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5.謎のホームレス
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「うわ」
公園近くの川の土手沿いを歩いていると、考え事をしていたせいで足元の物体に気づかずに躓いてしまう。反射的に強く目を閉じると、ふわりと体が浮いて押し戻してくれた。誰かが腰を支えて立たせてくれたらしい。
「ごめん大丈夫?」
足元にいたのは黒い毛糸の帽子をかぶった男だった。顔は長い前髪でよく見えないが、くすんだ灰色の髪と赤い瞳が少し見えた。服装も布やワッペンなどで繋ぎ合わせた見窄らしいもので、若いが多分ホームレスの人だ。
まさかこんな草むらで寝ていたとは気づかなかった。ここら辺はホームレスがよく住処にしている場所だったはず。足元をよく見ていなかった自分が悪い。
「え……あ、こちらこそすみません。転ばずに済みました」
頭をぺこりと下げてそのまま立ち去ろうとすると、男の腹から盛大な空腹の音が鳴った。
「あ……お腹、すいているんですか」
「ここで寝てて、気が付いたら丁度昼時だなって……」
毛糸帽の男は苦笑するようにお茶目に笑う。なんとなくだが、悪い人ではなさそうだ。
ホームレスか。前世の時も昼時には公園によくホームレスがいてゴミ箱を漁っていた。臭くて汚いという印象が強いかもしれないが、話してみると意外にもそんな悪い人はいなかったし、元は普通に働いていた気のいいおっちゃんばかりだった。だからきっとこの人もいろいろ苦労してこうなったんだなと思いながらカバンを漁った。
「あの、よかったら……これどうぞ」
「これは?」
カバンの中に入っていたロールパンとクロワッサンを差し出す。形が崩れてしまっているけど、味は冷えてもそれなりに食べられるはず。
「お昼にと思って自分で持っていたんですけど、俺はそこまで腹が減ってないのであなたにどうぞ。空腹そうな人にわけてあげたら親も喜ぶかなって」
「でも、キミのでしょ?」
「実家がパン屋であまりものなんで気にしないでください」
そうしてもう一度差し出すと、フードの男はそれを恐る恐る手に取って一口だけ頬張った。
「っ!とっても美味しい。こんな美味しいパン食べたことないよ」
毛糸帽の男の目が偽りもなくキラキラ光った。そんなに美味しいのだろうか。まあ両親のパンは代々歴史ある老舗のパン屋なので、それなりに味には自信がある平民御用達店だ。普通のパン屋より半額で買えるほど安くて美味しいをモットーに作っているので、地元のローカルフードとして人気ではある。が、今は客が閑古鳥だなんて悪夢だ。
「あはは、そんな大げさな……」
ホームレスの人からすればなんでも美味しく感じるのかもしれない。ゴミ箱を漁って食べ物を探す毎日は大変だろうと思う。
「大げさなんかじゃないよ。キミの家のパンはボクの知ってるパン職人とかより美味しい」
「ありがとう、ございます。ちなみにそのクロワッサン作ったの俺なんですよ」
「キミが作ったの。すごいなあ。こんな美味しいクロワッサンなら毎日食べたいなぁ。これでも口が肥えてる方だからよくわかるんだ」
「そうなんですか?」
「うん。ねえ、もっと食べたいんだけど……キミのパン屋はどこにあるの?」
「あ、あの並木道通りのすぐそばに……」
「案内してくれる?」
よほどお腹がすいていたのか二つのパンをあっさり平らげて立ち上がる。
身長が高い男だと思った。手足が長く、姿勢もスタイルもとてもいい。前世の記憶があるとはいえ、まだまだ子供身長な自分とは大違いだ。でも見た目はホームレスなので訳ありなのかも知れない。
「……こ、こっちです」
お客が来てくれるなら嬉しいけれど、でも今の実家の現状を知ると彼も離れていくかもしれない。オメガがいる店だって。
「楽しみだな~」
「もうすぐですよ」
見知らぬホームレスの男を案内して警戒心がないのかと自分でも思うけど、なんとなくこの人は大丈夫だと確信めいたものがあった。どうしてかわからない。
