魔法学院の階級外魔術師

浅葱 繚

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第5章 ギルド体験週間編―最終日

ギルド体験週間最終日⑤ 決着

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会場にいる誰もが、これは誰かが代わりに魔法を使っているわけではない、ということを理解した。
そもそもこんな魔法は存在しない。青い炎など見たことがない。
そして見せかけだけのトリックなどでもない。間違いなくこれはルーシッドが起こしている『奇跡』だ。
ではなぜ魔法が使えないはずの、Fランクのルーシッドが、魔法ですら起こせないようなことを行えるのか…少しずつではあるが、確実にルーシッドに対する見方が変わりつつあるのだった。

ルーシッドは通常の炎の翼では到底出すことができないような速度で、レイチェルに真っすぐに突進していく。それは先ほどの火炎放射ジェットバーナーと基本的には同じである。圧縮した空気とメタンを燃焼させた時に発生する燃焼ガスを利用したいわゆるジェットエンジンだ。もちろん、ただ火を吹くだけで、真っすぐに安定して飛べるわけはない。目には見えないが、無色の魔力によって翼や、体にかかる風圧を防ぐための風よけが生成されているのである。

ルーシッドは両手を交差させ、脇の部分につけていたホルスターから、短い棒状のものを2本抜き取りながら左右に開いた。その棒状のものは変形して細剣のようになった。警棒のように伸縮する仕組みになっているのだろう。


二色双炎剣ツイン フレイムソード
術式展開ディコンプレッション


ルーシッドがそう言うと、2本の剣は炎の剣となった。右手の剣は赤々と燃える炎の剣。左手の剣は青い炎が刀身に合わせて真っすぐに伸びる、さながらビームサーベルのような剣だ。


「なんだあの魔法具…」
「わかんないけど…かっこよくない…?」
「あぁ、あんなの見たことない!オリジナルかな?すごくないか?」


ルーシッドは、レイチェルをすれ違いざまに攻撃するために、やや軌道を左にずらす。
レイチェルもとっさに炎の造形魔法で剣を形作り剣を受けるが、火の魔法しか使うことができないレイチェルは、実際の剣を作ることはできず、剣の形をした炎を作っているにすぎない。ルーシッドの剣を受け止めるも、レイチェルの剣はルーシッドの剣によってかき消されてしまう。レイチェルはルーシッドの攻撃を受けて、そのまま地面へと落下した。

「うそ…レイ様がやられた…?」
「いや……そんな簡単にやられるはずは……」

ルーシッドは反転して空中で静止する。ジェットエンジンを使った飛行で、空中で静止することなど不可能だ。今のルーシッドは、ただ青い炎を燃やしつつ、空中に設置した無色の魔力の板の上に立っているにすぎない。しかし、翼も使わずに空中で静止するその姿は見るものに強烈なインパクトを与えた。

「くくっ、くくくくっ……」
地面に落ちて、うつ伏せで倒れたままのレイチェルは笑っていた。
そして、のろりと立ち上がり、赤い髪をかき上げるレイチェル。
その顔は今までに見たことがないほどに高揚していた。

そう、ルーシッドは正直あまり近接戦闘が得意ではない。基本的に座って勉強ばかりしているので剣を振るう筋力も弱い。レイチェルも大したダメージは受けていないようだった。

「はははっ、あっはっはっはっ!!
私に攻撃を当てた魔法使いなど初めてだぞ、ルーシッド!
認めてやる!お前は今まで会った誰よりも強い!」

そう、レイチェルは今まで一度たりともその身で攻撃を受けたことがなかった。

入学試験の模擬戦も本戦1回戦の途中棄権という結果だった。
それも棄権の理由は「興が覚めた」というものだった。レイチェルは予選も対戦相手にまともに勝負をしてもらえなかった。相手がレイチェルだと知ると、全員が勝負する前から恐れをなして白旗をあげてしまうのだ。本戦1回戦の相手からも、試合の前に控室で「本戦に進めて合格は決まったし、レイチェルさんと戦うのは恐いから自分は棄権する」と言われたのだ。予選の事もあって少しいらだっていたレイチェルは、それを聞いて、くだらないと自ら棄権したのだ。
そう、レイチェルはその強さが独り歩きしてしまい、まともに戦ってもらえないのである。

それゆえレイチェルはこうして自分に真っ向から向かってきてやり合う相手に巡り合えて興奮を覚えていた。しかも相手は『無色の魔力』『Fランク』の魔法使いである。


そうだ、純色だけが唯一の正しい魔力だなんて言う考えは間違っている!
混色にだって、純色に負けないくらい、いや純色よりも強いやつだっていっぱいいるはずだ。
現に今対戦しているルーシッドは無色でもこんなに強いじゃないか。
やはり自分は間違っていなかった。

純色至上主義なんていう考えは滅んでしまえ!!


