短編集

灯埜

文字の大きさ
11 / 23

しあわせと

しおりを挟む
初めて失って気づく。

倒れた妻は、夫だけを忘れてしまった。
今までの行いにバチが当たったのか…

夫は妻に元気になってほしくて、笑顔になってほしくて、奮闘します。






彼女の話は妄想と嘘が入り交じっている。
彼女は皆からこう呼ばれている。
ウソツキさん。
彼女の話は現実味のある話し方をする。
夢や見たものなどを嘘と妄想で膨らませて色を付けて話す。それを聞いたクラスメイトは、彼女のことを嘘つき呼ばわりして、そのあだ名が定着してしまった。

彼女は嘘つきと呼ばれても話すことをやめなかった。楽しそうに話をする彼女にクラスの皆は呆れて聞き流し、誰一人として彼女の話を聞く人はいなかった。

でも。
彼女は妄想と嘘の話を話すとき、それが本当にあったことなんだよ!と一度だって言ったことはなかった。

本当に信じてほしいときは、本当なんだよ!!嘘じゃないよ!!と一所懸命信じてもらおうと必死になって訴える姿を見たことがある。

なら、妄想と嘘を話すのをやめたらいいのにと思うけど…、何故かやめない。

そんな彼女となんの接点もない俺は、彼女の話す物語を静かに聞いて、それを短編にして小説部門に応募するというずるいことをしていた。

もちろん面白いし現実味があるということで、一発で入選した。

それがきっかけで
歳をとった今も短編集を中心に出版する作家として活動していた。
そう。していた。
過去形だ。
ずっと、ずっと、ずぅっと、俺の小説は彼女が話していた妄想と嘘をもとに書いている。彼女の話をそばで聞いて、それを小説に変えて出版していたんだから。

だが

それは、もうできない。

なぜなら、その彼女からは笑みが消え、話さなくなったからだ 。

    ───────────────────

俺たちの人生を遡ると、出会いは中学校からだ。


中学校から彼女のクラスメイトとなった俺は、ほとんど話したことがないほど接点がなく、ただのクラスメイトの一人に過ぎなかったと思う。
彼女は、初めから妄想と嘘を言う人だったから。
面白がって聞いていた人も徐々にバカにし始めて、彼女は腫れ物扱いされるようになる。だが、そこで不登校になるわけでもなく、なんでもないような顔で普通に登校してくるのだ。なんでも、彼女の母親が厳しい人で、不登校など許さないらしい。
彼女はいつもにこにこして話をする。
ウソツキさんと呼ばれていたとしても。

俺は、面白い彼女の話を書き留めてそのまま小説にし、投稿。何度か入選をしていた。
有名な出版社の編集者から本格的に作家として活動しないかと声をかけられるくらいには。まぁ、入選を多くとったからね。
中学から執筆を始めて密かに活動し、本も出版。短編集のため連載はなかったが、雑誌に掲載するなど、範囲を広めて活動するようになった。

高校進学は、彼女とは別々になった。
だが、彼女とは時々会う。帰り道が同じなのだ。彼女の家から数キロは離れたところに俺の家がある。
彼女は嬉しそうに俺に妄想と嘘を話してくる。俺はそれを密かに録音し、後で書き起こして応募していた。
高校三年間、帰りが一緒になると彼女は嬉々として俺に話をした。俺の方を見て本当に嬉しそうに目を細めて。

大学生になって、彼女とは休日にも会うようになった。
好きな本の話をしたり、映画を一緒に見に行ったり、彼女の好きな水族館や動物園に行ったり、遠出もしたりといろいろなところに出掛けた。
デート=お出かけ  が彼女の中で定着しつつあるようで、男女の甘いデートには結び付かない様子だった。

