短編

リナ

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不死鳥シリーズ

★一周年記念のおまけ④(フィン×ライ)

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 ※Ifストーリーではあるけど不死鳥本編に載せてるのでこちらに
 ※一周年記念の『出会う順番が違っていれば』の蛇足と思いきや長いし内容的にむしろこっちが本編
 ※時雨ルート脱走前の「フィンに会いたいけど会ったら辛い」と葛藤するライさんの話
 ※途中時雨との行為があります(挿入あり)





 時雨の下についてから二ヶ月。俺は何かしらの理由をこじつけてはフィンに会いに行っていた。VIP専用の風俗店で働く美しすぎる男、フィン。彼との時間は、殺伐とした日々の中で、唯一のオアシスになっていたのである。 

 ガチャリ

「ライ、来てくれたのか」

 いつものように待機室に行くと、待ち構えていたかのようにフィンがソファに座っていた。

「フィン…」
「ふふ、なんだか今日は来てくれる気がして…待っていてよかった。さあ、どうぞこちらへ」
「…悪いけどあんまり長くいられねえんだ」

 手招かれるのを扉の前に立ったままやんわり断ると、

「そう、なのか…」

 フィンはさらりとソファの背もたれを撫でながら優雅に立ち上がった。

「どれくらいいられる?」
「五分ぐらい」
「それは…最速だな」

 言葉と共に歩みよったフィンは、半歩手前で止まる。

「忙しい中来てくれてありがとう。ライの顔が見たいと思っていたから…嬉しいよ」
「こっちこそ…売れっ子のあんたと休憩タイミングが被ってよかった」
「ふふ、先ほど客のキャンセルが入ったんだ。これは神の采配、いや運命だろうな」
「またそういう事言って…」

 照れ隠しのように俯こうとしてハッと我に返った。
 (せっかくの五分…俯いてる場合じゃねえ)
 短いからこそ、この美しい男の姿を目に焼き付けておかなければ。薄暗い照明の下でもキラキラと光り輝く絹のような白金の髪も、蕩けるようなオレンジの瞳も、滑らかな白い肌も何もかもが作り物のように美しくて、ついついここが風俗店だという事を忘れてしまう。
 (ほんと、キレー…っつーか、格好いいんだよな…)
 ジーッと見惚れてるとフィンが甘い微笑みを浮かべて、お決まりの壁ドンをしてくる。

 トン

「………」

 それに表情を変えずにいるとフィンは少しつまらなそうな顔をした。

「…ふむ、こうしてもアワアワしなくなってしまったか…」
「そりゃ三回に一回の頻度でされてたらな」
「可愛かったのに…」
「あんた眼科に行った方がいいぞ」

 フィンはくすりと笑って「視力には自信があるんだがな」と肩をすくめた。

「ライ、この後はどこへ行かされるんだ?また殴り合いになる仕事か?」
「…用心棒として付き添うから多分な」
「まったく。この綺麗な顔に傷をつけられないよう気を付けるんだぞ」
「あんたに言われると皮肉にしか聞こえねえって…そもそも自分の顔を守る用心棒がどこにいる」
「私の目の前にいる。顔だけじゃなく、この肩も腕も、腹も、腰も、痣だらけにならないよう、しっかり守ってくれ」

 フィンの掌がゆっくりと体のラインを辿っていく。服越しでもわかる熱い程の体温にドキリと心臓が跳ねた。

「触んな…」

 これ以上は体が誤作動を起こしてしまう。思わずフィンの手を払いのけるが、その手は懲りることなく腰に回され、あろうことか引き寄せられる。

「ちょっ、ばか、」
「ライ」

 至近距離で甘く名前を囁かれ引き剥がす手が止まる。顔を上げれば、とろりと熱で溶かされた濃いオレンジの瞳とぶつかる。
 (…卑怯だ)
 こんなものフィンにとっては戯れのような、単なるスキンシップに過ぎないのだろう。だが、色事に疎い俺からしたら心をぐちゃぐちゃに掻き乱される行為で…どう頑張っても“戯れ"とは処理できない。浅ましく期待してしまう自分を戒めるように首を振り、

「そろそろ五分経つから、」

 甘くなりかけた空気ごと振り払うべく、フィンの胸を押した。俺は今“龍神組の組合員”として例外的にここに立っている。オーナーサイドとはいえ部外者なのだし本来はスタッフに近づけない身だ。触れ合うなんてもっての外。

