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第十六章「カラドリオス街長選挙」
反対勢力
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「な、なんでイーズ?!」
エスの従兄弟が、何故か横にいた。いつものボロいコートではなく、黒いスーツを着こなすイーズは俺を見てにこにこと微笑む。
「こっちこそルトちゃんおってえらいびっくりしたわ~あ、ボク?ボクはちょっと面白そうだから紛れこんどるだけやで」
「面白そうだからって…」
冷やかし目的ってこと?相変わらず読めない奴だな。フシャーっと足元の猫が威嚇している。
「なんだおったんか悪魔くん」
「フシャーっ!!」
「ははーそのかっこだとまだコワないな」
「うんでもちょっと様子がおかしいんだよな…って、それは置いといて、さっきの話どういうこと?イーズ」
イーズは言った。あのマナーの悪いおっさんたちがべラさんの反対勢力だって。
「ああ、あのおっさんらはなぁ、無駄に歳食ってて思考が固いんよ。女の身で政治に参加するなとべラ・クラレンスの出馬を面白く思ってないんや」
「…!」
この世界にも男女の身分の違いがある。ただ、この街は比較的そういう面に対しても自由だと思っていたのだが…案外根深い所に残ってるらしい。
「ある一定数はいるってことやなぁ。どこにでも」
「でも…それならなんでここにいるんだよ」
ここはべラさんやバンの賛成派の者ばかりで集められているはず。どうして反対勢力が紛れ込んでいるんだ。
「ははーそれはボクも知らんわー」
「…はあ」
大丈夫かなとハラハラしながらおっさん達を見守る。タイミングもタイミングなだけに放っておけない。すると、おっさんの一人が怪しげな動きをし始めた。そいつはおもむろに舞台に近づき、きょろきょろと群衆の様子を見ている。
「話は、以上となります」
と、そこでべラさんが演説を終えた。何事もなく終わったかと思う反面、このままなわけがないとも思った。予想通り、舞台の前に移動したおっさんが何やらそわそわとしだす。
「今から質疑応答を受け付けたいと思います。ご質問がある方は挙手をお願いいたします」
「あー、はいはい、ちょっといいかね?」
すぐさまおっさんが手を上げる。べラさんが頷き「どうぞ」とジェスチャーをして応えた。
「なんでしょう、ヤルドさん」
(すごい…べラさん、この場にいる人全員の名前を把握してるのかな…)
「私はね、君のお父様の代からこの街を見ているんだがね。はたして君の言うような変革が必要なのかな?」
「ご質問ありがとうございます。私は必要と考えてます。この街には見えぬ格差が確かにあるのです」
「ほう」
「大手衣服店を経営されているヤルドさんの周りにはいらっしゃらないかもしれませんが、街には何の保障制度も受けられずさ迷っている人達が多くいます。そして、カラドリオスの人口の3割を占める旧市街地。あそこの無法地化は年々悪化しています。これを放置すれば更なる状況の悪化が見込まれます。ゆくゆくは新市街地の治安悪化、混乱、崩壊に繋がります」
「なるほど、しかしそれほど大きな改革を行うには財源が必要だろう?その点はどうするつもりだね?」
挙動不審なわりにおっさんの質問は著しくおかしな内容とは思えなかった。だからこそベラさんも静かに耳を傾け、強く頷いているのだろう。
「財源については、現在行われている無駄な制度・業務を絞りだし、支出を抑えます。想定では必要予算の八割はここから捻出できます」
「ふむ、“無駄"を削減か…それは君のような女性政治参加者を削減するという認識でよろしいかね?」
ざわっと群集がざわつき始めた。ヤルドは気にせず続ける。
「女性でありながら我々に指示するとは、なかなか落ち着かない話だと思うのだが、皆はどうなのかな」
べラさんは黙ったままヤルドを見つめる。その瞳には悲しみではない、冷たい色が灯っていた。
(慣れて…いるのかな)
こういう風に女性として差別されることに慣れてしまったのだろうか。俺はぎゅっと拳を握り締めて、ブレスレットを撫でた。
(だめだ、…動いちゃダメだ、俺が出て行って…どうする)
変質者だったり不審者相手なら俺が庇うことはできる。でもこの状況で間に入れば、俺がベラさんの顔に泥を塗る事になるんじゃないか。悶々としていると、ヤルドはまだまだ続けた。
「君には“ドレス”がお似合いだよ。そんな無意味な妄想演説なんてしてないで、結婚相手でも探しにいった方が有意義なんじゃないかね」
「…」
「女性の幸せは男の後ろにいてこそ輝くものだろう?」
「…」
静かにだが、そうだそうだと賛成する声が群集の方にも上がり始めていた。もちろん全員ではないし本当に少数の声だったがうまく散らばってるせいで全体的に同意してるようにも見えてしまう。べラさんが、ふいっと下を向いた。その顔は赤く、瞳は濡れていた。
(…っ!!やっぱりだめだ!こんなの見てられない!)
