お飾りの王短編集

由香

文字の大きさ
4 / 4

『黄金牢の王』

しおりを挟む

 王宮とは、本来もっと暖かい場所だと思っていた。
 幼い頃に想像した「玉座の間」は、皆が笑っていて、王は国を守る大人として尊敬される――そんな未来があると思っていた。

 けれど現実は、黄金で塗り固められた牢獄だった。

 少年王レオン=アルヴェルトは、今日も玉座の上で、決められた表情を作っていた。民の前に出るのは年に数度だけ。ほとんどの時間は玉座の間と付属の私室で過ごし、外の世界を見ることすら許されない。

 所有物を磨くような視線で王を見張る男がいる。宰相ヴァルト・グラナート――この国の実質的支配者。
 彼の口元はいつも笑っているのに、その笑みはレオンの背筋を冷たく撫でるだけだった。

「陛下、本日の政務は以上です。ご苦労でした」

 ご苦労、ではない。
 レオンがしているのは「読むだけ」「座るだけ」「笑うだけ」。
 努力も才能も必要ない、ただの飾り。

「……はい、宰相」

 答える声は、少しだけ震えていた。自分でも気づくほどに。

 玉座の横に控えていた侍女リサが、心配げにレオンを見た。
 彼女は唯一、レオンを「人」として接してくれる存在だ。
 そして侍従カイルは常にレオンの背後に立ち、鋭い目つきで室内を見張っている。護衛としてではなく――宰相の監視からレオンを守るために。

 しかし彼らですら、レオンの“檻”を壊すことはできなかった。

 その夜。
 すべての儀式的仕事を終え、重い玉座から立ち上がったレオンは、ふと背後の壁に違和感を覚えた。
 触れると、壁がかすかに音を立てて動く。

「……隠し扉?」

 開ければ、冷たい空気が流れてきた。暗い小部屋。
 狭い。けれど、長年誰も踏み入らなかった気配がある。

 壁際には古びた巻物や石板が積まれていた。

 レオンは直感した。
 ――これは、“王”である自分にだけ許された部屋だ。

 震える指で巻物をひとつ取る。
 表紙には古い文字で《龍脈制御》と書かれていた。

 胸に冷たい針が刺さったようだった。

「……龍脈?」

 ページを開くと、そこには信じがたい記述が並んでいた。

 大地の下を流れる魔力の河――龍脈。
 それを制御できるのは、王家の血だけ。
 もし龍脈を収束させれば、広大な結界を張り、民の魔力すら掌握できる。
 国家すら、人も、自然も――ひとりの意志で動かせる。

 そして、巻末にはこう書かれていた。

《器として扱われた王は、死ぬまで龍脈に縫い付けられるだろう》

 レオンの心臓が跳ねた。

「……器……?じゃあ、宰相は……」

 玉座が、急に恐ろしく歪んで見えた。
 これは、王を祀るための椅子じゃなかった。
 王家の血を固定し、龍脈を操るための巨大な“呪具”。

 宰相は、ただの飾りとしてレオンを利用していたのではない。

 ――本当に必要なのは“王家の血”だけだった。

 レオン自身は、ただの道具。

 崩れそうになった膝を、必死に支えた。

「陛下……?」

 声に振り返ると、リサが不安そうに立っていた。
 カイルも影のように現れ、部屋を警戒する。

 レオンは震える息を吐き、二人にすべてを話した。
 リサは口元を押さえ、カイルは静かに唇をかみしめた。

「……だから宰相は、陛下を権力から遠ざけているのです。王を“自由に”してしまえば龍脈が暴走する危険がある。それを恐れて……いえ、利用している」

「許せない……っ!」

 リサの目に涙が滲んだ。

 レオンは、初めて声を震わせずに言った。

「ふたりの力を貸してくれるか」

 リサとカイルは、迷いなくうなずいた。

 こうして、三人だけのひそやかな反逆が始まった。



 宰相の動きは、すぐに異様なものになった。
 大広間の地下で巨大な魔法陣の刻印を始め、莫大な魔力を吸い上げているという噂が漏れてきた。

 龍脈の力を、もっと強く――もっと深く――。

 この国を完全に支配するための“収束儀式”。

 そして儀式の中心には、必ず“王”が必要だった。

 その夜。

 レオンは玉座の前に立たされ、宰相は笑みを歪めた。

「さあ、陛下。儀式にお移りいただきましょう」

「嫌だ」

 宰相は一瞬、目を細めた。

「……なんと?」

「もう私は、あなたの言いなりではない」

 少年の声は震えていなかった。
 むしろ、静かな怒りが芯にあった。

 宰相はため息をつき、手を振った。
 兵が一気にレオンを取り囲む。

 だがその瞬間、天井の結界が音を立てて揺れた。

 リサとカイルが動いたのだ。
 彼らは禁書に記された「結界逆転の手順」を信じ、王宮中の魔力を“王へ返す”儀式を裏で進めていた。

 玉座の間に、重い魔力の気流が流れ込む。

「な……何をした!」

「龍脈は、王家に従うものだ。あなたなんかに、くれてやるものか!」

 レオンの足元に淡い光が集まり、古代文字が浮かび上がる。

 龍脈の制御権――それが本来の“王の力”。

 宰相が青ざめた。

「やめろ……陛下、その力は危険だ!わたしは国を守るために――」

「嘘だ」

 レオンはゆっくりと玉座へ歩み寄り、自ら座った。

「初めて、“自分の意思”で座る玉座だ。そしてあなたは今日、私の国を壊そうとした罪をその身で払う」

「レオン!やめ――」

 光が弾けた。
 龍脈が逆流し、収束儀式の魔法陣が反転する。

 宰相の身体を凄まじい魔力が貫いた。
 欲望に飲まれた者にふさわしい最期――龍脈の奔流に引き裂かれ、光の粒となって消える。

 静寂。

 王宮を覆う黄金色の結界が、すべて崩れ落ちた。

 

