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第9章 パーティー対抗戦編
パーティー対抗戦⑭ 戦況⑨ ヒルダ(フェリカ)VSリリアナ&クリスティーン
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「ねぇ、あれは本当にフェリカなの?」
リリアナはクリスティーンに半笑いで尋ねた。
「見た目はフェリカ君のようだけどね」
「二重人格なのかしら…」
「人格どうこうの問題じゃなく、明らかに別人だね」
「フェリカの皮を被った化け物じゃない?」
フェリカと対峙し、とりあえず逃げて草陰に隠れたリリアナとクリスティーンの二人はそう言葉をもらした。
2人の冗談も当たらずとも遠からずと言ったところだ。
今のフェリカは、フェリカであってフェリカではない。
その中身は神位の妖精、しかも少数派ながら癖が強い厄介者が多く、神位の妖精の中でも最強の面々が集うと妖精界では言われている『ノルディック神族』の族長であり、傲慢にして貪欲な妖精、オーディンなのだから。
「まったく逃げ足の速いこと…これが実際の戦闘だったら『ガングニール』で一撃なんだけど…」
ヒルダはそうぼやく。
相手に逃げられて八方ふさがりという雰囲気ではなく、これ以上探すのが手間で面倒くさいという感じだ。
「がっ、ガングニールですって?」
「おいおい、それは詠唱文がまだ判明していない神話魔法じゃなかったのか?どういうことだ?」
魔槍『ガングニール』はルーの炎槍『ブリューナク』、ポセイドンの水槍『トランデント』と並び、『三大魔槍』と称される神話の武器である。
いずれの槍も神々本人が使用したとされているため、実際の武器ではなく、その力によって顕現させたものだと思われる。
このうちブリューナクとトライデントは詠唱文がわかっており、魔法によって再現することができるが(いずれも当然神位魔法である)、ガングニールは伝承に記述があるのみで、詠唱文は確立されていない。
そのガングニールを使用できるとほのめかしたので、2人は驚いたのだ。
ガングニールはオーディンが使用した魔槍なので、フェリカがオーディンの契約者だと知っていれば、驚くには値しないのだが。いや、そもそも神位の妖精、しかもオーディンと契約していること自体は驚きなのだが。
(そ、そんなことしたらルール違反だからね!)
「わかってるわよ、まぁ見てなさい」
ᚹᚨᛖᚢ(喜び叫んで踊り出ろ)
ヒルダがスマホ型魔道具に4つの文字を重ねるようにして書く。
「うっ、うわぁあぁぁ!?」
するとリリアナとクリスティーンの2人は突然隠れていた草むらから叫びながら走り出た。
「なっ、なんだ!体が勝手に!?」
ᚦ(停まれ)
ヒルダがその文字を書くと、一転今度は2人は足が地面に張り付いたかのように、その場に立ち尽くした。
「はい、お疲れ様」
ヒルダは表情を変えずに淡々とした口調でそう言った。
「なんだ…この魔法は?こんな魔法、どの属性で再現できるんだ?」
「いえ、そもそも詠唱をしていないわ…何なのこれは?」
リリアナとクリスティーンは引きつった顔で尋ねる。
「今の子たちはルーン魔法も知らないのかしら。全く悲しいことだわ。妖精語に取って代わるつもりで作った魔法言語だと言うのに…」
ヒルダはあきれたようにため息をつく。
「ルーン魔法だって?失われた魔法じゃないか…フェリカ、君はそれが使えるというのかい?」
「まぁ、そういうことね」
「なるほど…Dランクが入学できるなんて何かあるとは思っていたけど、ただのDランクじゃないってわけね…」
「あぁ…魔力ランクね。聞いたわよ。魔法使いの良し悪しをランク付けするなんて、いかにも優劣をつけたがる人間が考えそうなことね。昔はそんな評価基準なんて無かったのに。いつからそんなものを付け出したのかしら?」
「…あなた一体何者?」
リリアナは言いえぬ恐怖を感じ、そう言葉をもらした。ここにいるのはフェリカであって明らかにフェリカではない別人だ。ではこれは誰だ?