俺は腰を上げ、ヤルドの前に出ようとした。
スッ
それを…行き先を阻む形で猫が止めてくる。
「なんで止めるんだよ!」
八つ当たりのようにザクに叫ぶが、いいからジッとしていろ、という風に睨まれた。
「でもっ、このまま見てるだけなんて…っ」
「選挙なんてやめちまえ!」
誰かがそう叫んだ。確実にべラさんの演説は破綻しかけていた。
「…」
べラさんも何も言わない。いや言葉を失っているのかもしれない。
(このままでは…)
俺は立場的にバンを応援しているが、ベラさんの優秀さは知ってるし向いてるとも思っていた。できるなら正々堂々戦って…一番相応しい立候補の人として選ばれてほしいと思っている。こんな風に邪魔されて良いなんて1ミリも思えない。
(だらかって俺が前に行って何かできるのか…?)
一市民でしかない俺には何もできない。なんて無力なんだと歯ぎしりして、俯く。その時だった。
「確かに、その通りだよな」
その声にぴたりと会場が静まり返る。もう一人の候補者バン・クラレンスが舞台に上がったのだ。皆が口を閉じて、バンの言葉を待つ。
スタスタ
皆が緊張の面持ちで見守るなか
(あれ…?!)
何故かバンはいつもの普段着に戻っていた。スーツを脱ぎ、いつものラフな私服姿でべラさんに近づいていく。
「バン…?」
べラさんが戸惑うように眉を寄せ、バンと舞台で向き合った。いつものように軽快に笑うバンに動揺を隠せずにいる。
「姉さんは色々不器用すぎるんだよ。昔から自分の幸せを見つけるのが下手だった」
「…バン、一体何の話だ。それにその格好、ふざけてるのか?」
べラさんが戸惑いを隠さずバンを見つめる。それを受けまた笑った。
「俺は逃げるのをやめるよ、姉さん」
「…!」
それから会場の方に向き直る。その中のヤルドを見て顔を引き締めた。
「ヤルドさん、あんたはさ、面白くないんだろ」
「…は?」
「姉さんが言った財源確保。無駄な制度の削減にはあんたらの大手店への減税の削除が含まれてる。つまり増税。損をするってことだ。それをやられたら確かにあんたの店は今より厳しくなるだろう」
「ーっな、別に、そういうわけでは…」
見るからにおろおろとし始めるヤルド。
「噂じゃあんた…中抜きやら脱税やら…なかなか酷い商売をしてるらしいな。二代目の呪いで経営センスに恵まれなかったのは哀れだが…そんなもん努力次第でどうとでもなるし、本当に難しいのなら有能な経営者を雇えばいい。それをせず下請けやスタッフを虐げ怠慢な経営を行い、売上を下が続けてるのはあんたの責任だ。税金が少し増えたぐらいで立ち行かなくなる経営なら増税関係なくいつかは潰れるさ」
「なっ…!!!」
「“女性”だなんだ言ってたが、結局その“べラ・クラレンスの掲げた政策”が気に入らないだけだろ?自分の無能がさらけ出され、店が潰れちまうなんて困るもんな」
「~~っう、うるさい!!侮辱しおって!!」
ヤルドは顔を真っ赤にして激昂している。
「私にそんな事を言って、後で後悔しても遅いからな!!」
「それは俺のセリフだ。俺を誰だと思ってる」
「は?」
何を言ってるんだとヤルドが間抜けな顔をする。
「俺は街の案内人兼情報屋のバンだ。さっきも言ったろ?あんたの怪しい噂を掴んでるって。今ここでそれら全てを話してやってもいいんだぜ?信じられないってなら、そうだな、たとえば先月の」
「やっやめろ!口を閉じろ馬鹿者!」
シィンと場が静まり返る。そんな中ヤルドは一人慌てていた。
「――っあ、いや違うんだ…別にそんなやましいことは私にはない、ないんだがっ…!」
周りから冷たい視線を受け、バツが悪くなったかのか声をどんどん小さくしていく。後ろに控えていたおっさん達も気まずそうにお互いを見ていた。それぞれ言われてほしくない後ろ暗い事があるのだろう。
「さて、やっと静かになったな。じゃ他にべラ・クラレンスに質問がある人は?」
流石にこの流れで挙手できる者はおらず、バンの事を恐ろしそうに見ていた。ある意味…情報屋は権力者にとって一番怖い存在なのかもしれない。
スッ
静まり返る会場を突っ切るように、誰かが前に出た。
「どうしてですか、バン様」
クライドさんだった。その顔に驚愕と焦りの色が見える。何故約束を反古にしたのか。そう顔にありありと書かれていた。バンはそれを一瞥してからベラさんの方に向き直る。
「バン…クライド…一体何を話している?私に何を隠しているのだ?」
何がなんだか、という顔をしつつ…べラさんは厳しい表情で二人を見つめた。
「姉さん、クライドはさ」
