人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません

由香

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番外編① 狐王は、番を手に入れた

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 ――番を得るということが、これほどまでに世界を変えるとは思わなかった。

 玄耀は、執務机に向かいながらも、視線を上げていた。
 扉の向こう、回廊の気配。

 ……いる。

 紗夜の気配は、もう完全に判別できる。
 音でも、匂いでもない。
 もっと深いところ――魂の奥で、確かに繋がっている感覚。

(……離れたか)

 数歩分。
 それだけで、胸の奥がざわつく。

 狐族の王として、これまで数えきれぬ理性を積み上げてきた。
 感情は制御するもの。
 執着は、弱点。

 ――そう、思っていた。

(愚かだな)

 番を得た瞬間、その考えは音を立てて崩れた。

 弱点ではない。
 これは、本能だ。

「王」

 家臣の声に、玄耀は視線を戻す。

「続けろ」

「……番さまの居所ですが」

 その言葉だけで、耳がぴくりと動いた。

「俺の視界に入る場所だろうな」

「はい。庭に」

 ――良い。

 それ以上の報告は不要だった。

 執務を終え、庭へ向かう。
 足取りは、無意識に速くなっている。

 見つけた瞬間、胸の奥が満たされた。

 紗夜は、庭の縁に腰掛け、小さなあやかしと話していた。
 柔らかく笑う、その横顔。

(……危険だ)

 あれは。

 番である以前に、奪われる。

 玄耀は、即座に距離を詰めた。

「番」

 名を呼ぶ前に、そう呼ぶ。

 紗夜は、すぐにこちらを向いた。

「玄耀」

 名を呼ばれるたび、理性が削れる。

 ……これ以上、削れてどうする。

「ここにいたか」

 自然に、肩に手を置く。
 囲い込む位置取り。

 周囲のあやかしが、一斉に視線を逸らしたのがわかった。

「お話ししてました」

「そうか」

 それだけで、十分だ。

 玄耀は、紗夜を引き寄せる。
 強くはない。
 だが、拒否の余地もない。

(……離す気がないのが、伝わるな)

 自覚はある。
 隠すつもりもない。

 番を、誰の視界にも好きに置くほど、俺は甘くない。

「……近いです」

 小さく抗議される。

「番だからな」

 それだけで、すべてが許される。

 夜。

 寝所にて。

 紗夜が眠るまで、玄耀は決して眠らない。

 呼吸。
 鼓動。
 体温。

 すべてを確認する。

(……ここにいる)

 尾が、自然と絡む。

 番を包むのは、本能だ。
 守る。
 囲う。
 逃がさない。

(……これほどとは)

 自分でも、少し呆れる。

 だが、抑えられている。

 ――今は。

 触れたい。
 深く、強く、刻みたい。

 だが、それをしない。

(……恐れるな)

 紗夜は、人間だ。
 寿命も、感覚も違う。

 急げば、壊れる。

 壊れる可能性があるものに、手荒なことはしない。

 玄耀は、そっと額に口づける。

 誓いの印。

(……一生だ)

 番とは、そういうものだ。

 離れる未来は、存在しない。

 翌朝。

 紗夜が目覚めた瞬間、玄耀はすでに起きていた。

「……見てました?」

「見ていた」

 即答。

「……いつから」

「眠る前から」

 紗夜が、言葉を失う。

 それを見て、玄耀は満足した。

(……理解し始めたな)

 俺が、どれほど離す気がないか。

 城内で、誰かが紗夜に近づくたび、玄耀の尾は僅かに動く。
 威圧ではない。

 宣言だ。

 ――これは、俺の番だ。

 触れるな。
 奪うな。
 視線すら、慎め。

 それでも、紗夜は怯えない。

「……玄耀」

 その名を呼ぶ。

 信頼している声音。

(……致命的だ)

 守らねばならない。
 何があっても。

「どうした」

「一緒に、歩きましょう」

 手を差し出される。

 ……自分から、だと?

 一瞬、思考が止まった。

 次の瞬間、手を取る。

 離すという選択肢は、最初からない。

(……俺の番は)

 強くて、無防備だ。

 それを、俺が守る。

 狐王として。
 番として。

(……奪わせはしない)

 この世界の何ひとつとして。

 玄耀は、静かに笑った。

 溺愛とは、こういうものか。

 ――自覚した瞬間、もう戻れない。




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