 リサとカイルが駆け寄る。

「陛下!」

「……大丈夫だ」

 レオンは深く息を吸った。
 胸の奥の何かが、ようやく砕けた。

「私は今日、この玉座に初めて“自分の意思”で座ったのだ」

 少年の声は、もう震えていなかった。
 夜明けの光が窓から差し込み、玉座の周囲を照らす。

 黄金の牢獄は、もう存在しなかった。

 ここからようやく、王の物語が始まる。




しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

後宮に棲むは、人か、あやかしか

由香
キャラ文芸
後宮で消える妃たち。 それは、あやかしの仕業か――人の罪か。 怪異の声を聞く下級女官・鈴華と、 怪異を否定する監察官・凌玄。 二人が辿り着いたのは、 “怪物”を必要とした人間たちの真実だった。 奪われた名、歪められた記録、 そして灯籠に宿るあやかしの沈黙。 ――後宮に棲むのは、本当に人ならざるものなのか。 光と闇が交差する、哀切の後宮あやかし譚。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

招かれざる客を拒む店

篠月珪霞
ファンタジー
そこは、寂れた村のある一角。ひっそりとした佇いに気付く人間は少ない。通称「招かれざる客を拒む店」。正式名称が知られていないため、便宜上の店名だったが。 静寂と平穏を壊す騒々しさは、一定間隔でやってくる。今日もまた、一人。

年下幼馴染皇太子が溺愛してくる

由香
恋愛
平民薬師アリアと幼馴染の少年・レオン。 再会した彼は、幼い頃の泣き虫ではなく、世界で最も強く、甘く独占欲に満ちた皇太子になっていた。 「アリア、もう離さない」――身分差を超えた初恋が、宮廷で激しく、甘く、そして切なく燃え上がる。 逃げても逃げられない、溺愛ラブストーリー。

【完結】勇者の息子

つくも茄子
ファンタジー
勇者一行によって滅ぼされた魔王。 勇者は王女であり聖女である女性と結婚し、王様になった。 他の勇者パーティーのメンバー達もまた、勇者の治める国で要職につき、世界は平和な時代が訪れたのである。 そんな誰もが知る勇者の物語。 御伽噺にはじかれた一人の女性がいたことを知る者は、ほとんどいない。 月日は流れ、最年少で最高ランク(S級)の冒険者が誕生した。 彼の名前はグレイ。 グレイは幼い頃から実父の話を母親から子守唄代わりに聞かされてきた。 「秘密よ、秘密――――」 母が何度も語る秘密の話。 何故、父の話が秘密なのか。 それは長じるにつれ、グレイは理解していく。 自分の父親が誰なのかを。 秘密にする必要が何なのかを。 グレイは父親に似ていた。 それが全ての答えだった。 魔王は滅びても残党の魔獣達はいる。 主を失ったからか、それとも魔王という楔を失ったからか。 魔獣達は勢力を伸ばし始めた。 繁殖力もあり、倒しても倒しても次々に現れる。 各国は魔獣退治に頭を悩ませた。 魔王ほど強力でなくとも数が多すぎた。そのうえ、魔獣は賢い。群れを形成、奇襲をかけようとするほどになった。 皮肉にも魔王という存在がいたゆえに、魔獣は大人しくしていたともいえた。 世界は再び窮地に立たされていた。 勇者一行は魔王討伐以降、全盛期の力は失われていた。 しかも勇者は数年前から病床に臥している。 今や、魔獣退治の英雄は冒険者だった。 そんな時だ。 勇者の国が極秘でとある人物を探しているという。 噂では「勇者の子供(隠し子)」だという。 勇者の子供の存在は国家機密。だから極秘捜査というのは当然だった。 もともと勇者は平民出身。 魔王を退治する以前に恋人がいても不思議ではない。 何故、今頃になってそんな捜査が行われているのか。 それには理由があった。 魔獣は勇者の国を集中的に襲っているからだ。 勇者の子供に魔獣退治をさせようという魂胆だろう。 極秘捜査も不自然ではなかった。 もっともその極秘捜査はうまくいっていない。 本物が名乗り出ることはない。

出戻り娘と乗っ取り娘

瑞多美音
恋愛
望まれて嫁いだはずが……  「お前は誰だっ!とっとと出て行け!」 追い返され、家にUターンすると見知らぬ娘が自分になっていました。どうやら、魔法か何かを使いわたくしはすべてを乗っ取られたようです。  

悪役令嬢短編集

由香
恋愛
更新週3投稿の午後10時。(月・水・金) 12/24 一時更新停止 悪役令嬢をテーマにした短編集です。 それぞれ一話完結。

嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

処理中です...