デートと言うと、どこに行こう✨️と返ってくるので、もはや合言葉のようになっている。付き合ってるとかそういうんじゃなくて、友達と出かける感覚で使っている。

男として意識されてないというのも何だか複雑だが、特に、彼女の話が聞けなくなるのは俺の作家生命が断たれる危機があるため、それだけはどうしても避けたかった。
そのためには彼女を俺の側に置く必要があったのだ。
彼女に振り回されるデートが、ちょっと楽しかったりもするけど、彼女が楽しそうならまぁいいかとも思える。
暗い顔は彼女には似合わない。
デートをするようになってわかったことがある。
彼女の母親が足枷になっているようだ。過保護なのか執着なのかわからないが、彼女が出掛けようとすると「何しに行くの?誰か一緒?」「どこに行くの?」「今日行かなきゃならないの?」「出掛けるのやめたら?」「行く必要ないなら、家にいなさい」など自分の目の届くところにいさせようと彼女を言葉で縛り付けるため、彼女は身動きが取れないでいた。
可哀想に思い、高校の終わりに俺が彼女に友達になろうと声をかけた。同情の気持ちがほとんどだ。
じゃあ、今までは何だったんだい?という関係が俺たちにはあったが、彼女は、ウンウン!と何度も頷いて、俺の両手を取って、ブンブンと上下に振って「ありがとう!よろしくお願いします!」と道のど真ん中でしかも大声で満面の笑みを向けて歓迎された。
そのお陰か、彼女の行動範囲が広まったというのもある。一人では行かせてもらえないところでも、誰かと一緒なら行っていいと許される。泊まりも遊びに行くのも。
彼女にデートに行こうと言うと、子供のようにはしゃいでずっと嬉しそうに話をしたり、見るもの見るもの珍しいのかキョロキョロうろちょろと忙しなく動き、目を離すと直ぐにどこかに行っていなくなってしまうほど、年相応とは思えない行動が多い。
迷子の彼女を回収するのに右往左往している自分も、彼女に完全に振り回されてるなーって思う。
腹立つこともあるが、見つけたときに彼女の顔を見ると何故か怒る気が失せる。
なんかやり遂げた感半端ない顔をして迷子になってたことも忘れて笑顔で、あっちにね、すごいものがあったんだよ!と袖の服を遠慮がちに引っ張りながら楽しそうに話すから、どうにも怒る気を失くす。というか、負ける。
なんでだろ…。