「…そうか、…気をつけて」

 俺の言葉を聞き、フィンは名残惜しそうに腕に力を込め…そして自分から離れていった。お互いが手を伸ばしても触れ合えない距離まで下がったフィンと見つめ合う。
 (これが“俺達"にとっての正しい距離だ)
 ぎゅっと苦しくなる胸をなるべく気にしないようにして背を向けると

「…また、待っている」

 フィンの切なそうな呟きがやけに耳に残った。



 その日の仕事を終わらせた帰り道、俺は同行していた組合員に頼み薬局に寄らせてもらった。

「さっさとしろよ」
「はい」

 日用品をまとめ買いしてる風で買い物カゴに包帯と消毒液をいれていく。流石に薬局の中までついてこられはしないが購入物の確認はされたりする。
 (あとは痛み止めと携帯食料か…)
 だからこうして“必要なもの"は少しずつ買い足すしかないのだ。まるで亀の歩みのようでもどかしかったが、やっと脱走の準備も終わりが見えてきた。この調子なら来週、遅くても再来週には事を起こせるだろう。やっと時雨から離れられる。そう思うと飛び上がるほど嬉しかったが、次の瞬間フィンの顔が浮かび、

 “…また、待っている”

 ぴたりと足が止まる。その葛藤はすでに終えたはずなのに、フィンの呟きを思い出し、決心が揺らぎそうになった。
 (もう決めた事だろ、うじうじすんな)
 準備は順調なのだから心が後ろ向きになってる場合じゃない。俺は龍神組から抜ける。その障害になるものは排除すべきだ。

 …もうフィンとは会わない方がいい。

 最後の理性を振り絞って出した最適解を胸に刻み、組合員の待つ車に戻った。



 翌朝、出掛ける支度をしている所に突然「今すぐ来い」と時雨から呼び出された。スケジュール上では現場回りだったのに、急すぎる変更に嫌な予感がする。
 (まさか、俺の動きに勘づいたか…?)
 昨日の事をざっと思い返す。仕事は普通にこなした。合間にフィンと会ったが、それはあの店でやる事があったからで業務上の問題はない。帰り道で寄った薬局での購入物も、擦り傷の怪我をしてたから怪しまれなかった…はずだ。はずだが…。胸騒ぎが収まらないまま時雨の待つ部屋に入ると

「しばらく俺につけ」
「!!」

 “時雨の同行(無期限)”を言い渡され、まるで死刑宣告を受けたようにショックを受けた。

「え…?」
「外回りは他の奴にやらせる。お前は俺の相手をしていろ。拾ってすぐの頃みたいにな」
「…拒否権は」
「あると思うか?」
「…」

 (くそっ…)
 時雨と四六時中一緒だなんて気が狂いそうだ。しかも“拾ってすぐの頃”という事は組合員としての同行ではない。時雨は俺に現実をわからせるように自分の膝を叩いて見せた。ここに来い。そう言う事だろう。
 (…ここで怪しまれたら、脱走どころじゃない)
 渋々俺は奴の足元に跪くのだった。



 パシッ

「おい、ちゃんと動け」
「はっ…、はぁ…、んっ…」

 太ももを叩かれ重くなった腰を無理やり上げる。

「ンンっ、はぁ…、あぁっ…」

 スーツを脱ぎシャツと靴下だけになった状態で、高級そうな椅子に腰掛けた時雨の腰に乗っかり、時々背を机にぶつけながら体を揺らす。ざっと視線を巡らすが室内には誰もおらず、廊下に待機してる者はいるだろうが喘ぎ声が聞かれる程度気にならなかった。そんなので恥じらう領域はとっくに超えている。問題はあとどれくらいこの行為が続くかだ。もう一時間はやってるはずなのに時雨はなかなかイこうとしない。