「ふむ…フェリカ、私の事言ってもいいのかしら?」
フェリカがフェリカに尋ねるという謎の台詞に2人は沈黙する。
『え、うん。別にいいよ?妖精の契約者は別に秘密にしないといけないことでもないし。まぁ、神位の妖精と契約してる人なんて聞いたことないけど…』
「フェリカの許可も得たことだし…そこの2人、聞きなさい。私の名前はオーディン。神位の妖精のオーディンよ。今はフェリカと契約している使い魔ね」
一般的に魔法使いと契約し、召喚されている妖精のことを親しみを込めて使い魔と呼ぶ。
「おっ、オーディンだって…?そんな馬鹿な…神位の妖精が契約に応じたというのか?」
「でもそれなら納得だわ…ガングニールもルーン魔法も全てオーディンの文献で見たわ」
「あら、あなたは少しは勉強しているようね。まぁ、私が教える前からこの子はルーン魔法を使えていたけど。大したものだわ。さて無駄話は終わりにしましょう。旗はいただいていくわね」
ヒルダが2人に近づこうとしたその時だった。
「はぁあぁぁぁっ!!!」
大きな掛け声と共に横から人が走り出てきた。
そして手に持ったハンマーを地面に振り下ろすと、ヒルダとリリアナ、クリスティーンの間に巨大な鉄の壁が形成される。
それはジョンだった。ジョンが魔法具で鉄の魔法を発動し、壁を形成したのだ。
すぐにジョンはリリアナ達の側に隠れる。
「ふぅ、何とか間に合った。2人とも動けるか?」
「あぁ、今動けるようになったよ」
「この壁のお陰でルーン魔法の効果範囲から外れたのかしら」
「よし、じゃあ逃げ…」
その時だった。
鉄の壁の中央部分がぐにゃりとゆがんだ。そして粘土でもちぎるかのように鉄を割いて穴を開け、ヒルダが顔をのぞかせる。
「逃がさないわよ」
「ひっ!?」
リリアナは思わず悲鳴を上げる。
「くっ!!」
ジョンはすかさずもう一度魔法具を発動し、さらにもう一枚鉄の壁を形成する。
「コニー!頼んだ!」
「了解」
"RELEASE DERAY, ICE CREATION.(遅延発動、氷の形成魔法)"
ジョンの合図でコニアが氷の魔法を発動し、さらにもう一枚、今度は氷の壁が形成される。
事前に詠唱文を唱えておくことで、任意の時間に魔法を発動することができる、遅延発動魔法だ。
しかし、遅延発動は詠唱が完了してから魔法を発動させるまでの延長期間中も魔力を消費してしまうため、どのぐらいの長さ遅延させられるかは最大魔力量によって変わってくる。
「よし、みんな逃げるぞ!試合終了まで逃げ切るんだ!」
「全く…めんどくさい。これじゃ埒が明かないわ」
壁の向こうにまた壁を作られたのを確認し、舌打ちをするヒルダ。
そして、右手を天に掲げてその名を告げる。
「顕現せよ。ガングニール」
すると、その手に光輝く槍が形成されていく。しかし、それは手に持てるような大きさではなかった。いや、そもそも槍と呼べるかも怪しい代物だった。
それはあまりにも巨大すぎた。直径は2メートルほど、長さは10メートルほどもある槍だった。
「吹き飛ばせ」
そう言ってヒルダが槍を振りかぶると、槍は鉄の壁に直撃した。しかし、その勢いは衰えることなく、鉄の壁をそのまま横倒しにする。そして、その後ろにあった氷の壁も鉄の壁に押しつぶされ粉々に砕かれた。
壁が倒れた轟音でジョン達が振り返ると、地面にその巨大すぎる槍が突き刺さっているのが見える。
「なっ、なんだあれは!?」
「多分あれが魔槍『ガングニール』」
「がっ、ガングニールだって?どういうことだ?」
「フェリカ君は神位の精霊オーディンの契約者らしいよ」
「そんなことあり得るのか?」
「あり得てるからあんなことになってる…」
動揺するジョンに対して、相変わらず冷静に突っ込むコニアだった。
「顕現せよ。スレイプニール」
4人には聞こえなかったが、ヒルダが遠くでそう言うと、今度は光輝く馬がヒルダの前に出現する。しかしその馬は異形ともいえる姿をしていた。その馬は普通の馬とは違い、足が8本あったのだ。
