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第七話 防衛隊VS青薔薇
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「まさか、ミラが青薔薇の一人だったなんてな……」
「ミラ、本当なんですか? どうしてミラさんが……っ!」
「あなた達が防衛隊だからよ」
「!?」
俺とアリルは未だにミラが青薔薇の一人で敵であるという状況が呑み込めないでいた。
「どういう……事ですか?」
「これ以上あなた達に話す事なんてない。––––––天照御魂(あまてるみたま)––––––」
ミラは自身の武神を呼び出す。
現れたのは丸の形をした鏡。ミラはそれを手にしながらこちらに向けている。
鏡には俺達の顔がそのまま映し出されていた。
「––––––ミラーウォール––––––」
ミラがそう唱えると俺とアリルの間に分厚いガラス状の壁が出現し、分断される。
「カイ君!」
「––––––ミラーワールド––––––」
今度は武神である鏡が大きく拡張されアリルその中へと吸い込まれていく。
「アリル!」
それは一瞬で、アリルの姿は瞬く間に消えていってしまった。
「くそっ!」
俺は張られたガラスをぶっ壊そうと殴り掛かろうとするが、氷、水、糸の針状による一斉攻撃が襲い掛かりその場から無理やり離さられる。
「ちっ」
「じゃあ、こっちは任せるね。三人とも」
ミラがそう言うと三人は無言で頷き、ミラはアリルが吸い込まれた世界へと入って行き、二人は最初からいなかったかのように武神ごと姿を消した。
この場には俺と青薔薇の三人が残される形となった。
「アリルをどこへやった?」
三人同時に聞くと、白髪の男性が答える。
「簡単に言えば『ミラの世界』だ。あそこはミラが支配する世界でもあり、空間の場所でもある。あの世界に連れて行かれた奴は全員終わりだ」
終わり、というのは『死』を現しているのだろう。
冗談やハッタリで言っているのではなく、これまでの経歴から確信している風だった。
おそらくは、これまでの防衛隊達もそれによって殺されたか。
ミラの世界と言われても何一つピンと来ない俺にとっては不気味なものとしか感じられない。
その自信の溢れさは俺にとって最悪と言える。
「どうすればあっちの世界に行ける?」
「これから死ぬ奴が聞いてどうする」
「…………力ずくで聞くしかない、か」
独り言のように呟く。
それを耳にした白髪の男性が不適な笑みを浮かべる。
「できるもんならな」
俺が戦闘態勢に入ると、相手三人も構える。
一人は白髪の中性的の男性。名前は『ヒョウ』で、武神は『メビウス』。氷使い。
一人は青髪の長髪で長身男性。名前は『スイデン』で、武神は『アクエリアス』。水使い。
一人は灰色の髪をしたツインテール少女。名前は『オペネット』で、武神は『ドロール』。傀儡使い。
カイVS青薔薇三人による戦いが、今始まった。
★
ヒョウは氷で出来た剣であるメビウスを手にしており、それを俺に向けてきた。
「悪いな。お前達に恨みはないが、ここで死んでもらう」
そう言うとヒョウは俺の方へと突っ込んできて、剣を突き刺そうとしてきた。
俺は体を横に流してかわし、相手の脇腹に一撃を喰らわせようとする。
それを読んでいたかのように、今度は前方から小さな水の塊がこちらに向かって物凄いスピードで飛んでくる。
それはまるで鉄砲かのよう。
どうやらスイデンが手を銃の形にしてこちらに向けている為、こいつの仕業のようだ。
俺はそれをしゃがんで間一髪でかわすが、髪の毛が掠ってしまう。
数撃てば当たると思っているのか、スイデンは俺に目掛けて何発もの水の塊を放ってきた。
俺はそれを横や後ろに移動しながら的確にかわしていく。
やがて当たらない事にうんざりしたのか、銃を射つ手を止めた。
「……僕の『水鉄砲』がこんなにもあっさりと避けられるなんて。ちょっとダルいな~」
「悪いな。その手の銃では俺に当てる事は出来ないよ」
「……あまり調子に乗らないでくれるかな~」
ダルそうにしながらも戦意だけはしっかり感じ取れるこのスイデンは目に掛かっている前髪をかき上げ、殺意を見せた。
「––––––天叢雲(あめのむらくも)––––––」
水使いの男性の手に、水の剣が宿る。
水は生きているかのように剣全体を流れている。
どうやら怒りによってか、剣にはかなりの魔力が溜められていた。
「君のその余裕な顔を今から絶望に変えてあげる」
「おい、あまりやりすぎるなよ?」
「分かってるよ。天叢雲流––––––霧雨(きりさめ)––––––」
スイデンは剣を上に向かって払う。
すると空から霧雨が降り始め、徐々に視界が悪くなっていくのが分かる。
どうやら俺から視界を遮るらしい。
それは俺だけではなく、仲間達にも影響しそうだが……。
「さて、どうするか……」
霧雨はどんどん濃くなっていき、最終的には字の如く霧のようになっていき完全に敵が見えなくなった。
気配も感じない事から、俺の動きを見計っているというところか。
そういえば青薔薇は気配を殺し俺達から居場所を特定されないように潜んでいたなと思い出す。
となると、『暗殺』が目的か。
こちらも絶対防御で身の安全を守りたいところだが、あれを維持し続けるのは魔力の消費が激しい。
それに、それならそれで俺の魔力が尽きるまで身を潜む事だろうから、そういった意味でも魔力の無駄遣いにしかならない。
だから俺は相手がどう動くのかによって行動を決めなければならないという事。
「……厄介だな」
それはつまり、俺が後手に回る事を意味しているからだ。
先手必勝という言葉がある通り、戦いにおいては基本的に先に攻撃をした方が有利に事を運びやすい。
一撃でもダメージを与えればそれだけで体力を消耗させる事ができるからだ。
攻撃をかわし相手の体力を消耗させるというやり方もあるが、それは防御する側も同じ事。
かわし続けるのだって、体力も消耗する。
どちらが得かは考えるまでもない。攻撃だ。
「!」
霧の中から剣が迫ってくる。
「っぶね!」
間一髪のところでかわす事に成功。あと少し反応が遅れていたら俺の顔は真っ二つにされていた。
俺は攻撃をする為に姿を現したスイデンの男性の手首を掴み、逃さない。
濃い霧の中でもこれだけ至近距離であれば姿もそれなりに見える。
「離してもらおう、かなッ!」
剣を横に薙ぎ払う。
俺はそれをどこかで見た覚えのある光景を思い出しつつ、剣を掴んで防ぐ。
「なっ!?」
「アリルの方がもう少しキレがあったかな」
「っ! 調子に乗るなって言ってんだろうがぁ! 天叢雲流––––––小夜時雨––––––」
そう唱えると、霧雨の動きがピタッと止まると同時に一瞬にして鋭利状のものへと変化し、全ての矛先が俺へと向けられている。
「死ねぇ!」
「––––––絶対防御––––––」
キンっキンっキンっ––––––。
全ての攻撃が張られたバリアによって弾かれる。
「くっ。むかつくな~そのバリア……」
「俺の前では全ての物理攻撃は無力だ」
「なら、壊すまででしょ……。––––––ふんっ!」
水使いの男性は剣を何度も当てにくる。
いくらバリアとはいえ、攻撃を与え続ければいずれは壊れると踏んだのだろう。
だがそれは甘い考えだ。
俺の絶対防御が破れた事は一度もない。
単に戦闘経験が少ないというのもあるが、あの師匠ですら破れなかった。
対峙して肌で分かった事だがこの青薔薇は師匠より遥かに力は劣る。
それはつまり、この人達に俺の絶対防御を破る事は不可能ということ。
「もうやめるんだ。このまま続けてもお前達に勝ち目はない」
「……はぁ? 随分と上から目線だね~。何? もしかして限界が来ているとか?」
「俺はまだ戦える。それは分かるだろう?」
「……だから?」
「もう戦いはやめよう。お前達が本当は––––––!」
急に場の気温が一気に下がる。
肌は鳥肌が立ち、あまりの寒さに体が思わず震えてしまっている。
そして何より気になるのが……。
「冷気……?」
「ったく遅いよ、ヒョウち~ん」
(この冷気……ヤバイな)
「すまない。でもこれで終わりだ。–––––絶対氷結––––––」
地面から大気中、あらゆる場所で気体や物体が凍らされていく。
森も、飛んでいる鳥達も、全てが凍らされていく。
張っていたバリアも覆うように氷の膜が作られていき、俺自身もといった先端の部分から氷漬けにされていくのが分かる。
「冷たいな……」
俺は絶対防御を解除し、氷の術者であるヒョウの元まで駆け寄る。
ヒョウの居場所は魔力の感知により特定している。
そして急がなければならない。この氷漬けの進行はおそらく術者の魔力が込められ続けられている事にある。
それを止めない限り、俺の体は氷化してしまう。
そうなれば死んだのも同然。
「悪いけど行かせないよ」
「邪魔だ。どいてくれ」
「ゴホォッ!」
俺の行き先を阻もうとスイデンが立ち塞がるが、俺は加速のギアを上げ素早い打撃を溝部分に目掛けて喰らわし、吹っ飛ばす。
そして森の中にいるヒョウを見つけ、太い幹を跳び越えて駆け寄る。
ヒョウは武神であるメビウスの氷剣に魔力を込め続けているのが分かった。
「やはり気付かれたか」
「それだけ魔力が込められていたら気配で分かる」
俺は跳び越えた勢いのまま蹴りをヒョウにかまそうとする。
だが距離があった為、それはあっさりと後方に避けられる。
ヒョウ剣に魔力を込めたまま、俺から遠ざけようと逃げる。
「––––––アイスマシンガン––––––」
無数の氷の礫が飛んでき、俺の行き先を阻む。
俺は絶対防御で全てを弾く。
ここは森の中でもある為、弾かれたアイスマシンガンはあちこちで衝撃を起こし、その衝撃で冷気にも煙にも見れるものが生じた。
それがかえってヒョウの視界を遮り、見失う事に繋がってしまう。
だが魔力は感じる。
姿を見失いはしたが、魔力の感じる方向に行けばヒョウを見つけ出す事は容易い。
俺の氷漬けは既に肘や膝の部分まで到達している。
「急がないとな」
すると、後方から先程の衝撃で崩れた氷の塊が意思を持っているかのように動き出し、俺に目掛けて迫ってきた。
俺は魔力の温存の為にそれらを拳で砕いていく。
砕いた際に透明の糸が繋がっていた事を発見。
そこから推測するに傀儡使いの小柄な少女、オペネットである事が分かる。
「悪いな。今はお前に構っている暇はないんだ」
それだけ言い残し、俺は直ぐに立ち去ろうとする。
「ま、待つのぉ!」
遠くから聞こえてきたやけに張った声。
緊張しているのか、恐怖を感じているのか、声の芯にはどこか震えているかのように感じる。
姿を現す事はないが、その声は確かにオペネットである事は分かった。
「い、行かせない、の!」
「悪いが時間がない。俺は先に行かせてもらう」
今はヒョウを追い絶対氷結を止めなければ。
俺はオペネットの相手をせず、先に向かう。
「あっ、こら待つのぉ!」
後方でジタバタしている姿が容易に想像つく。
だが進んでいると、凍らされている木や枝、落ちている石や刃物などが先程同様に、各々で意思を持っているかのように宙を浮きながら阻み、俺がターゲットであるかのように迫ってくる。
物的に大した傷を負うような事はないだろうが数が多すぎる。
全てを破壊したとしても、今度はまた別の物が阻む。時間稼ぎには打ってつけの芸当だ。
この時間稼ぎとも言える行動はやはりヒョウの絶対氷結でとどめを刺そうという魂胆が見える。
この先をスムーズに進んでいくには、先ずはこの術者であるオペネットを片付けるのが先決だろう。
俺は走っていた足をピタッと止める。
「の!?」
ぼふっ––––––。
俺の背中に凹凸のある何かが当たる。
後ろを振り返ればオペネットが顔を蹲る姿が。
そして木から落ちないようにする為か、俺の体にぎゅ~っとしがみ付いている。
程なくして、オペネットは顔を上げ文句を垂れる。
「きゅ、急に止まらないで欲しいの! おかげでぶつかったの!」
「いや、そう言われても……。てかさっき、お前も待てって言ったろ」
「そうだけど急に止まると危ないの! 止まるなら止まりますぐらい言えなの!」
「す、すみません……」
なんだこの緊張感が抜けるやり取りは……。
オペネットは未だに俺にしがみついたままだが、触れる事なく切り出す事に。
「お前だな。さっきから俺の行き先を妨害しているのは」
「そ、そうだったらなんなの!」
「ここでお前を倒さなければならない」
「のぉ!」
「ノー? 嫌ってことか? なら先を通らせてくれ。俺はヒョウを止めなければならない」
俺は氷漬けにされている腕や足を見せる。
さっきから気になるが、氷の浸食スピードがかなり落ちている。
ヒョウに何かあったのか? それとも距離が開けば効力が薄まるとか? 当然考えても分かる事ではない。
「……そ、それは……っ」
「俺はお前達を悪いやつだとは思っていない」
「!」
「戦っていてなんか違和感を感じていたんだ。俺達を殺すと言っている割には殺意がないというか、乗り気じゃないというか……まぁそんな感じだ」
「……そういうの、分かるの?」
「確信はないんだけどな」
あははと苦笑いを見せる俺。
その時、俺にしがみついているオペネットの力が強まる事に気付く。
「……その通り、なの」
「え?」
「カイの言う通りなの。みんな、本当はこんな事したくないの……」
「……進みながら聞かせてくれるか?」
「……うん」
オペネットは悲しそうに一つ頷く。
どうやら俺の足止めをする気はなさそうだ。
その証拠に宙に浮いていた障害物は意識を失ったかのように落ちていった。
「じゃあ行くぞ。––––––ほれ」
「の!?」
俺は腰を下ろし、おんぶの体勢を取る。
「い、いやなの! 恥ずかしいの!」
「嫌なら別にいいんだけど、俺のスピードについてこれるか?」
「…………おんぶしてほしいのっ」
「はいよ」
オペネットは顔も真っ赤にし、羞恥に悩まされながらも俺の背中にゆっくりと乗り始める。
小さな両手を俺の首の前で繋ぎ、しっかり固定された事を確認してから俺は背中に乗ったオペネットごと立ち上がる。
氷の部分で支えるのは冷たいだろうから、上腕二頭筋辺りで支える事に。
オペネットは見た目通りの軽さで難なく持ち上がった。
まるで幼稚園児を持ち上げているかのようだ。
「ちょっと飛ばすからしっかり掴まっておけよ」
「はいなの」
オペネットが再度両手に力を入れ直したのを確認してから俺はかっ飛ばした。
★
「なるほど。そんな事があったのか」
「そうなの……」
俺はオペネットから青薔薇の事情を聞きながらヒョウを追っている。
気付けば氷の進行がほぼ止まっている疑問も抜けないが、今は青薔薇の事情を聞いて胸糞悪く、それどころではなかった。
「んじゃ、そいつをなんとかすればいいってわけだな?」
「そうだけど、それは難しいの」
「王様だからか?」
「……うん」
「まぁ、国が国だからな。いくら庶民が抗議したところで痛くも痒くもないだろうな」
俺はそいつを何とかしなければならない問題が増えてしまうが、今はそれよりもヒョウを止める事に思考をシフトする。
「カイ」
「なんだ?」
「お願いなの。二人を殺さないでほしいの」
「殺すなんては微塵も思ってないよ」
「ホントなの?」
「ああ、本当だ。俺だって出来れば戦いたくなんてない。俺は幼い頃に大事な家族を失っているから、誰かの命を奪う真似はしたくない」
「……そう、だったの」
オペネットは俺の過去に追求するような事はしない。
それは俺の感じからして触れるべきではないと思ったのだろう。
過去に家族を失った、それだけで十分な情報だった。
「でも、カイはたまに殺気を感じるの」
「えっ、俺が?」
「うん。アリルって人が襲われた時、カイは殺気溢れていたの」
「え、うそ!? そんなつもりはないんだけど」
「……アリルって子が……好き、なの?」
「ああ。好きだよ」
「ののぉッ!?」
「アリルは強いし、優しいし、何より目標に向かって頑張り続けている。いくら努力しても相手に追いつけないと感じていながらもね。俺はそんな負けず嫌いな人は結構好きなんだ」
「……なんか違うの」
「えっ?」
オペネットはやや不満げに頬を膨らませている。
「恋人……恋人としてどうなのっ?」
「恋人……? ははっ、考えた事もないなー。俺なんかじゃアリルに釣り合えるとは思えないし」
オペネットの口からは安堵の息が。
「そういうオペネットは好きな人がいるのか?」
「い、いいいい、いないの!」
「なんだ、いないのか」
「やっぱいるの!」
「ええ!? 何その切り返し!」
「うるさいの! こっち向かないでほしいの!」
べしべしと頭を叩いてくるので素直に顔を戻す。
「なんか体が熱く感じるんだが、大丈夫か?」
「だ、大丈夫なの! 気温が暑いからなの!」
今この場所はヒョウによって氷の一面化としている為、空気はひんやりとして寒い方なんだけどな。
「そうか。体調が悪かったら言えよ?」
「はい、なの」
(カイは自分の事よりもオペの事を心配してくれてるの。あれだけカイに敵意を向けたというのにどうしてそんなに優しいの? もう分からないのっ)
オペネットはぎくしゃくした気持ちをぶつけるかのようにカイの背中に顔を埋める。
(良い香り、なの)
「そうだ。オペネット」
「はいなの!!」
ガバッと勢いよく顔を上げるオペネット。
「俺は今回の戦いで、これ以上相手を傷つけないで収めたい。そこで俺に協力してくれないか?」
「協力? 一体どんななの?」
「それはな––––––」
★
ヒョウを追い続けて十分弱経った頃、ようやくヒョウに追い付く。
森から抜けたそこは最初の位置とは横にズレた広々とした、小さいものから大きいものまである岩が目立つん場所。
足元も草原だった所から岩の地面へとステージチェンジとなる。
「速いな……––––––オペ!?」
「ヒョウ、助けてほしいの!」
「悪いな。お前の仲間は捕らえさせてもらった」
ヒョウの前の前に現れた俺は絶賛悪役演技中である為、口調を少々変えている。
隣には糸で縛られたオペネットを立たせている。
「テメェ……! よくもオペネットを……っ!」
ヒョウの顔にはクールなイメージには合わない、怒りによる熱が吹き上がっていた。
「俺達は治安を守る防衛隊だ。それを脅かす者を捕らえることは至極当たり前の事だと思うが。違うか?」
「……っ。少しでも信じた俺が馬鹿だった」
「信じる? 一体何を信じたっていうんだ。まさか俺達の事、なんて言わないよな?」
「……もういい。お前は殺す」
「随分と強気だな。だが状況をよく見てみろ。こっちには人質がいるんだぞ?」
「くっ」
「先ずは絶対氷結とやらを解け。そうすればこいつは返してやる」
「ちっ!」
ヒョウは剣に宿っていた魔力を全て取り除き、絶対氷結を止めた。
確かに氷の浸食は止まっている。
「さあ、止めたぞ。オペは返してもらうか」
「まだだ。氷の浸食は止めたが、氷そのものから解放されていない」
俺の腕と足の前部分は氷漬けにされたまま。
「……お前ならそれぐらい壊せるだろ」
「生憎と手足が凍ってしまっているからな。互いがぶつかり合えば傷を負いかねない」
「……じゃあ、俺は無傷のまま解放させてやればいいというわけだな?」
「いや、それはいい。代わりに『あるもの』をいただく」
「あるもの、だと?」
「この女をいただく」
「なっ!」
「こいつの能力は中々興味深いものでな。だから代わりにいただくぞ」
「ふざけるなあ! そんなの取引にならねぇ……」
「そうか? 俺は体の一部が氷になっているのだぞ? しかも手足をな。それに比べたら他人の一人ぐらい割に合っていると思うがな。あ、介護用としてもいいな」
俺はオペネットの頭を撫でる。
それに対し嫌がる素振りというより、恋する乙女かのように固まってしまう。
「……だめだ。オペは渡せねぇ」
「そうか。ならチャンスをやろう」
「チャンスだと?」
俺が次の話をしだそうとする時、予想としていた人物が現れた。
「ハァ、ハァ……。見つけたぞ」
肩で息をしながら現れたのはスイデン。
あの程度の攻撃でくたばるはずもないよな。
俺を止めに探しに来たのだろう。ここの場所が分かったのはヒョウの魔力を感知したからか。
俺がオペネットの隣に立っている事に困惑している様子。
「……あのさ~、これってもしかして人質?」
誰に向けて言ったのか分からない問いかけにヒョウが応えてくれた。
「そうだ。今人質を解放してもらう取引きを話しているところだ」
「ふ~ん……。随分と汚い手を使うんだね~」
「三対一で仕掛けてくるお前達の方がよっぽど汚いと思うけどな」
正論の言葉にスイデンは眉を寄せしかめっ面を見せる。
「……で? これから何を話そうとしていたわけ?」
「互いの交換条件が合わなかったのでな。新たに条件を提示しようとしていた」
スイデンはオペネットを一瞥した後、状況を理解する。
「……新たな条件って?」
「俺の絶対防御をお前達二人で破って見せろ。俺はここから一歩も動かないしそれ以外に何もしない。制限時間も問わない。お前達の魔力が空になるまでがタイムリミットだ。悪くない話だろ?」
要は二人の魔力が使い切るまでに俺の絶対防御を破って見せろという話。
これはいわば一方的に俺が攻撃を喰らう役目になるという事。
相手はただひたすらに俺の絶対防御を破る為の攻撃を繰り出していけばいい。
だが二人の反応はやや硬直気味だ。
それはこれまで自分達の攻撃が一度も通った事がない体験からくる不安なのだろう。
「どうした? 二人がかりでも俺に勝てないのか?」
軽く挑発してみる。
「そんな挑発に僕達が乗るとでも––––––」
「いいだろう」
「ヒョウちん!?」
「スイデン、お前の言いたい事も分かる。あいつの言う事を100%信じるのは危険だし、素直にオペを渡すとは思えない」
「じゃあなんで!」
「どのみち、あいつを倒すには『あの絶対防御』を破らないといけない。戦いながらあれを破るのは正直難しい。あいつは戦闘スキルも中々だからな。だから今回ばかりはあいつの案に乗っておく方が可能性として高いだろう」
「……ヒョウちんがそう言うなら」
「ありがとう」
「礼を言うのはあいつを倒してからにしてくれない?」
「……そうだな」
二人の目には強い意志の炎が宿っていた。
「決まりだな。もし俺が勝てばこの女は貰っていく」
「約束しろ。俺達が勝ったらオペは返すとな」
「ああ。もちろんだ。男の勝負に嘘などつかん」
ヒョウとスイデンは手にしている武器を握り直す。
「ヒョウちん、何か作戦とかあったりするの?」
「いや、ない。俺なりにあいつの弱点を探ってみたんだが何一つ見つからなかった。バケモンだよ、あいつは……」
「まぁ、確かにね。でも、何かしらあるはずでしょ?」
「ああ。どんな魔術にも必ず弱点があるはず。だが今はこれといったのは見つからない……」
「じゃあやる事は、一つしかないね~。しかも一回のチャンス」
「……ああ。変に魔力を無駄遣いするよりは大きな一発にかけた方がいい」
二人が話し合っているのをカイは黙って見守っている。
それはいつでもどうぞという強者の余裕という風に見て取れる。
「作戦は決まったか? こっちはいつでも準備は出来てるぜ?」
「ああ。待たせたな。決着をつけようか」
「ああ、いいぜ。来いよ。––––––絶対防御––––––」
俺は右手を前に突き出し、俺とオペネットを包むバリアを展開させる。
「スイデン」
「あいよ。––––––水神・大爆流––––––」
スイデンが地面に剣を突き刺し、両手を合わせる。
すると海水全体が一つの螺旋状になり上空へと伸びていく。
巨大なそれはドリル状で雲を平気で貫通していく。
「––––––絶対氷結––––––」
そのドリル全体を冷気が覆う。
どうやら海水で出来たドリルを凍らせていると思われる。
冷気によって姿はぼんやりとしか視認できなくなってしまうが、巨大なシルエットからはびりびりと迫力が伝わってくる。
形状が整うと濃い冷気は収まり、造形過程は事を終えたようだ。
「……まさか『共有魔法』を使ってくるなんてな」
「共有魔法?」
オペネットが首を傾げて聞いてくるので答える。
「ああ。自分と他の人の魔力が合わさる事で成し遂げられるSランク難易度の技だ。言葉だけ聞くと簡単そうに見えるが、実際はかなり難しい。魔力のパワーバランス、タイミング、コントロール、これらの波長がぴったり合わないと共有魔法が成功する事はない」
少しでも波長が乱れれば魔力が反発し合い、失敗に終わってしまう。
「それはすごいの!」
「すごいってもんじゃないよ。よっぽど絆が深くて相手を信じる事ができないと不可能な技だ」
だとしたら……この二人は天才だ。
共有魔法をこんな規模まで披露してしまうなど信じられない。
それだけ二人の間には強い絆が結ばれおり、互いを信じているんだ。
「どっちが強いか」
アリルや師匠でも通用しなかった俺の絶対防御。
じゃあ––––––共有魔法が相手なら、どうなる?