「はッ、んぁ…、」

 流石に疲れてきて時雨の胸に倒れ込むと、

「サボるな」
「ひっぐぅ…ッ」

 脱力し緩んだ中を雑に突きあげられ、予想外の刺激に全身がぎくりと強張る。同時に締め付けも強まったのか時雨は堪能するように目を瞑り、はあっと熱い息を吐いた。

「相変わらずイイ締め付けだ。やけに狭いが…誰にも使わせてないのか?」

 そう言って結合部に指を添わせ、ぐちゅりと中に入れてくる。

「んぐ、あぁ…ッ!」
「組の奴らには手を出すなと命じてないし皆狙ってくるだろう」
「はぁッ、あ、なぐって、アアっ…追い、返し、て…る…ッ」
「はっ、狂犬め」

 鼻で笑われた後尻を叩かれる。そんな刺激でも体は快感を拾い、ゾクゾクと悪い震えが全身に走った。時雨は殺したいほど憎いがこの“体”にはどうしても逆らえない。犯される良さを教えた体、匂い、動き、詰る言葉すら心地よくて、俺はその肩に縋りついて吐息を漏らした。

「その調子で俺だけに媚びていろ」

 時雨は満足げに笑った。



 それから十日間、俺は時雨の奴隷になった。奴が求める時に奴が求める事をする。好き勝手された体はガタガタだったが、あの時と違って今の俺には目的がある。“脱走を遂げる”という目的の為に俺は時雨に媚び…応えた。素直に尽くす姿を自らへの忠誠心だと勘違いした時雨は、俺の体を嬲り尽くしてから

「明日から現場に戻れ」

 解放する言葉を吐いた。嫌疑が晴れた俺は、ホッと安堵して時雨の事務所を出るのだった。



「…あれ」

 ハッと我に返る。

「どうしてここに…」

 気付けば、俺はフィンが在籍する風俗店の前に立っていた。事務所から徒歩十分の安アパートへ徒歩で帰宅していたはずだが、擦りきれた心が安らぎを求めてここに誘ってしまったのだろうか。
 (早く離れねえと…)
 こんなボロボロの状態でフィンに会ったら絶対良くない。我慢が効かなくなる。背を向けようとすると

「あれ、ライさんじゃないですか」

 店の扉が開きドアマンの男が顔を見せる。

「ちょうどよかった。今、中で揉めていて…龍神組の人を呼ぼうとしてた所なんですよ。すみませんが少し対応をお願いできますか」

 風俗店の客トラブル対応。用心棒としては慣れっこだったが、フィンのいる店で頼まれたのは初めてだった。VIP専用という事もあって客層のレベルが高く、まず金関係のトラブルは起きない。
 (金払いは心配いらないとして…、客が暴れてるとかか?)
 そこまで考えた所で

「ここです!」

 ドアマンに扉を指差される。俺はため息交じりに扉を開けた。

 ガチャ

「僕の邪魔をするからこうなるんだぞ!グズが!」

 扉の開閉と同時に罵倒する声が届いてくる。気配を消して廊下を進み、中を覗くと、キングベッドの上で鞭を振り回す小柄な男が見えた。多分コイツがVIP客だろう。

「お得意様の僕に歯向かうとか何様?!はは!!オーナーに言ってクビにさせてやるからな!!ゴミクズが!!ははっ」

 キンキンと耳障りな声で喚き散らす客。やけにハイになってるが何かしらキメてるのだろうか。
 (なるほどヤク中…)
 その客の視線の先にはスーツのスタッフが床に倒れていた。気絶してピクリともしない。スタッフの左右にはガタイの良い男が二人、客の付き添い…いや護衛だろう。どちらも奇抜な恰好をしているがそれはいいとして、その後方の壁側、少し開けた空間を見ると、天井から伸びた鎖に両手を吊るされた状態の男がいた(背中を向けていて顔は見えない)。なんとか膝立ちの姿勢を守っているが体中にはSMプレイの限度をこえた裂傷が刻まれていて…思わず眉をひそめる。
 (酷いな…)
 時雨に何度も鞭で打たれてるが、俺でもあそこまで深く抉られた事はない。それでも何度か激痛で気を失ったのに…男は何度意識を飛ばした事だろう。縛り付け抵抗できなくした相手に行っていい行為じゃない。
 (客商売の相手にしか威張れないクズが、)
 内心毒づきつつ、シャツの一番上と袖のボタンを外しながら客に近付いていく。

「…あ?ああ?誰だお前、次のクビ候補?」

 客が血走った目を向けてくる。

「誰も何も、龍神組の者ですが」
「!?」

 龍神組。その言葉に一瞬にして客の顔色が悪くなる。だがすぐに顔を引きつらせながら乾いた笑い声をあげた。

「ははは!こんなのが龍神組の組合員って、笑えんだけど!絶対嘘じゃん!!」
「…」
「何睨んでんだよ!!僕を誰だと思って…!も、もういいからコイツも潰して!!特に顔!その無駄にキレーな顔、二度と元に戻らないぐらいボコボコにしちゃって!!」
「「はい」」