馬は嬉しそうにいななき、ヒルダはその頭をなでる。そして、ひらりと背中に飛び乗ると
「行け」
と言った。その声に答え、スレイプニールは文字通り空中を駆け出した。久しぶりに主人を背に乗せて走ったスレイプニールは、水を得た魚のようにあっという間に4人に追いつき、そして頭上を越えて追い越した。
「なっ、なんだあれは!?」
「八足馬…スレイプニール…!」
ヒルダは空中で馬から飛び降りると、重力を無視したように4人の前にふわりと着地した。
そして、着地した時にはすでにスマホ型魔道具にはᚦ(停まれ)の文字が刻まれており、着地と同時に4人はその場に立ち尽くした。
「はい、お疲れ様。なかなかやるじゃない。ちょっと手こずっちゃったわ」
「強い…これが神位の妖精の力…」
「まぁ、こんなところかしらね」
ヒルダは笑って言った。
「でもまぁ、頑張ったあなたたちに最後のチャンスをあげましょう」
「最後のチャンス?」
そう言うと、ヒルダはスマホ型魔道具にあるルーン文字を書いた。
「これはᛈというルーンよ。これを使うと、次の事態が誰にも予想できなくなる。全ては神のみぞ知るということよ。これを使って私とゲームをしましょう。私は『一番目に指名した人が旗を持っている』に懸けるわ。あなたたちは私が『一番目に指名した人が旗を持っていない』方に懸けなさい。どう?私が当たる確率は4分の1。あなたたちは4分の3よ。私が勝ったら旗をもらう。あなたたちが勝ったら今回の試合では私はあなたたちの旗をあきらめるわ」
確かに確率的にはそうだが、何か裏がありそうな気もする。だが、この勝負に乗らなければどちらにしろ拘束されている自分たちの負けだ。それならわずかでも勝てる確率がある方に懸けるしかない。そうジョン達全員が判断しうなずき合い肯定の意を示した。
「わかった。その勝負乗ろう」
ジョンがパーティーを代表してそう答えた。
「そう来なくっちゃ。私こういう賭け事大好きなのよ。じゃあ私は後ろを向いているから誰が持つか決めて、その人に持たせてちょうだい。そして旗を後手で持って全員がそれと同じポーズをしてね」
そう言うとヒルダは素直に後ろを向いた。
「本当にただの賭け事なんだろうか?」
「わからないね…でもやるしかないね。後ろを向いている間に逃げたりでもしたら、今度こそ本当にブチ切れるかも知れないよ」
クリスティーンは冗談まじりに言った。
「じゃあ……」
「決めたよ」
少ししてジョンがそう言った。ヒルダは向き直って4人を一瞥した。
「じゃあ当てるわね。そうねー。はい、決めたわ。じゃあ、あなた」
そう言ってヒルダが指差したのはクリスティーンだった。
「……当たりだ。私たちの負けだよ」
そう言ってクリスティーンは旗を振って、降参のポーズをした。
「やった~。私の勝ちね」
「最初から分かっていたのかい?」
ジョンがあまりにあっさりと当てられたので怪しんでそう尋ねた。
普通こういったギャンブルの場合は相手との読み合いだ。目線を見たり、話を振って動揺を誘ったりと何かしらの駆け引きをしてくるのかと思ったが、そんなことは全くせず、ただ適当に当てただけのように思えた。
「うふふ。最初に言ったじゃない。このᛈというルーン魔法を使うと、事態は全て神のみぞ知るようになるって」
「神…なるほど、そう言うことか…このギャンブルはやる前から勝負がついていたということか…」
この世界の神とはすなわち『神位の妖精』のことである。
つまりこのルーン魔法は言い換えれば『全ての事態をオーディンの思い通りにすることができる』という何とも不公平極まりない魔法なのである。
「まぁこれは人間に使わせようと思って作った魔法だからね。どうしても人間同士で決められない時に私たちが代わりに決めてあげようっていうことよ。今回の場合は私自身が使ったから、私が結果を決めた、それだけのことよ」
