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六話
グレイのセフレ
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「ほう、そんな事があったのか」
シャワーから出てきたフィンと今日の話をしていた。猟師に情報屋。現代ではかなりレアな(?)職業の人と出会ってしまった。
「二人ともキャラは濃かったけど普通の人間でさ」
「幻獣関係の職業をただの人間がやるのは珍しいな。相当なもの好きと言える」
「俺への嫌味か?」
「違う。拗ねないでくれ」
「拗ねてねえし。で、そっちのパトロールはどうだったよ」
今日は二週間に一度のパトロールの日だった。歓楽街の周辺店舗が協力して夜に見回りを行っているのだが、俺たちが参加するのは今回から(グレイだけの時は参加したくてもできなかった)で主にフィンが担当することになった。
「どうもこうも歩いてるだけだったな。拍子抜けだ」
「防犯になるんじゃねえの?」
「ただ夜道を歩いていただけだ。あれならライの顔を眺めていた方がよっぽど楽しいぞ」
「それは俺が楽しくねえ」
フィンが頭を拭いている間に俺は棚に並べられた機械を眺めた。今朝店中から集めた機械たちだが、どれも破損していて粗大ごみ一歩手前である。
「よくこんなボロボロにできるよな…」
「誰しも得手不得手はある」
「そりゃそうだが…はあ、とりあえずこれ処分しちまうか。置いといてまた爆発させられても困るしな」
「ライ、この大きな機械はなんだ?」
「パソコン。メールや在庫管理、給与明細等の資料作成、HP運用もできるぜ。まあ今の時代スマホでも十分だがパソコンでまとめてやった方が便利だろうな」
「???」
フィンが横に来てパソコンを睨みつけてくる。聞き慣れない単語ばかりのようだ。
(それもそうか…)
幻獣にとっては事務作業なんて未知の領域だろう。
「ふむ。とにかく、ライはパソコンもできるのだな」
「できない事もないが修理は無理だな」
「となるとやはりこれは廃棄か…」
「高そうなパソコンだからもったいねえけど、捨てるしかないわな」
実際今もパソコンなしで業務は回っているわけだし、爆発するというデメリットを抱えてまで取り入れる必要はない。
(取り入れたらグレイが楽になるんだろうけど仕方ないな…)
ここに専門家がいればよかったのだが。
「今週ゴミに出すとして…それまでは念のため地下室に置いとくか」
「それがいいだろうな。私はこちらのコード類をまとめよう」
「じゃ、この箱、地下に運んでくるわ」
小さな機械を集めた段ボール箱を持ち上げる。廊下を進み、裏口から外に出た。
ひゅうう
風が強い。空を見ると雲の流れが早かった。雲の合間から月が見え隠れする。少しだけ欠けたほぼ円形の月だった。
「もうすぐ満月か…」
呟きつつ地下室に向かう。その時だった。
ドスンっ
背後の地面に何かかが落ちてくる音がした。何事かと振り向くより先に背中に衝撃が来る。
「なっ…?!」
前のめりに倒れ込んだ。段ボールの中身が地面に飛び散る。俺は床に倒れる寸前に手をつきなんとか体勢を整えた。
(誰だ?!)
慌てて後方を確認すれば、黒く影になった誰かが立っている。一瞬人間かと思ったが大きなふさふさの尻尾と耳がついていた。満月を背に四つん這いで立つ姿は狼のようで。
(狼…いや、幻獣か…!)
銀色の瞳がこちらを射抜いてくる。やばいと思った瞬間、自分の首付近に手が伸びてきていた。爪が長く、捕まればあっという間に切り裂かれるだろう。
「このっ」
だが体格的には俺と大差ない。一か八かで人間相手の戦い方をしてみた。奴の手をかわした後腕を巻き付け、体ごと投げる。
ブン!!ドサッ!
