魔法学院の階級外魔術師

浅葱 繚

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第8章 地下迷宮探索編

幕間 ルーシッドとリスヴェル

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リスヴェル・ブクレシュティディナカレア魔法学院に赴任してきたその日の夜、ルーシッドはリスヴェルの部屋を訪れていた。

「やぁ、ルーシィ、その節はどうも」

リスヴェルは部屋で木の加工をしていた。

リスヴェルはこの学院内で軟禁状態にあるとはいえ、かなりの自由が認められていた。学院の外に出るためには許可を得たうえで同行者がつけられるが、学院の中であれば自由に行動することができた。一般の先生たちと同じで食事は無償。研究に必要な物資も学院に言えば提供してもらえる。リスヴェルの場合、以前の研究の件があるので何の研究を行っているかに関しては少し厳しい審査が入るが。
与えられた部屋も普通の先生たちと同じもので、日常生活を送り研究や作業をするのに申し分ない広さの部屋だった。

「それは、魔法人形マジックドールですか?」
「あぁ、そうさ。これでも人形師だからね。ところで何か私に用かい?」
「あ、はい。一応、ヴェル博士の研究を参考にさせてもらった魔法具があるので、ご報告しておこうかと」
「私の研究を参考に?へぇ、どんな魔法具だい?」
リスヴェルは手を止めて、ルーシッドの方を見た。
「1つはこれです」
ルーシッドはキリエにあげた魔法具と同じものをリスヴェルに差し出した。

「これは…歩行補助装置かな?」
「見ただけでわかるなんてさすがですね」
「なるほど、よくできてるね。いくつかの古代言語ハイエイシェントによる指令が書かれているね。脳から筋肉への電気刺激に反応して無色の魔力が伸縮する仕組みなんだね」
「すごいです。その通りです」
「脳から筋肉への指令が電気刺激だということは私も理解していたけどね。そうか、無色の魔力を古代言語ハイエイシェントに流すとそこに書かれた術式によって形質が変化するんだね」
「そうなんです」

ルーシッドが自分の魔術に関して説明をせずに逆に聞いているというのは初めての事かも知れない。
リスヴェルは紛れもなく天才だ。この世界でもルーシッドの魔法理論に普通についれ来れるのはリスヴェルだけかもしれない。
ルーシッドが作る魔法具や魔法はあまりにも独創的過ぎて、普通は一目見ただけでは作動原理が理解できない。この学院でも指折りの秀才、サラやルビア、フランチェスカをもってしても、ルーシッドが説明しても全てを理解することは難しいだろう。
しかし、リスヴェルはそれを一目見ただけで理解した。ルーシッドは初めて自分の魔術が真の意味で認められた気がした。

「なるほど、この術式を自動魔法人形オートマタに組み込めば、人間の筋肉と同じようなもっと精巧な動きができるかも知れないね」
「はい、そう思って作ってみたのが、これです」
ルーシッドは隣に立っていたエアリーを指し示した。リスヴェルはエアリーを見てしばらく言葉を失っていたが、ゆっくりと言葉を発した。

「……なるほど。人間に見間違うほどに良くできていると思ったが、これはマリエの魔法人形マジックドールか。だが、マリエのはただの魔法人形マジックドール自動魔法人形オートマタではない。これはどうやって動いているんだ?」
「私が無色の魔力を魔術式によって動かしています」
「君は?」
「私はエアリー。ルーシッドによって作られた人工知能です」
「人工知能だって?」
「はい、脳の機能を魔法具で再現したものです」
ルーシッドがエアリーの起動術式を組み込んだ魔法具『多機能型タブレットルーレット』を見せる。

