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第11章 クラス対抗魔法球技戦編
3日目 昼休み①
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「ルーシィさん、ちょっとだけお時間いいかしら?」
午前の日程が終了し、ルーシッド達が食堂でご飯を食べ終わって、お茶を飲みながら談笑していると、ルーシッドに声をかけてくる生徒がいた。
「あれ…会長?ど、どうも、お久しぶりです」
声をかけてきたのは生徒会会長フリージア・ウィステリアだった。
ルーシッド達は、やや緊張した面持ちで姿勢を正した。サラ達のような毎日のように合っている先輩たちならともかく、4年生のしかも生徒会長から、人が大勢いる中で名指しで声をかけられたともなれば、それも当然と言えるだろう。
しかも、会長の横にはルーシッド達も知らない人物も立っていた。
「それと、えっーと…?」
ルーシッドの記憶が確かならばその生徒とは面識がなかった。生徒会のメンバーで面識があるのは会長とサラを除けば、副会長のヴァンだけだ。一応1年生の生徒会メンバーのことは知ってはいるが、実際に会って話したことはなかった。
この前、ギルドホームを訪れた時には、他のメンバーは今は仕事でいないと言っていたし、恐らく生徒会のメンバーだろう。
その生徒は、ほぼ閉じていると言っていいくらい目が細く、『にやにや』と例えるのが相応しいような笑みを浮かべていた。
『キツネ』
それがこの生徒を見てルーシッドが真っ先に思い浮かべた言葉だった。
「どうも~、私はシヴァ・フィースクルいう者や。3年で、生徒会は会計を担当しとる。以後、お見知りおきを」
そう自己紹介されて、ルーシッドは軽く会釈をした。
シヴァがそう言った後、少しだけ目を開けたのをルーシッドは見逃さなかった。薄っすらと開けたその瞳は鋭く、人を値踏みするような目つきで、ルーシッドは少しぞわりとした。
フリージアとシヴァはルーシッド達に促されて、空いている席に座った。そして、フリージアは微笑んでから話し出した。
「忙しいところごめんなさいね。午後からも決勝だし。シヴァがどうしても会ってみたいって言うから。それに私もちょっと話したかったし。まずは、全種目決勝進出おめでとう。1年生では初の快挙よ。去年、レイチェルさんやサラさん達ですら2種目決勝進出だったことを考えると、これは本当にすごいことだわ」
「まぁ、私は出てませんし、クラスのみんなが頑張ってくれたので。それに現2年、つまり去年の1年は強豪ぞろいだったって、サリーも言ってたので、その中で2種目決勝進出する方がすごいと思いますけどね」
「ふふっ」
ルーシッドが誉め言葉に対して、淡々とした口調で返していると、シヴァは思わず声を出して笑った。
「あぁ、失敬。何となく、あんたがどういう人物がわかってきた気がしてな。ふふふっ」
ルーシッドがシヴァの方に目をやると、シヴァはそう答えた。
ルーシッドが、こういう時に淡々と話すのは、決して緊張していないからではない。むしろルーシッドのこう言った立ち振る舞いは緊張の裏返しだ。ルーシッドは、過去の色々な経験ゆえに、あまり人と会話をすることが得意ではない。サラに目をかけられて、ウィンドギャザー家にお世話になるようになってからは幾分ましにはなったが、それでもよほど親しい間柄でもなければ、どうしても受け答えが事務的になってしまうのだ。
「出場していないとしても、今回のこの5クラスの勝利の影にあなたの力があることはわかっていますよ?数々の革新的な魔法具、今まで誰も考えなかったような戦法の数々、そしてオリジナル魔法…これは全てルーシィさんの手によるものよね?」
そう問い詰められて、ルーシッドは言葉を濁した。シヴァはそれを見て言った。
「沈黙は肯定と捉えるで?」
「入試の結果や、この前の期末テストの点数からして、かなり魔法の知識はあるだろう、恐らく学生レベルではないと思っていましたが…まさかこれほどとは…恐らくあなたの力は私の想像をはるかに超えている…」
