで」
めんどくさいので去ろうとすると、彼女は笑みを浮かべて
「はい、すみませんでした。ありがとうございました」
と、ペコリと頭を下げて、借りたDVDを鞄にしまった後、どこかへ走って行ってしまった。
「………あー!くそっ!」
彼女の後を追いかけるために、急いで車に乗り込んだ。
見てしまったんだ。一瞬だけ見せた、あの色違いの瞳から光が消えてもう何も写していない彼女の瞳を。
作り笑いの笑みと感情のこもっていない声と言葉。
あんなの見たら放っておけるわけないだろ!
一度興味を失くした者の心配などしたことのない俺は、この感情は初めてのことだ。
これは興味?
それとも放っておけないから?
それとも彼女のことを
すき? なのか?
「走った方向は、あの公園か」
車を走らせている最中、ぐるぐると考えていた。彼女の行動や仕草、言葉。よく見れば全部わかりやすい。だが、あの一瞬見せる表情や感情のない言葉は、よく見てないと見つけられない些細なことだ。
俺だから気づけたことなのか?
今まで、誰か彼女のあの一瞬を見てくれていた人は居るのか?
興味とは、楽しくもあり、その反面、恐ろしいこともある。
俺は今、恐ろしい方にいる。
いつも彼女を見かける公園に着いた。いつものベンチに座る見覚えのある後ろ姿がそこにあった。
ホッ…
良かった、ここにいた。…ん?ホッ?今ホッとしたのか?俺。いつもの場所に彼女がいて?何で??
車を停め、降りる。声をかけようと近づくとぽそっと声が聞こえた。
「お兄さん怒ってた、どうしよう…。はぁ」
“お兄さん“という言葉にビクッと反応してしまった。気づかれたかと思っておろおろしたが、どうやら此方には気づいていないようだった。再びゆっくり近づく。
「パッケージだけでも楽しそうなの伝わるし、眺めて終わりかな。…ふ……帰りたく、ないなぁ」
うずくまるように両膝を抱えて、膝に額を乗せて顔を隠す。
まただ。何故帰りたくないのか。やはり何かあったのだろう。
「…まだ、帰らないんですか?」
「え゛!?」
肩をビクッとさせて勢いよく立ち上がり、慌てて後ろを振り向いた彼女は、俺の姿を見て更に驚いていた。
「なっ…お兄さん!?こんなところで何しているんですか?!」
デジャブ笑
一昨日見た光景と同じ動きをした彼女に、思わず笑いそうになった。
そう。
興味とは、楽しくもあり、その反面、恐ろしいこともある。
彼女の顔と動きを見た時、面白いなこの子って思った。
あぁ、俺は今、楽しい方にいる。
また彼女に興味を持った。
「ちょうど通りかかったんでね。で?帰らないんですか?」
「か、帰りますよ!もう少ししたら、帰ります。から、お兄さんお先にお帰りください」
「そうですか、わかりました。俺はこれからコンビニに寄ります。結さんもどうですか?」
「私は…ちょっと待ってください。……じゃあ、お願い、します」
彼女は鞄から財布を取り出し、所持金を確認してから少し考えて、答えた。
「わかりました。では、乗ってください。ここからコンビニ近いですけど、このままでは駐車違反になりかねないので車で移動しましょう」
結さん、今日は何を買うんだろう。
車に乗り、シートベルトを付けた。
「よろしくお願いします」
「はい。では、進みますね」
カチッ ガコン
俺は合図の声と共に車を発進させた。
移動時間2分なんだが…
「無防備にも程がある」
乗って走っている間に眠ったのか。
しかし…秒で寝る奴初めて見たわ。
「目…クマ?」
寝ている彼女の目元を指で軽く触れる。
もしかして、よく眠れていないのか?
「ん…………」
! 俺は何を…。
「ほら、起きて下さい。着きましたよ」
俺は平静を装い、彼女を起こす。
「ん…つき?つき…着……あ!!?すみませんでした!💦」
彼女はゆっくり目を開けて起き、言葉を理解するまで目を擦り、頭が働きだしたのか、ようやく理解すると焦ったように俺に謝った。
「大丈夫ですから。ほら、中に入りましょう」
「はい」
車を降りて、コンビニに入った。
俺は、缶ビールとお菓子を買った。
彼女は、酎ハイとお菓子とポップコーンを買っていた。
「ポップコーンお好きなんですか?」
「はい!これを食べてお水を飲むとお腹が膨れてご飯を食べた気になるんですよ!」
「…は?」
「しかも!キャベツ一粒分の食物繊維が摂れるので、一石二鳥なんですよ!すごくないですか!?」
「毎日これを?」
「あ、いえ。流石にこればかり食べるとお腹に良くないと聞いたので、週に2日に留めてます」
「週に2日…他には何を?」
「他ですか?他は、さきいかとスルメを食べてお水を飲んだり、カップ麺食べたり、あ、でも野菜も食べてるんですよ。時々野菜スティック食べたりレタス食べたりして」
「他には?」
「え?」
「それの他にですよ。今日は何を食べましたか?」
「あー、えっと…抹茶飴とお隣から頂いたレタスと麦茶と昨日買ったさきいかです!」
「……………。もしかして、今日の晩御飯はこれですか?」
「これですね」
「…………」
毎日そんな生活を続けているのか?大丈夫なのか…?
「では、帰りましょうか。レジ行きますね」
彼女がレジに向かおうと歩き出す。
「ちょっと待ってください」
「?」
俺は彼女の手を咄嗟に掴み、レジ行きを止めた。
「明日予定ありますか?」
「無いですけど…どうしたんですか?」
俺が気にすることじゃないんだが、なんとなく放っておけない気がするだけ。そう。それだけ。
「あの…今日、俺の家で鑑賞会しませんか?」
「え?」
「あ、あのですね?結さんが借りたDVD、二巻からですよね。俺も見たいので、一緒に見ませんか?」
「えっ。でも…迷惑じゃないですか?」
彼女は捕まれた手と俺を交互に見て、どうしようという顔で口許に指を添えて困っている。
「つ、付いてきたら、もれなくご飯…そう!ご飯を作ってあげますよ!どうですか?」
「ご飯、ですか…?」
うーんとさらに悩む彼女。眉間にシワが寄っていく。
「そうです!朝と昼の分をお付けします!」
「朝と、昼…の?」
ぱっと顔が上がる。だが、まだ眉間にシワが。
もう一押しか。
「俺が仕事に出掛けて部屋を空けても、居ていいですし、好きなだけ寝てていいですから!」
「えっ!?ほんとですか?!」
眉間のシワとれたぞ!ちょろ過ぎやしないか!?あと少し!
「あ、おやつもお付けします!」
「鑑賞会やりましょう!行きます!!」
ぃよし!よくやった俺!
心の中でガッツポーズをする。説得するのに、かなり頑張ったと思う。通販の宣伝をしているような気分には多少なったが、説得できたのが何より嬉しかった。
「会計はこちらで持ちますから、車に乗っててください」
「え…いいんですか?」
また困った顔になった。
コロコロ変わる彼女の表情が面白くて、つい笑いが漏れる。
「良いですよ、開け方わかりますか?」
車のキーを渡して、説明しようとすると、彼女の口がぷくっと膨れた。
「それぐらいわかりますよ!現代の車の扱い方なら知ってます!」
「そうですか。では、待ってて下さい」
笑いをこらえながら、彼女が車に向かう後ろ姿を見送った。
レジに向かうと、店員がにこりと笑って、俺に話しかける。
「おやおや、ナンパですか?」
「!?違いますよ!」
「僕から見たら、人さらいのような台詞しか聞こえてこなかったのですが、違うんですか?」
「…………確かに。今思えば、そうなりますかね(?)」
「そうですよ。僕は貴方に“彼女のことよろしくお願いします“とは言いましたが、まさかそっち方面のよろしくの意味で捉えられていたとは、驚きですね」
「違います誤解です!俺はただ、彼女が心配になりまして。食生活を聞いた限りでは、身体に良くないものばかり食べているので、それで…」
「お客様に一つ忠告します。彼女はとても素直な方です。何でも真に受ける傾向があると僕は思います。一時の同情で彼女に構うのであれば、早々に離れていただきたいのが僕の願いです。もし、彼女のことが本気で心配なのであれば、さっき握った手をずっと離さずにいられる覚悟をお持ちください。よく、考えて、考えて、責任の持てる行動を。ね?」
「は、はい!」
ね?と笑顔で話すが、彼からはものすごい圧を感じる。
「では。全部で2,560円になります」
「え!?あ、はい!」
あんなに重い話しておいて、いつの間にレジを終わらせたのか、気づかなかった。この店員、只者じゃない!
「ありがとうございました」
「ど、どうも…」
ありがとうございましたの言葉にも圧がかかっているようにも聞こえる。怖い。
背中に店員の重い圧を感じつつコンビニを早足で出ると、彼女は車の中で寝ていた。
「え!また!?」だから!何でこうも無防備なんだ!?大丈夫か!?この子!
店員の言っていた意味がじんわりと理解してきた。
“多少心配“から“かなり心配“に気持ちが変わったのと同時に、先程の店員の言葉を思い出す。
『彼女はとても素直な方です。何でも真に受ける傾向があると僕は思います。一時の同情で彼女に構うのであれば、早々に離れていただきたいのが僕の願いです。もし、彼女のことが本気で心配なのであれば、さっき握った手をずっと離さずにいられる覚悟をお持ちください。よく、考えて、考えて、責任の持てる行動を』
「はぁ…。なんでこうも放っておけないのだろう…。わからん…」
彼女の寝顔を眺めて、ため息をついた。
車を走らせて自分の住むマンションへ向かった。
「おじゃまします!」
「どうぞ」
彼女を起こし、自分の部屋に案内した。
鳥目の彼女は、階段を自分の足元をライトで照らしながら歩いたため、多少時間はかかったが、何とか部屋にたどり着いた。
「わー、えっと…すごく汚n…違うな。片付けが苦…いやこれじゃないな。あ、個性的な部屋デスネ!(棒読み)」
俺の部屋を見て、思わずの感想。多少汚いのは自覚ある。
「お世辞にもなってないですね」だいぶ言葉選んでたな。全部口に出てたのがまた面白いけど。
「オブラートには包み込んだつもりです」
「かなり破けてましたが」あれで包んだつもりなのか。
「あはは…すみません…です」
顔と口に出てましたからね。
「とりあえず、うがいと手をして下さい。私はその間、ここを少し片付けますので」
「はい!洗面所、失礼します!」
トットットッ…と洗面所に向かう足音が聞こえる。小さい子供が歩くような軽い足音。
「はぁ。さて、やりますか」
あらかた片付けて、座るスペースの確保と床にコロコロをして汚れを取った。
「こんなもんかな?」
「何か手伝います!」
「あー…じゃあ、食器とか出してもらってもいい?」
「はい!台所失礼します」
「どうぞ。俺は洗面所に行ってますわ」
「はい」
かごに入れた洗濯物を持って、洗面所に行く。手を洗い、うがいをしようとコップに手に持つ。…なんか、違和感。
「え!!」
コップが濡れている!?ということは、結さんはこれでうがいをしたということか!?嘘だろ!?
「結さん!!」
「はい!?どうしましたか!?」
俺はリビングにいる彼女を呼んだ。
驚いた彼女は、食器を持ったまま洗面所に駆け込んできた。
「つかぬことをお聞きしますが…」
「はい」
「うがい…何でしました、か…?」
「うがいですか?最初は手でしてたのですが、私、手のひらが小さいのかあまり水が掬えなくて困ったので、そちらのコップを少し使わせて頂きました。ダメでしたか?」
「はい、ダメでした」
「え!?ダメでした!?すみません、ちゃんと洗って使ったのですが、それでもダメでしたか?!」
皿で顔を隠して、やってしまった…!と縮こまる彼女。
「そういうのは、ちゃんと言って下さい!これからも結さんがこういった必要な物を言って頂けないと、こちらもいろいろと(俺が)困りますので!」
「そうですか…そうですよね。すみません気をつけます」
しゅん…とした彼女をチラリと見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「わ、分かればいいんですよ。分か……ん?」
自分の言った言葉にはたと気づく。
これからも…? 俺が困る?? ん???
この言葉はまるでこれからは俺と一緒に住むんだから、遠慮するなと言っているようなものだ。
何を言っているんだ俺は。大丈夫か?俺の脳ミソは。
「あの…お皿出しました。次は何をしたらいいですか?」
「あ、あぁ、えぇっと…では、DVDの設置をお願いします」
「はい!」
タタタ…とリビングに戻る彼女を見送った後、俺は自分の発言に自己嫌悪になった。
いったい何をやらかしてんだ俺は…っ!
気を取り直してリビングに戻ると、テレビの前で何やら苦戦している。
「どうしました?」
「えぅ!?あっ、あー…ははは、は…」
DVDのディスクを後ろに隠すのが見えた。何もついていないテレビの画面にも映っている。
「つけ方わかりますか?」
「はい!」
返事をした彼女は、ピッとテレビの電源を入れた。
「………………」
「………………」
「そして?」
「!?」
ビクッと彼女の肩が跳ねて、そろりと俺の方を見たかと思ったら、目が泳いでいる。
「DVDはつけられますか?」
「この機械がその…難解でして。…すみません、つけ方がわからないです」
「最初から言って下さい」
「すみません…」
彼女はどうやら機械が苦手らしい。ただ単に使ったことが無いというのもあるようだが、教えると使えるので、苦手には見えないのだが。本人曰く、機械に嫌われているかも知れない!と断言していた。
他にもわかったことは、電子レンジを使ったことがない、食器洗い機や乾燥機も日常で使うものを彼女は使ったことがないのだ。普段どんな生活してんだ?
DVDのつけ方を教えると、目をキラキラさせて聞いていた。反応が子供のようだ。
俺はソファーに座り、彼女は床に座ってスタンバった。
DVDが始まると、彼女はうるさかった。
兎のアニメから見ることになった。
最初は大人しかったが、だんだん画面に近づいて行き、気づいた頃には画面に張り付いて見ていた。
「ん!?いつの間に!おい!見えないだろ!は・な・れ・ろ!」
「あぁーーー」
両腰を掴んで引っ張ると、たいして力もいれていないのに、軽い力でスムーズにずるずると後ろに引き寄せて元の位置に戻した。
「ったく…」
声はあげるが、全く気にしない様子で前のめりに画面に釘付けになって夢中で見ている。
可愛いといえば可愛いが、目を離すと画面に張り付いているのは勘弁してほしいとこだ。
目を少し離した隙にいつの間にかテレビに張り付いていて、俺が引っ張って離し、元の位置に戻す。その繰り返しを何度したことか!