完成した巨大なドリルは天を突き破るほどの大きさまでに造形された。
周りには冷気が宿っており、まるでオーラのように見える。
「「行くぞ、カイ!!」」
「来い!! お前達の全てを俺にぶつけてみろ!!」
ヒョウとスイデンは手に魔力を込め、同時にドリルを押し出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
雲の高さにも昇る場所から物凄いスピードで迫ってくる巨大な氷のドリル。
その迫力に思わずたじろいでしまいそうだ。
隣のオペネットもふるふると体を震わせており、迫ってくるドリルに恐怖を感じてしまっている。
もし俺の絶対防御が破れるような事があれば、俺は確実に死ぬ事になるからだろう。
全く。人に心配されるようじゃ俺もまだまだだな。
俺はオペネットの頭にポンっと左手を置く。
「大丈夫だ。俺が守ってみせる」
自分も、オペネットも、青薔薇も。
俺は『左手も』前に突き出す。
「––––––絶対防御・二重––––––」
一枚のバリアに更にもう一枚のバリが重なる。
「あいつ、まだあんな力を隠してやがったのか!」
「気にするな! どのみちこれで終わりだ!」
氷のドリルとバリアが衝突する。
俺達を中心に爆風が発生し周囲の森は簡単に吹き飛んでしまっている。
ガガガッと高い音が響くなか、俺達は接戦をしていた。
氷のドリルは徐々に先端が削れ、バリアの術者である俺の手にもビリビリと重い振動が伝わってきていた。
しかしおかしい。
氷のドリルは着実に削れているはずなのに、一向に小さくなる気配がない。
「これは……!」
俺は気づいた。これは『氷』なんかじゃなく『霙(みぞれ)』であることに。
削られていった霙は修復するかのごとく、次々と造形されていくのが分かる。
「マジか……」
「気付いたか。この技はいくら削られても再生していく『螺旋霙(らせんみぞれ)』だ。お前の絶対防御が破れるまでは負ける事はねぇ!」
後は時間の問題と言わんばかりに二人は勝利を確信していた。
「悪いな。こっちも負けるわけにはいかないんだ」
「強がるな! こっちは二対一だ! お前一人では俺達に勝つ事なんて出来やしねぇんだよ!」
「心外だな。二対一? 俺は『一人』じゃない」
「何を言って––––––!?」
二人は目を見開いて驚く。
それは俺に対してではなく、オペネットに対してだ。
オペネットは俺の背中に両手を当て、魔力を与えてくれているのだ。
糸で縛られていたというのは見せかけで本当は縛られていない。
ただそうした方が人質っぽく演出出来、よりリアリティが増すという事でそうしただけ。
それにあの糸はオペネットが武神で扱う糸である為、いつでも解除をする事が出来るのだ。
「オペ、どういうつもりだ!?」
「ッ!」
仲間から怒鳴られ、反射的に体がビクッとなるオペネット。
オペネットは俺に目を向け、言っていいのか確認してくる。
俺はそれをアイコンタクトでウント頷く。
「オ、オペは、いやなの!」
震え声ながらもオペは腹の底から声を出す努力をしている。
「もう、みんなが悲しむのはいやなの!!」
「オぺ……」
「カイには全部話したの」
「!! お前、そんな事したら––––––」
「分かってるの! でも……今のままじゃ誰も救われないのっ」
「っ!」
ドリルの威力が増したのを感じる。
「カイはオペ達を、コルド王国を救ってみせると約束してくれたの! だから––––––」
「黙れええええええッッッ!!」
「ッ!!」
更にドリルの威力が増す。
「そんなの戯言だ! 『あいつ』に逆らえばどうなるかお前も知っているだろオペネットォ!!」
怒りの感情に囚われてしまって呼び捨てになっている事に気付かないヒョウ。
ドリルの威力はこれまでとは比にならないほど威力が増しており、少しでも気を緩めたら突破されてしまいそうだ。
「俺達がこの国で生き抜いていくにはあいつに従うしかないんだよ! お前は『あの』地獄の生活に戻りたいのか!?」
「それはいやなの!」
「だったらあいつに従しかない、従うしかないんだよ! お前のやっている事はあいつを、俺達を裏切っている事になるんだぞ!」
「……で、でもっ……!」
オペネットは堪えきれなかったのか、遂に涙を溢してしまう。
背中を通じて伝わってきたのは、勇気を振り絞って気持ちを伝えた少女の悔しさだった。
「弱いんだな。お前達」
冷徹で、冷酷な声を出してしまう俺。
そこにはオペネットの想いも含まれていた。
「弱いだと?」
「いや、弱いを通り越して臆病者とでも言っておこうか」
「なんだと……!?」
「お前らは所詮上からの言いなりでしか動けない臆病者だ」
「ぐっ。テ、テメェに俺達の何が分かるっていうんだ!」
「分からないさ。お前達の気持ちなんて。知った風になるつもりもない」
「だったら黙ってろよ! 関係ねえ奴が俺達の事情に突っ込んくるんじゃねえ!」
「悪いが関係はある。なんせ『青薔薇の少女と手を組んでしまっているから』ね」
「ッ!」
本当に少しずつだが、ドリルの修復が間に合っていない事に気が付く。
どうやら二人の魔力も底を尽きようとしているようだ。
「お前達の『本当のリーダー』が何故お前達を庇って死に、何を託したのか。それを考えた事はあるのか?」
「黙れ……っ」
「オペネットがどうして『こちら側』に付いているのか分かるか?」
「黙れっていってんだろ……!」
「お前達は自分の気持ちと真剣に向き合った事はあるのか!?」
「黙れええええええええ!!」
最後の気力を振り絞るかのように叫ぶヒョウ。
ドリルの勢いと威力もこれまでにないほど増していく。
それだけ過去に強い負の感情が纏まりついているのが分かる。
強い感情が引き金となって、二人の心の底に抑えていた気持ちが今思いっきりぶつけられているんだ。
それでいい。お前達のこれまでの怒り、憎しみ、悲しみを全て俺にぶつけてこい。
二人は本当に強い。それはお世辞なんかじゃなく心からそう思える。
だがそれは『真の強さ』ではない。
今彼らは、自分達は『何の為に戦っているのか』、それすら疑問に思ってしまっている。
『俺達』のように、『守りたいものを守る為』に戦っているのとは違う。
––––––パキンっ。
そのブレない心から想う強い気持ちが、俺達に勝利をもたらした。
★
二人の大技、『螺旋霙』が敗れた。
今はもうドリルの形状はなく、固まっていた霙も果てしなく飛び散った。
二人は魔力を使い果たしたのか、仰向けになって動けないでいる。
身体中には服越しに大量の汗を滲みませ、乱れた呼吸を落ちかせようと苦しそうに呼吸を繰り返していた。
俺はバリアを引っ込める。
「勝った……の」
「おっと」
オペネットも俺に魔力を与え続けていたせいで、疲弊してしまったそうだ。
フッと全身の力が抜けたかのように倒れそうになったところを背中に手を回して支える。
「お疲れ様、オペネット。俺達の勝利だぞ」
「良かった、の」
本当の勝利、とは言い難い。
もし二人が『本気』であったのならば、結果はまた違ったのかもしれないから。
「歩けそうか?」
「……おんぶしてほしいの」
「分かった」
俺は全身の力が抜けきったオペネットを背中に乗せおんぶを実行。
そのまま二人の元まで歩いていく事に。
最初に声を発したのはスイデン。
「あー……負けちゃったね。ヒョウちん」
「ああ。でも不思議と、今は気分がいい」
二人の顔は吹っ切れたようにどこか満足している様子だ。
さっき俺に対して思い残す事なく全てをぶつけたからだろう。
これが俺の狙いだった。
ここに来る前、オペネットと二人きりの時に頼んだ内容。
それはオペネットに人質を演じてもらい、青薔薇の過去を持ち出して相手からの怒りを買い、それまでの感情を全て俺にぶつけるという作戦だった。
その為に俺はこのような勝負を持ち出した。
オペネットは傷つき合うのを嫌っていた為、それを解決できる方法がこれだったのだ。
二人は連携が上手く取れている事から仲間想いである事は簡単に予想付くので、人質を取っている俺の案には乗ってくると踏んでいた。
後は敵の魔力が尽きるまで絶対防御で封じ込めば自ずと自滅してくれる為、俺はそれまで守り続ければいいだけなのだ。
勿論それだけの自信があるからこその案。
しかし相手が共有魔法を使ってくる事は想定していなかった為、その時は不安もあったがオペネットの協力もあって無事に済んだのが幸い。
絶対防御の更に上の絶対防御・二重でさせ余裕に感じる威力ではなかった。
それだけ共有魔法の威力は想像を絶するほどに恐ろしいという事。
まぁ、それを成功させてしまう二人のセンスが一番恐ろしいのだけど……。
そういう天才が世の中にいてもおかしくないのかもな。
「俺達の負けだ、カイ」
「どうやら、そうみたいだね」
もう悪役を演じる必要はない。いつも通りの口調と態度に戻す。あれ結構恥ずかしいんだからな?
「約束通り、オペはお前のものだ」
「あー、いや、あれは演技するうえでの嘘だ。オペネットを貰うつもりはない」
「……そう、なのか? そっかぁ。良かった」
安堵の息を吐くヒョウ。隣のスイデンは何か言いたげそうだ。
「僕はてっきりカイがロリコンだと思って襲ったのかと思ったんだけどね~」
俺は思わず吹き出してしまう。
「何を言い出すかと思えば、そんなわけないだろ!」
「だってカイ、オペの頭を撫でてる時鼻の下伸ばしてたし~」
「伸ばしてねーよ! 見間違いだろ!?」
「い~や、伸びてたね。あれは伸びてたわ。後縛りプレイをさせたのもカイの思いつきでしょ?」
「ち、違うっ! あれは作戦の成功率を高める為にだな––––––」
「……カイ、エッチなの……」
「だから違うんだってばああああああ!!」
四人の場に笑いが込み上がる。
ああ、今はいじられてしまっているが気分はいい。
敵だった関係も、今はこうして笑い合う事が出来る。
これが防衛隊としての役目なんだなと肌で実感もした。
でも、まだ本当の意味で解決したわけじゃない。
コルド王国が窃盗被害に悩まされているのも、俺達が青薔薇に狙われていたのかも、このような戦いが強いられた事も全部『ハーゲスの指示』だったという。
それは嘘なんかではない。さっきの戦いから見て三人の本気は真実を物語っている。
青薔薇の事情は全てオペネットから聞いている為、詳細を聞く手間は省けた。
後はハーゲスを何とかするという問題を解決しなければならないのだが、俺はそれとは別に二人に聞かなければならない事があった。
「そういえば、アリルの事なんだけど」
「……ああ、そうだった。お前はミラーワールドに行く方法を知りたがっていたな」
俺はコクリと頷く。
「悪いが、冗談抜きであっちの世界に行く方法はない。術者であるミラが術を解くか、アリルって奴がミラに勝つかの二択だ」
「っ……。そうか」
「状況が状況だ。俺達もこの事をミラに伝えてやりたいが方法がない」
「……今更だが、ミラはアリルをどうする気でいる?」
「気の毒だがミラも俺達のようにハーゲスの言いなりになっている。だから十中八九……」
「殺す気でいる、という事だな?」
「……ああ。しかもミラーワールドはミラが支配する世界だ。あの世界においてミラが有利になるのは確実だろうな」
「…………」
俺達に出来る事はただ無事に戻ってくる事を祈るだけという事か。
俺の方は三対一という不利な状況に陥ったものの、オペネットという新たな味方が付いてくれた事により上手く事を成せたというのがある。
しかしアリルの方は一対一。
誰も味方につく事がない状況なので、本当の意味で実力同士の戦いになる。
俺達からはミラーワールドで何が起こっているのか見る事が出来ない為、祈る事しか出来ない。
自分の事以上に不安に駆られるこの気持ちは、きっとアリルが100%勝つと言い切れない部分があるからかもしれない。
ミラの能力は未知数だし、ヒョウの言う通りミラーワールドの術者が有利になる事は明白だからだ。
ヒョウが『あの世界に連れて行かれた奴は全員終わりだ』と言っていのも頷ける。
俺は船に乗る前に告げられたプロラさんの言葉が思い浮かぶ。
『カイ、よろしくね』
アリルの事を任された俺だが、今は何も出来ないでいる。
自分にできる事は本当に何もないのかと考えてみるがやはり何もなく、祈りをする事だけだった。
(アリル、お前はこんなところで終わるような奴じゃないよな? プロラさんを越えたいんだったらこんなところでくたばっている場合じゃないぞ。絶対に生きて帰って来い!)