「お止めください!バン様!!」
クライドが焦ったように声を荒らげる。しかしバンはそのまま無視して続けた。
「クライドは姉さんが心配らしい」
「え…」
「な…?」
べラさんとクライドさんが同時にキョトンとする。
「毎日寝ずに街の事を考えて、どうしたらより良くなるのか調べて、街の巡回も欠かさずにやって…、そんなんで体がもつわけがない」
「それは仕方のないことだ。街の変革を行う為には、私の身など顧みてる余裕など…」
「あんたは倒れるまでその無茶を続けるつもりか?」
「そ、それは…街を変えるという大変さを考えれば妥当の…」
「妥当ではありません!べラ様!」
そこまで黙っていたクライドさんが入ってきた。べラさんが戸惑うようにクライドさんと見つめあう。
「あなたは女性なのです。とてもお美しく、優しく、正しいお人。そんなあなたがクラレンス家に産まれてしまったばかりに…誰もやれる人がいないばかりな、あなたに、そのような重荷がのしかかってしまった…!本来その重荷は受け入れる必要のないものです!!」
クライドさんは溢れるように言葉を吐き出していく。
「あなたの傍でずっと見てきました。あなたの街への熱意は誰よりも理解してます。ただ、それはクラレンス家としてやらされているだけだとも私には思えてならないのです」
「…それは違う」
べラさんが、ぽつりと呟いた。
「確かに私はやらされていた、街のため、強制的にな。しかしそれは最初だけだ」
「…最初だけ?」
「そう、今は違う。私はこの街が好きだ。とても暖かくて、自由で、どの街よりも優れていると思っている。だから私に、もっとよりよくする手伝いができたら、とても光栄なことだと思うようになった。街の発展が私の喜びになったんだ」
「でも、あなたは…毎日、お泣きになっているではありませんか!人知れず書斎で…!私は知っているのですよ!!毎日辛いのでしょう??!」
「そ、それは…」
「それは?」
べラさんが俯いて、顔を赤くする。今まで見たことがないとても弱々しい表情をしていた。
「それは…バンが家出して、帰ってこない、から…」
「へ?」
今度はバンが「俺?」とキョトンとした。もちろんクライドさんも。ベラさんは二人の反応に更に顔を真っ赤にして頭を振った。
「な、何がおかしい…!血を分けた弟が帰ってこないのだぞ!お父様にいっても放っておけと言われてしまうし…まさか私がバンに無理やりドレスを着せたのを根に持っているのかと夜な夜な後悔しては泣いているのだ……って、っは!!!」
しまった、という顔をする。バンもクライドさんも、俺もぽかーんとべラさんを見つめた。あたふたと慌てて、顔を隠すように後ろを向くべラさん。
「えっと、姉さん…」
バンがおずおずと声をかけた。べラさんは顔を赤くしたままぶっきらぼうに言う。
「今のは忘れてくれ、バン」
「…いやそれは…会場の人たちも全員聞いちゃってるし無理があるって…」
「いいや、忘れろ。今のは寝言だ。弱気になって変なことを口走ってしまっただけだ、忘れてくれ!」
「…姉さんの願いだとしてもそれは聞けないな」
「なっっ?!バン!」
「俺、てっきり姉さんに嫌われていると思っていたんだ。まさかそんな風に思ってくれてるなんて…」
その言葉にべラさんが目を丸くする。
「嫌うわけがないだろう!今日だって強盗に襲われて怪我なんかして…危ないから早く家に戻ってくればいいのだ!」
「はは、そっか…そうだったんだな」
バンがホッとしたような顔をする。その横顔はここ数日で一番嬉しそうで清々しさを感じた。
「何を笑ってるんだバン!」
「いや、俺も姉さんが好きだから嬉しくてさ」
「っば、バン…」
「姉さんの街への熱意も、仕事への向き合い方も、生き方も尊敬してる」
「…っ」
「だから最後に一言。今、姉さんが向き合うべき人は…俺じゃないはずだ」
そこまで慌てていたべラさんが、ふと黙りこんだ。次に顔を上げたときにはもう、動揺の色はない。
ぐっ
拳を握りしめ、まっすぐと群集を見つめた。
「…大変見苦しい所をおみ見せしました。皆様、申し訳ありません」
頭を下げる。興奮を落ち着けるためか一度深呼吸をした。
「私は…女性ですが、それでも街への思いは誰にも負けません。信じられない・不安だと思われる方もたくさんいると思います。もし今回の選挙で落ちたとしても、私は認めていただくまでずっと努力し続けます。だからどうか…どうか、足りない私に、皆様のお力をお貸しください」
ぱち、ぱち
しんと静まり返った会場に小さく拍手が起こる。
ぱちぱちぱち!!!
