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第一章
第五話
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晶と並んで、もう一度コンビニ入り直した。
そして、飲み物やら食べ物やらを適当に買う。
雫は普段コンビニに入ることがなかったから、どれもこれも物珍しいものばかりだった。
「なんか食べたいものとかある?」
晶にそう聞かれて、雫は悩んだ。なんせ、コンビニの商品はなんでも高い。
「お構いなく」
「夕飯食った?」
雫は頷こうとして、結局首を横に振った。
お腹が空いていた。こんな時なのに。
「選びなよ、俺が払うんだし」
「尚更買えません」
「タダ飯より美味いもんなんてないだろ、良いから、買っちゃえ」
おどけながらそう勧めてくる男に、雫は結局、ハムレタスのサンドイッチをカゴに入れた。
「よし、これで足りる?」
「はい」
今度は正直に頷いた。雫は元々少食なのだ。
「マジ? サンドイッチ二個で足りるって、燃費良すぎだろ」
「小さい頃からそうなんです」
「そっか。……あ」
「?」
「俺名前名乗るの忘れてた、晶って呼んで」
「あきら?」
「うん、井上晶。それが俺の名前」
「わかりました。僕も名乗ってませんでしたよね。江藤雫と言います、よろしくお願いします」
コンビニの中名前を名乗り合うなんて、おかしな光景だろうけど、二人は軽く頭を下げあった。
雫は小さく笑った。
すると、晶がその倍の笑顔で笑ってくれる。
「良い笑顔じゃん、また、笑って」
雫は何か言おうとして、黙った。
そして晶はレジへ行って支払いを済ませると、雫のことを手招いた。
「すいません、ありがとうございます」
「子供がそんなこと気にしないの」
乱暴に頭を撫でられる。ふと思った、雫に兄がいたら、こんな感じだったのかもしれないと。
雫は、年若い大人と話すことなんて、教師相手くらいしかなかった。
だから何を話題にしたら良いのかわからなくて、黙ってしまう。雫には特別親しい友達も、趣味もない。話題がないのだ。
「雫くん、今何年生?」
「三年生です」
「おいおい、尚更飲酒とかしちゃダメだよ。大学受験かかってるでしょ」
驚いたようにそう言う晶に、雫は淡々と答えた。
「僕の家は僕以外誰も生計を立てる人がいないので、就職組です」
「……、どう言うことか聞いてもいい?」
「両親がいなくて、祖父母に育てられたんです。でも五年前に祖父が、二年前に祖母が亡くなりました」
「……」
晶は雫の返事に何か考えるような沈黙を落とした。大方、話題の変え方でも考えているのだろう。
「じゃあ、今まで一人で働いて、生きてきたって事?」
でも、男は話題を変えるどころか、さらに深掘りしてくる。
雫は答えられる範囲で答えようと思った。
「まあ、そうなりますね」
「そっか。だからそんな、疲れた顔してるのか」
雫はそう言われて、思わず何も持たない両手で顔を覆った。
冷たい、凍え切った頬があった。
睫毛まで冷え切っているみたいに。
石膏にでもなったかのようだった。どこまでも滑らかで、無感情で、冷たい。
そんな絶望をする雫を、晶が見ているとは気づかず。
「ここ、俺の家」
コンビニから意外と早く、晶の住むマンションはあった。
エントランスのオートロックに鍵を差し込んで、エレベーターに乗る。
その間、二人は無言だった。
そして部屋に着けば、そこも暗証番号式だった。随分と厳重だ。
それも一番奥の部屋だった。
国家公務員はやはり高級取りなのだなと思った。
「ただいま~」
そう小声で言いながら家の中に入る晶に、そこで雫はある可能性に気がついた。
もしかしたら、この家の中には家族がいるのでは? と。
晶は結婚していてもおかしくない年齢に見えるし、もしかしたら妻子がいるのかも知れない。