俺は拳を強く握りながらアリルに向けて祈りの言葉を向けるのであった。
★
ミラーワールドに連れてかれた私は目を覚ます。
「ここは……?」
気が付けばそこは三百六十度どこ見ても鏡しか映らない不思議な世界。
鏡に映るのは当然私一人しかいないのでどの鏡を見てもそこに映し出されるのは私だけ。
鏡しかないこの世界は窮屈でもなく広くもない、いわば闘技場ぐらいの大きさだった。
鏡の間に一ミリの隙間もなく囲まれたこの世界に立つ私は完全に敵の術にハマってしまっている事を実感する。
「ミラ、いるんでしょ? 出てきたらどうですか?」
この逃げ場のない世界を一人で傍観していても仕方がない。
私をここに閉じ込めるのが目的というのも考えられるが、ミラが青薔薇の人であれば防衛隊の私を殺しにくるはずだから。
「ようこそ、私の世界へ」
聞き覚えのある声が術者による為か反響して聞こえてくる。
それでも声だけで、ミラの姿が現れる事はない。
「ミラ、どこにいるのですか?」
私は周囲を見渡す。
しかし何処にもミラの姿は見当たらない。
「ふふ。さて、どこにいるんだろうね」
「……あなたのお遊びに付き合っている場合ではありません。やるならやるで、早くきたらどうですか?」
「へ~。随分とやる気満々だね。でもさっき言ったよね? ここは私の世界って。このままずっとあなたを閉じ込めたままでもいいんだよ?」
「っ」
ミラの言う事はごもっともだ。
私がいくら挑発を掛けようともミラがその気でないのならこのまま時間だけが過ぎて行く戦法も取れる。
でもそれはミラも同じ事なので本人も前向きではないはずだ。
それなら––––––。
「来ないのなら、この世界を壊させていただきます。––––––星の煌めき––––––」
アリルの剣に光が帯び、小さな星屑達が現れ始纏まり付いていく。
そして剣を振り払い、鏡に向けて無数の星屑を散らばせる。
狙いはこの世界を崩壊させるかの如く、鏡を全て壊す事。
パリンッパリンッパリンッ––––––。
星屑が当たった鏡は脆く儚く割れていく。
この調子で行けば鏡を全て壊すのも容易である事だろう。
「ッ!!」
「折角招待してあげたのに困るな~」
私の両ふくらはぎに切られた痛みが走る。
痛みに対し反射的に見てみると鋭利なもので綺麗に真っ直ぐ切られていた。
「くぅぅ……っ!」
そこまで深くない傷ではあるが、立っているのが辛く四つん這いの体勢をとってしまう。
(この傷、いつの間に……?)
この世界には私とミラしかいないはずだから、この傷はミラが付けたもの。
しかし傷を付けられるまではミラの気配は感じなかった。
「一体どこに……?」
キョロキョロと辺りを見渡すがミラの姿はない。
「ハァ!」
私は傷の痛みに耐えながら立ち上がり、もう一度星屑を使って鏡を壊そうとする。
「困るって言ってるんだけど?」
「!」
いつの間にか背後に立つミラ。
(なっ!)
あまりのおぞましさに剣を反射的に振る。
「おっと」
キンっ––––––。
アリルとミラの剣が交差する。
「ふふ。一体いつ現れたのって言いたそうだね」
「……どうしてこのような事をするのですか」
「それ、今更聞いてどうするの?」
「答えてください!」
「いやだ、って言ったら?」
「……内容次第では、あなたに制裁を加えなければなりません」
「……プッ。あっはははは!」
「…………なにが可笑しいのですか?」
「いやーごめん。アリルが面白い事を言い出すからさ」
「何も可笑しい事など言っていません!」
アリルが剣を払い、ミラと一定の距離を保つ形に。
「いいや可笑しいよ。だって私より弱いのにどうやって制裁を加えるっていうの?」
「私が、弱いですって……?」
弱い、という単語が癇に障り怒気になってしまうアリル。
「ええ、そうよ。街で住人から襲われた時の事覚えてる? あの時ほとんどカイに庇われていたのを知っているんだから」
「……」
「さっきの奇襲だってそう。カイは見事に力技で突破したけど、アリルは何もできずにカイに守れていた。あの時アリルが弱いから大事な仲間であるカイを傷つける事になったんじゃないの?」
「っ!」
「自分がどれだけ弱いか気付いた? そんなんじゃ目標であるお姉さんも大したことなさそうね」
「––––––!!」
頭にピリッと電流が流れたのを感じた。
「姉さんを馬鹿にしないで下さい……」
声に出したそれは怒りの影響か、思った以上にトーンが低かった。
「私の事はともかく、姉さんの事を悪く言うのは許しませんよ!」
私はミラに剣先を向ける。
「おーこわい。そんなに怒らないでよ~。ちゃんと謝るから」
ミラは余裕な雰囲気でへらへらと笑いながら言うと、武神の天照御魂(あまてるみたま)をお腹の前に宙を浮かせながら出現させる。
「この子に勝てれば、だけどね? ––––––八咫鏡(やたのかがみ)––––––」
ミラの武神である鏡が光輝く。
私はその眩しさに腕で目を覆う。
程なくして光の輝きは収まった。
私は何が起こったのか確認しようと目を開く。
「え……?」
私は目の前の光景に自分の目を疑った。
何度も瞬きをし、目を擦り、自分は幻を見ていないか、それを確かに確認した。
夢や幻なんかではない。これは現実だ。
しかし未だに信じられない。何故なら目の前には……。
「私……?」
姿が全く同じの『アリル』がもう一人いるのだから。
★
「一体、何が?」
「ふふ。驚いた? これが八咫鏡の能力、鏡に映るもう一人を現実世界に呼び出す事が出来るの」
アリルは思い返す。
ミラが八咫鏡を使用する時、鏡にはアリルが映っていた事を。
「だから私が現れたという事ですね?」
「そうそう」
目の前にいる私は髪、顔のパーツ、服装、汚れ、ふくらはぎの傷、細かい部分の全てが一致している。
「そんな偽物で私を叩こうというわけですか。二対一の状況にするあたり、余程私に怯えているのがわかりますね」
「怯えてなんかないよ。ウチはただアリルの心が折れる瞬間を見届けたいだけだから。それに、戦うのは『この子だけ』だから」
「……あなたは参戦しないのですか?」
「二対一だったらアリルが直ぐに倒れちゃうでしょ? だからウチは高めの見物をするだけ」
「随分と舐められたものですね」
「そりゃあだって……弱いでしょ?」
「––––––キッ」
ミラのわざとらしい挑発に上手く乗せられた私はふくらはぎの傷に耐えながらも駆け寄る。
「あ、フライングだよー。まぁ、いっか。––––––『アリル、目の前の偽アリルを倒しなさい』」
「……分かりました。来て––––––織姫––––––」
「武神まで!?」
キンっ––––––。
織姫と織姫による銀剣が交差する。
「くっ」
「あなた、私にそっくりですね」
「それはあなたが私だからです」
「? あなたが私なのでは?」
相手が剣を払い、隙を作られると剣を突き刺してくるので、こちらはそれを薙ぎ払う。
カウンターを喰らった偽アリルが後ろによろけついた隙に背後に回り、突き刺そうとする。
「––––––星の煌めき––––––」
「な!」
剣で突き刺そうとしたところを無数の星屑に逆にカウンターを喰らい腕に傷を負ってしまう。
(まさか、魔術まで!?)
私は星屑から逃れようと後退して距離を保つ。
しかし星屑は逃さないと言わんばかりに容赦無く襲う動きが止まらない。
「––––––星の煌めき!––––––」
目には目を。
相手が星の煌めきで応戦するならこちらも同じ手を使うだけ。
今度は剣ではなく、星屑同士がぶつかり合う。
ぶつかり合った星屑達は爆発を引き起こした後、キラキラと無残に散っていた。
「やるねーアリル。まぁ相手が自分だから手の内は分かっちゃうか」
「……」
「だからこそ、二人の決着がどうなるか見ものだね」
私は偽物のアリルを無視し、ミラに突撃しようとする。
この偽物はミラが魔術によって生み出した実体。
なら、術者本人を倒せば自ずと消滅してくれるはずだから。
「行かせません」
「どいてください!」
自分でも焦っているのか、雑な剣を振ってしまう。
相手は私。こんな隙だらけの攻撃では好きに攻撃をしてくれと言っているようなもの。
「ぐぅっ」
だからこうして、思いっきり殴り飛ばされてしまっている。
「ゲホっ、ゴホッ!」
飛ばされた勢いで鏡に叩きつけられる。
この威力、武術も私そのものらしい。
本当に何もかもが、私だった。
「私を倒せば術を解けると思って攻撃して来たのね? それは確かに合ってるよ。でも、その前にやる事はあると思うよ」
それは分かっている。ミラに一撃を喰らわせるにはこの偽物の私を倒してからじゃないと難しい。
偽物の私はミラのボデイガードみたいなもの。
もし私が相手の立場なら指一本触れさせない。
そういった思考も私と同じだった。
「そんなわけで、二人の戦いに水を差すわけにはいかないからウチは観戦しているね。バイバーイ」
「ま、待ちなさい!」
ミラは鏡の中へとスーッと溶け込むように消えて行った。
(鏡の中に……?)
思わず辺りを見渡す。
最初に壊したであろう鏡がいつの間にか綺麗に修復されていることに気付く。
それを見て鏡には魔力が宿っており、それにより修復されている事が予想付く。
魔力はエネルギーの源。自身の術であれば修復することは造作も無い。
その分、魔力を消費してしまうが時と場合によっては修復した方が良い場面もある。
ミラにとってこの鏡は修復してでも何かメリットがあるのだと思った。
ミラが戦いに参戦しないのならそれはそれで好都合。
今は目の前の敵に集中する事が出来る。
「まずはあなたからですね。もう一人の私」
「あなたはミラの敵。ミラに手出しをするのであれば、例え誰であろうと容赦はしません」
偽物でありながらも羨ましいと感じてしまう。
もし私がミラと手を組んだら、あのような感じになるのかなぁと想像してしまう自分がいたから。
「それはこちらとて同じ事。私には待っている人がいるんですから」
最初に踏み込んだのは本物のアリル。
先ずは横に大きく振り払う。
それを相手は剣で受け止め、流してから突き刺そうとした所でしゃがみ込む。
(フェイント!?)
僅かに反応が遅れてしまった私はすね部分を切られてしまう。
傷は浅い。大丈夫。これなら機動力に影響は出ない。
一度体勢を整えようと大きく下がるが––––––。
「後ろがガラ空きですよ」
(––––––しまった!)
ザキュ––––––。
背中の広範囲に鋭利で刻まれた激痛が走る。
どうやら剣による薙ぎ払いをもろ喰らってしまったようだ。
「ぐぅぅぅぅぅッッッ」
「さすが偽物の私ですね。少しだけ体を逸らしてダメージを分散させるとは」
「ハァ、ハァ、ぐっ……!」
「でもこれで終わりです」
もう一人の私が上から剣を振り下ろし頭部分を狙ってくる。
剣で防ぐには間に合わない。ここは––––––。
パシッ––––––。
「!」
「そう簡単には……やられませんよ!」
真剣白刃取りで剣を見事に掴まえる。
これは小さい頃、姉さんと遊びで楽しんでいただけのはんちゅうでしかなかったけど、まさかここで役に立つなんて思わなかった。
それでも綺麗に成功とは言えず、僅かながら手の平からは切ってしまったであろう生々しい赤い血が流れて来ている。
相手は捕まった剣を抜こうとし、こちらは逃さないよう挟めて抑えているのでカタカタと剣から音が鳴っていた。
「さすが私です。強いですね……」
「いいえ。それは少々語弊があります。あなたが弱いだけです。私は決して強くなんてありません」
まさか偽物の私に説教染みた事を言われるなんて。
でもそうなのかもしれない。
私はあの人で、あの人は私。そこに実力の差はないから。
「同じ私同士でここまで差が明確なのは戦い方にあるでしょう。偽物のあなたは少々戦い方に粗が目立ちます。そこを突けばあなたに勝つ事はそう難しくありません。まぁ、私もあなたなのですけどね」
自分が自分に説教される事はなんとも不思議な感覚。
でも言っている事は全て心に突き刺さる。
自分の事は自分がよく理解している。だから偽物自身も理解しているのだと思う。
「折角ですからあなたに足りないものを教えてあげます。あなたは私ですから。これは自分に対して言い聞かせているつもりでもあります」
屈辱的な事に、偽物の私から私が足りないものをご教示してくれるそうだ。
「あなたに足りないもの。それは––––––『大切な何かを守る想い』です」
「……想い?」
「そうです。あなたにはそれが欠けています」
「そんな事……っ」
「あるのですよ。私には感じます。あなたは偽物とはいえ、私そっくりですからね」
「……」
「今のあなたは『空っぽ』です。何の為に剣を振り、何の為に生きているのか。それすら忘れてしまっています。いえ、最初から自分ですらよく分かっていないのでしょう」
「そんな事ありません! 私は姉さんを超える為に––––––」
「姉さんを超えたら、その先に何があるというのですか?」
「何って……それは……」
「答えが出ないのも無理はありません。『さっきまで』は私も同じでしたから」
「……同じ?」
「ええ。私には『守るべき大切な人』がいますから」
「––––––」
偽物の私は、それがなんなのかを口にする事はなかった。
でも私は直ぐにそれがなんなのかを理解する事ができた。できてしまった。
偽物の私は『ミラの為』に剣を振っている。
それは偽物の私にとってミラは大切な人だから。
それを敵である私から守る為に、こうして本気で戦っているんだ。
そこに雑念や迷いはない。
攻撃一つ一つに力強い想いが込められている。
剣を交えた時、手がじんじんと響いたのは彼女の強い想いによるもの。
それに比べ、ただ剣を振っているだけの私にはそれほどの想いは伝わらない事なのでしょう。
だって、なんの為に剣を振っているのか分からないでいたのですから。
相手に勝つ為、それも立派な理由の一つでしょう。
でも、もっと大事な想いが底にあったのではないでしょうか。
家族や仲間、友人、そしてカイ君。
みんな私の大切な人達。私の帰りを待つ場所が確かにそこにある。
その人達を守る為に、自分自身を守る為に、私は剣を振らないといけなかった。
全く、本家の私が偽物に説教をされるなんて柄に合いませんね。
でもありがとうございます。もう一人の私。
あなたのおかげで、私は更に強くなれそうです。
「!」
私は剣を挟んだまま相手の剣を持つ手に蹴りを入れる。
ダメージによって反射的に緩んだその隙をついて、腕を引き顔に渾身の一撃を喰らわせる。
「––––––ッッッ」
無様に吹っ飛んだもう一人の私は鏡の壁に叩きつけられるようにぶつかる。
「くっ……! 私とした事が……つい弱い自分を見て感情移入してしまいましたよ」
「ありがとうございます、もう一人の私。あなたのおかげで自分という者を見つめ直す事が出来ました」
「……」
「ですが、私達はこの世界に二人もいてはいけない。もう、決着をつけませんか?」
「奇遇ですね。私も言いたい事は言えましたし、そろそろ決着を付けようと思っていたところです」
互いに睨み合う形となり、剣を握る。
無言の時間が続く中、二人は次の一手で決着をつける事だけを考えていた。
それは同じアリルとして、考えている事は一緒だった。
「!」
もう一人の私が鏡の天井まで飛躍する。
「この一撃で終わらせます!」
剣には見惚れてしまう程の膨大な星による光を帯びていて、見るからに凄まじい魔力が使われていた。
「やっぱりあなたは私ですね。受けて立ちますよ!」
自分と自分の戦いなんて本来なら起こるはずがない。
自分の持つ大技と大技。それがぶつかり合う機会なんて尚更。
私は自分が敵である事に嬉しさを感じていた。
本当に意味で自分の実力というものが身を持って体験する事が出来たのだから。
こちらも剣に膨大な魔力を込め相手と対峙する。
互いの剣には眩しい程光を帯びていて、それが鏡に反射されている為かこの場は聖地であるかのように光が際立っていた。
「あなたと私、どっちが強いか」
「ええ。ここで決めましょう」
「……」
「……」
ダッ––––––。
同時に突っ込んでくる二人のアリル。
二人は互いの為に、全ての想いをこの一振りに託した。
「「––––––星剣・エクスカリバーッッッ!!」」
互いの剣がぶつかり合うと、凄まじい爆風とオーラが吹き荒れる。
周囲の鏡にはヒビが入り、剣はジリジリと鳴り響き、大量の火花が散っている。
二人は睨み合い、最大限の力をここに置こうとしている。
どちらも譲らない気迫。それは想いの強さが同等で本物だからだ。
「「ハアアアアアアアアアア!!」
––––––だが、そんな二人に勝利の女神は引き分けを許さない。
パリンッ––––––。
一人の、アリルの剣が折れる。
「––––––」
「終わりです。『もう一人の私』」
私はエクスカリバーでもう一人の私に一撃を与えた。
切られた箇所からは大量の血が吹き出しながら宙を舞う。
私は着地点に立ち、落下してくるもう一人の私をお姫様抱っこする形で迎え入れる。
もう一人の私は……もう死んでいた。
でもその顔には満足したような薄い笑みを浮かべていて、見てるこっちも満足な気分にさせられる。
もう一人の私は守るべきものの為に全力を果たした。
結果は実らなかったけど、彼女の想いは確かにあの一撃にはあった。
やれる事は尽くした。それだけが、彼女をここまで満足させてあげられたのだろう。
偽物でありながらも、同じアリルでありながらも、彼女から学んだ事は沢山あった。
それを示してくれた事に、私はそっと耳に囁いた。
「ありがとうございます。もう一人の私」
お礼を告げると、彼女は鏡が割れたかのようにバラバラに崩れていく。
それに対し特に驚く事はない。
彼女は鏡の世界からやって来たもう一人の私。
それはつまり鏡から作られていてもおかしくないからだ。
もう一人の私との激闘が終えると、フッと全身の力が抜ける感覚に陥った。
まるで勝負を終えたかのように。
だが私には『まだ』戦うべき相手がいる。
「……すごい戦いだったね。思わず見惚れてしまったよ」
「ミラ……」
「でも、さっきので大分魔力を消費しちゃったようだね。もう戦う気力もないんじゃないの?」
「それは、ミラもじゃないですか?」
「……」
ミラの額にはそれなりの汗が浮かんでおり、呼吸も少しだけ乱れている。
「さっきの八咫鏡、あれは相当魔力を消費するのでは?」
「……あー、バレた? 確かにあれかなり魔力を消費するんだよね。維持し続けるのも大変なのに、そこに大技を出されちゃあ私も参っちゃうよ」
「さっきのエクスカリバーで、何故魔力を弱めたのですか?」
そう。さっきのエクスカリバーの打ち合いは途中まで拮抗していたのに急に力が無くなったかのように押す事が出来たのだ。
もう一人の私があの場面で手を抜くとは思えない。
そうなれば、術者であるミラが魔力をコントロールしたとしか考えられない。
「……別に。深い理由はないよ。ただアリルを殺す役目は私が担いたかっただけ」
「……ミラ」
「そんな悲しい顔しないでよ。二人の戦いに水を差した事は謝るからさ~」
「あなたは……本当はこんな事したくないんじゃないですか?」
「……急に何よ」
「あなたは私を殺すタイミングはいくらでもあった。なのに一切手を下すことなく、私の偽物を呼んで代わりに戦わせようとした」
「……意味分かんないだけど。勝手な妄想しないで」
「じゃあ何故、私を殺さないのですか? 殺すのが目的であればそこまでして時間を掛けたりしないはずです」
生け捕りならは話は別だが、殺すだけであればいくらでもタイミングはあった。
そこには殺さない何かが含んでいるとしか考えれないのだ。
「……言ったでしょ? アリルを殺すのは私が担いたいって。ここまであなたを削る事がウチの作戦なんだよ」
「なら、早く殺しに来たらどうですか?」
「っ……。後悔、しないでよ」
ミラが鏡の世界へと消えて行く。
今の私にはそれを追いかける機動力はない。
さっきの戦いで魔力を消費しすぎた。
負ったダメージも蓄積していき、全身がズキンと痛む。出血も多いのか、気が遠くなるような感覚を覚える。
こんな状態でよく殺しに来いだなんて大口叩けたものです。ほんの少し、後悔しています。
でも、死ぬ気はさらさらない。
ミラに勝つ。その気持ちだけは消える事はない。
「っ」
腕にスパッと切られる痛みが。見てみるとそこには鋭利な物で綺麗に一直線に切られた痕が。
あまりの速さに血が滲み出るのが遅れている。
おそらくミラによる攻撃だろうが、切られる時にミラの姿は確認出来なかった。
ミラは目で捉える事が出来ない程の素早い攻撃をしたという事だろう。
一発目の攻撃を喰らってからは怒涛の攻撃が始まり、私の全身にはスパッと細かく刻まれていく。
「ッ……!」
何十か所刻まれた事だろう。
私の体は赤ペンで線を引かれたかのように血が溢れている。
タラ~っと重力に沿って血が垂れていく。
先ほどよりも意識が遠くなっていく感じがした。
やがて攻撃の手が止まると私の目の前に鋭利状のガラスを手にしてたミラの姿が。
「もう、限界そうだね。剣も手にしないなんて諦めたという事かな?」
「冗談はよして下さい。私は諦めてなどいません。あなたに勝ちますよ」
「……強がるのはやめな? 抵抗もせずにひたすら攻撃を喰らっている人が言う台詞じゃないよ」
「ふふっ。そうかもしれないですね」
私もただ喰らっていたわけじゃない。
ミラがどこから現れて、どこから攻撃をしているのかを分析していた。
そして分かった。