 左右から護衛二人が迫ってくる。奇抜な恰好をしているわりに腕はしっかりしていて顔と腹に一発ずつもらってしまう。

「はは、こんなのが用心棒かよ」

 護衛の一人が笑うのを視界の端に捉える。俺はすぐさま体を捻り、その顎に後ろ蹴りをお見舞いする。

 ガッ

「うッ…」
「なっ!てめえ!」

 声もなく崩れ落ちる相方を見て、動揺した護衛が焦って手を伸ばしてくる。その手を避け首元しかない謎の形のシャツを掴み、手繰り寄せる。

「なぁっ?!ぐふ!」

 思いっきり頭突きを食らわせた後、膝蹴りで止めを刺した。大の字で伸びる護衛二人を、手の甲で口元の血を拭いながら見下ろす。

「言っとくが、そっちが手を出したんだからな」
「なっ、ななななっ…化物!!!」

 客は信じられないというように俺を凝視していた。そして

「うわあああ!!!殺される!!」

 半狂乱で壁際に逃げていく。途中こけながらも目的の障害物にたどり着いた客は

「来るな!来るなああ!」

 “それ”に隠れるようにして叫んだ。

 チャリ

 客が逃げた先、障害物とされたのは…吊るされた男の体だった。そこでやっと俺は気づく。
 (嘘だろ…)
 答え合わせするようにその男はのろのろと顔を上げ、

「…ラ、イ…?」

 焦点のあってないオレンジの瞳をこちらに向けた。






「彼は寝かしておけば大丈夫です」

 客を締め上げた後、すぐにフィンを風俗店内の医務室(流石VIP用、なんでも揃ってる)に連れていくと、ほとんど傷の確認もされないまま包帯を巻かれ、ストレッチャーでどこかへ運ばれてしまう。

「あ!おい!どこへっ」
「個室の仮眠室があるのでそこに寝かせます」
「仮眠室??」

 (あんな傷だらけなのに寝かせるだけ…??)
 そんな無茶が通っていいわけがない。だがこの医者らしき男は「大事にするな」と店側に言われてるのだろうし、ここで訴えても仕方ない。フィンに直接会って、必要であれば俺が救急車を呼ぼう。

「仮眠室はどこだ」
「それは…部外者は立ち入り禁止ですので…」
「部外者?俺を誰だと思ってる」
「ひぃっ…!」

 男の胸ぐらを掴む。ここばかりは肩書きを利用させてもらおう。ヤクザになりきって「早く言え」と脅せば、男は顔を青ざめて廊下を指差した。



 ガチャ

 早足で廊下を進み、言われた番号の仮眠室に入った。

「おや、ライ」
「?!」

 絶句する。てっきりベッドで寝たきりになってると思ったのに、フィンは…普通に立ってコーヒーを淹れていた。まさかさっきの惨状は夢だったのかと一瞬自分の記憶と正気を疑ったが、すぐにフィンの体に巻かれた包帯を見て、やはり夢じゃないのだと思い直す。

「あんた、そんな傷で動いたらダメだろ!!ちゃんと寝てろよ!」
「ライ、落ち着いて、私は大丈夫だから…」
「大丈夫なわけあるか!」

 コーヒーを取り上げ、比較的無事な方のフィンの腕を掴み、ベッドに引っ張っていく。

「ライ」
「寝・ろ!!」

 それでも抵抗しようとしたフィンの体を無理やりベッドに押し倒した。

 どさっ

「くっ…」
「あ、わ!悪いっ!背中…!!」
「…問題ない」

 フィンはなんでもないように笑って俺の頬を優しく撫でてくる。

「ふふ、まさかあのライに押し倒してもらえるなんて、夢のようだ」
「ふざけてんじゃ…っ」
「ふざけてない。だが…先程はすまなかった。見苦しい所を見せた上に、ライの手を煩わせてしまうなんて…本当に申し訳ない」

 真剣な表情になったフィンが静かに謝ってくる。

「フィン…」
「今回は不運が重なって事が大きくなってしまったが、本来“あれ”は店としては普通の事なんだ…だからどうか気に病まないでくれ」
「店としては普通…?」
「ああ、私だけの“特別オプション"があるんだ」

 その言葉で思い出す。俺が会いに行く時、時々フィンがハイネックを着てる時があった。いつも高級そうなバスローブを身に付けているのにその日だけは普通の服を着ているから、妙にドキドキしてしまい、そのに気付けなかったが

「まさか、こんな事を…ずっとされてるのか…?」

 目の前の絞め痕のある白い首をみて、絞り出すように言う。フィンは困ったと言わん気に眉を下げ、頷いた。俺は頭の血管が切れそうになった。

「はあ?!どうしてこんな…!下手したら傷害事件…いや、殺害事件になりかねないぞ!」
「それがこの店の売り方なんだ。いや、時雨のやり方と言った方がいいか。スタッフも皆黙認している。今日は入ったばかりの新入が驚いて中に入ってきてしまい、客と揉めたが、マニュアル上では“私に何があっても止めなくていい"ということになっている」
「なっ…」

 ということはつまり、ドアマンが対応してほしいと言ったのは「フィンを助けてほしい」という事ではなく「新入りを助けてほしい(フィンはそのままでもいい)」という意味だったのか。

「ありえねぇ…!!こんな綺麗なあんたを傷つける商売なんて…どうかしてる!!時雨の野郎!訴えてやる!!」
「ライ、大丈夫だから落ち着いて。私は治癒力が人より少し…高いんだ。だからこそ“オプション"として成立している」
「は…?治癒力?」
「ああ、今日つけられた傷も明日には塞がってる。この包帯だってベッドを汚さない為に巻いてるものだし、流石に他の客がつけた痕が残ってると客が嫌がるからここに寝かせられてるが…体だけで言えば客もとれる状態だ。だから、ライが怒る必要はない」
「…っっ」

 (あんな深い傷が明日には塞がるだって?)
 強がるにしてももっとマシな台詞にしてほしい。ありえないと首を振ってると

「そんな事より、ライ」
「そんな事じゃっ」
「今…“綺麗なあんた”と言ってくれたか?」
「!!」

 はッと我に返り、自分が言ってしまった台詞を反芻し、顔が熱くなる。
 (今俺はなんて事を…!!)
 慌てて自分の口を覆い体を引こうとすると、即座にフィンの腕が腰と首に回されて、ぎゅうっと力を込められた。口を覆う為にベッドから片手を離したせいで大した抵抗もできず、その胸に「んむぐ」と埋めさせられる。

「よかった。綺麗と思ってくれてるなら…私は嫌われたわけじゃないんだな。この十日、ライが顔を見せてくれなくて、落ち込んでいたんだぞ」
「…」

 おずおずと顔を上げた俺に悲し気な顔を向けてくるフィン。十日前、フィンに会うべきじゃないと戒めた事を思いだし、そうだった…と目を伏せる。実際は時雨の同行で動けなかったのだが、時雨の邪魔がなくても結局会いにはいかなかっただろうから結果変わりはない。

「ライ教えてくれ。私の事が嫌いになったわけではないのにどうして避けようとしたんだ?」
「…ごめん」
「謝罪ではなく理由を聞きたいのだが、」
「…」

 いくらフィン相手でも、脱走の事を前もって言う訳にはいかない。決意の根拠を話せず俯いたままの俺を見て

「そうか…」

 フィンは納得しきれない顔のまま頷いた。そして再度口を開き、信じられない事を言い放つ。

「では…、今日、一緒に寝てくれないか?」
「!?」
「こんな時間だし、ライも疲れてるだろう?大丈夫、手は出さないし、セミダブルだからギリギリ二人でも寝られるはずだ。まあ、ライになら蹴られたいぐらいだが」
「いやいや…怪我人のあんたを蹴れるか…ってそうじゃねえ!なんで俺があんたと…!」