大学卒業後、俺たちは自然と結婚した。
というか、彼女がやらかした。
「あなた、いつまでもそのままじゃ心配なのよ。お見合いしなさい」
母親の言葉に、お見合いが嫌な彼女は、俺の名前を出して「近々結婚するんだから!そういうのはいらないの!」
と叫んだらしい。
んで、俺に事後報告してきた。
「………お前、なにやってんの?」
「すみません…」
「なに…、母親は完全にその気で準備進めてるって?」
「……はい」
「俺の意見は?」
「……………すみません」
「すみませんじゃないだろ!どうすんだ!」
「だって、お見合い嫌なんだもん」
「だからって、俺を出汁にすんなや」
「だって…あの人が選んだ見合い相手が、ひどい束縛する人だったから、嫌なんだもん」
母親をあの人と呼ぶくらい嫌いなようだ。
「知ってる人なのか?」
「あの人が連れてきて、一度だけ会ったことある。どこにも行かせてくれなくて、あの人と似てて、ずっと軟禁されてるみたいで怖かったから…」
俯いて背中を丸めて黙ってしまった。
「………あぁーもぅ!ほら、立って!行くぞ!」
「ぐすっ……どこにぃ?」
「指輪を買いにだよ!」
「何で指輪?」
「お前を娶るために必要なの!」
「言い方面白いね」
「いや割りと本気だから。ほら、指の周り測って、デザイン選ぶよ。あ、先に銀行寄ってお金下ろしてこなきゃ…」
はぁ…とため息をついて彼女の手を引っ張って歩き出した。
この時、初めて彼女の手を握った。
あ…手。と思い、チラリと彼女の方を見ると、顔を真っ赤にしてあわあわと困った顔をしていた。なんとなくそれが可愛くて、口の端が緩む。少し笑ってしまった。
そこからはトントン拍子で事が進み、新居も見つけて二人で住むようになった。
彼女が初心すぎて、触れただけで真っ赤になり、あわあわと困った顔をして変な言動をとる。
それがまた面白い。
相変わらず妄想と嘘の話しは尽きない。
彼女は図書館司書、俺は小説家として仕事を始めた。
収入も安定してきた頃、彼女と俺の間に子供を授かった。
(Hをするときけっっこう大変だった(彼女がなにかと理由つけて逃げてた)が、……うん。その、なんというか、彼女がめちゃくちゃ可愛かったとだけ言っておこう(照照))
男の子だ。
彼女似で目がくりくりとしてて可愛らしい子だ。
よく寝る子で、比較的手のかからないおとなしい子だった。
その二年後、もう一人男の子を授かった。
(この時もめちゃくちゃ彼女が可愛かった(照照))
俺に似て活発な子だ。
ハキハキと話し、何にでも興味を持った。
彼女と二人の子は、夜寝るときに布団の上でお話を聞かせる。もちろん絵本や昔話もそうだが、彼女の妄想と嘘が主だった。
俺も椅子に座って、彼女達の側にいて、一緒になって話を聞く。
話をする前に彼女は必ず最初にこう言う。
「よく聞いて、想像してごらん。ここはね…」
そう言って話が始まる。
子どもたちは目を輝かせて、それから?✨️ねぇ、それからどうなったの!?✨️と話を急かす。
「………だったんだよ。おしまい」
「へぇー、母さんすごいね!ね!」
「俺だったら、こうしてたな!ね、母さん聞いて!」
「何々!?言ってみて」
と子どもたちの話を素直に聞いて、また話を膨らませてと尽きない話をする。
「さて、お前たち、そろそろ寝る時間だぞー」
「「「はーい!」」」
俺が毎回話を区切るため、声をかける。これ以上話し続けると寝不足になりかねない。
「お前は、こっち」
彼女の腰に手を回して軽く引くと、子どもたちのタオルケットを掴んで、抵抗する。
「あーん、まだ二人といるぅ」
「二人寝たら、こっちな」
「はーい」
「母さん、明日もお話しして」
「いいよ、今日はもう、止めが入ったからおしまい。さぁ、寝ましょう。おやすみなさい」
「「おやすみなさい」」
「おやすみ」
子どもたちのおでこにキスをして、眠るまで子守唄を歌って添い寝。そしてそのまま眠る。
「またか(笑)」と笑って、彼女をベッドまで運ぶのが俺の役目だ。
忙しいながらも子育てをして、仕事も頑張って、子ども達の反抗期にもめげず…というか彼女は喜んでた。「きゃー!うちの子が反抗期よ!(* ´ ▽ ` *)✨️」とか言って。
「うっせぇんだよ!クソババア!」と言われたその日にホールケーキ一つ買ってきて、お祝いし始めたくらいだ。チョコのプレートに『祝!反抗期!第一声うっせぇんだよ!クソババア!!』と書かれてた。
それを書かされた店員さんに申し訳なく思う。ってか、店員に何を書かせてんだあんた…。
昔、彼女には反抗をすることさえも許されなかったから、子ども達には反抗期がきて嬉しかったらしい。私に似たらどうしようと悩んでたくらいだ。
子どもたちはそれを見てバカらしくなったのか、次の日からあまり反抗しなくなった。呆れたと言うのが正しいか。
子どもたちが親から離れる時期も来た。進学してそれぞれの道に進んで、就職して、結婚して、引っ越して。
またこの家には俺たちだけになった。
仕事して、休みの日は出掛けたりと二人の時間を過ごした。
「今日は何をしようかな」
と毎日その一言から一日が始まる。
ある日、そう楽しそうに話していた数分後、彼女が台所で倒れていた。
脳梗塞だった。
目を覚ました彼女からは笑みが消えた。
俺の顔を見ても、何も言わない。無関心の様な他人行儀。
忘れてしまったのだ。記憶の一部が抜け落ちているらしい。そしてこれは俺に与えられた罰かもしれない。抜け落ちた記憶は主に俺に関しての記憶だけがないようだ。
毎日家族写真を眺めてたり、窓の外を眺めてたり…。
俺が側にいることが彼女にとっては違和感でしかないようだ。
俺の小説も行き詰まり、妻の看病のためという理由で休載した。

