短編集

灯埜

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週末の叔母と俺

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 三月の中旬に父が毎週金曜日、土曜日、日曜日の三日間の出張が決まった。父が心配だということで、それに母が付いていくこととなった。
「心配だから、金、土、日の間は俺の妹の家で過ごしてもらおうと思うんだ。明日会いに行くから、泊まる用意しておけよ」
父がご飯を食べながら俺に話をかけてきた。
「妹?」
「そ、俺の妹。お前にとっては、叔母に当たる」
一緒に過ごしてきてわかってくる天然で自由人の叔母、聡子さん。


4月1日のエイプリルフール、当時小学生の父は聡子さんに嘘をついた。
" 川の近くに小さい祠があったの覚えてる?あそこにお参りしに行くと一つ願いが叶うらしいよ。んで、帰りにお地蔵さまにお菓子をあげて帰ってくると二つ願いが叶うらしいよ "  と。
父の言葉を疑いもせずに信じた聡子さんは、その祠にお参りしに向かったが、こっそり付いていった父の悪戯がきっかけで不思議なことが起こり始める───。

どこでも眠ってしまう聡子さんの秘密とは?





三月の中旬に父が毎週金曜日、土曜日、日曜日の三日間の出張が決まった。父が心配だということで、それに母が付いていくこととなった。



「心配だから、金、土、日の間は俺の妹の家で過ごしてもらおうと思うんだ。明日会いに行くから、泊まる用意しておけよ」
父がご飯を食べながら俺に話をかけてきた。
「妹?」
「そ、俺の妹。お前にとっては、叔母に当たる」
「叔母」
「うん。行くときお菓子買っていくから、選ぶの手伝え」
「わかった」
父が妹の話をしているとき、母が微妙な顔をしていた。
他のことも聞こうと思ったが、母の顔が気になるので、明日聞くことにした。叔母と何かあったのだろうか…。

次の日。

「ちょっと行ってくる」
「…行ってらっしゃい。気をつけてね」
「はーい、行ってきまーす」
微妙な顔の母に見送られて、俺たちは隣町に住む叔母の家に向かう。
途中、お菓子を買い(和菓子買った)、賄賂と言う名の菓子折りを手に、叔母が住む父の実家に着いた。

父に聞いた叔母の情報は、一言で言うと天然で自由人。
後はお前が見たまんまの姿が妹だから。だそうだ。
妹と母は出会い方があまりよくなかったため、母が妹を良く思ってないらしい。
不安要素でしかない情報を父にもらったが、本当に大丈夫なのだろうか…。

ピンポン♪ ピンポンピンポン♪

インターホンを鳴らす。何の反応も声も聞こえてこない。
「いないの?」
「いや、居るはずなんだが…ちょっと待てよ」
ガチャガチャと鍵で開けて、玄関に入っていく。
「居た。ほら、おいで」
「なんだ、居留守か」
「いや、居留守じゃなくて…多分聞こえてないんだと思う」
「耳悪いの?」
「まぁ、悪いっちゃあ悪いけど、どうなんだかな」
玄関を抜けて、廊下の左の部屋に居間があった。部屋の出入口に何故か外で見たことのあるインターホンが付いていた。

 ピンポーン♪

父が何のためらいもなくその謎のインターホンを押した。
「なんだ!?泥棒か!?」
そう言いながら、人が奥の部屋から勢いよく出てきた。
「いや、兄です」
「うぉ!?兄ちゃん!」
 この人が叔母か。流石に兄妹だけあって、父にどこか似ている。
「久しぶりだな」
「だな、おかえり。で?今日はまたどうして急に帰宅を?」
「ん、ただいま。実はだな、毎週金曜日、土曜日、日曜日に出張が決まってね」
「出張」
「妻も付いていくことなったから、その間俺の息子を預かってほしくてな。週末と土日の間だけでいいから。頼むよ」
「息子?」
「そう、息子。ほら挨拶」
「どうも。不藤 雪影(ふふじ ゆきかげ)です」
「何歳?」
「高校一年です」
「高校生?そりゃあ私も歳をとるはずだわ」
なでなでと俺の頭を多少背伸びをしながら撫でる。
叔母は俺よりも少し背が小さい。俺は170cm。叔母は160cmもないくらいだろうか。
「今日からなんだが、頼める?」
「今日?今日って何曜日?」
「金曜日」
しばらく考え込んで、「……………そうか、わかった」とひとつ返事で承諾をした。本当に大丈夫なのだろうか。

玄関先で父と話をするため、移動した。
「父さん、俺と叔母って一度会ってたりする?」
「いや初めてだよ。なんで?」
「いや、何となく…」
 初めての人に対して普通に頭撫でるか?知っているかのように接してきたから、驚いた。
賄賂と言う名の菓子折りを渡して、父は「月曜の夜に迎えに来るから、仲良くな。今週と来月は迎えに行くけど、ここから家までの道のり覚えてくれ。覚えて慣れたら、自力で帰って来れるようにな。じゃ、妹のこと頼むぞ」と言って、玄関を閉めた。
「普通、逆では?」
叔母に、息子をよろしくな。ならわかる。何故俺に叔母をよろしくなんだろうか。
父の発言が謎すぎる。

3日間一緒に過ごしてみて、父の言っていた“叔母は天然で自由人”の意味が何となくわかった気がする。
あの言葉の意味も。

「おや?何故テレビがつかない。そろそろ寿命かな?」
リビングでリモコン片手にテレビをつけようと一所懸命電源ボタンを人差し指で押し続けている。
「……聡子さん、それ扇風機のリモコン」
「お」
「テレビ(のリモコン)はこっちです」
「ありがとう。いやわかってたよ、うん」
テレビのリモコンの色は黒、扇風機のリモコンの色は白。何を間違えることがある。
「何か見るんですか?」
「うん、ドラマ"相棒"見るんだ」
「ふぅん、相棒ねぇ」
 それ、相棒じゃなくて水戸黄門だけどね。
録画したテレビを見ているのだが、つけている内容が夕方に入っている水戸黄門だ。
「それ水戸黄門ですよね」
「うん。見つけたから」
「相棒は?」
「これ見たら見るよ」
「そうですか」
 叔母は、本当に自由人だ。