「ライと一緒にいたいんだ」

 切な気に囁かれた瞬間、俺はピクリと動きを止めた。思ってるよりもずっと辛そうな顔をしたフィンと見つめ合う。

「頼む、ライ。私に同情してくれるのなら…今日だけは一緒にいてくれ」
「…」
「もう会えないかもと思って見送るのは、嫌なんだ」
「…」

 わかってる。この誘いが“人肌恋しい”というありきたりな動機によるものだって、わかっている。でも、期待に跳ねる心が勝手に“愛してる”に置き換えてしまう。俺を求めてくれてる…と勘違いさせようとする。そんなわけはないのに。
 (ダメだ…正気にもどれ…)
 これ以上フィンに深入りしたら、俺は脱走を手放してしまうかもしれない。一緒にいたいと願ってしまうかもしれない。そんなのダメに決まってるのに、そうわかってるのに…
 (くそっ…)
 答える代わりにその胸にぽすっと顔を埋めた。

「ありがとう、ライ」
「…」
「おやすみ」

 その言葉を最後に部屋は静かになった。聴覚の情報がなくなると他の五感が研ぎ澄まされていく。消毒の匂いに紛れたフィンの匂い、筋肉や骨の感触、その下に感じるドクドクと脈打つ鼓動、触れ合う場所から伝わる温もり。

 (…あったかい)

 誰かの温もりを感じながら眠るなんていつぶりだろう。時雨はいくら俺を抱いても横で寝たりはしない。真人との日々も…色々ありすぎて遠い記憶になってしまった。時雨に拾われてからの俺はずっと独りだった。

 さらっ…

 ふと、背中を撫でられる感覚がした。その優しく甘やかすような接触は、時雨に嬲られたばかりの俺にはすごく染みて…、

 (嬉しい、のに、)

 でも、この温もりと、もう二度と触れあうことはないのだと思うと、胸がぎゅっと締め付けられて、

 (…やっぱり会うんじゃなかった)

 優しい腕の中、俺は、静かに涙を流すのだった。








 ***


「…ライ、ライ」

 名前を呼ばれる声に導かれ、瞼を開けると、白金の髪の美しい男が覗き込んできた。

「…フィン」

 名前を呼ぶと、フィンはふわりと極上の笑みを浮かべ、頬に口付けてくる。さっきまで見ていた顔と同じだが、その首には絞め痕がついていない。首をぺたぺたと触って確認すると「ライ、くすぐったい」とフィンが喉で笑った。
 (そうか、ここは…)
 仮眠室のベッドでもなく、龍神組にいた頃世話になっていた安アパートでもない。グレイの店、スナックおとぎで用意してもらった俺とフィンの寝室だった。真人を失って以来、初めて落ち着いて寝られる場所となったここでの暮らしが現実なのだとわかり、

「はぁあ…よかった…ッ」

 掛け布団で覆われた膝の間に顔を埋め、はぁ~っ!と大きく息を吐いた。

「悪夢を見ていたのだな」

 フィンが優雅な仕草でベッドの端に腰掛け、優しく髪を梳いてくる。シャツとスラックス姿で朝日を浴びるフィンは、さっきまでの夜の世界にいるフィンと違って、健全で、眩しくて…いっそ神々しくもあった。

「どんな夢を見ていたんだ?夢の内容を話すと災いを避けられるらしいし、ライが嫌でなかったら話してみてくれ」
「あんたが…ヤバ客に絡まれて俺が乗り込んだ日の夢、見てた」
「ああ、ライと一緒に寝ることができた記念すべき初夜の」
「初夜じゃねえ…いや、まあ…寝たのは寝たけどさ…」

 あの日の俺とフィンは仮眠室のベッドで一夜を共にした。共にしたといってもだけだし、俺が起きた時にはすでにフィンは客の元に行っていたから…添い寝ですらないなと翌日の俺は落ち込んだものだが。

「落ち込んだのは私の方だぞ、ライ。やっとあの日ライと関係を深められたと思ったのに、また顔を見せてくれなくなって…毎夜枕を濡らしたものだ」
「う…だって、次会ったらマジで沼ると思ったからさ…組を抜ける為にも…心を鬼にしたんだよ…」
「沼ってくれてよかったのに。借金漬けにしたライを買い取って楽しむ未来も悪くなかった」
「いや悪いだろ、時雨の次はあんたが飼い主って…勘弁してくれ…」

 もう借金もヤクザも二度と関わりたくない。げんなりしてると、フィンはくすくすと笑って「大事にするのに」とからかうように顎を擽ってくる。

「まあいい。最終的に私を攫ってくれたから、許してやろう」

 そういってフィンが顔を寄せ…唇が重なった。

「ん…、」

 甘ったるいほどの愛を伝えてくるキスに、過去の追体験で切なくなっていた心がじわりと満たされるのを感じた。幸福感に包まれた俺は確認するようにフィンの背中をシャツ越しにさする。