「今日の午前の試合、見させてもろたわ。あのサンドボールとマジックアローを組み合わせたような魔法は、あんたのオリジナルか?」
「え?えぇ、まぁ…でもあれは基本的にはサンドボールとマジックアローの詠唱文を繋ぎ合わせただけなんで、亜種魔法じゃないですかね?なので、オリジナルかって言われると、うーん…どうでしょう?」
「はぁ…」
予想通りと言えば予想通りの解答にため息をつくシヴァ。
こいつは無自覚でやっとるんか
シヴァはそう心の中で思った。
「あんなぁ…亜種魔法ってのは、魔法の詠唱文をちょっといじって、形状やら効果範囲やらを変えただけの魔法であって、基本的には同じ魔法や。それにどう考えたって、ただ単に繋ぎ合わせただけで、まともな魔法が発動するわけがない。あんたが作ったんは、どっちの魔法ともちゃう、全くの別もんの魔法や」
「オリジナル魔法の詠唱文に関しては詮索しないのがルールなので、深くは聞きませんが…ルーシィさんはあの魔法を以前から考えていたんですよね?」
この球技戦のためだけに、この短期間でオリジナル魔法を考えたと言うなら、それこそとんでもない話だ。
以前から考えていた魔法をたまたま今回の球技戦に利用したと考えた方が、まだ納得できる。
それでもルーシッドがすごいことに変わりはないが、まだその方が信じられる。
そうであって欲しいという願いにも似た気持ちを込めて、フリージアはそう尋ねたが、その願いは届かなかった。
「いえ?バトルボールのルールを知ったのは、今回の魔法球技戦について聞いた時だったので、サンドボールの威力増強になるかと思って、今回の球技戦用に詠唱文を考えました。
でもまぁ、特にウィンドアローの方は、見えない武器を扱うので、選手たちがよく使いこなしてくれたなと思いますけど」
「そ…そんな…あの魔法の詠唱文をそんな短期間で…?」
フリージアは信じられないというような表情でルーシッドを見た。ルーシッドはそれが何か?とでも言いたげな表情で首を傾げた。
「それだけやのうて、魔法具もぎょうさん準備しとったやろ?ほんまに寝る暇あったんか?」
「うーん、まぁちょっとは夜更かししましたけど。でもそれは今に始まったことじゃないので。それに魔法具の方は、詠唱文の楽譜さえ考えれば、演奏装置の鍵盤の造形自体はもうエアリーに入れてあるんで、後はそれを並べるだけですから…その他の部分の造形はすぐできますし、量産はエアリーにやってもらうんで、そんなに時間はかかりませんけど」
「……エアリーってのは何や?」
台詞の端々にいちいち突っ込みたくなるのを抑えて、一番気になる単語について尋ねたシヴァだった。
楽譜さえ考えれば?
おいおい、その楽譜を考えるのが一番大変なんやろ。普通やったら、今までにない魔法の魔法具作るゆうたら十数年、下手したら数十年がかりや。いや、いまだに実現できてない魔法具もあること考えたら、魔法具で一番の難関はここと言ってもいいはずや。
それに、仮に楽譜できたところで、魔法具の造形やって、そんな簡単なもんやあらへんで。鍵盤を並べるだけ?造形はすぐできる?時間はかからない?
んなアホな。そんな子供の遊びみたいな感覚で魔法具が作れてたまるか。それができたら魔法具師なんて職業はいらんやろ。
何や、どういうことや?
こいつは……
ホンマにあたしらと同じ種族なんか?
「あぁ、えっと…」
「私の事です」
横にいた女生徒が話に割って入った。
「……なんや、見かけん生徒やな。ルーシッドと同じクラスの子か?」
「その質問に対する答えには少々悩みます。同じクラスか、というのが同じクラスに通っているのかという意味であればそうですが、クラスメイトかという意味であればそれは違います。私は生徒ではないので。厳密には私は人間ではないので」
「………タチの悪い冗談か?」
「いえ、冗談ではありません。私はエアリー。ルーシッドによって生み出された人工的な存在です。人間の脳や耳、口、目の働きを魔道具で再現し、人間のようにふ振る舞っていますが、生物ではありません」
「はっ、ははは…なんや、そういうキャラなんか?
