31 / 51
31.伯爵令嬢
しおりを挟む
「本当にすみませんでしたっ!」
「いいのよ。体調不良って話はちゃんと聞いているから」
体が回復した後、仕事を休んでしまった事に対する弁解ならぬ謝罪をメイド長にしに行った。本当はちっとも体調不良じゃない嘘八百だから罪悪感が半端ないものだ。
ひたすら頭を下げて、穴埋めしてもらった同僚にも先ほど詫びを入れにいったばかり。ただでさえ人手不足の現状だからこそ、突然の欠勤なんて同僚のアン達にも申し訳ない。
ノア君とヤリまくって、翌日まで疲れて寝てたなんてシャレにならない不純な理由だ。とても言えやしない。
「でもまさかジャレッド様自ら言いに来るとは思わなかったわ。体調不良で休ませてくれだなんてわざわざ私や執事長に言いにくるんだもの。驚きで固まっちゃったわ。あの無愛想で他人に興味を全くお持ちにならないジャレッド様がね」
ノア君の右腕であるジャレッドさんが、具体的にどんな風にどんな顔でメイド長や執事長に説明したのかは知らないが、使用人の一人が倒れたから休ませてくれだなんて言いに来る彼にみんな仰天しただろうな。
ジャレッドさんって侯爵令息だし、普段不愛想らしいし。でもアンとは仲がいいんだっけ。よくわからない関係だけど。
「あ、あの……みんなにはジャレッド様が関わっている事はどうか御内密に……」
「もちろんよ。ジャレッド様には口酸っぱく口止めされているから絶対に言うつもりはないわ。言ったらあなたも仕事場に居づらくなるでしょ」
「……そうですね」
ノア君は言わずもがな皇太子様だからだけど、ジャレッドさんの女性人気も恐ろしいと聞いている。不愛想だけど顔は整っているし、侯爵令息という地位と皇太子の最側近という立場だ。顔と地位にモテないはずがない。
だからこそ、想像するだけでゾッとする。知られてしまえばたちまち世の女性達から袋叩きにあう事まちがいなしだという事に。
とんでもない人を恋人に持ってしまった私は、いつだってバレないかハラハラドキドキしながら生活していく事になる。これから先ずっと。
いつまでこの幸せが続くのかな――。
限られた時間の中でしかそばにいられないかもしれないし、身分違いという壁が重くのしかかって離れ離れになるかもしれない。それでも、限られた時間の中で私はノア君を愛したいし、愛されたい。
別れの日が何時迄もこない事を祈りながら、昨日休んだ分を取り返そうと仕事に真摯に取り組む事にした。
*
「アラン、例の伯爵令嬢様がお見えになったぞ。ファンティーヌ嬢だ」
はやくカーリィに会いたいからと、面倒な事務的作業を早急に終わらせようと机に向かっていたが、側近が面倒な来客を知らせにきた。
「チッ……あの恋人気取りのメンヘラ女か」
つい心の中の悪態が漏れてしまったが、側近のジャレッドも「この際決着つけてこい」と、少し俺を気の毒に思っている様子だった。
この頃は婚約ゴシップ記事の火消しに大忙しだったからな。それにそれが原因で俺もカーリィに別れを告げられそうになった。本当に迷惑極まりないバカ令嬢だ。
当然、婚約というものは正式なものではない真っ赤な嘘。向こう側の親がなんとか皇族の後ろ盾がほしくて、世論の後押しを得るために強引に婚約を結ばせようと新聞各社に圧力をかけて書かせたものだ。
やれ恋人同士のようにお似合いだの、仲睦まじく食事をしているのを見かけただの、そんな事を新聞に連日バカみたいに流しては世論を囃し立てる。ゴシップ記事も大概にしろと思っていたが、婚約したとハッキリ名言したと嘘まで書かせるとはな。相当向こうも焼きが回っているらしい。
その伯爵令嬢の女としてはただ俺を気に入っているだけだろうが、背後にいる女の親が皇族の地位と名誉に目が眩んでいる。
これでも数百年以上は続く由緒正しき皇室であり、俺はその先代の血を受け継ぐ直系一族。そんな俺の立場を利用せんばかりに悪辣な権力者たちが権力を貪ろうとし、下位の成金貴族達はそれにあやかろうと必死だ。全く醜いハイエナ共が。