「ははは、降参だ。ちゃんと最初にルールを教えてくれていたのにこの勝負に乗った俺たちの負けだ」
こうしてヒルダが旗を獲得した。
試合時間は残り30分を切ろうとしていた。
リリアナはクリスティーンに半笑いで尋ねた。
「見た目はフェリカ君のようだけどね」
「二重人格なのかしら…」
「人格どうこうの問題じゃなく、明らかに別人だね」
「フェリカの皮を被った化け物じゃない?」
フェリカと対峙し、とりあえず逃げて草陰に隠れたリリアナとクリスティーンの二人はそう言葉をもらした。
2人の冗談も当たらずとも遠からずと言ったところだ。
今のフェリカは、フェリカであってフェリカではない。
その中身は神位の妖精、しかも少数派ながら癖が強い厄介者が多く、神位の妖精の中でも最強の面々が集うと妖精界では言われている『ノルディック神族』の族長であり、傲慢にして貪欲な妖精、オーディンなのだから。
「まったく逃げ足の速いこと…これが実際の戦闘だったら『ガングニール』で一撃なんだけど…」
ヒルダはそうぼやく。
相手に逃げられて八方ふさがりという雰囲気ではなく、これ以上探すのが手間で面倒くさいという感じだ。
「がっ、ガングニールですって?」
「おいおい、それは詠唱文がまだ判明していない神話魔法じゃなかったのか?どういうことだ?」
魔槍『ガングニール』はルーの炎槍『ブリューナク』、ポセイドンの水槍『トランデント』と並び、『三大魔槍』と称される神話の武器である。
いずれの槍も神々本人が使用したとされているため、実際の武器ではなく、その力によって顕現させたものだと思われる。
このうちブリューナクとトライデントは詠唱文がわかっており、魔法によって再現することができるが(いずれも当然神位魔法である)、ガングニールは伝承に記述があるのみで、詠唱文は確立されていない。
そのガングニールを使用できるとほのめかしたので、2人は驚いたのだ。
ガングニールはオーディンが使用した魔槍なので、フェリカがオーディンの契約者だと知っていれば、驚くには値しないのだが。いや、そもそも神位の妖精、しかもオーディンと契約していること自体は驚きなのだが。
(そ、そんなことしたらルール違反だからね!)
「わかってるわよ、まぁ見てなさい」
ᚹᚨᛖᚢ(喜び叫んで踊り出ろ)
ヒルダがスマホ型魔道具に4つの文字を重ねるようにして書く。
「うっ、うわぁあぁぁ!?」
するとリリアナとクリスティーンの2人は突然隠れていた草むらから叫びながら走り出た。
「なっ、なんだ!体が勝手に!?」
ᚦ(停まれ)
ヒルダがその文字を書くと、一転今度は2人は足が地面に張り付いたかのように、その場に立ち尽くした。
「はい、お疲れ様」
ヒルダは表情を変えずに淡々とした口調でそう言った。
「なんだ…この魔法は?こんな魔法、どの属性で再現できるんだ?」
「いえ、そもそも詠唱をしていないわ…何なのこれは?」
リリアナとクリスティーンは引きつった顔で尋ねる。
「今の子たちはルーン魔法も知らないのかしら。全く悲しいことだわ。妖精語に取って代わるつもりで作った魔法言語だと言うのに…」
ヒルダはあきれたようにため息をつく。
「ルーン魔法だって?失われた魔法じゃないか…フェリカ、君はそれが使えるというのかい?」
「まぁ、そういうことね」
「なるほど…Dランクが入学できるなんて何かあるとは思っていたけど、ただのDランクじゃないってわけね…」
「あぁ…魔力ランクね。聞いたわよ。魔法使いの良し悪しをランク付けするなんて、いかにも優劣をつけたがる人間が考えそうなことね。昔はそんな評価基準なんて無かったのに。いつからそんなものを付け出したのかしら?」
「…あなた一体何者?」
リリアナは言いえぬ恐怖を感じ、そう言葉をもらした。ここにいるのはフェリカであって明らかにフェリカではない別人だ。ではこれは誰だ?