……あんまおもろないで…?」
心のどこかではわかっていたが、シヴァはそう言うしかなかった。
その事実を認めたくなかったのだ。
確かに、このエアリーという存在は、見た目は限りなく人間に近いが、人間が醸し出す特有の雰囲気というものが感じられない。何というか、温かみのようなものが感じられないのだ。
確かにこれは生き物ではない。
「いや、あの…本当なんです。これは良くできた魔法人形の体です。エアリーは私が作った人工知能で、そのエアリーの本体とこの魔法人形を接続して、エアリーが人形を動かしてるんです」
「なっ、なんちゅう……なんちゅう非常識な技術や…」
シヴァは目を見開き、頭を手で押さえた。
「そっ、それをルーシィさん1人で作ったというんですか?」
「あ、いや、体は違いますよ?これは有名な人形師さんのものらしいです」
問題はそこやない、とシヴァは心の中で突っ込んだ。
あかん、ホンマに頭痛がしてきたわ。
「エアリーに関してはまぁ、もちろんおおもとは私が作りましたけど、エアリーが自発的にどんどん知識を吸収して学習、発達した結果こうなったんで…偶然できたという方が近いかも知れません。同じものを作っても、また同じエアリーが出来上がることはないと思います」
フリージアがエアリーの方に目をやると、その視線に気づいたのか、エアリーはフリージアを見て微笑んだ。
フリージアは相手が人間ではないと分かっていても、思わず気まずくなり目を逸らして、話題を変えた。
「そっ…それとあの…これは興味本位なのだけれど、昨日のストライクボールで相手選手が全然的に当てられなかったのも、何かの魔法なのかしら?」
「あ、はい。そうです。あれは、温度差によって空気の密度差を作り出して、光を屈折させることにより、物体を実際にある位置よりずらして相手に認識させる魔法です」
「……あかん。何言っているかさっぱりわからん」
「まぁ、簡単に言えば、幻を見せる魔法です」
「そ、そんなものを操れる妖精をあなたは知ってるの?そして、その魔法詠唱文を作ったって言うの?」
「あー、んー、いや、幻を操る魔法ではなくて、幻を作り出す魔法ですよ。幻自体を操る妖精もいるのかも知れないですけど、少なくとも私は知らないです。あの魔法で使役しているのはごくごく低位の妖精で、これも既存の魔法を組み合わせただけですよ」
「……ルーシィさんはその…どうしてそんな簡単に詠唱文を組み立てられるのかしら?普通なら魔法詠唱文を組み上げるのはとても大変なことだと思うのだけど…少なくとも今の私には無理だわ…」
「んー、詠唱文にはルールがありますからね?
自分が望む現象を引き起こせる妖精と、その妖精が好む魔力さえわかってるのであれば、作れると思いますけど?