ミラは鏡から鏡を瞬時に移動する事が出来、好きなタイミングで鏡から現れ、攻撃をする事が出来るという事。
ミラが移動する瞬間は辛うじて目視する事が出来たが、その速さはとても今の私では捕まえそうにもない。
だから私は追うのをやめ、分析に費やした。逃げ回ったとしてもこの世界から逃げられるわけないから。
同時にそれは、ミラに勝てる見込みがないことを示唆している。
ミラは余力のある雰囲気からして体力も魔力も私より遥かに温存できている。
一方の私は全体の三分の一ほどしか残っていない。
つまりは、ミラはいつでも私を殺す事が出来るという事。
もう、剣を振る事さえ怪しい。
「どうやらこの勝負、私の勝ちのようね。もう立っているのがやっとじゃない」
「……勝負は、最後まで分かりませんよ」
呼吸が苦しい。本当に、立っているのも辛くなってきた。
ミラは手にしてたガラスを剣の形状へと変化させる。
「この剣で……あなたを殺す」
「…………」
「お姉さんを越えるという目標も叶えられなくて残念だね」
「…………」
「アリル達と過ごした短い時間は……楽しかったよ」
「…………」
「……さよなら、アリル」
ミラがこちらに駆け寄ってくる。
ああ。私は本当にここで死んでしまうのでしょうか。
まだ死にたくない。やりたい事は沢山ある。みんなともっと過ごしていたい。
「っ」
どこか覚えのある痛みが指先に走る。
そこに目を向けてみれば、絆創膏が貼られた指先。
それは初めて料理を振る舞った際に切ってしまった痛みだった。
絆創膏を見ていると彼の事を思い出してしまう。
「カイ君……」
カイ君の優しい姿を思い出す。
彼は幼い頃に家族を失い、涙を流してしまう程の悲しい傷を心に負っている。
まだ幼く、家族に甘えていたい年頃にとっては非常に残酷な事でしょう。
その絶望に耐えきれず、自殺を考える人もきっと多い。
でも彼は屈しなかった。それどころか、それを糧に強くなった。
ずっと家族に甘え続けて来た私とは格が違う。
彼はもう、大切な人を失う事は味わいたくないのでしょう。
だから彼は、私を守って戦ってくれていた。
それは自分自身、うっすらと感じていた。
でも認めたくなかった。自分が守られているという事に。
それは私にとって、弱いのと同義だと思っているから。
だから私は、強くなりたい。
カイ君は三人を相手にして戦っている。
そして彼の事だから、なんだかんだ言いながら勝ってしまう事でしょう。
それに比べ、私はたった一人を相手にここまで手こずってしまっている。
これ程情けない事はありません。
お父様や姉さんがあれ程強者だというのに……。
ですがカイ君。安心して下さい。
「ッッ!」
ザクッ––––––。
アリルの横腹に剣が貫通する。
顔を出した剣先からは大量の血が溢れ、足元は血の水溜りとなっていた。
この人だけは、私が必ず勝ってみせますから。
私はミラの両手首を握る。それも強く、絶対に逃さないという気迫も込めて。
「痛っ」
ミラは骨が折られるのではないかと感じるほどに苦痛を浮かべる。
「は、はなして!」
「絶対に、離しません……!」
更に握る力を込める。
私は自分が聖族生まれで良かったとこの時思った。
並大抵の力では聖族の力に抗える事は不可能だからだ。
「ッッ! ぐがああ!」
ミラは苦痛に耐えきれず、足元から崩れ落ちた。
「離せ!! 離せ!!」
ミラは両手が使えない為、代わりに蹴りを入れてくる。
何発も何発も入れてくる蹴り。そしてそれを無防備のまま喰らってしまう私。
それでも、絶対に手を離す事はない。
「やっとあなたにも余裕がなくなりましたね。––––––では、終わりにしましょうか」
アリルがやせ我慢のような笑みを浮かべる。
それを見たミラの背筋にはゾクっと凍りつくような感覚を覚える。
「––––––星の煌めき––––––」
アリルがそう口にすると、鏡のあらゆるところから無数の煌めきが発生する。
煌きはアリルとミラを覆い囲むように宙を浮いていた。
「いつのまに!?」
「もう一人の私と、戦った時ですよ」
私はもう一人の私と星の煌めき同士の撃ち合いになって爆発を起こした時、それに紛れて星屑達をばらけさせて潜ませておいた。
鏡は元々綺麗な造りで光り輝くように美しかった為、私の星屑と同化してミラは気付いていないようでしたけど。
「……ッ!」
「さぁ、これで本当に、終わりです」
星屑達は一斉にミラを襲撃する。
当然、ミラは私に捕まっている為逃げる事は不可能。
無防備のまま、次々と星屑による攻撃を喰らっていくだけ。
じわじわではあるが、ダメージが蓄積されていけば最後は大きなダメージとなる。
「ガハァッ」
体が攻撃に耐えられず、ミラは吐血して崩れ落ちようとした。
ミラの両手首を掴んでいた私はミラを抱き寄せ、安静に出来るよう静かに仰向けにさせる。
まだ微かに意識は保っているようだ。
「まさか、最後に……負けるなんて……」
「いいえ。本来、負けていたのは私です。それに、喋らないで下さい。傷口が、開きますよ––––––ッ!」
ズキンっと横腹に激痛が走る。
これまで味わったことのない痛みに、思わず怯んでしまった。
「ゴホッ、ゲホッ……っ、くっ……!」
ミラ程ではないが、私も吐血を起こしてしまう。
「相変わらず、強がりね。早く、治療したら?」
ミラは私がヒールを使えることを直接目にしている。
自分は回復魔法を使えるのだから、早く傷を癒せという事だろう。
「そうですね……。––––––ヒール––––––」
私はありったけの魔力を両手に込め、ヒールをミラに向けて発動する。
「なにを……しているのよ」
「ハァ、ハァ……。なにって、回復しているのですよ。ミラさんをね」
アリルの行動に理解が追い付かないでいるミラ。
自分が瀕死の状態であるのに、わざわざ敵であるミラを回復してあげてるのだから。
ミラの傷はゆっくりとだが着実に傷が癒えていた。
「アンタ……っ! もう魔力なんてないでしょ。なんでウチなんかに!」
「喋らないで下さいっ」
「っ」
「……傷口が開くって言いましたでしょう? 大人しく治療を受けてください」
「……なんで……なんでよっ……」
「……」
ミラの瞳が幕を張ったように潤う。
「なんで、ウチを助けるのさ……。敵なんだよ?」
「勝手に決めつけないで、もらえますか?」
「……」
「あなたは敵なんかではありません。私の、『大切な友達』です」
「––––––」
ミラの目尻には綺麗な雫が浮かび上がる。
「……やめてよっ、そういうの。ウチは友達だなんて思ってない。ウチは、アンタの敵。さっさと見捨てて殺せばいいじゃない」
「それはあなたが言えるような台詞じゃありません」
「っ……」
「あなたは私を殺す隙などいくらでもあったはず。なのに、それをしなかった。最後の一撃だって、『わざと』急所を外しましたよね?」
「違う! 違う違う! ウチはアンタを殺す気でいた! アンタは敵! アンタ達に近寄ったのも、一緒に食事をしたのも、被害者に装ったのも全部アンタ達を油断させる為にやったことなんだよ!」
「…………そう、だったんですね。ごめんなさい。決め付けていたのは私の方でしたね……」
「ぁ……」
「でも、それでもあなたを救う気持ちは変わりません。あなたには、帰りを待っている大切な仲間がいますから。私がそれを奪うわけには、いかないのですよ」
残りの魔力がもうすぐ底を突く。
でも大丈夫。十分に回復させる事が出来た。傷も完治とまでは届かなかったけど、動く分には支障はでないはず。
遂には魔力が切れ、私は気を失ったかのように後ろに倒れてしまう。
「アリル!?」
それをミラが慌てて後ろに手を回し、救ってくれた。
「良かった……。もう、大丈夫そうですね……」
アリルは寿命が訪れたかのように、一気に弱々しくなる。
それはそうだ。魔力だけではなく、血も足りないのだから。
今はもう精気すら真面にに感じられない。
「アリル!! やだよ! しっかりして!!」
「なんだ、やっぱり……『そう』なんじゃないですか」
「ぐっ……うるさい……っ!」
ミラの頬には涙が流れていた。
「いやだ! 絶対に死なせない! アリルは私の……『大切な友達』だからっ!」
ミラは自身の魔力をアリルに分け与える。
それはアリルによって回復された分だった。
「アリルがくれた魔力を半分返す。これでおあいこだからね?」
「ミラ……」
少しずつ、体の底から精気が宿るような感覚に陥る。
魔力はエネルギーそのものだから当然と言えば当然。
ある程度魔力を貰った私はヒールを使い、自分の治癒に励んだ。
もちろん、完全治癒までは程遠いけど、喋れるだけの元気は取り戻した。
「ありがとうございます。助かりました、ミラ」
「バカっ。お礼を言うのはこっちだよ。……こっちこそありがとっ」
お互いに少しだけ気恥ずかしさもあるけれど、和解を通じ合える事が出来たようだ。
先程まで敵対していた二人。
二人はそれが可笑しかったのか、ふふっと微笑み合う。
「あーあ、見事に制裁を喰らっちゃったな~」
「ミラが素直にならないからですよ」
「だって……」
「分かっています。他に制裁を加えるべき人がいるのでしょう? そしてその人が今回の黒幕……」
「……そうだよ。全部、ハーゲスの指示によるもの」
「ハーゲスって、この国の王様の!?」
「うん。私達青薔薇はあいつに飼われていて、全ての事件も、防衛隊を襲ったのも全部そいつの命令によって私達が動いていたんだよ」
「……どういう事ですか?」
「ファミレスで話した事覚えてる? この国は聖魔戦争によって貧困差が激しくなったって話」
「ええ。覚えていますよ。そこから国のトップにいる人達は未だにその問題を先送りにしているんですよね」
ミラがコクリと頷く。
公には策を取ろうという姿勢は見せているものの、実行するうえでの手続きに時間が掛かっているのだとか。
「実はね、青薔薇にはもう一人女性のメンバーがいたんだけど、その人が直接ハーゲスに訴えをかけたの。『貧困で飢え死にする人がいるんだから差別化をなくす救済の処置を取るべきだ』てね」
「……随分と性格の強そうな人ですね」
「強いよ。人として尊敬もしていたし、周りからの信頼も厚かった。自分の事よりいつも泣いている人に手を差し伸べていたし、とても優しかったからかもね」
懐かしい思い出を振り返るように、ミラは暖かい表情を浮かべる。
「その人は今どこにいるのですか?」
「……死んじゃったよ、もう」
「……ど、どうして……?」
「ハーゲスに殺されたの」
「!?」
「ハーゲスはね……公の前では善良ぶっているけど裏では大金を不正に扱っている悪党なんだよ」
(ミラの話を聞いてから嫌な予感はしていましたが……やはりそうでしたか)
「殺されたその人は青薔薇の真のリーダーで名前は『トラファルガー』って言うんだけど、その人が夜中に城に忍び込んで盗聴機を仕掛けたの。そしたらまさかの結果だよ」
それはさっき言っていた裏の出来事を指している。
「住民から巻き上げているお金は全部自分達の娯楽に不正利用していた事が分かったの。ハーゲスからすれば住民の事情など知ったこっちゃないってね」
「なんて外道な……っ」
「その証拠を用いてトラちゃんはハーゲスに訴えた。これ以上不正をするようであれば警察に訴えるって。だから今すぐに策を取れって」
トラちゃんとはトラファルガーの事。
警察に直接言わなかったのは証拠を明け渡さない代わりにトラファルガーの案を汲み取ってもらう為だろう。
ハーゲスが犯罪によって王座から降ろされるような事があれば、次の王を決める時間が間に入ってしまう。
事態は一刻も早く解決しなければならなかった為、そのような判断をするしかなかった。
「ハーゲスは勿論承諾したわ。不正がバレたら重罪になる事は明白だったし、何より証拠を掴まれているんだから」
確実な証拠を掴まれている以上、ハーゲスは反対の意を示す事は出来ない。
「でもそれが裏目にでた。ハーゲスはトラちゃんが国の機密情報を盗み取ろうとした反逆者として虚偽を公に公開し、最終的に重罪人として殺したという程になっているの」
虚偽であることを誰も追及しないのは賄賂で繋がっているから。
ハーゲスは『お金』という強い武器を用いて、多くの人を味方に付けている。
味方に付いた人達は納得の金額を引き換えに、ハーゲスの供述には口を合わせるという条件で。
そうなれば、いかなる反論も全て権力によってねじ伏せる事が出来てしまうのだ。
「そこからトラちゃんの事は徹底的に調べ尽くされた。当時、『青薔薇』として一緒に過ごしていたウチらが密接の関係にある事がバレて、街から追い出される事になったの」
「だから、あんな山奥に住んでいたのですね」
「うん……」
あんなに人気の無い場所に住んでいたのは好んでの事ではなく、仕方なく住んでいたという事実。
「それでね、当時はまだ子供で働く事が出来なかったからお金もなくて、食料も手に入れる事が出来なかった。そもそも街から追い出されたから買いに行く事も出来なかったんだけどね」
ハーゲスはミラ達を追い出した後も、街に足を踏み入れていないか警備を用いて目を張っていた。
「そこで考えたの。警備の目が無い夜中に食料を盗めばいいってね」
それが極度の貧困生活に陥ったミラ達の唯一生きる手段だった。
盗む事は犯罪だと分かっていても、自分達が生きるにはそうするしかなかったのだと。
「怖くなかったのですか?」
「……不思議と、そこまで怖くなかったかな。仲間がいたっていうのと、ウチらには『武神』があるからね。最悪見つかったら殺しちゃえばいいとも考えてた。全く、野蛮人だよね」
へらへらと笑うミラの顔はとても辛そうで悲しそうだった。
本当は殺すような真似などしたくないのだ。
それでも、常に万が一の事を考えて生活していたミラ達は時には非道な選択を取らないといけない事を常に意識しなければ自分を守れなかった。
「夜中に窃盗被害が多いのは、そういう事だったんですね」
「半分正解かな」
「半分……?」
「もう半分は、ハーゲスの指示によるものだよ」
「え?」
「ある日ね、ウチらが食料を盗んでいる事がバレてハーゲスに伝わったの。それもそうだよね。長く窃盗していたらどこかで目撃情報があってもおかしくないから」
夜中という視界が悪い時間帯に何度も事件を起こしていたら、噂が広まって守りも硬くってしまうのは当然の事。
そうすれば、自ずと目を光らせる人達も多くなる。
「そして警備の人に見つかってしまった。色々と終わったと思ったけどそいつが口にした言葉に驚愕したんだよね」
「何を言われたのですか?」
「ハーゲスがウチらを称賛していて、是非お会いしたいって」
「……?」
「そう。ウチらも最初はそんな疑問の顔だった。自分で追い出したくせに何が会いたいだ、ってね」
「でも、ミラ達にメリットのある話を出されたって事ですよね?」
「そうだよ。そいつは言っていた。もしハーゲスの配下になれば食いっぱぐれないぐらいの金を毎月渡すってね」
「……ミラさんはそれに」
「うん。悪い話ではなかったから、まんまと乗っかっちゃったよ。それでハーゲスの元まで付いて行った」
ミラの気持ちが分からないでもない。
もしそれが本当ならミラ達はもう犯罪に手を染める事なく仲間と、いや、家族達と普通の日常で幸せを手にする事ができるのだから。
長い期間、心に痛みを負いながら生きてきたミラ達にとって、それは救いの言葉のように感じたのだろう。
もしそれが嘘だったらミラ達は本当の意味で地獄に落とされかねない。
ハイリスクハイリターンのそれに賭けるしかなかった。
「結果的に話は本当だったよ。ウチらの腕を認めていて、ハーゲスの武器として従えってね。その取引になる金額も毎月一人百万だと。その時にハーゲスは既に四つの札束を手渡してきたわ。偽物でもない。本物のお金をね」
それを手にした時、ミラ達の心情はどのようなものだっただろう。
ミラの立場になった事のない私には本心から理解する事は出来ないが、天にも昇るぐらい心躍らされた事だろう。
「武器、というのはウチらそのものというより、武神の事を言っていたと思う。過去に何度か武神を使って脅迫もしたりしていたから。その情報も全部伝わっていたんだね」
武神は一般人では太刀打ち出来ない程に強力である為、ハーゲスからすればそれを脅しに用いる事が出来るのであれば有効活用してくるに違いない。
「それでミラはハーゲスに協力をするようになったんですね。でも、それだけではないのでしょう?」
「うん。条件の一つに、定期的にお金になる高価な物を盗んで渡せっていうのがあった」
「なるほど。それが窃盗被害の拡大に繋がっているわけですね」
「うん……」
大金が手に入るのであればミラ達も窃盗をする必要はなくなる。
しかし、ハーゲスの為に高価な物を盗んで渡すという条件を呑まなければならない。
なんとも皮肉な話だ。
そして理解した。青薔薇が防衛隊を殺しにかかってくるのかを。
それは防衛隊によってハーゲスの行いが暴かれるのを防ぐ為。
防衛隊は依頼者の内容に基づいて活動を行う。その内容がもしハーゲスの行いを調査してくれ、だったとしたら防衛隊は邪魔者でしかない。
追及される前に青薔薇の手で殺してしまおうという手をハーゲスは考えた。
青薔薇も拒否する事はしない。
一度地獄から救われ、再び地獄に突き落とされるのは訳が違うから。
やっと手に入れた幸せを、自ら手放す事なんて出来ない。
それが家族の命に関わっているなら尚更。
ミラは全てを打ち明けると、堪えていた涙と共に謝罪の想いを口にした。
「ごめんね……ごめんねっ……」
俯いたミラの顔はよく見えない。
ただ、聞いている者の胸が締め付けられるぐらいに、辛く、悲しい顔をしている事は容易に想像できてしまった。
そんなミラを、アリルは優しく抱き寄せた。
「––––––え」
「ここまでよく頑張りましたね。ミラ」
「……っ」
「辛かったでしょう。苦しかったでしょう。もう大丈夫です。あなた達はもう、幸せになるべきです」
「……うぅ、ぐっ……っ」
「あなた達が『本当に欲しい幸せ』を」
「う……うわああああああああん!!」
ミラは私の胸に顔を埋め、思う存分泣き続けた。
今ままでに溜め込んだ辛い想いを全部吐き出すように。
私はミラの頭を優しく撫でる。何度も何度も。泣き止むまで。
今の私達は、赤ん坊とそのお母さんのような絵面でしょう。
甘えたくて、甘えたくて、どうしようもない赤ん坊。
そんなミラの立ち位置が、今だけちょっと羨ましいと思ってしまった。
「ミラ、本当なんですか? どうしてミラさんが……っ!」
「あなた達が防衛隊だからよ」
「!?」
俺とアリルは未だにミラが青薔薇の一人で敵であるという状況が呑み込めないでいた。
「どういう……事ですか?」
「これ以上あなた達に話す事なんてない。––––––天照御魂(あまてるみたま)––––––」
ミラは自身の武神を呼び出す。
現れたのは丸の形をした鏡。ミラはそれを手にしながらこちらに向けている。
鏡には俺達の顔がそのまま映し出されていた。
「––––––ミラーウォール––––––」
ミラがそう唱えると俺とアリルの間に分厚いガラス状の壁が出現し、分断される。
「カイ君!」
「––––––ミラーワールド––––––」
今度は武神である鏡が大きく拡張されアリルその中へと吸い込まれていく。
「アリル!」
それは一瞬で、アリルの姿は瞬く間に消えていってしまった。
「くそっ!」
俺は張られたガラスをぶっ壊そうと殴り掛かろうとするが、氷、水、糸の針状による一斉攻撃が襲い掛かりその場から無理やり離さられる。
「ちっ」
「じゃあ、こっちは任せるね。三人とも」
ミラがそう言うと三人は無言で頷き、ミラはアリルが吸い込まれた世界へと入って行き、二人は最初からいなかったかのように武神ごと姿を消した。
この場には俺と青薔薇の三人が残される形となった。
「アリルをどこへやった?」
三人同時に聞くと、白髪の男性が答える。
「簡単に言えば『ミラの世界』だ。あそこはミラが支配する世界でもあり、空間の場所でもある。あの世界に連れて行かれた奴は全員終わりだ」
終わり、というのは『死』を現しているのだろう。
冗談やハッタリで言っているのではなく、これまでの経歴から確信している風だった。
おそらくは、これまでの防衛隊達もそれによって殺されたか。
ミラの世界と言われても何一つピンと来ない俺にとっては不気味なものとしか感じられない。
その自信の溢れさは俺にとって最悪と言える。
「どうすればあっちの世界に行ける?」
「これから死ぬ奴が聞いてどうする」
「…………力ずくで聞くしかない、か」
独り言のように呟く。
それを耳にした白髪の男性が不適な笑みを浮かべる。
「できるもんならな」
俺が戦闘態勢に入ると、相手三人も構える。
一人は白髪の中性的の男性。名前は『ヒョウ』で、武神は『メビウス』。氷使い。
一人は青髪の長髪で長身男性。名前は『スイデン』で、武神は『アクエリアス』。水使い。
一人は灰色の髪をしたツインテール少女。名前は『オペネット』で、武神は『ドロール』。傀儡使い。
カイVS青薔薇三人による戦いが、今始まった。
★
ヒョウは氷で出来た剣であるメビウスを手にしており、それを俺に向けてきた。
「悪いな。お前達に恨みはないが、ここで死んでもらう」
そう言うとヒョウは俺の方へと突っ込んできて、剣を突き刺そうとしてきた。
俺は体を横に流してかわし、相手の脇腹に一撃を喰らわせようとする。
それを読んでいたかのように、今度は前方から小さな水の塊がこちらに向かって物凄いスピードで飛んでくる。
それはまるで鉄砲かのよう。
