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不死鳥シリーズ
ベニクラゲにっき(スナック組)
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※六話読了推奨
※七話までの期間のどこかのお話
※ベニクラゲ目線
「おはよう、ベニクラゲ」
水槽の中でベニクラゲはふよふよと揺れています。店内に顔を出した黒髪の男はあくび交じりに近づいてきます。この人は一番声をかけてくれる人です。ベニクラゲは嬉しそうに鼻歌で応えました。
「今日はご機嫌みたいだな」
コンコンと水槽をノックして黒髪の男は店の掃除を始めます。テキパキと仕事をしてひと段落するとベニクラゲのいるカウンターの隅に腰掛けました。しばらく眺めてると店の奥から白金の髪の男が現れます。この人は体温が高いのでちょっと苦手です。
「ライ、おはよう」
「おはよ」
挨拶をしたと思えば、当たり前のように黒髪の男の頬に口付けています。これも毎日見てるので全く気にしません。今日はあっさりしてるぐらいです。黒髪の男、ライと呼ばれた方は少し体温を上げて立ち上がりました。
「朝ご飯作るわ」
「私に手伝えることはあるだろうか」
「いや、座ってていいぜ。ベニクラゲがご機嫌みたいだから話しかけてやってくれ」
「話しかけて…わかるのだろうか」
この小さな状態で、と言うように見てきます。失礼ですね。ちゃんと聞こえてます。憤慨するように少し強めに揺れてみました。
「わかんねえけど、言葉を覚えてくれるかもしれねえだろ。あんたの声聞き取りやすいし思念の方と両方でやってみてくれよ」
「…ふむ、わかった。おはようベニクラゲ殿」
白金の男が彫刻のような顔に笑みを浮かべて言います。敵意は感じませんがなんとなく怖いので鼻歌を止めて丸まりました。男は首を傾げ、今度はよく響く方で語りかけてきました。
『今日はご機嫌という話だが、何か良い事があったのだろうか?』
窓の外が雨だったからテンションが高いのですがそれを伝える術はありません。ふよふよと揺れておきました。白金の男は微笑んだと思えば、すっと視線を外して黒髪の男の方を見ました。眩しそうに目を細め調理する姿を眺めています。この二人はそれぞれも静かですが、一緒にいても静かです。夜に現れる賑やかな「オキャクサマ」とは全然違って、なんだか安心します。
「…できた。今日は野菜室救済の豚汁な」
「それは美味しそうだ。ありがとう、ライ」
カウンターを挟んで食事を手渡され白金の男は嬉しそうです。黒髪の男はエプロンを外し、その横に腰掛けてから一緒に手を合わせました。
「「いただきます」」
二人は食事を進めながら、ポツリポツリと会話をしては笑ってます。そこでふと
「あぁ?」
廊下から不機嫌な男が現れました。カウンターに並ぶ二人を見て回れ右してしまいます。
「あ、おい、ソル!」
黒髪の男が追いかけますが不機嫌な男は無視をして廊下を戻っていきました。一連の流れを見ていた白金の男がやれやれと呟きました。
「ライがせっかく声をかけたというのに無視するとは…贅沢な奴だ」
「まあいいけどよ。あいつ腹減ってねえかな」
「地下に非常食は常備してるのだろう」
「あるけど、豚汁の匂いでこっちに来たんじゃねえか?食ってきゃいいのに」
「ふん、自分で逃げたのだ。放っておけ」
白金の男はやけにあの男が嫌いです。不機嫌な男の方も嫌ってるのである意味両想いですが。
「普段優しい癖にこういう時キッツいよな、あんた」
黒髪の男がそういってカウンターに戻ってきます。今さっきまで座っていた席に腰を下ろします。
「あんなケダモノにライが心を砕く必要はない」
「そう言ってやるなよ。一応俺が殴ってケジメはつけたろ」
「…ライと奴の間ではできてるのかもしれないが、私の中ではまだ、というか…永遠に許せそうにない」
「永遠って。流石にそこまでは可哀想じゃね?」
「ライを傷つけた罪は重い」
「はあ…」
言っても無駄だと思ったのか黒髪の男はため息を吐きました。白金の男は怒りで体温が上がってるのか、まるで沸騰してるかのような熱気を感じます。怯えるように水槽の端に移動しました。