それはゆっくりと大きくなっていった。舞台の後ろの方でバンも微笑みながら拍手をしている。ほっと胸を撫で下ろし、べラさんはとある人物の元へ歩み寄った。
「これからも私の助手を頼むぞ、クライド」
「べラ様…」
クライドさんがどこか寂しそうな顔をして笑った。
「あなた様がご無理をされないよう、横でしっかり見張らせていただきます」
「ふははっそんなんだから若白髪なんて生えるんだぞ」
「なっ!私には…し、白髪などありません!」
「隠しても無駄だぞ。朝いつも鏡と睨めっこしているだろう?」
「どっどうしてそれをっ」
「大事な部下だからな」
「…べラ様」
「これからも、よろしく頼むよ、クライド」
優しく微笑み、クライドと握手を交わすべラさん。
「ほんとに…」
あなたには敵いません、とクライドさんが呟いてべラさんの演説は終わりを迎えた。
エスの従兄弟が、何故か横にいた。いつものボロいコートではなく、黒いスーツを着こなすイーズは俺を見てにこにこと微笑む。
「こっちこそルトちゃんおってえらいびっくりしたわ~あ、ボク?ボクはちょっと面白そうだから紛れこんどるだけやで」
「面白そうだからって…」
冷やかし目的ってこと?相変わらず読めない奴だな。フシャーっと足元の猫が威嚇している。
「なんだおったんか悪魔くん」
「フシャーっ!!」
「ははーそのかっこだとまだコワないな」
「うんでもちょっと様子がおかしいんだよな…って、それは置いといて、さっきの話どういうこと?イーズ」
イーズは言った。あのマナーの悪いおっさんたちがべラさんの反対勢力だって。
「ああ、あのおっさんらはなぁ、無駄に歳食ってて思考が固いんよ。女の身で政治に参加するなとべラ・クラレンスの出馬を面白く思ってないんや」
「…!」
この世界にも男女の身分の違いがある。ただ、この街は比較的そういう面に対しても自由だと思っていたのだが…案外根深い所に残ってるらしい。
「ある一定数はいるってことやなぁ。どこにでも」
「でも…それならなんでここにいるんだよ」
ここはべラさんやバンの賛成派の者ばかりで集められているはず。どうして反対勢力が紛れ込んでいるんだ。
「ははーそれはボクも知らんわー」
「…はあ」
大丈夫かなとハラハラしながらおっさん達を見守る。タイミングもタイミングなだけに放っておけない。すると、おっさんの一人が怪しげな動きをし始めた。そいつはおもむろに舞台に近づき、きょろきょろと群衆の様子を見ている。
「話は、以上となります」
と、そこでべラさんが演説を終えた。何事もなく終わったかと思う反面、このままなわけがないとも思った。予想通り、舞台の前に移動したおっさんが何やらそわそわとしだす。
「今から質疑応答を受け付けたいと思います。ご質問がある方は挙手をお願いいたします」