奴の勢いをそのまま利用すればなんとかいけた。起き上がらないよう馬乗りになり奴の両手をまとめる。
「ライ!!」
店の中からフィンが飛び出してきた。物音で気づいたらしい。俺たちの様子を見て驚いていた。
「ライ…その幻獣は一体?!」
「急に襲われたんだよ!なんとか体は封じたが…」
「待て!ライ!離れるんだ!」
「!?」
ゾゾゾゾ
掴んでいた腕がどんどん長い毛に覆われていく。しかも腕や体が二倍以上の太さに膨れ上がった。このサイズでは俺の制御など全く意味を成さない。
「うわ!!」
弾き飛ばされ店の壁に全身をぶつけた。フィンが駆けつけてくる。
「大丈夫か、ライ!」
「平気だ…いてて、これは全身打ち身コースだな…」
「よくもライを……しかし、狙いが私じゃないのなら龍矢の追っ手ではないのか」
「みたいだが…」
敵意は確実にある。一回り体を膨れ上がらせた幻獣は牙をむいてこちらに唸っている。今にも襲い掛かってきそうだ。
「見知らぬ幻獣だが…仕方ない」
パチパチとフィンの付近に火花が散る。幻獣に炎を向ける…その時だった。
「待ってチョウダイ!!」
叫ぶような声と共に俺たちの周りに灰色の霧が漂ってくる。
(これは…グレイの霧か!)
慌てて口を塞いだ。
グルルウル…ルル…
幻獣は霧を吸ったことで一瞬で意識を失った。どすっと地面に倒れ込む。グレイが裏口から駆け寄ってきた。俺たちにではなく、その幻獣にだ。
「え?」
俺とフィンが驚いていると、グレイは何を思ったのか幻獣を抱きしめた。幻獣の顔を確認して目を見開く。
「まさか…どうしてナノ…」
「グレイ?」
声をかけるとグレイは動揺した様子で顔を上げた。
「ライ、フィン。驚かせてごめんなさいネ。彼…あたしの知り合いで、しばらく連絡がなかったから何かあったのかと思ってたけど…まさかこんな事になってるナンテ」
「まじか…」
フィンが灰にしなくてよかったと内心ほっとする。
「とりあえず中に運びまショ」
幻獣の体はすでに元のサイズに戻っていた。耳や尻尾も消えている。これなら店の中に入れても大丈夫そうだ。
「念のため縛っておこう」
フィンが地面に落ちていたコードを拾い、手慣れた手つきで縛っていく。グレイは何か言いたそうではあったが口は挟んでこなかった。拘束し終えると
「あたしが運ぶワ」
そういって抱き上げて店内につれていく。いつもの感じはなくしおらしい雰囲気である。俺とフィンは顔を見合わせた。
「なんか…訳ありっぽい関係か…?」
「そのようだな。かといって奴がライに危害を加えた事実は変わらないぞ」
「はあ…何があっても店内では炎を出すなよ」
「わかっている」
本当にわかってるんだか、と不安になりつつ俺たちも店内に戻った。
幻獣は縛られた状態で控室に寝かされていた。グレイは考え込むような顔のまま、幻獣を見つめ停止している。俺とフィンは壁に寄りかかったままそれを見ていた。
(話しかけれる雰囲気じゃねえな…)
先程まで幻獣の体を触って確認していたが何かわかったのだろうか。しばらくしてグレイが話し始める。
「まずこの子についてわかった事を話すワ。今のこの子は狼憑き状態…いえ、一般的には狼男というのがわかりやすいかしらネ」
「狼男…!」
ふさふさの尻尾と耳を見た時なんとなく狼男かと思ったがまさか当たっていたとは。
「狼男は元々は人間なのヨ。呪いや魔術で後天的に狼憑きにさせられた元人間、それが狼男なノ。幻獣の中でも珍しいタイプで半獣とも呼ばれてるワ」
「半獣か。後天的に幻獣になるなんてあるんだな…」
てっきり幻獣というのは皆その形で生まれてくると思っていたが(フィンとかユウキみたいに)。
「あるのよ、稀にネ。あたしが最後に見た時この子は人間だったワ。一体何があったのかしら…」
「呪いや魔術といったが誰かに狼憑きにさせられたという事か?」
フィンの問いかけにグレイは暗い表情のまま頷いた。
「ええ。彼が恨まれるような事をしたのか、それとも何かの間違いで憑かされたのか…まあ、性格悪いし前者かもネ」