「フィン」
ふと、黒髪の男が呼びかけました。
「ん?」
白金の男がすぐに声の方を見ます。その流れを利用するように黒髪の男は目の前の首に腕を回し、ぐいっと引き寄せました。
ちゅ
二人は唇を重ねます。クラゲにはよくわかりませんがこの行為には特別な意味があるらしいです。二人の空気が変わるのでなんとなく察しました。
「……」
「ん、こら、舌入れんな」
何度か重ねた後、口を開けた白金の男の顔を掌で覆って剥がそうとします。白金の男は大層不満そうな顔をして唸りました。
「何故だ…ライが仕掛けたのだろう…」
「こっちは豚汁食ってんだよ」
「私も食べてる」
「知ってるわ」
「では…」
「機嫌取りのキスは終了しました。お引き取りください」
「…むう」
さっぱり切り捨てられ、でもそれ以上はしつこくせず、白金の男も食事に戻りました。二人はそれからまた他愛のない会話を楽しみながら穏やかな朝食を味わうのでした。
「オハヨ~二人共~」
しばらくして背の高い男が現れます。この人は体温が低めなので好きです。何より身に着けてる衣装がなんだか親近感がわきます。
「おはよ、今日は早めだな」
「昨日は“つじつま合わせ”がなかったから早めに寝れたのヨネ~」
「そりゃ何よりだ」
出掛ける準備をしていた黒髪の男が背の高い男に近づいていきます。色々な報告を行って最後に豚汁の入った小鍋を指さします。
「で、これ豚汁な。食えそうなら食ってくれ。炊飯器に白米も残ってるから。…あ、まだソルは食ってねえから残しといてやってくれ」
「了解ヨ~うふふ、今から二人でデート?」
とっくの昔に準備を終えていた白金の男が扉の付近で待機しているのを見て、背の高い男はニヤニヤと笑いました。黒髪の男は顔をしかめて「ただの買い出しだっつの」と言い返します。
「あらあらそうなのネエ~じゃあついでにこれも買ってきてくれる?薬局にあると思うからサ~」
「…わかった」
「うふふ、楽しんできてネ~あ、でも、足腰立たなくなるまでやらないでヨ~?ウチは立ち仕事なんだから♥」
「誰がホテルなんか寄るか!」
バン!!チリン!!
黒髪の男が顔を赤くさせながら、白金の男の腕を取り、外に飛び出しました。背の高い男はくすくすと笑って煙草の火をつけます。困ったワネェと言うように水槽に視線を向けてきますが、実際に話しかけてはきません。この人は「オキャクサマ」といる時はとても賑やかですが一人の時はとても静かです。滅多に話しかけてくる事はありません。たくさんの人と関わるからこそデトックスする時間が必要なのでしょう。
『~♪』
この人との居心地のいい時間を味わうために歌を歌う事にしました。
「…ほんと良い声」
ポツリと独り言のように褒めてくれます。なんだか誇らしくて、最近覚えたばかりの少し難しい歌を歌ってみました。背の高い男は煙草を何本か味わっても席を立たず、静かに聞き続けてくれました。
そしてそれから一時間程経つと、背の高い男はシャワーへ向かいました。誰もいなくなりなんとなく寂しくなっていると
ぺたぺた
裸足の音と共に先程の不機嫌な男が戻ってきました。この男は体温が高い上に、白金の男と喧嘩をした際に一度水槽をひっくり返されかけた事がありそれから怖くなりました。またひっくり返されては困る…と水槽の隅で縮こまりました。
「…」
男は店内に誰もいない事を確認してから冷凍庫を開けます。ひんやりと冷気を纏う何かを咥えて、カウンター裏に移動します。
ぱか
小鍋の中をじっと見つめ、匂いを嗅いだと思えば、バリバリと口の中の冷たそうな何かを噛み砕きました。そして洗って横に置いてあった食器に手を伸ばします。三人が食べていた「朝ご飯」をよそって立ちながら食べ始めました。「行儀が悪い」と前に黒髪の男が注意していた気がします。…行儀が何かはわからないのですが。
「んぁ?」
ふと男がこちらを向きました。やばいです。見ていたのがバレました。ひええ、と水槽の隅で震えていると男は器を持って食べながら近づいてきました。鋭い目で見下ろされ、またひっくり返されるのかな…と怖くなりました。
