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はじめての作曲依頼

英雄の終わり

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 これは昔話。そう昔ではないが忘れられ、風化する未来が決まった過去の物語。
  大戦末期のドナタ・ソナタ南部の森で起きた小さな戦闘。

「南部の国境結界が多数の侵入者を感知。至急応援を要請する」

 降伏を宣言した隣国からの侵入。迫害された難民か、あるいは戦争続行を望む兵士か。はたまたどちらもか。
 ドナタ・ソナタ軍は未曾有の大戦に疲弊していた。
 南部の森は戦略的価値は薄い。険しい谷に囲まれ、通行するにも命がけ。マナが濃いゆえに木々がよく育つも樹皮が非常に固く、伐採、加工に向いていないからだ。
 しかし営みはあった。少数のエルフが住んでいた。
 ドナタ・ソナタはエルフに居住権は認めているが国民として見なすかと問われればはっきりとした態度を取れないでいた。国境結界の管理にも携わっていない、大戦にも中立という立場で無関心を貫いてきた者たちに守る価値はあるのか。
 それでも人道的価値観に立つ者もいた。しかし国は疲弊しきっている。降伏勧告を受け入れられたが未だに緊張状態であり、余力はなくはないが辺境に兵を回す決断にはなかなか踏み切れなかった。
 一人を除いて。

「私が行きましょう。このマシュー・カンタービレにお任せください」

 すでに大砲大王、七英雄として呼ばれた堪えられるマシューが貪欲に新たな戦果を上げようとしていた。

「よろしいのですか? あなたはもう充分に戦った。休まれたほうがいい」
「軍人に休みはありません」
「しかしあなたは今や国民的英雄。もしものことがあれば……」
「カンタービレ家の家訓でございます。軍人の死とは心臓が止まった時でも身体から魂を抜かれた時でもない。守れるものを守れない時です」

 会議の直後に勇ましく首都から出兵した。南部の森まで大砲を抱え陸路のみの移動となると一週間はかかる。
 兵士たちの士気こそは高かったがやはり疲れは誤魔化せなかった。
 道中に脱落者が現れた。夜中にこっそりと首都へと逃げ帰る者がいた。兵だけでなく、摩耗した大砲も徐々に故障が明るみとなった。
 天候と様々なトラブルが影響し、谷を超えるのに二週間が経過した。
 兵も大砲も出発した頃より綺麗に半分に減っていた。
 苦難の道のり。代わりに戦ってくれる兵士たちにエルフは泣いて喜ぶかと思われたが違った。

「……あっさりと村を放棄しただと」

 森から少し離れた小さな砦に着くや否や国境結界の管理者の報告を聞いて愕然とする。

「ええ、全員がそういうわけではありませんが村長とそれに準ずるグループ、綺麗に人口の半分が一週間前に村を離れたそうです。報告が遅くなってしまい申し訳ございません。私もつい昨日知ったばかりで」
「森を司る者と聞いて呆れる……!」
「いかがなさいましょう。作戦は続行いたしますか。もう半分しかエルフが残っていませんが」
「続行に決まっている。まだ半分もエルフが残っているのだからな」
「その半分も、ほとんどが老いたハーフエルフばかりで」
「くどい! 報告は充分に聞いた!」

 マシューは一喝で黙らせる。

「明日には丘に陣を布く。また今の話を他の者にする必要はない。わかったな」
「かしこまりました……仰せのままに……」
「ちなみにここに酒やタバコはあるか。長旅に疲れた部下に振る舞いたい」
「ほんのわずかしか残っていません。この砦には常時百人ほどしかいませんし大戦の影響でまともに生産もできていません……さすがにマシュー様が連れた大隊全員分は……しかしごく少量ではありますが融通できると思います。遠路はるばる救援に来ていただいた方々に何もお出ししないわけには行きません」
「……ありがとう。貴殿らの奮戦に感謝する」

 敬礼した後にマシューは砦を後にする。
 後にタバコが支給されたがその量は十箱ほど。希望者を募り、一晩で吸いきってしまった。

 雲行きはますます怪しくなる。
 丘に陣を布く最中の報告だった。

「一晩で千人が国境超えただと!? 二週間前では十人規模だったではないか!?」
「さらに千人の規模にも関わらず、上空からの視察しても人の影が見えません。恐らくは」
「幻影魔法で目くらましか……」
「ますます難民ではなく、兵士の可能性が濃厚になりました。それも手練れの魔術師を連れているようです」
「手練れの魔術師はこちらにもいる。感知魔法で探せないか」
「やはり森のマナが濃く魔法がぶれてしまうのです……隠れるにはもってこいですが、探すのは分が悪いのです」
「煙は上がっていないか。大人数ともなれば食事を賄うために火を使うはずだ」
「それも上手く魔法でカモフラージュされているのかと」
「……それならば地上の斥候はどうだ」
「あまり芳しくありません。エルフの村までは難なくたどり着くのですがそこから少し離れると一気に森に飲み込まれてしまいます。道はもちろん地図もありません。方位磁石も使い物になりません。地下に磁性を持った鉱石が多く埋まっております。そこで提案なのですが夜の斥候はどうでしょう。星が見えればある程度の方角もわかるはずです」
「やめておけ。森の中は常に星が見えるとは限らない。たとえ開けていたとしても雲がかかっているときがある。それに夜は魔物が活性化する。マナが濃ければ強い魔物を生んでいるだろう」

 毒蛇がすぐ足元まで来ているかもしれない。緊張状態の戦場。
 手癖でポケットからタバコを探し、もう空になったことを思い出す。本日十度目の失態。

「……さすがは南の森。道理で名前がつかぬわけだ。エルフしか住まない理由が分かった」
「実は名前があるにはありますよ。エルフがつけた名前ですが」
「ほう。なんという名前だ」
「エルフの森です」
「……それだけか?」
「ええ、それだけです」
「エルフの森なんてどこにでもあるだろうに。それでは他の森と区別がつかないではないか」
「微妙にエルフの発音が違うのですよ。耳が長いので微妙な発音の違いを聞き分けているのです。我々で言う訛りがあるのですよ」
「それでも……ねえ……」
「それが彼らの価値観なのでしょう。森の外に興味を持たないのですよ。長寿ゆえか争いごとを嫌いますし、争いを必要としなければ国の概念も彼らには馴染みがないというか縁が遠い。ああ、でも中には変わり者がいて、グランドグラウンド王国の永世宰相エルフ・パーマネントは別ですね。虫のように短命の人間を敬い、忠誠を誓い、人間の国の政治に関わっているのですから」
「君、やけにエルフに詳しいな」
「おっと気付かれましたか。勘違いしないでください、私は人間です。しかしご近所にエルフが住んでいるのですよ」
「ははは、なるほど。それは詳しくなるわけだな」
「よろしければ紹介しますよ。そういえば今日は陣に挨拶に来る約束をしてた気が」

 すると伝令官が簡易指令室に入ってくる。

「マシュー様。陣地に一名、侵入者あり。直ちにこれを捕縛いたしました。いかがなさいましょう」
「……もしやそれはエルフではなかったか」
「さすがはマシュー様! どうしておわかりに?」
「……すぐに行く」
「私も同行いたします」
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