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九章それぞれの恋模様

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「あたし……母親がソープ嬢でさ、相田拓実の父親である相田拓郎が母を無理やり襲ってデキたのがあたしなんだ」
「え、ええっ」

 唐突に篠宮が過去を口にし出した。なんとも反応に困るような生まれた理由だ。俺や宮本君は驚きだが、矢崎は知っていたのか特に動揺を感じていない様子だった。

「だから、望まれて生まれてきた人間じゃなかった。小さい頃からあたしは常に母親からいないものと扱われて、ほぼ放置されていたのさ。物心がついた時から……母親はあたしに関心なくてね」

 ネグレクトか。放置も虐待だよな。結構つらい過去なのに、篠宮は普通の思い出を語るみたいな顔で自分の事を話す。

「母親はそれでも声をかければ返事をしてくれたし、最低限の会話はあった。小学五年の頃までは放置気味ではあったけど、ちゃんと育ててくれた。幸せとは言い難かったけど、満足してたんだ。でも、アイツ……あの金田と母親が付き合い始めてから全部がおかしくなった。母親は金田をよく家にあげるようになって、婚姻届けは出してないんだけど三人で暮らすのが当たり前になった頃、最初は優しかった金田も次第に金遣いが荒くなって、母親を殴るようになったんだ」
「内縁関係ってやつか。そういうのってあんまりいい話聞かないよな」
「そう、とんでもない下衆男捕まえてきたなって思った。私もよく殴られたし、時々性的なこともされた。初めても……アイツに奪われちまったよ。夜這いでね」
「ひどいっ……あいつに!」

 宮本君は拳をぎゅっと握りしめて憤っている。悠里の義父と同じ下衆野郎だったって事か。

「……最悪な野郎だな」
「もう昔の事だけどね」
 
 篠宮が過去の笑い話のように語っているが、俺達男三人は笑いで返せるほど空気は読めなかった。というか読めるはずがない。彼女は小学五年の頃からそんな目にあっていたのだ。まだ小さな少女同然だったのに。

「ある日、あの金田がまたあたしを殴って夜這いしかけてきたんだけど、母親が包丁持って金田をどうにかしようとしてくれてさ……たぶん助けようとしたのかはよくわかんないけど、二人がもみ合っているうちに反動でその包丁が母親の胸に刺さったんだ。金田はさすがに慌てて逃亡し、一人取り残されたあたしはパニックになってすぐに近所の人呼んでさ、母親は病院に運ばれたけど意識不明だった。呼吸はしてるけど意識は戻らなくなってもう何年も眠ったままさ」
「お母さん……植物状態なんだね……」
「……だから、中学の頃から毎日病院通いだった」

 矢崎が篠宮の方に視線を向ける。

「直は知ってたんだね。母親が植物状態なのが」
「……お前とは付き合ってたからな。普通に知りたいと思うだろ」

 矢崎は篠宮の元カレだったもんな。

「じゃあ……あたしが売りやってたことも?」
「……情報だけは。恵梨が相田家を勘当された時、援助しなくていいと意地で突っぱねていたが、オレは隠れて母親の入院費を少しだけ工面していた。AV出演までは……部下の冗談だと思っていた。その手の違法な店で働いていた事は知っていたが……全部本当だったんだな……」
「……ふふ、そんな哀れみの目で見ないでよ。あたしが自分で決めて進んだ道なんだから。それにどおりで入院費が安いと思ってた。直が助けてくれてたんだね。余計な事しやがって。でも、感謝してる……」
「オレにできる事はそれだけだった。隠れて金銭の援助くらいしかできなかったのが悔しかった」
「それでも助かってた。直と別れるまでは相田拓郎の娘ってだけで金銭面の援助があったし、相田家に住んでいた時期もあって高等部までの学費は全部払ってくれていたけど、相田家を勘当されてからは母親の入院費とかいろいろ生活するのもやっとだったから」

 それでSクラスからEクラスになったんだなと納得する。

「そういえば相田家を勘当されたってなんで……?」
「あたしがその手の裏AVに出演してたのがばれたからだろ。表の普通の動画とかでは出まわってないけど、裏の世界じゃあたしの名前は知れ渡っててね……相田家の面汚しとかいろいろ言われて追い出されたのさ。いくら金田からの虐待が原因とはいえ、今後のイメージを考えるとあたしの存在が邪魔になったんでしょ。相田家とは二度と関わるなって言われてそれっきり」
「そうか……それで必死でパパ活したりで金稼いでたんだな」

 体を売ってほしくないとは言ったけど、彼女にとっては母親や子供達や自分が生きるために必死だったんだな。でも、やっぱり体は売ってほしくない。大切にしてほしいと思う。

「って宮本?」

 篠宮の声でふと顔をあげると、宮本君が口元を押さえて嗚咽をこらえている。

「っひく……篠宮さんが……可哀想で……」
「あんた、泣いてくれてんの?」
「宮本君……」
「ご、ごめん。篠宮さんが……そんな辛い生い立ちでそれでも毅然としてるのが……」
「あたしのために……バカだね」
「な、泣き虫で……その、ごめん」
「……ほーんと何泣いてんだか」

 バカ呼ばわりしながらも、篠宮の目は優しい目をしている。

「ぼ、ボクは……篠宮さんを、ま、守りたい。どんな篠宮さんでも……ボクだけは味方でいる。情けない男だけど、全然まだ、よ、弱いけど、今度こそ、あいつらにっ、ま、負けないように……金田ってやつより、強くなるから」
「宮本……」
「今度は、誰が来ても、負けない。もっともっと強くなって、篠宮さんに近づく男を全部ぶっ飛ばせるくらい強くなる!」
「ふぅん……。まあ、期待してないけど。やってみな」
「……見ててね」

 そうツンな発言をしながらもどこか嬉しそうな篠宮。今は宮本君がいれば篠宮は大丈夫だろう。真面目で一途だし、強くなるって言った時の顔は男の中の男って感じだったしな。
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