「…おい、この前はわりいな…ぶつかっちまって」
ボソッと謝罪の言葉をのべられ、驚きました。この男に話しかけられたのも初めてです。男は思ってるより優しい声で続けました。
「ライに聞いたぜ。いやまあ…聞いたっつーか叱られたんだけどな……てめえ、言葉わかるんだろ」
返事はできません。でもなんとなくゆらりと隅で揺れてみました。男は目を細めて食器をカウンターに置きました。
カチャ
「詫びに旅行させてやる」
旅行?それは何でしょうか。よくわからず隅っこで震えておきます。
「旅行っつーか移動だな。水槽じゃ動けねえだろ?店内限定でどこでも連れてってやるよ」
よくわかりませんが、とりあえず好意的な交渉なのはわかりました。怖かったのが反転してワクワクしてきました。ゆらゆらと横に揺れて「早くしろ」と伝えてみます。
「いや何言ってんのかわかんねえって。つーか本当に聞こえてんのか?ただのやべえ男になってねえかこれ…」
そう言って男が水槽を抱えました。「おっも」と文句を言いつつもなるべく揺らさず運んでくれる優しさにまた驚きました。この男は見た目と言動に反して、意外に優しいのかもしれません。そのまま店内を散歩して、外の雨がよく見える窓際を通りがかった時に「ここがいい」と大きめに揺れてアピールしてみました。
「ん?ここがご所望か?…さっきとあんま離れてねえぞ」
ゆらゆら
「へいへい、仰せのままに」
男が折り畳みの椅子を持ってきてそこにのせてくれました。思った通りここはよく雨が見えます。そして、ひんやりと窓から冷気が入ってきます。最高でした。
『~~♪』
嬉しくなって鼻歌を歌えば男はビクッと驚いて「マジかよ…」と呟きます。二度見してからすぐ近くのカウンター席に腰掛けました。今度は座って食べるらしいので、“旅行”への感謝も込めて歌を聞かせてあげました。
こうしてベニクラゲは今日もまた歌いながら一日を過ごします。
歌って、話しかけられて、歌って。
心優しい隣人と、賑やかな「オキャクサマ」に囲まれながら少しずつ言葉を覚えていきます。
『~♪』
“いつかこの人達と話せますように"
そう願いながらベニクラゲは今日も歌うのです。
end
※七話までの期間のどこかのお話
※ベニクラゲ目線
「おはよう、ベニクラゲ」
水槽の中でベニクラゲはふよふよと揺れています。店内に顔を出した黒髪の男はあくび交じりに近づいてきます。この人は一番声をかけてくれる人です。ベニクラゲは嬉しそうに鼻歌で応えました。
「今日はご機嫌みたいだな」
コンコンと水槽をノックして黒髪の男は店の掃除を始めます。テキパキと仕事をしてひと段落するとベニクラゲのいるカウンターの隅に腰掛けました。しばらく眺めてると店の奥から白金の髪の男が現れます。この人は体温が高いのでちょっと苦手です。
「ライ、おはよう」
「おはよ」
挨拶をしたと思えば、当たり前のように黒髪の男の頬に口付けています。これも毎日見てるので全く気にしません。今日はあっさりしてるぐらいです。黒髪の男、ライと呼ばれた方は少し体温を上げて立ち上がりました。
「朝ご飯作るわ」
「私に手伝えることはあるだろうか」
「いや、座ってていいぜ。ベニクラゲがご機嫌みたいだから話しかけてやってくれ」
「話しかけて…わかるのだろうか」
この小さな状態で、と言うように見てきます。失礼ですね。ちゃんと聞こえてます。憤慨するように少し強めに揺れてみました。
「わかんねえけど、言葉を覚えてくれるかもしれねえだろ。あんたの声聞き取りやすいし思念の方と両方でやってみてくれよ」
「…ふむ、わかった。おはようベニクラゲ殿」
白金の男が彫刻のような顔に笑みを浮かべて言います。敵意は感じませんがなんとなく怖いので鼻歌を止めて丸まりました。男は首を傾げ、今度はよく響く方で語りかけてきました。
『今日はご機嫌という話だが、何か良い事があったのだろうか?』
