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竜之助の身の上話 九
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座敷で腕を組み、ああでもないこうでもないと頭を悩ます男がいる。
「どうしたらあの男に賊退治を頼めるだろうか……」
騨足である。ロウソクも立てずに暗闇の中で思考を巡らす。
「やはり報酬……土地か、屋敷か、それとも女か……ううむ、どれもないものだらけだ……そういえば都では茶器が人気となり報酬に用いられるようになったと聞くな……何の変哲もない茶器を高価なものと偽ればあるいは……いや、あの男が茶器を受け取り喜ぶような男は思えん……やはり、手軽となると女か……啓子は……いや論外だ! 何を血迷ったか、騨足! 愛娘をどこの馬の骨も知らぬ男に渡すなど、考えるだけで罪深いぞ!」
「あの騨足様……」
暗闇の中で大声を張り上げる主に、億劫ながらも呼びかける家来。
「ぬ、誰だ、名を名乗れ」
「高千穂でございます……主様、暗闇は大変危険です。畳のへりで躓きでもしたら」
「馬鹿者。ロウソクは高価なのだぞ。ロウソクに火をつければいずれ火の車に」
「それでもです、ロウソクに火を灯して頂きたいのです。つい先ほど、都から式神で書簡が届きました」
「まことか!? それを早く申せ! 面倒事であろうと都からの手紙、無視はできん!」
急いでロウソクに火を灯し、書簡を畳の上に置く。
騨足は手を擦り合わせて拝む。
「どうか、どうか! 吉報でありますように! 何かの幸運で都への転封でありますように!」
拝み倒した後から丁寧に書簡を開く。
内容は非常に淡白で、手配書が一枚。
「……なんじゃ、手配書のみか。実に下らん。金のやりくりで忙しいというのに人探しなど手伝っていられるか」
騨足はよく読まずに畳へと放った。
高千穂はそれを拾って読み直す。主が不要と断じた情報でも知っておかないといけないのが彼の仕事だった。
そして彼は仕事をした。主の見逃しを見逃さなかった。
「主様……! 大変なことになりましたよ……! もう一度よくお読みになってください!」
声と手を震わせて伝える。
「お前がそこまで言うのであれば読んでやるが……なになに……こ、これは!?」
「一大事ですよ、主様。どのように──」
「なんて高額な懸賞金! これだけあれば復興も遂げられるに違いない!」
「違います、主様! 額ではありません、人相書きのほうです!」
「人相書き? どれどれ、これだけの懸賞金だ、罪人の顔は人相は最悪に……最悪に……」
騨足の手足も震え始める。
「……事の重大さが分かって頂けたでしょうか」
「……どうしてだ、どうして私にばかりこうも不幸が降りかかる! 一度は西方将軍と囃し立てられるまで上り詰めた男だぞ! あと一歩で、いや十歩ほどで帝にも手が届く幸運の持ち主だぞ! 不幸の揺り戻しとでも言うのか!」
手入れ怠り伸びきった爪を畳に立てる。
「あの男には一刻も早く賊を根絶やしにしてもらわねばならない……! だがしかしこのまま長居させてしまえばあの男の存在が知られれば」
爪が裏返り、多量の血を流しても騨足は気に止めない。
「くう、こんな時に羽生がいてくれればこんな時に、こんな時にぃ……!」
「主様、おあいにくですが羽生様は……」
「わかってるわ! お前も口に気を付けないと羽生のように──」
「すまねえ、取り込み中だったか?」
突然竜之助が現れる。ずかずかと座敷へと上がりこんでいく。
「お、おお、おお!?」
手配書を見られてはまずい。騨足は咄嗟の機転で流血した指に手配書を巻く。
「おっと大丈夫か? これまたえらく血を流してるじゃねえか」
「う、うむ、刀の手入れをしていたらつい手が滑ってな」
「夜に、それも暗い場所で刀の手入れなんてするもんじゃねえぜ。今度から気を付けたほうがいい」
「お気遣い感謝である。ところでりゅ……ここへは何用ですかな? 夜食なら台所で適当につまんでくだされ」
「いいや、話に来たのは夜食じゃねえんだ。日中に、頼みごとをしてただろ」
「それは……賊退治のことですかな?」
「あぁ、それだ。やっぱり、やってやると思いましてね。それも今晩中に片をつけてやりますよ」
「そ、それは本当ですかな! なんと渡りに船!」
「ん? 渡りに船?」
「あ、すみません、場違いな発言でした。忘れてください」
「まあ喜んでくれてると思って忘れるとしますよ」
「それで何か準備が必要なのですか? あいにく備えは少なく、そして兵士も……」
「騨足殿の悩みはすでに聞いています。それに娘さんを危険に晒したくなく、屋敷の守りを固めたい気持ちもわかります」
「するとつまり……?」
「賊退治は俺一人がやります。騨足殿には弓と矢を準備していただきたいのです。刀は、今ので充分なので」
騨足が弓矢の準備を約束すると竜之助は早々に座敷から立ち去った。
騨足は小声で高千穂に話しかける。
「高千穂……それでは準備を頼む……」
「わかりました。早速侍たちに弓矢の準備を」
「そっちじゃない。お前は別の準備だ」
「別の準備ですか?」
高千穂に問いかけに騨足は答えない。