子供がいるから、自分のように彷徨う子供を見捨てられなかったのかも知れない。
もし家族が居るのなら、雫は走ってでも逃げようと思った。
今、団欒の中で過ごせるほどの余裕は、雫にはなかった。
「ほら、入って」
促されるままに玄関に入れば、そして雫は安心した。
靴が、男物しかない。
と言うことはつまり、女性や子供はいないと言うことだ。
でも、それに良かったと感じてしまう自分は嫌だった。今、誰かの幸せをまともに受け入れられない自分も。
取り返しがつかないほど傷ついているのは、雫じゃない。吉乃のはずなのに。
「手、洗っといで、そこ洗面」
指さされた先にあるスライドドアを開けて、手を洗って口を濯ぐ。
出てこれば、晶がコンビニで買ったものをソファの前のローテーブルに広げているところだった。
「すいません、お借りしました」
「オッケー。ソファどうぞ」
そう言って今度、晶が洗面に消えていく。
成人男性がいちいち手を洗ったり口をゆすいだりするのは珍しいことだが、人との交流が乏しい雫にはそんなことはわからない。この部屋が、整理整頓され、綺麗な部屋であることはわかった。よく言えば整理されているけど、悪く言えば生活感がない。
目の前に並ぶ食べ物を前に思い出すのは、明美という女が投げた料理のことだった。
吉乃が丹精込めて作った料理を、あの女は簡単に投げ出した。なんの関係もない吉乃に対して。
許せない、腹の底から、黒いものが這い上がってくる。
でももう、それも過去の話だ。
きっと警察も、痴情のもつれで店に損害を与えられたと言っても、まともに取り合ってはくれないだろう。
それに。
雫のなんの根拠も無い想像だが、吉乃はあの女のことを訴えないような気がしていた。
勝男の不始末の責任を自分で取ろうとしているのだ。
そんなことして欲しくない。悪いのは亭主だ。妻であるからと言って、そこまでしてやる義理はないと思った。
でもきっと、吉乃は気丈に振る舞って、これからも生きていく。
(もう一度、吉乃さんがお店をひらくんなら)
その時は、力になりたいなと思った。
そして、飲み物やら食べ物やらを適当に買う。
雫は普段コンビニに入ることがなかったから、どれもこれも物珍しいものばかりだった。
「なんか食べたいものとかある?」
晶にそう聞かれて、雫は悩んだ。なんせ、コンビニの商品はなんでも高い。
「お構いなく」
「夕飯食った?」
雫は頷こうとして、結局首を横に振った。
お腹が空いていた。こんな時なのに。
「選びなよ、俺が払うんだし」
「尚更買えません」
「タダ飯より美味いもんなんてないだろ、良いから、買っちゃえ」
おどけながらそう勧めてくる男に、雫は結局、ハムレタスのサンドイッチをカゴに入れた。
「よし、これで足りる?」
「はい」
今度は正直に頷いた。雫は元々少食なのだ。
「マジ? サンドイッチ二個で足りるって、燃費良すぎだろ」
「小さい頃からそうなんです」
「そっか。……あ」
「?」
「俺名前名乗るの忘れてた、晶って呼んで」
「あきら?」
「うん、井上晶。それが俺の名前」
「わかりました。僕も名乗ってませんでしたよね。江藤雫と言います、よろしくお願いします」
コンビニの中名前を名乗り合うなんて、おかしな光景だろうけど、二人は軽く頭を下げあった。
雫は小さく笑った。
すると、晶がその倍の笑顔で笑ってくれる。
「良い笑顔じゃん、また、笑って」
雫は何か言おうとして、黙った。
そして晶はレジへ行って支払いを済ませると、雫のことを手招いた。
「すいません、ありがとうございます」
「子供がそんなこと気にしないの」
乱暴に頭を撫でられる。ふと思った、雫に兄がいたら、こんな感じだったのかもしれないと。
雫は、年若い大人と話すことなんて、教師相手くらいしかなかった。
だから何を話題にしたら良いのかわからなくて、黙ってしまう。雫には特別親しい友達も、趣味もない。話題がないのだ。
「雫くん、今何年生?」