「あー、はいはい、ちょっといいかね?」
すぐさまおっさんが手を上げる。べラさんが頷き「どうぞ」とジェスチャーをして応えた。
「なんでしょう、ヤルドさん」
(すごい…べラさん、この場にいる人全員の名前を把握してるのかな…)
「私はね、君のお父様の代からこの街を見ているんだがね。はたして君の言うような変革が必要なのかな?」
「ご質問ありがとうございます。私は必要と考えてます。この街には見えぬ格差が確かにあるのです」
「ほう」
「大手衣服店を経営されているヤルドさんの周りにはいらっしゃらないかもしれませんが、街には何の保障制度も受けられずさ迷っている人達が多くいます。そして、カラドリオスの人口の3割を占める旧市街地。あそこの無法地化は年々悪化しています。これを放置すれば更なる状況の悪化が見込まれます。ゆくゆくは新市街地の治安悪化、混乱、崩壊に繋がります」
「なるほど、しかしそれほど大きな改革を行うには財源が必要だろう?その点はどうするつもりだね?」
挙動不審なわりにおっさんの質問は著しくおかしな内容とは思えなかった。だからこそベラさんも静かに耳を傾け、強く頷いているのだろう。
「財源については、現在行われている無駄な制度・業務を絞りだし、支出を抑えます。想定では必要予算の八割はここから捻出できます」
「ふむ、“無駄"を削減か…それは君のような女性政治参加者を削減するという認識でよろしいかね?」
ざわっと群集がざわつき始めた。ヤルドは気にせず続ける。
「女性でありながら我々に指示するとは、なかなか落ち着かない話だと思うのだが、皆はどうなのかな」
べラさんは黙ったままヤルドを見つめる。その瞳には悲しみではない、冷たい色が灯っていた。
(慣れて…いるのかな)
こういう風に女性として差別されることに慣れてしまったのだろうか。俺はぎゅっと拳を握り締めて、ブレスレットを撫でた。
(だめだ、…動いちゃダメだ、俺が出て行って…どうする)
変質者だったり不審者相手なら俺が庇うことはできる。でもこの状況で間に入れば、俺がベラさんの顔に泥を塗る事になるんじゃないか。悶々としていると、ヤルドはまだまだ続けた。
「君には“ドレス”がお似合いだよ。そんな無意味な妄想演説なんてしてないで、結婚相手でも探しにいった方が有意義なんじゃないかね」
「…」
「女性の幸せは男の後ろにいてこそ輝くものだろう?」
「…」
静かにだが、そうだそうだと賛成する声が群集の方にも上がり始めていた。もちろん全員ではないし本当に少数の声だったがうまく散らばってるせいで全体的に同意してるようにも見えてしまう。べラさんが、ふいっと下を向いた。その顔は赤く、瞳は濡れていた。
(…っ!!やっぱりだめだ!こんなの見てられない!)
