裏信長記 (少しぐらい歴史に強くたって現実は厳しいんです)

ろくさん

文字の大きさ
76 / 104

四十九話 それぞれの思惑

しおりを挟む


天正六年に、本願寺との決着をみた信長は、翌、天正七年、かねてよりの難題、内なる敵に対して行動を開始した。


まず、信長が着手したのは、家康の影の部分を担っている、服部半蔵の手足をもぎ取る事であった。


もちろん、織田家と徳川家との間に親密なる同盟関係がある以上、信長が家康の配下の半蔵に直接、何らかの行動を仕掛ける訳にはいかない。




では、信長は、重治は、どういう行動を起こしたのか!?

史実上に残された資料では、信長の次男、信雄が、出城構築の妨害を伊賀の国人より受けた事から、伊賀攻めを行った事になってはいるが、この当時、伊勢の国を治める信雄に、伊賀に出城を構築せねばならない理由は、特には見当たらない。


伊勢の国、北畠家の養子となり、名門北畠の名を継いだ信雄は、次々に北畠の血縁者を排斥していき、実権を握り、やがて完全なる形で伊勢の国を手中に納めている。


そんな既に実権を握る信雄が、敵対する相手もいない伊賀の国、出城を構築する事は、通常、特別な理由がない限りあり得はしない。


史実に書き残された出城、妨害などの文言は、たんなる信長の伊賀攻めの、家康の手足となって働く伊賀忍の排除の大義名分でしかなかったのである。




「……で、首尾の方は?」


「‥‥はっ。万全にて。……しかし、信雄様。真に宜しいのですか‥‥」


不安げに信雄に訪ね返したのは、伊賀攻めのために、何年もの月日を費やして、不自然なく、誰の目にも怪しまれずに、伊賀の里を解体するために、奔走し続けていた重治配下の才蔵であった。


「かまわんよ。馬鹿だの、無能だのと蔑まれるのは毎度の事。そんな事よりも、父上の力になれるのであれば……」


「…………」


信雄の言葉を聞いて、才蔵は、返す言葉が見つからなかった。
何故なら、今回の伊賀攻めには、シナリオが用意されていて、半蔵の目を欺くために、どうしても激しい抵抗にあった織田軍の敗北が必要とされていたのである。


もちろん、その敗北のためには、信長から叱責にあう、敗軍の将が必要となる。

そして、その敗軍の将を 信雄、自らが引き受けてくれたのであった。



その戦いは、信雄が伊賀を攻め滅ぼすために、伊勢と伊賀の国境にある砦の改修を始めたとの噂が流れるところから始まった。




伊賀の国と言えば、忍の者。伊賀と甲賀の忍びを思い浮かべるのではないであろうか。


映画やドラマで描かれる二つの忍びは、ライバルであり敵対して描かれているが、実のところは、この時代においては、協力関係にあり、敵対などありはしなかった。


山一つ隔てた場所、近江の国側にあった甲賀の里の忍びは、仕える主、六角氏が信長に滅ぼされた事で、織田家、豊臣家に仕える事となっていく。

そして、その主な役目が徳川家の監視であったため、徳川家臣で伊賀の首領のイメージの強い半蔵との対比で、伊賀、甲賀の敵対が描かれるようになったのである。


先に、服部半蔵が伊賀の忍びの首領のイメージが強いと書いたが、事実は、伊賀の忍び全てが、服部一門であった訳ではなく、伊賀の忍び自体一つではなく、大きく三つに分かれていた。