……まぁ、多少の慣れは必要かも知れませんけど」
ルールがある
ルーシッドはそう言い切った。
確かに詠唱文にはルールがあるはずだ。それは間違いない。
そう、あるはずなのだ。
詠唱文の内容は同じでも、音節の区切り方やメロディーを間違えると魔法は基本的には発動しない、しかし、発動する場合もあるのだ。
それに詠唱文の単語自体を間違えてしまったり、逆に意図的に単語を変えたり、文を縮めた場合もやはり、発動する場合と発動しない場合がある。
間違いなく詠唱文とその発音にはルールが存在しているのだ。
だが、そのルールを完璧に理解できている魔法使いは存在しないはずだ。
もちろんいくつかの部分に関しては分かっている。
詠唱文のこの部分は絶対になくてはならないとか、ここをこう変えるとこうなるなど、長年の研究によって詠唱文法は徐々に判明してきており、それに関してはこの学院の授業でも教えられる。
しかし、今現在分かっているルールはほんの一部であり、詠唱文全てのルールに関してはまだまだわからないところが多いのが現状だ。
今も日夜新しい魔法の開発は進められているが、そうそう生まれない。数年に一度出ればすごい方である。
その理由の一つは、基本的な魔法がすでに出尽くしているという点がある。魔力の色を一色だけ使用した、基本六属性魔法である『地水火風光闇』および、その下位もしくは上位の魔法に関しては、生成魔法・造形魔法・操作魔法以外のバリエーションがないため、新しい魔法を作ることは不可能であると考えられている。仮にあるとすれば、亜種魔法だ。
今現在、開発が進められているのは、それら基本属性魔法を組み合わせて作られる、つまり魔力の色を二色以上使用した、混合魔法か合成魔法の詠唱文である。
このうち、魔力を混色のまま使用する『合成魔法』に関しては、そもそもその魔力に対応する妖精が存在するのかどうかという問題が出てくるため、合成魔法に関しては作成することはほぼ不可能に近い。そのため、実質的に新しい魔法は『混合魔法』に絞られる。
そして、その新しい混合魔法の作成方法は基本的に、trial and error(試行錯誤)の物量作戦と言ってもいい手法で行われている。
考えうる詠唱文のパターンを手あたり次第試してみて、発動すれば成功と言った感じだ。しかし、規模が大きな魔法ともなれば、詠唱を失敗した場合に、発動しないだけならまだしも、失敗したり暴発してしまったりした場合のリスクが考慮され、新しい魔法の詠唱には各機関によって制約もあり、細心の注意の下実験が行われている。
それに、誰かが発動に成功した詠唱文でも、別の人が詠んで発動しないということもよくあることだ。そういった実験を繰り返して、ようやく詠唱文が完成するのだ。
そのようにして完成した詠唱文が国に一般に広める価値があると認められれば、詠唱文一つが莫大な金額で買い取られることになる。一般的には価値が無くても、特定の人に有用な魔法も会社などから個人的に買い取ってもらえる場合もある。
今はほとんどの場合は、ディナカレア魔法学院を含めた魔法研究機関で、いくつかの魔法が同時進行で開発が進められている。ディナカレア魔法学院を含め、ほとんどの機関は国立の機関なので、そこで働いている人が開発したとしても、莫大なお金を手にすることは無い。もちろん多少の賞与はあるだろうが。開発者名に関しては連名だったり、主要人物だけとなるが、それでも偉業であることに変わりない。
仮に一人で詠唱文を考え出したとすれば、開発者の名前は、偉大な賢人の一人として語り継がれ、場合によっては詠唱文一つだけで一生食べていけるなんてことも考えられるが、今は先に挙げた状況もあり、一人で新しい魔法の詠唱文を作っている人などまずいない。
最近において、一人で魔法詠唱文を開発した人物には、ルーシッド達のクラスの担任であるリサ・ミステリカが挙げられる。
リサは学院の新魔法開発ギルドなどにも所属していなかったため、正真正銘一人で新魔法の詠唱文を開発したと認められたのだ。
たった一人の魔法使い、しかも学生が新魔法の詠唱文を開発したということもあり、リサは一躍『希代の天才魔法使い』と呼ばれることとなった。
しかも、リサは学生であるということもあり、自身が開発した『霧の魔法』の詠唱文を無償で一般に公開した。その行為も、リサのことをさらに有名にすることとなった。
このように、魔法をたった一つ開発しただけで、その魔法使いは賢人として歴史に名を残すことになるのだ。
そういった事情も知っているフリージアは考える。
しかし、このルーシッドはどうだ?
