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33 これは、私怨1

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「あれ? お店が、閉まってる……」

 以前は毎日通っていた道だ。久しぶりにそちらの方に足を向けて、以前働いていた食堂がなくなっていたことに気付く。
 クリスをクビにした元店主夫婦の甥は、腕の良い料理人だった。ここは立地もそこそこいい。あれから二年も経ってないのに店を移転させたのだろうか。
 空き家になっている店の前を通り過ぎながら、クリスは首をかしげた。

「ああ、それならば、新しい店主が引き継いで間もなく客足が遠のいたからな。潰れたんだろう」

 帰ってからライオネルにその話をすると、なんでもないようにそう返された。

「ええ?! 前の店主さんの引き継ぎの時、おいしいって評判だったのに」
「私はクリスが食事を作ってくれるようになって、あそこに行くことはほとんどなくなったが、……一度行けば、二度と行きたいとは思わなかったな」

 当然のように話すライオネルに、クリスはよくわからず首をかしげる。

「とにかく店の雰囲気が悪すぎる。感じの悪い人間と、食事をしたい人はいないってことだ。前の店主夫婦も相当だったが、地元の者はあの夫婦の気の良さを知っていたし、口の悪さを楽しんでいた節もあったし、なにより面倒見の良さで慕われていたからな」
「でも、新しい店主さんは、もっと、物腰柔らかでしたよね?」
「物腰柔かでもあれだけ客を見下していたら、もう二度と来るかと思うだろうよ。聞いたことないか? 自分の料理はこんな田舎で食べさせるにはもったいないとか、光栄に思えとかどうとか」
「……あります」
「こんな田舎で自分の料理を食べれて、ここの客は幸運だ、味が本当にわかっている人がどれだけいるかわかりませんがなんて言われてみろ。多少美味いぐらいじゃ、行っても気分が悪いだけだ」
「そう、なんですね」
「そうなんだよ」

 少し考え込むクリスに、ライオネルが苦笑する。

「君が気にすることじゃない。彼には料理の腕はあっても商才がなかった、それだけだ」

 やはり、落ち込むのか、とライオネルは内心苦く笑う。
 あの食堂に関しては、ライオネルはなにもしていない。ただ、あの店の常連に、あの男がしたクリスへの仕打ちを事実そのままに話しただけだ。多少は客足が遠のくのに拍車をかけたかもしれないが、それだけではこうはならない。人の怒りなんてものは、時間が経てば薄れるものだ。にもかかわらず客足が戻らなかったということは、結局その程度だったということだ。
 あの男に関しては、ライオネルは別段手を下すつもりはなかった。クリスへの仕打ちを思えば腹立たしい男であったが、おかげでクリスがライオネルの元にやってきたと思えば、恨みはない。
 ただ、彼のしたことが彼に返ってきた、それだけのことだ。

 けれどクリスはそれさえも心を痛めるのだろう。自分に心ない仕打ちをした店主ですら、憐れんでいる。それに歯がゆさを感じないわけではない。けれど、その優しすぎる在り方に癒やされているライオネルは、そんなクリスを変えようとは思わない。

 君は、そうやって、周りの人を大切にしていると良い。それが君の強みだから。そんな君だから、周りに君を大切にしたい人が集まる。以前はその優しさが自身を傷つけたが、これからは君を守る盾となる。



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