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第9章 パーティー対抗戦編
ルーシッドの新魔法具
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その日の午後、ルーシッドは今度は風紀ギルドに顔を出していた。正確には休日のため、今日は風紀ギルドも休みである。ルーシッドが以前に頼まれていた『伸縮魔法剣』が完成したという旨をマーシャの部屋に伝えに行ったところ、ちょうど今から用事があってギルドホームでメンバーと集まるところだったから一緒にと言われたのだ。
「これがルーシィ君が作った新しい魔法具かい?」
風紀ギルドのギルド長マーシャ・アッシュクロフトは、ルーシッドから見せられた魔法具をしげしげと眺めていた。
ギルドホームの会議室にはマーシャとルーシッドの他にも何名かが集まっていた。恐らくは風紀ギルドの中でも何かしらの役職を持つ生徒なのだろう。そこにはフランチェスカ・ルテイシャスの姿もあった。
「はい、以前に言われていた『伸縮剣』を普通の魔力で発動できるように改良したものです。すいません、普通の魔力でできるようにするためには、どうやっても元のやつより大きくなってしまいました」
本来であれば、もっと小さくできるのだ。
しかし、ルーシッドが今持てる技術を全て詰め込んで作った新型魔法具はこの前サラに没にされた。その魔法具を世に出すのは早すぎると。
まぁ確かに、演奏装置の仕組みも今までとは全く違ったし、魔法回路もそうだ。1つの魔法具で今までの常識も概念も全てをぶち壊したようなとんでもない魔法具だ。そんなものを一学生が作り、しかもスクールギルドの備品としてしれっと使われていたら、とんでもないことになってしまう。
そんなことはルーシッドでもさすがに理解できた。
しかし、それを遥かに上回る性能を持つ、古代言語による魔法具を作れるルーシッドにとっては、それもダメなの?という複雑な気持ちも抱えていたのだった。
これでも古代言語を使っていないだけ譲歩しているつもりだったのだ。
そして、それを没にされたことにより、マーシャから頼まれていた魔法具の製作はルーシッドにとって困難を極めた。
普通にジョンに作ったようなソードシールドタイプにすればいいじゃないか、と考えるかも知れないが、ルーシッドの変なプライドがそれを許さなかった。
マーシャは今回の魔法具を風紀ギルドの標準装備にするつもりだと言っていた。つまりそれを学校生活を含めて、常時携帯するということだ。そんな魔法具がソードシールドではかさばってしょうがない。自分なら邪魔で絶対に持ち運びたくない。
今の魔法界ではそれが魔法具として普通のサイズなので、誰もそれについて不便さを感じたりしないのかも知れないが、ルーシッドにとってはそれは違うのだ。
ルーシッドはこの魔法具を作るに当たり、『演奏装置と魔法回路と本体の剣部分、全て含めて片手で持ち運べるサイズにする、しかも現代の魔道具としてギリギリ許容できるレベルの技術で』という、難題に取り組んでいた。
改良することに苦戦するならともかく、技術があり過ぎてまだ早いと没をくらってダウングレードすることに苦戦する人間もそうそういないだろう。
そして、ようやく完成したのがこの魔法具だった。
「いやいや、逆だ。これ1つで魔法が発動できるっていうのか?刃の部分は伸縮するとしても……演奏装置も魔法回路も見当たらないが…」
マーシャは信じられないという表情でその魔法具を眺めていた。
脳筋バーサーカーのマーシャが魔法具の構造なんてわかるのか?という意見もあるかも知れないが馬鹿にしてはいけない。マーシャだって一応、ディナカレア魔法学院の4年生だ。そのくらいのことは知っているのだ。