今、確認されているだけでも『サンドボールとマジックアローの融合魔法』と『幻の魔法』、2つの新しい魔法をすでに開発している。
しかも、本人に確認はしていないが、間違いなく『水の飛行魔法』を開発したのもルーシッドだろう。それに、『炎の翼』の亜種魔法と言っていた移動魔法に関しても、新種の魔法とみなされる可能性が高い。
この子は次元の違う天才だ。
あの、サラ・ウィンドギャザーが惚れ込んでいるのもわかる。
私もこの子が欲しい。
やはりこの子は生徒会に必要だ。
何としても生徒会に引き入れなければ。
そんな事情を知らないルーシッドは、生徒会の2人に色々と問い詰められて少し疲れたのか、コフェアを飲んでふぅと息を吐くのだった。
午前の日程が終了し、ルーシッド達が食堂でご飯を食べ終わって、お茶を飲みながら談笑していると、ルーシッドに声をかけてくる生徒がいた。
「あれ…会長?ど、どうも、お久しぶりです」
声をかけてきたのは生徒会会長フリージア・ウィステリアだった。
ルーシッド達は、やや緊張した面持ちで姿勢を正した。サラ達のような毎日のように合っている先輩たちならともかく、4年生のしかも生徒会長から、人が大勢いる中で名指しで声をかけられたともなれば、それも当然と言えるだろう。
しかも、会長の横にはルーシッド達も知らない人物も立っていた。
「それと、えっーと…?」
ルーシッドの記憶が確かならばその生徒とは面識がなかった。生徒会のメンバーで面識があるのは会長とサラを除けば、副会長のヴァンだけだ。一応1年生の生徒会メンバーのことは知ってはいるが、実際に会って話したことはなかった。
この前、ギルドホームを訪れた時には、他のメンバーは今は仕事でいないと言っていたし、恐らく生徒会のメンバーだろう。
その生徒は、ほぼ閉じていると言っていいくらい目が細く、『にやにや』と例えるのが相応しいような笑みを浮かべていた。
『キツネ』
それがこの生徒を見てルーシッドが真っ先に思い浮かべた言葉だった。
「どうも~、私はシヴァ・フィースクルいう者や。3年で、生徒会は会計を担当しとる。以後、お見知りおきを」
そう自己紹介されて、ルーシッドは軽く会釈をした。
シヴァがそう言った後、少しだけ目を開けたのをルーシッドは見逃さなかった。薄っすらと開けたその瞳は鋭く、人を値踏みするような目つきで、ルーシッドは少しぞわりとした。
フリージアとシヴァはルーシッド達に促されて、空いている席に座った。そして、フリージアは微笑んでから話し出した。
「忙しいところごめんなさいね。午後からも決勝だし。シヴァがどうしても会ってみたいって言うから。それに私もちょっと話したかったし。まずは、全種目決勝進出おめでとう。1年生では初の快挙よ。去年、レイチェルさんやサラさん達ですら2種目決勝進出だったことを考えると、これは本当にすごいことだわ」
「まぁ、私は出てませんし、クラスのみんなが頑張ってくれたので。それに現2年、つまり去年の1年は強豪ぞろいだったって、サリーも言ってたので、その中で2種目決勝進出する方がすごいと思いますけどね」
「ふふっ」
ルーシッドが誉め言葉に対して、淡々とした口調で返していると、シヴァは思わず声を出して笑った。
「あぁ、失敬。何となく、あんたがどういう人物がわかってきた気がしてな。ふふふっ」
ルーシッドがシヴァの方に目をやると、シヴァはそう答えた。
ルーシッドが、こういう時に淡々と話すのは、決して緊張していないからではない。むしろルーシッドのこう言った立ち振る舞いは緊張の裏返しだ。ルーシッドは、過去の色々な経験ゆえに、あまり人と会話をすることが得意ではない。サラに目をかけられて、ウィンドギャザー家にお世話になるようになってからは幾分ましにはなったが、それでもよほど親しい間柄でもなければ、どうしても受け答えが事務的になってしまうのだ。
「出場していないとしても、今回のこの5クラスの勝利の影にあなたの力があることはわかっていますよ?数々の革新的な魔法具、今まで誰も考えなかったような戦法の数々、そしてオリジナル魔法…これは全てルーシィさんの手によるものよね?」
そう問い詰められて、ルーシッドは言葉を濁した。シヴァはそれを見て言った。
「沈黙は肯定と捉えるで?」