ったく、毎回元の位置に戻す身にもなってくれ…。
2巻まで見終わり、彼女の感想が止まらない。
「兎さん可愛いかったですね!勇敢で優しくて、誰よりも強い心を持ってる素敵な方です!感動しました!兎さんの言葉と行動が諦めかけてたリスさんの心を動かしたからこそ、リスさんは無事に帰ってくることができたんです!あの言葉はリスさんの宝物です!それから…」
「だよな!よかったよな。俺も感動した。うんうん、語り尽くせないよ。わかる、すごく」
しみじみと語る俺と興奮気味に語る彼女、噛み合ってないようで噛み合ってる会話。
「ですよね!3巻!3巻借りてきましょう!今すぐ!!」
「今から?もうレンタル屋はしまったぞ」
「では、明日!明日借りに行きましょう!」
「落ち着けって。明日借りるかは明日決めるとして、俺、次はホラー見たい」
「え」
「ん?その反応は…もしや苦手か?」
「苦っ…手じゃないもん!い、いけますよ!」
「ほぉー、なら問題ないな。つけるぞー」
あれは見栄を張ってるな。どんな反応するかな。
「あ、ぅ………」
始まってみると、悲惨な目に合った。俺が。
『うギャああああああああー!!ヴェアルァアアアー!』
(ウイルスに罹った人がゾンビとなり、襲いかかってきた)
「ウワアアアー!!大丈夫だ!安心しろ私がついている!だから安心して噛まれてくれぇー!!」
「うるせぇ!守るか見捨てるかどっちかにしろよ!あと引っ付くな!」
『ウガアアアアアアァァァァァー!ガブリ!』
(女の人が首を噛まれた)
『キャアアアアアー!!』
「っ!!こっちくんなぁー!!!ヤダ!あっち行けぇ!!」
「お前があっち行…っ!首っ!…首!!絞まってる…っ、はっ離せっ!じぬっで!ぅ…ぐぇっ…」
ぐぎぎぎぎっ…
がっちり引っ付いて取れない彼女をひっぺがそうと必死になるあまり、映画を落ち着いて見られなかった。
「あ゛ー、ひでぇ目に合った…。死ぬかと思った」
「すみませんでした…その…怖、くて…」
「苦手ならそう言え」
「すみません…」
「さて、寝るかな。結さんはベッドを使ってください。俺はソファーで寝るので」
「え。でも…」
「いいですから、遠慮せず使ってください。ほら、ここ、電気消しますよ」
カチッ(電気消す音)
今の電気を消して、寝室の電気をつけたままにしておいた。
後は彼女が自分のタイミングで寝室の電気を消してくれればいい。
俺はすぐに目を閉じた。
あぁ…眠い。仕事と彼女の対応で疲れが溜まっていたのかな…。それにしても。あんなうるさい鑑賞会は二度とやりたく…、……すぅ…すぅ…
「お兄さん寝た?ねぇ、お兄さん」
よくあんなゾンビ見た後に寝れるなと感心してしまった。こちとら怖くて一人で眠れないというのに…。
「見なきゃよかった!お兄さんってば!」
「………んー…、うるさいぞ…少しは大人しく……すぅ……すぅ………」
「ずるい…」
寝言をいいながら、頭をよしよしと優しい手付きで撫でてくる。温かくて心地よい手。
眠って頭の上で止まってしまった手を掴んでセルフよしよしをする。
これじゃないけど、温かい。
「ぅんしょっと」
モゾモゾと狭いソファーの上で、彼の懐に割り込んで無理矢理入り込み、彼に抱かれるような体勢で安心して眠った。
これならゾンビがいつきても守ってあげられる。それに温かいから、安、心…だぁ………すぅ………すぅ……………
「………はぁ…どうなってんだこれ………」
朝目覚めると、彼女が俺の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた。
えぇ…何事ぉ…💧何が起きて……あーだめだ…寝起きで頭が追い付かん。
とりあえず、抱えてベッドに移動した。
「軽い。ったく、なんだってあんなところで…にしてもすっぽりだったな」
小さい…とまではいかないが、細い?小柄?華奢?うーん…。全部当てはまるんじゃないかと思うくらい彼女は身体が細く軽かったのだ。
しかも俺が腕を回すとすっぽり埋まる。俺の腕が余るくらいだった。
「はぁ。だめだ。トイレ行こ…」
俺はトイレに行き、用を済ませ、朝の支度をして家を出た。彼女のご飯を作り置きして。
「んぅぅ…」
起きると誰もいない。もうお昼…寝すぎた。
お兄さん仕事か。なんか、不思議…。私本当にここにいていいのかなぁ。今日、出ていかなくちゃ…。あの部屋、あと少しで契約終了だし、それまでの辛抱。
ベッドから起き上がるとはたと気づく。服がヨレヨレになっている。
出かける一張羅…どうしよう。何か違う服着ないと。
勝手にタンスを開けるのは気が引けたので、干してあったTシャツを一枚拝借して着た。
「デカイな…」
私の3まわりくらいはあるぞ、これ。
首と肩がTシャツの首から出てしまい、きちんと着ようにもすぐ落ちて意味がない。足は膝の部分までTシャツの裾がかかり、スカートみたいになってしまっている。
何も着ないよりはマシか…?
とりあえず来て、リビングに向かった。
ご飯がある!
メモ書きが一枚。
“おはようございます。これ、食べて下さい。仕事に行ってきます。何かあれば、こちらまでご連絡を
080ー****ー**** 瑛“
「?えいさん??」えいって漢字だよね?
えいであってる?
ピッピッピッピッ… トゥルルル… トゥルル… プッ
『はい』
「お、おはようございます。結です」
『結さんでしたか。どうしたんですか?何かありましたか?』
「いえ、確認したいことがありまして」
『確認、ですか?なんでしょうか』
「えいで合ってますか?」
『はい?』
「ですから、読み方えいで合ってますか?漢字の読み方合ってるか知りたくて💦」
『漢字?えい?……あ!あぁ、なるほど。俺の名前の漢字ですね。ふっ、ふふ……ん゛ん゛っ、あきら。あきらって読むんですよ』
「あきら、さん」
『そうです。あきらです。他に確認したいことはありますか?』
「な、ないです。それだけでした💦」
『そうですか。では、切りますね』
「あっ、あの、何時くらいに、帰ってきますか?」
『そうですね…18時過ぎくらいにはなると思います。それがどうかしまし、あ、レンタル屋ですね?もう一回見てから返しに行きませんか?一回だけだともったいなくて』
「いいですね!もう一回見ましょう!!何度見ても飽きないです!2巻楽しみですね!約束ですよ」
『ぶふっ…くっくっくっ…そ、そうですか。それは良かったです。はい、約束です。では、会議があるので失礼しますね』
「はい、すみませんでした。あの…」
『ん?』
「いってらっしゃい。あきらさん」
『…い、いって、き、ます』
プッ ツー ツー ツー
「よし!18時までに、ここを片付けますか!」
話はそれたけど、楽しみができた。
私は歯を磨き、用意してくれたご飯を食べ始めた。
昼間の電話、声の可愛さとそんなことで電話してきたの!?という寝起きの声が耳に残ってしまい、午後からの会議と業務、ちょこちょこミスしてしまった…。何てこと…。はぁ。だが、18時までなんとか終わったから良かった。買い物して、帰ろう。
スーパーに寄り、使う食材をかごに入れていく。
「これとこれと、あ、これも食べよう。明日の朝御飯と昼御飯はこれで大丈夫っと。それからこれ…は、結さん食べるかなぁ。食の好みを聞けば良かったな。あ、この菓子結さん好きそうだな。お、きのこの山とたけのこの里安いじゃん。買っていく…か……」
ちょっと待て。なんか結さんのことばかり考えて…結さん中心に考えて食材買っている気がするな……。………っ!!??ちょっと待て、待て!まて!!これじゃあ結さんのこと好きみたいじゃないか!?違う!断じて違うからな!そうじゃない!違うんだァァァァァ!!
こめかみを押さえてその場にしゃがみこんだ。自分の今の行動を否定するためと彼女への興味が恋に変わったことが勘違いであることを肯定するために。
買い物を済ませ、多少の葛藤はあったが、なんとか乗り越え(?)、疲れを引きずって帰ってきた。
「はぁ…疲れt」
「おかえりなさい、あきらさん」
「あ、あぁ、ただい……なんですかその姿は…?」
「すみません、服借りてしまいました。私の服ないので…。あ、きちんと洗って返しますから」
可っっっっっ愛っ!!!なん…可愛い過ぎる!
彼女から後光が指しているように見える。これ知ってる。恋したときに現れるやつ…。やっぱり彼女のことを俺は好きになってしまったのか?
よろよろと玄関を上がり、リビングに向かった。
「え…、綺麗になってる」
部屋が綺麗になっている。しかもご飯まで出来上がっている。これは…どういうことだ!?
「結さんがこれ全部やったんですか?」
「はい。すみません、もしかしてご迷惑でしたか?」
「いえいえ、すごく感謝してます。むしろすみません。汚い部屋を掃除して頂いて💦」
「大丈夫です!掃除は慣れてますから。勝手に台所を使ってしまいました。カレーなんですけど、お口に合うかどうか不安なのですが…」
「ありがたくいただきます!手とうがいしてきます!」
俺は荷物を下ろして、洗面所に小走りで向かった。
……だめだ。顔が熱い。姿を見ただけでドキドキして、声を聞いて動揺して。何年ぶりだろうか…この思いは。
その場にしゃがみこみ、髪をくしゃりとかきあげる。
「はぁ。心臓痛ぇ」
激しく鳴る心臓と気持ちが俺を急かす。これは恋だ、自覚しろと。
手とうがいを終えて、リビングに戻り、カレーを食べた。甘口のカレーで何故かとても旨かった。隠し味を聞くと、教えてはくれなかったが。
DVDをもう一度見て、俺たちはそれぞれ違う場所で眠った。
朝起きると、彼女はまた俺の腕の中で眠っていた。もう驚かない。愛しくなって抱き締めたことは黙っておこう。下が反応したことも…。
ふとカレンダーを見る。
彼女と出会ってから、1週間が経った。
いろいろありすぎてなんか濃い1週間だった気がするな。
今日、彼女は帰ると言い出した。突然に。
朝からバタバタと身支度を整えて、ご飯も食べずに、玄関で挨拶をしてきた。
「お邪魔しました!ありがとうございました!」
「え!?」
彼女はあっという間に居なくなった。こちらが声をかける間もなく。
驚いたが、なんだか今日も夜にまた会う気がして、それを楽しみに俺は支度をし、職場に向かった。
19時を過ぎたころ。やっと仕事が終わり、いつものコンビニに向かった。
「いらっしゃいませー」
「……………」
店内を軽く見回す。
居た。スーツを着た女性が、お菓子コーナーで何やら悩んでいる。
「これにする」
お菓子を持って、レジに向かい、店員と話をしてコンビニを出ていった。俺に気づいていない。
俺もお菓子と水をかごに居れて、レジへ向かった。
「こんばんは、お預かりします」
「こんばんは。お願いします」
「結さん、先程酎ハイを買われたので、今日は半分だけにしてくださいねとお伝えください。顔色があまりよろしくなかったので、心配なんですよ」
「…わかりました、伝えておきます。あの…」
「はい?」
「彼女とは、すごく親しいんですね」
「おや?まさか嫉妬ですか?もしや探りですか?」
「違っ……わないですけど、そうです嫉妬です。すみません!」
「いえいえ、いいんですよ。しかし潔いな笑 いやぁ、青春ですね」
ニマニマと笑いながら、850円です。と、いつの間にか終わらせている会計を言われ、慌ててお金を出す。
笑顔で見送られ、コンビニを出た。
あの店員、只者じゃないな…。敵に回したら不味い人種。
コンビニを出て、いつもの公園に行くと、もうすっかり見慣れた後ろ姿が、ベンチに座っている。
何してるんだろう。
そろりそろりと忍び足で近づいていく。
「結さん!どうして帰ってきてくれないんだ!?こんなにも愛しているのに!!」
「!?」
「!?」
俺も彼女も驚いた。急に木の影から現れて、大声で話しかけてきたからだ。
この男は、なんだ?彼女の知り合いか?
「ああなたは!あのときの空き巣!」
「部屋に監視カメラも盗聴器も仕掛けたのに、何で!俺は結さんとずっと一緒に居たいのに!何で無視するんだ!おいで!俺と一緒に帰ろう!俺が馬鹿だった!監視カメラも盗聴器も意味なかった。こうして君を連れて帰れば良かったんだ!」
彼女を無理矢理ベンチから降ろして、手を強引に引っ張って、嫌がる彼女を引きずりながらずりずりと公園の入り口に向かっていこうとしている。
「やだ!!離して!!!痛っ!痛い!やだ!けいちゃん!お兄さん!助けて!!誰か!!」
はっ!と我に返った俺は、慌てて彼女の腕を取ろうとした。
「待て!彼女を離せ!お前誰d…」
「結姉ぇを離せ!この、下衆野郎がぁぁぁ!!」
バキャッ ドサーッ
「ぐあぁっ!」
ゴキリ ゴキッ ペキッ
「!!」
「!!!」
俺の横をすごい早さで現れたのが、さっきまで話をしていたコンビニの店員だった。
空き巣野郎を思いっきり殴って数センチ飛ばした後、近づいて、空き巣の足の関節を外し(見えなかったが、多分あの音は骨を外した音)、誰かに連絡を取っていた。
「え?え?えぇ??」
「けいちゃあん!」
「結姉ぇ!怖い思いさせて、すみませんでした。怪我はありませんか?あー!掴んだとこアザになってるじゃないですか!この!くそやろう!いまここで殺してやろうか!?」
弟が犯人を蹴ろうと足を上げた。
「だめ!けいちゃん!」
彼女が弟の腕を引っ張って必死に止める。
「はい!結姉ぇ!すみませんでした!」
鬼のような顔から彼女の方に振り向くのと同時に笑顔に変わった。怖っ…。
ん?ちょっと待て。今…何て?
「あの…えっと、結姉ぇ?」
訳がわからず、頭を押さえる。
何だって?お姉さん?コンビニの店員?あれ?
「言えませんでしたが、僕たちは姉弟なんですよ。今、僕潜入捜査をしてたので、言えなかったんですが、たった今、解決しました!」
「潜入捜査?え。じゃあ、君は刑事さん?」
「はい。刑事です」
「で、結さんの弟さん?」
「はい。結姉ぇの弟です!」
「はあぁぁぁぁぁ…」
俺はそれを聞いて驚きと何故か安堵が一気に来た。
力が抜けるようにその場にしゃがみこんだ。
「わわわっ、お兄さん大丈夫ですか!?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
何やら知らないところで事件が起こっていたようです。
数分後、彼女の弟が連絡した仲間の警察がきて、空き巣を車に乗せて警察署へ向かった。
弟は車に乗る際に俺に、「後日、改めて伺わせて頂きますから」とニッコリ笑顔を残して署へ向かった。
彼女には明日署まで来てもらうとして、今日は疲れただろうから、ゆっくり休んでくださいと言われ、俺に彼女を家まで送るようにお願いされた。直々に弟から。
車で家まで送ろうとしたが、帰りたくないと言われ、仕方なく俺の家に向かっている最中。
「……空き巣、いつからですか?」
「1年程前からです……」
「1年って…、怖かったでしょう」
「空き巣に加えてストーカーもされていたので、あの部屋に帰るのが怖くて、いつも遅くまで外にいて、深夜に帰って玄関で座って寝てました。あ、でも、朝方光が指して部屋が明るくなるので、その時に身支度したり掃除したりはちゃんとしてましたよ。……あまり長くあの部屋に居たくなくて、すぐ外に出てしまいますけどね」
「そうだったんですね…」
「けいちゃんに話したら、捜査するって言ってくれて、監視カメラも盗聴器も全部見つけて細工して。見られることはないと言ってくれたんですが、何だか怖くて…はは…」
話す彼女の身体が小刻みに震えて、声も震えていた。
「沢山怖い思いしてきたんですね。…えっと…こういうときどう声をかけたらいいか…すみません。何もできず」
「いえ、いいんです。話を聞いてくれるだけでもありがたいです」
「そうですか…」
触れていいものなのかどうか迷って、結局触れられず、家に着いてしまった。
「おじゃまします」
「どうぞ」
ふらふらと歩いて、リビングの床にコロリと寝転がってしまった彼女。
「せめてベッドに…」
「このまま。少し放っておいて下さい。お願い、します…」
「わかりました。ですが、床は止めましょう。身体を痛めますから」
「ぅん…」
返事はするも、ピクリとも動かない。
「結さん」
「……………」
「結さん」
「……………」
「触ります。失礼しますね」
「やっ…あ…、ごめ、ん、なさい」
「いえ」
彼女をゆっくり抱えてベッドに移動した。
膝を付くとギシッと音を立ててベッドが軋む。
「降ろしますよ」
「はい…」
「今日はもう、ゆっくり眠った方がいいですよ」
「すみません」
「謝らないで下さい。何も、悪くないですから、ね」
「お兄さん、ありがとう…ございます」
「……………大丈夫ですよ」
彼女の乱れた髪をさらりと撫でる。顔が見えるように髪を左右に避けると目に涙を浮かべた顔が、こちらを見ていた。
「へへ…それ気持ちいいです」
「え?それ?」
「頭を撫でる手、ですよ。あったかくて、優しくて、気持ちいいです。心地よくなって、もっと、ってなってしまいます」
「あぁ、あー、成る程!そういうことね!なら、もっと撫でてあげましょうか?」
「ふふ、はい」
「では、失礼します」
しばらく頭を撫でていると彼女がゆっくり俺の手を取って、自分の頬に持っていった。
すり と頬を手のひらに寄せる。
「お兄さん、ありがとうございます」
「ん…」
彼女はゆっくり目を閉じて、呂律の回らない口調で何かを話している。言葉も途切れ途切れになっていき、やがて、
「お、兄さ、ん、の……す……ょ………すぅ……すぅ……」
「寝てる」
眠ってしまった。
「結さん…可愛………ん゛ん゛ッ」
「………………」
「…………………」
「………………」
「ふっ、……結さーん」
ほっぺたをぷにぷにとつついて名前を呼ぶ。
「………………」
反応がない。
だが騙されないからな。これは起きてる、絶対。
「ゆーいさーん」
再度名前を呼びながら、今度は耳をふにふにと揉んだり指でなぞったりして弄んでみた。
「………んふふ、ふふふふふふっ、んふ、んっふふふ…」
最初は黙ってた彼女は、くすぐったかったのか、少しずつ口角が上がっていき、我慢していた笑いが口角の隙間から漏れ出てきた。
「起きてたな?」
「一瞬寝たんですけど、お兄さんが私の名前を呼んだから、目が一気に覚めちゃったんですよ。だから、お兄さんが悪いです」
「俺のせいにしないでくださーい」
「なんで、名前呼んだんですか?あと何か言いかけてましたよね?」
「あー…ほら、ね、代わりに目薬差してやろうかなーなんて言おうとしてたんだよ!うん!」
可愛い寝顔だな、って、思ったことが自然と声に出てきてたなんて言えるか!!