窓の外が雨だったからテンションが高いのですがそれを伝える術はありません。ふよふよと揺れておきました。白金の男は微笑んだと思えば、すっと視線を外して黒髪の男の方を見ました。眩しそうに目を細め調理する姿を眺めています。この二人はそれぞれも静かですが、一緒にいても静かです。夜に現れる賑やかな「オキャクサマ」とは全然違って、なんだか安心します。
「…できた。今日は野菜室救済の豚汁な」
「それは美味しそうだ。ありがとう、ライ」
カウンターを挟んで食事を手渡され白金の男は嬉しそうです。黒髪の男はエプロンを外し、その横に腰掛けてから一緒に手を合わせました。
「「いただきます」」
二人は食事を進めながら、ポツリポツリと会話をしては笑ってます。そこでふと
「あぁ?」
廊下から不機嫌な男が現れました。カウンターに並ぶ二人を見て回れ右してしまいます。
「あ、おい、ソル!」
黒髪の男が追いかけますが不機嫌な男は無視をして廊下を戻っていきました。一連の流れを見ていた白金の男がやれやれと呟きました。
「ライがせっかく声をかけたというのに無視するとは…贅沢な奴だ」
「まあいいけどよ。あいつ腹減ってねえかな」
「地下に非常食は常備してるのだろう」
「あるけど、豚汁の匂いでこっちに来たんじゃねえか?食ってきゃいいのに」
「ふん、自分で逃げたのだ。放っておけ」
白金の男はやけにあの男が嫌いです。不機嫌な男の方も嫌ってるのである意味両想いですが。
「普段優しい癖にこういう時キッツいよな、あんた」
黒髪の男がそういってカウンターに戻ってきます。今さっきまで座っていた席に腰を下ろします。
「あんなケダモノにライが心を砕く必要はない」
「そう言ってやるなよ。一応俺が殴ってケジメはつけたろ」
「…ライと奴の間ではできてるのかもしれないが、私の中ではまだ、というか…永遠に許せそうにない」
「永遠って。流石にそこまでは可哀想じゃね?」
「ライを傷つけた罪は重い」
「はあ…」
言っても無駄だと思ったのか黒髪の男はため息を吐きました。白金の男は怒りで体温が上がってるのか、まるで沸騰してるかのような熱気を感じます。怯えるように水槽の端に移動しました。
「フィン」
ふと、黒髪の男が呼びかけました。
「ん?」
白金の男がすぐに声の方を見ます。その流れを利用するように黒髪の男は目の前の首に腕を回し、ぐいっと引き寄せました。
ちゅ
二人は唇を重ねます。クラゲにはよくわかりませんがこの行為には特別な意味があるらしいです。二人の空気が変わるのでなんとなく察しました。
「……」
「ん、こら、舌入れんな」
何度か重ねた後、口を開けた白金の男の顔を掌で覆って剥がそうとします。白金の男は大層不満そうな顔をして唸りました。
「何故だ…ライが仕掛けたのだろう…」
「こっちは豚汁食ってんだよ」
「私も食べてる」
「知ってるわ」
「では…」
「機嫌取りのキスは終了しました。お引き取りください」
「…むう」
さっぱり切り捨てられ、でもそれ以上はしつこくせず、白金の男も食事に戻りました。二人はそれからまた他愛のない会話を楽しみながら穏やかな朝食を味わうのでした。
「オハヨ~二人共~」
しばらくして背の高い男が現れます。この人は体温が低めなので好きです。何より身に着けてる衣装がなんだか親近感がわきます。
「おはよ、今日は早めだな」
「昨日は“つじつま合わせ”がなかったから早めに寝れたのヨネ~」
「そりゃ何よりだ」
出掛ける準備をしていた黒髪の男が背の高い男に近づいていきます。色々な報告を行って最後に豚汁の入った小鍋を指さします。
「で、これ豚汁な。食えそうなら食ってくれ。炊飯器に白米も残ってるから。…あ、まだソルは食ってねえから残しといてやってくれ」
「了解ヨ~うふふ、今から二人でデート?」
とっくの昔に準備を終えていた白金の男が扉の付近で待機しているのを見て、背の高い男はニヤニヤと笑いました。黒髪の男は顔をしかめて「ただの買い出しだっつの」と言い返します。
「あらあらそうなのネエ~じゃあついでにこれも買ってきてくれる?薬局にあると思うからサ~」
「…わかった」
「うふふ、楽しんできてネ~あ、でも、足腰立たなくなるまでやらないでヨ~?ウチは立ち仕事なんだから♥」
「誰がホテルなんか寄るか!」
バン!!チリン!!