「従来の武器としての魔法具はソードシールドタイプが普通だったね。なので、この小ささは驚きだよ。こんな片手で持てるくらいの魔法武器なんて見たことないよ」
そう言ったのは、風紀ギルドの副ギルド長、アンソニー・ペッシュだ。マーシャと同じ4年生で皆からはトニーと呼ばれている。トニーは、ルーシッドのクラスのソウジと同じくらい小柄な男子生徒で、言われなければ上級生だとはわからないかも知れない。
マーシャのせいで、風紀ギルドが脳筋集団だと思われがちだが決してそうではない。風紀ギルドは、一般向けのイベントや対外試合、各種遠征等が安全に行えるように設営や日程、陣形などを生徒会や先生陣と話し合って調整したり、実際の警護や巡回をしたりするなど、腕っぷしだけではできない仕事も多いのだ。その点アンソニーは正に、そういうデスクワーク要員だった。マーシャは人望も厚く、カリスマ性もあるが、正直そういう細かい調整などは苦手なので、生徒会や先生陣とのやり取りや、書類等の作成などはほぼ全てアンソニーが行っているのだった。
アンソニーこそ風紀ギルドの影の実力者であった。
ちなみにディナカレアは6年制の学校なのにギルド長も副ギルド長も4年生なのか?という風に感じるかも知れないが、これも完全にその時のギルドの状況による。マーシャが風紀ギルドのギルド長になったのは3年生の時だった。アンソニーも同じである。
ほとんどのギルドのギルド長は前任のギルド長の選任によって決まり、異論がある場合には内部選挙となる。他の役職に関してはギルド長が決定する。
マーシャの前任のギルド長は6年生までしっかりと職務を果たし、後任にマーシャを指名したのだ。3年生がギルド長になるというのは少し珍しいことだが、マーシャのSランクという魔力ランクと魔法使いとしての実力が考慮され、満場一致で新ギルド長に抜擢されたのだった。それゆえ、風紀ギルドにはマーシャより先輩の団員も少なくはない。
「前に見せてもらったのとは少し違うのね。演奏装置と一体化したのかしら?」
「その言い方だと、キミは試作品を見たことがあるようだね?」
「あ、いえ、その…」
アンソニーが鋭い指摘をしたので言葉を濁すフランチェスカ。アンソニーはかなり頭がきれる人物のようだ。
「まぁ、いいや。それでそれで、ルーシィ、これはどうやって使うんだい?」
アンソニーの興味は目の前の魔法具に戻った。
ルーシッドが作った魔法具は形状を例えるのが難しいが、簡単に例えるなら、つぼみのままの花か、もしくは雪洞のような形状だった。
その魔法具は大きく3つのパーツから成っていた。先端部分は丸い形状で、その下に歯車のような形状の部分が続き、そして最後に一番長い柄の部分。恐らく剣といっているので、この長い部分が持ち手なのだろう。柄の部分は手よりも少し長く、先端部分と歯車の部分を合わせた長さはちょうど柄の部分と同じくらいだった。そして、よく見ると、歯車の部分と柄の部分のつなぎ目あたりに引き金のようなものが付いていた。
「はい、使い方は簡単です。この引き金部分に魔法石がついていますので、ここに人差し指をかけます。そして、この引き金を引きながら振ると…」
ルーシッドが実際に引き金を引きながら、その魔法具を振り下ろすと、先端の丸い部分が変形し開くと同時に、その中心部分が伸び出た。収納されていた剣の部分は、元々の魔法具の3倍くらいの長さだった。
丸い部分が開いた状態は、ちょうどつぼみが開いて花が咲いたような感じだった。開くとそれはきれいな円形となり、その内側には魔法回路が書かれていた。
「なるほど!こうすることで、魔法回路を書き込む面積を取っているんだね!すごいなぁ!よく考えたね!