「…あんたとは仲がいいのか?」
「仲がいい…というか、その……」
歯切れの悪い言い方だった。なんだと思って次の言葉を待っているとまさかの答えが返ってきた。
「セフレだったのヨネ…あはは~」
「せっ」
「!!」
俺とフィンが凍り付いた。何かありそうだなとは思ったがセフレときたか。何も言えずにいるとグレイは一人で笑いだした。
「あはは!やーねー。過去の話だから気にしないでチョーダイ。セフレっていっても結構訳ありだったシ」
グレイが狼男の髪をサラサラと撫でていく。その手つきは優しくて…グレイの複雑な心情が垣間見えた気がした。
「とりあえずあんた達はそろそろ寝なさい。朝になっちゃうわヨ。この子はあたしが見とくから、昼になったら交代してくれるカシラ」
「わかった。何かあれば起こしてくれ」
「ええ」
一旦グレイに任せて俺たちは寝る事にした。個室に戻ったあと伸びをする。
「ふあ~…とんでもない事になったな」
「ライ。セフレとはセックスフレンドの略称で合ってるか?」
「そ、そうだが…改めてなんだよ」
「すまない。名前的に言えば友人という意味なのだろう。つまりグレイと奴は友人なのか?恋人なのか??」
「どっちなんだろうな…」
あの様子ではただの友人ではなさそうだが。
(そもそも意外だよな…グレイが人間のセフレを作るなんて)
てっきりグレイは幻獣とだけ関係を持ってるのかと思ったが。つじつま合わせの事もあるが案外グレイは人間が好きなのかもしれない。
「よくわかんねえけど寝ようぜ…もうくたくただ」
「ライ、手当は必要ないのか?」
「あ?あー平気平気。明日痣になって終わりだ」
ベッドに横になるとフィンも追いかけてきた。電気はすでに消されており互いの顔は見えない。ぎしりとベッドがきしむ音がする。
「…ライ、私たちはセフレなのだろうか」
「はあ?!」
突然の事に飛び起きる。顔は見えないがこっちを見てるのはなんとなくわかった。
「急に何言い出すんだよ…」
「しかし、セックスのような触れ合いはやってるが付き合ってるわけではないのだろう?それこそセフレの定義に近いではないか」
「…」
言い返せない。俺としては違う認識でいたが現状俺たちは「セフレ」という関係性が一番近いだろう。
「セフレにも色々あると思うが、俺らは…その…、体だけを求めてる関係じゃねえから」
「つまりセフレから抜け出そうとしてるセフレか」
「回りくどい言い方だな」
「だが間違ってはないだろう?よし…決めた。もうこれ以上不用意にはライと接触しない。そして一日でも早くセフレ脱却を目指す」
「!」
という事は恋人になるまでは手を出さないって事か。俺としても心の整理がつきやすいしありがたいのだが。
もやっ
何か胸に残るような感覚がある。何が不満なのか自分でもわからない。
「はあ…じゃあ普通に寝ますかね。友人のフィンさん」
「ああ。そうしよう。セフレのライ」
「セフレ言うな」
「ふふ、おやすみ、ライ」
「おやすみ…」
眠気のおかげですぐに寝付けると思ったのに、モヤモヤのせいでしばらく寝返りを繰り返すのだった。
***
昼になりグレイを見に行くと、狼男の顔を眺めたまま停止している状態だった。
(まさかこの姿勢でずっといたのか)
ギョっとしてるとフィンが代わりに声をかけにいく。
「グレイ、大丈夫か?代わろう」
「あ、二人とも起きたのネ。オハヨウ」
疲れた顔をしている。ずっと考え事をしていたのだろうか。水をいれたコップを手渡す。
「ありがと」
「腹減ってるか?今から何か作るけど」
「いえ…食欲ないから、このまま寝ちゃうワ。この子を頼んだワヨ」
「あ、ああ」
欠伸を噛み殺しながらグレイは自室に消えていった。残された俺とフィンは揃って狼男の方を見た。目の下に黒いクマがくっきりと浮かんでいる。この男も睡眠不足のようだ。
「まだ起きなそうだな。簡単なの作っちまうからフィンは奴を見ててくれ」
「わかった」
冷蔵庫を確認する。キムチの賞味期限が近くなってたのでキムチ炒めを作ってみた。皿に盛ってフィンのところまで持っていく。