俺は腰を上げ、ヤルドの前に出ようとした。
スッ
それを…行き先を阻む形で猫が止めてくる。
「なんで止めるんだよ!」
八つ当たりのようにザクに叫ぶが、いいからジッとしていろ、という風に睨まれた。
「でもっ、このまま見てるだけなんて…っ」
「選挙なんてやめちまえ!」
誰かがそう叫んだ。確実にべラさんの演説は破綻しかけていた。
「…」
べラさんも何も言わない。いや言葉を失っているのかもしれない。
(このままでは…)
俺は立場的にバンを応援しているが、ベラさんの優秀さは知ってるし向いてるとも思っていた。できるなら正々堂々戦って…一番相応しい立候補の人として選ばれてほしいと思っている。こんな風に邪魔されて良いなんて1ミリも思えない。
(だらかって俺が前に行って何かできるのか…?)
一市民でしかない俺には何もできない。なんて無力なんだと歯ぎしりして、俯く。その時だった。
「確かに、その通りだよな」
その声にぴたりと会場が静まり返る。もう一人の候補者バン・クラレンスが舞台に上がったのだ。皆が口を閉じて、バンの言葉を待つ。
スタスタ
皆が緊張の面持ちで見守るなか
(あれ…?!)
何故かバンはいつもの普段着に戻っていた。スーツを脱ぎ、いつものラフな私服姿でべラさんに近づいていく。
「バン…?」
べラさんが戸惑うように眉を寄せ、バンと舞台で向き合った。いつものように軽快に笑うバンに動揺を隠せずにいる。
「姉さんは色々不器用すぎるんだよ。昔から自分の幸せを見つけるのが下手だった」
「…バン、一体何の話だ。それにその格好、ふざけてるのか?」
べラさんが戸惑いを隠さずバンを見つめる。それを受けまた笑った。
「俺は逃げるのをやめるよ、姉さん」
「…!」
それから会場の方に向き直る。その中のヤルドを見て顔を引き締めた。
「ヤルドさん、あんたはさ、面白くないんだろ」
「…は?」
「姉さんが言った財源確保。無駄な制度の削減にはあんたらの大手店への減税の削除が含まれてる。つまり増税。損をするってことだ。それをやられたら確かにあんたの店は今より厳しくなるだろう」
「ーっな、別に、そういうわけでは…」
見るからにおろおろとし始めるヤルド。
「噂じゃあんた…中抜きやら脱税やら…なかなか酷い商売をしてるらしいな。二代目の呪いで経営センスに恵まれなかったのは哀れだが…そんなもん努力次第でどうとでもなるし、本当に難しいのなら有能な経営者を雇えばいい。それをせず下請けやスタッフを虐げ怠慢な経営を行い、売上を下が続けてるのはあんたの責任だ。税金が少し増えたぐらいで立ち行かなくなる経営なら増税関係なくいつかは潰れるさ」
「なっ…!!!」
「“女性”だなんだ言ってたが、結局その“べラ・クラレンスの掲げた政策”が気に入らないだけだろ?自分の無能がさらけ出され、店が潰れちまうなんて困るもんな」
「~~っう、うるさい!!侮辱しおって!!」
ヤルドは顔を真っ赤にして激昂している。
「私にそんな事を言って、後で後悔しても遅いからな!!」
「それは俺のセリフだ。俺を誰だと思ってる」
「は?」
何を言ってるんだとヤルドが間抜けな顔をする。
「俺は街の案内人兼情報屋のバンだ。さっきも言ったろ?あんたの怪しい噂を掴んでるって。今ここでそれら全てを話してやってもいいんだぜ?信じられないってなら、そうだな、たとえば先月の」
「やっやめろ!口を閉じろ馬鹿者!」
シィンと場が静まり返る。そんな中ヤルドは一人慌てていた。
「――っあ、いや違うんだ…別にそんなやましいことは私にはない、ないんだがっ…!」
