ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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十話

煙たい記憶

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 俺と桐谷達は社の裏に移動した。まだ夕方だが取り囲む木々のせいですでに夜のように暗くなっていた。桐谷に見つかっただけでも厄介なのに、社へ戻る道は仲間の男達に張られ、背後も腰の高さまでのびた草に囲まれており、逃げられない状況だった。
 (昔とそっくりな逃げ場のなさだな…)
 鬱々とした気分になる。

「中坊だった雷クンが随分イケメンになっちまって、背なんかほとんど同じじゃねえか。でかくなったなぁ」

 台詞は面倒見のいい兄貴分のようだが、その視線は親しい同性に向けるものではなく、品定めするような気持ちの悪いものだった。あまりにも不快だったが下手に逆撫でて荒事にはしたくはない。視線を外しなるべく感情を込めないよう淡々と返した。

「…桐谷さんもお元気そうで」
「はは、すげぇ棒読み。なあ、ライター持ってるか?」

 煙草を咥えて「火をつけろ」と指示される。迷ったが、ここは従っておくのが無難だろう。ため息と共に近づく。

 カチっ

「ふぅ…」

 桐谷は目を瞑り美味しそうに煙草を味わう。それは中学の時に見た桐谷と全く変わらない姿で、苦々しさを噛み締めながらライターをしまった。
 
「そんな嫌そうな顔をするなよ。バイトで仲良くしてた先輩との懐かしの再会だろ?もっと喜べって」
「…」
「ま、仲良くしてたのはお前じゃなくてお前のケツとだが」
「……」
「急に辞めちゃった雷クンを心配してたんだぜ?あの時はほんとごめんなぁ。俺らも加減がわかってなくてボロクソに扱っちまった。今度はちゃんと可愛がってやるから戻って来いよ」
「冗談はよしてください」

 桐谷の元に行くなんて反吐が出る。

「…これ以上しつこくするなら人を呼びますよ、桐谷さん」
「おいおい、冷たいな。こうして再会できたのも何かの縁だろ?お前だって俺と話したくてこんな所までついてきてくれたんだろうが。少しは仲良くしようや」
「勘違いしないでください。あそこで暴れたら迷惑になるからついてきたんだ。あんたに従ったわけじゃない」
「へぇ?」

 俺の拒絶に一気に空気が冷え込んでいく。しかしここで空気に呑まれたら終わる。心を奮い立たせ真っ直ぐ桐谷を睨み付ければ、桐谷は楽しそうにすうっと目を細めた。

「その生意気な目、懐かしいねぇ。いいぜ…それでこそ探し回った甲斐がある」

 ザッ

 意味深な事を溢したと思えば大きく一歩踏み込んできた。
 (くる…!)
 殴りか蹴りか。それとも武器を使ってくるか。それらの警戒を嘲笑うように、桐谷は咥えていた煙草を俺の方へ弾いてくる。

「!!」

 体を横に反らし、避けた。しかし過敏に反応してしまった分、隙ができてしまう。それを桐谷は見逃さず、俺の無防備に晒された喉を掴んでくる。

 ガシッ

「…ッ」
「はは、やっぱり煙草はまだ怖いか」

 絞める力を強めながら桐谷が惨忍に笑う。話しながらもどんどん指が食い込んでくる。

「う、ぐっ……っ」
「どうした…振り払わねえと喉潰しちまうぜ?」
「…!!」

 振り払わなければ、殴らなければ、逃げなければ…。そうわかっていても指先一つ動かせなくて。
 (どうして…)
 自分の体なのに信じられなかった。

「…ま、大人しくなったのならちょうどいい。ほら、来い。昔みたいに可愛がってやる」

 桐谷が髪を掴み引っ張ってくる。ダメだ。このままついていけば地獄をみる。わかってるのに抵抗できない。動けない自分に絶望していると


「はーい、ちょっとそこのお兄さん達~、カツアゲなら他所でやってくださいねー」


 底抜けに明るい声が響いた。弾かれたように顔を上げると、栗色の髪の学生が桐谷の仲間達を押し退けつつ現れた。

「狐ヶ崎ユウキ」

 絶句する俺の代わりに桐谷がその名を呼ぶ。ユウキはにこりと笑みを浮かべて社の正面を指差した。

「桐谷さん、屋台の場所決めもう始まってますよ。柴沢に仕切らせちゃってるんで引き継ぎお願いできますか?」
「あー…はいはい、わかりましたよ…」

 桐谷も狐ヶ崎には逆らえないのか俺の髪から手を放し、呆気なく身を引いた。これで解放されると安堵していると、すれ違いざま

「じゃ、明日呼ぶから」

 呪いのような言葉を残して桐谷は去っていった。



 残された俺とユウキはしばらく沈黙に包まれていたが、やがてユウキが口を開いた。

「昼間店に行った時、祭りのポスターが見えたから…もしかしたらライが来させられるかもと思って見に来たんだ」
「…」
「そしたら案の定ライが裏に連れてかれるのを見かけて、まあ人間相手だし口を出すつもりはなかったんだけど、風向きが悪くなってきたから、つい。余計な真似だったらごめん」
「…いや、助かった」

 ショックから抜け出せないままなんとか礼だけ言って、また口を閉ざす。下を見ればガタガタと震える手が視界に入った。
 (なんだ、この、情けない手は…)

「ライ、大丈夫…?」

 ユウキが気遣うように見てくる。こんな姿見られたくないのに、走り去ることも震えをとめることもできず、ただ立ち尽くす事しかでない。

「ライ…俺、柴沢呼んでくる」
「!」
「その様子じゃ歩いて帰れないだろうし、車をださせるよ。まだ表にあいつらがいると思うから…ライはここで待ってて」

 そういってユウキは背を向ける。

「…!」

 遠ざかる背中に、俺は、無意識に手を伸ばしていた。

 ぐっ

「うわっ、ちょっと?!」

 つんのめったユウキが慌てて振り返ってくる。俺の手が制服の背を握り込んでるのを見て…驚いた顔をする。

「えーっと…ライ?」
「あ!…わ、悪い…!」

 すぐに手を離すが、ユウキと同じくらい、いやそれ以上自分の行動が信じられず…罪悪感が押し寄せてきた。
 (今、俺はなんて事を…)
 放心状態の俺を見て、ユウキはくるりと体の向きを変え両腕を上げた。そして

 ぎゅっ

「怖かったんだね、大丈夫だよ。俺がいるから」

 優しく抱きしめてくる。

「…!」

 ユウキに抱かれると別の意味で金縛りにあうが、震えは少しマシになった。頭のすみで「早く離れなくては」と焦りがちらつくが体は桐谷への恐怖で強張ったままで

 ザッ

 最悪のタイミングで現れた。
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