伊賀上忍三家と呼ばれた、服部、百々地、藤林である。


伊賀の国内では、この三家の発言力が特に強く、当時、この三家による合議制が用いられていた。


しかし近年になり、伊蔵が修行を行った服部家が、半蔵の徳川家仕官によって、それまでの上忍三家のバランスは、著しく崩れてしまっていた。


力をつけ突出してしまった服部家を他の二家が面白く思わないのは当然の事である。

伊蔵が持ちかけた服部家解体の策に、百々地、藤林の二家が異を唱える筈はない。伊蔵の提案に、一も二もなく迷わず飛びついたのである。




「……では、才蔵。あとの指示は、頼むぞ」


「はっ」


信雄の言葉に応えた才蔵の姿は、まばたき一つの間に、煙のようにかき消えていた。







その頃、信長の居城、安土城では、長きに渡ったすべての工事が終了、ようやく完成をみていた。


そんな安土城完成の祝いのため、信長ゆかりの者、少しでもこの機会に、信長に取り入ろうとする者が、途切れることなく安土へと集まり続けていた。


そんな中の一人、徳川家康は、安土城完成の祝いを隠れ蓑に、織田家の中で暗躍続け、囲い込みを成功した信長家臣との密会を繰り返していた。


「それでは、あまりに話しが違いまするぞ!!!」


「しっ……」


思わず、声を荒げた男にむかいその男は、口元に人差し指を立てた。


「……そのように、興奮、なされては、冷静な判断も……」


「な、何を 悠長な事を‥‥ すでに、お館様は、わしの事も、佐久間殿の事も、‥‥それに、林殿の事さえ、尻尾を掴んだやもしれぬのですぞ!」


「ほうぅ……」


興奮する男の言葉は、平然と構える男を通り抜けていくように意に介さず、先ほどから全く表情を変える事はない。


「何を呑気に……。信長の恐ろしさ、知らぬ家康殿ではあるまいに……」


「‥‥まぁまあ、そのように興奮なさらずとも……」


「えぇい、もうよいわ!」


その男は、のらりくらりと応対を繰り返す家康の座の前からいきなり立ち上がった。


「……わしは、わしで、好きにさせてもらおぅ。……先の約定、忘れないでいただきたい!!」


「…………」


そう強く家康に言い放った男は、その部屋の襖を強く開け放つと、襖を閉めることなくその場を立ち去って行った。


「ふっ……光秀も、短気よのぉ……」


「……殿、あやつ、放っておかれても‥‥」


出て行った光秀に代わり、開け放たれた襖をゆっくりとしめながら、半蔵が家康の前に現れた。


「‥‥放っておけ。あのような小心者に何ができる……くっ、くっくくくく……」


人を人とも思わぬ、蔑みぬいた、侮蔑混じりの笑いが、その部屋に響き渡った。


数多くいる織田家の家臣の中であっても、本当の信長の姿を知るものは、それほど多くいるわけではない。


魔王・悪鬼羅刹と恐れられる、作り上げられた虚像を家臣でさえ信じているものがそのほとんどと言ってよかった。


神域の山、比叡山焼き討ちと、神と崇められる天皇の住まう京の街の焼き討ち。そしてそれに、長島での降伏、無抵抗の門徒衆の殺戮。

信長自身が意図してなされた事ではなかったにしろ、信長は一切のそれらの出来事を受け入れ、一切の否定をしてこなかったのである。


信長にしてみれば、悪鬼羅刹と恐れられる事は、民衆にしろ、家臣にしろ、統治、従わせるためには好都合であり、汚名を着せるつもりの相手の思いを逆手にとったものと言っても良かった。