「ほら。熱いから気を付けろよ」
「誰の心配をしてるんだ」
「はは、そうだった」
熱さは得意だったな。そう言って笑ってると
ギギっ
コードが軋む音がした。慌てて狼男の方を見る。
「!」
狼男がこちらを睨んでいた。今更だが狼男はグレイによって服を着せられていた。
(全身膨れ上がった時に服も破れたからな…)
フィンがよく着てるあのキャラもののダサTシャツである。おかげで恐ろしさは半減していた。
「てめえら誰だ??」
「俺はグレイに雇われてるスタッフでライだ。こっちはフィン」
「おい、ライ…」
「てめえらを雇っただあ?あの偏屈が??ありえねえ!」
「グレイの事をよく知ってるんだな」
「うるせえ!てめえには関係ねえだろ!死ね!!」
縛られたまま中指を立ててくる。グレイが性格悪いと溢していたがちょっと納得した。まるで反抗期の子供を相手してるみたいだ。
「はあ、わかったよ。グレイの事はもう聞かないから一旦落ち着け」
「チッ」
「狼男。ライを襲った理由を聞かせてもらおうか」
「ああ??」
フィンの問いかけに反射的にキレる狼男。これでは会話にならない。俺は横によけていた皿を見えるように持ち上げた。狼男はハッとして見てくる。
「俺らの質問に答えてくれたらこのキムチ炒めを食わしてやるからさ」
「!!!」
「結構美味しいぜ?」
キムチの香りにそそられて狼男の口からヨダレが垂れてきた。相当空腹のようだ。
「じゅるっ…うううるせえな…話せばいいんだろ!」
キレつつも狼男は座り直した。それから話しだす。どうやら狼男になったのは最近の話らしく、元々は夢遊病みたいな現象だと思ってたらしい。寝て起きると部屋が荒れていたり場所を移動していたり。挙句の果てには血だらけになっている日もあったとか。
「それで…部屋にカメラをつけてみたんだ。そしたら…寝た瞬間オレの体が毛だらけの化物になって…暴れてやがった」
「ホラーだな…」
ただの人間がある日突然狼男になるなんて恐怖でしかない。強がってはいるがこの男も相当恐ろしかったはずだ。
「じゃあ俺を襲った事は覚えてるか?」
「ああ??狼になってる時は意識ねえんだよ!覚えてるわけあるか!!」
「そうか…」
「やれやれ、襲っておいて開き直るとは恐れ入るな」
「アア??てめえさっきからウゼえな!ぶっ飛ばすぞ!」
フィンが冷たく嫌味を言うと狼男もキレ散らかす。どうやらこの二人は相性が悪そうだ。まあまあと二人の間に入りつつ皿を持ってきた。狼男に差し出す。
「ほら、とりあえずこれ食えよ。腹減ってるからそんなにイライラするんだって」
「ああ??スプーンにしろ!食いにくい!!」
「はいはい」
呆れつつキムチ炒めをスプーンで口に運んでやる。
もぐもぐ
咀嚼したあと狼男は目を輝かせた。口を開けてお代わりを求めてくる。フライパンいっぱいに作っておいたキムチ炒めを空にする勢いで狼男は食べ進めた。
「っふう…うめえじゃねえか…」
「そりゃ何よりだ」
「ライ…ライの分が残ってないぞ」
「俺はいいよ。作りながらつまんでたし」
相変わらず食欲もないしちょうどいいぐらいだ。しかしフィンは頬を膨らませて怒っている。狼男を優先したのが気に食わないらしい。
「こんなよくわからない幻獣の為にライが我慢するなんて許せん…」
我慢はしてねえよ、と笑いながら訂正しようとした時だった。
「オレは幻獣じゃねえ!」
狼男は顔を真っ赤にして叫ぶ。ずっとキレてはいるが今までで一番怒っていた。
「人間だ!!オレは人間なんだよ!!」
「何を馬鹿な事を。お前は狼男だ。それはれっきとした事実であり、覆る事はない」
「うるせえ!うるせえ!うるせえ!!」
ぶちぶちっ
拘束していたコードがちぎれていく。人間ではありえない馬鹿力だ。狼男は自ら人間離れしている事を証明してしまい戸惑っていた。
「チっ!!」
廊下を走っていく。フィンが立ち上がろうとして手で制した。
「俺が行く。あんたはここにいてくれ」
「しかし…!」