あの瞳に見つめられたら自然と警戒心が薄れて接していたのだ。自分のパンを美味しそうに食べてくれたという個人的な理由もあるけれど、妙に安心するのだ。
「ねえ、キミからいい匂いがする」
「え、そうですか?何もつけてないけど、パンの匂いかも」
「えーでも甘い花の匂いがするんだけど……気のせいかな」
「花?さっき通った街道に花畑があったんで匂いが移ったんでしょう」
そんな会話をしながら10分程度で実家のパン屋の前にやってきた。昼時でいつもならたくさんのお客でにぎわっているはずが、一部の懇意にしている常連客数名しか客がいなかった。客が一人もいないというわけではなさそうでよかったけれど、それでも売り上げは雀の涙程度しか儲けがなさそうだ。
「あそこが俺のパン屋です」
「あんなに美味しいのに……あんまりお客さんいないね……」
「それは……ちょっと、いろいろあって……」
パスカルが言い淀んでいると、店の前から大声が聞こえてきた。
「オメガがいる店なんて誰が来るかよ。気持ち悪い」
「美味しい店だと思ってたけど、娼婦がいる店なんて汚い感じがする」
「おれアルファだからヒートってやつにあてられたらマジ怖いし~~」
元客だった者達が好き勝手に侮辱する台詞を吐いている。それに対して、働いている両親は気にしないで他の客を接客している。常連客は気の毒そうな視線を送っているが関わりたくなさそうだ。訳ありなのかもしれないと察して今日限りで来なくなるかもしれない。
パスカルだって好きでレアオメガに生まれたわけじゃない。
普通に平凡に生きたかった。前世ではこんな差別的な目にあった事がないだけに、実際に巻き込まれると心にぐさりとくるものだ。なんでよりにもよってレアオメガなんだって、神様に文句を言ってやりたいくらいに凹んでいる。くどいようだが、ゲームの設定通りなら自分はベータだったはずなのにどうして。
「キミの家……誰かオメガがいるの?」
「……ぁ、あの、う、うん……おれ、です……」
やはりここにいるといろんな人にバレてしまう。この人にも。
公園近くの川の土手沿いを歩いていると、考え事をしていたせいで足元の物体に気づかずに躓いてしまう。反射的に強く目を閉じると、ふわりと体が浮いて押し戻してくれた。誰かが腰を支えて立たせてくれたらしい。
「ごめん大丈夫?」
足元にいたのは黒い毛糸の帽子をかぶった男だった。顔は長い前髪でよく見えないが、くすんだ灰色の髪と赤い瞳が少し見えた。服装も布やワッペンなどで繋ぎ合わせた見窄らしいもので、若いが多分ホームレスの人だ。
まさかこんな草むらで寝ていたとは気づかなかった。ここら辺はホームレスがよく住処にしている場所だったはず。足元をよく見ていなかった自分が悪い。
「え……あ、こちらこそすみません。転ばずに済みました」
頭をぺこりと下げてそのまま立ち去ろうとすると、男の腹から盛大な空腹の音が鳴った。
「あ……お腹、すいているんですか」
「ここで寝てて、気が付いたら丁度昼時だなって……」
毛糸帽の男は苦笑するようにお茶目に笑う。なんとなくだが、悪い人ではなさそうだ。
ホームレスか。前世の時も昼時には公園によくホームレスがいてゴミ箱を漁っていた。臭くて汚いという印象が強いかもしれないが、話してみると意外にもそんな悪い人はいなかったし、元は普通に働いていた気のいいおっちゃんばかりだった。だからきっとこの人もいろいろ苦労してこうなったんだなと思いながらカバンを漁った。
「あの、よかったら……これどうぞ」
「これは?」
カバンの中に入っていたロールパンとクロワッサンを差し出す。形が崩れてしまっているけど、味は冷えてもそれなりに食べられるはず。
「お昼にと思って自分で持っていたんですけど、俺はそこまで腹が減ってないのであなたにどうぞ。空腹そうな人にわけてあげたら親も喜ぶかなって」
「でも、キミのでしょ?」
「実家がパン屋であまりものなんで気にしないでください」
そうしてもう一度差し出すと、フードの男はそれを恐る恐る手に取って一口だけ頬張った。
