Lost

とりもっち

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Ⅱ. lust

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覚束ない意識が次第に明瞭さを取り戻す。
何度か瞬きをして開いた視界に映ったのは、山の風景でも病院の天井でも無かった。
白い鉄板と味気ない蛍光灯。
見覚えの無い景色に戸惑いだけが浮かぶ。
まだ身体の節々が痛むが動かせない程では無い。
「っ、……え?」
起き上がろうとして、ぐん、と腕を引っ張られる。
不自然な態勢に気付いてやっと、青年は自分が両手足を拘束されている事を理解した。
黒いパイプベッドに、足は片方ずつ、腕は頭上一纏めに鎖で繋がれている。
おまけに着ていた上着も脱がされ、下着だけと言う心もとない姿だ。
「な、……んだよ、これっ!」
声を荒げ力任せに引っ張るがびくともしない。
ガチャガチャと金属の触れる音が響くだけ。
ひとしきり暴れて力尽きてからようやく、諦めの溜息を吐いて動きを止める。
思い浮かぶのは意識を失う寸前に聞こえた声と、作業着の男の姿。
目的は分からないが、どうやらあの男に連れて来られたのだろう。
頭を浮かせて部屋の中を見回す。
広さは六帖程くらいだろうか、窓の無いプレハブ倉庫のような建物の中に青年は繋がれていた。
唯一の出口は、対角線上に見える白い無機質な扉だけ。
部屋に置いてあるものと言えば、古ぼけた雑誌や漫画が乱雑に積まれた本棚と、誰かしらの衣服が床の上に投げ散らかされている。
その中に自分が着ていた服を見付け、ぶるっと青年は身震いをした。
薄く積もった埃と淀んだかび臭さから、おそらくはしばらくの間この倉庫は使われていなかったのだろう。
ふとベッド脇に目をやって、そこにある物に戦慄を覚える。
置いてあったのは、汚れの染みついた簡易トイレだった。
ただの物置小屋では無い。
いつだかは分からないが、確かにかつてここには人がいたのだと。
「っ、誰か……、助けてくれ!」
急激に不安と恐れが込み上げ、大きな声で叫ぶ。
鎖をベッドに打ち付けて音を立てながら、ひたすらに青年は吠え続けた。
喉が掠れてようやく沈黙する。
壁の向こうからはなんら気配も音すらも聞こえてはこない。
汗をかいた素肌が空気に触れて冷える。
ひんやりとした室内の温度は、しかし雪が降ってもおかしくはない今の季節からすれば温かった。
顔を上げて壁に据え付けてあるエアコンに気付く。
微かに温風を吹き出している様子に、どうやらここへ連れてきた主は、彼を凍え死にさせる気はないようだった。