「目薬ですか。あー…、いえいえ、そんなお構いなくあはは…」
「今差しましょうか?」
「エ。」
彼女が笑顔のまま固まった。
「今、差しましょうか?」
「ぅえ!っああー!いやぁ、そろそろ寝る時間ですなぁ寝ましょうよ、お兄さん」
「そうだな、寝ような。目薬差してから」
「ぐっ……!」
くっそ!逃れられないのか!って顔してる。さっきまで目が泳いでいたのに笑
咄嗟に思いだし、出た言葉とはいえ大事なことだ。嫌がってても、やるべきなのでは?
「ほら、目薬を出して」
「………どうしても?」
「どうしても。病気の進行を遅らせるための大事な薬なんだろ?やろうよ」
「……わかった!この結!腹を括るわ!」
決意の仕方武士か!笑
「お、おおおおおお願いします!」
びくびくしながら、鞄から目薬を出して俺に渡してくれた。
「わかった!任せとけ笑」
そう言って目薬を受け取った俺は、この後繰り広げられる闘いに苦労することを知ることとなった。
「ハァッハァッハァハァ……っはぁー!やっと片方終わったぁ!」
「ぅううう…ひっぐ…ずびっ…まだあるのぉぉ?」
「当たり前じゃないですか!目ん玉は2つあるんですよ」
「もぅやだあああああ!!」
「ほら!頑張って!これが終わったら、プリンが待ってますよ!」
「ぅぐっ!プリンのため…」
いやあんたの目のためだから笑
目薬を差す簡単な作業を、こんなにも大変だと思ったことは今までに経験したことがない。むしろなんでこんなに嫌がるのか不思議なくらいだ。
俺はひりひりする顔を擦る。傷、ついてないといいが…。
遡ること1時間前。
彼女に目薬を差そうと布団に寝かせて薬を目の辺りに近づける。
すると彼女は目を力一杯ギュッッと瞑りだした。
「こらこら、これじゃあ目薬入らないだろ」
「ですが、怖くて…」
「少し力を緩めてくれないか?」
「うう…は、い」
「よしよ…し?おいおい、さらに力込めてないか?」
「本当に怖いんですもん!」
「少しだけでいいから、瞼の力を緩めてくれ。下の瞼の辺りにちょこっと入れてやるから」
「ちょこっと…?」
「そう、ちょこっとね」
「ちょこっとなら…大丈夫そう、かな」
「ほら、緩めて緩めて」
「緩めて、緩めて…」
彼女の目がゆっくり力が抜けていくのがわかる。俺は優しく彼女の下の瞼に指を添えた。
「!?なっ!何をするんですか!?」
折角力を抜いた瞼からまた力が込められはじめた。
「だから!さっき説明したろ!下の瞼に目薬差すって」
「そうですけど!……うー!やっぱり今日はいいです!あしt…1ヶ月後!1ヶ月後にしましょう!!」
「それだと遅いんだよ!観念して、ほら!力を抜、き、な、さ、い!」
ぐぐぐ!と指に軽く力を込めるが、どれだけの力を込めているのか、彼女の方が閉じる力が強かった。
「そうだ!プリン!今日の朝食にプリンつけてやるから!な?!だから、(目薬)させろって!」
「プリンは欲しいですけど、恐怖は別物です!ふぐぐぐぐっ…!」
「力強っ!こら!抵抗すな!」
「嫌です!離してください!」
2人で攻防戦を繰り広げて、お互い男女ということも忘れて、闘いに専念し始めた。
彼女は頑なに目を閉じて両手足を使って抵抗し、俺は彼女の足の間に入り、抵抗する彼女からの攻撃に耐えつつ目薬を差そうと必死になって彼女と力勝負していた。
意外に力が強い彼女は、目を瞑っているのにも関わらず、俺のいる位置がわかるのか、ピンポイントで抵抗の両手足を繰り出してくるのだ。そのお陰で1時間程たっぷりボロボロにやられてしまった。
「今度は大丈夫そ?」
「大丈夫とは言えないのですが、1つわかったことがある」
「何かな?」
「今みたいにお兄さんに全身でのし掛かかられたら、私は身動きがとれなくなるということです!」
「俺は背中と腰が痛いけどな。散々蹴られるし叩かれるしで人体から鳴っちゃいけない音が体に響いて聞こえてくるんだが…」
「…け蹴らないように叩かないように努力しますから!さあ!やっちゃってください!!」
足を少し開いて両手を前に出して、俺を受け入れるポーズを取った彼女の体は震えていた。
「何…俺は何をやらされているんだ?」
「め、目薬です!」
「だよな…なんか、なんか駄目な気がする…」
攻防戦に夢中で気が付かなかったが、これは非常にまずい!絵面的にもさっきも今もこれじゃあまるで…セッ…いやいやいや!(-"- ;; 三 ;;-"-)違う!違う!!これは目薬のための行為であって、けっして別の行為ではない!!よし!行け瑛!お前ならいける!
「ん゛ん゛っ!乗っかるぞ…」
「どんと来い!」
俺は彼女の上に覆い被さるように軽く(苦しくないように配慮しつつ)体重をかけて、上半身を乗せた。
「ぅぐっ!さあ!いつでも来い!!お前(目薬)なんか怖くないぞ!!」
「はいはい。よいしょっと…」
彼女の叫びを軽く流して、俺は両肘で自分の体重を支えながらバランスを取りつつ、彼女の下の瞼に指を添えた。
「んっ!んぅうううううう」
「変な声出すなよ。まだ差してすらないぞ」
「だってぇ!怖いんだもん!!」
「やれやれ…ほら、入れるよー」
目薬がぷちゅっと音を立てて彼女の下の瞼に落ちていった。声をかけて差す間に、彼女はがっしりと俺の体にしがみついて、叫びだしていた。
「んあぁっ!ああああああああぁぁやだやだやだぁ!!怖いぃぃぃ!!やだぁあ!」
ぎゅうぅとしがみつかれて、意識していなかったことが急に意識をし始めた。俺の体が反応を起こし始めたのだ。
「ほ、ほら、終わったから!離してくれ!」
腰に両足を回し、両手を背中に回してシャツをしっかり掴んでなかなか離してくれない。
「ほ、ホントに、終わった、の…?」
ホッとした顔で荒い息を吐きながら、俺に聞いてきた。全部が反応に繋がるからやめてくれないか!?と言いたいところだが、まだ俺の反応がバレてないので、言えない。
離れようと動くと、クッと当たった。俺の反応したものが彼女の下半身に。
「ぁ、んっ…」
ピクッと彼女の体が動く。顔がみるみる赤くなっていき、顔を横にふいっと反らした。まだ目は瞑ったままだ。
うああああああバレてしまった!(*/□\*)💦
「その…、ごめん…」
「は…ぁっ、待って、今力抜くから、もう少し待って…」
「はい」
「ん、んんっ!ふ、ふぅ…ぅああああーいたたたたた!」
ぐぐっと俺に回していた両手足の拘束をゆっくり解いていく。
「どこか怪我したか?」
「力の入れすぎかな…足が痺れてるような感覚がぁぁぁー痛たたた…」
やっと拘束が解けて、俺もゆっくり彼女から離れていった。ギシギシとベッドの軋む音で心臓がドクンと跳ね上がる。
「……………えっと……」
俺はどうしていいかわからなくなり、その場に座った。
頭の中は反応したものを治める呪文でいっぱいだった。
鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ…
「ん…」
彼女はピクリとも動かない。
「あの、結さん?」
「すぅ…」
手をとって握っても頬に触れても何も反応はなく、動かない。規則正しい息づかいだけが彼女から聞こえてくるだけだった。
「本当に寝てる」
暴れて疲れたのだろうな。
彼女の頭を撫でて、ベッドを降りた。背中と腰を擦りながら、トイレに向かう。とりあえずこれを何とかしないと…。
処理した後、俺はソファーで眠った。
翌朝、彼女を警察署に送り、俺は職場に向かった。
お昼になり、俺の携帯に連絡がきた。
弟からだった。内容は、結さんをしばらくそちらに住まわせて欲しいというお願いだった。
彼女の話しと調査から、ストーカーは他にも複数いるらしく、男が仕込んだ盗聴器やカメラ以外にも部屋にごろごろと他のカメラや盗聴器が見つかったらしい。
新しい物件が見つかるまで、しばらく頼みたいとのことだった。
「わかりました。お任せください」
『僕も時々様子を見に行きますから、姉ぇさんのことよろしくお願いいたします』
「いいですよ。では。 後程お迎えにあがりますね」 ピッ
今日から彼女が同居する。
好きだと自覚した今、もうその場限りの好きではない、ずっと興味が続く気がした。
興味をなくした者に、もう一度興味を持ったのは初めてのことだった。年甲斐もなくとてもワクワクしている自分がいる。
あぁ、早く彼女に会いたい。今とても彼女に会いたくて堪らない。早く。早く夕方になれ。
上機嫌に鼻歌交じりで仕事を再開した。
夕方、彼女を迎えにいくと、もう行ってしまったという。
慌てて追いかけようと彼女の行きそうな場所を考えて、先にコンビニに向かった。そういえば、彼女の行きそうな場所を知らないことに気づいた。
俺とよく会うコンビニと公園だけしか知らない。
そこに居てくれよと思いながら車を走らせて、コンビニに着くなり、車を降りて店内を見回した。
……いない。公園か?
車にまた乗り、公園に向かった。
公園の前に停めて、俺は車を降りた。
いつものベンチに見慣れた後ろ姿が座っていた。
ゆっくり、静かに、彼女に近付いていく。
そして、後ろ姿に声をかけた。
「まだ、帰らないんですか?」
「え゛っ!!?」
肩をビクッとさせて勢いよく立ち上がり、慌てて後ろを振り向いた彼女は、俺の姿を見て更に驚いていた。
「お兄さん!?こんなところで何しているんですか?!」
「それはこっちの台詞ですよ。迎えに行くって連絡したじゃないですか。心配したんですよ。結さんこそこんなところで何していたんですか?」
俺の問いに彼女は目に横に反らした。
「だって…無職で家無し能無しのポンコツ人間が、ただ世話になるのはなんかプライドが許さないというかなんというか…。一人でも生きていけるので、大丈夫です!お兄さん。お気になさらず、先にお帰りください」
「結さん、一緒に帰りませんか?」
「………でも…」
「俺、結さんに“おかえりなさい“とか“ただいま“とか全然知らない奴に自然に言えるのが不思議だったんです。ですが、言ってくれた時にふと感じる温かさやくすぐったい気持ちがなんだか心地よくて、この1週間、結さんに救われていたんですよ」
「それなら私だって。お兄さんが毎日変わらずに私に声をかけてくれるから…その優しさに私も救われていたの。もっと側にいたいって思っている…」
「うん」
「だけどそれじゃあ駄目なの。嫌なの」
「どうして?」
「もし、お兄さんに飽きられたら、捨てられたらって考えてしまう。それに怖いんだ。明日にはもう立って歩けなくなっているかもしれない。目も見えなくなっているかもしれない。そんな恐怖が毎日あるのに、お兄さんに甘えられないよぉ…。ぐすっ…目薬もろくに差せないんだよ。迷惑にしかならない」
「そんなこと無いだろ。結さんは昨日頑張ったじゃないか。あんなに嫌がってた目薬を嫌がりながらも最後は暴れないで頑張った、それは大きな進歩だよ」
「でも……」
「結さん」
「?」
「DVDの続き一緒に見ませんか?約束、しましたよね」
「それは覚えていますが、…何故今その約束を?」
「一人で見るよりも一緒に見た方が楽しい、から…」
確かに今言うことじゃないな。言葉の選択ミスった…。
「見たいですけど…今日は難しいです。明日なら多分大丈夫です。」
「そ、そうですか」
ちゃんと答えてくれた。律儀だな。
「……………」
「……………」
詰んだ…。ここからどうする?
どうやって彼女を説得しようか思考を巡らせていると、俺のポケットから携帯の着信音が聞こえてきた。
すみませんと彼女に言って、電話に出た。
ピッ
「はい」
弟からだった。彼女に変わって欲しいと言われ、彼女に携帯を渡した。
「けいちゃんから?なんだろう…」
携帯を受けとって、何やら話をしている。そしてみるみる彼女の顔色が青ざめていくのが見える。
顔色が…💧 一体なんの話をしているんだ?
「わかったから!うん、うん…、はい。じゃあまた」
ピッ
「弟さんは何て…」
「今日からお世話になります天掛(あまかけ)結です。よろしくお願いいたします」
「え!?急にどうしたんですか!?」
あんなに渋ってたのに…。弟さんマジで何を言ったんだ?
「けいちゃんが、お兄さんにお世話にならないなら、今回ことも含めて全部母にチク…報告すると言われまして…。お兄さんに申し訳ないよと言ったら、そんなプライドは公園のベンチに置いていきなさい!と怒られました…」
弟と母強し!!…結さん、弱いなぁ。それにしても、弟さん。結さんの性格よくわかってるな。
「弟さんも結さんのこと心配なんですよ。今日はうちに泊まっていって、これからのことは、明日決めましょう、ね?」
「…はい、お言葉に甘えます。お兄さん!不束者ですが、よろしくお願いいたします m(_ _)m」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします m(_ _)m」
俺たちは車に乗って家に帰った。
「おじゃまします」
結さんが玄関に入って靴を脱ごうと下を向く。
俺は先に玄関にあがり、彼女の方を向き、歓迎の意を込めて、言った。
ヤバい!緊張する…!
「えーと、結さん、おかえりなさい」
「へ…?あ、た、ただいま、です…」
俺の言葉を聞いた彼女は目を丸くしてポカンとしたが、言葉を理解したのか、ほんのり頬を赤く染めて、今にも泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
そして────
「ただいまー」
「あ!お母さんだ!おかえりなさい!今ねお父さんとねー」
玄関まで迎えにいった娘が、早速しゃべろうとしていた。
「わぁ!バッカ!内緒な。つったろ!」
それを阻止すべく娘を追いかける。
「えー?何々?私にも聞かせて」
大きなお腹を抱えて、よいしょと玄関に座る彼女に、娘がチクる。
「お父さんがね、お母さんのこと大好きっていうお話ししてたの。これ、お母さんにないしょー」
内緒のおまじないを彼女にもしていた。
「あ……あー………」遅かった!阻止できず!!