周りから冷たい視線を受け、バツが悪くなったかのか声をどんどん小さくしていく。後ろに控えていたおっさん達も気まずそうにお互いを見ていた。それぞれ言われてほしくない後ろ暗い事があるのだろう。
「さて、やっと静かになったな。じゃ他にべラ・クラレンスに質問がある人は?」
流石にこの流れで挙手できる者はおらず、バンの事を恐ろしそうに見ていた。ある意味…情報屋は権力者にとって一番怖い存在なのかもしれない。
スッ
静まり返る会場を突っ切るように、誰かが前に出た。
「どうしてですか、バン様」
クライドさんだった。その顔に驚愕と焦りの色が見える。何故約束を反古にしたのか。そう顔にありありと書かれていた。バンはそれを一瞥してからベラさんの方に向き直る。
「バン…クライド…一体何を話している?私に何を隠しているのだ?」
何がなんだか、という顔をしつつ…べラさんは厳しい表情で二人を見つめた。
「姉さん、クライドはさ」
「お止めください!バン様!!」
クライドが焦ったように声を荒らげる。しかしバンはそのまま無視して続けた。
「クライドは姉さんが心配らしい」
「え…」
「な…?」
べラさんとクライドさんが同時にキョトンとする。
「毎日寝ずに街の事を考えて、どうしたらより良くなるのか調べて、街の巡回も欠かさずにやって…、そんなんで体がもつわけがない」
「それは仕方のないことだ。街の変革を行う為には、私の身など顧みてる余裕など…」
「あんたは倒れるまでその無茶を続けるつもりか?」
「そ、それは…街を変えるという大変さを考えれば妥当の…」
「妥当ではありません!べラ様!」
そこまで黙っていたクライドさんが入ってきた。べラさんが戸惑うようにクライドさんと見つめあう。
「あなたは女性なのです。とてもお美しく、優しく、正しいお人。そんなあなたがクラレンス家に産まれてしまったばかりに…誰もやれる人がいないばかりな、あなたに、そのような重荷がのしかかってしまった…!本来その重荷は受け入れる必要のないものです!!」
クライドさんは溢れるように言葉を吐き出していく。
「あなたの傍でずっと見てきました。あなたの街への熱意は誰よりも理解してます。ただ、それはクラレンス家としてやらされているだけだとも私には思えてならないのです」
「…それは違う」
べラさんが、ぽつりと呟いた。
「確かに私はやらされていた、街のため、強制的にな。しかしそれは最初だけだ」
「…最初だけ?」
「そう、今は違う。私はこの街が好きだ。とても暖かくて、自由で、どの街よりも優れていると思っている。だから私に、もっとよりよくする手伝いができたら、とても光栄なことだと思うようになった。街の発展が私の喜びになったんだ」
「でも、あなたは…毎日、お泣きになっているではありませんか!人知れず書斎で…!私は知っているのですよ!!毎日辛いのでしょう??!」
「そ、それは…」
「それは?」
べラさんが俯いて、顔を赤くする。今まで見たことがないとても弱々しい表情をしていた。
「それは…バンが家出して、帰ってこない、から…」
「へ?」
今度はバンが「俺?」とキョトンとした。もちろんクライドさんも。ベラさんは二人の反応に更に顔を真っ赤にして頭を振った。
「な、何がおかしい…!血を分けた弟が帰ってこないのだぞ!お父様にいっても放っておけと言われてしまうし…まさか私がバンに無理やりドレスを着せたのを根に持っているのかと夜な夜な後悔しては泣いているのだ……って、っは!!!」