2ヶ月入院し、脳梗塞の後遺症もなく無事に退院した。

医師からは、これは脳梗塞の後遺症ではなく、倒れた時に強く頭をぶつけた可能性がある。そのため生活の中で何かきっかけがあれば、思い出すそうだ。一時的な記憶喪失。

  ───────────────────────

わかってはいるが

もう、彼女の口からは妄想と嘘を聞かなくなった。

灰色の日常になりつつあったある日のこと、次男から電話きた。
『父さん、今日面白い本見つけてね』
「うん」
『俺たちが昔、母さんが寝る前に話してくれた話しがさ、本になってるのを見つけてね。これ、父さんのだろ?』
「…よく話の内容覚えてたな」
『まぁね、あの頃は楽しかったからね。今では俺も子ども達に寝る前にさ、母さんとおんなじことをしてるよ』
「懐かしいな」
「『よく聞いて。想像してごらん!』」
『そうそうその言葉(笑)懐かしいなぁ…、楽しそうに話す母さんの顔、まだ俺覚えてるよ』
「……あぁ、俺もだ……」
『でね、父さんの小説の中にさ、" 親元を離れていった子ども達から数年後に手紙が届いた。「母さんが昔、よく聞いて。想像してごらん!と言って、嬉しそうに楽しそうに話してくれたお話をもっと聞きたい、あれがないと眠れないんだ」と書いてあった。母親は毎日、子ども達の事を思って妄想と嘘を書き綴った。そこから手紙のやり取りが始まった。 " ってあるだろ』
「そういえば、書いたな」
『あれを実現しようと思うんだ。実は、兄さんにも声をかけててね、多分もう手紙書き始めてるんじゃないかな?』
「何を…」
『父さんの著書、まだないかなと思ってかき集めてたらさ、父さんが中学生の頃に書いてる本を見つけてね。あれ、全部母さんが話してたお話だろ。読んだら全部面白くて、兄さんに送ったら、兄さんが子どもたちに寝る前に読んであげてるんだって。よく聞いて。想像してごらん!って言ってさ(笑)』
「なんか恥ずかしいな…。でも…そっか、そぅか」
『だから、母さんの話が妄想と嘘で全て出来ているなら、一つくらい本当にしようよ。母さん、何か思い出すかもしれないよ』
「いいアイデアだが、うまくいくだろうか…」
 彼女の記憶が戻るなら、何でも試す価値はある。だが…、俺の心はすでに限界を迎えていた。ノイローゼ。とまではいかないが、あまり話さなくなり、他人行儀になってしまった彼女は笑わなくなり、塞ぎがちに窓の外を眺める日が多くなった。俺も彼女の前では話さないし笑わない。面白くない。ただ同居しているだけの人になりつつあった。
『手紙、多分明日くらいに届くんじゃないかな?父さん、母さんにそれとなく手紙渡して話しかけてみてよ。全ては小説家の父さんにかかってるんだからね』
「ははは、こりゃあ責任重大だな」
『そうだよ!責任重大さ!落ち込んでる場合じゃないよ!まずは父さんが元気にならなきゃ!』
「そうだな、わかったよ。とりあえず、明日、やってみるよ」
『うん!明日また電話する。おやすみ、父さん』
「おやすみ」
  プツッ  ツー ツー ツー ツー ツー
パン!と自分の両頬を勢いよく両手で叩く。
 うん…痛い …だが
「よし!」
気合いは入った!
明日は君を笑顔にさせてみせる。
絶対に。

