健気な男の子が、優しい警察官と幸せになる話

藤ノはな

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第二章

第一話

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「……」
 いつの間にか、自分は眠っていたらしい。
 凝り固まった身体をほぐせば、骨が鳴る。
 机から起き上がって、時計を見た。
 晶はいつ帰ってくるのだろう。それだけでも聞いておけば良かったなと思った。
 作り置きでもいいだろうか。
 不味いと思ったら捨ててもらおう。
 雫は立ち上がると、ソファへと移動した。そして、横になる。
 十七時まではまだまだ時間がある。その頃に作ればいいと思った。なら晶が帰ってくるまでには作り終えているだろう。
 ソファからは、晶の香りがした。
 雫はぼんやりとして、その香りに安心感を抱いてしまう。
 そしていつの間にか、眠りについていた。

「雫くん」
 ハッと、雫は目を覚ました。体温を近くに感じる。晶は、雫の顔を覗き込んでいた。
 優しく微笑む晶がいて、反して雫の顔は真っ青になっていく。
「ご、ごめんなさい。僕、寝ちゃって」
「良いんだよ、よく寝れた? 疲れてたんじゃない?」
「で、でも。お夕飯作るって言ってたのに」
「良い機会じゃん。一緒に作ろ。俺に教えてよ」
 どこまでも前向きに言ってくれる晶に、雫は呆然とした。
 この人は、どうして自分にこんなに優しいのだろう。
 反応しない雫に、晶は首を傾げた。
「? どした?」
「……、あ、いえ。じゃあ、作りましょう、か」
「うん、ちょっと手洗って服着替えてくる」
 背を向ける晶に、雫はそう言えば、と口を開く。
「おかえりなさい」
 すると、晶が振り向いた。
 少し驚いた顔で。
 雫も驚いて、何か自分はまずいことを言っただろうかと思った。
 この家の人間、みたいな。家族みたいに挨拶するのは良くなかっただろうか。
 でも、晶は雫の心の内を裏切って、笑顔になった。
「ただいま、雫くん」
「……はい、おかえりなさい」
 雫が微笑めば、晶はさらに嬉しそうな顔になる。
「家族みたいでいいね」
「そう、ですね」
 雫も、ぎこちないながら頷いた。家族みたい。それは、悪くない言葉だった。
 そして晶が手を洗ったりしているうちに、雫は食材の準備をした。
 キャベツをまず取り出し、ピーマン、豚肉、と台所に置く。
 キッチンは広くて、作業がしやすかった。雫の家のキッチンは人一人が立っているだけで精一杯だ。
 右手には三口のコンロ。
 羨ましい限りである。
 雫は手を洗う。すると、晶が後ろからひょこりと顔を出した。
「最初、何するの」
「キャベツを切ります」
「半分で足りるもん?」
「キャベツって意外と、切ると多いものなんですよ」
「へ~」
 関心したように頷く晶は、本当に料理に疎いようだった。
 今まで、恋人などに作ってもらったことはないのだろうか。家族の料理姿を見たりは?
 聞いてみたかったけど、少し怖かった。
「? どうした?」
「あの、今まで恋人とか、いらっしゃらなかったんですか。晶さん、モテそうだけど」
「うーん。人のこと好きになることあんまないんだよなあ」
「え……」
 思わず口から出た、絶望に近い声に、晶は慌てたように雫の背を撫でる。
「違う違う、雫くんのことはちゃんと大事だから」
 いや、別に好きとか嫌いとか、そういう以前に、助けてもらったことに感謝するべきだなと思った。
 雫は笑う。
「良いんです。助けてもらえただけで嬉しいので」
「いや、ちゃんと伝わらないと意味ない」
 晶は雫から包丁を離させると、面と向かって言った。
「俺は、雫くんが大切だよ。好きとかそういうのを超えて。幸せになって欲しいんだ」
 肩に手を置かれて、雫は内心首を傾げた。
 幸せ。
 それはどんなものを言うのだろう。
 雫が恋をすること? 雫に恋人ができること? 雫に家族ができること? それともまた、新しい幸せの形を願っているのだろうか。
 友人ができるとか?
 雫が何か疑問に思っていることに気づいたのだろう。
 晶が今度は首を傾げる。
「どうした?」
「幸せって、具体的に何が幸せなんですか?」
 すると、晶の眉が下がる。雫が何かを言う前に、晶は「確かに……」と呟く。
「よし、わかった」
「?」
「俺が幸せにする。雫くんのこと」
「ええ」
 雫は驚きすぎて目を見開いた。
 今でも十分恵まれていると思うのだが。晶は十分に雫を大切にしてくれている。
 それだけで良いのに。
「もう十分幸せです」
「もっと強欲になって」
「ご、強欲……」
 どう強欲になれば良いのかわからない。
 雫は視線を右往左往させる。
 しかし晶は雫をじっと見ていた。
「雫くんが本当の幸せを見つけたら、俺は雫くんの手を離すけど、それまではずっと、握りしめているから」
「……、手を、離してしまうんですか」
 それなら幸せなどいらないと思うのは、なぜなのだろう。
 雫はハッとした。
 こんなのは我儘だ。
 でも、晶は優しい眼差しで雫を見ている。
「じゃあ、ずっと握っとくよ。返品不可能だから、大切にしてね」
「……こちらこそ」

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