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43.メルの後悔と慟哭
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もう逢えない。それどころか、パスカルが死んでしまうのだ。残り少ない寿命をシェルターで終えようとしている。すべてが手遅れだったのだ。
メルキオールは茫然自失に立ち尽くし、次第に薄笑いを浮かべて目尻には涙が浮かび上がっていた。
「はは……どうして手遅れにならないと気づけないんだろうな。もっと早くから気づいていればよかった……」
はたはたと雫が木のテーブルにシミを作っていく。気が付いたら頬からとめどなく涙が零れ落ちては止まらない。
「レアオメガだという事も、パスカルの素性を調べておけばすぐに把握できたのに。何より、自分が早くからパスカルの運命の番かもしれない事に気づくべきだった。ほんと……何をやっているんだろうな、オレは……。オレのせいでパスカルが死んでしまう……」
「メル君……それは違うよ」
「いえ、オレのせいです。もっと、早くにパスカルに気持ちを伝えておけばよかった!好きだって伝えていればよかった!運命の番だって気づけていればシェルターになんて行かせなかったのにっ!ほんと……ほんとオレのせいだ!オレの……っ!」
ガタンとその場に跪き、両手を床についてむせび泣く。
「メル君、自分を責めないで」
「っ……」
「誰のせいでもない。遅かれ早かれ、こうなっていた。どうする事もできなかったのよ」
自分自身に怒りが抑えきれず、慟哭するメルをパステルが背中をさする。いつも寡黙で冷静な皇太子は、今はただの一人の脆い青年に見えた。こんなに慟哭するメルキオールを見るのは初めてだと、他の部下達も驚きながらも気の毒そうに眺めていた。
「ねえ、メル君……キミはパスカルの運命の番、なの?」
涙目になっているベーカー夫妻がメルに質問をする。悄然とそれに答えようとすると――……
「殿下、まだあきらめるのは早いですぞ!」
側近のセバスチャンが急に声をあげた。メルは俯いていた顔をあげる。
「オメガシェルターはたしかに入ってしまえば二度と逢う事はできんでしょう。普通の者ならば。しかし、運命の番なら話は別な事は知っていますな?」
「っ……!」
メルの瞳に希望の光が宿っていく。
「たしかに、そう、だったな……。オレが……運命の番なら……逢える、かもしれない。動転して、忘れていた……っ」
すぐにぐいっと腕で流れ落ちる涙を拭う。
「すぐにシェルターに向かう。一刻も早く番にならないとパスカルが危ない。お前達、馬車を出せ」
「は、はいっ!」
その日の昼下がり、パスカルの病室に看護師がいつも通り点滴交換に訪れた。ノックをして鍵を開けて静かに扉を開ける。ノックをする前から返事がなかったので訝しげに中を見ると、
「パスカル君、点滴を交換をs……パスカル君!?大丈夫!?」
床には大量の血だまりが出来ており、その中心に本人が苦しそうに荒く呼吸を吐いていた。
「っ、は……は、はあ……ごほっごほっ」
胸が苦しい。眩暈がして、視界もぼやけている。血の味しかしない口の中はさらに息苦しくてたまらない。
「しっかりしてね!今、先生を呼んできますから。誰か!誰か先生を呼んできて!」
バタバタと看護師が慌ただしく走る音が聞こえる。薄れゆく意識の中で、もうあの世に逝くのかとなんとなく悟った。
「メル……」
自分にしか聞こえない小声で、大好きな人の名前を呼んだ。目の前には微笑む大好きな顔が見えていた。
*
シェルターの場所はパスカルの主治医だったエミリーに訊ね、彼女も同行する事ですんなり見つける事が出来た。用がなければ通る事のない静かな山奥にそれは建っており、まるで刑務所かと思わせる外観に一同は驚く。
「これはこれはアカシャのメルキオール皇太子殿下。はるばるこんな山奥のシェルターに何か御用でしょうか」
このシェルターを管理する初老を過ぎた医者が恭しく頭を下げる。
「パスカル・ベーカーに逢いたい。面会はできるか?」
「申し訳ございません。いくらメルキオール殿下とはいえ、おいそれと中へ入れる事はできません。そういう決まりなのは殿下もご存じでしょう」
受付の者が強い口調でそう言った。たしかにそういう決まりだ。
数十年前、メルキオールの祖父がまだ陛下だった頃にレアオメガ対策としてこの施設を作り、安全上の問題で王朝貴族の出入りすら禁止にさせた。それだけレアオメガのフェロモンの濃度は凄まじく、壁を隔てていなければ10M離れているアルファでさえ気狂いさせてしまうものだから、厳重に管理されるのも無理はない。
「知っている。だが、運命の番だと話は別だろう?」
「ええ。それを証明できるものはございますか?」
「それは……ない……。もしかして証明できるものが無ければ入れないのか?」
「そうです。ですが、検査くらいならこちらで簡単にできます。よく運命の番だと偽造の申告をして入ろうとする者もいるので、確実に運命の番かどうかを判断するために血液検査が可能となりました」
「そうか……なら、頼む。どんな検査でもする。調べてほしい」