***

どれくらいの時間が経ったのだろうか。
窓の無い室内では、今が昼か夜かも分からない。
時間の感覚を無くし、静寂の中でただ身動き出来ないでいる。
何かを考えることすら面倒になった頃、不意に車のエンジン音が壁越しに伝わってきた。
青年の顔に緊張が走る。
助けか、それとも――。
近くで車が停まった気配の後、ドアノブに鍵を差し込む音が響く。
それは訪れた者こそが、彼を捕らえた張本人であることを示していた。
無造作に扉が開き、見覚えのある作業着が姿を現す。
蛍光灯の白い光の下、顕わに映し出される正体。
自分で切ったようなぼさぼさ髪と、不健康にくすんだ灰色の肌、あちこち擦り切れ油汚れの染みついた皺だらけの服、見た目以上にどこか異様な雰囲気を纏った男がそこにいた。
「お前……っ」
勢いよく上体を起こそうとして、鎖に引っ張られた反動でがくんと揺れる。
「一体どういう、何して……、つか、放せよ!」
混乱に言葉が纏まらないまま、怒声を浴びせる青年を意にも介さず、ちらと一瞥だけをくれた男は、無表情で荷物を下ろすとゆっくりとベッドへと身体を向けた。
睨み付ける視線を気にも留めず、凝りを解すように肩と首を回してから、大きなあくびを一つしてみせる。
「おい! 聞いてるのかよ! ふざけやがって……こんなことして良いと、」
言い掛けたところで男と目が合い、思わず口をつぐんだ瞬間、
「――――っ!」
唐突に無数の針で突き刺されたような痛みが腹部を襲い、青年はもんどりうってベッドへと沈み込んだ。
あまりの衝撃で声どころか呼吸すら止まりそうになる。
麻痺したように身体が硬直して動かない。
「ぁ、……はっ」
何が起こったのか分からず、パクパクと口を開閉させて喘ぐだけ。
目を見開いたまま動けないでいる青年に向け、男が手に握った黒い機械を見せつける。
その先端からは、青白い火花がバチバチと大きな音をあげて飛び散っていた。
スタンガンを押し付けられたのだと理解した瞳が恐怖に見開く。
先程までの威勢はもう失われていた。
不快感を顕わに舌打ちすると、間髪を入れずに男の手が青年の前髪を掴み上げる。
「んー……お前さぁ、馬鹿にしてんのか? 俺だってなぁ、ちゃんと知ってるんだぞ」
耳元に顔を寄せ、諭すような静かな口振りで吐き出される言葉。
「……落とし物は、拾ったやつの物になるんだってな」
そう言うと、まるで新しい玩具を手に入れた子供のように、男は目を輝かせて笑った。
無邪気な笑みに、純粋な好奇心と、気に入らなければ躊躇なく壊してしまう残酷さを秘めて。
全く面白い物を拾ったと、男は内心高揚していた。
仕事の帰り道、偶然にも身を投げる瞬間に出くわしたのは、きっと自分への賜物なのだと。
確認するまでは死んでいるのかと思った。
いったいどんな死体が見れるのだろうかと、好奇心に胸を躍らせつつ、岩場にぶつかって曲がり潰れた姿を思い描きながら近付けば、まだ生きていた。
これはこれで面白いと拾って帰る事にしたのだ。
すぐに逃げられてはつまらないので自由を奪ってはみたが、少々うるさいのが耳障りで煩わしい。
掴んでいた手をすっと放し、おもむろにベッドに上がり込むと、男は再度手にしたスタンガンを今度は青年の首元へと躊躇なく押し付けた。
声にならない悲鳴を上げ、びくびくとまるで魚のように腰が跳ね曲がる。
次には、ぐったりと力を無くして伸びた両腿を押し広げ、履いている下着を縫い目から破り取った。
「ぁ、な……に……」
突然の男の行為に、どうにか声だけを絞り出した青年を心底鬱陶しそうに見遣ると、
「なんだ、ドラマみたいに気絶しないんだな」
とだけ小さく愚痴って。
いまだ麻痺したまま身動き出来ない様子を尻目にズボンを脱ぎ捨て、用意していた容器の中身を自らの股間へと垂らしていく。
ローションで濡れ光った先端をそのまま目の前の後孔へと宛がうと、男は力任せに奥へと捻じ込ませた。
「ぃ、ああぁぁっ!」
電気の痛みとは別の衝撃が青年の最奥に走る。
スタンガンを食らって手放していた感覚が、一気に自分のものとなって蘇り、耐え切れずに叫ぶ。
身を突き刺す痛苦が意味する行為を。
信じられないとばかり、ふるふると微かに青年は頭を振った。
抵抗したいのに、痺れた指先は痛みに握ることすら出来ずに。
生理的なものか、はたまた嫌悪か、驚愕に見開いた目尻から一筋涙が伝い落ちる。
自分の身に起こっている事を受け入れかねる青年を顧みることなく、男は自身の快楽の為だけにただ腰を激しく打ち始めた。
ぐちゃぐちゃとぶつかる水音に、かすか混じる悲鳴のような嘆息。
いよいよ限界を迎えた身体をぶるぶると震わせ、腹の奥へと欲望を吐き出す。
余韻を楽しむように深いため息を吐いてから、ゆっくりと離れた男は、満足気に鼻を鳴らしてみせた。
ぐったりしたままの青年へと手を伸ばすと手足の拘束を外し、代わりに鉄製の首輪を首元に嵌め込む。
そこから繋がる鎖の先をベッド柵へと巻き付け鍵を掛けると、荷物の中から取り出したペットボトルと菓子パンを置き土産に、男は無言で部屋を後にしたのだった。
かくして、虜囚でさえも無いただの物として扱われる、己の立場を思い知った青年だけをその場に残して。
 
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