どうやらスイデンが手を銃の形にしてこちらに向けている為、こいつの仕業のようだ。
俺はそれをしゃがんで間一髪でかわすが、髪の毛が掠ってしまう。
数撃てば当たると思っているのか、スイデンは俺に目掛けて何発もの水の塊を放ってきた。
俺はそれを横や後ろに移動しながら的確にかわしていく。
やがて当たらない事にうんざりしたのか、銃を射つ手を止めた。
「……僕の『水鉄砲』がこんなにもあっさりと避けられるなんて。ちょっとダルいな~」
「悪いな。その手の銃では俺に当てる事は出来ないよ」
「……あまり調子に乗らないでくれるかな~」
ダルそうにしながらも戦意だけはしっかり感じ取れるこのスイデンは目に掛かっている前髪をかき上げ、殺意を見せた。
「––––––天叢雲(あめのむらくも)––––––」
水使いの男性の手に、水の剣が宿る。
水は生きているかのように剣全体を流れている。
どうやら怒りによってか、剣にはかなりの魔力が溜められていた。
「君のその余裕な顔を今から絶望に変えてあげる」
「おい、あまりやりすぎるなよ?」
「分かってるよ。天叢雲流––––––霧雨(きりさめ)––––––」
スイデンは剣を上に向かって払う。
すると空から霧雨が降り始め、徐々に視界が悪くなっていくのが分かる。
どうやら俺から視界を遮るらしい。
それは俺だけではなく、仲間達にも影響しそうだが……。
「さて、どうするか……」
霧雨はどんどん濃くなっていき、最終的には字の如く霧のようになっていき完全に敵が見えなくなった。
気配も感じない事から、俺の動きを見計っているというところか。
そういえば青薔薇は気配を殺し俺達から居場所を特定されないように潜んでいたなと思い出す。
となると、『暗殺』が目的か。
こちらも絶対防御で身の安全を守りたいところだが、あれを維持し続けるのは魔力の消費が激しい。
それに、それならそれで俺の魔力が尽きるまで身を潜む事だろうから、そういった意味でも魔力の無駄遣いにしかならない。
だから俺は相手がどう動くのかによって行動を決めなければならないという事。
「……厄介だな」
それはつまり、俺が後手に回る事を意味しているからだ。
先手必勝という言葉がある通り、戦いにおいては基本的に先に攻撃をした方が有利に事を運びやすい。
一撃でもダメージを与えればそれだけで体力を消耗させる事ができるからだ。
攻撃をかわし相手の体力を消耗させるというやり方もあるが、それは防御する側も同じ事。
かわし続けるのだって、体力も消耗する。
どちらが得かは考えるまでもない。攻撃だ。
「!」
霧の中から剣が迫ってくる。
「っぶね!」
間一髪のところでかわす事に成功。あと少し反応が遅れていたら俺の顔は真っ二つにされていた。
俺は攻撃をする為に姿を現したスイデンの男性の手首を掴み、逃さない。
濃い霧の中でもこれだけ至近距離であれば姿もそれなりに見える。
「離してもらおう、かなッ!」
剣を横に薙ぎ払う。
俺はそれをどこかで見た覚えのある光景を思い出しつつ、剣を掴んで防ぐ。
「なっ!?」
「アリルの方がもう少しキレがあったかな」
「っ! 調子に乗るなって言ってんだろうがぁ! 天叢雲流––––––小夜時雨––––––」
そう唱えると、霧雨の動きがピタッと止まると同時に一瞬にして鋭利状のものへと変化し、全ての矛先が俺へと向けられている。
「死ねぇ!」
「––––––絶対防御––––––」
キンっキンっキンっ––––––。
全ての攻撃が張られたバリアによって弾かれる。
「くっ。むかつくな~そのバリア……」
「俺の前では全ての物理攻撃は無力だ」
「なら、壊すまででしょ……。––––––ふんっ!」
水使いの男性は剣を何度も当てにくる。
いくらバリアとはいえ、攻撃を与え続ければいずれは壊れると踏んだのだろう。
だがそれは甘い考えだ。
俺の絶対防御が破れた事は一度もない。
単に戦闘経験が少ないというのもあるが、あの師匠ですら破れなかった。
対峙して肌で分かった事だがこの青薔薇は師匠より遥かに力は劣る。
それはつまり、この人達に俺の絶対防御を破る事は不可能ということ。
「もうやめるんだ。このまま続けてもお前達に勝ち目はない」
「……はぁ? 随分と上から目線だね~。何? もしかして限界が来ているとか?」
「俺はまだ戦える。それは分かるだろう?」
「……だから?」
「もう戦いはやめよう。お前達が本当は––––––!」
急に場の気温が一気に下がる。
肌は鳥肌が立ち、あまりの寒さに体が思わず震えてしまっている。
そして何より気になるのが……。
「冷気……?」
「ったく遅いよ、ヒョウち~ん」
(この冷気……ヤバイな)
「すまない。でもこれで終わりだ。–––––絶対氷結––––––」
地面から大気中、あらゆる場所で気体や物体が凍らされていく。
森も、飛んでいる鳥達も、全てが凍らされていく。
張っていたバリアも覆うように氷の膜が作られていき、俺自身もといった先端の部分から氷漬けにされていくのが分かる。
「冷たいな……」
俺は絶対防御を解除し、氷の術者であるヒョウの元まで駆け寄る。
ヒョウの居場所は魔力の感知により特定している。
そして急がなければならない。この氷漬けの進行はおそらく術者の魔力が込められ続けられている事にある。
それを止めない限り、俺の体は氷化してしまう。
そうなれば死んだのも同然。
「悪いけど行かせないよ」
「邪魔だ。どいてくれ」
「ゴホォッ!」
俺の行き先を阻もうとスイデンが立ち塞がるが、俺は加速のギアを上げ素早い打撃を溝部分に目掛けて喰らわし、吹っ飛ばす。
そして森の中にいるヒョウを見つけ、太い幹を跳び越えて駆け寄る。
ヒョウは武神であるメビウスの氷剣に魔力を込め続けているのが分かった。
「やはり気付かれたか」
「それだけ魔力が込められていたら気配で分かる」
俺は跳び越えた勢いのまま蹴りをヒョウにかまそうとする。
だが距離があった為、それはあっさりと後方に避けられる。
ヒョウ剣に魔力を込めたまま、俺から遠ざけようと逃げる。
「––––––アイスマシンガン––––––」
無数の氷の礫が飛んでき、俺の行き先を阻む。
俺は絶対防御で全てを弾く。
ここは森の中でもある為、弾かれたアイスマシンガンはあちこちで衝撃を起こし、その衝撃で冷気にも煙にも見れるものが生じた。
それがかえってヒョウの視界を遮り、見失う事に繋がってしまう。
だが魔力は感じる。
姿を見失いはしたが、魔力の感じる方向に行けばヒョウを見つけ出す事は容易い。
俺の氷漬けは既に肘や膝の部分まで到達している。
「急がないとな」
すると、後方から先程の衝撃で崩れた氷の塊が意思を持っているかのように動き出し、俺に目掛けて迫ってきた。
俺は魔力の温存の為にそれらを拳で砕いていく。
砕いた際に透明の糸が繋がっていた事を発見。
そこから推測するに傀儡使いの小柄な少女、オペネットである事が分かる。
「悪いな。今はお前に構っている暇はないんだ」
それだけ言い残し、俺は直ぐに立ち去ろうとする。
「ま、待つのぉ!」
遠くから聞こえてきたやけに張った声。
緊張しているのか、恐怖を感じているのか、声の芯にはどこか震えているかのように感じる。
姿を現す事はないが、その声は確かにオペネットである事は分かった。
「い、行かせない、の!」
「悪いが時間がない。俺は先に行かせてもらう」
今はヒョウを追い絶対氷結を止めなければ。
俺はオペネットの相手をせず、先に向かう。
「あっ、こら待つのぉ!」
後方でジタバタしている姿が容易に想像つく。
だが進んでいると、凍らされている木や枝、落ちている石や刃物などが先程同様に、各々で意思を持っているかのように宙を浮きながら阻み、俺がターゲットであるかのように迫ってくる。
物的に大した傷を負うような事はないだろうが数が多すぎる。
全てを破壊したとしても、今度はまた別の物が阻む。時間稼ぎには打ってつけの芸当だ。
この時間稼ぎとも言える行動はやはりヒョウの絶対氷結でとどめを刺そうという魂胆が見える。
この先をスムーズに進んでいくには、先ずはこの術者であるオペネットを片付けるのが先決だろう。
俺は走っていた足をピタッと止める。
「の!?」
ぼふっ––––––。
俺の背中に凹凸のある何かが当たる。
後ろを振り返ればオペネットが顔を蹲る姿が。
そして木から落ちないようにする為か、俺の体にぎゅ~っとしがみ付いている。
程なくして、オペネットは顔を上げ文句を垂れる。
「きゅ、急に止まらないで欲しいの! おかげでぶつかったの!」
「いや、そう言われても……。てかさっき、お前も待てって言ったろ」
「そうだけど急に止まると危ないの! 止まるなら止まりますぐらい言えなの!」
「す、すみません……」
なんだこの緊張感が抜けるやり取りは……。
オペネットは未だに俺にしがみついたままだが、触れる事なく切り出す事に。
「お前だな。さっきから俺の行き先を妨害しているのは」
「そ、そうだったらなんなの!」
「ここでお前を倒さなければならない」
「のぉ!」
「ノー? 嫌ってことか? なら先を通らせてくれ。俺はヒョウを止めなければならない」
俺は氷漬けにされている腕や足を見せる。
さっきから気になるが、氷の浸食スピードがかなり落ちている。
ヒョウに何かあったのか? それとも距離が開けば効力が薄まるとか? 当然考えても分かる事ではない。
「……そ、それは……っ」
「俺はお前達を悪いやつだとは思っていない」
「!」
「戦っていてなんか違和感を感じていたんだ。俺達を殺すと言っている割には殺意がないというか、乗り気じゃないというか……まぁそんな感じだ」
「……そういうの、分かるの?」
「確信はないんだけどな」
あははと苦笑いを見せる俺。
その時、俺にしがみついているオペネットの力が強まる事に気付く。
「……その通り、なの」
「え?」
「カイの言う通りなの。みんな、本当はこんな事したくないの……」
「……進みながら聞かせてくれるか?」
「……うん」
オペネットは悲しそうに一つ頷く。
どうやら俺の足止めをする気はなさそうだ。
その証拠に宙に浮いていた障害物は意識を失ったかのように落ちていった。
「じゃあ行くぞ。––––––ほれ」
「の!?」
俺は腰を下ろし、おんぶの体勢を取る。
「い、いやなの! 恥ずかしいの!」
「嫌なら別にいいんだけど、俺のスピードについてこれるか?」
「…………おんぶしてほしいのっ」
「はいよ」
オペネットは顔も真っ赤にし、羞恥に悩まされながらも俺の背中にゆっくりと乗り始める。
小さな両手を俺の首の前で繋ぎ、しっかり固定された事を確認してから俺は背中に乗ったオペネットごと立ち上がる。
氷の部分で支えるのは冷たいだろうから、上腕二頭筋辺りで支える事に。
オペネットは見た目通りの軽さで難なく持ち上がった。
まるで幼稚園児を持ち上げているかのようだ。
「ちょっと飛ばすからしっかり掴まっておけよ」
「はいなの」
オペネットが再度両手に力を入れ直したのを確認してから俺はかっ飛ばした。
★
「なるほど。そんな事があったのか」
「そうなの……」
俺はオペネットから青薔薇の事情を聞きながらヒョウを追っている。
気付けば氷の進行がほぼ止まっている疑問も抜けないが、今は青薔薇の事情を聞いて胸糞悪く、それどころではなかった。
「んじゃ、そいつをなんとかすればいいってわけだな?」
「そうだけど、それは難しいの」
「王様だからか?」
「……うん」
「まぁ、国が国だからな。いくら庶民が抗議したところで痛くも痒くもないだろうな」
俺はそいつを何とかしなければならない問題が増えてしまうが、今はそれよりもヒョウを止める事に思考をシフトする。
「カイ」
「なんだ?」
「お願いなの。二人を殺さないでほしいの」
「殺すなんては微塵も思ってないよ」
「ホントなの?」
「ああ、本当だ。俺だって出来れば戦いたくなんてない。俺は幼い頃に大事な家族を失っているから、誰かの命を奪う真似はしたくない」
「……そう、だったの」
オペネットは俺の過去に追求するような事はしない。
それは俺の感じからして触れるべきではないと思ったのだろう。
過去に家族を失った、それだけで十分な情報だった。
「でも、カイはたまに殺気を感じるの」
「えっ、俺が?」
「うん。アリルって人が襲われた時、カイは殺気溢れていたの」
「え、うそ!? そんなつもりはないんだけど」
「……アリルって子が……好き、なの?」
「ああ。好きだよ」
「ののぉッ!?」
「アリルは強いし、優しいし、何より目標に向かって頑張り続けている。いくら努力しても相手に追いつけないと感じていながらもね。俺はそんな負けず嫌いな人は結構好きなんだ」
「……なんか違うの」
「えっ?」
オペネットはやや不満げに頬を膨らませている。
「恋人……恋人としてどうなのっ?」
「恋人……? ははっ、考えた事もないなー。俺なんかじゃアリルに釣り合えるとは思えないし」
オペネットの口からは安堵の息が。
「そういうオペネットは好きな人がいるのか?」
「い、いいいい、いないの!」
「なんだ、いないのか」
「やっぱいるの!」
「ええ!? 何その切り返し!」
「うるさいの! こっち向かないでほしいの!」
べしべしと頭を叩いてくるので素直に顔を戻す。
「なんか体が熱く感じるんだが、大丈夫か?」
「だ、大丈夫なの! 気温が暑いからなの!」
今この場所はヒョウによって氷の一面化としている為、空気はひんやりとして寒い方なんだけどな。
「そうか。体調が悪かったら言えよ?」
「はい、なの」
(カイは自分の事よりもオペの事を心配してくれてるの。あれだけカイに敵意を向けたというのにどうしてそんなに優しいの? もう分からないのっ)
オペネットはぎくしゃくした気持ちをぶつけるかのようにカイの背中に顔を埋める。
(良い香り、なの)
「そうだ。オペネット」
「はいなの!!」
ガバッと勢いよく顔を上げるオペネット。
「俺は今回の戦いで、これ以上相手を傷つけないで収めたい。そこで俺に協力してくれないか?」
「協力? 一体どんななの?」
「それはな––––––」
★
ヒョウを追い続けて十分弱経った頃、ようやくヒョウに追い付く。
森から抜けたそこは最初の位置とは横にズレた広々とした、小さいものから大きいものまである岩が目立つん場所。
足元も草原だった所から岩の地面へとステージチェンジとなる。
「速いな……––––––オペ!?」
「ヒョウ、助けてほしいの!」
「悪いな。お前の仲間は捕らえさせてもらった」
ヒョウの前の前に現れた俺は絶賛悪役演技中である為、口調を少々変えている。
隣には糸で縛られたオペネットを立たせている。
「テメェ……! よくもオペネットを……っ!」
ヒョウの顔にはクールなイメージには合わない、怒りによる熱が吹き上がっていた。
「俺達は治安を守る防衛隊だ。それを脅かす者を捕らえることは至極当たり前の事だと思うが。違うか?」
「……っ。少しでも信じた俺が馬鹿だった」
「信じる? 一体何を信じたっていうんだ。まさか俺達の事、なんて言わないよな?」
「……もういい。お前は殺す」
「随分と強気だな。だが状況をよく見てみろ。こっちには人質がいるんだぞ?」
「くっ」
「先ずは絶対氷結とやらを解け。そうすればこいつは返してやる」
「ちっ!」
ヒョウは剣に宿っていた魔力を全て取り除き、絶対氷結を止めた。
確かに氷の浸食は止まっている。
「さあ、止めたぞ。オペは返してもらうか」
「まだだ。氷の浸食は止めたが、氷そのものから解放されていない」
俺の腕と足の前部分は氷漬けにされたまま。
「……お前ならそれぐらい壊せるだろ」
「生憎と手足が凍ってしまっているからな。互いがぶつかり合えば傷を負いかねない」
「……じゃあ、俺は無傷のまま解放させてやればいいというわけだな?」
「いや、それはいい。代わりに『あるもの』をいただく」
「あるもの、だと?」
「この女をいただく」
「なっ!」
「こいつの能力は中々興味深いものでな。だから代わりにいただくぞ」
「ふざけるなあ! そんなの取引にならねぇ……」
「そうか? 俺は体の一部が氷になっているのだぞ? しかも手足をな。それに比べたら他人の一人ぐらい割に合っていると思うがな。あ、介護用としてもいいな」
俺はオペネットの頭を撫でる。
それに対し嫌がる素振りというより、恋する乙女かのように固まってしまう。
「……だめだ。オペは渡せねぇ」
「そうか。ならチャンスをやろう」
「チャンスだと?」
俺が次の話をしだそうとする時、予想としていた人物が現れた。
「ハァ、ハァ……。見つけたぞ」
肩で息をしながら現れたのはスイデン。
あの程度の攻撃でくたばるはずもないよな。
俺を止めに探しに来たのだろう。ここの場所が分かったのはヒョウの魔力を感知したからか。
俺がオペネットの隣に立っている事に困惑している様子。
「……あのさ~、これってもしかして人質?」
誰に向けて言ったのか分からない問いかけにヒョウが応えてくれた。
「そうだ。今人質を解放してもらう取引きを話しているところだ」
「ふ~ん……。随分と汚い手を使うんだね~」
「三対一で仕掛けてくるお前達の方がよっぽど汚いと思うけどな」
正論の言葉にスイデンは眉を寄せしかめっ面を見せる。
「……で? これから何を話そうとしていたわけ?」
「互いの交換条件が合わなかったのでな。新たに条件を提示しようとしていた」
スイデンはオペネットを一瞥した後、状況を理解する。
「……新たな条件って?」
「俺の絶対防御をお前達二人で破って見せろ。俺はここから一歩も動かないしそれ以外に何もしない。制限時間も問わない。お前達の魔力が空になるまでがタイムリミットだ。悪くない話だろ?」
要は二人の魔力が使い切るまでに俺の絶対防御を破って見せろという話。
これはいわば一方的に俺が攻撃を喰らう役目になるという事。
相手はただひたすらに俺の絶対防御を破る為の攻撃を繰り出していけばいい。
だが二人の反応はやや硬直気味だ。
それはこれまで自分達の攻撃が一度も通った事がない体験からくる不安なのだろう。
「どうした? 二人がかりでも俺に勝てないのか?」
軽く挑発してみる。
「そんな挑発に僕達が乗るとでも––––––」
「いいだろう」
「ヒョウちん!?」
「スイデン、お前の言いたい事も分かる。あいつの言う事を100%信じるのは危険だし、素直にオペを渡すとは思えない」
「じゃあなんで!」
「どのみち、あいつを倒すには『あの絶対防御』を破らないといけない。戦いながらあれを破るのは正直難しい。あいつは戦闘スキルも中々だからな。だから今回ばかりはあいつの案に乗っておく方が可能性として高いだろう」
「……ヒョウちんがそう言うなら」
「ありがとう」
「礼を言うのはあいつを倒してからにしてくれない?」
「……そうだな」
二人の目には強い意志の炎が宿っていた。
「決まりだな。もし俺が勝てばこの女は貰っていく」
「約束しろ。俺達が勝ったらオペは返すとな」
「ああ。もちろんだ。男の勝負に嘘などつかん」
ヒョウとスイデンは手にしている武器を握り直す。
「ヒョウちん、何か作戦とかあったりするの?」
「いや、ない。俺なりにあいつの弱点を探ってみたんだが何一つ見つからなかった。バケモンだよ、あいつは……」
「まぁ、確かにね。でも、何かしらあるはずでしょ?」
「ああ。どんな魔術にも必ず弱点があるはず。だが今はこれといったのは見つからない……」
「じゃあやる事は、一つしかないね~。しかも一回のチャンス」
「……ああ。変に魔力を無駄遣いするよりは大きな一発にかけた方がいい」
二人が話し合っているのをカイは黙って見守っている。
それはいつでもどうぞという強者の余裕という風に見て取れる。
「作戦は決まったか? こっちはいつでも準備は出来てるぜ?」
「ああ。待たせたな。決着をつけようか」
「ああ、いいぜ。来いよ。––––––絶対防御––––––」
俺は右手を前に突き出し、俺とオペネットを包むバリアを展開させる。
「スイデン」
「あいよ。––––––水神・大爆流––––––」
スイデンが地面に剣を突き刺し、両手を合わせる。
すると海水全体が一つの螺旋状になり上空へと伸びていく。
巨大なそれはドリル状で雲を平気で貫通していく。
「––––––絶対氷結––––––」
そのドリル全体を冷気が覆う。
どうやら海水で出来たドリルを凍らせていると思われる。
冷気によって姿はぼんやりとしか視認できなくなってしまうが、巨大なシルエットからはびりびりと迫力が伝わってくる。
形状が整うと濃い冷気は収まり、造形過程は事を終えたようだ。
「……まさか『共有魔法』を使ってくるなんてな」
「共有魔法?」
オペネットが首を傾げて聞いてくるので答える。
「ああ。自分と他の人の魔力が合わさる事で成し遂げられるSランク難易度の技だ。言葉だけ聞くと簡単そうに見えるが、実際はかなり難しい。魔力のパワーバランス、タイミング、コントロール、これらの波長がぴったり合わないと共有魔法が成功する事はない」
少しでも波長が乱れれば魔力が反発し合い、失敗に終わってしまう。
「それはすごいの!」
「すごいってもんじゃないよ。よっぽど絆が深くて相手を信じる事ができないと不可能な技だ」
だとしたら……この二人は天才だ。
共有魔法をこんな規模まで披露してしまうなど信じられない。
それだけ二人の間には強い絆が結ばれおり、互いを信じているんだ。
「どっちが強いか」
アリルや師匠でも通用しなかった俺の絶対防御。
じゃあ––––––共有魔法が相手なら、どうなる?