「かしこまりました。では殿下はこちらに。安全上のため、殿下と側近の方一名と医者以外は外でお待ちください」
メルキオールは茫然自失に立ち尽くし、次第に薄笑いを浮かべて目尻には涙が浮かび上がっていた。
「はは……どうして手遅れにならないと気づけないんだろうな。もっと早くから気づいていればよかった……」
はたはたと雫が木のテーブルにシミを作っていく。気が付いたら頬からとめどなく涙が零れ落ちては止まらない。
「レアオメガだという事も、パスカルの素性を調べておけばすぐに把握できたのに。何より、自分が早くからパスカルの運命の番かもしれない事に気づくべきだった。ほんと……何をやっているんだろうな、オレは……。オレのせいでパスカルが死んでしまう……」
「メル君……それは違うよ」
「いえ、オレのせいです。もっと、早くにパスカルに気持ちを伝えておけばよかった!好きだって伝えていればよかった!運命の番だって気づけていればシェルターになんて行かせなかったのにっ!ほんと……ほんとオレのせいだ!オレの……っ!」
ガタンとその場に跪き、両手を床についてむせび泣く。
「メル君、自分を責めないで」
「っ……」
「誰のせいでもない。遅かれ早かれ、こうなっていた。どうする事もできなかったのよ」
自分自身に怒りが抑えきれず、慟哭するメルをパステルが背中をさする。いつも寡黙で冷静な皇太子は、今はただの一人の脆い青年に見えた。こんなに慟哭するメルキオールを見るのは初めてだと、他の部下達も驚きながらも気の毒そうに眺めていた。
「ねえ、メル君……キミはパスカルの運命の番、なの?」
涙目になっているベーカー夫妻がメルに質問をする。悄然とそれに答えようとすると――……
「殿下、まだあきらめるのは早いですぞ!」
側近のセバスチャンが急に声をあげた。メルは俯いていた顔をあげる。
「オメガシェルターはたしかに入ってしまえば二度と逢う事はできんでしょう。普通の者ならば。しかし、運命の番なら話は別な事は知っていますな?」
「っ……!」
メルの瞳に希望の光が宿っていく。
「たしかに、そう、だったな……。オレが……運命の番なら……逢える、かもしれない。動転して、忘れていた……っ」
すぐにぐいっと腕で流れ落ちる涙を拭う。
「すぐにシェルターに向かう。一刻も早く番にならないとパスカルが危ない。お前達、馬車を出せ」
「は、はいっ!」
その日の昼下がり、パスカルの病室に看護師がいつも通り点滴交換に訪れた。ノックをして鍵を開けて静かに扉を開ける。ノックをする前から返事がなかったので訝しげに中を見ると、
「パスカル君、点滴を交換をs……パスカル君!?大丈夫!?」
床には大量の血だまりが出来ており、その中心に本人が苦しそうに荒く呼吸を吐いていた。
「っ、は……は、はあ……ごほっごほっ」
胸が苦しい。眩暈がして、視界もぼやけている。血の味しかしない口の中はさらに息苦しくてたまらない。
「しっかりしてね!今、先生を呼んできますから。誰か!誰か先生を呼んできて!」
バタバタと看護師が慌ただしく走る音が聞こえる。薄れゆく意識の中で、もうあの世に逝くのかとなんとなく悟った。
「メル……」
自分にしか聞こえない小声で、大好きな人の名前を呼んだ。目の前には微笑む大好きな顔が見えていた。
*
シェルターの場所はパスカルの主治医だったエミリーに訊ね、彼女も同行する事ですんなり見つける事が出来た。用がなければ通る事のない静かな山奥にそれは建っており、まるで刑務所かと思わせる外観に一同は驚く。
「これはこれはアカシャのメルキオール皇太子殿下。はるばるこんな山奥のシェルターに何か御用でしょうか」
このシェルターを管理する初老を過ぎた医者が恭しく頭を下げる。
「パスカル・ベーカーに逢いたい。面会はできるか?」
「申し訳ございません。いくらメルキオール殿下とはいえ、おいそれと中へ入れる事はできません。そういう決まりなのは殿下もご存じでしょう」
受付の者が強い口調でそう言った。たしかにそういう決まりだ。
数十年前、メルキオールの祖父がまだ陛下だった頃にレアオメガ対策としてこの施設を作り、安全上の問題で王朝貴族の出入りすら禁止にさせた。それだけレアオメガのフェロモンの濃度は凄まじく、壁を隔てていなければ10M離れているアルファでさえ気狂いさせてしまうものだから、厳重に管理されるのも無理はない。
「知っている。だが、運命の番だと話は別だろう?」
「ええ。それを証明できるものはございますか?」
「それは……ない……。もしかして証明できるものが無ければ入れないのか?」
「そうです。ですが、検査くらいならこちらで簡単にできます。よく運命の番だと偽造の申告をして入ろうとする者もいるので、確実に運命の番かどうかを判断するために血液検査が可能となりました」
「そうか……なら、頼む。どんな検査でもする。調べてほしい」
「かしこまりました。では殿下はこちらに。安全上のため、殿下と側近の方一名と医者以外は外でお待ちください」
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