「あいつ、気を失わなければ人間のままなんだろ。なら俺でも対応可能だ」
実際あのサイズの狼男には勝てたのだ。暴走しなければ問題ない。それよりもこれ以上刺激する方が危ない気がする。
(フィンがいたら良い展開にならなそうだし…)
今回ばかりはフィンを置いてくのが最適だろう。本人も相性が悪いのは察してるのか顔をしかめていた。
「ライ…」
「俺を信じてくれ。グレイが起きたら説明頼んだぞ。じゃあな」
「ああ、ライ!まっ…」
フィンの静止を振り切って俺も廊下を走るのだった。
シャワーから出てきたフィンと今日の話をしていた。猟師に情報屋。現代ではかなりレアな(?)職業の人と出会ってしまった。
「二人ともキャラは濃かったけど普通の人間でさ」
「幻獣関係の職業をただの人間がやるのは珍しいな。相当なもの好きと言える」
「俺への嫌味か?」
「違う。拗ねないでくれ」
「拗ねてねえし。で、そっちのパトロールはどうだったよ」
今日は二週間に一度のパトロールの日だった。歓楽街の周辺店舗が協力して夜に見回りを行っているのだが、俺たちが参加するのは今回から(グレイだけの時は参加したくてもできなかった)で主にフィンが担当することになった。
「どうもこうも歩いてるだけだったな。拍子抜けだ」
「防犯になるんじゃねえの?」
「ただ夜道を歩いていただけだ。あれならライの顔を眺めていた方がよっぽど楽しいぞ」
「それは俺が楽しくねえ」
フィンが頭を拭いている間に俺は棚に並べられた機械を眺めた。今朝店中から集めた機械たちだが、どれも破損していて粗大ごみ一歩手前である。
「よくこんなボロボロにできるよな…」
「誰しも得手不得手はある」
「そりゃそうだが…はあ、とりあえずこれ処分しちまうか。置いといてまた爆発させられても困るしな」
「ライ、この大きな機械はなんだ?」
「パソコン。メールや在庫管理、給与明細等の資料作成、HP運用もできるぜ。まあ今の時代スマホでも十分だがパソコンでまとめてやった方が便利だろうな」
「???」
フィンが横に来てパソコンを睨みつけてくる。聞き慣れない単語ばかりのようだ。
(それもそうか…)
幻獣にとっては事務作業なんて未知の領域だろう。
「ふむ。とにかく、ライはパソコンもできるのだな」
「できない事もないが修理は無理だな」
「となるとやはりこれは廃棄か…」
「高そうなパソコンだからもったいねえけど、捨てるしかないわな」
実際今もパソコンなしで業務は回っているわけだし、爆発するというデメリットを抱えてまで取り入れる必要はない。
(取り入れたらグレイが楽になるんだろうけど仕方ないな…)
ここに専門家がいればよかったのだが。
「今週ゴミに出すとして…それまでは念のため地下室に置いとくか」
「それがいいだろうな。私はこちらのコード類をまとめよう」
「じゃ、この箱、地下に運んでくるわ」
小さな機械を集めた段ボール箱を持ち上げる。廊下を進み、裏口から外に出た。
ひゅうう
風が強い。空を見ると雲の流れが早かった。雲の合間から月が見え隠れする。少しだけ欠けたほぼ円形の月だった。
「もうすぐ満月か…」
呟きつつ地下室に向かう。その時だった。
ドスンっ
背後の地面に何かかが落ちてくる音がした。何事かと振り向くより先に背中に衝撃が来る。
「なっ…?!」
前のめりに倒れ込んだ。段ボールの中身が地面に飛び散る。俺は床に倒れる寸前に手をつきなんとか体勢を整えた。
(誰だ?!)
慌てて後方を確認すれば、黒く影になった誰かが立っている。一瞬人間かと思ったが大きなふさふさの尻尾と耳がついていた。満月を背に四つん這いで立つ姿は狼のようで。
(狼…いや、幻獣か…!)
銀色の瞳がこちらを射抜いてくる。やばいと思った瞬間、自分の首付近に手が伸びてきていた。爪が長く、捕まればあっという間に切り裂かれるだろう。
「このっ」
だが体格的には俺と大差ない。一か八かで人間相手の戦い方をしてみた。奴の手をかわした後腕を巻き付け、体ごと投げる。
ブン!!ドサッ!
