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四十六話 宴(その四)
しおりを挟む「‥‥ふむ、ふむ!!! なぁあんと!!」
その仕草、その台詞。どっからどう、誰が見ても、それは、白々しい作り事である。
「‥‥ふむ、しかしのぉ……、いや、重治殿でもそれだけは‥‥」
もちろん全ての言動は、昌幸の芝居であって、重治には、何一つ、身に覚えのない事である。
会場の注目は、自然と昌幸と重治の二人に集まっていく。
その間の重治の様子と言えば、昌幸の指摘したそのままに、隣に座る祐をちらりちらり、心、ここにあらずである。
昌幸の言葉や仕草など、聞こえて見えてはいても、すべてが意識の外側にあった。
そんな、昌幸と重治を不思議そうに祐は、見つめていた。
祐は、突然に告げられた縁談話しの相手をこの時になってもまだ、知らされていない。
いつ現れて、自分を大好きな人の目の前からさらっていくかと考えると、不安でたまらなかった。
しかし、今、目の前で繰り広げられる不思議な光景。
昌幸が、文字通りの独り芝居によって、何かを自分に告げようとしている。
幼き頃より、親代わりに育ててくれた昌幸の性格を知る祐には、それが手に取るように感じられた。
不安げで複雑な表情であった祐の顔がみるみる明るく、いつもの屈託のない笑顔に変わる。
それを見て、昌幸の芝居はさらに、滑稽かと思われるほど、大袈裟に迷調子?となっていく。
「えっ!‥‥し、しかし……」
「……」
すぐ目の前で繰り広げられるアカデミー賞ものの迷演技?に全く気づかない。
重治は、この時、何時までも現れない、自分の座るその場所に取って代わる恋敵!?に苛立ちさえ覚え初めていた。
『大した奴でなければ‥‥』
一人、自分の世界に入り込んだ重治は、何時か見た深夜の映画を思い出していた。
そう、ダスティンホフマンが花嫁をさらって逃げる、あの卒業である。一度は確かに諦めた重治ではあるが、目の前の美しい祐を見て、『戦わずして、逃げる訳にはいかない』そんな闘争心に炎が着いていたのである。
「では、祐の事は何があろうと守り通してくれると‥‥おぅいおい……」
大袈裟極まりない身振り手振りで、最後に袖口を目元にやって、泣いてまでみせる。
そして、何の因果か宿命か。
重大な決意を固めた重治が、その時、大きく首を縦に動かした。
「ううぉーー」
二人の一挙一動を見守っていた会場の者たちから大歓声があがった。
「‥‥それでは、これからは、わしに代わり、祐のこと、くれぐれもお頼みもうしたぞ。のお、重治殿」
それまで外界から遮断されていた重治に、昌幸の呼ぶ声が、通り抜けかけようとした言葉が頭の片隅に引っかかった。
「‥‥? はい?」
闘争心の炎が燃え始めた重治には、昌幸の婚礼の挨拶など、無用の長物。全くもって必要としないものである。
話しの前後の成り行きさえも解らずに、重治は、ただ曖昧な返事を返してしまったのである。
「三国一の花嫁なれば当然のことなれど、こうして花婿自らが、わが娘、祐を幸せにしてくれると誓ってくれた‥‥。めでたい、誠にもってめでたい‥‥」
「…………」
昌幸の芝居口調の話しは朗々と続いた。
「では、わしの長い挨拶もこれぐらいで、前途ある若い二人を祝福して祝杯を傾けようではないか!?」
「ううぅおうぅー」
会場は、訳の分からない、全く理解し得ていない重治を残し、最高潮へとヒートアップしていった。
満面の笑みながら、どこか恥じらいを残す、祐の表情を見て、重治は何故かこれで良いのだと不思議と納得していた。
誰の企みが発端であろうと、自分が蚊帳の外で、完全に出汁として使われていようと、不思議な事に、怒りが湧くことはなかった。
むしろ、幸せいっぱいの祐の笑顔を間近で見られて喜びさえ感じていた。
酒宴が始まれば、それは、どこの集落であろうと同じ事である。
当時の集落の起こりと言えば、一つの一族郎党、繋がりのあるもの達が基盤となって、構成されていることが多い。