「っ!とっても美味しい。こんな美味しいパン食べたことないよ」
毛糸帽の男の目が偽りもなくキラキラ光った。そんなに美味しいのだろうか。まあ両親のパンは代々歴史ある老舗のパン屋なので、それなりに味には自信がある平民御用達店だ。普通のパン屋より半額で買えるほど安くて美味しいをモットーに作っているので、地元のローカルフードとして人気ではある。が、今は客が閑古鳥だなんて悪夢だ。
「あはは、そんな大げさな……」
ホームレスの人からすればなんでも美味しく感じるのかもしれない。ゴミ箱を漁って食べ物を探す毎日は大変だろうと思う。
「大げさなんかじゃないよ。キミの家のパンはボクの知ってるパン職人とかより美味しい」
「ありがとう、ございます。ちなみにそのクロワッサン作ったの俺なんですよ」
「キミが作ったの。すごいなあ。こんな美味しいクロワッサンなら毎日食べたいなぁ。これでも口が肥えてる方だからよくわかるんだ」
「そうなんですか?」
「うん。ねえ、もっと食べたいんだけど……キミのパン屋はどこにあるの?」
「あ、あの並木道通りのすぐそばに……」
「案内してくれる?」
よほどお腹がすいていたのか二つのパンをあっさり平らげて立ち上がる。
身長が高い男だと思った。手足が長く、姿勢もスタイルもとてもいい。前世の記憶があるとはいえ、まだまだ子供身長な自分とは大違いだ。でも見た目はホームレスなので訳ありなのかも知れない。
「……こ、こっちです」
お客が来てくれるなら嬉しいけれど、でも今の実家の現状を知ると彼も離れていくかもしれない。オメガがいる店だって。
「楽しみだな~」
「もうすぐですよ」
見知らぬホームレスの男を案内して警戒心がないのかと自分でも思うけど、なんとなくこの人は大丈夫だと確信めいたものがあった。どうしてかわからない。
あの瞳に見つめられたら自然と警戒心が薄れて接していたのだ。自分のパンを美味しそうに食べてくれたという個人的な理由もあるけれど、妙に安心するのだ。
「ねえ、キミからいい匂いがする」
「え、そうですか?何もつけてないけど、パンの匂いかも」
「えーでも甘い花の匂いがするんだけど……気のせいかな」
「花?さっき通った街道に花畑があったんで匂いが移ったんでしょう」
そんな会話をしながら10分程度で実家のパン屋の前にやってきた。昼時でいつもならたくさんのお客でにぎわっているはずが、一部の懇意にしている常連客数名しか客がいなかった。客が一人もいないというわけではなさそうでよかったけれど、それでも売り上げは雀の涙程度しか儲けがなさそうだ。
「あそこが俺のパン屋です」
「あんなに美味しいのに……あんまりお客さんいないね……」
「それは……ちょっと、いろいろあって……」
パスカルが言い淀んでいると、店の前から大声が聞こえてきた。
「オメガがいる店なんて誰が来るかよ。気持ち悪い」
「美味しい店だと思ってたけど、娼婦がいる店なんて汚い感じがする」
「おれアルファだからヒートってやつにあてられたらマジ怖いし~~」
元客だった者達が好き勝手に侮辱する台詞を吐いている。それに対して、働いている両親は気にしないで他の客を接客している。常連客は気の毒そうな視線を送っているが関わりたくなさそうだ。訳ありなのかもしれないと察して今日限りで来なくなるかもしれない。
パスカルだって好きでレアオメガに生まれたわけじゃない。
普通に平凡に生きたかった。前世ではこんな差別的な目にあった事がないだけに、実際に巻き込まれると心にぐさりとくるものだ。なんでよりにもよってレアオメガなんだって、神様に文句を言ってやりたいくらいに凹んでいる。くどいようだが、ゲームの設定通りなら自分はベータだったはずなのにどうして。
「キミの家……誰かオメガがいるの?」
「……ぁ、あの、う、うん……おれ、です……」
やはりここにいるといろんな人にバレてしまう。この人にも。
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