次の日、トイレをしていたら急にドアを開けられた。
「わっ!ちょっと!!」
「あ、なにしてんの」
「こっちの台詞ですよ!トイレしてるので、閉めて下さい!」
「あぁすまない。しかし、私もトイレなんだが」
「わかりましたから!とりあえず閉めて下さい!!」
「それもそうだな。悪い…」
「わかってもらえたならい…おい!こら待て!聡子行くな!トイレの戸閉めてけやぁ!」
叔母は素直に謝った後、戸も閉めずに去っていった。
敬語を忘れるほど慌てた俺だが、結局戸を閉められなくて、開けたままトイレをする羽目に…。最悪!

ちょいちょい振り回される。

「あっちだって」
「違いますって。スーパーはこっちです」
俺の住む隣町の少し離れたスーパーにきたが、道が分かれた。
叔母が左、俺が右で揉めている。
「あっちだよ。ナビがあっちって言ってるから、あっちだもん!」
 齢35にして子供みたいなこと言ってる。  もん!  じゃねぇよ。
「こっちの町、来たことないですよね?」
「うん」
「なら、ナビじゃなくて俺を信じてくださいよ。地元ですし」
 叔母に任せるとろくなことがないのは学習済みだ。叔母の案内で何度迷ったことか。迷子で1日終わったこともあったな。
「むぅ… それもそうだが… んー…わかった。従う」
渋々了承した。
「ありがとうございます。今日は早めにご飯にして、金曜ロードショー見るんですよね」
「そうなんだよ。今日は美女と野獣が入るんだ。見逃せない!」
「昨日美女と野獣のDVD見てましたよね」
「うん」
「少しくらい見逃しても大丈夫なのでは?」
「ちっちっち わかってないなぁ少年よ」
「何がです?」
「昨日見たDVDと今日見る金曜ロードショーではまた別物なのだよ」
「なにデザートは別腹みたいな言い方してんですか」
「何度見てもいいね。美女と野獣」
「(どんだけ好きなの笑) そうですね(笑)」
スーパーに着いた後、晩御飯の食材と明日使う食材を買い、バスと地下鉄に乗って家に帰り、19時には食卓についてご飯を食べ始めた。
今日は豚汁、ご飯、小松菜の胡麻和え、大根の漬け物、ウィンナーのチーズ焼き、さばの味噌煮(缶詰め)だ。

叔母は味音痴だ。多少不味くてもわからない。腐りかけのカレーの味見をして、「何ともないこれ、うまいよ」とか言い出した時は、流石にこいつはヤバイと思った。このまま叔母に味見を任せてたら、いつか俺は叔母に殺されるんじゃないか?と恐怖を覚えた出来事でもある。(俺も味見をして、腐りかけだとわかったから良かったものの…)
それ以降、味見の担当に志願した俺は、その影響で料理の勉強を少しするようになった。
この間、味付けにテキトーなこと言ったせいで、とんでもないモノを生成して、ご飯なしになったことがあった(味見・助言担当 : 俺  生成 : 叔母)。
因みに。叔母の得意料理は、ごま和え。つい完食してしまう程美味しい。

今日のごま和えも美味しい。今度レシピを聞いてみようかな。
「あ、はいった」
物語が流れると、必ず同じ場面で同じ台詞を吐く叔母。
「あの男嫌い。しつこい男は嫌われるよ」
 昨日も同じ場面で同じこと言ってたよな。
「俺もしつこいの嫌いだわ」
「だよな。気を付けた方がいい。変な奴に捕まらないようにね」
「聡子さんもね」
「ん」
だいたい食後はこんな感じでテレビ見たりして一緒に過ごす。

夜はゲームをしてから、床に就くのが俺達のルーティンだ。
「……………」
「……………」
俺の手持ちのカードとにらめっこしている叔母。
「………………」
「……これだぁ!」
急にカッ!!と目を大きく見開いたかと思ったら、シュバ!と勢いよく抜き取ったトランプと自分の手札とを見比べ、同じ数字を見つけて布団の上にあるトランプの山にぺちんと捨てた。
「フッフッフー 私はもう少しであがるぞ。さぁ、どうする?」
手札3枚残してこの勝ち誇った顔、なんか腹立つ。ババ持ってんの知ってんだかんな!
ここは慎重に…。

左のカードを掴む。
ピクリと顔が動いた。
 ふむ…

今度は真ん中のカードを掴む。
また顔がピクリと動く。
 ふむ…

移動して右のカードを掴む。
またまた顔がピクリと動く。
 ふむ… って、全部のカードに顔が動くんかい!