「ふむ…フェリカ、私の事言ってもいいのかしら?」
フェリカがフェリカに尋ねるという謎の台詞に2人は沈黙する。
『え、うん。別にいいよ?妖精の契約者は別に秘密にしないといけないことでもないし。まぁ、神位の妖精と契約してる人なんて聞いたことないけど…』
「フェリカの許可も得たことだし…そこの2人、聞きなさい。私の名前はオーディン。神位の妖精のオーディンよ。今はフェリカと契約している使い魔ね」
一般的に魔法使いと契約し、召喚されている妖精のことを親しみを込めて使い魔と呼ぶ。
「おっ、オーディンだって…?そんな馬鹿な…神位の妖精が契約に応じたというのか?」
「でもそれなら納得だわ…ガングニールもルーン魔法も全てオーディンの文献で見たわ」
「あら、あなたは少しは勉強しているようね。まぁ、私が教える前からこの子はルーン魔法を使えていたけど。大したものだわ。さて無駄話は終わりにしましょう。旗はいただいていくわね」
ヒルダが2人に近づこうとしたその時だった。
「はぁあぁぁぁっ!!!」
大きな掛け声と共に横から人が走り出てきた。
そして手に持ったハンマーを地面に振り下ろすと、ヒルダとリリアナ、クリスティーンの間に巨大な鉄の壁が形成される。
それはジョンだった。ジョンが魔法具で鉄の魔法を発動し、壁を形成したのだ。
すぐにジョンはリリアナ達の側に隠れる。
「ふぅ、何とか間に合った。2人とも動けるか?」
「あぁ、今動けるようになったよ」
「この壁のお陰でルーン魔法の効果範囲から外れたのかしら」
「よし、じゃあ逃げ…」
その時だった。
鉄の壁の中央部分がぐにゃりとゆがんだ。そして粘土でもちぎるかのように鉄を割いて穴を開け、ヒルダが顔をのぞかせる。
「逃がさないわよ」
「ひっ!?」
リリアナは思わず悲鳴を上げる。
「くっ!!」
ジョンはすかさずもう一度魔法具を発動し、さらにもう一枚鉄の壁を形成する。
「コニー!頼んだ!」
「了解」
"RELEASE DERAY, ICE CREATION.(遅延発動、氷の形成魔法)"
ジョンの合図でコニアが氷の魔法を発動し、さらにもう一枚、今度は氷の壁が形成される。
事前に詠唱文を唱えておくことで、任意の時間に魔法を発動することができる、遅延発動魔法だ。
しかし、遅延発動は詠唱が完了してから魔法を発動させるまでの延長期間中も魔力を消費してしまうため、どのぐらいの長さ遅延させられるかは最大魔力量によって変わってくる。
「よし、みんな逃げるぞ!試合終了まで逃げ切るんだ!」
「全く…めんどくさい。これじゃ埒が明かないわ」
壁の向こうにまた壁を作られたのを確認し、舌打ちをするヒルダ。
そして、右手を天に掲げてその名を告げる。
「顕現せよ。ガングニール」
すると、その手に光輝く槍が形成されていく。しかし、それは手に持てるような大きさではなかった。いや、そもそも槍と呼べるかも怪しい代物だった。
それはあまりにも巨大すぎた。直径は2メートルほど、長さは10メートルほどもある槍だった。
「吹き飛ばせ」
そう言ってヒルダが槍を振りかぶると、槍は鉄の壁に直撃した。しかし、その勢いは衰えることなく、鉄の壁をそのまま横倒しにする。そして、その後ろにあった氷の壁も鉄の壁に押しつぶされ粉々に砕かれた。
壁が倒れた轟音でジョン達が振り返ると、地面にその巨大すぎる槍が突き刺さっているのが見える。
「なっ、なんだあれは!?」
「多分あれが魔槍『ガングニール』」
「がっ、ガングニールだって?どういうことだ?」
「フェリカ君は神位の精霊オーディンの契約者らしいよ」
「そんなことあり得るのか?」
「あり得てるからあんなことになってる…」
動揺するジョンに対して、相変わらず冷静に突っ込むコニアだった。
「顕現せよ。スレイプニール」
4人には聞こえなかったが、ヒルダが遠くでそう言うと、今度は光輝く馬がヒルダの前に出現する。しかしその馬は異形ともいえる姿をしていた。その馬は普通の馬とは違い、足が8本あったのだ。
馬は嬉しそうにいななき、ヒルダはその頭をなでる。そして、ひらりと背中に飛び乗ると