黒髪の男が顔を赤くさせながら、白金の男の腕を取り、外に飛び出しました。背の高い男はくすくすと笑って煙草の火をつけます。困ったワネェと言うように水槽に視線を向けてきますが、実際に話しかけてはきません。この人は「オキャクサマ」といる時はとても賑やかですが一人の時はとても静かです。滅多に話しかけてくる事はありません。たくさんの人と関わるからこそデトックスする時間が必要なのでしょう。
『~♪』
この人との居心地のいい時間を味わうために歌を歌う事にしました。
「…ほんと良い声」
ポツリと独り言のように褒めてくれます。なんだか誇らしくて、最近覚えたばかりの少し難しい歌を歌ってみました。背の高い男は煙草を何本か味わっても席を立たず、静かに聞き続けてくれました。
そしてそれから一時間程経つと、背の高い男はシャワーへ向かいました。誰もいなくなりなんとなく寂しくなっていると
ぺたぺた
裸足の音と共に先程の不機嫌な男が戻ってきました。この男は体温が高い上に、白金の男と喧嘩をした際に一度水槽をひっくり返されかけた事がありそれから怖くなりました。またひっくり返されては困る…と水槽の隅で縮こまりました。
「…」
男は店内に誰もいない事を確認してから冷凍庫を開けます。ひんやりと冷気を纏う何かを咥えて、カウンター裏に移動します。
ぱか
小鍋の中をじっと見つめ、匂いを嗅いだと思えば、バリバリと口の中の冷たそうな何かを噛み砕きました。そして洗って横に置いてあった食器に手を伸ばします。三人が食べていた「朝ご飯」をよそって立ちながら食べ始めました。「行儀が悪い」と前に黒髪の男が注意していた気がします。…行儀が何かはわからないのですが。
「んぁ?」
ふと男がこちらを向きました。やばいです。見ていたのがバレました。ひええ、と水槽の隅で震えていると男は器を持って食べながら近づいてきました。鋭い目で見下ろされ、またひっくり返されるのかな…と怖くなりました。
「…おい、この前はわりいな…ぶつかっちまって」
ボソッと謝罪の言葉をのべられ、驚きました。この男に話しかけられたのも初めてです。男は思ってるより優しい声で続けました。
「ライに聞いたぜ。いやまあ…聞いたっつーか叱られたんだけどな……てめえ、言葉わかるんだろ」
返事はできません。でもなんとなくゆらりと隅で揺れてみました。男は目を細めて食器をカウンターに置きました。
カチャ
「詫びに旅行させてやる」
旅行?それは何でしょうか。よくわからず隅っこで震えておきます。
「旅行っつーか移動だな。水槽じゃ動けねえだろ?店内限定でどこでも連れてってやるよ」
よくわかりませんが、とりあえず好意的な交渉なのはわかりました。怖かったのが反転してワクワクしてきました。ゆらゆらと横に揺れて「早くしろ」と伝えてみます。
「いや何言ってんのかわかんねえって。つーか本当に聞こえてんのか?ただのやべえ男になってねえかこれ…」
そう言って男が水槽を抱えました。「おっも」と文句を言いつつもなるべく揺らさず運んでくれる優しさにまた驚きました。この男は見た目と言動に反して、意外に優しいのかもしれません。そのまま店内を散歩して、外の雨がよく見える窓際を通りがかった時に「ここがいい」と大きめに揺れてアピールしてみました。
「ん?ここがご所望か?…さっきとあんま離れてねえぞ」
ゆらゆら
「へいへい、仰せのままに」
男が折り畳みの椅子を持ってきてそこにのせてくれました。思った通りここはよく雨が見えます。そして、ひんやりと窓から冷気が入ってきます。最高でした。
『~~♪』
嬉しくなって鼻歌を歌えば男はビクッと驚いて「マジかよ…」と呟きます。二度見してからすぐ近くのカウンター席に腰掛けました。今度は座って食べるらしいので、“旅行”への感謝も込めて歌を聞かせてあげました。
こうしてベニクラゲは今日もまた歌いながら一日を過ごします。
歌って、話しかけられて、歌って。
心優しい隣人と、賑やかな「オキャクサマ」に囲まれながら少しずつ言葉を覚えていきます。
『~♪』
“いつかこの人達と話せますように"
そう願いながらベニクラゲは今日も歌うのです。
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