で、で?演奏装置はどうなってるんだい?」
アンソニーは興奮したように、ぴょんぴょんと跳ねながら尋ねる。
「演奏装置はここです」
ルーシッドが指差したのは、歯車の部分だった。
「こ、こんなコンパクトにできるものなの?」
フランチェスカが驚いて尋ねる。確かに以前ルーシッドに見せてもらった、腕に付けるタイプのものよりは大きいが、現在の基準から考えればあり得ないくらいに小さい。そもそもこんな円形の部品の中に鍵盤とそれを叩く装置がどうやって入っていると言うんだろう。
「ここは2重構造になってまして、一段目に鍵盤を叩くためのパーツを配置しています。そしてその上から鍵盤を張り付けたパーツを被せてるって感じです。回しやすいように突起をつけてます。その中でも1つ出っ張ってる部分があるので、ここが目印です。ここを一回転させて元の位置まで戻すようにして回すと…」
ルーシッドが実際にやってみると、音楽が流れだして、すでに魔法回路を発動させていた魔法具の剣部分は白く光り出し、そしてバチバチと放電を開始した。
「あとは、引き金から手を離せば、魔法回路は元の形状に戻りますので…これは『雷の魔法』を発動できるようにしたものです。威力を抑えてあるので、まぁ軽く相手を感電させるくらいの魔法ですね。この演奏装置の部分を変えれば、他に『火の魔法』と『風の魔法』を発動する剣とかが作れます。もし他に要望があれば考えますけど」
「すっ…すごいよ!ルーシィ、いや、すごすぎるよ!ななっ、なんだいこの魔法具は!?こんな魔法具今まで見たことないよ!キミはデザインセンスが並外れてるね!こんなにコンパクトでしかも機能性があるデザインなのに、魔法具に必要な要素が全て組み込まれているよ!キミは天才だ!天才魔法具師だよ!」
興奮を隠せないアンソニーは飛んだり跳ねたりして、全身で感動を伝えている。
「お、落ち着け、トニー。まぁ、気持ちはわかるが…これはすごいな。すごすぎる。魔法剣の常識を覆す技術だ」
「ありがとうございます。普段使いの魔法具ってことだったので、従来のソードシールドだとかさばり過ぎますので。専用のホルスターも用意しましたので、これなら腰に携帯しておけるんじゃないですかね?」
ルーシッドが、魔法剣の形状を元のサイズに戻して、自分の腰に付けたホルスターに入れた。ちょうど柄の部分が上になるような構造になっていて、柄を持ち、引き金に手をかけてすぐに引き抜けるように工夫されていた。
「そんなものまで…一体これを世に出したらいくらの値が付くのだろう…」
マーシャは腕を組んで唸った。
「想像もつきませんね。大金出しても欲しい人はいくらでもいるんじゃないですかね。この製造技術も含めて…」
以前に見せてもらったものもすごかったが、これもすごい。あの技術を全て破棄してもなお、これほどの性能の魔法具を作れるルーシッドという人物に驚嘆するフランチェスカだった。
「でもでも、こんな精巧な構造式を組めるのはこの世にルーシィだけじゃないかなぁ。真似して作ったところで絶対ろくに動きもしないよ。この引き金を引いて魔法回路が開く仕組みもよくわからないし、伸縮する部分だって、こんなにスムーズに動くのがすごい。それに何より演奏装置だよ。構造がわかったところで、これは絶対再現できないと思うなぁ。少なくとも僕には無理だなぁ」
他のメンバーもあれこれと意見を述べては褒めている。風紀ギルドのメンバーが魔法具に賞賛の言葉を述べるのを聞いて、ルーシッドは恥ずかしそうに顔を赤らめた。良かった、ダウングレードした魔法具で満足してもらえたようだ。
「で、ルーシィ君…これ一機をいくらで作ってくれるんだい?」
「え?これですか?でも本体部分はほぼ鉄で、鉄は自分で生成しましたし、かかった費用は魔法石くらいですから。魔法石の費用だけでいいですよ」
「いや、そんな馬鹿な!……あ、いや、しかし、これ一つ作るのにかなりの時間がかかるだろう?」