「入試の結果や、この前の期末テストの点数からして、かなり魔法の知識はあるだろう、恐らく学生レベルではないと思っていましたが…まさかこれほどとは…恐らくあなたの力は私の想像をはるかに超えている…」
「今日の午前の試合、見させてもろたわ。あのサンドボールとマジックアローを組み合わせたような魔法は、あんたのオリジナルか?」
「え?えぇ、まぁ…でもあれは基本的にはサンドボールとマジックアローの詠唱文を繋ぎ合わせただけなんで、亜種魔法じゃないですかね?なので、オリジナルかって言われると、うーん…どうでしょう?」
「はぁ…」
予想通りと言えば予想通りの解答にため息をつくシヴァ。
こいつは無自覚でやっとるんか
シヴァはそう心の中で思った。
「あんなぁ…亜種魔法ってのは、魔法の詠唱文をちょっといじって、形状やら効果範囲やらを変えただけの魔法であって、基本的には同じ魔法や。それにどう考えたって、ただ単に繋ぎ合わせただけで、まともな魔法が発動するわけがない。あんたが作ったんは、どっちの魔法ともちゃう、全くの別もんの魔法や」
「オリジナル魔法の詠唱文に関しては詮索しないのがルールなので、深くは聞きませんが…ルーシィさんはあの魔法を以前から考えていたんですよね?」
この球技戦のためだけに、この短期間でオリジナル魔法を考えたと言うなら、それこそとんでもない話だ。
以前から考えていた魔法をたまたま今回の球技戦に利用したと考えた方が、まだ納得できる。
それでもルーシッドがすごいことに変わりはないが、まだその方が信じられる。
そうであって欲しいという願いにも似た気持ちを込めて、フリージアはそう尋ねたが、その願いは届かなかった。
「いえ?バトルボールのルールを知ったのは、今回の魔法球技戦について聞いた時だったので、サンドボールの威力増強になるかと思って、今回の球技戦用に詠唱文を考えました。
でもまぁ、特にウィンドアローの方は、見えない武器を扱うので、選手たちがよく使いこなしてくれたなと思いますけど」
「そ…そんな…あの魔法の詠唱文をそんな短期間で…?」
フリージアは信じられないというような表情でルーシッドを見た。ルーシッドはそれが何か?とでも言いたげな表情で首を傾げた。
「それだけやのうて、魔法具もぎょうさん準備しとったやろ?ほんまに寝る暇あったんか?」
「うーん、まぁちょっとは夜更かししましたけど。でもそれは今に始まったことじゃないので。それに魔法具の方は、詠唱文の楽譜さえ考えれば、演奏装置の鍵盤の造形自体はもうエアリーに入れてあるんで、後はそれを並べるだけですから…その他の部分の造形はすぐできますし、量産はエアリーにやってもらうんで、そんなに時間はかかりませんけど」
「……エアリーってのは何や?」
台詞の端々にいちいち突っ込みたくなるのを抑えて、一番気になる単語について尋ねたシヴァだった。
楽譜さえ考えれば?
おいおい、その楽譜を考えるのが一番大変なんやろ。普通やったら、今までにない魔法の魔法具作るゆうたら十数年、下手したら数十年がかりや。いや、いまだに実現できてない魔法具もあること考えたら、魔法具で一番の難関はここと言ってもいいはずや。
それに、仮に楽譜できたところで、魔法具の造形やって、そんな簡単なもんやあらへんで。鍵盤を並べるだけ?造形はすぐできる?時間はかからない?
んなアホな。そんな子供の遊びみたいな感覚で魔法具が作れてたまるか。それができたら魔法具師なんて職業はいらんやろ。
何や、どういうことや?
こいつは……
ホンマにあたしらと同じ種族なんか?
「あぁ、えっと…」
「私の事です」
横にいた女生徒が話に割って入った。
「……なんや、見かけん生徒やな。ルーシッドと同じクラスの子か?」
「その質問に対する答えには少々悩みます。同じクラスか、というのが同じクラスに通っているのかという意味であればそうですが、クラスメイトかという意味であればそれは違います。私は生徒ではないので。厳密には私は人間ではないので」
「………タチの悪い冗談か?」
「いえ、冗談ではありません。私はエアリー。ルーシッドによって生み出された人工的な存在です。人間の脳や耳、口、目の働きを魔道具で再現し、人間のようにふ振る舞っていますが、生物ではありません」
「はっ、ははは…なんや、そういうキャラなんか?