叔母の反応でババを当てようとしたが、どれかわからん!
結局負けた。
俺がカードを選んでるときに、聡子さんが思ったことってなに?と聞いたら、
左のカード→「あ、やべ!負ける」
真ん中のカード→「よっしゃあ!ババが無くなる!」
右のカード→「それは引くな、やめろぉ!」
って思っていたらしい。
感情が言葉には出てないけど顔には出てた。無意識らしいが、お陰でババの所在が見抜けなかった。悔しい。

こうして3日間(叔母に振り回されつつ)過ごして、自分の家に帰るという生活を送っている。

叔母に接する時に気を付けることが3つ。
・なるべく近くで話すこと(APDのため)
・眠っている時は、むやみに起こさないこと
・叔母さんではなく、名前で呼ぶこと(心の中では叔母と呼んでいる)

家の中は部屋数が多く、三階建て。物が少なく(祖父母が亡くなってから、全て片付けたらしい)、スッキリとしている。父が帰省したとき驚いていた。ごみ屋敷と化した汚部屋が、祖父母の葬式から半月しか経ってないのに物が綺麗さっぱりなくなっていたことに、開いた口がしまらなかったらしい。「物は?」と聞くと、「雑品屋に持っていってもらった。もう、要らないからな」と言っていた。祖母は物が捨てられないいつか使うだろう精神の持ち主だったため、なかなか物が捨てられず(勝手に捨てるとひどく怒られていた)、その祖母が居なくなった今、一気に片付けたらしい。
叔母曰く、金縛りを土産に夢にまで祖母が出てきて、ひどく怒られたらしい。まだ使えるものがたくさんあったのに!って。叔母は祖父母が好きではない。死んだんだから、いつまでも覚えていないものにまで執着するなよ…。と言ったら、火に油を注いでしまったらしく、祖母が激怒。目が覚めるまで説教を食らったと話していた。
マイペースな叔母に、祖父母も振り回されていたんじゃないかなと俺は(勝手に)思っている。
叔母のことがなんとなくわかってきた気がした。

「ただいま」
「お邪魔しまーす」
今日は俺の友達を連れてきた。招くつもりはなかったが、どうしても行ってみたい!と懇願されて、仕方なく連れてきたのだ。叔母に許可を取ろうと思い、電話をかけたのだが、出なかった。
「俺の部屋、右に曲がって3番目のドアのところな。先行ってて」
「はーい」
俺はリビングにいる叔母に声をかけた。

「聡子さん」
ソファーに座っていると思いきや、座ったまま眠っている。食べかけのプリンとスプーンを持ったままの手が膝の上で落ちるか落ちないかのバランスを保っている。
「器用だな。聡子さん、ただいま」
「………………ん」
 寝言か?目蓋も落ちたままだ。
「聡子さん、聡子さん」
「……」
手に持っている食べかけのプリンとスプーンを両手で同時にゆっくりと彼女の手から取り上げて、回収した。
「聡子さん、起きてください。聡子さん」
ゆさゆさと揺すって起こす。
「……誰だ」
「!?」
 目、閉じているし、寝言だよな…?
「雪影です」
「……雪…かげ」
「はい」
「…寝かせてやれ」
 やはり目を閉じている。声色からしてふざけているようにも聞こえないし、何より口調もいつもと違う。
「あなたは誰ですか」
「……ふっ おやすみ」
「あ…!さ、聡子さん!」
なんだか怖くなって、叔母を起こした。寝かせてやれと言われたが、なんとなく心がザワリとしたのだ。
「ん……、兄ちゃん……あと五分だけぇ……」
「誰が兄ちゃんか」
ツッコミをしつつホッとした。
いつもの叔母だ。
 なんだったんだ…後で父に聞いてみるか。

叔母の食べかけのプリンを食べて、自分の部屋に向かった。

「ほぉ、荷物少ないね」
俺の部屋には、本棚と机、ベッドにクローゼットとシンプルな家具が置かれている。
荷物も必要最低限のものしか置いていない。後の必要なものは持参し、持ち帰っている(勉強道具とかも事前に持ってきていたり、足りないものは買い物ついでに取りに行ったりしている)。
「まぁね、3日間だけだしね」
「叔母さんいた?」
「あぁ、いたよ。寝てた」
「寝てた」
「放置してきた」
「起こさなくてよかったのか?」
「そのうち起きてくるだろ」
「そうだけど、俺、不法侵入とかにならない?」
「何で?」
「家主寝てるし、起きたら知らない奴がいたらそうなるだろ」
「俺いるだろ」
「そうだけど…家主叔母さんでしょ」
「……………」
「……………」
「まぁ、なんとかなるっしょ」
「起きたら、即自己紹介だな」
「大丈夫だって」
はははと笑ってその話を終わらせ、俺たちは宿題を終わらせた後、ゲームをして過ごしていた。
「あ、トイレ借りてもいい?」
「いいよ。場所わかる?」
「わかんない」
「だよな。じゃ、一緒に行くか」
引戸を引くと、ちょうど叔母が俺たちの部屋の前を通っていたところだったのか、部屋の真ん前でばったり会った。
「うわ!びっくりし…雪、お前、男連れ込んでるのか!」
「いや言い方ぁ!!」
「ぶふー!(笑笑) あっはははははは(爆笑)」
「お前は笑いすぎだ!」
お腹を抱えて爆笑する友人にツッコミをいれるが、まさかそんな台詞がくるとは思わなかった。
「私というものがありながら、またそんな知らない間に新しい男連れてきて!」
「昼ドラの本妻みたいな台詞吐かんでください!」
「修羅場でありドロドロだな笑」
「お前はちょっと黙ってろ」
後ろの友人にまたもツッコミをいれる。面白がってんな。
「そんなことより。ただいま、聡子さん」
「おー、二人ともおかえり」
「た、ただいまです」
「ん」
二人ともと言われて、友人も挨拶を返す。声も顔もきょとんとしていたが。
「なにか食べるかい?」
「いや、俺らトイレに行ってくる」
「注文してからトイレに行くシステムだから、不藤家は」
「そんなシステム初耳なんですが」
「今言ったからね」
「はぁ…そうですか。じゃあ、おかしとジュースをお願いします。いやむしろ俺が用意します」
「遠慮すんなって」
「してません。配慮です。失敗を避けるための」
「用意するのに失敗することなんてないでしょ」
「聡子さんの場合、あり得るので」
「ないもん」
「あります」
にらみ合いをしていると、後ろから我慢できないんだけど…という声が俺たちの間を割って入ってきた。
「トイレ…」
「とにかく!こちらは大丈夫なので、何もしないでください」
「……わかった。あ」
「?」
「冷蔵庫にプリン入ってるから、食べてね」
「わかりました。ありがとうございます」
「ん」
縁側にいるから と言って、居間の方に消えていった。
「なんだか不思議な叔母さんだな」
「俺もそう思う」
その日は友人と楽しく過ごして、叔母の寝言(?)のことをすっかり忘れてしまっていた。