「行け」
と言った。その声に答え、スレイプニールは文字通り空中を駆け出した。久しぶりに主人を背に乗せて走ったスレイプニールは、水を得た魚のようにあっという間に4人に追いつき、そして頭上を越えて追い越した。
「なっ、なんだあれは!?」
「八足馬…スレイプニール…!」
ヒルダは空中で馬から飛び降りると、重力を無視したように4人の前にふわりと着地した。
そして、着地した時にはすでにスマホ型魔道具にはᚦ(停まれ)の文字が刻まれており、着地と同時に4人はその場に立ち尽くした。
「はい、お疲れ様。なかなかやるじゃない。ちょっと手こずっちゃったわ」
「強い…これが神位の妖精の力…」
「まぁ、こんなところかしらね」
ヒルダは笑って言った。
「でもまぁ、頑張ったあなたたちに最後のチャンスをあげましょう」
「最後のチャンス?」
そう言うと、ヒルダはスマホ型魔道具にあるルーン文字を書いた。
「これはᛈというルーンよ。これを使うと、次の事態が誰にも予想できなくなる。全ては神のみぞ知るということよ。これを使って私とゲームをしましょう。私は『一番目に指名した人が旗を持っている』に懸けるわ。あなたたちは私が『一番目に指名した人が旗を持っていない』方に懸けなさい。どう?私が当たる確率は4分の1。あなたたちは4分の3よ。私が勝ったら旗をもらう。あなたたちが勝ったら今回の試合では私はあなたたちの旗をあきらめるわ」
確かに確率的にはそうだが、何か裏がありそうな気もする。だが、この勝負に乗らなければどちらにしろ拘束されている自分たちの負けだ。それならわずかでも勝てる確率がある方に懸けるしかない。そうジョン達全員が判断しうなずき合い肯定の意を示した。
「わかった。その勝負乗ろう」
ジョンがパーティーを代表してそう答えた。
「そう来なくっちゃ。私こういう賭け事大好きなのよ。じゃあ私は後ろを向いているから誰が持つか決めて、その人に持たせてちょうだい。そして旗を後手で持って全員がそれと同じポーズをしてね」
そう言うとヒルダは素直に後ろを向いた。
「本当にただの賭け事なんだろうか?」
「わからないね…でもやるしかないね。後ろを向いている間に逃げたりでもしたら、今度こそ本当にブチ切れるかも知れないよ」
クリスティーンは冗談まじりに言った。
「じゃあ……」
「決めたよ」
少ししてジョンがそう言った。ヒルダは向き直って4人を一瞥した。
「じゃあ当てるわね。そうねー。はい、決めたわ。じゃあ、あなた」
そう言ってヒルダが指差したのはクリスティーンだった。
「……当たりだ。私たちの負けだよ」
そう言ってクリスティーンは旗を振って、降参のポーズをした。
「やった~。私の勝ちね」
「最初から分かっていたのかい?」
ジョンがあまりにあっさりと当てられたので怪しんでそう尋ねた。
普通こういったギャンブルの場合は相手との読み合いだ。目線を見たり、話を振って動揺を誘ったりと何かしらの駆け引きをしてくるのかと思ったが、そんなことは全くせず、ただ適当に当てただけのように思えた。
「うふふ。最初に言ったじゃない。このᛈというルーン魔法を使うと、事態は全て神のみぞ知るようになるって」
「神…なるほど、そう言うことか…このギャンブルはやる前から勝負がついていたということか…」
この世界の神とはすなわち『神位の妖精』のことである。
つまりこのルーン魔法は言い換えれば『全ての事態をオーディンの思い通りにすることができる』という何とも不公平極まりない魔法なのである。
「まぁこれは人間に使わせようと思って作った魔法だからね。どうしても人間同士で決められない時に私たちが代わりに決めてあげようっていうことよ。今回の場合は私自身が使ったから、私が結果を決めた、それだけのことよ」
「ははは、降参だ。ちゃんと最初にルールを教えてくれていたのにこの勝負に乗った俺たちの負けだ」
こうしてヒルダが旗を獲得した。
試合時間は残り30分を切ろうとしていた。
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