次の日から、俺は彼女に寝る前にお話を読み聞かせることにした。
子ども達に読んであげていて絵本や昔話、彼女が話していたオリジナルの話も読んだ。
最初こそ嫌がって両耳を塞ぎ、タオルケットを頭までかぶって無視をしていた彼女は、少しずつ聞くようになった。
毎日、毎日、毎日続けた。
聞いてなくても無視してても関心がなくても。
毎日続けた甲斐があり、俺に隣で一緒に寝転んでいいと言ってくれた。本を読む言葉に耳を傾けて、時々 ふふふっ と横で小さく笑う様になった。

子どもたちからは手紙が届き、小さい頃、寝る前に聞かせてくれた物語が聞きたいと書いてあった。
彼女は最初戸惑ったが、時間をかけてカリカリと書いている。
話も徐々にするようになった。まぁ、まだぎこちないけどね。
俺の冗談話しにも少しずつ笑うようになった。
彼女の笑顔を見て、俺もつられて笑うようになった。

毎日の積み重ねって、大事だなと痛感することもある。家事とか料理とかいろいろ…。

そうして一年、頑張って彼女に接してきた。
初めて喧嘩もした。

初めて一緒に映画を見て泣いた。

初めて彼女に振る舞う料理作って、失敗して焦がして、彼女に気を遣わせてしまった。

初めて洗濯して、ポケットにティッシュ入ってるの知らずに洗濯して悲惨なことになった。

出掛けたとき、彼女がふらりとどこかにいなくなって初めて不安にかられて、必死に探した。

彼女が熱を出して、何食べたいか聞くと、初めてリクエストしてくれた「梅卵粥雑炊…」。えぇ!?💦どっち食べたいの?💦と聞き返すと、彼女は熱に耐えられなくなって寝てしまっていたので、迷ってどっちも作った。晩御飯がお粥と雑炊になった。

