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目を開けたとき、子供は居なくなっていた。
一瞬、夢でも見たのかと思ったが、そうではなく、子供はただ寝床から起き出して、冷蔵庫を物色していたのだった。
柊一の部屋は6畳一間コッキリだったから、扉を開きっぱなしにした冷蔵庫の前に座り込んでいる姿が、布団の中からも見えた。
マーガリンの容器に顔を突っ込んで、器の底をせっせと舐めているようだ。
その足元には、やや古くなっていた牛乳パックが、空になって投げ出されている。
「おいこら、なーにやってんだ!」
柊一が後ろから迫り、腕を掴んで容器を引き剥がそうとすると、子供は甲高い声を張り上げた。
「pikkiieee !」
日本語に変換しかねるそれは、まるっきり動物の鳴き声そっくりだった。
「…なんだよそりゃ」
柊一が眉根に皺を寄せると、子供も同じように眉根に皺を寄せ、柊一を睨みかえしてくる。
そして次の瞬間、ボッ! っと音がするような勢いで、子供の髪が抜けた。
「わっ、なんだっ!?」
放射能でも浴びたんじゃないかと疑いたくなるような勢いで、子供の髪が一掴み、バサッと床に抜け落ちたのだ。
さしもの柊一も仰天し、思わず子供から手を離した。
すると子供は、抜けた髪のことなどまるで気にしたふうもなく、またマーガリンを舐め始めた。
柊一は唖然として、剥げた子供の脳天と、擦り切れた畳の上に散乱した毛髪を、交互に眺めてしまった。
「おまえ……なんなんだぁ…?」
「pis !」
返事とも思えぬ返事。
冷蔵庫の扉を閉めた柊一が見ていたら、子供はせっせと舌を動かして、マーガリンの味のカケラもなくなると、容器をポイっと投げ出し、鼻を鳴らしながら柊一に擦り寄ってきた。
「pis pis pisuuuu~」
甘えた子犬のような声音だった。
その言葉(?)は、日本語とは似ても似つかぬものだったが、柊一には子供の言わんとしていることが分かった。
「おまえ、そんなに腹が減ってるのかよ?」
柊一の言葉に子供は顔を輝かせた。
「pikie ! pikieee !」
声と共に、子供の頭頂部に突き出ている第3と第4の耳が、プルプルと動く。
「なあ、これってホントにオマエの耳?」
柊一が指先で摘もうとすると、フカフカした毛深い耳は、機敏な動きでプルッと逃げた。
「うわ、面白れぇ~」
意外に柔らかく密集した毛皮の手触りは心地良く、子供の頃に持っていたぬいぐるみのクマを思い出させた。
しかもそれが微妙な反応で、ピクピクぱたぱたと動き回るのだ。
「なんかすっげぇ気持ちいいじゃん、おまえの耳♪」
小さな身体を膝に抱えて、毛皮と同じように柔らかな髪の毛をまさぐって、スリスリさわさわ遊んでしまった。
すると子供が怒ったように、小さな拳で柊一の膝を叩いてきた。
「ppiikkky !」
早く何か食べさせろと催促している。
「分かってるよぅ。でもうちにはもう、食いもんはなにもない」
じゃあ早くなんとかしろ! と、子供が膝の上で飛び跳ねる。
柊一は渋々と立ち上がった。
一瞬、夢でも見たのかと思ったが、そうではなく、子供はただ寝床から起き出して、冷蔵庫を物色していたのだった。
柊一の部屋は6畳一間コッキリだったから、扉を開きっぱなしにした冷蔵庫の前に座り込んでいる姿が、布団の中からも見えた。
マーガリンの容器に顔を突っ込んで、器の底をせっせと舐めているようだ。
その足元には、やや古くなっていた牛乳パックが、空になって投げ出されている。
「おいこら、なーにやってんだ!」
柊一が後ろから迫り、腕を掴んで容器を引き剥がそうとすると、子供は甲高い声を張り上げた。
「pikkiieee !」
日本語に変換しかねるそれは、まるっきり動物の鳴き声そっくりだった。
「…なんだよそりゃ」
柊一が眉根に皺を寄せると、子供も同じように眉根に皺を寄せ、柊一を睨みかえしてくる。
そして次の瞬間、ボッ! っと音がするような勢いで、子供の髪が抜けた。
「わっ、なんだっ!?」
放射能でも浴びたんじゃないかと疑いたくなるような勢いで、子供の髪が一掴み、バサッと床に抜け落ちたのだ。
さしもの柊一も仰天し、思わず子供から手を離した。
すると子供は、抜けた髪のことなどまるで気にしたふうもなく、またマーガリンを舐め始めた。
柊一は唖然として、剥げた子供の脳天と、擦り切れた畳の上に散乱した毛髪を、交互に眺めてしまった。
「おまえ……なんなんだぁ…?」
「pis !」
返事とも思えぬ返事。
冷蔵庫の扉を閉めた柊一が見ていたら、子供はせっせと舌を動かして、マーガリンの味のカケラもなくなると、容器をポイっと投げ出し、鼻を鳴らしながら柊一に擦り寄ってきた。
「pis pis pisuuuu~」
甘えた子犬のような声音だった。
その言葉(?)は、日本語とは似ても似つかぬものだったが、柊一には子供の言わんとしていることが分かった。
「おまえ、そんなに腹が減ってるのかよ?」
柊一の言葉に子供は顔を輝かせた。
「pikie ! pikieee !」
声と共に、子供の頭頂部に突き出ている第3と第4の耳が、プルプルと動く。
「なあ、これってホントにオマエの耳?」
柊一が指先で摘もうとすると、フカフカした毛深い耳は、機敏な動きでプルッと逃げた。
「うわ、面白れぇ~」
意外に柔らかく密集した毛皮の手触りは心地良く、子供の頃に持っていたぬいぐるみのクマを思い出させた。
しかもそれが微妙な反応で、ピクピクぱたぱたと動き回るのだ。
「なんかすっげぇ気持ちいいじゃん、おまえの耳♪」
小さな身体を膝に抱えて、毛皮と同じように柔らかな髪の毛をまさぐって、スリスリさわさわ遊んでしまった。
すると子供が怒ったように、小さな拳で柊一の膝を叩いてきた。
「ppiikkky !」
早く何か食べさせろと催促している。
「分かってるよぅ。でもうちにはもう、食いもんはなにもない」
じゃあ早くなんとかしろ! と、子供が膝の上で飛び跳ねる。
柊一は渋々と立ち上がった。
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