奴の勢いをそのまま利用すればなんとかいけた。起き上がらないよう馬乗りになり奴の両手をまとめる。
「ライ!!」
店の中からフィンが飛び出してきた。物音で気づいたらしい。俺たちの様子を見て驚いていた。
「ライ…その幻獣は一体?!」
「急に襲われたんだよ!なんとか体は封じたが…」
「待て!ライ!離れるんだ!」
「!?」
ゾゾゾゾ
掴んでいた腕がどんどん長い毛に覆われていく。しかも腕や体が二倍以上の太さに膨れ上がった。このサイズでは俺の制御など全く意味を成さない。
「うわ!!」
弾き飛ばされ店の壁に全身をぶつけた。フィンが駆けつけてくる。
「大丈夫か、ライ!」
「平気だ…いてて、これは全身打ち身コースだな…」
「よくもライを……しかし、狙いが私じゃないのなら龍矢の追っ手ではないのか」
「みたいだが…」
敵意は確実にある。一回り体を膨れ上がらせた幻獣は牙をむいてこちらに唸っている。今にも襲い掛かってきそうだ。
「見知らぬ幻獣だが…仕方ない」
パチパチとフィンの付近に火花が散る。幻獣に炎を向ける…その時だった。
「待ってチョウダイ!!」
叫ぶような声と共に俺たちの周りに灰色の霧が漂ってくる。
(これは…グレイの霧か!)
慌てて口を塞いだ。
グルルウル…ルル…
幻獣は霧を吸ったことで一瞬で意識を失った。どすっと地面に倒れ込む。グレイが裏口から駆け寄ってきた。俺たちにではなく、その幻獣にだ。
「え?」
俺とフィンが驚いていると、グレイは何を思ったのか幻獣を抱きしめた。幻獣の顔を確認して目を見開く。
「まさか…どうしてナノ…」
「グレイ?」
声をかけるとグレイは動揺した様子で顔を上げた。
「ライ、フィン。驚かせてごめんなさいネ。彼…あたしの知り合いで、しばらく連絡がなかったから何かあったのかと思ってたけど…まさかこんな事になってるナンテ」
「まじか…」
フィンが灰にしなくてよかったと内心ほっとする。
「とりあえず中に運びまショ」
幻獣の体はすでに元のサイズに戻っていた。耳や尻尾も消えている。これなら店の中に入れても大丈夫そうだ。
「念のため縛っておこう」
フィンが地面に落ちていたコードを拾い、手慣れた手つきで縛っていく。グレイは何か言いたそうではあったが口は挟んでこなかった。拘束し終えると
「あたしが運ぶワ」
そういって抱き上げて店内につれていく。いつもの感じはなくしおらしい雰囲気である。俺とフィンは顔を見合わせた。
「なんか…訳ありっぽい関係か…?」
「そのようだな。かといって奴がライに危害を加えた事実は変わらないぞ」
「はあ…何があっても店内では炎を出すなよ」
「わかっている」
本当にわかってるんだか、と不安になりつつ俺たちも店内に戻った。
幻獣は縛られた状態で控室に寝かされていた。グレイは考え込むような顔のまま、幻獣を見つめ停止している。俺とフィンは壁に寄りかかったままそれを見ていた。
(話しかけれる雰囲気じゃねえな…)
先程まで幻獣の体を触って確認していたが何かわかったのだろうか。しばらくしてグレイが話し始める。
「まずこの子についてわかった事を話すワ。今のこの子は狼憑き状態…いえ、一般的には狼男というのがわかりやすいかしらネ」
「狼男…!」
ふさふさの尻尾と耳を見た時なんとなく狼男かと思ったがまさか当たっていたとは。
「狼男は元々は人間なのヨ。呪いや魔術で後天的に狼憑きにさせられた元人間、それが狼男なノ。幻獣の中でも珍しいタイプで半獣とも呼ばれてるワ」
「半獣か。後天的に幻獣になるなんてあるんだな…」
てっきり幻獣というのは皆その形で生まれてくると思っていたが(フィンとかユウキみたいに)。
「あるのよ、稀にネ。あたしが最後に見た時この子は人間だったワ。一体何があったのかしら…」
「呪いや魔術といったが誰かに狼憑きにさせられたという事か?」
フィンの問いかけにグレイは暗い表情のまま頷いた。
「ええ。彼が恨まれるような事をしたのか、それとも何かの間違いで憑かされたのか…まあ、性格悪いし前者かもネ」
「…あんたとは仲がいいのか?」
「仲がいい…というか、その……」
歯切れの悪い言い方だった。なんだと思って次の言葉を待っているとまさかの答えが返ってきた。
「セフレだったのヨネ…あはは~」
