黄昏の教室

とりもっち

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4.沛雨

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 翌日、二日ぶりに学校へと来た達巳は相変わらずの元気さで、予後の不調など感じさせないくらいだった。
けれど、変わらない友人の姿が今はどこか遠く感じられる。
たった二日にしか過ぎない。
その間にいろいろとあり過ぎたのだ。
自分だけが汚いものに成り下がったような劣等感。
悟られないように笑顔で取り繕う。
母を騙し、友を騙し、自分すら騙して、それで救われるものなど何も無いのに。

「今日学校終わったら遊びに行かね?」
「え……?」

 今では定位置となった廊下の隅、休み時間に急な提案をされる。
驚くと同時に三年生二人の顔が脳裏に浮かび、返事に詰まった。
恐らく放課後にまた彼等の待つ教室に行かなければならない事は明白だ。
魅力的な友からの誘いを二つ返事出来ない歯痒さに内心身悶える。
一方、何故行く必要があるのかと。
言いなりになってしまったからこそ良いようにされたのだと。
忸怩たる思いが反旗を促す。

「いいよ、行こう」
「よっしゃ、決まりな!」

迷いを吹っ切って口に出した。
これで変わるかもしれない。
反抗を見せたことで、興味を無くし見切りをつけるかもしれない。
わずかな高揚すら覚えながら、喜ぶ達巳の顔を僕は眺めた。

 学校が終わると近所の大型ショッピングモールへと向かう。
本屋を巡り、ゲームセンターで無駄金を使い、疲れたらフードコートで飲み物を口にする、そんな中学生らしい普通の遊び方は久しぶりで、束の間嫌な事を忘れられた。
当たり前のことを当たり前にやっていいのだと。
これが日常だったのだ。
名残惜しくも達巳と別れたその夜、いつもより深く眠れた気がした。

***

 けれども、一時の淡い期待は邯鄲の夢とばかり、即座に打ち砕かれる。
残念ながら思い通りにならないのがやはり現実のようだ。
終礼のチャイムが鳴るや否や、引き摺られるように連れていかれた先で待っていたのは、腹立ちを全面にして仁王立つ二人だった。
瀬口に背中を強く押され、よろめいたところに立川の拳が鳩尾深くに沈み込む。

「がっ、ぁ……、ぐぅっ」

衝撃に屈んだ背中を続けざま、右肘で殴られ敢え無く膝をついた。
襟首を掴まれた鼻先に怒りを湛えた形相が迫り、息を飲む。
行かなかったのは完全に悪手だったと、今更理解しても遅く、わななく口からはうまく言葉を紡げない。

「舐めた真似しやがって……クソが」
「やっちゃったよねー」

凄みをきかせる立川とは対照的な軽い口調で牧村が茶化した。
上半身を床の上に押し付けられ、潰れた蛙のように這いつくばる。
言葉以上に怒気を伝える腕の強さ。
見下していた相手に舐められた、見くびられた、彼にとってはそんな心境でしかないのだろう。
どう贖わせてやろうかと思案しているのか、動きの止まった沈黙がとても恐ろしい。
まさに蛇に睨まれた蛙だと自嘲しかけたその時、尻だけを上げた姿勢で固まる僕の腰に両手が掛かったかと思うと、ベルトごと強引にズボンがずり下げられた。

「えっ、あ?」

突然のことに顔を上げて慌てふためく。
動こうとする僕を立川は再度片腕で押し付けると、空いた手で下着すらも引き下げた。
空気に触れた肌がすっと冷える。
信じがたい予感に背筋が粟立った。

「立場ってもんを分からせてやるよ」

欲の浮かんだ顔を歪め、嘲るように言い放つ。
カチャカチャと何かを外すような金属音と。
腰に腕を回され、ぐいと後ろに引き寄せられた、その間に押し付けられる何かを。

「ひっ、……うぇっ」

咄嗟に跳ね飛ぶように身体を縮めて逃れる。
ズボンが足に絡んで立ち上がれない。
四つ這いでなんとか逃れようと足掻く背中を無言で踏み付けられ、ひしゃげた声を上げた。
両手で上体を起こし尚も藻掻くも、掴まれた身体は少しも進まない。
歴然とした力の差に愕然とする。
たった数歳でこうも違うとは。敵わないとは。
両腿を押し広げられた中心に硬い感触が宛がわれる。