しまった、という顔をする。バンもクライドさんも、俺もぽかーんとべラさんを見つめた。あたふたと慌てて、顔を隠すように後ろを向くべラさん。
「えっと、姉さん…」
バンがおずおずと声をかけた。べラさんは顔を赤くしたままぶっきらぼうに言う。
「今のは忘れてくれ、バン」
「…いやそれは…会場の人たちも全員聞いちゃってるし無理があるって…」
「いいや、忘れろ。今のは寝言だ。弱気になって変なことを口走ってしまっただけだ、忘れてくれ!」
「…姉さんの願いだとしてもそれは聞けないな」
「なっっ?!バン!」
「俺、てっきり姉さんに嫌われていると思っていたんだ。まさかそんな風に思ってくれてるなんて…」
その言葉にべラさんが目を丸くする。
「嫌うわけがないだろう!今日だって強盗に襲われて怪我なんかして…危ないから早く家に戻ってくればいいのだ!」
「はは、そっか…そうだったんだな」
バンがホッとしたような顔をする。その横顔はここ数日で一番嬉しそうで清々しさを感じた。
「何を笑ってるんだバン!」
「いや、俺も姉さんが好きだから嬉しくてさ」
「っば、バン…」
「姉さんの街への熱意も、仕事への向き合い方も、生き方も尊敬してる」
「…っ」
「だから最後に一言。今、姉さんが向き合うべき人は…俺じゃないはずだ」
そこまで慌てていたべラさんが、ふと黙りこんだ。次に顔を上げたときにはもう、動揺の色はない。
ぐっ
拳を握りしめ、まっすぐと群集を見つめた。
「…大変見苦しい所をおみ見せしました。皆様、申し訳ありません」
頭を下げる。興奮を落ち着けるためか一度深呼吸をした。
「私は…女性ですが、それでも街への思いは誰にも負けません。信じられない・不安だと思われる方もたくさんいると思います。もし今回の選挙で落ちたとしても、私は認めていただくまでずっと努力し続けます。だからどうか…どうか、足りない私に、皆様のお力をお貸しください」
ぱち、ぱち
しんと静まり返った会場に小さく拍手が起こる。
ぱちぱちぱち!!!
それはゆっくりと大きくなっていった。舞台の後ろの方でバンも微笑みながら拍手をしている。ほっと胸を撫で下ろし、べラさんはとある人物の元へ歩み寄った。
「これからも私の助手を頼むぞ、クライド」
「べラ様…」
クライドさんがどこか寂しそうな顔をして笑った。
「あなた様がご無理をされないよう、横でしっかり見張らせていただきます」
「ふははっそんなんだから若白髪なんて生えるんだぞ」
「なっ!私には…し、白髪などありません!」
「隠しても無駄だぞ。朝いつも鏡と睨めっこしているだろう?」
「どっどうしてそれをっ」
「大事な部下だからな」
「…べラ様」
「これからも、よろしく頼むよ、クライド」
優しく微笑み、クライドと握手を交わすべラさん。
「ほんとに…」
あなたには敵いません、とクライドさんが呟いてべラさんの演説は終わりを迎えた。
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けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
ばぶばぶ保育園 連載版
雫@不定期更新
BL
性癖全開注意で書いていたばぶばぶ保育園を連載で書くことにしました。内容としては子供から大人までが集まるばぶばぶ保育園。この園ではみんなが赤ちゃんになれる不思議な場所。赤ちゃん時代に戻ろう。
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