完成した巨大なドリルは天を突き破るほどの大きさまでに造形された。
周りには冷気が宿っており、まるでオーラのように見える。
「「行くぞ、カイ!!」」
「来い!! お前達の全てを俺にぶつけてみろ!!」
ヒョウとスイデンは手に魔力を込め、同時にドリルを押し出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
雲の高さにも昇る場所から物凄いスピードで迫ってくる巨大な氷のドリル。
その迫力に思わずたじろいでしまいそうだ。
隣のオペネットもふるふると体を震わせており、迫ってくるドリルに恐怖を感じてしまっている。
もし俺の絶対防御が破れるような事があれば、俺は確実に死ぬ事になるからだろう。
全く。人に心配されるようじゃ俺もまだまだだな。
俺はオペネットの頭にポンっと左手を置く。
「大丈夫だ。俺が守ってみせる」
自分も、オペネットも、青薔薇も。
俺は『左手も』前に突き出す。
「––––––絶対防御・二重––––––」
一枚のバリアに更にもう一枚のバリが重なる。
「あいつ、まだあんな力を隠してやがったのか!」
「気にするな! どのみちこれで終わりだ!」
氷のドリルとバリアが衝突する。
俺達を中心に爆風が発生し周囲の森は簡単に吹き飛んでしまっている。
ガガガッと高い音が響くなか、俺達は接戦をしていた。
氷のドリルは徐々に先端が削れ、バリアの術者である俺の手にもビリビリと重い振動が伝わってきていた。
しかしおかしい。
氷のドリルは着実に削れているはずなのに、一向に小さくなる気配がない。
「これは……!」
俺は気づいた。これは『氷』なんかじゃなく『霙(みぞれ)』であることに。
削られていった霙は修復するかのごとく、次々と造形されていくのが分かる。
「マジか……」
「気付いたか。この技はいくら削られても再生していく『螺旋霙(らせんみぞれ)』だ。お前の絶対防御が破れるまでは負ける事はねぇ!」
後は時間の問題と言わんばかりに二人は勝利を確信していた。
「悪いな。こっちも負けるわけにはいかないんだ」
「強がるな! こっちは二対一だ! お前一人では俺達に勝つ事なんて出来やしねぇんだよ!」
「心外だな。二対一? 俺は『一人』じゃない」
「何を言って––––––!?」
二人は目を見開いて驚く。
それは俺に対してではなく、オペネットに対してだ。
オペネットは俺の背中に両手を当て、魔力を与えてくれているのだ。
糸で縛られていたというのは見せかけで本当は縛られていない。
ただそうした方が人質っぽく演出出来、よりリアリティが増すという事でそうしただけ。
それにあの糸はオペネットが武神で扱う糸である為、いつでも解除をする事が出来るのだ。
「オペ、どういうつもりだ!?」
「ッ!」
仲間から怒鳴られ、反射的に体がビクッとなるオペネット。
オペネットは俺に目を向け、言っていいのか確認してくる。
俺はそれをアイコンタクトでウント頷く。
「オ、オペは、いやなの!」
震え声ながらもオペは腹の底から声を出す努力をしている。
「もう、みんなが悲しむのはいやなの!!」
「オぺ……」
「カイには全部話したの」
「!! お前、そんな事したら––––––」
「分かってるの! でも……今のままじゃ誰も救われないのっ」
「っ!」
ドリルの威力が増したのを感じる。
「カイはオペ達を、コルド王国を救ってみせると約束してくれたの! だから––––––」
「黙れええええええッッッ!!」
「ッ!!」
更にドリルの威力が増す。
「そんなの戯言だ! 『あいつ』に逆らえばどうなるかお前も知っているだろオペネットォ!!」
怒りの感情に囚われてしまって呼び捨てになっている事に気付かないヒョウ。
ドリルの威力はこれまでとは比にならないほど威力が増しており、少しでも気を緩めたら突破されてしまいそうだ。
「俺達がこの国で生き抜いていくにはあいつに従うしかないんだよ! お前は『あの』地獄の生活に戻りたいのか!?」
「それはいやなの!」
「だったらあいつに従しかない、従うしかないんだよ! お前のやっている事はあいつを、俺達を裏切っている事になるんだぞ!」
「……で、でもっ……!」
オペネットは堪えきれなかったのか、遂に涙を溢してしまう。
背中を通じて伝わってきたのは、勇気を振り絞って気持ちを伝えた少女の悔しさだった。
「弱いんだな。お前達」
冷徹で、冷酷な声を出してしまう俺。
そこにはオペネットの想いも含まれていた。
「弱いだと?」
「いや、弱いを通り越して臆病者とでも言っておこうか」
「なんだと……!?」
「お前らは所詮上からの言いなりでしか動けない臆病者だ」
「ぐっ。テ、テメェに俺達の何が分かるっていうんだ!」
「分からないさ。お前達の気持ちなんて。知った風になるつもりもない」
「だったら黙ってろよ! 関係ねえ奴が俺達の事情に突っ込んくるんじゃねえ!」
「悪いが関係はある。なんせ『青薔薇の少女と手を組んでしまっているから』ね」
「ッ!」
本当に少しずつだが、ドリルの修復が間に合っていない事に気が付く。
どうやら二人の魔力も底を尽きようとしているようだ。
「お前達の『本当のリーダー』が何故お前達を庇って死に、何を託したのか。それを考えた事はあるのか?」
「黙れ……っ」
「オペネットがどうして『こちら側』に付いているのか分かるか?」
「黙れっていってんだろ……!」
「お前達は自分の気持ちと真剣に向き合った事はあるのか!?」
「黙れええええええええ!!」
最後の気力を振り絞るかのように叫ぶヒョウ。
ドリルの勢いと威力もこれまでにないほど増していく。
それだけ過去に強い負の感情が纏まりついているのが分かる。
強い感情が引き金となって、二人の心の底に抑えていた気持ちが今思いっきりぶつけられているんだ。
それでいい。お前達のこれまでの怒り、憎しみ、悲しみを全て俺にぶつけてこい。
二人は本当に強い。それはお世辞なんかじゃなく心からそう思える。
だがそれは『真の強さ』ではない。
今彼らは、自分達は『何の為に戦っているのか』、それすら疑問に思ってしまっている。
『俺達』のように、『守りたいものを守る為』に戦っているのとは違う。
––––––パキンっ。
そのブレない心から想う強い気持ちが、俺達に勝利をもたらした。
★
二人の大技、『螺旋霙』が敗れた。
今はもうドリルの形状はなく、固まっていた霙も果てしなく飛び散った。
二人は魔力を使い果たしたのか、仰向けになって動けないでいる。
身体中には服越しに大量の汗を滲みませ、乱れた呼吸を落ちかせようと苦しそうに呼吸を繰り返していた。
俺はバリアを引っ込める。
「勝った……の」
「おっと」
オペネットも俺に魔力を与え続けていたせいで、疲弊してしまったそうだ。
フッと全身の力が抜けたかのように倒れそうになったところを背中に手を回して支える。
「お疲れ様、オペネット。俺達の勝利だぞ」
「良かった、の」
本当の勝利、とは言い難い。
もし二人が『本気』であったのならば、結果はまた違ったのかもしれないから。
「歩けそうか?」
「……おんぶしてほしいの」
「分かった」
俺は全身の力が抜けきったオペネットを背中に乗せおんぶを実行。
そのまま二人の元まで歩いていく事に。
最初に声を発したのはスイデン。
「あー……負けちゃったね。ヒョウちん」
「ああ。でも不思議と、今は気分がいい」
二人の顔は吹っ切れたようにどこか満足している様子だ。
さっき俺に対して思い残す事なく全てをぶつけたからだろう。
これが俺の狙いだった。
ここに来る前、オペネットと二人きりの時に頼んだ内容。
それはオペネットに人質を演じてもらい、青薔薇の過去を持ち出して相手からの怒りを買い、それまでの感情を全て俺にぶつけるという作戦だった。
その為に俺はこのような勝負を持ち出した。
オペネットは傷つき合うのを嫌っていた為、それを解決できる方法がこれだったのだ。
二人は連携が上手く取れている事から仲間想いである事は簡単に予想付くので、人質を取っている俺の案には乗ってくると踏んでいた。
後は敵の魔力が尽きるまで絶対防御で封じ込めば自ずと自滅してくれる為、俺はそれまで守り続ければいいだけなのだ。
勿論それだけの自信があるからこその案。
しかし相手が共有魔法を使ってくる事は想定していなかった為、その時は不安もあったがオペネットの協力もあって無事に済んだのが幸い。
絶対防御の更に上の絶対防御・二重でさせ余裕に感じる威力ではなかった。
それだけ共有魔法の威力は想像を絶するほどに恐ろしいという事。
まぁ、それを成功させてしまう二人のセンスが一番恐ろしいのだけど……。
そういう天才が世の中にいてもおかしくないのかもな。
「俺達の負けだ、カイ」
「どうやら、そうみたいだね」
もう悪役を演じる必要はない。いつも通りの口調と態度に戻す。あれ結構恥ずかしいんだからな?
「約束通り、オペはお前のものだ」
「あー、いや、あれは演技するうえでの嘘だ。オペネットを貰うつもりはない」
「……そう、なのか? そっかぁ。良かった」
安堵の息を吐くヒョウ。隣のスイデンは何か言いたげそうだ。
「僕はてっきりカイがロリコンだと思って襲ったのかと思ったんだけどね~」
俺は思わず吹き出してしまう。
「何を言い出すかと思えば、そんなわけないだろ!」
「だってカイ、オペの頭を撫でてる時鼻の下伸ばしてたし~」
「伸ばしてねーよ! 見間違いだろ!?」
「い~や、伸びてたね。あれは伸びてたわ。後縛りプレイをさせたのもカイの思いつきでしょ?」
「ち、違うっ! あれは作戦の成功率を高める為にだな––––––」
「……カイ、エッチなの……」
「だから違うんだってばああああああ!!」
四人の場に笑いが込み上がる。
ああ、今はいじられてしまっているが気分はいい。
敵だった関係も、今はこうして笑い合う事が出来る。
これが防衛隊としての役目なんだなと肌で実感もした。
でも、まだ本当の意味で解決したわけじゃない。
コルド王国が窃盗被害に悩まされているのも、俺達が青薔薇に狙われていたのかも、このような戦いが強いられた事も全部『ハーゲスの指示』だったという。
それは嘘なんかではない。さっきの戦いから見て三人の本気は真実を物語っている。
青薔薇の事情は全てオペネットから聞いている為、詳細を聞く手間は省けた。
後はハーゲスを何とかするという問題を解決しなければならないのだが、俺はそれとは別に二人に聞かなければならない事があった。
「そういえば、アリルの事なんだけど」
「……ああ、そうだった。お前はミラーワールドに行く方法を知りたがっていたな」
俺はコクリと頷く。
「悪いが、冗談抜きであっちの世界に行く方法はない。術者であるミラが術を解くか、アリルって奴がミラに勝つかの二択だ」
「っ……。そうか」
「状況が状況だ。俺達もこの事をミラに伝えてやりたいが方法がない」
「……今更だが、ミラはアリルをどうする気でいる?」
「気の毒だがミラも俺達のようにハーゲスの言いなりになっている。だから十中八九……」
「殺す気でいる、という事だな?」
「……ああ。しかもミラーワールドはミラが支配する世界だ。あの世界においてミラが有利になるのは確実だろうな」
「…………」
俺達に出来る事はただ無事に戻ってくる事を祈るだけという事か。
俺の方は三対一という不利な状況に陥ったものの、オペネットという新たな味方が付いてくれた事により上手く事を成せたというのがある。
しかしアリルの方は一対一。
誰も味方につく事がない状況なので、本当の意味で実力同士の戦いになる。
俺達からはミラーワールドで何が起こっているのか見る事が出来ない為、祈る事しか出来ない。
自分の事以上に不安に駆られるこの気持ちは、きっとアリルが100%勝つと言い切れない部分があるからかもしれない。
ミラの能力は未知数だし、ヒョウの言う通りミラーワールドの術者が有利になる事は明白だからだ。
ヒョウが『あの世界に連れて行かれた奴は全員終わりだ』と言っていのも頷ける。
俺は船に乗る前に告げられたプロラさんの言葉が思い浮かぶ。
『カイ、よろしくね』
アリルの事を任された俺だが、今は何も出来ないでいる。
自分にできる事は本当に何もないのかと考えてみるがやはり何もなく、祈りをする事だけだった。
(アリル、お前はこんなところで終わるような奴じゃないよな? プロラさんを越えたいんだったらこんなところでくたばっている場合じゃないぞ。絶対に生きて帰って来い!)
