4 / 12
第四話 触れるな
しおりを挟む勇者襲撃から三日。
魔王城は、妙に静かだった。
嵐の後の海みたいに、表面だけが凪いでいる。
私は玉座の間の焦げ跡を磨いていた。
勇者の光は頑固だ。
黒曜石の床に薄く白が残る。
「……外で戦ってくださいと言ったのに」
ぼそりと呟く。
「次はそうする」
背後から声。
振り向く前に分かる。
「約束ですよ」
「努力する」
努力目標なのが不安だ。
魔王は玉座に座らず、立ったまま私を見ている。
ここ数日、距離が近い。
物理的に。
私が移動すれば、数歩後ろに影がある。
廊下でも、中庭でも、食堂でも。
気づけばいる。
「陛下」
「何だ」
「ついてきていますか」
「偶然だ」
偶然が多い。
私はため息を飲み込む。
◇
その日の午後。
問題は突然起きた。
中庭で清掃をしていると、城門側が騒がしくなった。
魔族兵がざわつく。
視線の先に、白い外套。
勇者。
単身で来ている。
「……早いですね再訪」
私は雑巾を握りしめる。
勇者は武器を抜いていない。
ただ真っ直ぐ歩いてくる。
「話をしに来た」
凛とした声。
周囲の魔族が威嚇するが、彼は止まらない。
「ミオ」
名を呼ばれ、心臓が跳ねる。
魔王はまだ来ていない。
「少しだけ話せないか」
勇者の瞳はまっすぐだ。
「君が本当にここにいたいのか、確認したい」
優しい。
正しい。
光の在り方。
私は迷う。
だがその瞬間、空気が沈んだ。
背筋が冷える。
魔王が現れた。
何も言わず、勇者と私の間に立つ。
黒い壁のように。
「何の用だ」
「彼女と話を」
「必要ない」
「彼女の意思だ」
勇者が一歩踏み出す。
距離が縮まる。
その瞬間。
魔王の手が、私の肩を掴んだ。
強い。
離さない、という力。
「触れるな」
低い声。
地の底のように静かで、重い。
「まだ触れていない」
「視線もだ」
空気が震える。
魔力が滲む。
私は慌てて言う。
「ちょ、ちょっと待ってください」
二人の視線が私に向く。
板挟み再び。
「勇者様」
「……様はいらない」
「では勇者さん。私はここで働いています。自分で選んでいます」
「強制ではないと?」
「はい」
勇者の瞳が揺れる。
「だが彼は魔王だ」
「知っています」
「敵だ」
「それも知っています」
私は深呼吸する。
「それでも、私はここにいます」
静かな言葉。
魔王の手の力が、わずかに緩む。
勇者は黙り込む。
「君がそう言うなら、その意志を尊重する」
やがて彼は言った。
「だが、君が望むのならいつでも助ける」
その優しさに、胸が少し痛む。
「帰れ」
魔王が低く告げる。
勇者は私を最後に一度だけ見て、踵を返した。
光が遠ざかる。
◇
静寂が戻る。
だが空気は張り詰めたままだ。
魔王は私の肩を掴んだまま。
「……陛下、痛いです」
はっとしたように手を離す。
赤い瞳が揺れている。
「奪われるかと思った」
またそれだ。
「行きませんよ」
「分からない」
「分かります」
私ははっきり言う。
「私は物ではありません」
魔王の目が見開かれる。
「奪われる、奪う、ではないです」
胸の奥が少し熱い。
「私は、自分で立つ場所を決めます」
沈黙。
魔王は数秒、何も言わない。
やがて。
「……ならば」
ゆっくりと手が伸びる。
今度は肩ではなく、頬。
触れる直前で止まる。
「触れていいか」
王が、許可を求めている。
世界を滅ぼせる存在が。
私は一瞬、息を止める。
「……はい」
指先が、頬に触れる。
熱い。
だが優しい。
恐怖ではなく、震え。
「俺は」
低い声。
「お前が、俺の隣にいることを望む」
それは命令ではない。
選択を求める声。
私は言う。
「清掃が終わるまでは、います」
「終わらせるな」
「仕事を奪わないでください」
思わず笑ってしまう。
小さく。
自然に。
その瞬間。
魔王の瞳が揺れた。
衝動。
距離が一瞬で消える。
頬に触れていた手が、後頭部へ。
引き寄せられる。
唇が触れた。
短い。
だが確かな接触。
時間が止まる。
次の瞬間、離れる。
魔王の呼吸が乱れている。
「……確認だ」
何の。
「お前がここにいると」
赤い瞳が、真っ直ぐに私を見る。
「安心する」
胸がうるさい。
私は数秒固まってから、言う。
「次は、事前通告をお願いします」
「……善処する」
全然反省していない顔。
だが、どこか戸惑っている。
自分の感情に。
独占欲は、形を持った。
触れるな。
奪うな。
だが同時に。
触れていいか、と問うた。
それは小さな変化。
恐怖の王が、初めて許可を求めた瞬間。
中庭に風が吹く。
黒いマントが揺れる。
私は唇に残る熱を誤魔化すように、雑巾を握り直した。
「……本当に外で戦ってくださいね」
魔王の口元がわずかに上がる。
「次は誰にも見せない」
「何をですか」
「今のは」
心臓が跳ねる。
独占欲は、まだ進化するらしい。
世界最強のラスボスは。
恋に関してだけ、あまりにも不器用だった。
0
あなたにおすすめの小説
行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる
春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。
夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。
形のない愛は信じない。
でも、出来立ての肉は信じてしまう。
肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。
これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果
景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。
ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。
「俺……ステラと離れたくない」
そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。
「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」
そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。
それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。
勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。
戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──?
誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる