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第9話 もう、離さない
しおりを挟む朝は、静かに訪れた。
障子越しの淡い光に、紗夜はゆっくりと目を覚ます。
最初に感じたのは、温もりだった。
――近い。
呼吸が、重なっている。
視線を動かすと、すぐ隣に狐王がいた。
眠っているはずなのに、抱く腕は緩んでいない。
逃がさない。
そんな意思が、そのまま形になったような抱き方。
「……」
昨夜の言葉が、胸の奥で反芻される。
残る、と言った。
自分で、選んだ。
胸が、少しだけ熱くなる。
「……起きているな」
低い声が、耳元に落ちた。
「……はい」
狐王は、ゆっくりと目を開ける。
金色の瞳が、朝の光を映して柔らかく揺れた。
「逃げていないな」
冗談めかしているようで、真剣な声音。
「……逃げません」
そう答えると、狐王はほんの僅かに息を吐いた。
安堵だった。
「……なら、続きをする」
「続き……?」
問い返すより早く、狐王は上体を起こす。
だが、紗夜を押し倒すことはしない。
ただ、距離が、近い。
「番の契約だ」
静かな声。
「今から、おまえに選ばせる」
「もう、選びました」
「それでもだ」
狐王は、紗夜の手を取る。
「狐族の番は、一方的なものではない」
指先が、そっと絡められる。
「俺を、選べ」
胸が、きゅっと締めつけられた。
「……王」
「名で呼べ」
即座に言われ、紗夜は小さく息を吸う。
「……玄耀」
初めて呼んだ名。
その瞬間、狐王――玄耀の耳と尾が、はっきりと揺れた。
「……もう一度」
「玄耀」
今度は、はっきりと。
玄耀の理性が、音を立てて崩れたのがわかった。
だが、それでも彼は抑える。
「……よく聞け」
額が、触れる。
「この契約を結べば、おまえは俺の番だ」
「はい」
「寿命の差も、立場も、すべて俺が背負う」
「……はい」
「二度と、離れない」
確認するような言葉。
紗夜は、迷わず頷いた。
「……離れません」
その瞬間。
玄耀の額が、紗夜の額に強く押し当てられる。
息が、完全に混じる距離。
金色の光が、ふたりを包んだ。
――温かい。
胸の奥に、何かが流れ込んでくる。
守られている、という確信。
「……契約、成立だ」
玄耀の声が、微かに震えていた。
尾が、完全に紗夜を包み込む。
抱き寄せられ、胸に顔を埋められる。
「……っ」
強くはない。
だが、離す気のない抱擁。
「……好きだ」
初めて、はっきりと言葉にされた感情。
「……番としてではない。俺自身の意思だ」
紗夜の胸が、いっぱいになる。
「……私も」
声が震える。
「玄耀のそばに、いたいです」
次の瞬間。
額に、そっと口づけられた。
唇ではない。
だが、確かな誓い。
「……これ以上は、今日はしない」
名残惜しそうに、玄耀は離れる。
「え……?」
「一度に全部は、与えない」
低く笑う。
「慣れろ。これからは、毎日だ」
その言葉に、紗夜は顔が熱くなるのを感じた。
城の中は、その日から変わった。
あやかしたちは、迷いなく頭を下げる。
「番さま」
その呼び名に、紗夜はもう否定しなかった。
玄耀は、堂々と紗夜の隣に立つ。
隠さない。譲らない。
視線も、距離も、触れ方も。
すべてが、明確に“溺愛”だった。
夜。
同じ寝所で、再び隣に横になる。
「……近いです」
「今さらだ」
即答。
尾が、自然に絡む。
「……番」
囁かれて、胸が跳ねる。
「逃げ場は、もうない」
優しく、しかし確実に。
「一生、俺のものだ」
紗夜は、小さく笑った。
「……それで、いいです」
そう答えると、玄耀は満足そうに目を閉じる。
――契約結婚から始まった関係は。
いつの間にか、運命になっていた。
甘く、逃げられないほどに。
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