「三年生です」
「おいおい、尚更飲酒とかしちゃダメだよ。大学受験かかってるでしょ」
驚いたようにそう言う晶に、雫は淡々と答えた。
「僕の家は僕以外誰も生計を立てる人がいないので、就職組です」
「……、どう言うことか聞いてもいい?」
「両親がいなくて、祖父母に育てられたんです。でも五年前に祖父が、二年前に祖母が亡くなりました」
「……」
晶は雫の返事に何か考えるような沈黙を落とした。大方、話題の変え方でも考えているのだろう。
「じゃあ、今まで一人で働いて、生きてきたって事?」
でも、男は話題を変えるどころか、さらに深掘りしてくる。
雫は答えられる範囲で答えようと思った。
「まあ、そうなりますね」
「そっか。だからそんな、疲れた顔してるのか」
雫はそう言われて、思わず何も持たない両手で顔を覆った。
冷たい、凍え切った頬があった。
睫毛まで冷え切っているみたいに。
石膏にでもなったかのようだった。どこまでも滑らかで、無感情で、冷たい。
そんな絶望をする雫を、晶が見ているとは気づかず。
「ここ、俺の家」
コンビニから意外と早く、晶の住むマンションはあった。
エントランスのオートロックに鍵を差し込んで、エレベーターに乗る。
その間、二人は無言だった。
そして部屋に着けば、そこも暗証番号式だった。随分と厳重だ。
それも一番奥の部屋だった。
国家公務員はやはり高級取りなのだなと思った。
「ただいま~」
そう小声で言いながら家の中に入る晶に、そこで雫はある可能性に気がついた。
もしかしたら、この家の中には家族がいるのでは? と。
晶は結婚していてもおかしくない年齢に見えるし、もしかしたら妻子がいるのかも知れない。
子供がいるから、自分のように彷徨う子供を見捨てられなかったのかも知れない。
もし家族が居るのなら、雫は走ってでも逃げようと思った。
今、団欒の中で過ごせるほどの余裕は、雫にはなかった。
「ほら、入って」
促されるままに玄関に入れば、そして雫は安心した。
靴が、男物しかない。
と言うことはつまり、女性や子供はいないと言うことだ。
でも、それに良かったと感じてしまう自分は嫌だった。今、誰かの幸せをまともに受け入れられない自分も。
取り返しがつかないほど傷ついているのは、雫じゃない。吉乃のはずなのに。
「手、洗っといで、そこ洗面」
指さされた先にあるスライドドアを開けて、手を洗って口を濯ぐ。
出てこれば、晶がコンビニで買ったものをソファの前のローテーブルに広げているところだった。
「すいません、お借りしました」
「オッケー。ソファどうぞ」
そう言って今度、晶が洗面に消えていく。
成人男性がいちいち手を洗ったり口をゆすいだりするのは珍しいことだが、人との交流が乏しい雫にはそんなことはわからない。この部屋が、整理整頓され、綺麗な部屋であることはわかった。よく言えば整理されているけど、悪く言えば生活感がない。
目の前に並ぶ食べ物を前に思い出すのは、明美という女が投げた料理のことだった。
吉乃が丹精込めて作った料理を、あの女は簡単に投げ出した。なんの関係もない吉乃に対して。
許せない、腹の底から、黒いものが這い上がってくる。
でももう、それも過去の話だ。
きっと警察も、痴情のもつれで店に損害を与えられたと言っても、まともに取り合ってはくれないだろう。
それに。
雫のなんの根拠も無い想像だが、吉乃はあの女のことを訴えないような気がしていた。
勝男の不始末の責任を自分で取ろうとしているのだ。
そんなことして欲しくない。悪いのは亭主だ。妻であるからと言って、そこまでしてやる義理はないと思った。
でもきっと、吉乃は気丈に振る舞って、これからも生きていく。
(もう一度、吉乃さんがお店をひらくんなら)
その時は、力になりたいなと思った。
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