「あー、いえ。確かに試作機を作る時は自分で造形して、正常に動くか確かめながらやったんで時間かかりましたけど、構造式はエアリーが記憶してくれてるんで、次からは量産できますよ」
エアリーは何ということはないと言う風に、少し笑みを浮かべた。
「な……なんというか…その、キミは本当にすごいんだな……」
マーシャは苦笑いするしかなかった。
「ただまぁ一応は扱いは慎重にお願いしますね。企業に売ったりとか、魔法具開発ギルドに横流ししたりとか、そういうのはちょっと困るかな…」
「そんなことは絶対にしないと誓おう。団員にも終始徹底させるようにするよ。これは風紀ギルドの備品としてありがたく使わせてもらうが、この魔法具の権利はルーシィ君のものだ。この魔法具の技術を今後どう公表していくのかはキミ自身が決めるといいだろう。だが、ルーシィ君、キミこそ慎重に行動した方がいいぞ」
「え?」
ルーシッドは言われた意味がよくわからずに聞き返した。
「キミはこの魔法具の異常性をもう少し考えた方がいい。この魔法具はすごすぎる。この魔法回路と演奏装置の作成技術は今までの常識を大きく変えることになるだろう。これを応用すれば、今までその形状の限界から魔法具では再現不可能と言われていた色々な魔法が、魔法具で再現できるようになるかもしれない。この技術で魔法具の歴史は大きく動くことになるよ。キミは自分のすごさをもう少し自覚するべきだよ」
ルーシッドはそう評価されて嬉しい反面、特に気にしていない部分もあった。
なぜならこれはダウングレードしたものだから。
そもそもルーシッドには欲がない。魔法具などの情報の扱いに関しても、サラから口を酸っぱくして言われているから、ある意味仕方なくそうしているだけだ。
ルーシッドは思いついたことを形にしているだけだ。ルーシッドにとっては自分の想像が具現化して、それがちゃんと動けばそれで満足なのだ。その時点で目的は果たされているわけで、後のことは特に考えていないのだ。
それにもし仮に、この技術が誰かに盗まれたところで、ルーシッドにはまだまだ公表していない、いや公表できない技術など山ほどあるのだ。その技術で塗り替えればそれで済むだけの話なのである。今回の魔法具が良い例である。
従来の枠組みの中での最新技術などルーシッドにとっては全て既存のものの改良に過ぎない。そんなもので良ければ、ルーシッドにとってはいくらだって可能なのだ。
ルーシッドの本来の技術とはそんなものではない。それはまさに技術革命だ。今までの常識全てを根底から覆し、この世界の在り方すらも覆すほどの技術。
それこそがルーシッドの魔術だ。
それが一般に知られることとなるのは、まだまだ先の話である。
「これがルーシィ君が作った新しい魔法具かい?」
風紀ギルドのギルド長マーシャ・アッシュクロフトは、ルーシッドから見せられた魔法具をしげしげと眺めていた。
ギルドホームの会議室にはマーシャとルーシッドの他にも何名かが集まっていた。恐らくは風紀ギルドの中でも何かしらの役職を持つ生徒なのだろう。そこにはフランチェスカ・ルテイシャスの姿もあった。
「はい、以前に言われていた『伸縮剣』を普通の魔力で発動できるように改良したものです。すいません、普通の魔力でできるようにするためには、どうやっても元のやつより大きくなってしまいました」
本来であれば、もっと小さくできるのだ。
しかし、ルーシッドが今持てる技術を全て詰め込んで作った新型魔法具はこの前サラに没にされた。その魔法具を世に出すのは早すぎると。
まぁ確かに、演奏装置の仕組みも今までとは全く違ったし、魔法回路もそうだ。1つの魔法具で今までの常識も概念も全てをぶち壊したようなとんでもない魔法具だ。そんなものを一学生が作り、しかもスクールギルドの備品としてしれっと使われていたら、とんでもないことになってしまう。
そんなことはルーシッドでもさすがに理解できた。
しかし、それを遥かに上回る性能を持つ、古代言語による魔法具を作れるルーシッドにとっては、それもダメなの?という複雑な気持ちも抱えていたのだった。