俺は拳を強く握りながらアリルに向けて祈りの言葉を向けるのであった。
★
ミラーワールドに連れてかれた私は目を覚ます。
「ここは……?」
気が付けばそこは三百六十度どこ見ても鏡しか映らない不思議な世界。
鏡に映るのは当然私一人しかいないのでどの鏡を見てもそこに映し出されるのは私だけ。
鏡しかないこの世界は窮屈でもなく広くもない、いわば闘技場ぐらいの大きさだった。
鏡の間に一ミリの隙間もなく囲まれたこの世界に立つ私は完全に敵の術にハマってしまっている事を実感する。
「ミラ、いるんでしょ? 出てきたらどうですか?」
この逃げ場のない世界を一人で傍観していても仕方がない。
私をここに閉じ込めるのが目的というのも考えられるが、ミラが青薔薇の人であれば防衛隊の私を殺しにくるはずだから。
「ようこそ、私の世界へ」
聞き覚えのある声が術者による為か反響して聞こえてくる。
それでも声だけで、ミラの姿が現れる事はない。
「ミラ、どこにいるのですか?」
私は周囲を見渡す。
しかし何処にもミラの姿は見当たらない。
「ふふ。さて、どこにいるんだろうね」
「……あなたのお遊びに付き合っている場合ではありません。やるならやるで、早くきたらどうですか?」
「へ~。随分とやる気満々だね。でもさっき言ったよね? ここは私の世界って。このままずっとあなたを閉じ込めたままでもいいんだよ?」
「っ」
ミラの言う事はごもっともだ。
私がいくら挑発を掛けようともミラがその気でないのならこのまま時間だけが過ぎて行く戦法も取れる。
でもそれはミラも同じ事なので本人も前向きではないはずだ。
それなら––––––。
「来ないのなら、この世界を壊させていただきます。––––––星の煌めき––––––」
アリルの剣に光が帯び、小さな星屑達が現れ始纏まり付いていく。
そして剣を振り払い、鏡に向けて無数の星屑を散らばせる。
狙いはこの世界を崩壊させるかの如く、鏡を全て壊す事。
パリンッパリンッパリンッ––––––。
星屑が当たった鏡は脆く儚く割れていく。
この調子で行けば鏡を全て壊すのも容易である事だろう。
「ッ!!」
「折角招待してあげたのに困るな~」
私の両ふくらはぎに切られた痛みが走る。
痛みに対し反射的に見てみると鋭利なもので綺麗に真っ直ぐ切られていた。
「くぅぅ……っ!」
そこまで深くない傷ではあるが、立っているのが辛く四つん這いの体勢をとってしまう。
(この傷、いつの間に……?)
この世界には私とミラしかいないはずだから、この傷はミラが付けたもの。
しかし傷を付けられるまではミラの気配は感じなかった。
「一体どこに……?」
キョロキョロと辺りを見渡すがミラの姿はない。
「ハァ!」
私は傷の痛みに耐えながら立ち上がり、もう一度星屑を使って鏡を壊そうとする。
「困るって言ってるんだけど?」
「!」
いつの間にか背後に立つミラ。
(なっ!)
あまりのおぞましさに剣を反射的に振る。
「おっと」
キンっ––––––。
アリルとミラの剣が交差する。
「ふふ。一体いつ現れたのって言いたそうだね」
「……どうしてこのような事をするのですか」
「それ、今更聞いてどうするの?」
「答えてください!」
「いやだ、って言ったら?」
「……内容次第では、あなたに制裁を加えなければなりません」
「……プッ。あっはははは!」
「…………なにが可笑しいのですか?」
「いやーごめん。アリルが面白い事を言い出すからさ」
「何も可笑しい事など言っていません!」
アリルが剣を払い、ミラと一定の距離を保つ形に。
「いいや可笑しいよ。だって私より弱いのにどうやって制裁を加えるっていうの?」
「私が、弱いですって……?」
弱い、という単語が癇に障り怒気になってしまうアリル。
「ええ、そうよ。街で住人から襲われた時の事覚えてる? あの時ほとんどカイに庇われていたのを知っているんだから」
「……」
「さっきの奇襲だってそう。カイは見事に力技で突破したけど、アリルは何もできずにカイに守れていた。あの時アリルが弱いから大事な仲間であるカイを傷つける事になったんじゃないの?」
「っ!」
「自分がどれだけ弱いか気付いた? そんなんじゃ目標であるお姉さんも大したことなさそうね」
「––––––!!」
頭にピリッと電流が流れたのを感じた。
「姉さんを馬鹿にしないで下さい……」
声に出したそれは怒りの影響か、思った以上にトーンが低かった。
「私の事はともかく、姉さんの事を悪く言うのは許しませんよ!」
私はミラに剣先を向ける。
「おーこわい。そんなに怒らないでよ~。ちゃんと謝るから」
ミラは余裕な雰囲気でへらへらと笑いながら言うと、武神の天照御魂(あまてるみたま)をお腹の前に宙を浮かせながら出現させる。
「この子に勝てれば、だけどね? ––––––八咫鏡(やたのかがみ)––––––」
ミラの武神である鏡が光輝く。
私はその眩しさに腕で目を覆う。
程なくして光の輝きは収まった。
私は何が起こったのか確認しようと目を開く。
「え……?」
私は目の前の光景に自分の目を疑った。
何度も瞬きをし、目を擦り、自分は幻を見ていないか、それを確かに確認した。
夢や幻なんかではない。これは現実だ。
しかし未だに信じられない。何故なら目の前には……。
「私……?」
姿が全く同じの『アリル』がもう一人いるのだから。
★
「一体、何が?」
「ふふ。驚いた? これが八咫鏡の能力、鏡に映るもう一人を現実世界に呼び出す事が出来るの」
アリルは思い返す。
ミラが八咫鏡を使用する時、鏡にはアリルが映っていた事を。
「だから私が現れたという事ですね?」
「そうそう」
目の前にいる私は髪、顔のパーツ、服装、汚れ、ふくらはぎの傷、細かい部分の全てが一致している。
「そんな偽物で私を叩こうというわけですか。二対一の状況にするあたり、余程私に怯えているのがわかりますね」
「怯えてなんかないよ。ウチはただアリルの心が折れる瞬間を見届けたいだけだから。それに、戦うのは『この子だけ』だから」
「……あなたは参戦しないのですか?」
「二対一だったらアリルが直ぐに倒れちゃうでしょ? だからウチは高めの見物をするだけ」
「随分と舐められたものですね」
「そりゃあだって……弱いでしょ?」
「––––––キッ」
ミラのわざとらしい挑発に上手く乗せられた私はふくらはぎの傷に耐えながらも駆け寄る。
「あ、フライングだよー。まぁ、いっか。––––––『アリル、目の前の偽アリルを倒しなさい』」
「……分かりました。来て––––––織姫––––––」
「武神まで!?」
キンっ––––––。
織姫と織姫による銀剣が交差する。
「くっ」
「あなた、私にそっくりですね」
「それはあなたが私だからです」
「? あなたが私なのでは?」
相手が剣を払い、隙を作られると剣を突き刺してくるので、こちらはそれを薙ぎ払う。
カウンターを喰らった偽アリルが後ろによろけついた隙に背後に回り、突き刺そうとする。
「––––––星の煌めき––––––」
「な!」
剣で突き刺そうとしたところを無数の星屑に逆にカウンターを喰らい腕に傷を負ってしまう。
(まさか、魔術まで!?)
私は星屑から逃れようと後退して距離を保つ。
しかし星屑は逃さないと言わんばかりに容赦無く襲う動きが止まらない。
「––––––星の煌めき!––––––」
目には目を。
相手が星の煌めきで応戦するならこちらも同じ手を使うだけ。
今度は剣ではなく、星屑同士がぶつかり合う。
ぶつかり合った星屑達は爆発を引き起こした後、キラキラと無残に散っていた。
「やるねーアリル。まぁ相手が自分だから手の内は分かっちゃうか」
「……」
「だからこそ、二人の決着がどうなるか見ものだね」
私は偽物のアリルを無視し、ミラに突撃しようとする。
この偽物はミラが魔術によって生み出した実体。
なら、術者本人を倒せば自ずと消滅してくれるはずだから。
「行かせません」
「どいてください!」
自分でも焦っているのか、雑な剣を振ってしまう。
相手は私。こんな隙だらけの攻撃では好きに攻撃をしてくれと言っているようなもの。
「ぐぅっ」
だからこうして、思いっきり殴り飛ばされてしまっている。
「ゲホっ、ゴホッ!」
飛ばされた勢いで鏡に叩きつけられる。
この威力、武術も私そのものらしい。
本当に何もかもが、私だった。
「私を倒せば術を解けると思って攻撃して来たのね? それは確かに合ってるよ。でも、その前にやる事はあると思うよ」
それは分かっている。ミラに一撃を喰らわせるにはこの偽物の私を倒してからじゃないと難しい。
偽物の私はミラのボデイガードみたいなもの。
もし私が相手の立場なら指一本触れさせない。
そういった思考も私と同じだった。
「そんなわけで、二人の戦いに水を差すわけにはいかないからウチは観戦しているね。バイバーイ」
「ま、待ちなさい!」
ミラは鏡の中へとスーッと溶け込むように消えて行った。
(鏡の中に……?)
思わず辺りを見渡す。
最初に壊したであろう鏡がいつの間にか綺麗に修復されていることに気付く。
それを見て鏡には魔力が宿っており、それにより修復されている事が予想付く。
魔力はエネルギーの源。自身の術であれば修復することは造作も無い。
その分、魔力を消費してしまうが時と場合によっては修復した方が良い場面もある。
ミラにとってこの鏡は修復してでも何かメリットがあるのだと思った。
ミラが戦いに参戦しないのならそれはそれで好都合。
今は目の前の敵に集中する事が出来る。
「まずはあなたからですね。もう一人の私」
「あなたはミラの敵。ミラに手出しをするのであれば、例え誰であろうと容赦はしません」
偽物でありながらも羨ましいと感じてしまう。
もし私がミラと手を組んだら、あのような感じになるのかなぁと想像してしまう自分がいたから。
「それはこちらとて同じ事。私には待っている人がいるんですから」
最初に踏み込んだのは本物のアリル。
先ずは横に大きく振り払う。
それを相手は剣で受け止め、流してから突き刺そうとした所でしゃがみ込む。
(フェイント!?)
僅かに反応が遅れてしまった私はすね部分を切られてしまう。
傷は浅い。大丈夫。これなら機動力に影響は出ない。
一度体勢を整えようと大きく下がるが––––––。
「後ろがガラ空きですよ」
(––––––しまった!)
ザキュ––––––。
背中の広範囲に鋭利で刻まれた激痛が走る。
どうやら剣による薙ぎ払いをもろ喰らってしまったようだ。
「ぐぅぅぅぅぅッッッ」
「さすが偽物の私ですね。少しだけ体を逸らしてダメージを分散させるとは」
「ハァ、ハァ、ぐっ……!」
「でもこれで終わりです」
もう一人の私が上から剣を振り下ろし頭部分を狙ってくる。
剣で防ぐには間に合わない。ここは––––––。
パシッ––––––。
「!」
「そう簡単には……やられませんよ!」
真剣白刃取りで剣を見事に掴まえる。
これは小さい頃、姉さんと遊びで楽しんでいただけのはんちゅうでしかなかったけど、まさかここで役に立つなんて思わなかった。
それでも綺麗に成功とは言えず、僅かながら手の平からは切ってしまったであろう生々しい赤い血が流れて来ている。
相手は捕まった剣を抜こうとし、こちらは逃さないよう挟めて抑えているのでカタカタと剣から音が鳴っていた。
「さすが私です。強いですね……」
「いいえ。それは少々語弊があります。あなたが弱いだけです。私は決して強くなんてありません」
まさか偽物の私に説教染みた事を言われるなんて。
でもそうなのかもしれない。
私はあの人で、あの人は私。そこに実力の差はないから。
「同じ私同士でここまで差が明確なのは戦い方にあるでしょう。偽物のあなたは少々戦い方に粗が目立ちます。そこを突けばあなたに勝つ事はそう難しくありません。まぁ、私もあなたなのですけどね」
自分が自分に説教される事はなんとも不思議な感覚。
でも言っている事は全て心に突き刺さる。
自分の事は自分がよく理解している。だから偽物自身も理解しているのだと思う。
「折角ですからあなたに足りないものを教えてあげます。あなたは私ですから。これは自分に対して言い聞かせているつもりでもあります」
屈辱的な事に、偽物の私から私が足りないものをご教示してくれるそうだ。
「あなたに足りないもの。それは––––––『大切な何かを守る想い』です」
「……想い?」
「そうです。あなたにはそれが欠けています」
「そんな事……っ」
「あるのですよ。私には感じます。あなたは偽物とはいえ、私そっくりですからね」
「……」
「今のあなたは『空っぽ』です。何の為に剣を振り、何の為に生きているのか。それすら忘れてしまっています。いえ、最初から自分ですらよく分かっていないのでしょう」
「そんな事ありません! 私は姉さんを超える為に––––––」
「姉さんを超えたら、その先に何があるというのですか?」
「何って……それは……」
「答えが出ないのも無理はありません。『さっきまで』は私も同じでしたから」
「……同じ?」
「ええ。私には『守るべき大切な人』がいますから」
「––––––」
偽物の私は、それがなんなのかを口にする事はなかった。
でも私は直ぐにそれがなんなのかを理解する事ができた。できてしまった。
偽物の私は『ミラの為』に剣を振っている。
それは偽物の私にとってミラは大切な人だから。
それを敵である私から守る為に、こうして本気で戦っているんだ。
そこに雑念や迷いはない。
攻撃一つ一つに力強い想いが込められている。
剣を交えた時、手がじんじんと響いたのは彼女の強い想いによるもの。
それに比べ、ただ剣を振っているだけの私にはそれほどの想いは伝わらない事なのでしょう。
だって、なんの為に剣を振っているのか分からないでいたのですから。
相手に勝つ為、それも立派な理由の一つでしょう。
でも、もっと大事な想いが底にあったのではないでしょうか。
家族や仲間、友人、そしてカイ君。
みんな私の大切な人達。私の帰りを待つ場所が確かにそこにある。
その人達を守る為に、自分自身を守る為に、私は剣を振らないといけなかった。
全く、本家の私が偽物に説教をされるなんて柄に合いませんね。
でもありがとうございます。もう一人の私。
あなたのおかげで、私は更に強くなれそうです。
「!」
私は剣を挟んだまま相手の剣を持つ手に蹴りを入れる。
ダメージによって反射的に緩んだその隙をついて、腕を引き顔に渾身の一撃を喰らわせる。
「––––––ッッッ」
無様に吹っ飛んだもう一人の私は鏡の壁に叩きつけられるようにぶつかる。
「くっ……! 私とした事が……つい弱い自分を見て感情移入してしまいましたよ」
「ありがとうございます、もう一人の私。あなたのおかげで自分という者を見つめ直す事が出来ました」
「……」
「ですが、私達はこの世界に二人もいてはいけない。もう、決着をつけませんか?」
「奇遇ですね。私も言いたい事は言えましたし、そろそろ決着を付けようと思っていたところです」
互いに睨み合う形となり、剣を握る。
無言の時間が続く中、二人は次の一手で決着をつける事だけを考えていた。
それは同じアリルとして、考えている事は一緒だった。
「!」
もう一人の私が鏡の天井まで飛躍する。
「この一撃で終わらせます!」
剣には見惚れてしまう程の膨大な星による光を帯びていて、見るからに凄まじい魔力が使われていた。
「やっぱりあなたは私ですね。受けて立ちますよ!」
自分と自分の戦いなんて本来なら起こるはずがない。
自分の持つ大技と大技。それがぶつかり合う機会なんて尚更。
私は自分が敵である事に嬉しさを感じていた。
本当に意味で自分の実力というものが身を持って体験する事が出来たのだから。
こちらも剣に膨大な魔力を込め相手と対峙する。
互いの剣には眩しい程光を帯びていて、それが鏡に反射されている為かこの場は聖地であるかのように光が際立っていた。
「あなたと私、どっちが強いか」
「ええ。ここで決めましょう」
「……」
「……」
ダッ––––––。
同時に突っ込んでくる二人のアリル。
二人は互いの為に、全ての想いをこの一振りに託した。
「「––––––星剣・エクスカリバーッッッ!!」」
互いの剣がぶつかり合うと、凄まじい爆風とオーラが吹き荒れる。
周囲の鏡にはヒビが入り、剣はジリジリと鳴り響き、大量の火花が散っている。
二人は睨み合い、最大限の力をここに置こうとしている。
どちらも譲らない気迫。それは想いの強さが同等で本物だからだ。
「「ハアアアアアアアアアア!!」
––––––だが、そんな二人に勝利の女神は引き分けを許さない。
パリンッ––––––。
一人の、アリルの剣が折れる。
「––––––」
「終わりです。『もう一人の私』」
私はエクスカリバーでもう一人の私に一撃を与えた。
切られた箇所からは大量の血が吹き出しながら宙を舞う。
私は着地点に立ち、落下してくるもう一人の私をお姫様抱っこする形で迎え入れる。
もう一人の私は……もう死んでいた。
でもその顔には満足したような薄い笑みを浮かべていて、見てるこっちも満足な気分にさせられる。
もう一人の私は守るべきものの為に全力を果たした。
結果は実らなかったけど、彼女の想いは確かにあの一撃にはあった。
やれる事は尽くした。それだけが、彼女をここまで満足させてあげられたのだろう。
偽物でありながらも、同じアリルでありながらも、彼女から学んだ事は沢山あった。
それを示してくれた事に、私はそっと耳に囁いた。
「ありがとうございます。もう一人の私」
お礼を告げると、彼女は鏡が割れたかのようにバラバラに崩れていく。
それに対し特に驚く事はない。
彼女は鏡の世界からやって来たもう一人の私。
それはつまり鏡から作られていてもおかしくないからだ。
もう一人の私との激闘が終えると、フッと全身の力が抜ける感覚に陥った。
まるで勝負を終えたかのように。
だが私には『まだ』戦うべき相手がいる。
「……すごい戦いだったね。思わず見惚れてしまったよ」
「ミラ……」
「でも、さっきので大分魔力を消費しちゃったようだね。もう戦う気力もないんじゃないの?」
「それは、ミラもじゃないですか?」
「……」
ミラの額にはそれなりの汗が浮かんでおり、呼吸も少しだけ乱れている。
「さっきの八咫鏡、あれは相当魔力を消費するのでは?」
「……あー、バレた? 確かにあれかなり魔力を消費するんだよね。維持し続けるのも大変なのに、そこに大技を出されちゃあ私も参っちゃうよ」
「さっきのエクスカリバーで、何故魔力を弱めたのですか?」
そう。さっきのエクスカリバーの打ち合いは途中まで拮抗していたのに急に力が無くなったかのように押す事が出来たのだ。
もう一人の私があの場面で手を抜くとは思えない。
そうなれば、術者であるミラが魔力をコントロールしたとしか考えられない。
「……別に。深い理由はないよ。ただアリルを殺す役目は私が担いたかっただけ」
「……ミラ」
「そんな悲しい顔しないでよ。二人の戦いに水を差した事は謝るからさ~」
「あなたは……本当はこんな事したくないんじゃないですか?」
「……急に何よ」
「あなたは私を殺すタイミングはいくらでもあった。なのに一切手を下すことなく、私の偽物を呼んで代わりに戦わせようとした」
「……意味分かんないだけど。勝手な妄想しないで」
「じゃあ何故、私を殺さないのですか? 殺すのが目的であればそこまでして時間を掛けたりしないはずです」
生け捕りならは話は別だが、殺すだけであればいくらでもタイミングはあった。
そこには殺さない何かが含んでいるとしか考えれないのだ。
「……言ったでしょ? アリルを殺すのは私が担いたいって。ここまであなたを削る事がウチの作戦なんだよ」
「なら、早く殺しに来たらどうですか?」
「っ……。後悔、しないでよ」
ミラが鏡の世界へと消えて行く。
今の私にはそれを追いかける機動力はない。
さっきの戦いで魔力を消費しすぎた。
負ったダメージも蓄積していき、全身がズキンと痛む。出血も多いのか、気が遠くなるような感覚を覚える。