「今日は創立記念日だ」
学校はお休み。
平日の水曜日。
両親は仕事で朝早くから不在。
そう。今日しかない。
「聡子さんの生態を調べる」
朝から叔母の家に向かった。

「仕事か」
居なかった。
 そうだよな、常に家に居たらそれは立派な自宅警備員…、っつか、聡子さん働いてたんだな。(←失礼)
職場を知らないので、出だしから失敗。
その辺で時間を潰して、帰ってくるのを待つとしようかな。
まだ行ったこともない場所へ足を運ぶ。
本屋、カフェ、スーパーなど目新しいものばかり、見るもの見るもの新鮮で、とても有意義な時間を過ごした。
「聡子さんと今度ここに来ようかな」
ここいいなと思った場所には、何故か聡子さんを連れていきたいと考えてしまう自分にハッと気づく。
「毒されてんのかな……」
ふとした時に叔母のことを考えてしまっている。
「そろそろかな?」
16時を過ぎた頃、叔母の家に行ってみた。
 なんか、いる。
高校生一人、縁側に座って本を読んでいた。「誰だ?いったい」
隣では叔母が座椅子に座って本を読みふけっている。
男子高校生がもともといないかのように。
叔母が用意したのか、お菓子や飲み物を二人で読みながら食べている。
男子高校生の方は、お菓子を食べながら叔母の方をちらちらと見て、時々夢中で本を読んでいる叔母の口許にお菓子をもっていってちょいちょいと悪戯をしている。叔母は口許にお菓子が触れると反射的に口を開いてそれを食べている。叔母は気づいていないのかいるのかわからないが、実質的に、あーん が叶った男子高校生の反応が可愛すぎる。俯いて嬉しそうに恥ずかしそうに、何かに堪えている様子が見える。
「なにこれ…」
17時を過ぎた頃、男子高校生が叔母に声かけてから、こちらに向かってくるのが見えたため、慌てて梅の木に隠れた。幹が太くて助かった。縁側から普通の道に抜ける隠し通路を通ってここまでやってきているのだろう。慣れた足取りで抜けて、帰っていった。
 今日はここまでだな。とりあえず俺も帰らねば。
両親は19時に帰ってくる。その前に帰らないと。
今日のことは金曜に聞こうと思いながら帰宅した。

「聡子さん」
「なんだい?」
「あの人は誰ですか?」
「あの人?」
「水曜日に来た男子高校生ですよ」
「水曜日はたしか…縁側で読書してたな。私の他に誰もいなかったはずだが」
「居ました。読書してましたよ」
「読書…そういえば何かいた気がするな(?)」
「はぁ…心配だな💧」
 夢中で本を読むと何も聞こえないタイプなのか?

聞くと、聡子さんが仕事の帰り道、男子高校生が傷だらけでごみ捨て場で倒れているのを見つけて、迷ったが仕方なく連れて帰って手当てした。傷のことを聞くと、触んなくそばばあ!殴るぞ!!と言われたので、とりあえず頭をおもいっきり撫でて、放置。
縁側でお菓子を食べながら本を読んでいると、隣に座ってきてお菓子を食べ尽くして帰っていった。
次の日も来るようになって、お菓子を食べたり、本を読んだり寝転んだり好きなことをして帰るようになったらしい。

「なんだ、声かけてくれればよかったのに」
 しっかりあんたに声かけてたよ。
と言おうかと思ったが、やめた。叔母に、あの子のことなんで知ってるの?と言われて、たまたま見かけた。
しか俺は言ってないから。最後まで見てたと言うと、一日ストーカー(のようなこと)してたと吐露してるも同然。黙っておこうと思った。