……あんまおもろないで…?」
心のどこかではわかっていたが、シヴァはそう言うしかなかった。
その事実を認めたくなかったのだ。
確かに、このエアリーという存在は、見た目は限りなく人間に近いが、人間が醸し出す特有の雰囲気というものが感じられない。何というか、温かみのようなものが感じられないのだ。
確かにこれは生き物ではない。
「いや、あの…本当なんです。これは良くできた魔法人形の体です。エアリーは私が作った人工知能で、そのエアリーの本体とこの魔法人形を接続して、エアリーが人形を動かしてるんです」
「なっ、なんちゅう……なんちゅう非常識な技術や…」
シヴァは目を見開き、頭を手で押さえた。
「そっ、それをルーシィさん1人で作ったというんですか?」
「あ、いや、体は違いますよ?これは有名な人形師さんのものらしいです」
問題はそこやない、とシヴァは心の中で突っ込んだ。
あかん、ホンマに頭痛がしてきたわ。
「エアリーに関してはまぁ、もちろんおおもとは私が作りましたけど、エアリーが自発的にどんどん知識を吸収して学習、発達した結果こうなったんで…偶然できたという方が近いかも知れません。同じものを作っても、また同じエアリーが出来上がることはないと思います」
フリージアがエアリーの方に目をやると、その視線に気づいたのか、エアリーはフリージアを見て微笑んだ。
フリージアは相手が人間ではないと分かっていても、思わず気まずくなり目を逸らして、話題を変えた。
「そっ…それとあの…これは興味本位なのだけれど、昨日のストライクボールで相手選手が全然的に当てられなかったのも、何かの魔法なのかしら?」
「あ、はい。そうです。あれは、温度差によって空気の密度差を作り出して、光を屈折させることにより、物体を実際にある位置よりずらして相手に認識させる魔法です」
「……あかん。何言っているかさっぱりわからん」
「まぁ、簡単に言えば、幻を見せる魔法です」
「そ、そんなものを操れる妖精をあなたは知ってるの?そして、その魔法詠唱文を作ったって言うの?」
「あー、んー、いや、幻を操る魔法ではなくて、幻を作り出す魔法ですよ。幻自体を操る妖精もいるのかも知れないですけど、少なくとも私は知らないです。あの魔法で使役しているのはごくごく低位の妖精で、これも既存の魔法を組み合わせただけですよ」
「……ルーシィさんはその…どうしてそんな簡単に詠唱文を組み立てられるのかしら?普通なら魔法詠唱文を組み上げるのはとても大変なことだと思うのだけど…少なくとも今の私には無理だわ…」
「んー、詠唱文にはルールがありますからね?
自分が望む現象を引き起こせる妖精と、その妖精が好む魔力さえわかってるのであれば、作れると思いますけど?
……まぁ、多少の慣れは必要かも知れませんけど」
ルールがある
ルーシッドはそう言い切った。
確かに詠唱文にはルールがあるはずだ。それは間違いない。
そう、あるはずなのだ。
詠唱文の内容は同じでも、音節の区切り方やメロディーを間違えると魔法は基本的には発動しない、しかし、発動する場合もあるのだ。
それに詠唱文の単語自体を間違えてしまったり、逆に意図的に単語を変えたり、文を縮めた場合もやはり、発動する場合と発動しない場合がある。
間違いなく詠唱文とその発音にはルールが存在しているのだ。
だが、そのルールを完璧に理解できている魔法使いは存在しないはずだ。
もちろんいくつかの部分に関しては分かっている。
詠唱文のこの部分は絶対になくてはならないとか、ここをこう変えるとこうなるなど、長年の研究によって詠唱文法は徐々に判明してきており、それに関してはこの学院の授業でも教えられる。
しかし、今現在分かっているルールはほんの一部であり、詠唱文全てのルールに関してはまだまだわからないところが多いのが現状だ。
今も日夜新しい魔法の開発は進められているが、そうそう生まれない。数年に一度出ればすごい方である。