しかし、その事が今、信長の想像以上に家臣の不安を煽る結果に繋がり、家臣の中から家康に寝返る者さえ生んでしまっていたのである。





「な、なんだと!信盛がだと!」


その報告を受けた信長は、事の大きさに思わず絶句してしまっていた。



信長が叫んだ名前、信盛とは、佐久間信盛のことであり、信盛は織田家の家臣の中でも、信長の父・信秀の代からの古参の重臣である。


本願寺との石山合戦では、総司令官に任命されるほど信厚き武将であった。


そんな信盛が、自分を裏切っている。

信長にとってその報告は、とても信じられるようなものではなかったのである。


「‥‥なぜじゃ……なぜ信盛までが……」


信長は、声にもならないような、小さな呟きを発していた。


この時点で、信長に報告されている情報で、内通者として確実視されている者は、佐久間信盛だけではない。

今では、さほど力はないとはいえ、信盛同様、父の代からの古参の武将である林秀貞の名前まで、その報告書には記されていた。


しかし、信長のこの時に抱えていた問題は、それらの事をさらに上回っていた。



間違いなく、信長の味方である筈の重治のご先祖、竹中半兵衛の義父、安藤守就が、武田家と内通しているとの密告がなされていたのである。







「弥平次、弥平次!……弥平次は、おらぬか!」


家康との密会を不調に終えた光秀は、ある決意を胸に、安土にとっていた宿坊に戻り着いていた。


光秀の呼ぶ、弥平次とは、後に明智姓をなのることとなる明智秀満、光秀のもっとも信頼する家臣である。


「はぁっ、殿。‥‥ここに……」


主の光秀のただならぬ呼び声に、秀満は小走りに光秀の前に現れた。


「おぉ、弥平次。そこにおったか‥‥」


「殿。いかが、なされましたか……」


弥平次の顔を確認した光秀は、大きく息を吸い込み、はやる気持ちを自ら落ち着けようと、ゆっくりと呼吸を整えた。


「……よいか、弥平次。‥‥よく聞け……」


光秀は、突然、言葉をとぎらせると、すぐそばに控える弥平次に、さらに近づくようにと手招きをした。

そして、近づいた弥平次に、光秀は耳元に囁きかけた。


「……ヨイカ……デ………………ルナ……」


弥平次の表情は、光秀の話しが進むにつれ、次第に険しいものへと変わっていく。


「……しかし、それでは……」


「構わぬ!! あの狸に一泡吹かせねば、腹の虫が治まらぬ!!」


それまで周囲に漏れぬようと細心の注意をしていた光秀の厳しい言葉が宿坊に木霊した。



誰の目にも触れず、まったく表に出てくることのない、こんな出来事があった翌日から、織田家のなかでは、まことしやかな風説が流布されはじめた。







「重治様は、お出でであるか!?」


安土の街にある武家屋敷街のなかでも、城から最も近い場所に建てられた重治の屋敷を朝早くに訪ね来た者があった。

それは、噂が噂を呼び、既に収集のつかなくなってしまった風説流布が、始まってから一週間ほどを過ぎようとしている日のことであった。



この頃の重治は、中国の毛利家攻めに興味は抱くものの、安土の屋敷から出かける事は一切なかった。


それは、重治自身に何らかの問題があった訳ではない。
問題は、それまでいついかなる時にも、付き従ってくれていた伊蔵が要因となっていた。



例えば重治が、退屈しのぎに街を散策しようと出かけようとすると、苦痛に顔を歪めた妙なやせ我慢の作り笑いを向ける伊蔵がともを買って出てくるのである。


伊蔵は、生死の境をさまようほどの傷を負ってから、未だに完治したと言える状態からは程遠い。

薬らしい薬のない、この時代、栄養価の高いものを食べ、安静にする事以外、回復を早める手だては他にない。


しかし、そんな体の状態の伊蔵には、その時の相手が、例え日本一の剣豪が相手であったとしても、主の重治を護りきる事の出来なかった後悔の念は、誰にも理解できないほど強かった。
伊蔵の主を護るという責任感は、今までよりも更に強くなっていたのである。


重治から片時も離れまいと、自分を労る事などまったく考えようともしない日々が続いていたのであった。


このような状況下の続く中、重治の遠出などあり得る筈はない。
重治は、全てのことを 才蔵、末松、新平、重秀らに託し、屋敷に籠もる日が続いていたのである。



「いいよ、俺が出るから。‥‥お前は、大人しくしていること。‥‥いいね!?」


重治は、念を押すように伊蔵を軽く睨みつけて慌てて屋敷の玄関へと急いだ。



「これは、蘭丸殿。‥‥蘭丸殿自ら、お越しとは、何か重大なことでも‥‥」


「重治様……重大には、違いないのですが……じつは……」


重治の屋敷を訪ね来たのは、信長の小姓、森蘭丸であった。
蘭丸は、重治の顔を見るや否や、切羽詰まった表情を見せたものの、なぜか、その内容を告げることには、躊躇いをみせたのである。


「……?どうなされました?」


「………それが、‥‥重治様に、御相談しても良いものか……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者辞めます

緑川
ファンタジー
俺勇者だけど、今日で辞めるわ。幼馴染から手紙も来たし、せっかくなんで懐かしの故郷に必ず帰省します。探さないでください。 追伸、路銀の仕送りは忘れずに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

異世界亜人熟女ハーレム製作者

†真・筋坊主 しんなるきんちゃん†
ファンタジー
異世界転生して亜人の熟女ハーレムを作る話です 【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。

処理中です...