「せっ」
「!!」
俺とフィンが凍り付いた。何かありそうだなとは思ったがセフレときたか。何も言えずにいるとグレイは一人で笑いだした。
「あはは!やーねー。過去の話だから気にしないでチョーダイ。セフレっていっても結構訳ありだったシ」
グレイが狼男の髪をサラサラと撫でていく。その手つきは優しくて…グレイの複雑な心情が垣間見えた気がした。
「とりあえずあんた達はそろそろ寝なさい。朝になっちゃうわヨ。この子はあたしが見とくから、昼になったら交代してくれるカシラ」
「わかった。何かあれば起こしてくれ」
「ええ」
一旦グレイに任せて俺たちは寝る事にした。個室に戻ったあと伸びをする。
「ふあ~…とんでもない事になったな」
「ライ。セフレとはセックスフレンドの略称で合ってるか?」
「そ、そうだが…改めてなんだよ」
「すまない。名前的に言えば友人という意味なのだろう。つまりグレイと奴は友人なのか?恋人なのか??」
「どっちなんだろうな…」
あの様子ではただの友人ではなさそうだが。
(そもそも意外だよな…グレイが人間のセフレを作るなんて)
てっきりグレイは幻獣とだけ関係を持ってるのかと思ったが。つじつま合わせの事もあるが案外グレイは人間が好きなのかもしれない。
「よくわかんねえけど寝ようぜ…もうくたくただ」
「ライ、手当は必要ないのか?」
「あ?あー平気平気。明日痣になって終わりだ」
ベッドに横になるとフィンも追いかけてきた。電気はすでに消されており互いの顔は見えない。ぎしりとベッドがきしむ音がする。
「…ライ、私たちはセフレなのだろうか」
「はあ?!」
突然の事に飛び起きる。顔は見えないがこっちを見てるのはなんとなくわかった。
「急に何言い出すんだよ…」
「しかし、セックスのような触れ合いはやってるが付き合ってるわけではないのだろう?それこそセフレの定義に近いではないか」
「…」
言い返せない。俺としては違う認識でいたが現状俺たちは「セフレ」という関係性が一番近いだろう。
「セフレにも色々あると思うが、俺らは…その…、体だけを求めてる関係じゃねえから」
「つまりセフレから抜け出そうとしてるセフレか」
「回りくどい言い方だな」
「だが間違ってはないだろう?よし…決めた。もうこれ以上不用意にはライと接触しない。そして一日でも早くセフレ脱却を目指す」
「!」
という事は恋人になるまでは手を出さないって事か。俺としても心の整理がつきやすいしありがたいのだが。
もやっ
何か胸に残るような感覚がある。何が不満なのか自分でもわからない。
「はあ…じゃあ普通に寝ますかね。友人のフィンさん」
「ああ。そうしよう。セフレのライ」
「セフレ言うな」
「ふふ、おやすみ、ライ」
「おやすみ…」
眠気のおかげですぐに寝付けると思ったのに、モヤモヤのせいでしばらく寝返りを繰り返すのだった。
***
昼になりグレイを見に行くと、狼男の顔を眺めたまま停止している状態だった。
(まさかこの姿勢でずっといたのか)
ギョっとしてるとフィンが代わりに声をかけにいく。
「グレイ、大丈夫か?代わろう」
「あ、二人とも起きたのネ。オハヨウ」
疲れた顔をしている。ずっと考え事をしていたのだろうか。水をいれたコップを手渡す。
「ありがと」
「腹減ってるか?今から何か作るけど」
「いえ…食欲ないから、このまま寝ちゃうワ。この子を頼んだワヨ」
「あ、ああ」
欠伸を噛み殺しながらグレイは自室に消えていった。残された俺とフィンは揃って狼男の方を見た。目の下に黒いクマがくっきりと浮かんでいる。この男も睡眠不足のようだ。
「まだ起きなそうだな。簡単なの作っちまうからフィンは奴を見ててくれ」
「わかった」
冷蔵庫を確認する。キムチの賞味期限が近くなってたのでキムチ炒めを作ってみた。皿に盛ってフィンのところまで持っていく。
「ほら。熱いから気を付けろよ」
「誰の心配をしてるんだ」
「はは、そうだった」
熱さは得意だったな。そう言って笑ってると
ギギっ
コードが軋む音がした。慌てて狼男の方を見る。
「!」
狼男がこちらを睨んでいた。今更だが狼男はグレイによって服を着せられていた。
(全身膨れ上がった時に服も破れたからな…)