その理由の一つは、基本的な魔法がすでに出尽くしているという点がある。魔力の色を一色だけ使用した、基本六属性魔法である『地水火風光闇』および、その下位もしくは上位の魔法に関しては、生成魔法・造形魔法・操作魔法以外のバリエーションがないため、新しい魔法を作ることは不可能であると考えられている。仮にあるとすれば、亜種魔法だ。
今現在、開発が進められているのは、それら基本属性魔法を組み合わせて作られる、つまり魔力の色を二色以上使用した、混合魔法か合成魔法の詠唱文である。
このうち、魔力を混色のまま使用する『合成魔法』に関しては、そもそもその魔力に対応する妖精が存在するのかどうかという問題が出てくるため、合成魔法に関しては作成することはほぼ不可能に近い。そのため、実質的に新しい魔法は『混合魔法』に絞られる。
そして、その新しい混合魔法の作成方法は基本的に、trial and error(試行錯誤)の物量作戦と言ってもいい手法で行われている。
考えうる詠唱文のパターンを手あたり次第試してみて、発動すれば成功と言った感じだ。しかし、規模が大きな魔法ともなれば、詠唱を失敗した場合に、発動しないだけならまだしも、失敗したり暴発してしまったりした場合のリスクが考慮され、新しい魔法の詠唱には各機関によって制約もあり、細心の注意の下実験が行われている。
それに、誰かが発動に成功した詠唱文でも、別の人が詠んで発動しないということもよくあることだ。そういった実験を繰り返して、ようやく詠唱文が完成するのだ。
そのようにして完成した詠唱文が国に一般に広める価値があると認められれば、詠唱文一つが莫大な金額で買い取られることになる。一般的には価値が無くても、特定の人に有用な魔法も会社などから個人的に買い取ってもらえる場合もある。
今はほとんどの場合は、ディナカレア魔法学院を含めた魔法研究機関で、いくつかの魔法が同時進行で開発が進められている。ディナカレア魔法学院を含め、ほとんどの機関は国立の機関なので、そこで働いている人が開発したとしても、莫大なお金を手にすることは無い。もちろん多少の賞与はあるだろうが。開発者名に関しては連名だったり、主要人物だけとなるが、それでも偉業であることに変わりない。
仮に一人で詠唱文を考え出したとすれば、開発者の名前は、偉大な賢人の一人として語り継がれ、場合によっては詠唱文一つだけで一生食べていけるなんてことも考えられるが、今は先に挙げた状況もあり、一人で新しい魔法の詠唱文を作っている人などまずいない。
最近において、一人で魔法詠唱文を開発した人物には、ルーシッド達のクラスの担任であるリサ・ミステリカが挙げられる。
リサは学院の新魔法開発ギルドなどにも所属していなかったため、正真正銘一人で新魔法の詠唱文を開発したと認められたのだ。
たった一人の魔法使い、しかも学生が新魔法の詠唱文を開発したということもあり、リサは一躍『希代の天才魔法使い』と呼ばれることとなった。
しかも、リサは学生であるということもあり、自身が開発した『霧の魔法』の詠唱文を無償で一般に公開した。その行為も、リサのことをさらに有名にすることとなった。
このように、魔法をたった一つ開発しただけで、その魔法使いは賢人として歴史に名を残すことになるのだ。
そういった事情も知っているフリージアは考える。
しかし、このルーシッドはどうだ?
今、確認されているだけでも『サンドボールとマジックアローの融合魔法』と『幻の魔法』、2つの新しい魔法をすでに開発している。
しかも、本人に確認はしていないが、間違いなく『水の飛行魔法』を開発したのもルーシッドだろう。それに、『炎の翼』の亜種魔法と言っていた移動魔法に関しても、新種の魔法とみなされる可能性が高い。
この子は次元の違う天才だ。
あの、サラ・ウィンドギャザーが惚れ込んでいるのもわかる。
私もこの子が欲しい。
やはりこの子は生徒会に必要だ。
何としても生徒会に引き入れなければ。
そんな事情を知らないルーシッドは、生徒会の2人に色々と問い詰められて少し疲れたのか、コフェアを飲んでふぅと息を吐くのだった。
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