雑賀荘でもあったように、ここ真田でも、祝いの宴は、お祭りにも等しい。
「重治さま。おめでとうございまする」
「重治さま、これで重治さまも我らの一族。これからも仲良くしていってくだされ」
昌幸の挨拶を皮切りに、重治の前には、杯と徳利で両手の塞がった者たちの長蛇の列が出来上がった。
重治に祝いの言葉を述べては、杯に酒を注ぐ。
重治は、どこか理不尽な感覚を覚えながらも本音部分が、なみなみと注がれた杯を続けて飲み干していった。
いつしか、酔いつぶれた重治は、祐の膝枕に頭を埋もれさせ、幸せな睡眠に入っていった。
その嵐のような出来事が、やってくるまで‥‥
その宴は、主役が酔いつぶれようとも、全く、果てる様子はなく賑やかに続けられていた。
「祐ちゃん、良かった‥‥、幸せにな……」
「はい」
「祐殿。ほんとうにめでたい。めでたいのぉ」
「はい」
「くっ‥‥、祐殿‥‥し、幸せにな‥‥」
「はい」
深夜と呼ぶには遅すぎる、夜明けも間もなくという時になっても、いつ尽きるともわからない長い、長い、行列が、重治と祐の前にはあった。
酔いつぶれて膝の上に頭を埋もれさせた主役に代わって、 嬉しさからなのか、酒のせいなのか、ほんのりと頬を赤く染めた祐が、そんな行列の相手していた時であった。
「た、た、たいへん……」
「シゲハル……シゲハル‥‥シゲはるは、どこじゃ!」
屋敷の外の異変を知らせに来た者と、殆ど変わらないタイミングで、この日の主役を呼び叫ぶ声と共に、髪を振り乱した、どうみても祝いの席には相応しくない装いの殺気さえ漂わせた男が、屋敷へと現れたのである。
「重治、重治は、どこにおる!」
その声は、屋敷の入り口からにも関わらず、屋敷のどこにいようとも聞き逃す事のない大きな声であった。
その声を聞いた伊蔵は、一瞬、眉間にしわを寄せた。
しかし、それは、誰に悟られる事もないほどのほんの短い間であり、伊蔵は、すぐにいつもの穏やかな顔にもどり、屋敷の表へと歩き始めた。
「重治、重治は、どこじゃ!」
その男は、留め置かれた玄関先で、さらさら待つ気などない。
我が屋敷を闊歩するが如く、全く悪びれることなく、威風堂々と歩みを進め始めた。
「! おおぅ、伊蔵。重治は、どこじゃ!どこに居る!?」
「‥‥これは、上総之介様。遠路はるばる、重治様のために、お越しいただき……」
「!!‥‥」
その男は、渋面を作ると軽く右手を上げて、伊蔵の言葉を遮った。
その男は、険しい表情をした伊蔵が、自分を呼ぶ名前をいつもと違えた事に、初めて自分の置かれた今の状況を冷静に理解した。
その男、織田信長にしてみれば、重治の家臣が何人かはいるものの、ここは、敵国、武田家の領地の真っ只中、友軍の全くいない、ただ一人、四面楚歌といっていい状況下にある。
「信長様ぁ、お一人で先に行かれては‥‥」
そんな二人のやりとりを知ってか知らずか、才蔵が信長のあとを慌てて追いかけてやって来た。
伊蔵は、そんな才蔵の顔を見るなりキツく睨みつけた。
「……??」
尊敬崇拝する兄からキツく睨まれた才蔵には、まるで状況は飲み込めない。
通常の沈着冷静な判断がもっとうの才蔵ならば、兄から睨まれるような不用意な言葉を発する事はなかったであろう。
しかし、一昨日の突然の信長の宣言に巻き込まれ、昼も夜も構わずに、ただただ爆走する信長の身の安全を計りながら神経を張り詰め続けた才蔵。
やっとの思いで無事に辿り着いて、気の抜けた状態では、やむを得ないといってもしかたなかった。
「? 兄じゃ……!」
才蔵は、睨みつけた伊蔵の表情で、すぐさま自分の失言に気がついた。
「‥‥これはこれは、上総之介様ですかな!?遠路はるばる、よくぞ、お越しくださいました」
伊蔵の背後に現れ立った、この屋敷の主、昌幸である。
「‥‥その方が、真田昌幸か!?」
「‥‥はぁ、お初にお目にかかりまする。……ささっ、このような場所では何です‥‥ささっ‥‥」
