彼女は終着駅の向こう側から

シュウ

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 ライトがやってくる日になった。
 演劇を見る以外の目的で、これほど待ち遠しいと思ったのは初めてだろう。
 ライト達との待ち合わせ時間まで待ちきれず、早めに家を出た。
   脚本もきちんとカバンに入れているし、何度も確認した。準備は万全だった。
 だいぶ駅でもだいぶ待たないと駄目だろうなあと思っていたら、すでに松川君が来ていた。
 ぼくの姿を見つけて「よう」と手を上げてくる。

「早いなトヨジ。おはよう」
「おはよう。何をしているの?」
「切符を買ってたんだ。おまえのぶんな。ほい中学生以下百四十円」

 手を出されたのでしぶしぶ財布から小銭を取り出す。
 そもそもなんで切符を買うのだろうかとお金を払ってから気がついた。

「乗っても、向こう側にはいけなかったよ」

 それぐらいはやってみたのだ。
 でもやっぱり七駅目は終着駅になっていて、ライトの住む駅は存在しなかった。

「だろうな。まあオレに考えがあるんだ。とにかくライトを待とうぜ」

 松川君と日影で並んで九時の電車到着を待つ。ぽつりぽつりとライトと出会ってからのことを話した。
 ぼくは話すのが得意ではないので会話がもつのか心配だったけど、松川君も時折携帯電話からのメールかなにかの着信音の度にそちらに集中するのでなんとか持たせることができた。
 話したのは夏に見に行く演劇のことに、松川君があれから平行世界についていろいろ調べたこと。
 あとはこの間の通知表のことか。
 彼が成績もいいことを知った。
 やがて一両きりの電車がゆっくりと視界に現れ、ぼくらの会話は自然に止まる。
 ホームに電車が到着するのもまどろっこしく、ぼくらは改札口の方へ向かった。

「おっはよー、トヨジ。ああショウ、久しぶりじゃん。なんか焼けているね」

 ライトは今日は半袖のパーカーにショートパンツ姿だった。ぱっと見だと男の子のようにも見える。肩から提げた大きめのカバンもその印象を強めていた。

「久しぶりだなライト」

 松川君が手を振って応えると改札口を通って構内に入った。
 今日は珍しく若い母親と娘という乗客がいて、松川君がライトに手を振ったのを勘違いして手を振り返していた。 松川君はその女の子と母親に笑顔を向けると、ドアを出たところにいるライトに駆け寄った。
 ぼくも慌てて後を追う。
 同じように母子とすれ違ったので会釈をしたけど、母親に不審げな目で見られてしまった。
 ――やっぱりしない方がよかったようだ。

「ちゃんとショウを連れてきてくれたんだね。で、どうして駅に入ってきてるの?」

 ぼくに訪ねてきたけどそれを知りたいのは同じだ。
 松川君はというと、もう電車に乗り込んでいてぼくらを招いていた。

 二人で顔を見合わせながら車内に入る。
 松川君は誰もいない電車のイスに座っていた。二人席のいすが左右に十組ほどあり、通路は狭い。
 電車と言うより市内バスのような作りだ。

「はやくこっちに座れよ、二人とも」
「ショウ、まずは理由を聞かせて欲しいんだけど」

 ぼくも隣で頷くと、松川君は「わかってないなあ」とふふんと笑う。

「ライトはこれに乗って来たんだろ? だったら一緒に乗ったら俺たちがライトの世界にいけるかもしれないじゃないか」
 
 彼の話によると、向こうの世界とこちらの世界には今のところライトだけが行き来できている。
 だから彼女と一緒なら逆に自分たちが向こうの世界にいけるかもしれないと。

「向こうに着いたら今度はオレたちが見えなくなるのかな」

 松川君はすでにたどり着いた気分でいるようだった。

「見えなくなるからって何をする気なのかな。男子ってやらしーよね」

 なぜか一緒にされてしまった。
 でもこの実験には賛成のようで松川君の前の席に駆け込むように座り込む。
 ぼくはどこに座ろうかと迷っていたら、ライトが松川君の隣を指さしたので「ど、どうも」と断ってそっと座った

「間近でみると本当にやけているね。サッカーをやっているんだっけ」

 ぼくが座り込むと同時に膝を立てた姿勢で大胆に後ろを向いてきた。
 行儀が悪いけど、他に乗客がいないし、そもそも彼女はぼくら以外の人間に見えないから迷惑をかけることもない。
「まあな。それにこれは日中に街を歩き回ったのもあるんだぜ?」
「買い物か何か?」
「オレたちの世界で、ライトの住んでいるところがあるか調べていたんだよ」

 彼は一人でそんなことをしていたらしい。
 考えてみればぼくらが別の平行世界の人間だとか言い出したのは彼だ。
 ライトが現実にいたことに興奮するぼくとは違い、彼女の存在する世界の方にずっと強い興味を持っていて当然だった。

「で、結果は?」
「駄目だな。山とかあるならわかるんだけど、どうもライトが住んでいる、この電車がつくあたりがすっぽり無くなっている感じだった」

 だからこの日を待ちわびていたという。
 もし二つの世界を自由に行き来できればそれは人類初の快挙になると熱く語った。
 その口調がツボに入ったのか、ライトはころころ笑っている。
 松川君がしゃべっている間に電車にはまばらながら乗客が入ってきていた。
 ぼくたちから離れた後ろの席に買い物かご付きの歩行器をついたおばあさんが。
 それから何かぶつぶつ言っている六十前後の男性が一番前の席に座った。
 古くさいベルと、車掌の短い場内アナウンスが告げられ、電車は出発した。
 電車の速度は遅い。もしかしたら小学生の駆け足より遅いかもしれない。
 それに路面を走るという都合で、何かあればすぐにブレーキがかけられる。なんと赤信号でも止まるのだ。短い距離のたった数駅の距離に、実に四十分もの時間をかけて終点まで走るのだった。
 電車が出発するとライトが最近はやっているというスマホのアプリゲームについて話しだした。
 それはこっちの世界でもあるらしく、松川君がクラスではそれと同じメーカーの別のゲームアプリがはやっていると応えていた。
 もちろんぼくにはクラスで何がはやっているかも、スマートフォンを持っていないのでアプリがどういうものかもよくわからない。
 でも前の時と同じで、一緒で二つの世界はやはりほとんど同じ事はもう疑いないようだ。
 ライトは相変わらず話がすぐに別の方向に飛ぶ。
 それを松川君が拾ってうまく会話のキャッチボールを成立させていた。

「ねえ、トヨジもそう思うでしょ」
「え、うん」

 時々話題はぼくにも振られる。
 ぼくは知らないことが多く、知っていてもおもしろおかしく応えることはできない。
 少なくとも二人はぼくの反応など気にしていないように感じる。
 ライトは終業式の日に再会したときも同じようにいろいろな話をしていた。
 今日も同じように話しているだけだし、食いつきがいい松川君に対して話を振るのが多くのなるのは当然だ。
 だけど――なんだろうか?
 もやっとしたような、胸がぎゅっとしめつけられるようないらつきがあった。
 ライトが見せて欲しいと言ったから新しい脚本を書いて持ってきたのに、全く話題にも出してこないからだろうか。
 なんだか朝のわくわくした気分がきゅうに沈み込んでいた。
 前座席の背もたれから顔を向けてくるライトの、楽しそうな声が聞こえる度にもやっとした気持ちは強まっていった。
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