これでも古代言語を使っていないだけ譲歩しているつもりだったのだ。
そして、それを没にされたことにより、マーシャから頼まれていた魔法具の製作はルーシッドにとって困難を極めた。
普通にジョンに作ったようなソードシールドタイプにすればいいじゃないか、と考えるかも知れないが、ルーシッドの変なプライドがそれを許さなかった。
マーシャは今回の魔法具を風紀ギルドの標準装備にするつもりだと言っていた。つまりそれを学校生活を含めて、常時携帯するということだ。そんな魔法具がソードシールドではかさばってしょうがない。自分なら邪魔で絶対に持ち運びたくない。
今の魔法界ではそれが魔法具として普通のサイズなので、誰もそれについて不便さを感じたりしないのかも知れないが、ルーシッドにとってはそれは違うのだ。
ルーシッドはこの魔法具を作るに当たり、『演奏装置と魔法回路と本体の剣部分、全て含めて片手で持ち運べるサイズにする、しかも現代の魔道具としてギリギリ許容できるレベルの技術で』という、難題に取り組んでいた。
改良することに苦戦するならともかく、技術があり過ぎてまだ早いと没をくらってダウングレードすることに苦戦する人間もそうそういないだろう。
そして、ようやく完成したのがこの魔法具だった。
「いやいや、逆だ。これ1つで魔法が発動できるっていうのか?刃の部分は伸縮するとしても……演奏装置も魔法回路も見当たらないが…」
マーシャは信じられないという表情でその魔法具を眺めていた。
脳筋バーサーカーのマーシャが魔法具の構造なんてわかるのか?という意見もあるかも知れないが馬鹿にしてはいけない。マーシャだって一応、ディナカレア魔法学院の4年生だ。そのくらいのことは知っているのだ。
「従来の武器としての魔法具はソードシールドタイプが普通だったね。なので、この小ささは驚きだよ。こんな片手で持てるくらいの魔法武器なんて見たことないよ」
そう言ったのは、風紀ギルドの副ギルド長、アンソニー・ペッシュだ。マーシャと同じ4年生で皆からはトニーと呼ばれている。トニーは、ルーシッドのクラスのソウジと同じくらい小柄な男子生徒で、言われなければ上級生だとはわからないかも知れない。
マーシャのせいで、風紀ギルドが脳筋集団だと思われがちだが決してそうではない。風紀ギルドは、一般向けのイベントや対外試合、各種遠征等が安全に行えるように設営や日程、陣形などを生徒会や先生陣と話し合って調整したり、実際の警護や巡回をしたりするなど、腕っぷしだけではできない仕事も多いのだ。その点アンソニーは正に、そういうデスクワーク要員だった。マーシャは人望も厚く、カリスマ性もあるが、正直そういう細かい調整などは苦手なので、生徒会や先生陣とのやり取りや、書類等の作成などはほぼ全てアンソニーが行っているのだった。
アンソニーこそ風紀ギルドの影の実力者であった。
ちなみにディナカレアは6年制の学校なのにギルド長も副ギルド長も4年生なのか?という風に感じるかも知れないが、これも完全にその時のギルドの状況による。マーシャが風紀ギルドのギルド長になったのは3年生の時だった。アンソニーも同じである。
ほとんどのギルドのギルド長は前任のギルド長の選任によって決まり、異論がある場合には内部選挙となる。他の役職に関してはギルド長が決定する。
マーシャの前任のギルド長は6年生までしっかりと職務を果たし、後任にマーシャを指名したのだ。3年生がギルド長になるというのは少し珍しいことだが、マーシャのSランクという魔力ランクと魔法使いとしての実力が考慮され、満場一致で新ギルド長に抜擢されたのだった。それゆえ、風紀ギルドにはマーシャより先輩の団員も少なくはない。
「前に見せてもらったのとは少し違うのね。演奏装置と一体化したのかしら?」
「その言い方だと、キミは試作品を見たことがあるようだね?」
「あ、いえ、その…」
アンソニーが鋭い指摘をしたので言葉を濁すフランチェスカ。アンソニーはかなり頭がきれる人物のようだ。