娘よ、本人に内緒って言ってんのに、本人に話したらそれもう内緒になってねぇよ…。
「ふふ、素敵なお話ね。わかった、ないしょー」
内緒の話を聞いた彼女は、俺の方に顔を向けて、口パクでありがとう、嬉しいとほんのり頬を赤く染めて、今にも泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
俺も娘もつられて笑う。
あぁ とても幸せだ
今日、結さんと初めて会った日と同じ日にち。
毎年俺と娘とで計画を立ててサプライズする。
彼女とした約束は、俺の宝物だ。
目を閉じて思い出す、彼女の言葉を。
“これから先どんなことがあっても、ずっと一緒に居ようね。瑛さん、愛してる。今日も大好きよ“
あぁ、俺もだよ。愛してる。今日も大好きだ。
今日は特別な日。
娘は「うん!ないしょー。しぃー」と口に人差し指を当てて、俺のおでこに自分のおでこをこつんと当てて、ないしょーって笑顔で言ってくる。
そんな顔も彼女にそっくりだ。
内緒の話のとき、おでこをくっ付けてしーってやるのも彼女の癖だ。おまじないらしい。
じゃあ、約束したところで。話すからな。マジで内緒な。恥ずかしいから。
半分は彼女から聞いた話。それに俺の話しも織り交ぜて。
これは俺と妻が出会った時の話。
サプライズの準備中に、娘に「お母さんとどうやって出会ったのー?」と聞かれて、俺は、今話すことはお母さんには内緒な。と口に人差し指を当ててしーと言う。
娘は「うん!ないしょー。しぃー」と口に人差し指を当てて、俺のおでこに自分のおでこをこつんと当てて、ないしょーって笑顔で言ってくる。
そんな顔も彼女にそっくりだ。内緒の話のとき、おでこをくっ付けてしーってやるのも彼女の癖だ。おまじないらしい。
じゃあ、約束したところで。話すからな。マジで内緒な。恥ずかしいから。
半分は彼女から聞いた話。それに俺の話しも織り交ぜて。
これは俺と妻が出会った時の話。
「貴方、人を好きになった事あるの?」
仕事を手伝ってくれた女性の社員に突然言われた一言。
どうやら彼女の友達が俺に勝手に片想いして、数回(業務連絡のため)話をしただけなのに、俺と付き合ってるように錯覚したようで、俺が違う女性社員と(業務連絡のため)話をしていると、フラれたと思い、泣きながら訴えてきたという。ただの勘違いになんで俺が…。
「そりゃあ、あるよ」
あるけど…俺の好きはいつも短い。
好きと思うことはあるが、たった一度だけ嫌だなとか無理と思ったことがあれば、その好きが消えて、その人に興味すら失くす。
本当に短いと思う。
彼女が出来ても、一週間も持たないのだ。
すぐに別れてしまう。
だから、大好きって言葉も思ったこともまだないんじゃないかな。ずっと好き、がまだない。
とりあえず、彼女に手伝ってくれたお礼とその友達とは業務連絡くらいしか話したことがなく、全く知らないと伝えた。
「じゃあ、あの子の勘違いってこと?」
「そうだね」
「嘘言ってない?」
「嘘じゃないよ」
「はぁ…まったく。あの子も人騒がせね」
もはや友達というより母親のような口ぶりだ。
「知らなかったよ。そんなことになってたなんてさ」
「前もそういうことあって、揉めたことあるのよ」
「そうなんだ…」
「悪かったわね、あんなこと言って」
「いいよ。聞かなかったことにするから」
「そう。はぁ…あの子によく言っておくわ。じゃあね」
「じゃあ…」
手を振って何でもないかのように彼女を見送った。
本当はその言葉で少し傷付いたんだよ。なんて言えるはずもなかった。
多少の残業はつきもの。定時よりも3時間弱の遅れ。例の勘違い女性からの最後の嫌がらせを食らった。明日社長に報告するとして、今日は素知らぬ顔して嫌がらせを受けることにした。これで彼女の気が済むならいいけど…。
ビールを買いにコンビニに行くと、ビールコーナーでスーツ姿の女性が硝子の扉に顔をかなり近づけて商品を見つめていた。
「あの…そこ避けていただいても?」
「あ、ちょっと待ってください!今探しますから!」
「えっと…何をお探しですか?」
「酎ハイの贅沢絞りPREMIUM、ポンジュースみかんテイストって書いてあるやつなんですけど…見当たらなくて」
「他のじゃダメなんですか?」
「はい!それが今飲みたいものなんです!」
「そうなんだ…あの、ここには売ってないですよ」
「えぇ!?無いんですか?!」
「見た限り、置いてないですね」
「そんなぁ…30分くらい探してたのに、無かったなんてぇ」
この人、そんなにいたのか。
がっくりと肩を落とした女性は、「教えて頂き、ありがとうございました」と力無くした声で自動ドアの方にとぼとぼと向かっていく。
「いえ、どういたしまして……あの!」
なんとなく声をかけた。ちょっと可哀想に思えたからだ。
「近くのスーパーとか行ってみましたか?」
「あ……まだ、です」
落ちた肩が少し上がった。希望が見えたみたいな感じの顔をしている。口角も少し上がっている。
「これからスーパー見に行ってきます!ありがとうございます!」
何故か綺麗な敬礼をされて、駆け足でコンビニを出ていった。
「あ」
女性が向かっていった方向を目で追う。声をかける前に行ってしまった…スーパーの道は逆方向なのに。
次の日の夜。
コンビニに行くと、お菓子コーナーに昨日見た光景と同じ光景が見えるのは、気のせいじゃないな。
「声かけるべき…か?」
とりあえずスルーして持っていたカゴに買いたいものを入れる。
「ん゛ーー」
「…………」
向かいの棚から聞こえる唸り声。
今度は何に悩んでるんだ?
回りこんで、お菓子コーナーに向かった。
「今度は何してるんですか?」
「ん!?今、お菓子を選んでいるのですが、悩んでいまして」
「何に?」
「たけのこの里かきのこの山かです!」
「…………………」
しょぉもなっ!そんなことであんな唸り声あげてたのか!?
「あの!お兄さんは、たけのこの里ときのこの山、どちらがお好きですか!?」
「…………どちらもチョコもビスケットも入っているでしょう」
「おおっ、なぞかけですか?」
「違います。どちら派とか関係なく、どちらも同じようなもの入っているって事ですよ」
「たしかに…。お兄さん天才ですね」
たけのこの里ときのこの山の箱を見比べて、納得したらしい。目を輝かせてこちらを向いた。ふと気付く。
あ、目の色が片方…。
「よし!どちらも買うことに…いや待てよ!今日は予算が少ないから、片方しか買えないんだった。うーん、やっぱ迷う…」
結局迷ってんのかよ!笑
「俺も食べたくなりましたから、どちらか買いましょうか?」
「え!?いいの!?ホントに!?後悔しても知らないですよ!?」
後悔してもとはどういう意味なのかわからないが、とりあえずこの不思議な彼女ともう少し居たいと思った。
「じゃあ、私はきのこの山を買います!」
「では、俺はたけのこの里を買いましょう」
「やった!」
「飲み物は?」
「へ?」
「飲み物は何にしますか?」
「飲み物まで…。貴方は優しい方ですね」
ふわりと笑った顔は、言動とはかなり違う優しい笑みだった。頭にその印象が残る。
「…………」
あの笑顔を見たせいか、はたまた言葉と笑顔のギャップのせいか、いや、どっちも…か?
心臓がトクトクと鼓動が少し早く感じる。
これが不意打ちというやつだろうか。
会ってまだ2日の女性に興味が湧いてしまったのだ。多分今だけなんだろうな。この気持ちも興味も…全部。
そう思いながら、飲み物を買い、レジに向かった。
店員が彼女に声をかけた。
「おっ、今回はちゃんと決まったんだね」
「そうなんだよ!いやー、悩んだ悩んだ笑」
親しげな彼女と店員は、どうやら顔見知りようで、俺が居ても普通に話をしている。
「はい、これ。全部で540円だよ」
「540円ね、…ちょっと待ってね」
財布からお金を取り出す際も財布と顔の位置がかなり近い。やはりあまり見えていないのだろう。
「あ、あった!これ、540円!」
「はい。10円多かったよ」
「ありゃー。すみませんでした」
「大丈夫だよ、ちょうどいただきますね。はい、レシート」
「ありがとうございます」
「次の方、どうぞ」
俺はカゴを台の上に乗せ、店員に話しかけた。
「彼女とは知り合いなんですか?」
「彼女?あぁ、結さんのこと?」
「そ、そうです」
「毎日ここのコンビニに来ていたので、まぁ自然と仲良くなりましたね。はっ!もしかして結さんの彼氏さんですか!?」
「え!?違いますよ!彼女とは昨日会ったばかりなんです」
「そうなんですか?結さんどうです?」
「どう、とは?」
「少し変わってるでしょ。不思議というかなんというか、可愛いですよね!」
「えぇ、まぁ…変わってますね」
「ただマイペースなだけですから、嫌がらず接していただけたら僕も嬉しいです」
「それは、多分大丈夫だと思いますけど…」
「結さんのこと、よろしくお願いしますね」
店員は静かににっこり笑った。
「はい、わかりました」
「あ。結さんに、お酒弱いんですから、ほどほどにって言っておいてください」
「わ、わかりました。言っておきます」
そういえばさっきあいつお酒買ってたな。
カゴにしっかり入っている。
「1,056円です」
「はい、これで」
「1,100円お預かりしましたので、44円お返ししますね」
「どうも」
「ありがとうございました」
終始にこにこ笑顔で見送られてレジを後にした。
外に出ると、空を眺める彼女の姿がすぐ横に見えた。
「あ、おかえりなさい!」
俺に気付いて笑顔で出迎えてくれた。
「あぁ、……ただい、ま(?)」
「公園で食べましょう!ほら!早く!」
待ちきれない!と言うように、彼女は俺の手を引いて駆け足で公園に向かった。
「おい、危ないって!手を離せ」
「だってお兄さん遅いんだもん。あぁ、たけのこの里が私に手招きしてる。おいでーおいでーって」
「んなわけな…」
「あ、ベンチ発見。あそこに座ろ」
「はは、本当に自由人…」
人の話を聞かない自由人だ。
それをマイペースで片付ける店員もなんとなく危ういのでは?と思ってしまう。
「ここ!どうぞ!」
ベンチにティッシュを敷き、そこに座ってと俺に言ってきた。
「は!?いやいやいやいや、そこは君が座ればいいんじゃないかな?」
女子じゃあるまいし、下に物を敷いて座るなんてそんな…。
「ん?嫌でしたか?私もきちんと敷いて座るので、大丈夫ですよ。遠慮なさらず、さあ!」
「………ありがとうございます。では、失礼して…」
??何、俺がおかしいのか??ん???
言われるがままにティッシュの上に座る。彼女もその隣に同じくティッシュの上に座った。
「食べましょう!♪ 食べましょう!♪」
ご機嫌良く歌まで歌って、袋から酎ハイを取り出しプルタブに指を置いた。
だけ。カシュカシュカリカリとプルタブの穴を探しているようにも見える。
「何をしてんの?」
「んー…照明が暗くて穴が見つからないのだよぉ」
まさかの鳥目。
「ほら、開けるから貸しなさい」
「すみません、ありがとうございます」
「どういたしまして。はい」
「やった!いただきます!ん~、美味しいーっ!」
酎ハイをくぴくぴと音を立てて飲み、きのこの山とたけのこの里を合わせて5、6個口に放り込んでボリボリと食べている。
おっさんかよ笑
「あ、店員さんから言伝てをもらいましたよ」
「ふにゃ?」
口許を手で押さえて、お菓子急いで食べている。お菓子を頬張る頬が動いている様子は、まるで頬袋に種を頬張っているハムスター見える。
「そう。結さんお酒弱いんだからほどほどにって言ってましたよ」
「ぐっ、ゴホゴホッ…!バレてるだと!?何故!?」
「そりゃあ、見てたからじゃないですか?」
「居なかったから、いつも隙を見て買ってたのに!」
「本当に、どこで見てるんだろうね…」
監視カメラとか駆使してそうだな…。
「はぁ…仕方ない。お兄さんに半分あげます。はい」
不服そうな顔して俺に酎ハイの缶を渡してきた。
「えー…いらないですよ。飲みかけじゃないですか」
「好き嫌いはよくありませんよ」
「そういう問題じゃないです」
「じゃあ、これは私が全部で飲んでいいということでいいですよね!一度あげると言いました。お兄さんが断ったということは私が責任を持って飲んでくれと、そういうことですよね!ふふふー」
「なんでそうなる。屁理屈ばっかり並べて、そんな解釈どこから生まれてくるんですか?」
「ここからー」
自分のおでこをぺちんと軽く叩いた。残りの酎ハイをくぴくぴとまた音を立てて飲んでいる。
「また屁理屈…」
「ふへへへへへへへー」
「笑いがおっさんて…笑」
ゆっくり体をゆらゆらと揺らしたかと思ったら、俺の肩に力強くぶつかりそのままもたれ掛かった。
「痛っ!何す……は?!」
寝てる?…寝てるなこれ!?
「んー…すぅすぅすぅ…」
「嘘だろおい…、弱いにも程があるだろ」
どんなに揺すっても起きなかったので、仕方なく家に連れて帰るしかなかった。どんなに起こしても起きなかったからだ。
「着いたぞ」
彼女をおんぶして歩いているが、抱えたときから体重が軽すぎて逆に不安になってきている。生きてるよな??
車で移動して、30分。家に着いた。
階段を上がり、2階に着いてまっすぐ歩いて8番目のドアが俺の部屋だ。
鞄から鍵を取り出して鍵を開ける。
ガチャガチャ ガチャン ギィ…
「ただいまっと」
電気を付けて、布団の上に彼女を降ろした。
「まったく起きないとは…」
彼女に掛け布団を掛けて、俺は寝る支度を始めた。
「ん…んぅ……ん…、え…」
起きると、知らない部屋にいる。しかも布団の上にいた。
暖かくて抱きついてしまったが、よく見たら人間を抱き締めていた。私の知ってるタオルケットとかじゃない!!
「ん………ん、……んんっ」
わたわたと布団から抜け出そうとするが、この人私のこと抱き締めて寝てる!?背中に大きな腕が回されてて、びくともしないんだけど!
顔を上げると、夜にたけのこの里を買ってくれたお兄さんだった。
「もしかして、お酒飲んで寝ちゃったんだ…ああぁーどうしよぉぉー。はっ!まさか一線越えたのかな私…」
覚えてないよぉ…うわーん!(泣) 初めては絶対記憶に残したかったのに。……いや。待てよ。よく見たら服着てんじゃん!下は…はいてるな!?(感覚的に)じゃあ、何もなかったってことでいいんだ、よね?いい、んだよね!うん。よし!なら、ここから、出れば、いい、だけ、なん、だ、け、どぉ!何でびくともしないのよ!!もぉ!!!
一生懸命押しているのに、腕は取れないわホールドは解けないわ身動きもとれないわで、抵抗がまったく無駄に終わっている。
「起こさず抜け出すにはどうしたら…。ねぇ、お兄さん、もしかして起きてるでしょ」
「………………くっくっくっくっ…あっははははは」
「やっぱり!!おかしいと思った!寝てるのに、こんなに力強いなんてあり得ないもん!ホントにあり得ない!」
「すみ、ふふ、すみませんすみません笑」
「言葉と顔が一致してないよ。笑っちゃってるし!いつから起きてた?!」
「結さんがわたわたと布団から抜け出そうとしている時にです。驚きましたが、あまりに可愛くて、つい笑」
「ひでぇ…」
「すみません、起きますね。ご飯食べましょうか」
「!!私も手伝う!」
朝から彼とご飯を共にすることになった。
「仕事は間に合いますか?」
テレビを見ながらご飯を食べたあと、玄関を出る際、俺は彼女に聞いてみた。
「仕事はしてないです。クビになってしまって…」
「え。そうなんですか?えっと、すみません」
「あ、大丈夫。本当のことですし。急に片方の目が見えづらくなってしまって…、それで仕事がうまくいかなくなって、そのままクビになりました」
歩きながら、話を進める。
「そうなんですね。すみませんが、以前はなんのお仕事を?」
「事務員をしていました」
「事務員…ならパソコンをずっと見ますものね。眼科には行きましたか?」
「はい。前から緑内障の傾向があると言われてはいましたが、それが急に悪化したみたいで…。原因はストレスによる眼圧の上昇で進行したらしいです」
「ストレスですか」
「はい。なので、片目はほとんど見えていないんです。もう片方も症状が進行してるみたいで、目薬を渡されました。遅かれ早かれいずれは…って感じですね」
「目薬毎日してますか?」
「し…してます」
「…どこ見てんですか。こっち見てしゃべってください」
彼女は目を横に逸らして返事をした。
嘘下手か!