金曜日、いつものように学校終了後、叔母の家に向かった。
叔母はまだ帰ってきていないようだ。
父から借りた家の鍵を使って家に入り、居間に入ると縁側に誰かいることに気が付いた。
「誰だ?」
「聡子!…じゃねぇな、手前ぇこそ誰だ?」
勢いよく振り返った男子高校生は、俺の姿を見るなり、笑顔から一気に眉間の皺を寄せて不機嫌になった。
「俺は、聡子さんの甥で不藤 雪影」
「聡子に甥とかいたのか」
「それ聡子さんに失礼だろ」
「俺は、鳴竹 晴典(なるたけ はるふみ)だ。聡子になんか用か?」
「用っていうか、俺は金曜から日曜の3日間だけここに泊まってるんだよ」
「はぁ!?羨ま…いや、なんでだ!」
 今羨ましいとか言いかけて誤魔化したな。
「父の出張が週末から日曜日の3日間毎週、それに母も付いていくから、俺一人で心配だからという理由で」
「へぇー…」
聞いといて俺の話を上の空に、何か言いたげにそわそわと落ち着かない様子で、玄関がある方をちらちらと見て、俺の方をチラッと見て俯いて指をくるくると回してため息をついてを繰り返している。
「………………」
 落ち着かないなぁ。っつか、帰れよ。
このまま叔母の帰りを待つ気か?
カラカラカラと玄関の戸が開く音が聞こえて、トタトタと歩いてくる音が近づいてきた。
「ただいまー、あー疲れた」
「聡子さんおかえりなさい」
「聡子!おかえり!」
「おー、ただいま …あれ?晴ちゃんがいる。なした?」
「なんか不法侵入してましたよ」
「不法侵入…はしてたかもしれないけど、ちゃんと理由があんだよ!」
「そうか、ちょっと待ってて、着替えてくるから。あ、何飲む?」
「ココ…ん゛ん゛!じゃなくて、珈琲で!」
「うーい」
「聡子さんこれは?」
鞄と一緒に持ってきた紙袋の中身を聞く。
「それね、同僚からお土産にってもらったんだ。一緒に食べよう」
「ありがとうございます。じゃあ、皿に開けますね」
「頼むわ」
「俺も何か…」
「じゃあ、晴ちゃんは手を洗ってきて」
「はい!」
晴典こと晴ちゃんは、叔母の言う事は素直に聞く。
洗面所に向かったはずの晴典がなかなか帰ってこないので様子を見に行くと、叔母の部屋に向かおうと忍び足に向かうところを発見し、「晴ちゃん、聡子さんに嫌われたいのか?」と言ったら、「晴ちゃん言うな!」と小声で抵抗しつつ素直に居間に付いてきた。
「お待たせ、今飲み物用意するよ」
「あ、あぁ」
そわそわと落ち着かない様子で縁側に座っている晴典。
「はい、どうぞ」
 あ、ココアだ。
俺も同じ飲み物を出されて、匂いでココアだと気づく。
「ありがとう」
晴典は、ずず…と出された飲み物を飲んで、ほぅ、と一息付き、聡子!聡子!聞け!今日な、テストがあってさ、それで…と嬉しそうに隣に座って話す姿は、まるでかまってかまってと言ってくる犬のよう。
 耳と尻尾が見える。
ふふ と暖かい目で見たくなる光景だ。
「お、点数上がってる!やったなぁ!」
話を聞いて、渡された答案を見た叔母は、ニカッと笑ってわしゃわしゃと晴典の頭を撫でてすごいなぁと言って誉めている。
満更でもないのか、撫でられて口許が緩んだ晴典は、ふにゃふにゃ顔が止まらない。
 晴典、甘えてるなー。しばらく二人にしてやるか。
俺は自分の部屋に戻って、泊まる準備をはじめた。
18時を過ぎた頃、ご飯何食べる?と部屋まで聞きに来た叔母。
「晴典は?」
「帰ったよ。なんだ、もう仲良くなったのか?」
「仲良くはなってないですけど、自己紹介はしたかな」
「そうなんだ。雪も晴ちゃんと仲良くできたらいいなぁ」
「そうですね。…彼、いつもああなのですか?」
「ああとは?」
「接するときの態度とか」
「いつもあんな感じだよ」
「そうですか」
「たしか彼の兄もあんな感じだったな」
「会ったことあるんですか?」
 え、兄?
「家に来たんだよ。弟がご迷惑をおかけしてすみませんでした!って言って」
「…それで?」
「彼を保護した日、私の家から出てくるのをたまたま帰り道に見かけたみたいで、挨拶と謝罪を兼ねて訪ねてきたんだ」
「なるほど」
「で、なんか知らんけど求婚された」
「………は?」
 なんで?
「玄関先で兄弟喧嘩始めだしたから、とりあえず二人の頭撫でといたんだよね。んで、喧嘩するなら他所でやれって言って戸を閉めたら、次の日バラの花束持った兄が晴ちゃんの抵抗受けながら、なんかしらんけど求婚してきたんだよね。私、何もしてないんだけど」
「変な人ですね」
 似たもの兄弟か、いや、Mか?
「ね。さすがに丁重にお断りしたよ」
「そうですか、そんな大変なことがあったんですね」
「まぁ、大変というか変な日だったがな。で、今も時々来るんだ。晴ちゃんと一緒に」
「今も来るんですか」
「うん」
 まさかそれを警戒して晴典来てるんじゃないだろうか。
「もし来たら、丁重に断って帰ってもらって」
「会いたくないですが、わかりました」
「ん」
晴典の兄の話をしながらご飯の仕度を終え、食卓についた。今日はスパゲッティだ。
たらこ、カルボナーラ、ナポリタンの三種。
パスタを茹でて、タレは和えるだけの簡単な作業。
…のはずなんだけど、叔母の場合はそうはいかないのがお約束となっている。
鍋の取っ手を持ったら、急にバキッと音が鳴った。
「あ。取れた」
 いや壊してますそれ。
ザルの網目が荒すぎて、パスタが網目からすり抜けて排水溝に流れていってる。
「あれ?パスタこんなに少なかったっけ??」
 いえ、流れていってるんです。とりあえずその傾けている鍋の手を止めてもらえませんかね。
タレを入れて混ぜるだけなのに、何故か同じ器に違うタレが二種類入ってるし。そして、それを阻止できなかった俺も悪い。叔母から少し目を離してしまったばかりに…。
「ん?何でこれ二つタレ入ってるんだ??」
 入れておいてなんで不思議がるかな。

なんやかんやで出来上がったスパゲッティを俺たちは食べている。
「美味しいな」
「ですね」
おかしな達成感と共にスパゲッティを味わいつつ、テレビを見ながら番組に一人でツッコミをいれる叔母の姿を眺め、さっきまでご飯を作っていた叔母の姿も思い出し、くくくっ…と思わず笑ってしまった。さっきまで俺は必死になって叔母のサポートをしていたが、客観的に見ると面白い。さすがに笑う。
父も同じようにこういう叔母の行動を見て笑っていたのだろうか。
なんとなくほっとけないような危なっかしいような感じもするし、素でなにかとしでかすから、見ている側が思わず笑ってしまうほど可愛い部分もある。ふとした仕草もなんか可愛いし………はっ!俺は何を考えてるんだ!?あの叔母だぞ!?あり得ない。これはあれだ、見守ってあげたい子供を持つ母性というか父性的なあれだ。きっとそうだ間違いないうん。
 ふぅー 危ない。危うく勘違いするところだった。
ご飯のあと、叔母とゲームをして床に就くまでずっと動機が止まらなかった。変に緊張疲れしてすぐに寝てしまった。