こんな状態でよく殺しに来いだなんて大口叩けたものです。ほんの少し、後悔しています。
でも、死ぬ気はさらさらない。
ミラに勝つ。その気持ちだけは消える事はない。
「っ」
腕にスパッと切られる痛みが。見てみるとそこには鋭利な物で綺麗に一直線に切られた痕が。
あまりの速さに血が滲み出るのが遅れている。
おそらくミラによる攻撃だろうが、切られる時にミラの姿は確認出来なかった。
ミラは目で捉える事が出来ない程の素早い攻撃をしたという事だろう。
一発目の攻撃を喰らってからは怒涛の攻撃が始まり、私の全身にはスパッと細かく刻まれていく。
「ッ……!」
何十か所刻まれた事だろう。
私の体は赤ペンで線を引かれたかのように血が溢れている。
タラ~っと重力に沿って血が垂れていく。
先ほどよりも意識が遠くなっていく感じがした。
やがて攻撃の手が止まると私の目の前に鋭利状のガラスを手にしてたミラの姿が。
「もう、限界そうだね。剣も手にしないなんて諦めたという事かな?」
「冗談はよして下さい。私は諦めてなどいません。あなたに勝ちますよ」
「……強がるのはやめな? 抵抗もせずにひたすら攻撃を喰らっている人が言う台詞じゃないよ」
「ふふっ。そうかもしれないですね」
私もただ喰らっていたわけじゃない。
ミラがどこから現れて、どこから攻撃をしているのかを分析していた。
そして分かった。
ミラは鏡から鏡を瞬時に移動する事が出来、好きなタイミングで鏡から現れ、攻撃をする事が出来るという事。
ミラが移動する瞬間は辛うじて目視する事が出来たが、その速さはとても今の私では捕まえそうにもない。
だから私は追うのをやめ、分析に費やした。逃げ回ったとしてもこの世界から逃げられるわけないから。
同時にそれは、ミラに勝てる見込みがないことを示唆している。
ミラは余力のある雰囲気からして体力も魔力も私より遥かに温存できている。
一方の私は全体の三分の一ほどしか残っていない。
つまりは、ミラはいつでも私を殺す事が出来るという事。
もう、剣を振る事さえ怪しい。
「どうやらこの勝負、私の勝ちのようね。もう立っているのがやっとじゃない」
「……勝負は、最後まで分かりませんよ」
呼吸が苦しい。本当に、立っているのも辛くなってきた。
ミラは手にしてたガラスを剣の形状へと変化させる。
「この剣で……あなたを殺す」
「…………」
「お姉さんを越えるという目標も叶えられなくて残念だね」
「…………」
「アリル達と過ごした短い時間は……楽しかったよ」
「…………」
「……さよなら、アリル」
ミラがこちらに駆け寄ってくる。
ああ。私は本当にここで死んでしまうのでしょうか。
まだ死にたくない。やりたい事は沢山ある。みんなともっと過ごしていたい。
「っ」
どこか覚えのある痛みが指先に走る。
そこに目を向けてみれば、絆創膏が貼られた指先。
それは初めて料理を振る舞った際に切ってしまった痛みだった。
絆創膏を見ていると彼の事を思い出してしまう。
「カイ君……」
カイ君の優しい姿を思い出す。
彼は幼い頃に家族を失い、涙を流してしまう程の悲しい傷を心に負っている。
まだ幼く、家族に甘えていたい年頃にとっては非常に残酷な事でしょう。
その絶望に耐えきれず、自殺を考える人もきっと多い。
でも彼は屈しなかった。それどころか、それを糧に強くなった。
ずっと家族に甘え続けて来た私とは格が違う。
彼はもう、大切な人を失う事は味わいたくないのでしょう。
だから彼は、私を守って戦ってくれていた。
それは自分自身、うっすらと感じていた。
でも認めたくなかった。自分が守られているという事に。
それは私にとって、弱いのと同義だと思っているから。
だから私は、強くなりたい。
カイ君は三人を相手にして戦っている。
そして彼の事だから、なんだかんだ言いながら勝ってしまう事でしょう。
それに比べ、私はたった一人を相手にここまで手こずってしまっている。
これ程情けない事はありません。
お父様や姉さんがあれ程強者だというのに……。
ですがカイ君。安心して下さい。
「ッッ!」
ザクッ––––––。
アリルの横腹に剣が貫通する。
顔を出した剣先からは大量の血が溢れ、足元は血の水溜りとなっていた。
この人だけは、私が必ず勝ってみせますから。
私はミラの両手首を握る。それも強く、絶対に逃さないという気迫も込めて。
「痛っ」
ミラは骨が折られるのではないかと感じるほどに苦痛を浮かべる。
「は、はなして!」
「絶対に、離しません……!」
更に握る力を込める。
私は自分が聖族生まれで良かったとこの時思った。
並大抵の力では聖族の力に抗える事は不可能だからだ。
「ッッ! ぐがああ!」
ミラは苦痛に耐えきれず、足元から崩れ落ちた。
「離せ!! 離せ!!」
ミラは両手が使えない為、代わりに蹴りを入れてくる。
何発も何発も入れてくる蹴り。そしてそれを無防備のまま喰らってしまう私。
それでも、絶対に手を離す事はない。
「やっとあなたにも余裕がなくなりましたね。––––––では、終わりにしましょうか」
アリルがやせ我慢のような笑みを浮かべる。
それを見たミラの背筋にはゾクっと凍りつくような感覚を覚える。
「––––––星の煌めき––––––」
アリルがそう口にすると、鏡のあらゆるところから無数の煌めきが発生する。
煌きはアリルとミラを覆い囲むように宙を浮いていた。
「いつのまに!?」
「もう一人の私と、戦った時ですよ」
私はもう一人の私と星の煌めき同士の撃ち合いになって爆発を起こした時、それに紛れて星屑達をばらけさせて潜ませておいた。
鏡は元々綺麗な造りで光り輝くように美しかった為、私の星屑と同化してミラは気付いていないようでしたけど。
「……ッ!」
「さぁ、これで本当に、終わりです」
星屑達は一斉にミラを襲撃する。
当然、ミラは私に捕まっている為逃げる事は不可能。
無防備のまま、次々と星屑による攻撃を喰らっていくだけ。
じわじわではあるが、ダメージが蓄積されていけば最後は大きなダメージとなる。
「ガハァッ」
体が攻撃に耐えられず、ミラは吐血して崩れ落ちようとした。
ミラの両手首を掴んでいた私はミラを抱き寄せ、安静に出来るよう静かに仰向けにさせる。
まだ微かに意識は保っているようだ。
「まさか、最後に……負けるなんて……」
「いいえ。本来、負けていたのは私です。それに、喋らないで下さい。傷口が、開きますよ––––––ッ!」
ズキンっと横腹に激痛が走る。
これまで味わったことのない痛みに、思わず怯んでしまった。
「ゴホッ、ゲホッ……っ、くっ……!」
ミラ程ではないが、私も吐血を起こしてしまう。
「相変わらず、強がりね。早く、治療したら?」
ミラは私がヒールを使えることを直接目にしている。
自分は回復魔法を使えるのだから、早く傷を癒せという事だろう。
「そうですね……。––––––ヒール––––––」
私はありったけの魔力を両手に込め、ヒールをミラに向けて発動する。
「なにを……しているのよ」
「ハァ、ハァ……。なにって、回復しているのですよ。ミラさんをね」
アリルの行動に理解が追い付かないでいるミラ。
自分が瀕死の状態であるのに、わざわざ敵であるミラを回復してあげてるのだから。
ミラの傷はゆっくりとだが着実に傷が癒えていた。
「アンタ……っ! もう魔力なんてないでしょ。なんでウチなんかに!」
「喋らないで下さいっ」
「っ」
「……傷口が開くって言いましたでしょう? 大人しく治療を受けてください」
「……なんで……なんでよっ……」
「……」
ミラの瞳が幕を張ったように潤う。
「なんで、ウチを助けるのさ……。敵なんだよ?」
「勝手に決めつけないで、もらえますか?」
「……」
「あなたは敵なんかではありません。私の、『大切な友達』です」
「––––––」
ミラの目尻には綺麗な雫が浮かび上がる。
「……やめてよっ、そういうの。ウチは友達だなんて思ってない。ウチは、アンタの敵。さっさと見捨てて殺せばいいじゃない」
「それはあなたが言えるような台詞じゃありません」
「っ……」
「あなたは私を殺す隙などいくらでもあったはず。なのに、それをしなかった。最後の一撃だって、『わざと』急所を外しましたよね?」
「違う! 違う違う! ウチはアンタを殺す気でいた! アンタは敵! アンタ達に近寄ったのも、一緒に食事をしたのも、被害者に装ったのも全部アンタ達を油断させる為にやったことなんだよ!」
「…………そう、だったんですね。ごめんなさい。決め付けていたのは私の方でしたね……」
「ぁ……」
「でも、それでもあなたを救う気持ちは変わりません。あなたには、帰りを待っている大切な仲間がいますから。私がそれを奪うわけには、いかないのですよ」
残りの魔力がもうすぐ底を突く。
でも大丈夫。十分に回復させる事が出来た。傷も完治とまでは届かなかったけど、動く分には支障はでないはず。
遂には魔力が切れ、私は気を失ったかのように後ろに倒れてしまう。
「アリル!?」
それをミラが慌てて後ろに手を回し、救ってくれた。
「良かった……。もう、大丈夫そうですね……」
アリルは寿命が訪れたかのように、一気に弱々しくなる。
それはそうだ。魔力だけではなく、血も足りないのだから。
今はもう精気すら真面にに感じられない。
「アリル!! やだよ! しっかりして!!」
「なんだ、やっぱり……『そう』なんじゃないですか」
「ぐっ……うるさい……っ!」
ミラの頬には涙が流れていた。
「いやだ! 絶対に死なせない! アリルは私の……『大切な友達』だからっ!」
ミラは自身の魔力をアリルに分け与える。
それはアリルによって回復された分だった。
「アリルがくれた魔力を半分返す。これでおあいこだからね?」
「ミラ……」
少しずつ、体の底から精気が宿るような感覚に陥る。
魔力はエネルギーそのものだから当然と言えば当然。
ある程度魔力を貰った私はヒールを使い、自分の治癒に励んだ。
もちろん、完全治癒までは程遠いけど、喋れるだけの元気は取り戻した。
「ありがとうございます。助かりました、ミラ」
「バカっ。お礼を言うのはこっちだよ。……こっちこそありがとっ」
お互いに少しだけ気恥ずかしさもあるけれど、和解を通じ合える事が出来たようだ。
先程まで敵対していた二人。
二人はそれが可笑しかったのか、ふふっと微笑み合う。
「あーあ、見事に制裁を喰らっちゃったな~」
「ミラが素直にならないからですよ」
「だって……」
「分かっています。他に制裁を加えるべき人がいるのでしょう? そしてその人が今回の黒幕……」
「……そうだよ。全部、ハーゲスの指示によるもの」
「ハーゲスって、この国の王様の!?」
「うん。私達青薔薇はあいつに飼われていて、全ての事件も、防衛隊を襲ったのも全部そいつの命令によって私達が動いていたんだよ」
「……どういう事ですか?」
「ファミレスで話した事覚えてる? この国は聖魔戦争によって貧困差が激しくなったって話」
「ええ。覚えていますよ。そこから国のトップにいる人達は未だにその問題を先送りにしているんですよね」
ミラがコクリと頷く。
公には策を取ろうという姿勢は見せているものの、実行するうえでの手続きに時間が掛かっているのだとか。
「実はね、青薔薇にはもう一人女性のメンバーがいたんだけど、その人が直接ハーゲスに訴えをかけたの。『貧困で飢え死にする人がいるんだから差別化をなくす救済の処置を取るべきだ』てね」
「……随分と性格の強そうな人ですね」
「強いよ。人として尊敬もしていたし、周りからの信頼も厚かった。自分の事よりいつも泣いている人に手を差し伸べていたし、とても優しかったからかもね」
懐かしい思い出を振り返るように、ミラは暖かい表情を浮かべる。
「その人は今どこにいるのですか?」
「……死んじゃったよ、もう」
「……ど、どうして……?」
「ハーゲスに殺されたの」
「!?」
「ハーゲスはね……公の前では善良ぶっているけど裏では大金を不正に扱っている悪党なんだよ」
(ミラの話を聞いてから嫌な予感はしていましたが……やはりそうでしたか)
「殺されたその人は青薔薇の真のリーダーで名前は『トラファルガー』って言うんだけど、その人が夜中に城に忍び込んで盗聴機を仕掛けたの。そしたらまさかの結果だよ」
それはさっき言っていた裏の出来事を指している。
「住民から巻き上げているお金は全部自分達の娯楽に不正利用していた事が分かったの。ハーゲスからすれば住民の事情など知ったこっちゃないってね」
「なんて外道な……っ」
「その証拠を用いてトラちゃんはハーゲスに訴えた。これ以上不正をするようであれば警察に訴えるって。だから今すぐに策を取れって」
トラちゃんとはトラファルガーの事。
警察に直接言わなかったのは証拠を明け渡さない代わりにトラファルガーの案を汲み取ってもらう為だろう。
ハーゲスが犯罪によって王座から降ろされるような事があれば、次の王を決める時間が間に入ってしまう。
事態は一刻も早く解決しなければならなかった為、そのような判断をするしかなかった。
「ハーゲスは勿論承諾したわ。不正がバレたら重罪になる事は明白だったし、何より証拠を掴まれているんだから」
確実な証拠を掴まれている以上、ハーゲスは反対の意を示す事は出来ない。
「でもそれが裏目にでた。ハーゲスはトラちゃんが国の機密情報を盗み取ろうとした反逆者として虚偽を公に公開し、最終的に重罪人として殺したという程になっているの」
虚偽であることを誰も追及しないのは賄賂で繋がっているから。
ハーゲスは『お金』という強い武器を用いて、多くの人を味方に付けている。
味方に付いた人達は納得の金額を引き換えに、ハーゲスの供述には口を合わせるという条件で。
そうなれば、いかなる反論も全て権力によってねじ伏せる事が出来てしまうのだ。
「そこからトラちゃんの事は徹底的に調べ尽くされた。当時、『青薔薇』として一緒に過ごしていたウチらが密接の関係にある事がバレて、街から追い出される事になったの」
「だから、あんな山奥に住んでいたのですね」
「うん……」
あんなに人気の無い場所に住んでいたのは好んでの事ではなく、仕方なく住んでいたという事実。
「それでね、当時はまだ子供で働く事が出来なかったからお金もなくて、食料も手に入れる事が出来なかった。そもそも街から追い出されたから買いに行く事も出来なかったんだけどね」
ハーゲスはミラ達を追い出した後も、街に足を踏み入れていないか警備を用いて目を張っていた。
「そこで考えたの。警備の目が無い夜中に食料を盗めばいいってね」
それが極度の貧困生活に陥ったミラ達の唯一生きる手段だった。
盗む事は犯罪だと分かっていても、自分達が生きるにはそうするしかなかったのだと。
「怖くなかったのですか?」
「……不思議と、そこまで怖くなかったかな。仲間がいたっていうのと、ウチらには『武神』があるからね。最悪見つかったら殺しちゃえばいいとも考えてた。全く、野蛮人だよね」
へらへらと笑うミラの顔はとても辛そうで悲しそうだった。
本当は殺すような真似などしたくないのだ。
それでも、常に万が一の事を考えて生活していたミラ達は時には非道な選択を取らないといけない事を常に意識しなければ自分を守れなかった。
「夜中に窃盗被害が多いのは、そういう事だったんですね」
「半分正解かな」
「半分……?」
「もう半分は、ハーゲスの指示によるものだよ」
「え?」
「ある日ね、ウチらが食料を盗んでいる事がバレてハーゲスに伝わったの。それもそうだよね。長く窃盗していたらどこかで目撃情報があってもおかしくないから」
夜中という視界が悪い時間帯に何度も事件を起こしていたら、噂が広まって守りも硬くってしまうのは当然の事。
そうすれば、自ずと目を光らせる人達も多くなる。
「そして警備の人に見つかってしまった。色々と終わったと思ったけどそいつが口にした言葉に驚愕したんだよね」
「何を言われたのですか?」
「ハーゲスがウチらを称賛していて、是非お会いしたいって」
「……?」
「そう。ウチらも最初はそんな疑問の顔だった。自分で追い出したくせに何が会いたいだ、ってね」
「でも、ミラ達にメリットのある話を出されたって事ですよね?」
「そうだよ。そいつは言っていた。もしハーゲスの配下になれば食いっぱぐれないぐらいの金を毎月渡すってね」
「……ミラさんはそれに」
「うん。悪い話ではなかったから、まんまと乗っかっちゃったよ。それでハーゲスの元まで付いて行った」
ミラの気持ちが分からないでもない。
もしそれが本当ならミラ達はもう犯罪に手を染める事なく仲間と、いや、家族達と普通の日常で幸せを手にする事ができるのだから。
長い期間、心に痛みを負いながら生きてきたミラ達にとって、それは救いの言葉のように感じたのだろう。
もしそれが嘘だったらミラ達は本当の意味で地獄に落とされかねない。
ハイリスクハイリターンのそれに賭けるしかなかった。
「結果的に話は本当だったよ。ウチらの腕を認めていて、ハーゲスの武器として従えってね。その取引になる金額も毎月一人百万だと。その時にハーゲスは既に四つの札束を手渡してきたわ。偽物でもない。本物のお金をね」
それを手にした時、ミラ達の心情はどのようなものだっただろう。
ミラの立場になった事のない私には本心から理解する事は出来ないが、天にも昇るぐらい心躍らされた事だろう。
「武器、というのはウチらそのものというより、武神の事を言っていたと思う。過去に何度か武神を使って脅迫もしたりしていたから。その情報も全部伝わっていたんだね」
武神は一般人では太刀打ち出来ない程に強力である為、ハーゲスからすればそれを脅しに用いる事が出来るのであれば有効活用してくるに違いない。
「それでミラはハーゲスに協力をするようになったんですね。でも、それだけではないのでしょう?」
「うん。条件の一つに、定期的にお金になる高価な物を盗んで渡せっていうのがあった」
「なるほど。それが窃盗被害の拡大に繋がっているわけですね」
「うん……」
大金が手に入るのであればミラ達も窃盗をする必要はなくなる。
しかし、ハーゲスの為に高価な物を盗んで渡すという条件を呑まなければならない。
なんとも皮肉な話だ。
そして理解した。青薔薇が防衛隊を殺しにかかってくるのかを。
それは防衛隊によってハーゲスの行いが暴かれるのを防ぐ為。
防衛隊は依頼者の内容に基づいて活動を行う。その内容がもしハーゲスの行いを調査してくれ、だったとしたら防衛隊は邪魔者でしかない。
追及される前に青薔薇の手で殺してしまおうという手をハーゲスは考えた。
青薔薇も拒否する事はしない。
一度地獄から救われ、再び地獄に突き落とされるのは訳が違うから。
やっと手に入れた幸せを、自ら手放す事なんて出来ない。
それが家族の命に関わっているなら尚更。
ミラは全てを打ち明けると、堪えていた涙と共に謝罪の想いを口にした。
「ごめんね……ごめんねっ……」
俯いたミラの顔はよく見えない。
ただ、聞いている者の胸が締め付けられるぐらいに、辛く、悲しい顔をしている事は容易に想像できてしまった。
そんなミラを、アリルは優しく抱き寄せた。
「––––––え」
「ここまでよく頑張りましたね。ミラ」
「……っ」
「辛かったでしょう。苦しかったでしょう。もう大丈夫です。あなた達はもう、幸せになるべきです」
「……うぅ、ぐっ……っ」
「あなた達が『本当に欲しい幸せ』を」
「う……うわああああああああん!!」
ミラは私の胸に顔を埋め、思う存分泣き続けた。
今ままでに溜め込んだ辛い想いを全部吐き出すように。
私はミラの頭を優しく撫でる。何度も何度も。泣き止むまで。
今の私達は、赤ん坊とそのお母さんのような絵面でしょう。
甘えたくて、甘えたくて、どうしようもない赤ん坊。
そんなミラの立ち位置が、今だけちょっと羨ましいと思ってしまった。
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