「ダメじゃないですか、ちゃんとしないと。本当に全部見えなくなりますよ」
「だって怖いんですもん!」
一人で目薬できないタイプか。
「じゃあ、目薬のとき呼んでください。公園のベンチで目薬のお手伝いして上げますよ」
「うぇっいえ!布団にご飯まで頂いてしまったのに、目薬までしてもらうのは流石によくないですから!大丈夫ですよ!!」
今、うぇっ って言わなかったか。相当嫌なんだな。
「大丈夫ですよ。これも何かの縁ですし」
首を左右にブンブンと振って嫌々と言わんばかりに後ろに後ずさる彼女。 コントを見ているようだ笑
「目薬の縁はお断…遠慮致します。ほら!お仕事遅れてしまいますよ!早く行ってください!ほら!いってらっしゃい!」
背中をいきなりぐいっと押され、そのまま前に飛び出した。
「あ、こらっ!押すな!」
手を元気にブンブン振って笑顔で「いってらっしゃーい!」と見送られた。
「……いってきます」
久々だ。誰かにおかえりといってらっしゃいを言われたのは。そして、ただいまといってきますも。
仕事はいつも通りだったが、一つだけ違うことがあった。
事務員が一人、退職した。
みんなで花を一輪ずつ持って、一人ひとり事務員に手渡しで渡していき、やがて一つの大きくて立派な花束となった。最後の人は、みんなで書いた寄せ書きと一緒に赤いリボンと花を包むベールのようなシートを花束に巻いて結んで渡した。
「皆さん、ありがとうございました。お世話になりました」と深々と頭を下げて、終業した。その日はNOー残業の日のため、皆一斉に帰っていった。
花、余ったの一輪もらってしまった。部屋にでも飾るかな。
余った花を配っていたので、ついもらってしまった。
「今日は何食べようか」
うーんと悩みながらコンビニに入ると、またしてもビールコーナーにこびりつい…じゃなかった、張り付いている彼女が居た。
「……………………」またか。
「……………………」
「何をお探しですか?」
声をかけると彼女は、張り付いて探している目線は外さないまま俺に答える。
「贅沢しぼりPREMIUM グレープフルーツ味を探してます!少々お待ちください!」
「お酒はほどほどにって言われてませんでしたか?そもそもそれ売ってないですよ」
「ん!?あれ、お兄さんじゃないですか。こんなところで何しているんですか?」
お前が何してる…と言いたい。
「俺もお酒を買いにきたんですよ」
「え?飲まれるんですか?お酒」
「多少嗜む程度でしたら飲めますよ」
「ほー、美味しいですよね。私は果実100%酒が好きです」
果実酒が好きなのか。
「そうなんですね。果実酒美味しいですよね」
「今度漬けるので、公園で飲みましょう」
「え、あ、はい。ありがとうございます(?)」
俺も飲みに入ってるのか。もしかして、友達とか思われてる?
「売ってないなら、お菓子で我慢するか…」
とぼとぼと菓子コーナーに行き、しばらく悩んで、「これだぁ!」と叫んでレジで会計を済ませ、コンビニを出ていった。
一人でも賑やかだな。見てて飽きない。
俺も買い物を済ませてコンビニを出ると、ベンチに座っている(もう見慣れた)後ろ姿が見えた。
「あいつ、帰らないのか?」
腕時計を見ると、夜の23時を過ぎている。まだ外で過ごす気じゃないだろうな?
ベンチに座る彼女のところへ行った。
「はぁ……」
「帰らないのかい?」
「え!?あ!お兄さん!えっと…、おかえりなさい!」
「…ん。ただいま。で、帰らないのかい?」
俺の言葉に彼女の目が横に泳ぎだす。何か隠してるな?
「あー……えーっと…帰ります、はい」
「本当に?」
「う…はい。任せてください!ちゃんと帰ります!あの…まだしばらくここに居たいので、先にお帰りください」
「………わかりました」
手をブンブン振り、「お気をつけてー!」と笑顔で彼女に見送られて帰宅した。
ご飯を食べて、就寝の支度を始めた。
「……………」
時計を見ると、0時を回っている。
なんか気になる。あの泳いだ目。いやいやいや、あいつは赤の他人だ。そこまでしてやる義理もない。
……が、気になる。
「はぁ。見に行くか…」
俺は上着を羽織り、部屋を出た。
もう一枚上着と懐中電灯を持って、公園に向かった。
「居た」
コンビニの帰りに見た後ろ姿は、まだベンチに座っていた。
もう0時を過ぎてる。まだ帰らないのか…。
彼女の方に向かって静かに近寄ると、ぽそりと小さく漏らす声が聞こえた。
「はぁ…。あの部屋に帰りたくないなぁ…」
帰りたくない?やっぱり何かあったのか?
「まだ、帰らないんですか?」
「え゛!?」
肩をビクッとさせて勢いよく立ち上がり、慌てて後ろを振り向いた彼女は、俺の姿を見て更に驚いていた。
「お兄さん!こんなところで何しているんですか?!」
「それはこっちの台詞ですよ。帰るって言ったじゃないですか。結さんこそこんなところで何していたんですか?」
俺の問いに彼女の目が横に泳ぐ。本当に嘘下手だなぁ…。
「あー…えっとですね。そう!これから帰ろうとしてたんですよ!はい!では!帰ります!おやすみなさい!」
ダッ!と走りだし、公園を出ていった。
「ったく、賑やかな人だな。ん?」
ベンチに置いていった彼女のコンビニの袋を見つけた。
「散らかして行くなよな…。……はぁ。嘘だろおい」
袋を持ち上げて見る何かチャリと金属の擦れる音が聞こえた。
………ごみじゃない?
中身を見ると鍵が入っていた。多分、家の鍵だろう。
チャリ…
鍵を袋から出して持ってみると、二枚タグが付いていた。
なになに、『この鍵を見つけたら、ここの住所に届けるか、この電話番号にご連絡をお願いします。』
一枚目のタグには、電話番号が。
二枚目のタグには、住所が書かれていた。
「マジか、個人情報丸出しじゃないか…」
っつか、今あいつ家に入れないよな。はぁ。届けてやるか。幸い、この付近みたいだしな。
俺は、住所の場所を携帯のナビで検索をかけ、彼女のいるマンションまでナビの通りに歩いて鍵を届けることにした。
「ない!ない!ないないないない!何処で落としちゃったんだろう…コンビニ?公園?ベンチ?あ、もしかしてここに来る途中で落としてきたのかも…どうしよう思い当たる節が山程ありすぎて、見当が…。鳥目だし暗くて見えないしさっきも電柱に三回くらいぶつかったからもう歩けないし…うぅ…ここで野宿」
「お忘れ物ですよ」
「お兄さん?!どうしてここがわか…はっ!もしかしてストーカーの方ですか?」
「違いますよ。これ、ベンチに忘れていきましたよ」
「あ!あった!良かったぁぁ。これで野宿は免れたぁ」
俺から鍵を受け取った彼女は、鍵を握ると安堵の声が漏れる。
野宿するつもりだったのか。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。では、俺はこれで」
片手を小さく挙げて、自分の部屋に帰ろうと後ろを向いた。
「あの!ま、待ってください!お茶、お茶をご馳走します」
「え」茶を?こんな時間に?
「あぁ、いや、その、なんと言いますか。えっとですね、……やっぱり、何でもないです。また日を改めてお礼をさせてください」
「お礼はいいですから、暖かくしてください。風邪引きますよ」
「はい!ありがとうございます。おやすみなさい、お兄さん」
「…おやすみなさい。ゆ、結さん」
彼女は手を振って、俺がいなくなるまで見送っていた。
キィ… パタン
「はぁ…」
まさか鍵を忘れるなんて…。野宿は免れたけど、届けに来たのはビックリしたな。
どんな対応が正解なのかわからなかったが、深夜に男性を部屋にあげなかったのは、多分きっと正解だったと思う。
あのお兄さんも、何で?って顔してたし。
「このタグのおかげ?」
チャリ と握っていた鍵を見る。電話番号と住所が書かれたタグを指でいじって遊ぶ。
「よく会うあのお兄さんは、世話焼き。私を好きじゃない。わかってるよ」
玄関にその場に座り込み、奥に続く淡い青色の明かりで照らされた部屋をチラリと見る。
しん…と静かな部屋は電気も付けていないのに、淡い青色の月明かりだけ部屋を照らし、不気味さをなお引き立てている。
「ここには帰りたくないなぁ…………、お兄さんのベッド、柔らかくてだっこされてる時、気持ちよくてすごく眠れたのに、ここは寂しくて暖かくない。公園に戻るわけにもいかないし、どうしたものか…」
はぁ…。とため息を付いて、膝に頬を乗せて小さくなってそのまま眠った。
部屋に行きたくなくて。
朝。
いつものように外で誰かが歩く音に目を覚ます。とても浅い眠り。
「もう、大丈夫。いたたたたた…」
腰を押さえて、太陽で明るくなった部屋に入る。
朝の支度をして、外に出た。
部屋に長く居たくなくて。
「今日も頑張るぞ!」
少ないお金と履歴書を持って、早めに予約をしていた面接会場に向かった。
今日こそは受かる気がする。
彼女のせいにはしたくないが、遅く寝たせいか、すこたま眠い。
今日は大事な会議がある。この眠気を何とかせねば…!
普段はあまり飲まないドリンクを買いにいつものコンビニに行く。
ドリンクをかごに入れて、商品を見て歩く。
「あ、これ」新商品出たんだ!やった!
俺が集めているアニメの兎のキャラクターがぬいぐるみとなって売られていた。いつもはフィギュアしかないのに、とうとうあのモフモフが触れるなんて、あぁ、念願叶ったり!
「今は…買わないでおこう。帰りに俺へのご褒美として買おうかな!」
よし!決めた!とその場所を覚えておいて、俺はレジに向かった。
ほくほくした気持ちで職場に付き、軽い足取りで会議の準備をした。会議は難航はしたものの、良い結果が期待できそうなそんな手応えがあった。気がする。
占いも二位だったし、まだまだ良い運は続いているはずだ。せめて夜までは続いていてほしいものだ。あの兎さんを手に入れるまでは。
自分の業務を終わらせて、うきうきした気持ちと軽い足取りで、コンビニに向かう。
「あった!良かったー」あって良かったラス1!
手にとって、かごに入れた。
「ん゛ん゛ー」
「……………」この唸り声は…。
雑誌コーナーから聞こえる聞き覚えのある唸り声に後ろを振り向いた。
棚を挟んで聞こえてくる。
雑誌コーナーに向かうため、回り込んで棚からチラリと見てみると、なにやら雑誌とにらめっこをしている。
あれは…求人誌か?仕事探しでも始めたのか。
近づいてみても気づかない。何を読んでいるのか後ろからひょこっと覗くと、やはり求人誌だった。ページには、事務系の仕事募集中の文字が。
「仕事探しているのか?」
「うわぁー!?何!?なっ…なんだ、お兄さんか!もぅ!驚かさないでくださいよ!」
はぁー。息をしながら手で胸を押さえる彼女は、どこか元気がないようにも見える。
「どうしました?」
「それはこっちの台詞ですよ。あ、おかえりなさいです」
「あ、あぁ、た、ただいま…」
このやりとりを自然にできるってなんかすごいなと感心をしてしまう。
「今日面接があったのですが、その場で断られてしまったんです」
「え。何故ですか?」
「片目の色違いますねーって話から始まって、緑内障なんですって話したら、最後らへんでやんわり断られてしまったんですよ。最初から断るなら、あの面接の時間がなんだか無意味に思えてきちゃいまして…あー!ダメだ!落ち込んでたら、運なんて貯まりませんし逃げていっちゃいますからね!次!次に切り替えようと思いまして、今求人誌を眺めてたところです!」
「そうなんだ…えっと、お疲れ様です」
今日面接だったのか。なんというか…、複雑な気持ちでここに立っていたなんて、微塵も感じさせない笑顔で俺と話をするし、普段と変わらない様子で接してくるから、一瞬だけ見せた曇った顔に気づかなければ、多分ずっと気づかなかったと思う。…………ん?普段?今、俺、普段の彼女って考えた?
待て待て。会って4日しか経っていない彼女の普段を知ってたかのような考えだったが、…そういえば、俺は普段の彼女を知らない。夜でしか会ったことがないからだろうけど、普段は何をしているのだろう。
じっと彼女を見つめながら考えていると、不思議そうな顔をした彼女が俺から視線を外し、かごに視線を落とした。
「ありがとうございます。お兄さんは、買い物ですか?」
「……………」
「お兄さん?」
「…はっ!すまない、ちょっと考え事をしていた。はい、買い物ですね」
「兎さん、ですね」
「そう、兎さんです。アニメのキャラクターなんだが、知っていますか?」
「初めて見ます。これは何のアニメキャラクターなんですか?」
「これはですね、色んな種類の兎が住んでいる町に、一匹だけ形の変な兎がいるんだ。その子は町のみんなから呪われた子と言われ、いじめられていて、ひどい仕打ちを毎日受けていたんだけど、ある日その兎は町から追い出されてしまったんだ。醜いから目障りだと言ってね。何もしていないのに、追い出された兎は、外の国で色んな種族と出会って、成長していく話なんだけど、これが感動ものでさ。最初は酷いし目も当てられない所から始まるんだけど、その兎は芯が強くて、心の優しい子なんだ。たかがアニメと馬鹿にしてはいけない、考えさせられる話だと俺は思う!……あ」
話した後、我に返る。好きなものについて熱く語る悪い癖が出てしまった。
「へぇ」あ、これはわかってないな。
彼女の返事と表情を見た途端、彼女への興味を失くした俺は、適当に対応することにした。
「まぁ、面白いから興味あったら見てよ。じゃあ、俺はこれで」
サッとその場から居なくなった。
「あ!ねぇ、待っ」
彼女の声が聞こえた気がするが、それを無視してレジに向かい、商品を受け取った後、コンビニを出た。
次の日。
「この書類を頼む」
「わかりました」
いつものように仕事に取りかかる。昨日熱く語ったこともあり、久々にあのアニメが見たくなった。
今日の帰り、蔦屋で借りに行こ。
楽しみがあると仕事も捗る。仕事終わりのご褒美と思えばいい。
あれ以来、勘違いしてきた女性からの嫌がらせなども無くなったし(俺から上に話したってのもあるだろうけど)、また平穏に戻った気がして、少しは気持ちも楽になっていた。
定時で帰れる喜び。
久々に見る大好きなアニメ。
足が自然と軽くなる。車を停めて、蔦屋に入った。
階段で上に上がると、聞き覚えのある声がレジの方に聞こえてきた。
「こういう兎のアニメなんですが、ありますか?」
「どういうストーリーでしょうか」
「えっと…その兎さんは、最初はひどい扱いを受けて育つのですが、強い芯の持った子でして、誰にでも優しくてヒーローのような子なんですよ」
「そうですか…えっと、これですか?」
「違います!あ、絵を書いてきたんです!この子です!」
ガサゴソと鞄からメモ帳を取り出した。
「うーん…、なんと下手…じゃなくて個性的な絵ですね。すみません、これじゃあちょっと分かりにくいですね…。もう少し具体的な事柄をお願いしたいのですが」
「うぐっ…、手がかりですか…。えっと…お兄さんが言ってた事、他にはえっと……」
「何をしてるんですか?」
困り果てている店員があまりに可哀想になり、声をかけた。
「あ、お客様すみません、こういう兎のキャラクターのアニメをご存じですか?話を聞いて似たような話を幾つか持ってきたのですが、どれも違いまして…」
「これなら知っている。“full of kindness“外国のアニメなんだ。だから、コーナーが違う」
「ありがとうございます!すみません助かりました。こちらのお客様がとても必死に探されていたので、どうしてもお探ししたくて」
顔見知りの店員が彼女の方を見て、にこりと微笑んだ。
「ありがとうございます!助かりました!」
ペコリと店員に頭を下げて、喜ぶ彼女の顔を見て、不思議に思った。興味なかったんじゃないのか?と。
「ありがとうございました」
店員に見送られて、俺たちは外に出た。
俺はホラーと兎のアニメを借りた。
彼女はポケモンの映画を借りて、兎のアニメも借りた。
「いやぁ、見つかってよかったです。ありがとうございました」
「いや…まぁ、良かったですね」
「はぃ……あ!!どうしよう!!」
「!!」ビックリした!なんだ急に!!