今日は4月1日。エイプリルフール。
今日は平穏に過ごそうと考えていたが、そうもいかないのがこの叔母の存在である。だが、今日は珍しく父ともう一人の叔母が来ていた。

父こと兄の宗二(そうじ)、一番目の叔母の聡子(さとこ)さん、二番目の叔母の昂(あきら)さん。
昂さんは何度か会ったことがある。しっかりしたとても可愛いらしい方だ。父と聡子さんはかなり(甘々に)溺愛しており、仲の良い兄妹だ。

「父さん、珍しいね。今日は休み?」
「あぁ、今日は無理に休みを取ったんだ。4月1日は必ず休みを取るって決めてるからな」
「ふーん、なんかあるの?」
「あぁ、まぁ、な」
「?」
笑顔なのにどこかおかしな父の表情が少し印象に残った。
 いったい何があるのだろう。
父と聡子さんと昂さんと俺で、一日中遊んだ。
午前中は買い物をしてゲームセンターに寄ったり本屋に寄ったりして過ごし、午後は買った本を読んだり、ゲームをしたりおやつを食べたりしてのんびりと過ごした。
お昼の時、聡子さんがソファーに座って眠ってしまった時、父と昂さんは少しそわそわとしていた。
聡子さんに話しかけるわけでもなく、そのままタオルケットをかけて寝かせてあげていた。
ただ、二人とも聡子さんの目が覚めるまで側を離れなかった。
夕方、また聡子さんがソファーの上で眠ってしまい、二人がまたそわそわし始めた。
「いつも思いますけど、聡子さんよく寝ますね」
「あぁ、そうだな。昔からこいつは疲れやすいんだよ」
「私、布団を整えてくるよ。兄ちゃん、聡子見てて」
「ん」
昂さんがこの時初めて彼女の側を離れた。
「…………」
聡子さんの頭を撫でる父。父が小さく漏らした言葉に俺は聞き返した。
「やっと今日一日が終わる」
「え?父さん、今なんて…」
  ~♪
父の携帯の着信音がテーブルの上でバイブと共に鳴った。急いで携帯を取り、彼女の方を勢いよく振り向いて何かを確認した父は、彼女がまだ眠っていることにホッとしていた。
「ちっ、会社からだ」
「出てきなよ」
「しかし……、雪!聡子から目を離さないでくれ!絶対にだ!頼んだぞ!」
そう言って、父は居間を出て廊下で話をし始めた。
「……父さんと昂さんはいったい何をそんなに心配しているんだろう?」
「……………」
すぅすぅと寝息をたてて眠っている。何も心配無さそうだけどなぁ。
数分、彼女の側にいて様子を見ていたが、何だろう、異様に喉が渇いてきた。
 喉渇いたな…水飲みたい。
水を取りに彼女の側を離れて、台所に向かった。ほんの数歩の距離。
数秒、彼女から目を離してしまった。
「………眼を、離したな」
背後からボソリと声がして、カタッ…と一つ音がした。
「え……?」
それはほんの一瞬だった。声と共にソファーで眠っていた彼女の姿が忽然と消えていたのだ。
「あれ!?聡子さん!?」
「布団、終わっt…聡子!?聡子はどこに行ったの!?兄ちゃん!!」
「はい、すみま…え!?あ!すみません、後でかけ直します!どうした!」
「さ、聡子さんがいなくなって、ました…?」
俺も父も昂さんも大パニック状態。
 こんなことってある!?いったい何が起きているんだ!?
「わー!どうしよう!早く!早く行かなきゃ!車出して!」
「わかった!今すぐ出すから仕度してくれ!」
「俺は何をしたらいい!?」
パニックの中、俺は父に指示を仰いだ。
「聡子の上着と4人分の温かい飲み物の用意だ!急げ!」
「わかった」
俺は急いで飲み物の用意をして(中身はランダムに入れた。どれに何入れたか忘れたけど)、叔母の上着を持って車に乗り込んだ。
「兄ちゃん早く!」
「わかってる!」
「どこに行くの?」
「俺と聡子が昔住んでいたところだ」
真っ青な顔をした父が答えた。
「父さん!いったい何があったの!?何が起きてるのか説明してくれ」
「…………信じてもらえないかもしれないが、それでも聞くのか?」
「いい、話してくれ。俺だけ何も知らないままなのは正直辛い」
「……………わかった」
父がゆっくりと話し始めた。
昔、父は聡子さんをいじめていたらしい。
兄妹の仲は悪くはなかったが、ほんの出来心とちょっかいかけた時の嫌がる反応が面白くてついいじめてしまったのだ。
聡子さんは疲れやすく、すぐに眠ってしまうところがあった。ストレスを溜め込み、眠っては消化しようと本能が働きかけていたのかもしれない。
どこでも眠ってしまうのだ。座ってても話の途中でも、または歩いてる最中に急に眠ってしまうこともあった。
その度に母親に怒られて泣いて、泣き疲れて眠って、また怒られて…の繰り返しの毎日だった。
つまり精神的に弱いのだ。父も昂さんもわかっていた。だが、母親に逆らえない二人は怒られている聡子さんのことを黙って見ていた。助けることもせず、助けることもできなかった。
そんな毎日の中、その日は4月1日エイプリルフールだった。
父は聡子さんに嘘をついた。
" 川の近くに小さい祠があったの覚えてる?あそこにお参りしに行くと一つ願いが叶うらしいよ。んで、帰りにお地蔵さまにお菓子をあげて帰ってくると二つ願いが叶うらしいよ "  と。
それを信じた当時小学二年生の聡子さんは、一人でその祠にお菓子を二つ持って向かって行った。
嘘をついた父は、聡子さんが行った後、供えたお菓子を貰って食べようと思っていたそうだ。