初めて彼女がお酒を俺の目の前で飲んだ。弱くて、一口飲んで倒れた。介抱すると彼女は抱きつく癖とかなりのキス魔だった。

初めて彼女が俺に、息子達に当てて書いた手紙の内容を見せてくれた。
「あなたの小説のようには出来ないけど、子どもたちは喜んでくれるかしら…」
「そんなこと気にしなくていいんだよ。大丈夫!喜んでくれるさ!読んでいいかい?」
「え、えぇ、ふふ…なんだか恥ずかしいわ💦」
すらすらと読み進めていく。うん、やはり面白い。
俺への記憶がなくても、昔も今も変わらない彼女が思い描く物語だ。
「ふっ、ふふ、くふふ… あはは、なんでそうなるかなぁ。ふふ、ふ、バカだなぁ(笑)」
物語はほぼギャグが多かった。面白い。
「あ………」
「ん?わ!どうしたんだい?!」
彼女が急に頭を押さえて、その場にへたりと座り込んだ。
「あ…ぁ……あ」
「大丈夫かい!?ちょっと待ってろ!すぐに救急車を」
「違うの!!」
携帯を取り、番号を押そうとする指を彼女がおもいっきり掴んで、叫んだ。
「え!?…なにが」
「なんか頭にね、こう、ガッ!てきたの。私その顔知ってる。見たことある」
「???誰の顔?どの顔??」
キョロキョロと周りを見て、思い当たる人物を探そうと彼女に聞く。
「あなたのその顔」
「俺の……どの顔??」
「その、バカだなぁって笑ったときの顔が…」
「変顔だった…とか?」
「違う。私、昔から好きだったなぁって、思い出したの」
「好…は!?」
彼女に急に好きと言われてボッッ!と顔が熱くなった。
 まさかの不意打ちだ…(照)
「あ!頭は!?」
「少し痛い」
「病院行く!?」
「変だったら、行くよ」
「わかった。我慢しないで必ず言ってね」
「うん。でね、何で好きかって思い出したの」
「あのさ…、その話まだ続けるの?」
照れて顔をそらしてしまったが、彼女は「うん、聞いてほしい。大事なことだと思うし」と言って、目をつむった。
「わかった、ちゃんと聞く。そのためにはまず、床からソファーに移動しませんか?」
「そうだね、行こう」
俺は彼女の手を取って立ち上がるのを手伝い、そのままソファーに誘導し、座らせた。俺も隣に座って、聞く体勢を取った。
「ありがとう。でね、思い出したんだけど、あ、一部だけなんだ…全部じゃないから、怖いとこでもあるんだけどね。あなたのそのバカだなぁって言って、顔をくしゃくしゃにして笑うところとか好きだったんだよね」
「ん、それで?」
「記憶も断片的なんだけどね、中学生の姿の皆が私を見て笑ってる顔とあなたが笑ってる顔がね、なんか違うの」
「?どう違うの?」
「皆は私をバカにしているような笑い方をしてるの。バカだなぁ!って。でも、あなたは私の話を聞いて笑ってくれてる言い方をしているの。バカだなぁって」
「あ、あぁ、まぁ…その、なんだ、捉え方なのかな」
「あなたのは…そう、優しい感じ。うーん…なんていうのかな……難しい」
「怖くない感じ?とか?」
「んー…そんな感じ、かなぁ」
「なんかふわふわしてるね」
「うん。なんかね、あぁ、懐かしいなぁってじわじわとねきてる。 …ふふ…あれ?なんでだろ……」
彼女が笑いながらポロポロと目から大粒の涙を流して急に泣き出した。
「わわわティッシュティッシュ!どうしたの!?」
テーブルの上にあった箱ティッシュを急いで取り、数枚取って、彼女に渡した。
涙でぐじゃぐじゃになっている彼女は、ティッシュで目と顔を拭くが、涙は後からあとから溢れてきて治まらない。
「ごめんね、…悲しくないのになんだか胸がきゅうっってなって苦しい…ごめん、なさい…」
「いいんだよ、沢山泣いて」
「嫌いにならない?」
「嫌いになんてならないよ」
「……あの、っね……ずっと、ひっ、謝らないとって、思ってい、たのっ」
しゃくり泣きしながら、合間合間に言葉をこぼす。
「何をだい?」
「あなたを……忘…て……ぐすっ……ご…め、なさ、………ぅっ……ふえぇえぇぇぇん」
「なんだ、そんなことかい。気にしなくていいんだよ。って言ったら嘘になるけど…君といると俺は毎日が楽しいんだ。大変なこともあるけど、倒れた後、笑わなくなった君を見てすごく辛かった。でも子どもたちに助けられて、君との警戒心も解けて、君の笑顔も日に日に増えてきて」
「………」
「俺は、嬉しいんだよ。すっっごくね!」
「………ぅん」
「それにほら、さっきみたいに何か思い出してさ、あぁ、懐かしいなぁって思って話してくれたらチャラだよ」
「…………ふっ………そんな、簡単に」
「言っていいんだよ、俺はね」
「私がおかしなこと言っても、馬鹿にしない?」
「しないよ。君の話す物語は俺も好きだし」
「小説にしてるんでしょ?」
「……バレてたのか。そう、面白いからね」