「もう一度行ってきます!」
「今度はどうした?!」
「私の部屋にDVDプレイヤー無いんでした!借りに行ってきます!」
「は!?待て待て待て!ここでは貸し出しはしてない!」
走って店に入ろうとする彼女を必死に呼び止めた。
「え!貸し出ししてないんですか!?」
「当たり前だろ!」
「そんなぁ、私一生DVD見れないじゃないですかぁ」
「知るか!買えば良いだろ!」
「買えませんし、今しかないんですもぉん」
「じゃあ、何で借りた?」
「DVDプレイヤーも借りられるよって前の職場で聞いたことがあるんです。違うんですか?」
「あまり聞いたことがないが…」
「じゃあ、地域によって違うのかなぁ…。んー…」
眉間にシワを寄せて、顎に手を当てて考え込んでしまった。
「兎に角、借りられないので、買うか諦めるかしてください。では、私はこれで」
めんどくさいので去ろうとすると、彼女は笑みを浮かべて
「はい、すみませんでした。ありがとうございました」
と、ペコリと頭を下げて、借りたDVDを鞄にしまった後、どこかへ走って行ってしまった。
「………あー!くそっ!」
彼女の後を追いかけるために、急いで車に乗り込んだ。
見てしまったんだ。一瞬だけ見せた、あの色違いの瞳から光が消えてもう何も写していない彼女の瞳を。
作り笑いの笑みと感情のこもっていない声と言葉。
あんなの見たら放っておけるわけないだろ!
一度興味を失くした者の心配などしたことのない俺は、この感情は初めてのことだ。
これは興味?
それとも放っておけないから?
それとも彼女のことを
すき? なのか?
「走った方向は、あの公園か」
車を走らせている最中、ぐるぐると考えていた。彼女の行動や仕草、言葉。よく見れば全部わかりやすい。だが、あの一瞬見せる表情や感情のない言葉は、よく見てないと見つけられない些細なことだ。
俺だから気づけたことなのか?
今まで、誰か彼女のあの一瞬を見てくれていた人は居るのか?
興味とは、楽しくもあり、その反面、恐ろしいこともある。
俺は今、恐ろしい方にいる。
いつも彼女を見かける公園に着いた。いつものベンチに座る見覚えのある後ろ姿がそこにあった。
ホッ…
良かった、ここにいた。…ん?ホッ?今ホッとしたのか?俺。いつもの場所に彼女がいて?何で??
車を停め、降りる。声をかけようと近づくとぽそっと声が聞こえた。
「お兄さん怒ってた、どうしよう…。はぁ」
“お兄さん“という言葉にビクッと反応してしまった。気づかれたかと思っておろおろしたが、どうやら此方には気づいていないようだった。再びゆっくり近づく。
「パッケージだけでも楽しそうなの伝わるし、眺めて終わりかな。…ふ……帰りたく、ないなぁ」
うずくまるように両膝を抱えて、膝に額を乗せて顔を隠す。
まただ。何故帰りたくないのか。やはり何かあったのだろう。
「…まだ、帰らないんですか?」
「え゛!?」
肩をビクッとさせて勢いよく立ち上がり、慌てて後ろを振り向いた彼女は、俺の姿を見て更に驚いていた。
「なっ…お兄さん!?こんなところで何しているんですか?!」
デジャブ笑
一昨日見た光景と同じ動きをした彼女に、思わず笑いそうになった。
そう。
興味とは、楽しくもあり、その反面、恐ろしいこともある。
彼女の顔と動きを見た時、面白いなこの子って思った。
あぁ、俺は今、楽しい方にいる。
また彼女に興味を持った。
「ちょうど通りかかったんでね。で?帰らないんですか?」
「か、帰りますよ!もう少ししたら、帰ります。から、お兄さんお先にお帰りください」
「そうですか、わかりました。俺はこれからコンビニに寄ります。結さんもどうですか?」
「私は…ちょっと待ってください。……じゃあ、お願い、します」
彼女は鞄から財布を取り出し、所持金を確認してから少し考えて、答えた。
「わかりました。では、乗ってください。ここからコンビニ近いですけど、このままでは駐車違反になりかねないので車で移動しましょう」
結さん、今日は何を買うんだろう。
車に乗り、シートベルトを付けた。
「よろしくお願いします」
「はい。では、進みますね」
カチッ ガコン
俺は合図の声と共に車を発進させた。
移動時間2分なんだが…
「無防備にも程がある」
乗って走っている間に眠ったのか。
しかし…秒で寝る奴初めて見たわ。
「目…クマ?」
寝ている彼女の目元を指で軽く触れる。
もしかして、よく眠れていないのか?
「ん…………」
! 俺は何を…。
「ほら、起きて下さい。着きましたよ」
俺は平静を装い、彼女を起こす。
「ん…つき?つき…着……あ!!?すみませんでした!💦」
彼女はゆっくり目を開けて起き、言葉を理解するまで目を擦り、頭が働きだしたのか、ようやく理解すると焦ったように俺に謝った。
「大丈夫ですから。ほら、中に入りましょう」
「はい」
車を降りて、コンビニに入った。
俺は、缶ビールとお菓子を買った。
彼女は、酎ハイとお菓子とポップコーンを買っていた。
「ポップコーンお好きなんですか?」
「はい!これを食べてお水を飲むとお腹が膨れてご飯を食べた気になるんですよ!」
「…は?」
「しかも!キャベツ一粒分の食物繊維が摂れるので、一石二鳥なんですよ!すごくないですか!?」
「毎日これを?」
「あ、いえ。流石にこればかり食べるとお腹に良くないと聞いたので、週に2日に留めてます」
「週に2日…他には何を?」
「他ですか?他は、さきいかとスルメを食べてお水を飲んだり、カップ麺食べたり、あ、でも野菜も食べてるんですよ。時々野菜スティック食べたりレタス食べたりして」
「他には?」
「え?」
「それの他にですよ。今日は何を食べましたか?」
「あー、えっと…抹茶飴とお隣から頂いたレタスと麦茶と昨日買ったさきいかです!」
「……………。もしかして、今日の晩御飯はこれですか?」
「これですね」
「…………」
毎日そんな生活を続けているのか?大丈夫なのか…?
「では、帰りましょうか。レジ行きますね」
彼女がレジに向かおうと歩き出す。
「ちょっと待ってください」
「?」
俺は彼女の手を咄嗟に掴み、レジ行きを止めた。
「明日予定ありますか?」
「無いですけど…どうしたんですか?」
俺が気にすることじゃないんだが、なんとなく放っておけない気がするだけ。そう。それだけ。
「あの…今日、俺の家で鑑賞会しませんか?」
「え?」
「あ、あのですね?結さんが借りたDVD、二巻からですよね。俺も見たいので、一緒に見ませんか?」
「えっ。でも…迷惑じゃないですか?」
彼女は捕まれた手と俺を交互に見て、どうしようという顔で口許に指を添えて困っている。
「つ、付いてきたら、もれなくご飯…そう!ご飯を作ってあげますよ!どうですか?」
「ご飯、ですか…?」
うーんとさらに悩む彼女。眉間にシワが寄っていく。
「そうです!朝と昼の分をお付けします!」
「朝と、昼…の?」
ぱっと顔が上がる。だが、まだ眉間にシワが。
もう一押しか。
「俺が仕事に出掛けて部屋を空けても、居ていいですし、好きなだけ寝てていいですから!」
「えっ!?ほんとですか?!」
眉間のシワとれたぞ!ちょろ過ぎやしないか!?あと少し!
「あ、おやつもお付けします!」
「鑑賞会やりましょう!行きます!!」
ぃよし!よくやった俺!
心の中でガッツポーズをする。説得するのに、かなり頑張ったと思う。通販の宣伝をしているような気分には多少なったが、説得できたのが何より嬉しかった。
「会計はこちらで持ちますから、車に乗っててください」
「え…いいんですか?」
また困った顔になった。
コロコロ変わる彼女の表情が面白くて、つい笑いが漏れる。
「良いですよ、開け方わかりますか?」
車のキーを渡して、説明しようとすると、彼女の口がぷくっと膨れた。
「それぐらいわかりますよ!現代の車の扱い方なら知ってます!」
「そうですか。では、待ってて下さい」
笑いをこらえながら、彼女が車に向かう後ろ姿を見送った。
レジに向かうと、店員がにこりと笑って、俺に話しかける。
「おやおや、ナンパですか?」
「!?違いますよ!」
「僕から見たら、人さらいのような台詞しか聞こえてこなかったのですが、違うんですか?」
「…………確かに。今思えば、そうなりますかね(?)」
「そうですよ。僕は貴方に“彼女のことよろしくお願いします“とは言いましたが、まさかそっち方面のよろしくの意味で捉えられていたとは、驚きですね」
「違います誤解です!俺はただ、彼女が心配になりまして。食生活を聞いた限りでは、身体に良くないものばかり食べているので、それで…」
「お客様に一つ忠告します。彼女はとても素直な方です。何でも真に受ける傾向があると僕は思います。一時の同情で彼女に構うのであれば、早々に離れていただきたいのが僕の願いです。もし、彼女のことが本気で心配なのであれば、さっき握った手をずっと離さずにいられる覚悟をお持ちください。よく、考えて、考えて、責任の持てる行動を。ね?」
「は、はい!」
ね?と笑顔で話すが、彼からはものすごい圧を感じる。
「では。全部で2,560円になります」
「え!?あ、はい!」
あんなに重い話しておいて、いつの間にレジを終わらせたのか、気づかなかった。この店員、只者じゃない!
「ありがとうございました」
「ど、どうも…」
ありがとうございましたの言葉にも圧がかかっているようにも聞こえる。怖い。
背中に店員の重い圧を感じつつコンビニを早足で出ると、彼女は車の中で寝ていた。
「え!また!?」だから!何でこうも無防備なんだ!?大丈夫か!?この子!
店員の言っていた意味がじんわりと理解してきた。
“多少心配“から“かなり心配“に気持ちが変わったのと同時に、先程の店員の言葉を思い出す。
『彼女はとても素直な方です。何でも真に受ける傾向があると僕は思います。一時の同情で彼女に構うのであれば、早々に離れていただきたいのが僕の願いです。もし、彼女のことが本気で心配なのであれば、さっき握った手をずっと離さずにいられる覚悟をお持ちください。よく、考えて、考えて、責任の持てる行動を』
「はぁ…。なんでこうも放っておけないのだろう…。わからん…」
彼女の寝顔を眺めて、ため息をついた。
車を走らせて自分の住むマンションへ向かった。
「おじゃまします!」
「どうぞ」
彼女を起こし、自分の部屋に案内した。
鳥目の彼女は、階段を自分の足元をライトで照らしながら歩いたため、多少時間はかかったが、何とか部屋にたどり着いた。
「わー、えっと…すごく汚n…違うな。片付けが苦…いやこれじゃないな。あ、個性的な部屋デスネ!(棒読み)」
俺の部屋を見て、思わずの感想。多少汚いのは自覚ある。
「お世辞にもなってないですね」だいぶ言葉選んでたな。全部口に出てたのがまた面白いけど。
「オブラートには包み込んだつもりです」
「かなり破けてましたが」あれで包んだつもりなのか。
「あはは…すみません…です」
顔と口に出てましたからね。
「とりあえず、うがいと手をして下さい。私はその間、ここを少し片付けますので」
「はい!洗面所、失礼します!」
トットットッ…と洗面所に向かう足音が聞こえる。小さい子供が歩くような軽い足音。
「はぁ。さて、やりますか」
あらかた片付けて、座るスペースの確保と床にコロコロをして汚れを取った。
「こんなもんかな?」
「何か手伝います!」
「あー…じゃあ、食器とか出してもらってもいい?」
「はい!台所失礼します」
「どうぞ。俺は洗面所に行ってますわ」
「はい」
かごに入れた洗濯物を持って、洗面所に行く。手を洗い、うがいをしようとコップに手に持つ。…なんか、違和感。
「え!!」
コップが濡れている!?ということは、結さんはこれでうがいをしたということか!?嘘だろ!?
「結さん!!」
「はい!?どうしましたか!?」
俺はリビングにいる彼女を呼んだ。
驚いた彼女は、食器を持ったまま洗面所に駆け込んできた。
「つかぬことをお聞きしますが…」
「はい」
「うがい…何でしました、か…?」
「うがいですか?最初は手でしてたのですが、私、手のひらが小さいのかあまり水が掬えなくて困ったので、そちらのコップを少し使わせて頂きました。ダメでしたか?」
「はい、ダメでした」
「え!?ダメでした!?すみません、ちゃんと洗って使ったのですが、それでもダメでしたか?!」
皿で顔を隠して、やってしまった…!と縮こまる彼女。
「そういうのは、ちゃんと言って下さい!これからも結さんがこういった必要な物を言って頂けないと、こちらもいろいろと(俺が)困りますので!」
「そうですか…そうですよね。すみません気をつけます」
しゅん…とした彼女をチラリと見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「わ、分かればいいんですよ。分か……ん?」
自分の言った言葉にはたと気づく。
これからも…? 俺が困る?? ん???
この言葉はまるでこれからは俺と一緒に住むんだから、遠慮するなと言っているようなものだ。
何を言っているんだ俺は。大丈夫か?俺の脳ミソは。
「あの…お皿出しました。次は何をしたらいいですか?」
「あ、あぁ、えぇっと…では、DVDの設置をお願いします」
「はい!」
タタタ…とリビングに戻る彼女を見送った後、俺は自分の発言に自己嫌悪になった。
いったい何をやらかしてんだ俺は…っ!
気を取り直してリビングに戻ると、テレビの前で何やら苦戦している。
「どうしました?」
「えぅ!?あっ、あー…ははは、は…」
DVDのディスクを後ろに隠すのが見えた。何もついていないテレビの画面にも映っている。
「つけ方わかりますか?」
「はい!」
返事をした彼女は、ピッとテレビの電源を入れた。
「………………」
「………………」
「そして?」
「!?」
ビクッと彼女の肩が跳ねて、そろりと俺の方を見たかと思ったら、目が泳いでいる。
「DVDはつけられますか?」
「この機械がその…難解でして。…すみません、つけ方がわからないです」
「最初から言って下さい」
「すみません…」
彼女はどうやら機械が苦手らしい。ただ単に使ったことが無いというのもあるようだが、教えると使えるので、苦手には見えないのだが。本人曰く、機械に嫌われているかも知れない!と断言していた。
他にもわかったことは、電子レンジを使ったことがない、食器洗い機や乾燥機も日常で使うものを彼女は使ったことがないのだ。普段どんな生活してんだ?
DVDのつけ方を教えると、目をキラキラさせて聞いていた。反応が子供のようだ。
俺はソファーに座り、彼女は床に座ってスタンバった。
DVDが始まると、彼女はうるさかった。
兎のアニメから見ることになった。
最初は大人しかったが、だんだん画面に近づいて行き、気づいた頃には画面に張り付いて見ていた。
「ん!?いつの間に!おい!見えないだろ!は・な・れ・ろ!」
「あぁーーー」
両腰を掴んで引っ張ると、たいして力もいれていないのに、軽い力でスムーズにずるずると後ろに引き寄せて元の位置に戻した。
「ったく…」
声はあげるが、全く気にしない様子で前のめりに画面に釘付けになって夢中で見ている。
可愛いといえば可愛いが、目を離すと画面に張り付いているのは勘弁してほしいとこだ。
目を少し離した隙にいつの間にかテレビに張り付いていて、俺が引っ張って離し、元の位置に戻す。その繰り返しを何度したことか!