「まぁ、いいや。それでそれで、ルーシィ、これはどうやって使うんだい?」
アンソニーの興味は目の前の魔法具に戻った。
ルーシッドが作った魔法具は形状を例えるのが難しいが、簡単に例えるなら、つぼみのままの花か、もしくは雪洞のような形状だった。
その魔法具は大きく3つのパーツから成っていた。先端部分は丸い形状で、その下に歯車のような形状の部分が続き、そして最後に一番長い柄の部分。恐らく剣といっているので、この長い部分が持ち手なのだろう。柄の部分は手よりも少し長く、先端部分と歯車の部分を合わせた長さはちょうど柄の部分と同じくらいだった。そして、よく見ると、歯車の部分と柄の部分のつなぎ目あたりに引き金のようなものが付いていた。
「はい、使い方は簡単です。この引き金部分に魔法石がついていますので、ここに人差し指をかけます。そして、この引き金を引きながら振ると…」
ルーシッドが実際に引き金を引きながら、その魔法具を振り下ろすと、先端の丸い部分が変形し開くと同時に、その中心部分が伸び出た。収納されていた剣の部分は、元々の魔法具の3倍くらいの長さだった。
丸い部分が開いた状態は、ちょうどつぼみが開いて花が咲いたような感じだった。開くとそれはきれいな円形となり、その内側には魔法回路が書かれていた。
「なるほど!こうすることで、魔法回路を書き込む面積を取っているんだね!すごいなぁ!よく考えたね!
で、で?演奏装置はどうなってるんだい?」
アンソニーは興奮したように、ぴょんぴょんと跳ねながら尋ねる。
「演奏装置はここです」
ルーシッドが指差したのは、歯車の部分だった。
「こ、こんなコンパクトにできるものなの?」
フランチェスカが驚いて尋ねる。確かに以前ルーシッドに見せてもらった、腕に付けるタイプのものよりは大きいが、現在の基準から考えればあり得ないくらいに小さい。そもそもこんな円形の部品の中に鍵盤とそれを叩く装置がどうやって入っていると言うんだろう。
「ここは2重構造になってまして、一段目に鍵盤を叩くためのパーツを配置しています。そしてその上から鍵盤を張り付けたパーツを被せてるって感じです。回しやすいように突起をつけてます。その中でも1つ出っ張ってる部分があるので、ここが目印です。ここを一回転させて元の位置まで戻すようにして回すと…」
ルーシッドが実際にやってみると、音楽が流れだして、すでに魔法回路を発動させていた魔法具の剣部分は白く光り出し、そしてバチバチと放電を開始した。
「あとは、引き金から手を離せば、魔法回路は元の形状に戻りますので…これは『雷の魔法』を発動できるようにしたものです。威力を抑えてあるので、まぁ軽く相手を感電させるくらいの魔法ですね。この演奏装置の部分を変えれば、他に『火の魔法』と『風の魔法』を発動する剣とかが作れます。もし他に要望があれば考えますけど」
「すっ…すごいよ!ルーシィ、いや、すごすぎるよ!ななっ、なんだいこの魔法具は!?こんな魔法具今まで見たことないよ!キミはデザインセンスが並外れてるね!こんなにコンパクトでしかも機能性があるデザインなのに、魔法具に必要な要素が全て組み込まれているよ!キミは天才だ!天才魔法具師だよ!」
興奮を隠せないアンソニーは飛んだり跳ねたりして、全身で感動を伝えている。
「お、落ち着け、トニー。まぁ、気持ちはわかるが…これはすごいな。すごすぎる。魔法剣の常識を覆す技術だ」
「ありがとうございます。普段使いの魔法具ってことだったので、従来のソードシールドだとかさばり過ぎますので。専用のホルスターも用意しましたので、これなら腰に携帯しておけるんじゃないですかね?」
ルーシッドが、魔法剣の形状を元のサイズに戻して、自分の腰に付けたホルスターに入れた。ちょうど柄の部分が上になるような構造になっていて、柄を持ち、引き金に手をかけてすぐに引き抜けるように工夫されていた。
「そんなものまで…一体これを世に出したらいくらの値が付くのだろう…」
マーシャは腕を組んで唸った。