「ははっ、ははは…面白いなぁ。いや、本当に面白い」
レイチェルは心の底から笑い、そのあと少し寂しそうな顔をした。

「ルーシッド、キミに会えて本当に良かったよ。いや…もっと早く会いたかったかな…もっと早く会っていれば…」
「今からでも遅くないですよ」
ルーシッドにそう言われて、何となくルーシッドが言いたいことを悟ったレイチェルの表情は晴れやかになった。

「あぁ、そうだな……ルーシッド、この決闘が終わったら私の友になってくれないか!キミともっと話がしたいんだ!」
「えぇ、喜んで」
「それは良かった!では、再開しようか!いつまでもこうしていては観客も興ざめしてしまうからな!

いまより戦場は地獄と化す!
地獄の業火インフェルノ!」

爆発するように地面から火柱が吹き出し、一瞬で闘技場が火の海と化した。
その中に1人レイチェルが笑みを浮かべながら腕を組んで立っている。


「すごい…ここまで熱気が届くわ…」
「これがエレメンタル・フォー……」
「なんと恐ろしい…」


炎の巨人ムスペル!」

地底から這い上がってくるかのように、炎で形作られた巨人が姿を表す。レイチェルはその肩に飛び乗った。その巨人が立ち上がると、身長はルーシッドが立っている空中にまで届くほどにまでだった。

「いくぞ、ルーシッド!」

「クライマックスですね。


空間掌握エリア アンダー コントロール

わかりやすいようにルーシッドは、ふーっと火を消すような動作をした。

それは一瞬のことだった。今まで地獄のように燃えていた炎が一瞬で跡形もなく消え去った。

「なっ……?」
巨人も消えてしまったため、足場を失い地面に落ちるレイチェル。

そう、この闘技場くらいの広さであれば、ルーシッドは一瞬で自分の無色の魔力で埋め尽くすことができる。ルーシッドはその無色の魔力に酸素を引きつける性質を持たせ、脱酸素剤として使い、一瞬でその場の火を消し去ったのだ。

ルーシッドにとって、火の魔法使いを倒すことなど、実は簡単なことである。火は酸素がなければ燃えることはない。相手の周囲から酸素を奪ってしまえば、いかに最強と言われるレイチェルですら何もすることはできないのである。サラが言っていたように、ルーシッドを前にして魔法を使えているだけで、ルーシッドは手加減してくれているのである。
この勝負は最初からルーシッドの手のひらでレイチェルが踊らされているだけだったのである。

そして、反対に闘技場の周囲はルーシッドが生み出した、青い炎で埋め尽くされた。

「なるほどな…勝負する前から勝敗は決まっていたということか…」

「まだやりますか?」
ルーシッドが炎の剣をレイチェルに向ける。

「どんなに強く願っても自分の火が出ない…」
「魔力をふさいでるので、魔法は使えませんよ」
「……まったく…キミは本当に何者なんだい?」
「ただのFランクですよ」
「ははは…それこそ私の主義主張が正しかったことの証明だな…魔力をランク付けしたり、純色だ混色だと差別したりすることになど何の意味もない…」
「あなたには言おうか言わないか迷ったんですが…実は今回の件、クレアさんからの頼みなんです」
「あぁ、何となくそんな気はしたよ……さて、では最後まで道化を演じるとしようか。それにただ白旗をあげるというのも自分の信条に反するしね」
ルーシッドはレイチェルのその全てを知った上での覚悟の言葉を聞いて、この人は強い人だと思った。

この人ならきっと大丈夫。一度は挫折してしまったかも知れないが、この人の心の火はまだ消えていない。しっかり灯っている。

レイチェルは力なくこぶしを上げてルーシッドに向かって走り出す。見る人からすれば、火の魔法使いが火も使えないのに、白旗もあげず、ただ相手に向かっていく往生際の悪い無様な姿に見えただろう。
しかし、ルーシッドはその姿をかっこいいと思った。この戦いの中で一番かっこいいと思えた。
その勇姿を無駄にするまいと、ルーシッドは炎の剣でレイチェルを切り倒したのだった。
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