ただ、にやっと笑みを返す。暗がりで見ると薄気味の悪い笑顔だった。
「……御意」
高千穂は目を瞑り、静かに頷いた。
「どうしたらあの男に賊退治を頼めるだろうか……」
騨足である。ロウソクも立てずに暗闇の中で思考を巡らす。
「やはり報酬……土地か、屋敷か、それとも女か……ううむ、どれもないものだらけだ……そういえば都では茶器が人気となり報酬に用いられるようになったと聞くな……何の変哲もない茶器を高価なものと偽ればあるいは……いや、あの男が茶器を受け取り喜ぶような男は思えん……やはり、手軽となると女か……啓子は……いや論外だ! 何を血迷ったか、騨足! 愛娘をどこの馬の骨も知らぬ男に渡すなど、考えるだけで罪深いぞ!」
「あの騨足様……」
暗闇の中で大声を張り上げる主に、億劫ながらも呼びかける家来。
「ぬ、誰だ、名を名乗れ」
「高千穂でございます……主様、暗闇は大変危険です。畳のへりで躓きでもしたら」
「馬鹿者。ロウソクは高価なのだぞ。ロウソクに火をつければいずれ火の車に」
「それでもです、ロウソクに火を灯して頂きたいのです。つい先ほど、都から式神で書簡が届きました」
「まことか!? それを早く申せ! 面倒事であろうと都からの手紙、無視はできん!」
急いでロウソクに火を灯し、書簡を畳の上に置く。
騨足は手を擦り合わせて拝む。
「どうか、どうか! 吉報でありますように! 何かの幸運で都への転封でありますように!」
拝み倒した後から丁寧に書簡を開く。
内容は非常に淡白で、手配書が一枚。
「……なんじゃ、手配書のみか。実に下らん。金のやりくりで忙しいというのに人探しなど手伝っていられるか」
騨足はよく読まずに畳へと放った。
高千穂はそれを拾って読み直す。主が不要と断じた情報でも知っておかないといけないのが彼の仕事だった。
そして彼は仕事をした。主の見逃しを見逃さなかった。
「主様……! 大変なことになりましたよ……! もう一度よくお読みになってください!」
声と手を震わせて伝える。
「お前がそこまで言うのであれば読んでやるが……なになに……こ、これは!?」
「一大事ですよ、主様。どのように──」
「なんて高額な懸賞金! これだけあれば復興も遂げられるに違いない!」
「違います、主様! 額ではありません、人相書きのほうです!」
「人相書き? どれどれ、これだけの懸賞金だ、罪人の顔は人相は最悪に……最悪に……」
騨足の手足も震え始める。
「……事の重大さが分かって頂けたでしょうか」
「……どうしてだ、どうして私にばかりこうも不幸が降りかかる! 一度は西方将軍と囃し立てられるまで上り詰めた男だぞ! あと一歩で、いや十歩ほどで帝にも手が届く幸運の持ち主だぞ! 不幸の揺り戻しとでも言うのか!」
手入れ怠り伸びきった爪を畳に立てる。
「あの男には一刻も早く賊を根絶やしにしてもらわねばならない……! だがしかしこのまま長居させてしまえばあの男の存在が知られれば」
爪が裏返り、多量の血を流しても騨足は気に止めない。
「くう、こんな時に羽生がいてくれればこんな時に、こんな時にぃ……!」
「主様、おあいにくですが羽生様は……」
「わかってるわ! お前も口に気を付けないと羽生のように──」
「すまねえ、取り込み中だったか?」
突然竜之助が現れる。ずかずかと座敷へと上がりこんでいく。
「お、おお、おお!?」
手配書を見られてはまずい。騨足は咄嗟の機転で流血した指に手配書を巻く。
「おっと大丈夫か? これまたえらく血を流してるじゃねえか」
「う、うむ、刀の手入れをしていたらつい手が滑ってな」
「夜に、それも暗い場所で刀の手入れなんてするもんじゃねえぜ。今度から気を付けたほうがいい」
「お気遣い感謝である。ところでりゅ……ここへは何用ですかな? 夜食なら台所で適当につまんでくだされ」
「いいや、話に来たのは夜食じゃねえんだ。日中に、頼みごとをしてただろ」
「それは……賊退治のことですかな?」
「あぁ、それだ。やっぱり、やってやると思いましてね。それも今晩中に片をつけてやりますよ」
「そ、それは本当ですかな! なんと渡りに船!」
「ん? 渡りに船?」
「あ、すみません、場違いな発言でした。忘れてください」
「まあ喜んでくれてると思って忘れるとしますよ」
「それで何か準備が必要なのですか? あいにく備えは少なく、そして兵士も……」
「騨足殿の悩みはすでに聞いています。それに娘さんを危険に晒したくなく、屋敷の守りを固めたい気持ちもわかります」
「するとつまり……?」
「賊退治は俺一人がやります。騨足殿には弓と矢を準備していただきたいのです。刀は、今ので充分なので」
騨足が弓矢の準備を約束すると竜之助は早々に座敷から立ち去った。
騨足は小声で高千穂に話しかける。
「高千穂……それでは準備を頼む……」
「わかりました。早速侍たちに弓矢の準備を」
「そっちじゃない。お前は別の準備だ」
「別の準備ですか?」
高千穂に問いかけに騨足は答えない。
ただ、にやっと笑みを返す。暗がりで見ると薄気味の悪い笑顔だった。
「……御意」
高千穂は目を瞑り、静かに頷いた。
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