ヤンデレ不死鳥の恩返し

リナ

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十話

桐谷という男

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「えーっと、うん、町内会長の鷲野です。今年もこの季節が来ましたね、うん」

 会議内容は至って普通だった。祭り前日から当日、そして翌日までの細かなスケジュールを説明し、各種注意事項、運営を担う者達の紹介もしていく。聞いてる側も俺以外は耳タコなのか雑談をしながら聞くレベルの緩さだった。鳴海は隅で正座のまま寝ているし、何も知らない者がこの部屋を見たら“ほがらか老人会”にしか見えなかっただろう。そんな感じで終始のんびりとした雰囲気で会議は進み

「皆さん、お忙しい中ありがとうございました。えーっと、屋台参加される方はこの後少し決める事があるんで社の前で集まってくださいねぇ」

 そう締めくくられて終了となった。
 (ふう、めちゃくちゃ平和に終わったな…)
 笑ってしまうぐらい穏やかな町内会議だった。配布された書類をファイルにいれて退出の合図を待っていると、廊下から七十代ぐらいの女性がやってきて、お茶と茶菓子を渡された。

「若い人は退屈だったでしょう?どうぞお食べになって。全員分あるから」
「すみません、いただきます」
「いいのよ。この後お弁当も届くからよかったら食べていってね」
「!」

 まさかの延長戦にぎくりとする。和気あいあいとしたこの空間で「じゃ、帰ります」はなかなか言い出せないし、お茶をいただいてしまった手前、失礼はできない。
 (フィンに遅くなるって伝えねえと…)
 スマホを開こうとした時だった。


「ぎゃはは!お前だっせえなぁ!」


 ふと玄関の方から賑やかな声が聞こえてくる。ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる若い男の声はあまりにもこの場にそぐわない。なんだと振り返れば

 ふわっ

 懐かしい煙草の匂いが鼻をかすめ、凍り付く。

「鷲野の爺サン、遅くなって悪いなぁ」

 廊下から現れた男は数人の仲間を引き連れてぞろぞろと和室に入ってきた。

「ああ、桐谷きりやくん、ちょうど会議が終わった所だよ、うん」

 桐谷と呼ばれたその男は黒髪に金のメッシュが入った30代後半ぐらいの体格のいい男だった。釣り合がった目とシルバーアクセサリーが特徴的ないわゆる元ヤンで、後ろの仲間達も桐谷以上にガラが悪い(こっちは20代ぐらい)。
 (…やばい)
 男の姿を捉えた瞬間すぐに背を向けたが、内心かなり焦っていた。
 (どうして、あの男がここに…)
 薄暗い場所にいたおかげで今は見つかってないが、それも時間の問題だろう。焦る俺の前で、桐谷は仲間と共に嘲笑を浮かべて話しだした。

「爺サン、こりゃ会議ってより老人会だろ」
「うんうん、そうだねえ。桐谷くん達も一緒にどうだい?」
「冗談だろ。こんな限界集落で過ごすなんて金払われてもご免だぜ。そうでなくても祭り前で忙しいってのに」
「顔が広くてリーダーシップもとれる桐谷くんは人気者だねぇ、うん。でも、おかげで助けられてるよ。自分ら町内会と桐谷くん率いる屋台チームが協力してこそ鈴凪祭りは回るんだからねぇ、今年も頼りにしてるよ、うんうん」

 鷲野は桐谷の事をいたく信用しているらしくしきりに頷いていた。

「爺サン、御託はいい。鈴凪祭りの成功の為にもあんたらは俺らに渡すモノがある。そうだろ?」
「うんうん、そうだね」

 鷲野は桐谷に手を突き出され、特に違和感を抱くことなく、横で震えていた鳴海に向き直り、尋ねた。

「鳴海くん、えーっと、封筒はどこかな」
「え、でもあれは一年分の町内会費ですし…先月だって、その、えっとー…」
「ん?先月?」

 ガアン!!

 鷲野が不思議そうにした所で、桐谷が卓袱台に拳を振り下ろした。体格に合った重い拳は卓袱台を割りそうな程強い衝撃音を響かせて、室内にいる全員を竦み上がらせる。

「黙れ鳴海ィ!!このノロマがァ!!それ以上時間無駄にしやがったら絞めコロすぞッ!!」

 桐谷が般若のように恐ろしい形相で怒鳴り付けると鳴海は顔を真っ青にして部屋の奥へとすっ飛んでいく。

「あ、あのあの、鷲野さん…こ、こちらです…」

 そして手に分厚い封筒を握りしめながら戻ってきた。鷲野は中身を確認した後「うんうん、ぴったりだねぇ」と桐谷に封筒を差し出した。桐谷は封筒を背後の仲間に渡し、中身を確認させてから再度鷲野に向き直る。

「問題ねぇみたいだな。いつもきっちり用意してくれてて助かるぜ。流石、町内会長だ」
「いやいや桐谷くんには助けられっぱなしだからね。謝礼は必要だよ」
「はは!鷲野の爺サンはほんと助かってるぜ…、引き続き仲良くしていこうな、ははは!!」

 嘲笑交じりの桐谷の言葉を、鷲野は「優しいねぇ」と喜んでいた。聴覚や視覚と共に頭の方も少しボケが入ってるらしい。
 (なるほどな…)
 町内会の老人達と屋台を率いる桐谷の関係。それはつまり鈴凪祭りの裏側とも言えるのだろうが、それらをこの一分で悟ってしまい胸糞悪い気持ちになる。
 (鷲野は“協力”と言っていたがどう見てもこれは“支配”だな…)

「じゃ、また来るから用意しとけよ」

 そう言ってどたどたと和室を突っ切る桐谷達。俺はそれを俯きつつ横目で確認する。すると、

 ポトッ

 あと少しで廊下に出る。そんな時、桐谷の手元から何かが落ちた。

「!」

 右手のシルバーリングの装飾で、卓袱台を殴りつけた時に外れたのか、それは床に落下した後、運が悪い事に、俺の目の前までコロコロと転がってきてしまう。

「おっと…悪い、拾ってくんねえか?」

 桐谷の声が降ってきてギクリとした。俺は俯いたまま、震える手で拾いあげる。

「…どうぞ」

 手を差し出すがどれだけ待っても桐谷は受け取ろうとしない。どうしたのだろうと顔を上げれば…桐谷は手の中にある装飾など一切目に入っておらず、じーっと俺の顔を観察していた。

「珍しく若い男がいると思えば…、お前、国枝雷だろ?」
「…!」
「久しぶりだなぁ、中三以来だから十年以上ぶりだな。でかくなっててビビったわ。元気してたか?」

 そう言って手首を掴んでくる。まるで逃がさないというように力を込められ、顔をしかめた。

「ちょっと外で話そうや、雷クン」

 懐かしいその呼び方に寒気がした。
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