「い、やだっ、嫌だっ!」

ただ叫んでいた。子供の癇癪のように。
終わってしまう。何かが、確実に。
それだけは――。
じたばたと両手が無為に床の上を泳ぐ。
抵抗は虚しく、自分の非力さが顕わになるだけ。
容赦ない昂ぶりが強引にこじ開ける。

「あああぁっ――!」

ぶつっと抜ける感覚の後、内臓を突き上げるような圧迫感が全身を襲った。
息が止まる。呼吸の仕方すら忘れるほどの。
悲鳴とも泣き声ともつかない音が喉を震わせる。
どうしようもない絶望感に意識が飛びそうになるも、突き入れる鋭い痛みに現実へと引き戻された。

「あ、はっ、あうっ、」

肺に空気を入れようと喘ぐ。
自分の意思とは関係なく、腰を打ち付ける動きに合わせて揺れる身体は、もはや僕のものでは無かった。
唇を噛み締め痛みに耐える。
裂けんばかりに拡がった箇所が熱い。
擦られる度、突き抜ける痛苦から逃れようと背中を逸らす。
縋るようにして仰いだ視界に見えたのは、扇情的な光景に色めき立つ二人の姿で。
わずかな憐れみすら見せない好奇の目に耐えきれず顔を伏せた。

「ぃ、う、……っく」
「はっ、やべーわ」

抵抗を諦めた僕の身体を容赦なく揺さぶりながら、立川も自分の息を荒くしていく。
穿つ速度が上がり、強く奥まで押し込んだものが震えたのが分かった。
動きを止めてしばらくの後、濡れた水音と共に引き抜かれる。
終わった、その一言だけが頭に浮かんだ。
脱力してごろりとその場に転がると、真っ白な意識でぼんやりと目を向ける。
逆光に黒く縁取られた輪郭の中心に、ついさっきまで自分を貫いていた凶器が濡れ光っていた。

「……あー、汚ねぇな」

肩で大きく息をついて興奮を冷ますなり、汚濁に塗れた自身を見て忌々しそうに舌打ちする。
左右に一度目をやった立川は、思い付いたとばかり僕のシャツを掴むと、その汚れを拭き取った。
見てしまった牧村が口元を抑えて失笑する。
悪びれもせずズボンを履き直すと、「明日、ゴム買って持ってこい」と瀬口に言い付ける声を、黒く塗り潰されていく意識の片隅に聞いていた。

***

 窓の外から歓声が飛び込み、はっと身体を起こす。
どうやら少しの間だけ気を失っていたようだった。
日が落ち始めオレンジに染まる空の下、部活動に勤しむ生徒達の声が聞こえる。
活き活きとしたエネルギーを感じながら、それがもう二度と自分には手に入らないのだと悟った。
ガラス一枚で隔絶されてしまった向こう側。
変わってしまった。変えられてしまった。
あまりにも無様で醜い姿に。

「……う」

衣服を整えようと動きかけて、不快を感じて止まる。
後ろから力を入れずとも漏れ出るような感触。
そろそろと触れた手を濡らし零れ落ちたものを見て言葉を失った。
不透明な白とわずかに混じる赤。
どくんと心臓が跳ねる。
胸倉を掴まれたかのような息苦しさと。

「ふうっ、はぁっ、ひっ、……げほっ、――っ!」

両手で口を押さえた。
塞ぎ切れず咳込む。
今度は手首を噛んで込み上げる衝動を堪えた。
泣いては駄目だ。
ここで泣いたら惨めな自分を認めてしまう。
こんな事で、これくらいで、負けてなるものかと。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
何度も口の中で繰り返す。
たとえ歪んだ正義の下での断罪だとしても、僕は甘んじて罰を受け入れよう。
それが咎人としての矜持ならば。
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