 さらっ

 そこに包帯はなかった。爪で引っ掻くようにして念入りにフィンの体に傷がないかを確かめていると、

「ライ、」

 朝とは思えぬ恐ろしい色気を纏う濡れた声が鼓膜を震わす。ゾクリと背中を震わせながら上目遣いで見上げると、甘く蕩けるオレンジの瞳とぶつかった。

「そんなに可愛いと、襲ってしまうぞ」
「…」
「ふふ、冗談だ。昨日あれ程愛し合ったのだから、流石に私も我慢す…」

 フィンが言葉の途中で視線を下に落とした。俺の手がスラックスの前を撫でていると気付き、

「ライ、」
「…いいけど」
「!」
「…やらねえの?」

 ダメ押しのように言ってやれば、フィンはまさかの俺からのお誘いに目をぱちくりとさせて、次の瞬間…獰猛に笑った。床に下ろしていた足をベッドに移し、体を完全にこちらに向けてくる。

「…ふふ、腰が立たぬようにしてやる」
「やってみやが」

 れ。最後の音はフィンの唇に飲み込まれた。再び重なった唇は、あっという間に荒々しいキスに移行する。

「んんっ、ふっ、んぅ…はっ、…」

 呼吸すら奪うような、体ごと思考も溶かされるキスに酔いしれて、俺達はどさりとベッドにもつれこみ…


「ーーゴラァァッ!!グレイッ!てめえルーターぶっ壊したろッ!!ぜんっぜん繋がらねえじゃねえか!!!」


 廊下を走っていく男のうるさい声がして、ぴたりと動きを止めるのだった。

「……、」
「…ぷはっ、ははっ!」

 思わぬ中断に笑ってしまう。あっという間に甘い空気は霧散して、むくりとフィンが体を起こし、廊下の方を睨み付けた。

「駄犬が…」

 心底不服そうに呻くフィン。こんな風に顔をしかめて悪態をつく姿なんて、ここに来て初めて見たが、俺では引き出せないフィンの一面が見れるのは楽しいし…結構好きだった(内緒だけど)。
 (はは、怒ってる顔もカッケーな)
 下から見上げながらその顔に見惚れる。

「ライとの時間に水を差すとは万死に値する…」
「そんな怒んなって…同居してるんだしこういうのはお互い様だろ。それにやればいいじゃん、な?」
「…」

 まだ半目で怒ったままのフィンに「あんたの好きなのやってやるから」と囁く。少し機嫌が回復したフィンがちらりとオレンジの瞳を向けてくる。

「…約束だぞ」
「うん」
「嫌がっても引きずってベッドに押し倒すからな…」
「同じベッドで寝るんだしセックスしねえにしても寝室には行くって」
「先週みたいに廊下に閉め出すのも禁止だぞ」
「しねえけど…あれは、しつこくしすぎたあんたが悪いんだからな」
「…愛おしすぎて、つい」
「つい、じゃねえ。あんた反省してねえだろ」

 笑いながら互いに起き上がり、服を身に付けていく。

 “続きはまた夜"

 こうして当たり前に“次”を願えることがどれだけ幸せな事か。それを深く噛み締めながら、隣の男の頬に口付けるのだった。




 end










 🚬<あんた良い所で邪魔してんじゃないワヨーッ!
 🐺<てめえがルーター壊すのが悪いんだろが!!そもそもあっちのオレはオレじゃっ…って!イデデデ!!(背中つねられる)
 🦊<…なんか、ここのライが一番幸せそう(不満顔)
 🚬<うふふ、雛の習性とかそういうのが絡んでないから変に拗れてないのカシラ?
 🐺<ロミジュリ効果じゃね?半年もしたら別れてんじゃねーの
 🦊<いやぁ…これはないっしょ…
 🚬<ないでしょうネ~
 🐺<てめえらやけに弱気だな、完全敗北宣言か
 🦊<それはソルジさんでしょ。どう転んでも無理だった悲しき男ソルジさん
 🐺<てめえッぶっ殺すぞッ!!

 🚬<ふふ、とにもかくにも、お二人とも、末長くお幸せに~❤
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