遅れて後ろを付いていった父は、じっと聡子さんの様子を伺っていたのだ。ちょっとした嘘をついたという罪悪感もないふざけた気持ちで。
疲れやすい聡子さんは何度も休みながら祠に続く舗道もされていない獣道を歩いていった。
祠についた後、聡子さんは祠の周りを軽く掃除して、お供えのお菓子を置いて、手を合わせてお願い事をぶつぶつと唱えていた。何を唱えていたのかはわからなかったが、数分その祠にお願いをしていたらしい。
立ち上がろうとした聡子さんがふらついて尻餅をついた。枯れ葉が多かったため、クッションとなったのかあまり痛がらなかった様子だった。「しばらく休ませてください」
と再度両手を合わせて言い、祠の横に座って少し寄りかかり、歌を口ずさんでしばらく座っていたが、疲れたのかその場で彼女は眠ってしまったのだ。祠に完全に寄りかかって。
父はどうしようか迷ったが、いつものことなので、とりあえず聡子さんにバレないように近づき、供えていないお菓子を聡子さんのポケットから取り、食べた空を再度ポケットに戻して聡子さんを揺すって起こし、目を擦っている間に急いでまた隠れて様子を見守った。
「ん……また……寝て…た?」
また母に怒られると思ったのか、彼女の顔がみるみる青くなっていったらしい。自分から喋らなきゃバレることはないのにと父はその反応にもくすくすと笑っていた。
「帰らなきゃ…。祠の神様、目の前で眠ってごめんなさい。どうか怒らないでください」
手を合わせて謝り、「また来ます」と言って祠から離れた。
父は祠の近くの木の影に隠れて様子を伺っていたが、悪戯したくなり彼女が帰ろうとして数歩歩き出したときにゆっくり低く歌い出して驚かそうとした。
「通ーりゃんせ♪ 通りゃんせー♪ こーこはどーこの細道じゃー♪…」
「え……?誰?」
キョロキョロと辺りを見回して不安そうな聡子さんの顔が父の悪戯心を更に加速させた。
「行きはよいよい♪ 帰りはこわい♪」
「誰!?やだ!こわい!助けて!兄ちゃん!兄ちゃん!」
「通ーりゃんせ♪ 通ーりゃんせー♪」
「わーん!(大泣き)💦💦」
「くふふふ(笑) あー面白い!ちょっとやり過ぎたかな?迎えに行ってやるか」
 ザァ……
そのときに身体の芯が一気に冷えるような冷たい風が地面に落ちている枯れ葉を掬って舞い上がらせて、泣きながらかけ降りるように帰っていった聡子さんの後を追うように数枚の枯れ葉が下に落ちていったのを今でも鮮明に覚えているらしい。
父は、あの風は明らかに不自然だったと気づいて、嫌な予感がしてその後を急いで追うと、聡子さんが川の近くで疲れて座っていたのが目にはいって、すぐさま叫んだらしい。
「聡子!」
「にい…ちゃん?」
「聡子!!こっちに!」
「にいちゃ……ぁ…」
安心しきったようににこりと笑ってふと糸が途切れたようにそのまま眠ってしまったのだ。倒れる先は川。聡子さんは川に落ちて、そのまま流れの速い水にさらわれて流されていってしまったのだ。一瞬の出来事だった。
父は急いで家に戻り、両親に泣きながら話し、聡子さんの捜索に出た。警察と両親と父とで二日間探したが見つからず、三日目にふらりとあの祠に父は向かった。妹が見つかるようにお願いをしに。
すると聡子さんが祠の横に座ってあの時と同じように眠った姿でそこにいた。
父は直ぐにかけよって聡子さんを起こそうと必死に声をかけた。息はあるが、様子が変だったからだ。
「聡子!!おい!聡子!!何でお前こんなところに…聡子!起きろ聡子!」
「………とお……せ」
「なに?」
「とお…り…せ」
「え…」
「と…りゃ…ん、せ とお、りゃ…せ」
「さ…さとこ?どうし」
途切れ途切れに通りゃんせの歌を歌い出したのだ。父は不気味に思い、聡子さんを起こそうと必死に声をかけ続けた。
「聡子!おい、いったいどうしたんだ!?なんで歌なんか…」
途切れ途切れに一番を歌い、つぅ…と、涙を流した。
「どうしよう…」
父が途方に暮れていると、泣いている聡子さんが喋った。
「おぬ、し…が、わ、るい」
   "お主が悪い"
「え…さと、こ…?」
彼女の声とは別に頭に直接響くように声が聞こえてくる。男性の声。
「ウ、ソ、に…」
   "嘘に我を使い、娘を騙した"
「誰だお前…!聡子じゃないな!」
「このむ、すめ、も、ら、…け…る」
   "この娘は我がもらい受ける"
「何を…」
「い……さ…こ…う…、い…し、て…お…い」
   "今更後悔しても遅い"
「聡子!目を覚ましてくれ!聡子!!」
「む、め、……い、ち、し…、ん…い」
  "可哀想に…娘は一度死んでいる…" 
「やめてくれ!俺が悪かった!聡子!!!」
しばらく途切れ途切れの言葉を話したあと、黙り込んでしまった彼女は、すぅすぅと寝息をたててまた眠り始めたらしい。頭に響く声も聞こえなくなっていた。
その後父は泣きながら聡子さんをおぶって降り、親に知らせ、病院に二週間入院した。
彼女は二週間、死んだように眠り続けた。

「……………………ん…」
「っ……!聡子?聡子!早く!早く先生呼んできて!!」
ある日、彼女が目を覚ました。
事件があった日のことはあまり覚えてはおらず、祠にお参りしに行った辺りまでは記憶があるが、後の事は曖昧で、ただ、唯一覚えているのが、誰かに温かい手で優しく頭を撫でられ、 “ こっちにおいで “ と言われたことは覚えていたらしいが、その人の顔が思い出せないそうだ。