「なるほど。これは私でも一目見ただけでは複雑すぎてよくわからないね。鉄を薄い鉄板上にして何百層にもして術式を記述し張り合わせているのか。しかも永久的に記述された部分と、書き換え可能な部分に分けられている。ははは…よくこんなものを作ろうと思ったね」
「初めはただの暇つぶしというか、まぁ、話し相手が欲しかったんです。それで、エアリーを作りました。最初はただ蓄えた知識を結び合わせて、決められた受け答えをするような簡単なものだったんですよ。でも、いつしか自ら判断したり考えたりしてるような反応が見られるようになってきたんです」
「学習行動の段階が進んだんだろうね。エアリー君、自身はどう思う?最初の頃と変化はあるかい?」
「そうですね……目と耳をもらって以降の記憶の方が鮮明にはっきり思い出せます。最初の方の記憶はテキストだけですので。映像や音声があると、ただ情報として記憶しているというよりは、思い出のような形で記憶されている気がします」
エアリーは少し考えて思い出すような素ぶりをしてからそう言った。その仕草は本当に学習行動によって人間を模しているだけなのかと疑いたくなるくらい人間らしい。

「なるほどね。情報の質や量が一気に向上したことで、エアリー君の学習が進化したということだろうね。そういった人間らしい仕草も、目で見た情報から学習したんだろうね」
「はい。私自身もエアリーをもう一度作ろうと思っても作れないです。偶然できたようなものなので」
「確かにね。同じ機能を付けたものを作ったとしても、エアリー君のようになるかどうかは疑わしいね。それほどにエアリー君は特異な存在だ」


「実に楽しかったよ。またいつでも来てくれ。どうせ軟禁生活で暇だからね」
リスヴェルは冗談めかして言った。

「……その…本当にこれで良かったんですか?」
「ん?何がだい?」
「なぜ脱獄したまま他の国へ逃げなかったんです?なぜ変な危険を冒してまで私に会いに来たんですか?そうしなければ今頃は自由だったかも知れないのに」

リスヴェルは、どこか遠いところを見るような目をしてふっと笑った。そして、リスヴェルは話し出した。

「確かにね。それでも……それでも私は君にもう一度会いたかったのだよ。
私はね、自分が考えた魔法理論を実現するために研究に明け暮れてきたよ。そして、古代言語魔法回路ハイエイシェントマジックサーキットを作り、自動魔法人形オートマタを作り出して、天才魔法人形師ドールメイカーとか天才魔法学者とか言われるようになった。
でも、何だろうね、孤独だった。うん。私が作った結果は称賛されても、過程を理解した上で称賛できる人は誰もいなかったからね。何かわかんないけどすごい、そんな感じだよね。まぁ、古代言語ハイエイシェントで作っているんだから理解されなくて当然だし、そもそも誰もが理解出来たら何にもすごくないんだけどね。ジレンマだね。
だから、君が私の古代言語魔法回路ハイエイシェントマジックサーキットを解読しているのを見た時、驚きと同時に興奮したよ。私の魔法理論の過程を理解できる人間がこの世にいただなんてね。そして、君は最後に私の『はすごい』と言ってくれた。それこそ私が今まで言われた中で最高の誉め言葉だったね。だからもう一度君に会って話がしたかったのだよ。結果はどうなろうとね。
それに私にとっては研究さえできれば別にどこだっていいんだよ。牢獄は勘弁だね、あそこでは研究できない。あそこにいるくらいなら脱獄してやるが、ここは研究するには何の不自由もないね。むしろこの上なく居心地が良いね。だから、君は全く気に病むことは無い。むしろ、感謝したいくらいだね」
リスヴェルは笑って言った。

「私もあなたともう一度会いたいと思っていました。だから、私の提案を飲んでくれて嬉しかったです。あなたからはまだまだ学びたいことがたくさんありますし」
「おいおい、私からまだ技術を盗む気なのかい?」
リスヴェルは笑って言った。
「学習に終わりはありませんから」
「ははは、ごもっとも。こりゃ一本取られたね。まさに研究者の鑑だね。私も負けていられないね」

2人は笑いあった。
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