「想像もつきませんね。大金出しても欲しい人はいくらでもいるんじゃないですかね。この製造技術も含めて…」
以前に見せてもらったものもすごかったが、これもすごい。あの技術を全て破棄してもなお、これほどの性能の魔法具を作れるルーシッドという人物に驚嘆するフランチェスカだった。
「でもでも、こんな精巧な構造式を組めるのはこの世にルーシィだけじゃないかなぁ。真似して作ったところで絶対ろくに動きもしないよ。この引き金を引いて魔法回路が開く仕組みもよくわからないし、伸縮する部分だって、こんなにスムーズに動くのがすごい。それに何より演奏装置だよ。構造がわかったところで、これは絶対再現できないと思うなぁ。少なくとも僕には無理だなぁ」
他のメンバーもあれこれと意見を述べては褒めている。風紀ギルドのメンバーが魔法具に賞賛の言葉を述べるのを聞いて、ルーシッドは恥ずかしそうに顔を赤らめた。良かった、ダウングレードした魔法具で満足してもらえたようだ。
「で、ルーシィ君…これ一機をいくらで作ってくれるんだい?」
「え?これですか?でも本体部分はほぼ鉄で、鉄は自分で生成しましたし、かかった費用は魔法石くらいですから。魔法石の費用だけでいいですよ」
「いや、そんな馬鹿な!……あ、いや、しかし、これ一つ作るのにかなりの時間がかかるだろう?」
「あー、いえ。確かに試作機を作る時は自分で造形して、正常に動くか確かめながらやったんで時間かかりましたけど、構造式はエアリーが記憶してくれてるんで、次からは量産できますよ」
エアリーは何ということはないと言う風に、少し笑みを浮かべた。
「な……なんというか…その、キミは本当にすごいんだな……」
マーシャは苦笑いするしかなかった。
「ただまぁ一応は扱いは慎重にお願いしますね。企業に売ったりとか、魔法具開発ギルドに横流ししたりとか、そういうのはちょっと困るかな…」
「そんなことは絶対にしないと誓おう。団員にも終始徹底させるようにするよ。これは風紀ギルドの備品としてありがたく使わせてもらうが、この魔法具の権利はルーシィ君のものだ。この魔法具の技術を今後どう公表していくのかはキミ自身が決めるといいだろう。だが、ルーシィ君、キミこそ慎重に行動した方がいいぞ」
「え?」
ルーシッドは言われた意味がよくわからずに聞き返した。
「キミはこの魔法具の異常性をもう少し考えた方がいい。この魔法具はすごすぎる。この魔法回路と演奏装置の作成技術は今までの常識を大きく変えることになるだろう。これを応用すれば、今までその形状の限界から魔法具では再現不可能と言われていた色々な魔法が、魔法具で再現できるようになるかもしれない。この技術で魔法具の歴史は大きく動くことになるよ。キミは自分のすごさをもう少し自覚するべきだよ」
ルーシッドはそう評価されて嬉しい反面、特に気にしていない部分もあった。
なぜならこれはダウングレードしたものだから。
そもそもルーシッドには欲がない。魔法具などの情報の扱いに関しても、サラから口を酸っぱくして言われているから、ある意味仕方なくそうしているだけだ。
ルーシッドは思いついたことを形にしているだけだ。ルーシッドにとっては自分の想像が具現化して、それがちゃんと動けばそれで満足なのだ。その時点で目的は果たされているわけで、後のことは特に考えていないのだ。
それにもし仮に、この技術が誰かに盗まれたところで、ルーシッドにはまだまだ公表していない、いや公表できない技術など山ほどあるのだ。その技術で塗り替えればそれで済むだけの話なのである。今回の魔法具が良い例である。
従来の枠組みの中での最新技術などルーシッドにとっては全て既存のものの改良に過ぎない。そんなもので良ければ、ルーシッドにとってはいくらだって可能なのだ。
ルーシッドの本来の技術とはそんなものではない。それはまさに技術革命だ。今までの常識全てを根底から覆し、この世界の在り方すらも覆すほどの技術。
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