その日から、彼女には何かが憑いていると考えるようになった出来事が多く起こるようになった。
彼女が寝ているときに声をかけると、眠っているのに別の人が喋っているような感じの声色と話し方で邪魔をしてくれるなと言ってきたり、時々ふらりといなくなったかと思うとあの祠の辺りにいて眠っていたりなど、不思議なことが起こる。
特に4月1日は、少しでも意識を聡子さん以外に向けたり、目を離すと、直ぐにどこかに消えていなくなってしまうらしい。
「目を離したな」と一言言って、消えるんだ。
消えたあと、いつもあの祠の前で見つかるのだが、眠った状態で発見される。
その後の聡子さんの睡眠が日常的に徐々に長くなってきているらしい。
 だからか。3日間見る限りソファーや椅子の上で頻繁によく寝るなと思っていたが、そんな事が関係してたなんて…。
今までに消えた回数は計五回。
今回を入れて計六回。

「俺も聞いたことある。話し方からして別の人だったから…」
 あれは叔母ではない。別の誰かだった。
「俺のついた噓がここまで大事になるなんて思わなくて、子供ながらに痛感したよ。だから、4月1日は嘘をつかずに聡子の側にいようと思って、毎年休みを取っていたんだ」
「だから、毎年いなかったんだ…」
 母はいつも微妙な顔してたな。このこと信じてくれないだろうな、きっと。
「隠してて悪かったな」
「しょうがな……あ、見えた!川だ!」
俺たちは車を降りて、川に沿って歩き、舗道もされていない傾斜面を登り、小さな祠がある場所を目指した。木に覆われたその場所は、木が祠を避けるように生えている。祠の周りには平らで大きな石が三つ、祠の扉から始まり、庭園にある石の道のような並び方をしている。石の道は下の川の方向に向かって設置されているようにも見える。
祠の隣でちょこんと座った叔母が祠に寄りかかって眠っていた。
「聡子、ごめんな。帰ろう」
「聡子、帰ろう」
「聡子さん寝てますね」
すぅすぅと寝息をたてて眠っている。
「とりあえず、無事でよかった」
父は聡子さんを背負って、獣道を降りた。
その後聡子さんは三日間眠り続けた。
4日目の朝、起きて仕度した俺が居間に行くと、そこには何事もなかったかのように台所に立って、ご飯を作っている聡子さんの姿があった。
「っ!…聡子さん、おはよう、ございます」
「おー おはよう、雪」
笑顔で迎えてくれたが、三日間一度も起きてこず、死んだように眠っていた叔母の様子が心配で、何度も部屋を訪れては様子見をしていたが、朝、いつも通りに話している姿にホッとし、安堵のため息が漏れる。
「あの…何ともないんですか?」
「ん?何が??」
「いえ、身体とかいろいろ…」
「身体…? はっΣ( ̄□ ̄ ) もしかして雪、私を襲った?とか??」
「襲ってません違いますよ!覚えてないんですか?」
「? だから、何を??」
「やっぱり何でもありません。あ、今日のご飯はなんですか?」
「変な雪 (笑) 今日はねぇ、味噌汁と…」
 本当に覚えていないようだ。父に「彼女が起きた」と電話をしたら、すぐに来た。彼女を抱き締めて泣いた。
「おい?💦どうしたんだ?悪い夢でも見たのか?💦」
何がなんだかわからない彼女は、父を抱き締めて背中を擦って慰めた。
泣きやまない子供をあやすように、「ほら もう大丈夫だぞー」と言って。


あの出来事から、数日経った。
彼女は相変わらずどこでも眠ってしまっている。
また、眠る回数も増えた。
ソファーの上、縁側、椅子の上、床、何故か俺の部屋、あらゆるところで寝ている。
会社でも眠ってしまっているため、同僚や上司が彼女を運んでくることも度々あった。
でも、クビにはしないらしい。会社側が彼女を必要としているからだ。

眠り続けていた三日間の間に来ていた春典と春典の兄が、聡子さんが目を覚ましたと聞いて、お見舞いの品を持って彼女の姿を見て縁側で大号泣。
泣きながら「「聡子ぉ…心配したんだかんなぁ!ぐすっ……よかった…っ…よかったよぉぉぉ(大泣き)」」聡子さんをぎゅうぎゅうに抱き締めていた光景も数日経った今も鮮明に覚えている。(忘れたいのに、聡子さんが抱き締められている時、耳も顔も首も全部真っ赤になった所を見てしまったから…)
触れられることに慣れていない彼女は、男女問わず、少し触れただけでもよくリンゴのように頬が赤くなる事が多いが、それ以上に赤くなっていたのと、その時の顔が可愛かったので、とても印象に残ったのだ。
 あー… これは……
自覚せざるを得ないなと思った。
叔母から目が離せない自分の気持ちに。

「さて、どうしたもんかな…」
今、彼女はソファーに座って食べかけのシュークリームを手に持ったまま、すぅすぅと眠っている。
起こさないようにシュークリームを回収して、彼女の手を拭いた後、タオルケットをかけた。
「おやすみ、聡子さん」
眠っている彼女の頭を優しく撫でて、俺は彼女の隣に座り、本を開く。少しの眠気と彼女の温い体温がさらに眠気を誘う。
 多分、直ぐに眠っちゃうんだろうな…
背もたれに深く沈み、うとうとしながら ふふ と自然と笑みがこぼれる。
縁側の開けた戸から温かい風と日差しが部屋に差し込んでいる。
 あぁ… 静かだなぁ
「……………ふっ」
と俺の隣で小さく笑う彼女の声が聞こえたような気がしたが、眠気に負けてそのまま彼女の方にもたれて眠ってしまった。


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