ったく、毎回元の位置に戻す身にもなってくれ…。
2巻まで見終わり、彼女の感想が止まらない。
「兎さん可愛いかったですね!勇敢で優しくて、誰よりも強い心を持ってる素敵な方です!感動しました!兎さんの言葉と行動が諦めかけてたリスさんの心を動かしたからこそ、リスさんは無事に帰ってくることができたんです!あの言葉はリスさんの宝物です!それから…」
「だよな!よかったよな。俺も感動した。うんうん、語り尽くせないよ。わかる、すごく」
しみじみと語る俺と興奮気味に語る彼女、噛み合ってないようで噛み合ってる会話。
「ですよね!3巻!3巻借りてきましょう!今すぐ!!」
「今から?もうレンタル屋はしまったぞ」
「では、明日!明日借りに行きましょう!」
「落ち着けって。明日借りるかは明日決めるとして、俺、次はホラー見たい」
「え」
「ん?その反応は…もしや苦手か?」
「苦っ…手じゃないもん!い、いけますよ!」
「ほぉー、なら問題ないな。つけるぞー」
あれは見栄を張ってるな。どんな反応するかな。
「あ、ぅ………」
始まってみると、悲惨な目に合った。俺が。
『うギャああああああああー!!ヴェアルァアアアー!』
(ウイルスに罹った人がゾンビとなり、襲いかかってきた)
「ウワアアアー!!大丈夫だ!安心しろ私がついている!だから安心して噛まれてくれぇー!!」
「うるせぇ!守るか見捨てるかどっちかにしろよ!あと引っ付くな!」
『ウガアアアアアアァァァァァー!ガブリ!』
(女の人が首を噛まれた)
『キャアアアアアー!!』
「っ!!こっちくんなぁー!!!ヤダ!あっち行けぇ!!」
「お前があっち行…っ!首っ!…首!!絞まってる…っ、はっ離せっ!じぬっで!ぅ…ぐぇっ…」
ぐぎぎぎぎっ…
がっちり引っ付いて取れない彼女をひっぺがそうと必死になるあまり、映画を落ち着いて見られなかった。
「あ゛ー、ひでぇ目に合った…。死ぬかと思った」
「すみませんでした…その…怖、くて…」
「苦手ならそう言え」
「すみません…」
「さて、寝るかな。結さんはベッドを使ってください。俺はソファーで寝るので」
「え。でも…」
「いいですから、遠慮せず使ってください。ほら、ここ、電気消しますよ」
カチッ(電気消す音)
今の電気を消して、寝室の電気をつけたままにしておいた。
後は彼女が自分のタイミングで寝室の電気を消してくれればいい。
俺はすぐに目を閉じた。
あぁ…眠い。仕事と彼女の対応で疲れが溜まっていたのかな…。それにしても。あんなうるさい鑑賞会は二度とやりたく…、……すぅ…すぅ…
「お兄さん寝た?ねぇ、お兄さん」
よくあんなゾンビ見た後に寝れるなと感心してしまった。こちとら怖くて一人で眠れないというのに…。
「見なきゃよかった!お兄さんってば!」
「………んー…、うるさいぞ…少しは大人しく……すぅ……すぅ………」
「ずるい…」
寝言をいいながら、頭をよしよしと優しい手付きで撫でてくる。温かくて心地よい手。
眠って頭の上で止まってしまった手を掴んでセルフよしよしをする。
これじゃないけど、温かい。
「ぅんしょっと」
モゾモゾと狭いソファーの上で、彼の懐に割り込んで無理矢理入り込み、彼に抱かれるような体勢で安心して眠った。
これならゾンビがいつきても守ってあげられる。それに温かいから、安、心…だぁ………すぅ………すぅ……………
「………はぁ…どうなってんだこれ………」
朝目覚めると、彼女が俺の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた。
えぇ…何事ぉ…💧何が起きて……あーだめだ…寝起きで頭が追い付かん。
とりあえず、抱えてベッドに移動した。
「軽い。ったく、なんだってあんなところで…にしてもすっぽりだったな」
小さい…とまではいかないが、細い?小柄?華奢?うーん…。全部当てはまるんじゃないかと思うくらい彼女は身体が細く軽かったのだ。
しかも俺が腕を回すとすっぽり埋まる。俺の腕が余るくらいだった。
「はぁ。だめだ。トイレ行こ…」
俺はトイレに行き、用を済ませ、朝の支度をして家を出た。彼女のご飯を作り置きして。
「んぅぅ…」
起きると誰もいない。もうお昼…寝すぎた。
お兄さん仕事か。なんか、不思議…。私本当にここにいていいのかなぁ。今日、出ていかなくちゃ…。あの部屋、あと少しで契約終了だし、それまでの辛抱。
ベッドから起き上がるとはたと気づく。服がヨレヨレになっている。
出かける一張羅…どうしよう。何か違う服着ないと。
勝手にタンスを開けるのは気が引けたので、干してあったTシャツを一枚拝借して着た。
「デカイな…」
私の3まわりくらいはあるぞ、これ。
首と肩がTシャツの首から出てしまい、きちんと着ようにもすぐ落ちて意味がない。足は膝の部分までTシャツの裾がかかり、スカートみたいになってしまっている。
何も着ないよりはマシか…?
とりあえず来て、リビングに向かった。
ご飯がある!
メモ書きが一枚。
“おはようございます。これ、食べて下さい。仕事に行ってきます。何かあれば、こちらまでご連絡を
080ー****ー**** 瑛“
「?えいさん??」えいって漢字だよね?
えいであってる?
ピッピッピッピッ… トゥルルル… トゥルル… プッ
『はい』
「お、おはようございます。結です」
『結さんでしたか。どうしたんですか?何かありましたか?』
「いえ、確認したいことがありまして」
『確認、ですか?なんでしょうか』
「えいで合ってますか?」
『はい?』
「ですから、読み方えいで合ってますか?漢字の読み方合ってるか知りたくて💦」
『漢字?えい?……あ!あぁ、なるほど。俺の名前の漢字ですね。ふっ、ふふ……ん゛ん゛っ、あきら。あきらって読むんですよ』
「あきら、さん」
『そうです。あきらです。他に確認したいことはありますか?』
「な、ないです。それだけでした💦」
『そうですか。では、切りますね』
「あっ、あの、何時くらいに、帰ってきますか?」
『そうですね…18時過ぎくらいにはなると思います。それがどうかしまし、あ、レンタル屋ですね?もう一回見てから返しに行きませんか?一回だけだともったいなくて』
「いいですね!もう一回見ましょう!!何度見ても飽きないです!2巻楽しみですね!約束ですよ」
『ぶふっ…くっくっくっ…そ、そうですか。それは良かったです。はい、約束です。では、会議があるので失礼しますね』
「はい、すみませんでした。あの…」
『ん?』
「いってらっしゃい。あきらさん」
『…い、いって、き、ます』
プッ ツー ツー ツー
「よし!18時までに、ここを片付けますか!」
話はそれたけど、楽しみができた。
私は歯を磨き、用意してくれたご飯を食べ始めた。
昼間の電話、声の可愛さとそんなことで電話してきたの!?という寝起きの声が耳に残ってしまい、午後からの会議と業務、ちょこちょこミスしてしまった…。何てこと…。はぁ。だが、18時までなんとか終わったから良かった。買い物して、帰ろう。
スーパーに寄り、使う食材をかごに入れていく。
「これとこれと、あ、これも食べよう。明日の朝御飯と昼御飯はこれで大丈夫っと。それからこれ…は、結さん食べるかなぁ。食の好みを聞けば良かったな。あ、この菓子結さん好きそうだな。お、きのこの山とたけのこの里安いじゃん。買っていく…か……」
ちょっと待て。なんか結さんのことばかり考えて…結さん中心に考えて食材買っている気がするな……。………っ!!??ちょっと待て、待て!まて!!これじゃあ結さんのこと好きみたいじゃないか!?違う!断じて違うからな!そうじゃない!違うんだァァァァァ!!
こめかみを押さえてその場にしゃがみこんだ。自分の今の行動を否定するためと彼女への興味が恋に変わったことが勘違いであることを肯定するために。
買い物を済ませ、多少の葛藤はあったが、なんとか乗り越え(?)、疲れを引きずって帰ってきた。
「はぁ…疲れt」
「おかえりなさい、あきらさん」
「あ、あぁ、ただい……なんですかその姿は…?」
「すみません、服借りてしまいました。私の服ないので…。あ、きちんと洗って返しますから」
可っっっっっ愛っ!!!なん…可愛い過ぎる!
彼女から後光が指しているように見える。これ知ってる。恋したときに現れるやつ…。やっぱり彼女のことを俺は好きになってしまったのか?
よろよろと玄関を上がり、リビングに向かった。
「え…、綺麗になってる」
部屋が綺麗になっている。しかもご飯まで出来上がっている。これは…どういうことだ!?
「結さんがこれ全部やったんですか?」
「はい。すみません、もしかしてご迷惑でしたか?」
「いえいえ、すごく感謝してます。むしろすみません。汚い部屋を掃除して頂いて💦」
「大丈夫です!掃除は慣れてますから。勝手に台所を使ってしまいました。カレーなんですけど、お口に合うかどうか不安なのですが…」
「ありがたくいただきます!手とうがいしてきます!」
俺は荷物を下ろして、洗面所に小走りで向かった。
……だめだ。顔が熱い。姿を見ただけでドキドキして、声を聞いて動揺して。何年ぶりだろうか…この思いは。
その場にしゃがみこみ、髪をくしゃりとかきあげる。
「はぁ。心臓痛ぇ」
激しく鳴る心臓と気持ちが俺を急かす。これは恋だ、自覚しろと。
手とうがいを終えて、リビングに戻り、カレーを食べた。甘口のカレーで何故かとても旨かった。隠し味を聞くと、教えてはくれなかったが。
DVDをもう一度見て、俺たちはそれぞれ違う場所で眠った。
朝起きると、彼女はまた俺の腕の中で眠っていた。もう驚かない。愛しくなって抱き締めたことは黙っておこう。下が反応したことも…。
ふとカレンダーを見る。
彼女と出会ってから、1週間が経った。
いろいろありすぎてなんか濃い1週間だった気がするな。
今日、彼女は帰ると言い出した。突然に。
朝からバタバタと身支度を整えて、ご飯も食べずに、玄関で挨拶をしてきた。
「お邪魔しました!ありがとうございました!」
「え!?」
彼女はあっという間に居なくなった。こちらが声をかける間もなく。
驚いたが、なんだか今日も夜にまた会う気がして、それを楽しみに俺は支度をし、職場に向かった。
19時を過ぎたころ。やっと仕事が終わり、いつものコンビニに向かった。
「いらっしゃいませー」
「……………」
店内を軽く見回す。
居た。スーツを着た女性が、お菓子コーナーで何やら悩んでいる。
「これにする」
お菓子を持って、レジに向かい、店員と話をしてコンビニを出ていった。俺に気づいていない。
俺もお菓子と水をかごに居れて、レジへ向かった。
「こんばんは、お預かりします」
「こんばんは。お願いします」
「結さん、先程酎ハイを買われたので、今日は半分だけにしてくださいねとお伝えください。顔色があまりよろしくなかったので、心配なんですよ」
「…わかりました、伝えておきます。あの…」
「はい?」
「彼女とは、すごく親しいんですね」
「おや?まさか嫉妬ですか?もしや探りですか?」
「違っ……わないですけど、そうです嫉妬です。すみません!」
「いえいえ、いいんですよ。しかし潔いな笑 いやぁ、青春ですね」
ニマニマと笑いながら、850円です。と、いつの間にか終わらせている会計を言われ、慌ててお金を出す。
笑顔で見送られ、コンビニを出た。
あの店員、只者じゃないな…。敵に回したら不味い人種。
コンビニを出て、いつもの公園に行くと、もうすっかり見慣れた後ろ姿が、ベンチに座っている。
何してるんだろう。
そろりそろりと忍び足で近づいていく。
「結さん!どうして帰ってきてくれないんだ!?こんなにも愛しているのに!!」
「!?」
「!?」
俺も彼女も驚いた。急に木の影から現れて、大声で話しかけてきたからだ。
この男は、なんだ?彼女の知り合いか?
「ああなたは!あのときの空き巣!」
「部屋に監視カメラも盗聴器も仕掛けたのに、何で!俺は結さんとずっと一緒に居たいのに!何で無視するんだ!おいで!俺と一緒に帰ろう!俺が馬鹿だった!監視カメラも盗聴器も意味なかった。こうして君を連れて帰れば良かったんだ!」
彼女を無理矢理ベンチから降ろして、手を強引に引っ張って、嫌がる彼女を引きずりながらずりずりと公園の入り口に向かっていこうとしている。
「やだ!!離して!!!痛っ!痛い!やだ!けいちゃん!お兄さん!助けて!!誰か!!」
はっ!と我に返った俺は、慌てて彼女の腕を取ろうとした。
「待て!彼女を離せ!お前誰d…」
「結姉ぇを離せ!この、下衆野郎がぁぁぁ!!」
バキャッ ドサーッ
「ぐあぁっ!」
ゴキリ ゴキッ ペキッ
「!!」
「!!!」
俺の横をすごい早さで現れたのが、さっきまで話をしていたコンビニの店員だった。
空き巣野郎を思いっきり殴って数センチ飛ばした後、近づいて、空き巣の足の関節を外し(見えなかったが、多分あの音は骨を外した音)、誰かに連絡を取っていた。
「え?え?えぇ??」
「けいちゃあん!」
「結姉ぇ!怖い思いさせて、すみませんでした。怪我はありませんか?あー!掴んだとこアザになってるじゃないですか!この!くそやろう!いまここで殺してやろうか!?」
弟が犯人を蹴ろうと足を上げた。
「だめ!けいちゃん!」
彼女が弟の腕を引っ張って必死に止める。
「はい!結姉ぇ!すみませんでした!」
鬼のような顔から彼女の方に振り向くのと同時に笑顔に変わった。怖っ…。
ん?ちょっと待て。今…何て?
「あの…えっと、結姉ぇ?」
訳がわからず、頭を押さえる。
何だって?お姉さん?コンビニの店員?あれ?
「言えませんでしたが、僕たちは姉弟なんですよ。今、僕潜入捜査をしてたので、言えなかったんですが、たった今、解決しました!」
「潜入捜査?え。じゃあ、君は刑事さん?」
「はい。刑事です」
「で、結さんの弟さん?」
「はい。結姉ぇの弟です!」
「はあぁぁぁぁぁ…」
俺はそれを聞いて驚きと何故か安堵が一気に来た。
力が抜けるようにその場にしゃがみこんだ。
「わわわっ、お兄さん大丈夫ですか!?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
何やら知らないところで事件が起こっていたようです。
数分後、彼女の弟が連絡した仲間の警察がきて、空き巣を車に乗せて警察署へ向かった。
弟は車に乗る際に俺に、「後日、改めて伺わせて頂きますから」とニッコリ笑顔を残して署へ向かった。
彼女には明日署まで来てもらうとして、今日は疲れただろうから、ゆっくり休んでくださいと言われ、俺に彼女を家まで送るようにお願いされた。直々に弟から。
車で家まで送ろうとしたが、帰りたくないと言われ、仕方なく俺の家に向かっている最中。
「……空き巣、いつからですか?」
「1年程前からです……」
「1年って…、怖かったでしょう」
「空き巣に加えてストーカーもされていたので、あの部屋に帰るのが怖くて、いつも遅くまで外にいて、深夜に帰って玄関で座って寝てました。あ、でも、朝方光が指して部屋が明るくなるので、その時に身支度したり掃除したりはちゃんとしてましたよ。……あまり長くあの部屋に居たくなくて、すぐ外に出てしまいますけどね」
「そうだったんですね…」
「けいちゃんに話したら、捜査するって言ってくれて、監視カメラも盗聴器も全部見つけて細工して。見られることはないと言ってくれたんですが、何だか怖くて…はは…」
話す彼女の身体が小刻みに震えて、声も震えていた。
「沢山怖い思いしてきたんですね。…えっと…こういうときどう声をかけたらいいか…すみません。何もできず」
「いえ、いいんです。話を聞いてくれるだけでもありがたいです」
「そうですか…」
触れていいものなのかどうか迷って、結局触れられず、家に着いてしまった。
「おじゃまします」
「どうぞ」
ふらふらと歩いて、リビングの床にコロリと寝転がってしまった彼女。
「せめてベッドに…」
「このまま。少し放っておいて下さい。お願い、します…」
「わかりました。ですが、床は止めましょう。身体を痛めますから」
「ぅん…」
返事はするも、ピクリとも動かない。
「結さん」
「……………」
「結さん」
「……………」
「触ります。失礼しますね」
「やっ…あ…、ごめ、ん、なさい」
「いえ」
彼女をゆっくり抱えてベッドに移動した。
膝を付くとギシッと音を立ててベッドが軋む。
「降ろしますよ」
「はい…」
「今日はもう、ゆっくり眠った方がいいですよ」
「すみません」
「謝らないで下さい。何も、悪くないですから、ね」
「お兄さん、ありがとう…ございます」
「……………大丈夫ですよ」
彼女の乱れた髪をさらりと撫でる。顔が見えるように髪を左右に避けると目に涙を浮かべた顔が、こちらを見ていた。
「へへ…それ気持ちいいです」
「え?それ?」
「頭を撫でる手、ですよ。あったかくて、優しくて、気持ちいいです。心地よくなって、もっと、ってなってしまいます」
「あぁ、あー、成る程!そういうことね!なら、もっと撫でてあげましょうか?」
「ふふ、はい」
「では、失礼します」
しばらく頭を撫でていると彼女がゆっくり俺の手を取って、自分の頬に持っていった。
すり と頬を手のひらに寄せる。
「お兄さん、ありがとうございます」
「ん…」
彼女はゆっくり目を閉じて、呂律の回らない口調で何かを話している。言葉も途切れ途切れになっていき、やがて、
「お、兄さ、ん、の……す……ょ………すぅ……すぅ……」
「寝てる」
眠ってしまった。
「結さん…可愛………ん゛ん゛ッ」
「………………」
「…………………」
「………………」
「ふっ、……結さーん」
ほっぺたをぷにぷにとつついて名前を呼ぶ。
「………………」
反応がない。
だが騙されないからな。これは起きてる、絶対。
「ゆーいさーん」
再度名前を呼びながら、今度は耳をふにふにと揉んだり指でなぞったりして弄んでみた。
「………んふふ、ふふふふふふっ、んふ、んっふふふ…」
最初は黙ってた彼女は、くすぐったかったのか、少しずつ口角が上がっていき、我慢していた笑いが口角の隙間から漏れ出てきた。
「起きてたな?」
「一瞬寝たんですけど、お兄さんが私の名前を呼んだから、目が一気に覚めちゃったんですよ。だから、お兄さんが悪いです」
「俺のせいにしないでくださーい」
「なんで、名前呼んだんですか?あと何か言いかけてましたよね?」
「あー…ほら、ね、代わりに目薬差してやろうかなーなんて言おうとしてたんだよ!うん!」
可愛い寝顔だな、って、思ったことが自然と声に出てきてたなんて言えるか!!