「息子達からの手紙で知ったの。あなたの小説は私の話をもとに書いてるんだよって」
「マジか…ごめんね、勝手に採用して」
「いいの。私のつまらない話を面白く書いてくれてるんですもの。あなたが読んでくれた本、面白かったわ」
「(あれは君の話しまんまなんだけどな…)それは、良かった」
「あの…ね、……これからも私の側にいてくれますか」
彼女が俯いてもじもじしながら、遠慮がちに聞いてきた。
「当たり前だろ。俺は、お前がす、すすすすす」
 だぁぁぁぁあ!なんでこう、好きが言えないかな俺!
「?」
「好き…というか、その、大、すき、だからな!!」
 言った!!俺はヘタレじゃな …そう言えば結婚してから彼女に好きと言ったことがないな。結婚式の時に「誓います」の言葉以来だ。愛してるも言ったことがない。今思えば最低だ、俺。
今となっては、俺を忘れた彼女に俺のことどう思ってた?なんて聞けなくなった。確めることもできない。
「俺、お前のこと大切にするから」
 昔のことなんていいから
「どうしたの?急に💦」
「前よりももっと大切にして、お前を支えていくから!」
 違う そうじゃなくて あれ?なんで…
「どうして泣いてるの?💦」
「だから、早く俺を思い出して…ほし…っ……」
 そうだ なんで俺を忘れたんだよ… 止まらない
自然と口から出た言葉なのに、自分の気持ちに気づいてしまった。今度は俺が泣き出す。涙が止まらない。
 あぁ…俺は寂しかったんだなぁ。
「あぁどうしよう💧大丈夫?💦💦」
「お前を沢山笑わせられるように頑張るから」
 だから…
「えっと、どうしたら…」
「だから、俺から離れないで、ください」
「はい」
「え?」
俺の言葉への返事かと思ってビックリしてしまった。即答だったから。
「泣かないで💦」
彼女は、さっき俺があげたティッシュ(使いかけ)を俺の目元に持ってきて、丁寧に拭いている。そしてもう一枚、俺の手にティッシュを渡す。
「あ、うん、ありがとう…」
「大丈夫、今あなたの側にはほら、私がいるからね。寂しくないよ。大丈夫でしょ?ね?💦」
笑顔で子どもをあやすように背中をポンポンと優しく叩かれて少し恥ずかしかったが、俺の手を握ってくれる彼女の手にすり と頬を寄せる。
「うん、だいじょうぶ」
「ふふ、よかった」
頬を寄せた手にキラリと結婚指輪が光る。
「あれ?色褪せてないね」
「何が?」
「指輪」
「これね、引き出しの中から写真と一緒に見つけたの」
「写真?」
「そう。なんかね、とても大切なものなんだなぁって思って、定期入れの中に入れて大切に持ってるよ。ほら、これ」
彼女が退院してから肌見放さず持って歩くようになった定期入れをポケットから出して、中から写真を一枚取り出して見せてくれた。
「これ、結婚式の時の写真だね」
「そうみたいね」
「指輪と一緒に入ってたの?」
「うん。でね、写真の裏に書いてあった言葉が、この人は私にとって大切な人だったんだなぁって感じたんだよね」
写真を裏返すと" 私の愛しい旦那さん "と書かれていた。
「…………」
グワーッと顔が熱くなる。サッと片手で顔を隠す。
「照れなくてもいいのに」
「照れてない」
他人事のように話す彼女は、写真を定期入れに戻した。
「なんで指輪をしたの?」
「んー…なんでだろ…、見つけた時になんだか気持ちがさ、この指輪しなくちゃって思って、気づいたらしてたの。見るたびに安心してる自分がいるから、今もしてるんだよ」
「そっか。ふふ なら、ずっとしてて」
「なんで?」
「俺とお揃いの唯一のものだから」
「っ…」
彼女の手を取って、手の平に優しくキスをする。
抵抗したらやめようかなと思ったけど、ビクッとして顔を赤くしてたけど、何も抵抗してこなかったから手の平にキスを許してもらった。
少しの甘えと満たされる心にふにゃりと笑みがこぼれる。

彼女はくすぐったいよと笑っていた。



彼女は気づいてないみたいだけど、指輪にはもう一つ秘密がある。
指輪には、お互いの名前が掘ってある。
結婚の時、自分の名前の指輪を自分ではめて持っていた。
「しわくちゃに歳をとってもまだ私たちが夫婦だったら、指輪にお互いの名前を隣に入れて、交換するの。素敵でしょ?」
という彼女の提案だった。それまでは、自分達の名前の指輪を持っているという約束をした。

彼女が倒れるずっと前に、彼女の指輪と俺の指輪をこっそり交換した。彼女が気づいてこれ私のじゃないよ と困った笑顔で言ってくるのを俺はずっと待っているんだ。
今もずっと待ってる
彼女から言ってくるのを

もし言ってきたら何て返そうか今もずっと考えてる

今もずっと

それを楽しみに、彼女と今日も過ごす
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...