婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香

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第7話 光は、測られる

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 王城地下にある《聖具検証室》は、静寂に満ちていた。

 白い石壁。
 魔力を遮断する結界。
 記録用の魔導具が、淡く光を放っている。

 ――ここは、奇跡を信じない場所だ。

「これより、聖女マリエルの力について、再検証を行う」

 宣言したのは、王国監察官の長。
 感情を排した声音が、室内に響いた。

 列席者は限られている。
 王太子アルフォンス、神殿代表、魔導師数名、記録官。

 そして――
 白い衣を纏った、聖女マリエル。

「……再検証、とは」

 彼女は、かすかに微笑みながら問い返した。

「私はこれまで、何度も奇跡を――」

「存じております」

 監察官は、淡々と遮る。

「だからこそです。“確認”は、必要でしょう」

 否定ではない。
 だが、信頼だけで通す段階は、すでに過ぎていた。

 マリエルの指先が、衣の端を強く握る。

 *

「最初の課題は、“基礎癒やし”です」

 運び込まれたのは、負傷した兵士。
 傷は浅いが、確実に魔力を必要とする状態。

「……分かりました」

 マリエルは、一歩前に出た。

 深く息を吸い、両手を胸の前で組む。

「女神よ……」

 祈りの言葉。
 これまで、何度も聞かされてきた詠唱。

 淡い光が、彼女の掌に灯る。

 ――弱い。

 その場にいた魔導師たちは、互いに視線を交わした。

 光は、確かにある。
 だが、“聖女”と呼ばれるほどの濃度ではない。

「……っ」

 マリエルは、歯を食いしばり、力を込める。

 光が、わずかに強まる。
 兵士の傷は……ゆっくりと、塞がった。

「……成功、ですね」

 マリエルは、安堵したように微笑んだ。

 だが。

「記録」

 監察官が、短く命じる。

「治癒速度、従来報告の六割以下」

 空気が、冷えた。

 アルフォンスの眉が、わずかに動く。

「……次に進め」

 *

 二つ目の課題は、《聖具》を用いた癒やしだった。

 本来、聖女の力があれば――
 聖具は“補助”に過ぎない。

 だが。

「……っ」

 マリエルの光は、聖具と噛み合わない。

 結界が、微かに軋む音を立てた。

「……どういうことですか?」

 神殿代表が、声を上げる。

 魔導師の一人が、冷静に答えた。

「聖具が、拒絶しているわけではありません」

 一拍、置いて。

「……“適合していない”だけです」

 適合していない。

 それは、致命的な言葉だった。

 *

 三つ目の課題。
 《過去に癒やしたとされる症例》の再現。

「この症例について、当時、聖女マリエルが癒やしたと報告されています」

 提示された記録。

 マリエルの顔色が、わずかに変わる。

「……覚えています」

 声が、少しだけ高い。

「では、同条件で、再度」

 運び込まれたのは、同程度の症状を持つ患者。

 マリエルは、再び祈りを捧げる。

 光が灯る。
 だが――

「……変化、なし」

 記録官の声が、静かに告げた。

 時間を置いても、結果は変わらない。

「……どうして……」

 マリエルの額に、汗が浮かぶ。

「おかしい……いつもなら……」

 ――“いつも”。

 その言葉に、監察官は反応した。

「“いつも”、とは?」

 マリエルは、はっと口を閉ざす。

 沈黙。

 その沈黙が、すべてを語っていた。

 *

「以上をもって、本日の再検証は終了とする」

 監察官の宣言。

「結論は、後日、正式に報告されます」

 だが、その言葉を聞いた者の誰もが理解していた。

 ――もう、覆らない。

 マリエルは、その場に立ち尽くしていた。

 白い衣が、やけに重そうに見える。

「……殿下」

 縋るように、アルフォンスを見る。

「私は……私は……」

 だが、彼は答えなかった。

 視線は、床に落ちている。

 *

 その頃。

 エルヴェイン公爵邸の庭園で、私はセラフィーナ義姉様と歩いていた。

「……今日は、風が強いですね」

 何気なく言うと。

「ええ」

 義姉様は、空を見上げる。

「嵐の前触れ、かもしれません」

 その言葉に、胸が少しだけざわつく。

「……私、何か……」

「いいえ」

 すぐに、否定。

「あなたは、何もしていない」

 きっぱりと。

「ただ――」

 一拍、置いて。

「真実が、歩いてきただけです」

 私は、空を見上げた。

 雲が、ゆっくりと流れていく。

 光は、嘘をつかない。
 奇跡は、測られる。

 そして――
 測られてしまったものは、もう“神聖”ではいられない。

 私は、まだ知らない。

 この再検証が、王太子と聖女の運命を、決定的に分けたということを。

 そして次に――
 “誰が、切り捨てられるのか”が、問われることを。




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