フィンがよく着てるあのキャラもののダサTシャツである。おかげで恐ろしさは半減していた。
「てめえら誰だ??」
「俺はグレイに雇われてるスタッフでライだ。こっちはフィン」
「おい、ライ…」
「てめえらを雇っただあ?あの偏屈が??ありえねえ!」
「グレイの事をよく知ってるんだな」
「うるせえ!てめえには関係ねえだろ!死ね!!」
縛られたまま中指を立ててくる。グレイが性格悪いと溢していたがちょっと納得した。まるで反抗期の子供を相手してるみたいだ。
「はあ、わかったよ。グレイの事はもう聞かないから一旦落ち着け」
「チッ」
「狼男。ライを襲った理由を聞かせてもらおうか」
「ああ??」
フィンの問いかけに反射的にキレる狼男。これでは会話にならない。俺は横によけていた皿を見えるように持ち上げた。狼男はハッとして見てくる。
「俺らの質問に答えてくれたらこのキムチ炒めを食わしてやるからさ」
「!!!」
「結構美味しいぜ?」
キムチの香りにそそられて狼男の口からヨダレが垂れてきた。相当空腹のようだ。
「じゅるっ…うううるせえな…話せばいいんだろ!」
キレつつも狼男は座り直した。それから話しだす。どうやら狼男になったのは最近の話らしく、元々は夢遊病みたいな現象だと思ってたらしい。寝て起きると部屋が荒れていたり場所を移動していたり。挙句の果てには血だらけになっている日もあったとか。
「それで…部屋にカメラをつけてみたんだ。そしたら…寝た瞬間オレの体が毛だらけの化物になって…暴れてやがった」
「ホラーだな…」
ただの人間がある日突然狼男になるなんて恐怖でしかない。強がってはいるがこの男も相当恐ろしかったはずだ。
「じゃあ俺を襲った事は覚えてるか?」
「ああ??狼になってる時は意識ねえんだよ!覚えてるわけあるか!!」
「そうか…」
「やれやれ、襲っておいて開き直るとは恐れ入るな」
「アア??てめえさっきからウゼえな!ぶっ飛ばすぞ!」
フィンが冷たく嫌味を言うと狼男もキレ散らかす。どうやらこの二人は相性が悪そうだ。まあまあと二人の間に入りつつ皿を持ってきた。狼男に差し出す。
「ほら、とりあえずこれ食えよ。腹減ってるからそんなにイライラするんだって」
「ああ??スプーンにしろ!食いにくい!!」
「はいはい」
呆れつつキムチ炒めをスプーンで口に運んでやる。
もぐもぐ
咀嚼したあと狼男は目を輝かせた。口を開けてお代わりを求めてくる。フライパンいっぱいに作っておいたキムチ炒めを空にする勢いで狼男は食べ進めた。
「っふう…うめえじゃねえか…」
「そりゃ何よりだ」
「ライ…ライの分が残ってないぞ」
「俺はいいよ。作りながらつまんでたし」
相変わらず食欲もないしちょうどいいぐらいだ。しかしフィンは頬を膨らませて怒っている。狼男を優先したのが気に食わないらしい。
「こんなよくわからない幻獣の為にライが我慢するなんて許せん…」
我慢はしてねえよ、と笑いながら訂正しようとした時だった。
「オレは幻獣じゃねえ!」
狼男は顔を真っ赤にして叫ぶ。ずっとキレてはいるが今までで一番怒っていた。
「人間だ!!オレは人間なんだよ!!」
「何を馬鹿な事を。お前は狼男だ。それはれっきとした事実であり、覆る事はない」
「うるせえ!うるせえ!うるせえ!!」
ぶちぶちっ
拘束していたコードがちぎれていく。人間ではありえない馬鹿力だ。狼男は自ら人間離れしている事を証明してしまい戸惑っていた。
「チっ!!」
廊下を走っていく。フィンが立ち上がろうとして手で制した。
「俺が行く。あんたはここにいてくれ」
「しかし…!」
「あいつ、気を失わなければ人間のままなんだろ。なら俺でも対応可能だ」
実際あのサイズの狼男には勝てたのだ。暴走しなければ問題ない。それよりもこれ以上刺激する方が危ない気がする。
(フィンがいたら良い展開にならなそうだし…)
今回ばかりはフィンを置いてくのが最適だろう。本人も相性が悪いのは察してるのか顔をしかめていた。
「ライ…」
「俺を信じてくれ。グレイが起きたら説明頼んだぞ。じゃあな」
「ああ、ライ!まっ…」
フィンの静止を振り切って俺も廊下を走るのだった。
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