「目薬ですか。あー…、いえいえ、そんなお構いなくあはは…」
「今差しましょうか?」
「エ。」
彼女が笑顔のまま固まった。
「今、差しましょうか?」
「ぅえ!っああー!いやぁ、そろそろ寝る時間ですなぁ寝ましょうよ、お兄さん」
「そうだな、寝ような。目薬差してから」
「ぐっ……!」
くっそ!逃れられないのか!って顔してる。さっきまで目が泳いでいたのに笑
咄嗟に思いだし、出た言葉とはいえ大事なことだ。嫌がってても、やるべきなのでは?
「ほら、目薬を出して」
「………どうしても?」
「どうしても。病気の進行を遅らせるための大事な薬なんだろ?やろうよ」
「……わかった!この結!腹を括るわ!」
決意の仕方武士か!笑
「お、おおおおおお願いします!」
びくびくしながら、鞄から目薬を出して俺に渡してくれた。
「わかった!任せとけ笑」
そう言って目薬を受け取った俺は、この後繰り広げられる闘いに苦労することを知ることとなった。
「ハァッハァッハァハァ……っはぁー!やっと片方終わったぁ!」
「ぅううう…ひっぐ…ずびっ…まだあるのぉぉ?」
「当たり前じゃないですか!目ん玉は2つあるんですよ」
「もぅやだあああああ!!」
「ほら!頑張って!これが終わったら、プリンが待ってますよ!」
「ぅぐっ!プリンのため…」
いやあんたの目のためだから笑
目薬を差す簡単な作業を、こんなにも大変だと思ったことは今までに経験したことがない。むしろなんでこんなに嫌がるのか不思議なくらいだ。
俺はひりひりする顔を擦る。傷、ついてないといいが…。
遡ること1時間前。
彼女に目薬を差そうと布団に寝かせて薬を目の辺りに近づける。
すると彼女は目を力一杯ギュッッと瞑りだした。
「こらこら、これじゃあ目薬入らないだろ」
「ですが、怖くて…」
「少し力を緩めてくれないか?」
「うう…は、い」
「よしよ…し?おいおい、さらに力込めてないか?」
「本当に怖いんですもん!」
「少しだけでいいから、瞼の力を緩めてくれ。下の瞼の辺りにちょこっと入れてやるから」
「ちょこっと…?」
「そう、ちょこっとね」
「ちょこっとなら…大丈夫そう、かな」
「ほら、緩めて緩めて」
「緩めて、緩めて…」
彼女の目がゆっくり力が抜けていくのがわかる。俺は優しく彼女の下の瞼に指を添えた。
「!?なっ!何をするんですか!?」
折角力を抜いた瞼からまた力が込められはじめた。
「だから!さっき説明したろ!下の瞼に目薬差すって」
「そうですけど!……うー!やっぱり今日はいいです!あしt…1ヶ月後!1ヶ月後にしましょう!!」
「それだと遅いんだよ!観念して、ほら!力を抜、き、な、さ、い!」
ぐぐぐ!と指に軽く力を込めるが、どれだけの力を込めているのか、彼女の方が閉じる力が強かった。
「そうだ!プリン!今日の朝食にプリンつけてやるから!な?!だから、(目薬)させろって!」
「プリンは欲しいですけど、恐怖は別物です!ふぐぐぐぐっ…!」
「力強っ!こら!抵抗すな!」
「嫌です!離してください!」
2人で攻防戦を繰り広げて、お互い男女ということも忘れて、闘いに専念し始めた。
彼女は頑なに目を閉じて両手足を使って抵抗し、俺は彼女の足の間に入り、抵抗する彼女からの攻撃に耐えつつ目薬を差そうと必死になって彼女と力勝負していた。
意外に力が強い彼女は、目を瞑っているのにも関わらず、俺のいる位置がわかるのか、ピンポイントで抵抗の両手足を繰り出してくるのだ。そのお陰で1時間程たっぷりボロボロにやられてしまった。
「今度は大丈夫そ?」
「大丈夫とは言えないのですが、1つわかったことがある」
「何かな?」
「今みたいにお兄さんに全身でのし掛かかられたら、私は身動きがとれなくなるということです!」
「俺は背中と腰が痛いけどな。散々蹴られるし叩かれるしで人体から鳴っちゃいけない音が体に響いて聞こえてくるんだが…」
「…け蹴らないように叩かないように努力しますから!さあ!やっちゃってください!!」
足を少し開いて両手を前に出して、俺を受け入れるポーズを取った彼女の体は震えていた。
「何…俺は何をやらされているんだ?」
「め、目薬です!」
「だよな…なんか、なんか駄目な気がする…」
攻防戦に夢中で気が付かなかったが、これは非常にまずい!絵面的にもさっきも今もこれじゃあまるで…セッ…いやいやいや!(-"- ;; 三 ;;-"-)違う!違う!!これは目薬のための行為であって、けっして別の行為ではない!!よし!行け瑛!お前ならいける!
「ん゛ん゛っ!乗っかるぞ…」
「どんと来い!」
俺は彼女の上に覆い被さるように軽く(苦しくないように配慮しつつ)体重をかけて、上半身を乗せた。
「ぅぐっ!さあ!いつでも来い!!お前(目薬)なんか怖くないぞ!!」
「はいはい。よいしょっと…」
彼女の叫びを軽く流して、俺は両肘で自分の体重を支えながらバランスを取りつつ、彼女の下の瞼に指を添えた。
「んっ!んぅうううううう」
「変な声出すなよ。まだ差してすらないぞ」
「だってぇ!怖いんだもん!!」
「やれやれ…ほら、入れるよー」
目薬がぷちゅっと音を立てて彼女の下の瞼に落ちていった。声をかけて差す間に、彼女はがっしりと俺の体にしがみついて、叫びだしていた。
「んあぁっ!ああああああああぁぁやだやだやだぁ!!怖いぃぃぃ!!やだぁあ!」
ぎゅうぅとしがみつかれて、意識していなかったことが急に意識をし始めた。俺の体が反応を起こし始めたのだ。
「ほ、ほら、終わったから!離してくれ!」
腰に両足を回し、両手を背中に回してシャツをしっかり掴んでなかなか離してくれない。
「ほ、ホントに、終わった、の…?」
ホッとした顔で荒い息を吐きながら、俺に聞いてきた。全部が反応に繋がるからやめてくれないか!?と言いたいところだが、まだ俺の反応がバレてないので、言えない。
離れようと動くと、クッと当たった。俺の反応したものが彼女の下半身に。
「ぁ、んっ…」
ピクッと彼女の体が動く。顔がみるみる赤くなっていき、顔を横にふいっと反らした。まだ目は瞑ったままだ。
うああああああバレてしまった!(*/□\*)💦
「その…、ごめん…」
「は…ぁっ、待って、今力抜くから、もう少し待って…」
「はい」
「ん、んんっ!ふ、ふぅ…ぅああああーいたたたたた!」
ぐぐっと俺に回していた両手足の拘束をゆっくり解いていく。
「どこか怪我したか?」
「力の入れすぎかな…足が痺れてるような感覚がぁぁぁー痛たたた…」
やっと拘束が解けて、俺もゆっくり彼女から離れていった。ギシギシとベッドの軋む音で心臓がドクンと跳ね上がる。
「……………えっと……」
俺はどうしていいかわからなくなり、その場に座った。
頭の中は反応したものを治める呪文でいっぱいだった。
鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ…
「ん…」
彼女はピクリとも動かない。
「あの、結さん?」
「すぅ…」
手をとって握っても頬に触れても何も反応はなく、動かない。規則正しい息づかいだけが彼女から聞こえてくるだけだった。
「本当に寝てる」
暴れて疲れたのだろうな。
彼女の頭を撫でて、ベッドを降りた。背中と腰を擦りながら、トイレに向かう。とりあえずこれを何とかしないと…。
処理した後、俺はソファーで眠った。
翌朝、彼女を警察署に送り、俺は職場に向かった。
お昼になり、俺の携帯に連絡がきた。
弟からだった。内容は、結さんをしばらくそちらに住まわせて欲しいというお願いだった。
彼女の話しと調査から、ストーカーは他にも複数いるらしく、男が仕込んだ盗聴器やカメラ以外にも部屋にごろごろと他のカメラや盗聴器が見つかったらしい。
新しい物件が見つかるまで、しばらく頼みたいとのことだった。
「わかりました。お任せください」
『僕も時々様子を見に行きますから、姉ぇさんのことよろしくお願いいたします』
「いいですよ。では。 後程お迎えにあがりますね」 ピッ
今日から彼女が同居する。
好きだと自覚した今、もうその場限りの好きではない、ずっと興味が続く気がした。
興味をなくした者に、もう一度興味を持ったのは初めてのことだった。年甲斐もなくとてもワクワクしている自分がいる。
あぁ、早く彼女に会いたい。今とても彼女に会いたくて堪らない。早く。早く夕方になれ。
上機嫌に鼻歌交じりで仕事を再開した。
夕方、彼女を迎えにいくと、もう行ってしまったという。
慌てて追いかけようと彼女の行きそうな場所を考えて、先にコンビニに向かった。そういえば、彼女の行きそうな場所を知らないことに気づいた。
俺とよく会うコンビニと公園だけしか知らない。
そこに居てくれよと思いながら車を走らせて、コンビニに着くなり、車を降りて店内を見回した。
……いない。公園か?
車にまた乗り、公園に向かった。
公園の前に停めて、俺は車を降りた。
いつものベンチに見慣れた後ろ姿が座っていた。
ゆっくり、静かに、彼女に近付いていく。
そして、後ろ姿に声をかけた。
「まだ、帰らないんですか?」
「え゛っ!!?」
肩をビクッとさせて勢いよく立ち上がり、慌てて後ろを振り向いた彼女は、俺の姿を見て更に驚いていた。
「お兄さん!?こんなところで何しているんですか?!」
「それはこっちの台詞ですよ。迎えに行くって連絡したじゃないですか。心配したんですよ。結さんこそこんなところで何していたんですか?」
俺の問いに彼女は目に横に反らした。
「だって…無職で家無し能無しのポンコツ人間が、ただ世話になるのはなんかプライドが許さないというかなんというか…。一人でも生きていけるので、大丈夫です!お兄さん。お気になさらず、先にお帰りください」
「結さん、一緒に帰りませんか?」
「………でも…」
「俺、結さんに“おかえりなさい“とか“ただいま“とか全然知らない奴に自然に言えるのが不思議だったんです。ですが、言ってくれた時にふと感じる温かさやくすぐったい気持ちがなんだか心地よくて、この1週間、結さんに救われていたんですよ」
「それなら私だって。お兄さんが毎日変わらずに私に声をかけてくれるから…その優しさに私も救われていたの。もっと側にいたいって思っている…」
「うん」
「だけどそれじゃあ駄目なの。嫌なの」
「どうして?」
「もし、お兄さんに飽きられたら、捨てられたらって考えてしまう。それに怖いんだ。明日にはもう立って歩けなくなっているかもしれない。目も見えなくなっているかもしれない。そんな恐怖が毎日あるのに、お兄さんに甘えられないよぉ…。ぐすっ…目薬もろくに差せないんだよ。迷惑にしかならない」
「そんなこと無いだろ。結さんは昨日頑張ったじゃないか。あんなに嫌がってた目薬を嫌がりながらも最後は暴れないで頑張った、それは大きな進歩だよ」
「でも……」
「結さん」
「?」
「DVDの続き一緒に見ませんか?約束、しましたよね」
「それは覚えていますが、…何故今その約束を?」
「一人で見るよりも一緒に見た方が楽しい、から…」
確かに今言うことじゃないな。言葉の選択ミスった…。
「見たいですけど…今日は難しいです。明日なら多分大丈夫です。」
「そ、そうですか」
ちゃんと答えてくれた。律儀だな。
「……………」
「……………」
詰んだ…。ここからどうする?
どうやって彼女を説得しようか思考を巡らせていると、俺のポケットから携帯の着信音が聞こえてきた。
すみませんと彼女に言って、電話に出た。
ピッ
「はい」
弟からだった。彼女に変わって欲しいと言われ、彼女に携帯を渡した。
「けいちゃんから?なんだろう…」
携帯を受けとって、何やら話をしている。そしてみるみる彼女の顔色が青ざめていくのが見える。
顔色が…💧 一体なんの話をしているんだ?
「わかったから!うん、うん…、はい。じゃあまた」
ピッ
「弟さんは何て…」
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「え!?急にどうしたんですか!?」
あんなに渋ってたのに…。弟さんマジで何を言ったんだ?
「けいちゃんが、お兄さんにお世話にならないなら、今回ことも含めて全部母にチク…報告すると言われまして…。お兄さんに申し訳ないよと言ったら、そんなプライドは公園のベンチに置いていきなさい!と怒られました…」
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「弟さんも結さんのこと心配なんですよ。今日はうちに泊まっていって、これからのことは、明日決めましょう、ね?」
「…はい、お言葉に甘えます。お兄さん!不束者ですが、よろしくお願いいたします m(_ _)m」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします m(_ _)m」
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「おじゃまします」
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俺は先に玄関にあがり、彼女の方を向き、歓迎の意を込めて、言った。
ヤバい!緊張する…!
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「へ…?あ、た、ただいま、です…」
俺の言葉を聞いた彼女は目を丸くしてポカンとしたが、言葉を理解したのか、ほんのり頬を赤く染めて、今にも泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
そして────
「ただいまー」
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「わぁ!バッカ!内緒な。つったろ!」
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「えー?何々?私にも聞かせて」
大きなお腹を抱えて、よいしょと玄関に座る彼女に、娘がチクる。
「お父さんがね、お母さんのこと大好きっていうお話ししてたの。これ、お母さんにないしょー」
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「あ……あー………」遅かった!阻止できず!!
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「ふふ、素敵なお話ね。わかった、ないしょー」
内緒の話を聞いた彼女は、俺の方に顔を向けて、口パクでありがとう、嬉しいとほんのり頬を赤く染めて、今にも泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
俺も娘もつられて笑う。
あぁ とても幸せだ
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