伯爵令嬢の女とは、ただの貴族同士の茶会での付き合いを勝手に勘違いして俺を見始めてきたのが始まり。まあ、それからの事なんて全くどうでもいいし、思い出すだけで無駄な経緯だが、かれこれ付きまとわれて十年くらいになるか。よく我慢しているよ、俺は。
その女に全く興味なんてないし、こちらとしてはありもしない事実無根を本当のように報道されて頭にきている。愛する可愛いカーリィにいらぬ誤解と不安を与えてしまったし、公の場での説明などを含めて余計な手間が増えた。火消しに苦労をかけたジャレッドやフレッドには世話になりっぱなしだった。
さてどうしてくれようか。そいつら伯爵の連中を。消してやろうか。反社の連中にでも頼んで。
俺が権力行使をすれば消すことなど容易い。俺自ら皆殺しにしてやってもいいが、皇太子自ら手を下すのはよくないのでやはり反社のアサシンでも雇って一族皆殺しにするか。
そうジャレッドに話せば「シャレにならん真似はよせ。胃が痛くなる」と、胃薬を飲み始めていた。それくらいムカついたのだから怒りくらい共感しろ。
「アラン様、お久しゅうございますわ」
バラ園のテラスでは、伯爵令嬢が俺の姿を見つけるなりカーテシーをとる。異様にキラキラした装飾やドレスに目が痛くなるし、そんなあざとい流し目で興味をひかれるはずがない。
「あなたにはやく会いたくてわたくし、この日を待ちわびておりましたの。見てください、この特注のドレス。あなたのために腕のいい仕立て屋に作らせましたの。美しいでしょう?高級シルクを使っていますのよ」
無駄に派手で無駄に刺繍が施されたドレスを翻し、無駄に装飾過多な飾りを自慢げに見せつけてくる。金に物を言わせた装いを身に着ける歩く成金女のようだと思った。
外見ばかり磨いて中身を磨かないような女なんてその程度のものだ。カーリィの足元にも及ばない。こんな無駄に高級で目が痛い派手なドレスより、カーリィが普段着ているメイド服の方がよっぽど可愛い。
まあ何より、裸にシーツで包まって真っ赤になっているカーリィが一番可愛いが。
「いいのよ。体調不良って話はちゃんと聞いているから」
体が回復した後、仕事を休んでしまった事に対する弁解ならぬ謝罪をメイド長にしに行った。本当はちっとも体調不良じゃない嘘八百だから罪悪感が半端ないものだ。
ひたすら頭を下げて、穴埋めしてもらった同僚にも先ほど詫びを入れにいったばかり。ただでさえ人手不足の現状だからこそ、突然の欠勤なんて同僚のアン達にも申し訳ない。
ノア君とヤリまくって、翌日まで疲れて寝てたなんてシャレにならない不純な理由だ。とても言えやしない。
「でもまさかジャレッド様自ら言いに来るとは思わなかったわ。体調不良で休ませてくれだなんてわざわざ私や執事長に言いにくるんだもの。驚きで固まっちゃったわ。あの無愛想で他人に興味を全くお持ちにならないジャレッド様がね」
ノア君の右腕であるジャレッドさんが、具体的にどんな風にどんな顔でメイド長や執事長に説明したのかは知らないが、使用人の一人が倒れたから休ませてくれだなんて言いに来る彼にみんな仰天しただろうな。
ジャレッドさんって侯爵令息だし、普段不愛想らしいし。でもアンとは仲がいいんだっけ。よくわからない関係だけど。
「あ、あの……みんなにはジャレッド様が関わっている事はどうか御内密に……」
「もちろんよ。ジャレッド様には口酸っぱく口止めされているから絶対に言うつもりはないわ。言ったらあなたも仕事場に居づらくなるでしょ」
「……そうですね」
ノア君は言わずもがな皇太子様だからだけど、ジャレッドさんの女性人気も恐ろしいと聞いている。不愛想だけど顔は整っているし、侯爵令息という地位と皇太子の最側近という立場だ。顔と地位にモテないはずがない。
だからこそ、想像するだけでゾッとする。知られてしまえばたちまち世の女性達から袋叩きにあう事まちがいなしだという事に。
とんでもない人を恋人に持ってしまった私は、いつだってバレないかハラハラドキドキしながら生活していく事になる。これから先ずっと。
いつまでこの幸せが続くのかな――。
