裏信長記 (少しぐらい歴史に強くたって現実は厳しいんです)

ろくさん

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五十一話 信康処刑(その二)

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才蔵が身を潜めるその場所は、間違っても巡回警備に目のつくような場所ではない。
まず、通常であれば人がわざわざ踏み込んでまで近づくようなところではなかった。


現れたその人影は、強い殺気を放ちはしないものの明らかに才蔵のいる辺りを気にしながら警戒心を強めている。


一歩、また一歩とその影は、才蔵に近づいてくる。



『なぜだ……』

才蔵には、完全に気配を断った自分が気づかれる筈など有り得ない、そういう強い自負があった。

しかし、そんな自負を木っ端微塵にする相手の動きである。


『‥‥殺るか!?』

相手はたったの一人である。

重治の配下として、猛将として名高い武将や剣豪とさえ渡り合える主、重治と研鑽の日々を送ってきた才蔵である。
たった一人の敵に後れをとるなどありはしないと思われた。


『どうする!?』

たった一人の敵とはいえ、問題は相手の力量であった。

幾ら負ける事のない相手であろうと、一撃にて相手を仕留めるとなると、相手の油断を着くか、はたまた、より大きな力量の差を必要とする。

しかし、今回の場合、そのどちらもが当てはまりそうになかった。


完全に気配を断った筈の才蔵を離れた場所から明らかに察知し警戒をしつつ接近するその人物には、いささかの油断も感じ取る事が出来ない。


『どうする……どうする……』

才蔵がそう心の中で繰り返す間も、その人影は近づいて来る。


『どうする……殺るか!?』

才蔵は、腰のやや後ろに斜めに差された忍刀にゆっくりと手をかけた。

殺るとなる以上、一撃必殺でなくてはならない。
闘いを長引かせ騒ぎを大きくしては、最初の目的である情報を得る事が不可能となる。




「○■△×□サマ、いかがなされましたか?」



不意に後方からかけらた言葉は、才蔵の頭の上を通過して、月明かりを背負った影によって表情の全く見えないその男に届いた。


「いゃいや‥‥、何でもない‥‥。お勤めご苦労じゃの‥‥」


その男は、見回り衆に対して明白なる嘘をついた。

今までの様子からして、才蔵の存在に気づいていない訳はない。しかし、見回り衆に告げた言葉以外、表情は見えないものの特別にその意志を伝える素振りをしたわけではない。

確実に何らかの意図を持って、気づいた曲者、才蔵の存在を隠したのである。


「いえ、これが我らの勤めでありますから‥‥では」


「うむ、ご苦労……」


その男は、見回り衆を労いながらゆっくりと才蔵の前を通り過ぎた。


『どういう事だ?!』

才蔵には、目の前で起こっている事実を理解する事が出来なかった。


通り過ぎたその男の背中には、全くの油断が感じられない。

単純にそんな所作からでさえ、その男に生半可な気持ちで立ち向かえば、返り討ちにあいかねないとさえ思わせた。


才蔵は、そんな理解し難い状況にありながらも、息を殺し身を潜めたままに、甘んじてその状況を受け入れるより術がなかった。



「それでは藤林様、我らは、見回りに戻りまする」


「うむ……」


見回り衆の手に持たれた、ゆらゆらと揺れ動く篝火の明かりが、藤林と呼ばれたその男の背中をくっきりと浮かび上がらせ、その大きさを更に大きく感じさせていた。



『……藤林?』

その男が藤林と言う名であると知ったところで、才蔵の状況が好転したわけではない。


藤林と言う氏は、伊賀の忍びの中でも、百々地、服部に並び称される古くからある力のある一族に冠される名である。



『藤林‥‥藤林……』

才蔵は、心の中で何度も繰り返した。しかし、その名に思いあたるふしはない。


『何故に庇う?』

そう、一言、たった一言「曲者」と叫べば、才蔵の目論見は泡と消え、最悪の場合、命さえも落としかねない。
しかし、才蔵の思い憂いは、それとは違う少し別のところにあった。


忍びの道に進み、自らの命は主の為と誓った時から、才蔵には死の恐怖は大したものではなかった。いや、死そのものより、その死に方に問題があったのである。
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