昌幸は、キツく睨みつける信長をどこ吹く風、まるで意に介さず、低姿勢で自ら案内を買って出たのである。
そんな昌幸の様子を見て、伊蔵の険しい表情は、初めて緩んだ。
この屋敷の主、しいてはこの村の長である昌幸が、信長を客人として認めたのである。
これにより、この村に存在している限り、信長の身の安全は保証された事になる。
「ささっ、上総之介様、こちらで御座います」
「……ふっ、たぬきめ」
丁寧な物腰で、信長を婚儀の間へと昌幸が誘導するのを見て、凍りついていた才蔵の表情は、一気に安堵のものへと変わっていった。
先導され、昌幸のあとを歩き始めた信長は、屋敷の中では不似合いな砂埃で少し薄汚れた天鵞絨(ビロード)のマントを首から外し、さっと伊蔵に投げよこした。
マントを受け止めた伊蔵は、マントの埃をはたき落とすと、たたみながら先を行く二人のあとに続いた。
「‥‥ふぅ」
『口は災いの元』
大きなため息を一つついた才蔵は、戒めとして心に何度も刻みつけた。
この出来事をきっかけに、才蔵の無口はさらに加速する事になる。
「祐。こちらの方は、重治殿の義父上にあたる上総之介様じゃ」
昌幸にあんないされた信長は、幸せそうな笑顔を浮かべ、祐の膝枕に頭を沈めて眠る重治の前に、ただ黙って立ち尽くしていた。
自分の頼みから、誰が考えても不可能かと思える、沈没間近に迫った船、武田家を命をかけて、見事に救った重治を目の前にして、信長には、かける言葉を見つけ出す事が出来なかったのである。
「‥‥はじめまして、祐と申します、お義父上さま」
「……ほう……」
にっこりと優しい笑みをむけた祐に、信長は一瞬目を奪われた。
「そなたが……」
信長は、祐のその微笑みに見とれ言葉を詰まらせた。
「不束なものですが、よろしくお願い致します」
祐は、膝の上の重治を揺らさないように慎重に頭を下げた。
「‥‥うむ。……重治めも、なかなか‥‥」
祐の言葉に深く頷いた信長は、気持ち良さげに眠る重治に近づくと、片膝をつき姿勢を低くし、重治の額をぺしりと一つ軽く叩いた。
「う、ううぅーん‥‥」
そんな信長の子供じみた行為にも、重治は、反応を示したものの目覚める気配はなかった。
「ふふっ……」
屋敷に着いた当初の不機嫌極まりない厳しい表情が、まるで嘘のように、いたずらっ子が悪さを仕出かす時のような愉快極まりない表情を持って、再び信長は、重治の額を叩いた。
「う、ううぅーん……???」
信長の二度目の叩きは誰の目から見ても、最初に比べると明らかに強かった。
「?????? ‥‥のぶなが?さま?」
流石に二度目の強さにまでなると、酒の酔いもそのままに、いぜん意識朦朧とした状態のままであったが、重治は、ゆっくりと薄目を開いた。
「‥‥へへ、信長様。‥‥俺、奥さん、もらっちゃった‥‥へへへ」
重治にしてみれば、目の前にいる信長が本物であるか偽物であるかなどは、まるで思考の範疇にはない。
今、自分が起きて現実を見ているのか、寝たまま夢の世界に存在しているのか。
ただ、今、自分を見つめる信長の瞳が、いつにもまして優しく微笑みかけてくれているのが、嬉しかった。
信長の笑顔は、自分の結婚を祝ってくれている。そう思える事が、重治には、とても嬉しかった。
「‥‥祐と申したかの!?‥‥重治の事、よろしく、頼む」
片膝の態勢であった信長は、改めて祐の前に座り直すと、深々とその頭を下げたのである。
天下を統べるまで、後わずかに迫った大大名の織田信長が、祐に向かって頭を下げたのである。
この時、歴史に史実として明記されない事実として、信長と真田家に強い結びつきが出来る。
そしてこの事が、真田家の主家である武田家が滅んでも、真田家が生き残こっていける真の理由と繋がっていく。
頭をゆっくりと上げた信長の表情は、とても穏やかで、その優しい笑みは、再び眠りに着いた重治だけにでなく、愛おしく重治の髪をゆっくり撫でる祐にも向けられていた。
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