限られた時間の中でしかそばにいられないかもしれないし、身分違いという壁が重くのしかかって離れ離れになるかもしれない。それでも、限られた時間の中で私はノア君を愛したいし、愛されたい。
別れの日が何時迄もこない事を祈りながら、昨日休んだ分を取り返そうと仕事に真摯に取り組む事にした。
*
「アラン、例の伯爵令嬢様がお見えになったぞ。ファンティーヌ嬢だ」
はやくカーリィに会いたいからと、面倒な事務的作業を早急に終わらせようと机に向かっていたが、側近が面倒な来客を知らせにきた。
「チッ……あの恋人気取りのメンヘラ女か」
つい心の中の悪態が漏れてしまったが、側近のジャレッドも「この際決着つけてこい」と、少し俺を気の毒に思っている様子だった。
この頃は婚約ゴシップ記事の火消しに大忙しだったからな。それにそれが原因で俺もカーリィに別れを告げられそうになった。本当に迷惑極まりないバカ令嬢だ。
当然、婚約というものは正式なものではない真っ赤な嘘。向こう側の親がなんとか皇族の後ろ盾がほしくて、世論の後押しを得るために強引に婚約を結ばせようと新聞各社に圧力をかけて書かせたものだ。
やれ恋人同士のようにお似合いだの、仲睦まじく食事をしているのを見かけただの、そんな事を新聞に連日バカみたいに流しては世論を囃し立てる。ゴシップ記事も大概にしろと思っていたが、婚約したとハッキリ名言したと嘘まで書かせるとはな。相当向こうも焼きが回っているらしい。
その伯爵令嬢の女としてはただ俺を気に入っているだけだろうが、背後にいる女の親が皇族の地位と名誉に目が眩んでいる。
これでも数百年以上は続く由緒正しき皇室であり、俺はその先代の血を受け継ぐ直系一族。そんな俺の立場を利用せんばかりに悪辣な権力者たちが権力を貪ろうとし、下位の成金貴族達はそれにあやかろうと必死だ。全く醜いハイエナ共が。
伯爵令嬢の女とは、ただの貴族同士の茶会での付き合いを勝手に勘違いして俺を見始めてきたのが始まり。まあ、それからの事なんて全くどうでもいいし、思い出すだけで無駄な経緯だが、かれこれ付きまとわれて十年くらいになるか。よく我慢しているよ、俺は。
その女に全く興味なんてないし、こちらとしてはありもしない事実無根を本当のように報道されて頭にきている。愛する可愛いカーリィにいらぬ誤解と不安を与えてしまったし、公の場での説明などを含めて余計な手間が増えた。火消しに苦労をかけたジャレッドやフレッドには世話になりっぱなしだった。
さてどうしてくれようか。そいつら伯爵の連中を。消してやろうか。反社の連中にでも頼んで。
俺が権力行使をすれば消すことなど容易い。俺自ら皆殺しにしてやってもいいが、皇太子自ら手を下すのはよくないのでやはり反社のアサシンでも雇って一族皆殺しにするか。
そうジャレッドに話せば「シャレにならん真似はよせ。胃が痛くなる」と、胃薬を飲み始めていた。それくらいムカついたのだから怒りくらい共感しろ。
「アラン様、お久しゅうございますわ」
バラ園のテラスでは、伯爵令嬢が俺の姿を見つけるなりカーテシーをとる。異様にキラキラした装飾やドレスに目が痛くなるし、そんなあざとい流し目で興味をひかれるはずがない。
「あなたにはやく会いたくてわたくし、この日を待ちわびておりましたの。見てください、この特注のドレス。あなたのために腕のいい仕立て屋に作らせましたの。美しいでしょう?高級シルクを使っていますのよ」
無駄に派手で無駄に刺繍が施されたドレスを翻し、無駄に装飾過多な飾りを自慢げに見せつけてくる。金に物を言わせた装いを身に着ける歩く成金女のようだと思った。
外見ばかり磨いて中身を磨かないような女なんてその程度のものだ。カーリィの足元にも及ばない。こんな無駄に高級で目が痛い派手なドレスより、カーリィが普段着ているメイド服の方がよっぽど可愛い。
まあ何より、裸にシーツで包まって真っ赤になっているカーリィが一番可愛いが。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
186
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる